連載小説
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竜と囚われの姫 3



あれから僕の生活は変わった。

もちろんこの行動はサラさんに止められたが、僕は聞かなかった。

次の日から早起きをして、今まで降ったこともない斧を手に持ち、四六時中降り続け始めたのだ。

今までならベルララと食べるサンドイッチやお弁当を作っていたのかもしれない。
でも、この時の僕は無我夢中でベルララの事は頭の角に行ってしまっていた。

今の目標は……竜を倒して義父の仇を取ること。

そう、これが今の僕を支える原動力。
それに、竜と対峙してから、重く、少し動いただけでも息を切らす、この呪われた体が、嘘のように軽くなったのだ。

だから僕は、体を蝕む病気のことも、残り数ヶ月の命という事も忘れ何日も何日も斧を降った。

振り続け、振り続け、残りの命を竜を倒すためだけに注ぐ勢いで振り続けた。
おそらく、斧を振るだけでも、僕にとって、辛い修行のようなものだったのだろう。

「痛っ……!?」

今まで扱った事などない斧を降ったことで、手の皮は破れ、豆にもなった。

「はぁ…はぁ」

体力も無いため、直ぐにばてたりもした。

「か、身体が動か…な…!?」

もちろん、病弱で弱った体は重たい斧を振り続ける動作に、耐えきれる筈もなく、細い手足に体の筋肉が悲鳴もあげた。

当たり前なことだ。

僕は戦い方なんか知らないし、ましてや、弱りきった体なのだから……

でも、それでも振り続ける……


そう言えば、何年か前に図書館で武具の使い方を記した本を読んだ事があったけど、幼く病弱な僕には無縁だと思い軽く目を通したぐらいで、興味がわかなかった。

でも、こんな事なら真面目に読んでおけば良かったと、ちょっと後悔している。

今から町の図書館に行っても良いのだが、町に行くその時間すら惜しく思えた。

……思えた。

……そう思えたのだが、1週間たった頃、僕は町へ強制的に行くことなった。


理由は簡単。

「いいから来なさいウィル!!」

「大丈夫だってサラさん! それより僕は強くなりたいんだ!!」

僕の体からしたら、ここ最近の生活はとても心配だと、サラさんが糸で無理やり引っ張って町のお医者さんの所につれていったのだ。

「フム、フム、フム……」

顔は白髪と白髭に覆われ、小さなレンズをチョンと大きな鼻に乗せた、僕の掛かり付けのおじいちゃん先生が、聴診器を胸に当てながら頷いた。

僕は、帰りに図書館に寄らせてもらう約束をサラさんとして、なくなく診察を受ける事になった。

「どうでしょう先生?」

おじいちゃん先生に対して僕の後ろで、ちっちゃく身を縮めたサラさんが声を出す。

大きな下半身を持つサラさんにしたら、この小さな診療室は窮屈なのだと、部屋を見渡した。

おじいちゃん先生は聴診器を耳から外し、僕はそれに合わせて捲ったシャツを戻した。

「フム……軽い筋肉疲労が診れるが、フム、これと言った病気の進行が見られん…フム」

「「え!?」」

僕とサラさんは同時に驚きの声をあげてしまう。

まあ、実を言うと僕自身も最近無理しすぎたと思ってたから、思わず声がでてしまったのだが。

「フム、それどころか以前に比べて、脈も呼吸も安定して、健康そのものじゃな…フム」

おじいちゃん先生は、フムフム言いながらカルテに記入していった。
それに対して、サラさんはふぅーとため息を吐き、胸を撫で下ろしていた。

「フム……ウィリアムス君にアルケニーのお嬢ちゃん……ガリバー君の事は誠に残念だった」

カルテを書き終わったおじいちゃん先生が、身支度をする僕とサラさんに言ってきた。
僕はおじいちゃん先生の言葉を聞き、あの日の事が頭をかけ巡った。

「だがな、君らが元気でいてくれたら、彼も喜ぶはずだ……無理はせず頑張りなさい」

「はい…先生その節はありがとうございました」

僕は、顔を下に向けながら義父と、竜との事を思いだし、再び決意する。

サラさん……僕はやっぱり竜を倒したいよ、と。



病院の帰り、僕は約束通り図書館に寄らせてもらった。

もちろん、竜を倒すための知識を得るため。
前に見た本は無かったけど、代わりに戦い方や武器の扱い方の本、また過去の戦士達の武勇伝が載っている本を選んで借りてきた。

なんだかんだで借りた本が持てないぐらいになってしまい、持ってきた鞄に本が入りきらず重ねた本を両手で抱えてる状態になってしまった。

今は買い物をするサラさんが、篭に入れて持ってくれている。

図書館を出たのち、病院を出てから元気が無かったサラさんが、“気分転換に少し買い物しましょう”とニコリと笑って言ってきて、今は買い物しているのだ。


けど、僕は知っている。

僕に向けた笑顔は作り笑顔で“買い物しましょう”と言う前に“私がこんなんじゃダメね”と、下唇を噛んで、言っていた事を……
だからこそ、僕は竜と戦わなくちゃいけないと、思った。

そしてそれは僕しかできない役目だと……


「サラさん……」

ガヤガヤと人々が行き交い、騒がしい市場で小さく、そう呼んだ。

「ん? なに?」

小さい声にも関わらず、サラさんは聞こえたらしい。
サラさんは、選んでいたリンゴを持ちながら、笑顔を見せて返事を返してくれた。

もう、気持ちを切り替えたのか、いつもの笑顔になっていた。

大人はやっぱり強いと思った。

でも、それが逆に悲しく思う……

大切な人が死んだのに、いつも通りに振る舞おうなんておかしすぎる。

しかし、僕にとってサラさんのその笑顔が、言おうとしていた言葉を喉に詰まらせてしまった。

「あ、あの…サラさん」

サラさんは、僕の様子を見て、察したのか笑顔を崩し真剣な顔付きになった。
でも、サラさんの瞳には悲しみが写っている。

「ま、真面目な顔して…どうしたのよ…?」

サラさんの瞳に僕は顔を伏せた……
サラさんのあの瞳を見ていると、この先の言葉が出なくなってしまいそうだったから。

でも、言わなきゃいけない……

「僕、やっぱり……やっぱり竜と――!?」

言葉を最後まで言う前に、僕は身体をビクつかせていた。
それは、僕の身体にサラさんが抱きついて来たから……

「さ、サラさん……?」

僕は戸惑った。
言おうとしていた言葉を忘れるぐらいに。

「言わないで……その先を言わないでウィル、お願い」

サラさんの声は震えていた。

「貴方の言いたい事は分かる! ―――貴方がやろうとしてる事も分かる!」

サラさんの震える声は、抱き締める力と共に強くなって行く。

「で、でも」

「でも、じゃない!?」

抱き締めるサラさんは、僕の身体を引き離し、両肩を付かんで僕の両目を見つめてきた。

「今だけでいい、今日だけでいいから、私を安心させて!!」

サラさんは義父が死んだ時のように、僕が竜と対峙した時の日のように
目に涙を貯めていた。

「う、でも……」

僕はサラさんの言葉に、頷きそうになった。
今頷けばサラさんを安心させる事が、確かにできると思った。
でも、頷けば自分で決めた、この決意が中途半端になる気がして頷く事もできなかった。

