連載小説
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竜と囚われの姫 2

サラさんのお仕置き…から翌日、僕は朝早くからサンドイッチを作った。

ちなみに、何時もよりも早く起きたのは……実は、お尻が痛かったからであったのは、ここだけの話……///

とにかく、サンドイッチを朝早くから作った。

昨日は香辛料で味を付けて焼いたお肉を、何でもないただのライ麦パンに挟んだ、実にシンプルで普通の味のサンドイッチだったのだが、今日のサンドイッチは少しお洒落に葉物を挟んでみた。

これはこれで、昨日よりも色合いが良くなり、見た目的に美味しそうである。
食は見た目から……正にそうである。

サンドイッチを作っている時、どこかやつれた義父が話しかけてきた。
きっと寝不足なのだろう。

「お? 今日もまた森にお出掛けか? 頼むからあまり無茶するなよ」

今日も何時もどおりに僕の体を心配してくれたのは言うまでもない。
しかし、どこか元気が無く苦笑いしていた。

そんな義父にいつも通りに“ありがとう”とお礼を言って家を出て、僕はベルララの居る塔へと向かった。

そして、いつもの荒れた小道を歩いて塔に向かう途中、木から毛虫が垂れ下がってきたり、知り合いのホーネットのメープさんに出会ったりした。
あと、メープさんと話していたら僕が通って来た小道を、何時もよりご機嫌なサラさんが狭そうに辿ってきた。

今はサラさんの、真ん丸く、座っているとちょっとお尻が痛くなるくらい固い甲冑に覆われた蜘蛛のお尻の上で、横切って行く木々を見ているのだが、あの時メープさんとサラさんが顔を合わせた時は大変だった。



――――――――――


「ウィル、今日もまた森の探索? ――あ…メープ……」

「サ、サラさんおはようございます」

「ゲッ…!? サラ!?」

「ちょ、ちょっ……何でメープが此所に居るのよ!?」

「五月蝿いわね! 私は働き蜂だから、此方まで獲物(男……でもウィルはしらない)を探しに来てるのよ! ベー!」

「嘘つきなさい! あんたどうせヴッチに会いに来たんでしょ!?」

「だ、だったら何よ!? 別にいいじゃない! ヴッチは貴女の物じゃないんだから!?」

「そ、そ、そ、それはどう言う意味よ!! ヴッチは私の将来の―――」



――――――――――


こんな感じで、ギャーギャー、ワイワイと言い合っていた。

それにしても、やはりこの二人は義父=ヴッチ・ガリバーが好きなようである。

勿論、僕も義父は大好きだ。

それに、目の前で騒ぐこの二人も、僕は大好きだ……
昨日のサラさんは怖かったけど……

いや好きなのはこの二人だけでなく、この森の皆が好きだ。

ワーラビットのチークに、ワーウルフのシンクさん、それに森の宅配屋さんを営むハーピーのウィンさん、たまに遊ぶラージマウスのチッチとクックも好きだ。

まだ、二回しか会っていないけど……もちろん、ベルララも。

そんな事を、サラさんの蜘蛛のお尻の上で揺られながら考えていた。

それにしても、あのメープさんとサラさんの騒ぎが治まるまで片隅で見ていて、

「な、なかなかやるわね、サラ」

「あ、あんたこそねメープ」

「「次こそ決着つけてやるわ(みせるわ)」」

と、二人が息を切らして、生傷だらけになって争いが治まるまで待っていたのだが……実際、この二人は何だかんだ仲が良い。

だからこそ最後には眉間にシワがよるぐらいの力を込めて握手をし、仲直りして“またね”と分かれたのだと思う。
そして、メープさんは森の中へと飛んで行き、残された僕とサラさんは、手を降りながらメープさんを見送ったりした(サラさんはツンと顎をとがらせ、ソッポを向きながら小さくちょいちょいと手をふっていたが)。