中途半端な思考……

それが僕には精一杯だった。

「だから、お願い……今だけ…私に笑わせて」

サラさんは再度、買い物をする前と同様に、笑顔を造る。
しかし、同じ笑顔でもその目からは大粒の涙を零して。

僕はその涙を見て思った。

サラさんは別に強いわけではないのだと。

僕に、周りの人に、弱い自分を見せないようにしていたのだと。

サラさんのその気持ちを知った時、それが僕を一押しした。

そう、僕は決意できたのだ。

あの竜を倒す事を。

それに、竜と対峙した時に、誓ったんだ。

自分にも、仇の竜にも……

だから、それを嘘にする事はできなかった。

「ご、ごめんなさいサラさん……」

僕が謝った時、サラさんはゆっくりと俯いた。
同時に両肩を掴む腕の力が強くなったのを感じた。

「僕はやっぱり竜を倒したい!! オトーの敵を取りたいんだ!! サラさん……僕を嫌ってもいいから……叩いてもいいから……竜と、戦わせて」

何時の間にか、僕も泣いていた。

それは、サラさんを不安にさせる事と、サラさんを裏切ると言う、心の中で疼く後悔の念から生まれる心苦しさで。

しかし、“竜を倒す”“義父の敵をとる”という決意も更に強くなっていた。

「そ、そうよね……そうよね」

サラさんは俯いたまま静かに呟いた。
僕の肩からは、肩を掴むサラさんの両手の震えが伝わってきて、それがさらに僕の後悔の念を強くさせた。

「―――やっぱり…ウィルは“あの人の子供”ね……」

でも、サラさんの言葉は、僕を許していた。
いや、言葉ではなく、顔を上げて僕の目を覗いてきた、サラさんの目。
とても優しく、まるでなんでも知っているような赤い目が僕を許していた。

「たとえ血が繋がって無くても、貴方は確かにあの人の血を引いてる」

「あ……」

サラさんは、僕を再び抱きしめた。
それは突然で、思わず声がこぼれしまう。

しかし、今度の抱擁は、優しく、包みこむように。

「この、一度決めたら曲げない頑固なところ―――身体が弱くても、あの人と同じ闘志―――貴方は確かにヴッチ・ガリバーの息子―――ウィリアムス・ガリバーだわ!!」

ギュッとサラさんの腕に力が入った。

まるで、大切な物を二度と離したくないように。

「サ…ラ…さん……」

その行動に僕は動揺しながら、サラさんの名前を口にし、優しく抱き返した。

「だから、私は諦めるわ―――貴方がヴッチの仇をとると言うなら協力する……けして泣かず、どんな結果でも、笑顔で貴方を見届ける!」

しかし、サラさんの言葉とは裏腹に、僕の肩はサラさんの涙で湿っていた。

僕は、サラさんの言葉とは違う本当の気持ちを、僕に見せないように泣くサラさんの涙から、感じてしまったのだ。

そして僕は、この時も、小さく“ありがとう”としか答えられなかった。


相手を思いやる、優しい嘘……

僕はこの日、目で見えなくても、真実が分かる事を知った……



あの市場から帰って来てから、僕は料理を作った。

洗濯物も畳んだし、家の掃除もした。

もちろん斧も振ったけれど、それは強くなりたいからではなく、薪を割るため。

サラさんには“私がやるから良いわよ”と言われたけれど、サラさんにはリビングのソファーに座って紅茶を飲んでもらった。

空に鳴ったティーカップを揺らしながらサラさんは、何度か立ち上がって僕を手伝おうとしのだけど……

「やっぱり手伝うわよ」

「いいから、ジッとしててサラさん!!」

その度に僕は言って、半ば強引にサラさんに座ってもらっていた。

何故ならこれは、僕のできる、サラさんへの唯一精一杯の恩返しだったから。

これは、あのサラさんの涙で僕の肩が湿った時、せめて“今日一日でもサラさんに笑顔でいてもらいたい”と思っての事だ。

だから、いつも家に来てはやってくれた家事を、サラさんの代わりに僕がこなす。

バケツをひっくり返したり、洗濯物をひっくり返す失敗はあったけど、サラさんは心配しながら笑ってくれたし、夕飯の、僕が作った焦げたオムライスも笑って食べてくれた。

目的は果たせたと思う……

本当なら、毎日サラさんの笑顔を創るべきなのかもしれない。

でも……


明日からは、僕は強くなるために生きる。


残り短い命でできる修業では、強くなれるわけないかもしれない。


しかし、それが僕の残された命の使い方だから。


僕は寝る時、お休みの最後に小さく呟いた。


“ごめんなさい”


と。




――――――――――



翌日から、僕は修行に励み出した。

もちろん、ただ斧を降るだけではなく、図書館から借りた本を読んで、しっかりと戦い方の基礎を身につけられるように。

でも、問題は山ほどあった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

少し動くだけで、呼吸が乱れるこの肺。

「ぐ、ぎぎぎ……お、重い…」

斧を構えるのいも苦労する、この細い手と身体。

他にも、力もなく、戦略もなく、あるのは小さな勇気と、無謀だけ。

それでも僕は続けた。
空が青く澄み渡ってても。
雨が落ち水溜りを作っても。

そして、半月ほど経った頃だった、変わった客が訪れるようになったのは……



「失礼する」

僕が斧を振る練習として、薪を割っている時だった。

僕に声をかけてきたのは、銀色のプレートメイルをつけ細剣を腰にぶら下げた、騎士のような姿をした人。
ただ、ブラウン王国の騎士の姿では無かった。

「少年、ちょっと訪ねるが……森の塔とは、この荒れた道の先かな?」

僕がカッコ良い人だなと見惚れていると、その人は森の塔へと続くあの荒れた道を指差して訪ねてきた。

「は、はい! そうです」

突然の訪ねに、思わず驚き、反射的に答えてしまう。

「そうか、ありがとう少年」

そんな、僕に対して騎士の姿をした人は、愛想良くお礼の言葉を述べた。

「―――ああ、それと……斧を振る時はもっと体重を移動して体全体で振ったほうがいいよ」

「え……?」

そして、突然の助言に驚く。

「おっと、余計だったかな? それでは失礼する」

「あ…はい……」

騎士のカッコをした人は、ニッと真っ白な歯を輝かせると、森の奥へと続く荒れた道に消えて行った。

「……何しに行くんだろう? それにしてもカッコ良い人だったなあ……でも、王国の騎士じゃないし……う〜ん?」

僕は、ブラウン王国の騎士じゃない今の騎士が気にかかった。

そして、あの騎士の人の助言を取り入れて、薪割りに、素振りが楽になったのは言うまでもない無かった。



別の日には。

「へぇ〜……君は面白い物を手にしてるな」

「へ……?」

僕が斧でカカシを相手に素振りをしていると、何時の間にか薪割りの台の上に座っていた人が話しかけてきた。

「あ、貴方は誰ですか?」

僕が驚き、何時の間にか居た真っ黒いローブを羽織ったその人物に話しかけると。

「なに、通りすがりの魔術師さ」

「え!? 何で魔術師さんが……?」

「そんな事より―――君の持っているその斧……魔法の玉(ギョク)が埋め込まれているね〜」

「え!?」

僕はまた驚いた。
そんな僕に対し、魔術師は斧に埋め込まれた薄い緑色の宝石を指差してくる。

「ほら、その緑色の」

「………」

僕が不思議に思い、その言われた宝石を見て覗いていると。

「どれ貸してみ……」

魔術師は僕の手から斧をスルっと取り上げて。

ヒュッ……

一振りする。

「―――え?」

ブワッッ!?