そしてサラさんと二人だけになった僕は、森の奥に用事があるというサラさんと共に道を歩きだしたのである。

ただ、進む途中でサラさんが“どうせなら私のお尻に乗りなさい”と、ひょいと襟元を摘ままれ、蜘蛛のお尻に乗せられ、滑り落ちないようにサラさんの細い腰に捕まっている状態となり、さっきまでの事を思い浮かべていた訳なのだ。

それにしても、サラさんのこの固い甲冑に覆われたまん丸い蜘蛛のお尻に座るのは、小さい時から何度もやっているので、実に楽しく楽なものだけど……

サラさんが自慢の八本脚で歩くたびに、小刻みに振動が起こり、朝早く起きたのもあってか、いい具合に僕の眠気を誘ってくる。

「……ふぁ〜〜ぁ」

だから、必然的にあくびが出てしまった。

「あら? 眠くなっちゃったウィル?」

「はぃ……ごめんなさい」

察したのか、サラさんは肩越しに問いかけて来て、僕はそれに答えた。

「フフ……もう少しだから、我慢しなさい」

サラさんは、何がおかしいのか笑っていた。

「ねぇウィル? 昨日帰りが遅かった理由教えて?」

「……え゛!?」

サラさんの発言に、昨日の悪夢を思いだしてしまった。

「フフッ、大丈夫よ、もう怒らないから。 ――ヴッチから聞いたわよ? 昨日サンドイッチ二つ持って、お気に入りの場所にいたんですって?」

怒られないと言われても。

悪夢を思い出して、またお尻……

うん、思い出したらお尻が痛くなってきた。

それにしても何で“二つ”義父は知ってるのだろうか……?

「あそこには何か楽しみな事でもあるのかしら?」

う……サラさんにもハッキリとでは無いけどバレてるかも……

まあ、隠す必要もないからいいんだけど。

僕は、義父やサラさんに見透かされているのが恥ずかしく思えた。
僕はその恥ずかしさをサラさんに見られないように、サラさんの背中に顔を隠しながら答える。

「はい……その、実は……あ、“新しい友達”ができそうなんです///」

“新しい友達”

それはベルララのこと。




トックン




「……!?」

何だろう?
ベルララを“友達”と言った時、胸が締め付けられるように鳴った気がする。

「ほんと〜それは良かったわね!」

幸いサラさんはその事に気が付かず、僕に新しい友達ができる事が、まるで自分の事のように喜んでいた。

「それで、その子の名前は何て言うの?」

「ベ、ベルララです///」

なぜか、サラさんに言うのが恥ずかしかった。

「あら〜かわいい名前の子ね〜」

サラさんは、本当に自分の出来事のように喜んでいる。
それから、昨日ベルララとどんな事を話したのか、どうやって出会ったのか聞かれ、僕はサラさんの背中に赤くなった顔を隠しながら答えた。

「そうだったのね〜 ―――だからって、帰りが遅くなってもゆるされないわよ、ウィル?」

「う……」

まだサラさんは昨日の事を……

この時の、肩越しに振向いて見せたサラさんの笑顔は、満面の笑みにも関わらず目が怖かった。

「はい……以後気をつけます」

「フフフ、冗談よ冗談 ―――ほら、着いたわよ」

サラさんの複眼の光具合からしたら冗談には見えないのだが……

何はともあれ、お気に入りの場所の近くまで到着する事ができた。

僕が降りやすいように、しゃがんでくれたサラさんから地面に降りると、サラさんはお尻に着いた土埃をはらった。

「さて、と……私は森の更に奥に用事があるから、もう行くわね」

「はい」

サラさんは森の奥へと続く狭い道を見ながら言い、僕はそんなサラさんに頭を下げて、純粋にここまで乗せてくれたサラさんへ“ありがとうございました”と丁寧にお礼をした。

……けして、昨日の事でサラさんが怖いから丁寧にお礼したわけではない。

「じゃあねウィル……今日は早く帰るのよ〜」

「……はい」

僕の丁寧なお礼を、いつもの笑顔で受け止めたサラさんは、小さく手を振って森の奥へと進んで行った。




――――――――――



サラさんのおかげでだいぶ早くお気に入りの泉に到着してしまった僕は、休憩を取る事にした。

とりあえず泉の近くのちょっと大きい岩に腰掛け、肩に掛けた水筒の蓋を開けた。
キュポンと小気味いい音と、今朝井戸から汲んだ新鮮な水が僕の喉を潤す。

「ふぅ……」

一息ついたら、あまり疲れていないにもかかわらず、思わずため息が出てしまった。

それは、ベルララに直ぐに会いたい気持ちはあったけども、昨日よりもだいぶ早い時間帯だし悪いという思いと、この予定よりも余ってしまった時間に対する、“どうしようか?”と言うちょっと困ったため息。

「余った時間どうしようかな……」

僕はふと、ボロボロ革の鞄の中にある、日記の存在を思い出した。

日記、それは僕がいつも手放さずに持っている、この緑色の装飾が施された日記。

どこかの民族が丁寧に装飾を施したような表紙が美しい日記で、表紙の真ん中に黒に近いぐらいの濃い緑色の宝石が埋め込まれているのが特徴的だ。

義父曰く、この日記は生まれて間も無い赤子の僕を拾った時に、一緒に落ちていたらしい。

僕が8歳になった時に始めて渡され、真剣な顔で“これはお前の物だ、好きにしろ”と言われたのを今でも覚えている。

日記をもらった僕は、真剣な顔をして言ってきた義父を不思議に思いながらも、この日からこの日記と共に生活するようになった。

僕は体が弱く動かせない事もあってか、代わりに静かに何かを観察したり、図書館で本を読むのが好きで、この日記を持つようになったのもそんな時期であり。
日記を持つようになってからは、観察した物や図書館で学んだ事をちょくちょく書くようになった。

そんな様子を見て、義父やサラさん、それから森の皆が“将来の夢は学者だな”とか“ウィルならえらい学者様になれるわよ”とほのめかされ、今では自分自身も本当に学者になりたいと思っている。

今の僕の夢は、旅をして世界中の不思議な事を調べる学者になる事。
そんな夢を幼いながらに抱き、この歳になるまでずっと日記を書いてきたのだ。

けれど、最近はベルララと出会った事が嬉しくつい書くのを忘れてしまっていた。
だから、時間のある今、ベルララと出会った時の事や、昨日の出来事を日記に残したいと思い、僕は書く事にした。
まあ、久々に日記を書きたいってのもあったからなんだけど。



「……こんなもんかな?」

しばらく経って、僕が日記を書き終えた頃、太陽は一番高いところまで登っていた。
太陽は今の位置から、すでにお昼の時間である事を教えてくれる。

「ちょっと、ゆっくり書きすぎちゃったかな、ハハハ」

頬を指で書きながらの苦笑い。
一昨日のシマリスか分からないが、リスがシイの実を食べながら僕を見ていて、なんとなく恥ずかしかった。

「早くベルララのとこにいかなきゃね」

僕がワザとシマリスに訪ねると、シマリスは、食べていたシイの実を捨てるように落とすと、木の上まで駆け登って行った。

「ハハハ、早く行けだって」

動物の言葉が分かる訳でも無いけど、何となくそんな風に言っているように思えてしまうから不思議である。
それ程僕はベルララと会いたいのだろう。

「さあ、早くいかなきゃ…ね…………え!?」

僕は途方もない考えをやめて、座っていた岩から飛び降りて腰を上げたのだが、目が何かの影を捉えた。

それは、街の方角から飛んできていて……

僕は、直ぐにその影を追って空を見上げる。
そして、その影の正体をもっとハッキリ見ようと目を細めた。

すると、僕の細くなった目は、その影の正体を見極める。
それは、まるで大きな蜥蜴に羽根が生えたような生き物。

「ぁ、あ…あれ、もしかして―――」

この時、僕は自分の持っている知識の中で、唯一影の姿と一致している生き物を思い浮かべていた。

それは、神話やおとぎ話に出てくる定番の―――

「竜!?」

そう“竜”だった。
“竜”それは、ドラゴンとも呼ばれ、魔王が交代しても魔王の魔力に影響去れていないと言われている、地上の王者。

その王者は少しずつ塔に近づいてくる。

自分の大きな体長よりも更に大きい、皮膜の翼を羽ばたかせて。
そして、その竜は塔の近くに降り立った。

「塔、に……」

塔の近くに降り立った竜を見た僕は、無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
それは、太陽が眩しくはっきりと確認できないが、確かに、古い時代から姿を変えていない竜だったから。
いや、この国では竜ではなくドラゴンと言ったほうが正しいのか……