そして、魔術師の周りで風が巻き起こった。
さらに、斧を降り下げた先の木が、ザシュッっと音を立てて幹に大きな傷跡を付けた

「え! なんで!?」

「ふ〜ん……風の玉かぁ」

「――え?」

魔術師が起こす事に僕は驚くばかりで付いて行けなかった。
でも、唯一分かった事はこの義父の斧は魔法の斧だったと言う事。

「君でも、振る時に魔力を込めれば風を起こせるよ」

口をポカーンと開けて驚いている僕は、魔術師の言葉に首を傾げた?
魔力ってどうやって使うのか?と。

「―――って、言ってもわからないか。 まぁ、風を起こしたいって
強く心の中で思えば起こるよ……君のその魔力ならね(この者に小さき祝福を)」

魔術師は僕に斧を返すと、ポフット僕の頭に手をおいてきた。

「あ――!」

僕はドキッと驚き、反射的に魔術師の手を弾いてしまう。

「おっ、と、撫でられるのやだったかな? まあ、頑張ってね」

そして、魔術師は口元を微笑ませると、森の奥へと続く荒れた道へと消えて行った。

「最後、なんて言ってたんだろう?」

頭を撫でられた時、あの魔術師は最後に何かを呟いたと思ったのだが、あまりにも声が小さ過ぎて聞き取れなかった僕は、不思議に思い、暫くの間悩んでいた。

因みに、魔法の斧だと知った僕は、より一層修行に励み出したのは言うまでもない……



この続く訪問者達は一体何なのか?

僕は疑問に思った。

しかしそれは、今日の、まるで嵐のような訪問者達が来た事で知る事となった。



サラさんが見守るなか、僕は息を切らし、必死になって斧を振って練習していた。
まだ息はすぐに乱れるが、斧の重さに腕が慣れたのか、多少は振れるようになった……つもりだ。

「オウ! 此処かぁ!?」

必死に斧を振る僕の耳に、突如お腹に響くような男の声が届いた。

「え……!?」

「何……?」

サラさんも聞こえたらしい。

「たぁっくよ、何でこんなとこまで歩きなんだよ!?」

さらに男の言葉が続いた。
それはとても下品で、不快だった。

声がする方を向くと、鞘に収まった大剣を肩に担いだ、ガタイの良い大男が歩いて来る。
恐らく、義父よりも筋肉質で大きい。
その後には、大剣を担いだ大男には勝るが、それなりに大きい男が二人と、大男の半分ぐらいの背の小さい男の3人が続いてくる。

「言うな節約だ……、それにドラゴンの所に行くにはここからしか行けないし、詳しい情報を得れるとしたら、東の樵しかいないらしんだ」

大男の後ろの背中に剣を背負った男が言った。

“ドラゴン?”

“東の樵?”

竜の事は分かるとして……東の樵とは義父のことだろうか?

「ゲッヘヘ、そうですよ」

「隊長の言う通りだ――ペッ」

小男が大男に胡麻をすりながら笑い、弓を持った男は唾を道に吐いた。

何て下品な……

この集団を見た瞬間沸いたイメージだった。
年端もあまり行かない僕がそう感じるのだから、よほど酷いのだろう。

「ヘイヘェ―――おい? ガキィ! ―――東の樵のヴッチて奴の家はそれかぁ?」

集団が僕の前に来ると、先頭の大男が辺りを見渡しながら言ってきた。
その物言いは、騎士のカッコをした人や、魔術師の人とは違い、まるで人を見下したもので不快に感じられた。

また他の男達は、薪割りの台にドカッと腰を下ろしたり、人の家の中を窓から覗くように見ていた。

「そう…ですけど…」

僕は、大男の訪ねる態度や、他の男達の態度にムッとしながらも、どもりながら答える。
勿論、警戒しながら。

サラさんも嫌な予感がしてるのか、複眼が赤く輝き、顔色に警戒が現れていた。

「そうか……」

大男は僕の返答に口元を吊り上げて笑うと、僕を押し退けるように家の扉に向かった。

「どけ、ガキ」

勿論、僕は抵抗した。

「ちょっっ…!? なっ…!? やめて下―――」

僕が、大男の粗い行動に突っ掛かろとした時だった。

ドッシュッ――!?

「っ…!?」

風を切る音と共に、足下の地面に矢が刺さったのだ。
矢が飛んで来た方向を慌てて見ると、弓を構えた男が薪割りの台に座っていた。

「邪魔だ小僧、動くな」

そして男の殺気のこもった声と共に、弓の弦が震える音が響いていた。

「くっ…!」

僕は、弓の男の殺気に当てられて動けなかった。

「いい子だ」

この弓の男は、竜の殺気とは違い粘つくような、例えるなら、竜の殺気を苦痛も感じる間もなく身をも一撃で砕く激流だとしたら、弓の男の殺気は、まるで油のように粘つき、水攻めをされて苦しむような、徐々に窒息して行くような感じで、吐き気をもようしそうだった。

胸の内から込み上げてくる物を我慢し、唯一の抵抗で睨み付けるしかできない僕に、男は不快そうに鼻で笑っていた。

「ゲッはっ――!?」

すると突然、打撃音と共に苦痛の声が聞こえ、僕の目の前にあの大男が倒れてきた。

「ちょっと……汚い足でヴッチの家に上がらないでくれないかしら?」

家の扉の前には、蜘蛛の足の前肢を構え上げ、額の複眼を真っ赤に光らせたサラさんが立っていた。

「もう一人―――いや“一匹”いたか」

弓の男の矛先がサラさんに向いた。

「ですね、グフフ」

小男も懐に手を入れて構えている。

サラさんが大男を吹っ飛ばしたことで、一瞬にしてこの場が緊迫した重い空気へと変わる。

「お〜〜痛ぇ〜痛ぇ」

しかし、緊迫した空気のなか、場違いな気の抜けた、それでいて殺気の篭った大男の声が響いた。

大男を吹っ飛ばしたサラさんに、弓の男と小男が各々の武器を構え警戒してる中、大男が筋肉の割れたお腹を摩りながら、立ち上がったのだ。

“化け物”