いや、そんな事よりも、僕は初めて見た竜に興奮を覚えていた。

そして、それと同時にある一つの可能性を思い浮かべていた。

“もしかして、ベルララは竜に幽閉されているお姫様なのかも……?”

そして、ベルララが昨日自己紹介の中で話してくれた事を思い出す。

「そ、そう言えば、ベルララは―――

私の故郷ではな、最近“つまらない理由”で、ドラゴンと人間の国が対立していてな、その対立を無くすために私が強い男と結婚しなければいけないらしいが……まあ、そんなの知らんな―――私が一国の姫とは言え、私だって、好きに恋をしたいのだからな、だから家出してここに居るのだ

―――なんて事を……」

二度目の生唾を飲んだ。

そして僕は、興奮と竜という未知の魅惑に体が弱いのも忘れ、重い足を走らせていた。

「はぁ、はぁ……」

竜を間近で見てみたい……
ベルララと竜の関係は…?
もし捕まっていたら……?
助ける、助けを呼ぶか?

わからなかった……

なぜ、体の弱い僕は、苦しい肺と、重い足に鞭を打って走っているのか。

ただ、ベルララに何かあったらと考えると、胸が締め付けられた。

おそらく、僕はおとぎ話に出てくる勇者や、白馬の王子様のように勇敢には戦えないかもしれない。

―――竜を前にしたら腰が抜けて立てなくなるかもしれない。

―――けど、何があってもベルララの所に行かなければならないと思っていた。


「ベルララ〜〜!!? ベルララ〜〜!!?」

塔に着いた時、僕は息を切らすのも忘れて、ベルララを呼んでいた。

でも、いなかった。

それに、ベルララだけでなく、さっき降り立ったはずの竜すら居なかったのだ。

「ベルララ〜〜〜!!?」

ベルララの名前を叫ぶ毎に、嫌な予感が頭をよぎる。
僕は焦り、声に落ち着きが無くなって行くのがわかった。

「ベルララ〜〜〜!!?」

「な、なんだ…?」

「―――え!? あ!?」

ベルララの声が塔の上から突然聞こえた。

「よ、良かった〜」

姿は見えなかったが、声が聞こえただけで、安堵の息が、僕の暴れる肺からこぼれた。

「い、今竜が飛んで来たけど、何もなかった?」

「へっ!? ぁ…ああ、何も無いぞ」

僕の心配の言葉に、ベルララは答えてくれたが何故か声が少し裏返っている。
でも、安心して気が抜けた僕はそんな事は気にも止めなかった。

「そっか、ホントに良かった〜……竜が降り立った時はビックリしたよ!! あれ? それにしても、なんで竜がこの国にいるのかな?」

胸を撫で下ろしながら、塔に居るはずのベルララに話しかける。
姿は見えないが、塔の上から声が聞こえるのだから居るのだろう。

「り、り、竜? ああ、あ、あの、ドラゴンはだな、あ、あ、あれだ、そ、その―――」

「……?」

姿の見えないベルララの声はやけに動揺しているようであった。
僕は不思議に思った。
しかし、その疑問は次の言葉でかき消されてしまう。

「す、すまない。今日はわけあってちょっと会えないのだ、来て貰って早々すまないが、お引き取とり願うウィリアムス……」

ベルララの言葉に固まった。

「え…!? …な」

“なんで”と、言いたかったが言えなかった。
確かにその言葉は僕にはショックを与えた。

せっかく来たのに会えない何て言われたら、誰だって落ち込むに決まっている。
でも、僕とベルララはまだ知り合って2、3日。
それに、ベルララ自身にも都合という物があるため、言える立場では無いと思い、この先の言葉が出なかった。

でも、その代わりにさっき思い浮かべた考えが口に出てしまった。
おそらく、塔を見つめる僕の顔は不安で一杯だったと思う。

「……そ、それって、もしかしてさっきの竜と関係があるの?」

「え? あ……ま、まあそんなところだ……」

ベルララはどもっていたけど、僕には気に留める余裕はなかった。

「もしかして、ベルララは竜に閉じ込められているお姫様なの……!?」

まだ10年やそこらの人生を歩んでいない僕の知識からしたら、ベルララが竜と関係があるとしたら、やはりこの事しか思い浮かばなかった。
ましてや、真実を知りたいと思う好奇心を抑えるほど成長していないのだから。

「……ぇ!?」

僕の早とちりと言ってもいい質問に、ベルララの表情は見えないが驚いているのが分かった。
そして、一間の沈黙の後、ベルララはいつものソプラノ声の音を落として静かに言ってきた。

「……“そうだ”、だからもう此処に来ないでくれウィリアムス…ほ、本当は此処は危険で、お前を危険にさらさせたく無いのだ」

「な…んで……?」

ベルララの言葉は、僕の身を案じている事が伝わってくる。
でも、僕はそんな事でベルララに会えなくなるのは嫌だった。

そして―――

「嫌だ!!」

僕はいつの間にか、今まで出した事の無いぐらいの大声で叫んでいた。

なぜこんな大きな声が出たのか自分でもわからなかった。
でも、ベルララと会えなくなると分かったら出ていたのだ。

「頼む、お、お前を危険に去らせたく無いのだ……分かってくれ、ウィリムス!」

確かにベルララの声には、義父やサラさんのように僕を本当に心配しくれている気持ちが乗っている。

しかし……

「嫌だ! たとえ竜が恐ろしくても危険でも、僕は毎日ベルララに会いに行く!!」

そう、僕はもう決めた。

「なぜだ! ……危険だぞ!?」

そんなの関係無い。

「それでも僕は会いに行く!」

だって―――

「ベルララは友達だから!!」

「……っ!!?」

初めての“人間”の友達!と言うのは大袈裟かもしれない、でも、少なくなくとも身時かで“人間”の友達が出来たのは始めてだから、そんな簡単に失いたく無い……それが僕の思いだった。

ベルララは驚き、言葉に詰まっているようで、言葉が途切れ途切れだった。

「とも…だち……この、私がか?」

「そうだよベルララ!!」

「友達、この私が友達……」

ベルララは、何度も噛みしめるように“友達”と繰り返していた

「そうか…そうなのか…ありがとう、ウィリムス……“友達”と言ってくれて」




トックン



“え……?”

また、さっきみたいに胸が鳴って締め付けられたのを感じた。

「だけどここに来るのはやはり危険だ……だからせめて私の言う事を聞いてくれ…来てもいいが私の言う通りにしてくれ」

「言う事……?」

僕は、胸が鳴った事に驚きながらベルララの言う事を聞いていた。

「そうだ、お前の身を守るためなのだウィリアムス」

「……分かったベルララ言う通りにする! 迷惑もかけない!」





この日から僕とベルララにお奇妙な関係は始まった。

僕はほぼ毎日と言ってもいいぐらいにベルララに会いに行ったのだ。
竜という恐怖はあったけど、竜と二人きりでこの塔に住むベルララに、少しでも力になってあげたいと思ったから。
ただ、実際には、ただ単に僕がベルララに会いたいと言うのが本音なのかもしれないけど。

だから、僕はいつも行っていた図書館をそっちのけで、晴れた日には必ず、サンドイッチやお弁当を持って行った。



そんな僕に対し、ベルララはと言うと、僕が塔へと行くと、

「ベルララ〜〜?」

「おおウェイリアムス! 待っていたぞ」

「……ずっと待ってたの?」

「ああ……その、お前の顔を早く見たかったからな」

大抵は塔の下にある丸太の上に、ちょこんと座って待っていたり、


時には、

「ベルララ〜〜どこ居るの〜〜〜」

「上だウィリアムス……」

「上〜〜? ベルラ―――」

ガサガサッ…バキ……!?