誰かが呟いたような気がした。

それもそのはず、鋼なみの強度はある、天然の甲冑で覆われた蜘蛛の前肢と、さらに魔物としての人外の力で殴られたにも関わらず“痛い”程度で立ち上がったのだから。
手加減したとはいえ、本来なら大木ですら薙ぎ倒すほどの威力にまで昇るはずなのに……

どうやら、サラさんも無傷で立ち上がったのは予想外だったらしく、驚愕の表情をしている。

「ふ〜〜〜……他かが魔物風情が、やってくれんじゃぁないの!? ああ…!?」

「っ――!?」

大男の言葉にサラさんは身構えた。

大男は落ちていた大剣を拾うと、鞘から抜く。

「さて、どうやって落とし前つけて貰おうか?」

大男は長年使い続けたであろう、錆や刃こぼれが目立つ両刃の大剣を右片手で構えた。

緊迫した空気に、冷たいこの時期特有の風が流れると、大男は動いた。

体格からは思えない一歩。
その一歩でサラさんとの間合いを詰め、腰をバネのようにひねり、右肩甲骨が見える位まで右片手で剣を引く。

そして、間合いが完全に詰まった時、腰をひねって貯めた力を、大剣に載せて放つ。
―――否、サラさん目掛けての横一線、水平切。

「危ない…!?」

でも、サラさんは僕の声を聞く前に、蜘蛛のような俊敏な動きで一歩飛び退き、水平切を避けた。
そして、鋭く尖った両前肢を振り上げて大男に反撃する。

「……すごい」

避けかたといい、攻撃の仕方といい、今さらだがサラさんが魔物であることを改めて実感した。

大男はサラさんの攻撃を大剣を器用に盾にして防いでいた。
剣の鋼と、サラさんの天然の固い甲冑がぶつかりあい金属音が奏でられる。
僕の後ろでは、弓の男と小男の喧騒の声が飛び交った。

「アニキ―そこっ! そこでっ!」

「どうしたブロー押されてるぞ!?」

サラさんの前肢による連続攻撃で、サラさんが一歩押しているようだ。

そんなサラさん達を、僕はただ唖然と見るしかできなかった。

「しゃらぁぁっっ!?」

大男が突然叫ぶ。

「きゃっ…!?」

「ぁあ…!?」

大男は盾にしていた大剣を力で押し付けたのだ。

サラさんは優勢になっていたことで油断していたのか、思わね反撃にバランスを崩しまった。
しかし、直ぐに八本の脚で体勢をたて直し、さらに両前肢で攻撃しようとしたのだが……

「あ」

バランスを崩した一瞬の隙をついて、大男は大剣を両手で上段に構えていた。

錆や刃こぼれの目立つ大剣の刃が、サラさんを見下ろす。
大男が大剣を降り下ろせば、サラさんはただじゃすまない。

いくらサラさんが魔物でも、天然の甲冑で覆われた下半身の脚で防ごうにも、上段の攻撃の防御には届かないし、防具も持っていない上半身の人間の手で大剣を防ぐこともできない。

つまり……

“負け”である。

負け、それは戦場や戦いの場では“死”を意味する。

そして、今の攻防での“負け=死”の意味は、大男の言葉で分かった。

「ツミだ蜘蛛…“死ね”」

最悪な光景が頭をよぎった。
それは、あの日の、義父の光景と共に。

大男は大剣を振り下ろした。

「やめろぉぉぉ!?」

僕は叫んだ。
もう二度と大切な人を、目の前で失いたく無かったから。

僕の思いは、自然と身体を動かしていた。

斧を両手で振りかぶり、

強い念を……サラさんを助けたい思いを載せて、振り下ろして。

そして……


ビシッッ!?


風が裂けた音がした。


キィィイン!?


「ツッ――!?」


そして、何かが弾かれる音と、大男の歯を食いしばる声が僕の耳に飛んできた。

目の前には、大剣がサラさんを掠め地面に刺さっている光景と、驚愕の表情で僕を睨む大男。

「え……? う、打てた……!?」

結果的とは言え、無我夢中で斧を振っていた僕は、斧に埋め込まれた風の玉の力で、サラさんを助けていたのだ。
でも、それよりも、今まで何百回と振っても出る事の無かった風を出せた事に、僕は興奮を覚えていた。

それは、歓喜と言っても良いぐらいに。

「や、やった……やった! 風が―――」

しかし、その歓喜は一瞬だった。
何故なら、大男達が居るのだから。

「ガッキィィイ!? 何しやがったぁぁっ!!?」

大男が叫んだのだ。

「ビクッ…!?」

僕は思わず身を縮めた。
大男の大声には、大量の殺気がこっ持っていたから。

「てめぇも殺してやる! ……ダダ、小僧を抑えてろ!」

「ヘイ」

「痛ッ!?」

大男が更に大声を出すと、同時に僕の背中に激痛が走っていた。
そして、世界が瞬く間に低くなり、地面と接吻してしまった。

「ギッヒヒヒ」

ああ、小男が僕の上に乗ってきたのか。

僕は下品な笑い声を聞いて理解してしまった。
そして、僕はもちろん抵抗するが……

「あ…ぐ……!? は、はなせ……!」

小男の体重が、一般の成人男性よりも体重が低いとは言え、子供の小さい僕にとっては
とても重く抜け出せる訳もなく、もがけばもがくほど苦痛でしかなかった。

「小僧そこで見てろ! 今、この“魔物”を殺してやる!」

大男の言葉と同時に、再び、大剣がサラさんを見下ろした。

「―――そして、次は貴様だッ!」

そして、大男は大剣を振り下ろした。




――――――――――




「ヤメロォォォォォオ!!?」

大剣が降り下ろされようとして、僕は抑えられ苦痛を与えられている事も忘れ叫んだ。

大剣が降り下ろされれば、弱い僕では絶対に止められる事はできないのに。

でも、それはもう無我夢中でわからなかった。

「―――うわぁぁぁぁ」

僕の叫びが、訳の分からない悲鳴に変わった時だった。

「そこまでだっ!!?」

「ぁぁッ……!?」

「「!?」」

空気の流れが止まった。

僕もピタリと止まり、抑えられている事も忘れ声に詰まってしまった。
後ろで弓を構えていた男も、僕を抑えている小男もピタリと止まり、黙っていた。

大男が振りかぶっていた大剣も、サラさんに降り下ろされる直前で止まっていた。

そして、声を張り上げたのは―――最後の一人、剣を背負った男だった。

「ブロー、ダダ、もういい……目的は情報収集だ、その魔物を殺す必要はない! ―――それに、この国は新魔物友好国だ、殺せば俺等は罰せられる」

男は言葉を淡々と話し、僕と僕を抑える小男を見ながら、サラさんと大男の所まで歩いて行く。

「へ、ヘイ」

小男は、剣を背負った男の言葉を聞いて、僕の上から退いた。

「シッカシよ〜“隊長”、この魔物は人間“様”に歯向かったンだぜ?」

でも大男は、サラさんの首に片手で剣先を突き付け直し、言葉を返していた。

隊長……どうやら剣を背負った男がこの集団のリーダーのようだ。

僕は思いながら、長い間接吻を交わしていた地面からゆっくりと立ち上がり、サラさんに突き付けられる大剣に、一滴の冷や汗を頬に垂らしながら理解した。

大剣をサラさんに突きつける大男と、体長と呼ばれた男の目線が行き交う。

そして―――

「ケッ! 分かった分かった! ―――命拾いしたな…“蜘蛛”」

大男はサラさんに突き付けた大剣を、カチャリと鳴らすと肩に担ぎ、その場を動いた。

どうやら、僕とサラさんは助かったらしい。

「すまないな少年、それに蜘蛛のお嬢さん……部下が失礼した。 もともと反魔物国出身でな……」

「「……………」」

僕は、体長と呼ばれた男を無言で見ながら、サラさんの元へと駆け寄った。

「大丈夫ウィル?」

そんな僕をサラさんは心配してくれた。

「うん……サラさんは?」

「私も大丈夫よ……」

僕とサラさんはお互いの安否を確認する。

「今日は引き上げるぞ、ドラゴン退治は明日だ」

「ヘイ」

「ペッ……無駄な時間だった」

「ケッ…に、しても汚ネェし、ちっせぇ家だなぁ…!? ああ!?」

僕とサラさんがお互いの安否を確認していると、大男達は、体長以外思い思いの不満を口にしながら、街に帰って行った。




――――――――――



そして次の日の朝、あの大男達が家の前を横切り、森へ行くのを部屋の中から見かけた。

「サラさん……あの人たちは何なんだろうね?」

僕がリビングで朝食を取っているサラさんに尋ねると、サラさんは“知らないわ”と昨日の事をまだ気にしているのか、素っ気なく答えてきた。
まあ、危うく殺されかけたのだから当たり前なのかもしれない。

むしろ、あんな目にあったにも関わらず、気になっている僕の方が変なのだろうか?

「―――でも、一人は“ドラゴン”がどうとか言ってたわね」

僕が、自分の思考について考えていると、パンをハムハム食べながら、サラさんが独り言のように呟いていた。

「え?」

“ドラゴン”という単語に僕は反応する。

「え……なに? ……ウィル?」

僕が反応すると、サラさんはパンを加えたまま、しまったという顔をしていた。

「う、ウィル……? まさか、あの人達を追いかける―――」

「僕、行ってくる!!」

「―――なんて言わないわよ…ね? ―――あ、ちょっ、待ちなさいウィル!!」

僕はサラさんの言葉を最後まで聞く前に飛び出していた。
あの人達だけには竜を倒されたくないと言う、何処か変な闘争心が燃えていたから。

僕は駆けた。

ここ最近通ってなかった荒れた道を、今までよりも早く脚を動かして。

この時は気が付かなかったが、この時僕は塔までの道のりを今までの半分以下の時間で到着していた。

「はぁ…はぁ…はぁ……っ!?」

そんな僕が、息を切らして塔に到着した時、目を疑った。

そこは、戦場と化していたからだ。

目の前には大木が根元から折られ、あの小男が気絶していた。
隊長と呼ばれていた男は、剣を片手に脚を抑えている。
弓の男に関しては自慢の弓が壊れたのか、小さいナイフを武器として構えていた。
そして、あの大男はと言うと、頭から血を流しつつも大剣を構え、自分の身の丈の数十倍はある、圧倒的質量の竜を睨みつけていた。

《愚かな人間どもよ……召される準備はできたか?》

「ふざけんな、トカゲズラがぁぁ!!」

竜が静かに言い、大男が叫ぶ。
そして、大男が大剣を振り上げて竜に切りかかった。

「オラァァァ!?」

でも。

ガッキィィンッ

「なっっ――!?」

竜は微動だにせず、首の鱗で大男自慢の大剣を受け止めた。
しかし、ただそれだけで大男の大剣は刀身の半ばから折れてしまった。

《無駄な事を……》

竜は、長い首を持ち上げ、立ち向かってきていた男達を黄金の瞳で見下ろしていた。
でも竜の黄金の瞳は、怒りと、殺意に燃え、獲物を前にした時の獰猛な猛獣の目だった。

《もはや貴様らに―――》

そして、竜が目の前に立つ男達を一人一人を順番に見ると、

《赦しを請う時間は、無い!!》

そして、竜の殺気の込もった声が森に響いた。

後は、男達の悲惨な光景だった。

「なんて事……」

後から追いかけて来たサラさんが、その光景を見て呟く。

「ぐわぁぁぁ!?」

弓の男が叫ぶ。

「がはっ……!?」

隊長と呼ばれた男が身体から奇怪な音を立てて、小石の様に吹っ飛ぶ。

「く、くそったれ―――グガァァァァァァア!!?」

そして、大男が苦痛に身を縮めた。

竜からして見れば、ただ単に軽く、太い爪のある腕を振るい、尻尾で大木ごと薙ぎ払い、牙の見える口から炎のブレスを軽く吹き付けただけなのに、男達は地面に倒れ、苦痛に叫んでいた。

《―――鳴く姿も醜い……生かす価値も無い、な》

「グッ!?」

「ク…!」

「ガ――!?」

「!?」

「えっ!?」

竜の言葉、それは、死刑宣告だった。

気絶する小男以外の男達が、苦痛の痛みの中で竜の言葉を理解し固まる。
その中で、僕とサラさんも驚いていた。

そして竜が、目の前の苦痛に転がる大男に爪を立てた。

《安心するがいい、我に挑んだ勇気をたたえ、せめてこれ以上苦痛を与えずに葬り去ってくれよう》

僕はあの時の光景が被って見えた。

“竜よ…僕を、殺せ!”

あの時、自ら死を選び、竜に爪を立てられた時の光景。
僕はあの恐怖を知っている。
あの時はつまらない意地を張って恐怖心を抑えていたが、本当は怖く、死ぬ事がどんなに怖い事かを身体が覚えていた。

「―――やめろぉぉ!?」

だから僕は、たとえ昨日殺されかけた男達であっても、助けたいと思ってしまった。

《!?》

僕は、竜が爪に力を入れる瞬間、爪を立てられた大男と竜の爪の間に割り込んだ。

《何だウィ……小僧…いたのか?》

竜は、僕をその黄金の瞳に捉えると、一先ずと言ってもいいように指を握って爪を下げた。
それでも、腕は空に浮かせたままで、いつでも爪を立てて、男達を殺す事はできる状態だった。