「うわっ!?」

シュタッ……

「ほれ林檎…いつもの礼だ」

「凄い!? 今、木の上から!!!」

木の上から、林檎を両手に抱えて飛び降りて来たり。

更には、

「ベルララ〜〜今日も来たよ〜……あれ?」

「むぅ……少し、腕が落ちたか……」

「どうしたのベルララ?」

「え? あ! ……き、来てたのかウェイリアムス!」

「どうしたの鎧なんか着て?」

「い、いや、何でもないぞ―――き、着替えてくる」

あの鎧のようなものを着けている時もあった。

その度に僕は、驚いたり、興奮したり、質問したりして、新鮮な気持ちを味わった。

まぁ、鎧を着けている時に、あまりのかっこよさに興奮して“何で鎧を来ているのか?”と何度も質問をしたのだが、その度にうまくはぐらかされてしまい、その日以降ベルララの鎧姿を見ることは無くなってしまった。

正直にいえば、あの姿はカッコ良くって好きだったため残念であった。


そんなこともあったりして、一週間、二週間、三週間と瞬く間に時間は過ぎて行き、季節の変わり目が、その足音を僕に気が付かせる前に季節が変わってしまった。
しかし、それと同時にベルララの事情も少しづつ分かるようになってきた。

ベルララは毎日僕と会えるわけでは無く、竜が塔に居ないと時と限られていたり(竜が塔に居る時をベルララが事前に教えてくれた)。
竜に囚われているとはいえ、完全に自由を制限されている訳ではなく、塔の周辺であれば自由活動してよかったり。

僕が思っていたよりも、ベルララは自由で不自由無く生活し、僕も安全に塔に通う事ができた。

それは、本当に“竜に囚われたお姫様?”と首を傾げてしまうぐらい平和で、とても穏やかな毎日だったから。

そして、明日も、明後日も、この先ずっと平和にベルララに会えて、一緒にサンドイッチやお弁当を食べて、楽しいお話ができるのだと信じて……


僕は浮かれていた。



そう僕は知らなかったのだ。



あの日見た、あの竜が起こす惨劇と、竜とベルララの本当の秘密を……




――――――――――




「……」

「ウィル、寝てなさい!」

窓を荒れた雨と風がガタガタと叩き、家は軋しんでいた。
どうやら、久々の大嵐のようだ。

そんな嵐の夜を、心配そうに眺める僕にサラさんが言って来た。

「大丈夫だよサラさん」

僕は、ニッコリと笑顔を作りサラさんに返事を返す。
だけど実際には熱があり、身体全体がだるくベットの中で寝ていたい、そんな気持ちだった。

僕はベルララと出会って二月ほど経ち肌寒くなった頃、体長を崩してしまったのだ。
もともと、僕は身体が弱かったため、塔に通っていたこの二月の間に体長を崩さない方がおかしいぐらいだったのだ。

サラさんは“新しい友達ができたのが嬉し過ぎて、体調を崩すのを忘れていたのね”なんて、冗談混じりに看病してくれていた。

毎日この家に来ては、僕の身体を拭いてくれたり、熱を冷ますタオル替えてくれたりした。
しかし、僕の体調はあまりよくなる事はなかった。
そして、三日ほど経った頃、時悪く……ではないが、島には大嵐が来てしまったのだ。


「オトー……ベルララ……ゲホッゲホッ!」

「ほらっ!」

僕の人生の中で、久々の高熱が身体を蝕む。
どうやら、この二月の間、自分の身体に鞭を打ってベルララに会いに行っていたのが祟ったらしい。
本当はと言うと、塔に毎日のように通うのは、自分でも無理をしていたと思う節はあった。