「殺す必要は無い!! もう勝負は付いたじゃ無いか!!」

《……勝負が着いた、だと?》

「そうだ!!」

竜は、黄金の瞳を細めた。

「ガキィ…」

「グッ!? 少年…やめ…」

火傷を負った大男と、飛ばされ地面に激しく叩きつけられた隊長の男は、地面に身を引きずりながら竜の前に立った僕を、驚きの目で見つめてくる。

僕は男達を見てから竜に言った。

「確かに、この人達はひどい人達かもしれない! けど……殺す必要なんて無いじゃ無いか!」

《……では、お前は私にどうさせたいのだ?》

「僕は……」

決まっている。

昨日みたいに酷い事されても、目の前で傷だらけで倒れられたら、見捨てる事なんかできる訳ないんだから。

ましてや、泥と血で汚れたこの人達を見てると、義父が被って見えてしょうがなかった。

「サラさん……この人達助ける事できない?」

僕は、木の影でハラハラしながら僕と竜のやり取りを見ていたサラさんに振り返った。

「い、嫌よ! こいつら助けるなんて!」

しかし、サラさんは全力で断る。

「でも…サラさんお願い……いえ、お願いします」

僕は、サラさんに深く頭を下げてお願いした。

《…………》

その間、竜は何も言わずに黙り、殺意の消えた瞳で僕たちの事を見ていた。

「サラさんお願い……もうこれ以上、目の前で誰かが死ぬのを見たくないんだ」

僕のワガママな願いだった。

僕自身、命をかけて竜に挑もうとしてる時点で、この願いはおこがましいかもしれない。
でも、もう何もできないのだけはやだった。

「……わ、分かったわ」

サラさんは、腕を組んで少し考えた後、顔を少しふくらせながらも、僕のおこがましい願いを聞いてくれた。

「あ、ありが―――」

「でも、一人だけよ!」

そんな僕がサラさんにお礼を言おうと頭を再度下げようとした時、先の言葉に付け足すように、条件を付け加えて来た。

「え…?」

僕が驚き、腰を下げたまま顔だけを上げると。

「いくら私でも、何人も運べないわよ」

サラさんは、木の影から出てきて僕の目の前まできていて、腕を組んでいた。

「それに……家にはベットが一つしか空いてないのよ?」

「………」

僕はサラさんが突きつけて来た条件に、歯に力を入れて迷った。

これ以上サラさんに迷惑をかける事はできないのも事実で、この人達を助けたいのも事実。

しばらく固まり、迷った挙句の、僕の出した決断は……

「それ、じゃあ……せめて、怪我が一番酷い人だけでも!!」

間違っていたのだろうか?

「……分かったわ」

サラさんはコクンと頷くと、痛みにうずくまる弓の男、

「た、助けて……」

折れた大剣を握りながら焼けただれた左腕を抑える大男、

「クッ…触るな、蜘蛛!」

そして、息を乱し、身体全体の痛みに耐える隊長の男と、見て回った。

「はぁはぁ…グクッ……」

僕は、男達を一人一人見て回るサラさんを、ただ見ている事しかできなかった。

「ウィル…一番怪我が酷いのはこの人よ……?」

サラさんは、最後に見ていた隊長と呼ばれた男を看ながら言った。

「そのお腹に傷を受けた人(弓の男)は傷も浅いし、ほっといても死なないわ……そっちも(大男)火傷してるけど対した事ないし……それに助けたくない(ボソ」

サラさんの言葉に合わせて男達を見て見ると、確かに弓の男はたいして血も出ていないのにも関わらず、お腹を抑えて叫んでいるだけだし、大男は火傷した腕を抑えながらもまだ竜に向かって闘志を燃やしてる。

「だけど、この男(隊長の男)は身体中を打ち付けて……下手したら内臓損傷の心配もある……」

そう言って、サラさんは隊長の男を優しく、お姫様抱っこのように抱きかかえた。

「ぐ……だ、大丈夫…だ」

隊長の男は、痛みにたいしてなのか歯を食い縛りながら呟く。

「ゴメンなさいね…本当は“見捨てたい”んだけど、ウィルが助けてとせがむから……」

「サラさん…お願いします」

さりげなく恐ろしい事を言うサラさんに、僕は感謝の意味と“最後まで見捨てないでください”と言う意味をのせて、再び頭を下げた。

サラさんは、隊長の男を抱きかかえながら、首だけを僕に向けると、小さく頷き家の方角の森へと消えて行った。

「………」

《なるほど……》

僕が、サラさんの影が見えなくなるまで見ていると、今まで静かにしていた竜が言葉を呟いた。
僕は言葉を発した竜に振り向く。

《少年……お前の決断、しかと見届けた》

竜は言う。
あの、僕を祝福してくれた時のような輝きの目で。

「あ―――」

「クッソォ!?ふざけるなぁ!?」

僕の目と竜の瞳が合い、僕が何かを呟こうとした時、突然お腹に大声が響いた。

《!?》

「――!!?」

僕の横を大男が過ぎる。

大男が折れた大剣を握って、竜に向かって掛け出したのだ。

「俺は、お前(竜)を殺して名声を手に入れてやるんだぁぁ!!!??」

大男は自分の夢と言う野望を叫び、突っ込んだ。

大男最後の捨て身の攻撃。

《情けないものだ……フッ…》

しかし竜は、ゆっくりと頭を大男に向け、大男が竜の鼻先が触れる瞬間、大きな口を細めた。

「あ……」

そして、大男は固まった。

理由は、竜が息を吹きかけたから……?

ドサッ

そして、大男は足元から倒れた。

《安心するがいい、気を失わせただけだ》

竜は、心配を顔に出す僕に言ってきた。

「この人達…どうするの?」

確かに、今のこの大男の行動に驚き様々な不安が膨らんだが、それ以上に心配なのがこの残りの人達の心配。

《……安心するがいい、お前の気持ちに免じて助けてやろう》

「ほんと!?」

竜の言葉に喜びの声を上げる僕。

でも。

「―――と、言っても、私が助けるのでは無く、かってに助かるのだがな」

と、竜は付けたした。

「?」

僕は意味がわからなかった。

《では、お前も去るがいい……》

竜は、竜の言葉を理解しようと頭をひねっていた僕に言ってきた。

《もうここにいる理由は無くなったのだろう? ―――それとも、今ここで私と戦うのか?》

「あ……!?」

ビクッと身体を竜の言葉に弾ませ、身を構える。
竜の言葉に殺気は無かったものの、身体が反応してしまったのだ。

竜は牙をニッと見せて笑っているようだった。

《今はまだ、戦う時ではないのだろう? ―――さあ、行くがいい、勝負はお前と次に会う時までお預けだ》

「……うん」

僕は、複雑だった。
今の竜は僕の願いを受け止めてくれ、とても良い竜なのではないかと思ってしまうぐらいに。
でも、義父を殺した竜である事も事実で、仇を取りたいという気持もある。

僕は、様々な感情が交差する心を抱きながら、足を森へと向けた。

《―――ああ、それと》

そして竜は、帰ろうと帰りの道に足をかけた僕に、ふと言ってきた。

《たまにはベルララに顔を見せてやれ……喜ぶはずだ》

ベルララ……

そう言えばずっと会っていなかった。

僕は竜の言葉で、ベルララのあの美しい姿からは想像できない、豪快で、それでいて清楚な笑顔を思い出していた。

ああ、久々に会いたいかもしれない。

僕は、寂しい気持ちになっていた。
でも、ベルララはもっと寂しい思いをしているのかもしれない。

「……うん、今度ベルララに会いに行くって伝えて置いて」

《……そうか、お前の言葉受け取っておく》

別に“竜”のために言った訳でもないのだが、 僕の言葉に対し竜はどことなく嬉しそうに答えてくれた。

僕は、それが不思議に感じながらも、もう一つ言葉を付けたした。

「―――それと竜……今日はありがとう」

これは、竜に対して純粋に感じた言葉。

僕が、自分の決断に“これでよかったのか?”と感じていたけど、竜は僕の願いを聞いてくれたし、サラさんも条件付きだったが、聞いてくれた。

僕の決断は間違っていなかったと、直接では無いけど教えてくれたから、それに対してのお礼の言葉だった。




――――――――――



僕が家に帰ると、あの隊長の手当が、サラさんとサラさんの友達の、ホルスタウロスのフリーシアさんによって行われていた。

何でもフリーシアさんは、サラさんが隊長の男を運んでいる時に偶然会ったらしく“あら〜ワタクシも、手伝うわね〜”と、のんびりとついてきたらしい。

でも、フリーシアさんの手当ての手際の良さは、凄かった。

何と言うか、殆どの手当てをフリーシアさんが行って、その隣のサラさんは支持された事をするだけ。

後から聞いた話では、フリーシアさんは町医者の旦那さんが居るらしく、よく患者さんの看病を手伝っているのだとか。

「あら〜、運良く〜内臓もケガしてないし〜、片足に〜ヒビが入ってるものの〜、安静にしていれば〜すぐに〜治りますね〜〜」

なんて、ゆっくりと言うか、おっとりした物言いに対して、素早い動きの手元がとてもミスマッチで違和感だった。

因みに、隊長の男は義父が使っていたベットに横たわっている。
この家で空いているベットと言えば、義父が使っていたベットしかなかったからだ。

サラさんは“仕方なく仕方なくよ!”と、何故か怒っていたけど、これでよかったと思う。

とりあえず、これからの行動としては、修行しながらこの隊長の人の世話をして行くつもりだ。

何故なら、サラさんにこれ以上迷惑をかける訳もいかないのだから……



隊長と呼ばれた男を助けてからも、僕は毎日斧を降って練習し、そして朝昼晩とご飯を作って隊長の人の所に運んだ。

世話と言ってもそれぐらいしかできなかったのが心苦しかったけど。

本当なら、包帯の交換も僕が行うべきなのかもしれない。
でも、それはフリーシアさんが、毎日通っては交換して、フリーシアさん特性の、打撲や打ち身に聞く塗り薬りを塗っていた。

隊長の男を助けてから三四日程すぎた頃だろうか?

フリーシアさんの薬が聴いたのか、ヒビの入った片足を除いた上半身は、みるみるうちに良くなり、身体を動かせるほどになった。

上半身を動かせるようになってからは、隊長の男は自分で僕が運んだ飯を食べるようにもなった。

でも、問題もあった。

この隊長の男の人は、“すまない”“助かる”もしくは“悪いな”と言うだけで、会話らしい会話ができなかった事だ。

サラさんは最初何も言わなかったけど、日がます毎に“彼奴の態度は何なのよ”と怒って、終いには、フライパンを片手に怒鳴りそうになってしまった。

そして、今僕はそのサラさんを必死に説得している。

「だ、ダメだよ!」

必死に隊長の男が寝ている部屋、つまり義父の部屋の前に手を広げてサラさんの前に立ちはだかる僕。

「どきなさいウィル!!」

そして、フライパンを片手に腰に手を当てて僕に言ってくるサラさん。

「今日こそあの態度には我慢できないわ!!」

「いや、サラさんが殴ったら死んじゃうからあの人!?」

サラさんが僕を無理やり押し退けて、部屋のドアノブに手をかける。
そして、サラさんの腰に掴まって必死に止めようとする僕ごと部屋に入った。

「騒がしいな……」

隊長の男の人は、ドタバタと騒がしく入ってくるサラさんと僕を、ベットのクッションに上半身を寄りかからせながら、静かに見ていた。

「騒がしいな、じゃ無いわよ!! 何なのよ貴方のその態度は!? 助けてもらってお礼の一言もないの!?」

部屋が揺らぐぐらいの大声で怒鳴るサラさんに、僕は耳を塞いだ。

「……感謝はしている」

「な…! それだけなの!?」

隊長の男の人は静かに言った。
しかし、いよいよもってサラさんの堪忍袋の尾が切れたのか、眉間に青筋を立てて複眼が真っ赤に燃えだした。

「あわわ…サ、サラさん落ち着いて」

僕はサラさんの、大きなまん丸いお尻を引っ張って止めようとするけど、ズルズルと引きずられ、サラさんはベットの横まできていた。

サラさんと、隊長の男の人の目が合い、サラさんの目からは火花が散っている。

「…………」

「…………」

「あわわ……」

僕があたふたする中、最初に動いたのは隊長の男の人だったが。

「―――それを、受け取ってくれ」

隊長の男の人は上半身をベットから乗り出して、あるものを指差した。
それは、ベットの横のテーブルにおかれていた、男の荷物の一つで、小さな麻袋だった。

「な、何よそれ?」

サラさんは、男の突然の行動に戸惑いが表れる。

「礼のつもりだ」

男は素っ気なく言うと、ベットのクッションに再び身を委ねた。
サラさんは、男の差した物を手に取り、中身を確認する。
しかし、中身を見てワナワナ肩を震え出し。

「ふざけないで! こんな物いらないわ!?」

その袋を男が身を預けているベットへと投げ付ける。

そして、盛大に扉の閉める音を鳴り響かせて、いそいそと部屋を出ていった。

「…………」

「……?」

部屋に残された無言の男と、首をかしげる僕。
サラさんが投げつけた袋を見ると、投げつけられた拍子に袋から中身が零れていた。

「宝石?」

僕は、その宝石が気になったけど、何故か怒り出したサラさんが気にかかり、追いかけようと義父の部屋の扉に手をかける。

「少年……何故俺を助けた?」

でも、僕の手は止まった。
隊長の男が僕に話しかけてきたからだ。

「え…?」

「俺を何故助けた?」

突然の問いかけに驚く僕に、言葉は違えど同じ内容の質問を繰り返す隊長の男。

「それは……」

僕は、その突然の質問は直ぐには答えられなかった。
あの時は、ただ無我夢中で竜の前に立ちはだかっただけで、考えも何も無かったはずだったから……

でも、根本的な理由があるとしたら、それは……

「分からないけど…たぶん“竜に殺された”オトーと被って見えたから…」

恐らくこの理由だと思う。

傷だらけで、泥まみれになっていた男達が、あの嵐の日の義父と重なって見えたから。

「……そうか」

隊長の男は僕の答に静かに頷いた。
そして僕は、その言葉を背中で受け取り部屋を出た。

「少年……ありがとう」

男の言葉を最後まで聞く前に。



――――――――――



「いやっ! はっ!」

あれから暫くして、この日も僕は斧の素振りをしていた。

そう言えば、この間久々にサンドイッチを持って塔に行ったけど、ベルララは抱きついてきて、とても喜んでくれた。

合う前は気まずしく、どんな顔をしてベルララに会えばいいか分からなかったけど、僕の顔を見て花が咲くように笑顔になったベルララを前にしたら、僕も物凄くうれしくなった。

まさか、ベルララが僕とここまで会いたいと思ってくれているなんて、思っていなかったから。

そして、会う前の気まずさは何処かへ飛んでいき、今まで合わなかった時間を埋めるようにいっぱい話をした。

話の中で、ベルララは竜と対峙した事は何も言わなかったけど、たぶん知っているのだろう。
最後に“頼むから、無茶だけはしないでくれ”と、目に涙を溜めてくれたから……

そして、僕はたまに顔を出す事をベルララと約束して帰ってきた。

本当なら前みたいに毎日ベルララに会いたい。
けど、やはり修行する時間を少しでも作りたかったからどうしようも無かった。

ただでさえ、あの隊長の男の看病をしているから、前よりも練習する時間が短くなっているし。

だから今日もいつもよりも集中して、頑張っている。

「やっぱり、斧に身体をもっていかれちゃう……」

ただ今の僕の悩みは、斧の重さ。
斧を振る事は、斧を握り始めた頃に比べたらだいぶ楽になっていたが、振る度に身体を引っ張られる感覚に悩まされていた。

振る度に斧に振り回されると言う事は、つまりバランスを崩してしまうと言う事で、それはスキを生む事であると、借りてきた本に書いてあった。

「どうすれば……?」

僕は悩みながらも、ただ振る事しかできなかった。

「ふっ! やぁ! …はぁはぁ」

「いつも斧を降っているのか?」

僕が集中して汗だくになって振っていると、突然後ろから声が聞こえてきた。
僕が中断して振り返ると、そこには隊長の男が、骨にヒビが入った右足を庇いながら立っていた。

「いつも振っているが何故だ?」

「そんな事貴方には関係無い筈です」

僕は隊長の男が外に出てきた事に驚いたけど、今は修行に集中したかったから、邪魔をしないでくださいと言う意味を込めて、少し無愛想に言葉を返した。

しかし、隊長の男に僕の願いは届かず、また静かに口を開いた。

「俺は…アキレスだ。 少年……名前は?」

それは素朴な自己紹介だった。
姓を名乗らず、名前だけの簡単な自己紹介。
相手の名前を訪ねる時は、自分から名乗ることが礼儀だとサラさんから教えられていたが、ここまで簡単な自己紹介は初めてだった。

「……ウィリアムス、です」

僕は、斧を振りながら隊長の男の質問に答えた。

「そうか…いい名前だな」

「……ありがとうございます」

社交辞令のような会話をする男=アキレスと名乗った男に、僕は今度も素っ気なくお礼を返した。
本当に今は修行の邪魔をされたくないのが本音だったから。

「…………」

「…………」

それから暫く、僕の願いがうまく伝わったのかは分からなかったが、お互いに無言が続いていた。
その間僕は、時々斧を杖にして休憩しては、斧の振り方を試行錯誤して身体を持っていかれないように振ってみた……

しかし、今や集中力は途切れてしまい、どうしても気が散ってしまってしょうがなかった。

理由はわかっている。
それは後ろでみているアキレスと名乗った男。

「あの…見られるとやりづらいので―――」

僕はいよいよ我慢できなくなり、ずっと見てきていた男に口を開いた。

「少年、斧を短く持ったらどうだ?」

「…え?」

けど、僕の言葉は中断され、突然のアドバイスが飛んでくる。
僕が突然の事に驚いていると、アドバイスを言ってきた本人は、薪割り用の台に座りながら更に言ってきた。

「少年の身体では、柄を長く持つと斧に重心を持っていかれるのだろう? ―――拳二つ程短くしてみろ」

「……はい」

僕は、隊長の男の言葉を考えるよりも先に、身体を動かして実践していた。

「やっ! はっ!」

確かかに、男の言った通りだった。
持ち方を少し短くしただけで、だいぶ楽になったのだ。

でも、それでも斧はまだ少し僕を振り回している。

「……もう少しだな」

「はぁ…はぁ…?」

しばらく言われた持ち方で振っていると、男はまた静かに言ってきた。

「少年……斧をかしてくれないか?」

少年…名前で僕を呼ばなければ、さっき名前を訪ねてきたのはなんだったのだろうか?
まあ、僕もあまり変わらないのだが……

僕は、そんな事を感じながらも、しぶしぶ男=アキレスに、握っている義父の斧を手渡した。

「少しいじるぞ」

アキレスは何処からともなくナイフを取り出し、斧の柄を削り出した。

カシュッカシュッと渇いた音が、ナイフを柄にそって動かすたびに僕の耳に届き、目の前で柄が削れていった。
義父が長年使い続けた魔法の斧は、泥や手垢そして血豆による血で黒く汚れてていたが、黒い柄が削れるたびに、その下の色鮮やかな新しい幹が輝いた。

「これでいいだろう……」

アキレスは削り終わると、最後に柄の長さを整えて僕に返してきた。

果たされた魔法の斧の柄は、今や輝いていた。

「……あ、ありがとう…ございます」

「……ああ」

返された斧はとても振りやすく、削られて、新しくなった柄も僕の小さい手にとても馴染んだ。

このアキレス、本当は“いい人”なのだろうか?

僕は、始めて出会った時の印象と、静かに僕の背中を見てくれているアキレスが別人に思えた。


そして、この出来事から、アキレスは毎日僕の修行を見てくれるようになった。

特に会話もなく、ただ見てくれるだけ。
でも、時々アドバイスもくれたりした。
あと、リハビリだと言って薪割りや、家の戸を直してくれたりもした。


僕の印象は、少しづつではあるが変わっていった。

助けた当初、この男はどこか物静で、見知りのように感じていたのだが、このアキレスとしばらく過ごしてそれが違うことに気がついのだ。

何だかんだで世話好きで、黙って何時の間にか手伝ってくれたり、そばに居てくれる。

サラさんも、最初はこのアキレスを物凄く毛嫌っていたけど、少しずつではあるがサラさんの態度も和らいできていた……ほんとに少しだが。

ある日、アキレス本人にどうして僕の修業を見てくれるのかと、聞いたら“ただの礼だ”とはぐらかされてしまい、真の気持ちも聞き出せないまま、時間は立っていった。


そしていよいよ、僕の命の残された時間がヒシヒシと近づき。


冷たい風がさらに冷たくなり、日によっては霜が降りる時期へと変わった。


それは、僕が義父に拾われた時期が近付いている事を教え、医者さんに言われた寿命、すなわち、僕の十一回目の誕生日まであと一月となってしまった事を教えてくれた。


11/06/03 00:04更新 / 腐れゾンビ
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■作者メッセージ
だいぶ遅くなりました……?
なんか長くもなって、話的にはつなぎの部分になるので、あまり自身の無い3話です……でも、毎度同じく楽しんでいただけたら何よりですがm(__)m

あと余談で、竜に敗れた者たちがかってに助かるのは、森の魔物達にドナドナされたからです……


ちなみに、次の話で一章は完結……予定です。おまけなんかも入れる予定ですが。

では、最後までお付き合い願います。

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