でも、ベルララと会うのが楽しく、大袈裟かもしれないが、僕にとって“生きがい”みたいに感じていた。

「ウィル……本当に寝てたほうがいいわ。 だって、あなたは……」

サラさんの心配そうな声が徐々に小さくなるほど、僕の事を本当に心配してくれて居る事が分かる。
でも、その意味を僕は知っていた。

オトーやサラさんは隠しているつもりかもしれないけど……

「んん……やっぱり起きていたいよ。ありがとうサラさん」

僕は、サラさんの心配の声に首を横に振り、ありがとうと再び笑顔を作った。

僕が身体に無理をして起きているのには、理由がある。
それは、嵐の中に森の様子を見に出掛けた義父と、森の塔に住むベルララの二人が心配だったから。

いや、むしろ心配と言うよりも、妙な胸騒ぎがしてしょうがなかった……

僕は薪が弾ける暖炉の前の椅子に座ると、額に腕を組んで祈った。

「海と森と風の神様、どうか二人を御守り下さい」




―――――



体がぽかぽか暖かい。

「ん……」

パチパチと薪が弾ける音が聞こえた。

「ん…ん……」

そして、大きな音が窓を叩いた。

「ハッ……!!?」

ガタガタと窓が揺れ、雨が打ち付けていた。

「か、風か……?」

外はさっきよりも酷く荒れていた。

どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。
サラさんが掛けてくれたのか毛布が肩に掛けてあった。
部屋を見渡すと、大きなクッションの上で、器用に八本の脚を折り畳み、気持ち良さそうにサラさんが寝ている。

僕は、自分にかかっていた毛布を、何の夢を見ているのか分からないけど、ヨダレを滴ながら寝ているサラさんに掛けてあげた。

「オトー……まだ帰って来ないね……それに、ベルララも……」

誰に言うでもなく、心配が言葉になる。

星が見えないから正確な時間は分からないけど、もう、日付は代わっているはず。

それにしても、遅すぎる。
いや、きっと酷い嵐だから、何処かで避難してるのかもしれない。



しかし、その考えは数刻の後、絶望へと変わる事を僕は知らなかった。




僕が起きてからどのくらい時間がたったのだろうか?
僕は、薬で高熱は下がったものの、微熱に身体を苦しめられていた。

そして、嵐の足音で起こされた僕は、なかなか寝付けず暖炉の前に座って、呆けながら薪をいじっていた。

そして今、三度目の薪をくべたところ。

新しく入れた薪がパチパチと弾けだし、その音が、目が冴えていた僕に、久々に眠気を誘ってきた。

そして、うとうとしていた時だった。

ズズンンンンン!!

「うぇ……!?」

最初、地震かと思った。

体が、いや家全体が沈んだように感じたのだ。

そして僕が驚くと 同時に、今度は家が震えた。


“〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??”


それは、何かの咆哮だった。
音が反響して家が震えたのである。

その咆哮は聞いた事のある声……そう、それは、ベルララと初めて会った時に聞いた咆哮。

恐らく、前に見た竜の、ベルララを塔に捉えている竜の咆哮。

それにしても、今のは―――近い!!

僕は、咆哮を聞き捉えた瞬間、嵐の中に飛びだしていた。

「ひ、酷い…!?」

外は、起きた時ほどではないが、激しかった。

細い樹は根元から折れ、雲は所々切れて嵐の荒れとは無縁に輝く星と、月の欠片の光を落としていた。
しかし、それでも空は、海を逆さまにした波のようにうねっている。
外に出た僕に対し、雨は槍のように容赦無く身体を刺し、風は森を、国全体を激しく揺らしていた。

僕は、強い風に飛ばされそうになる体を、身を屈めながら踏ん張り、辺りを見渡した。

「あ…れ、は……」

何かが、荒れ狂う雲の中に飛んで行った。

「竜!?」

僕は、瞬時に追いかけるように走った。

不思議と、調子が悪かった筈の体が、今は軽かった。

「な、何で竜が…!?」

僕は、竜が降り立ったと思われる所まで、雲の隙間から除く星と、月明かりを頼りに走った。

パジャマ姿で、ほぼ真っ暗と言っていい、嵐の森を駆ける。

これがどんなに危険な行為か……

恐らく、こんな行為をする僕を見たら、義父は怒るだろう。


そう―――


嵐の森を駆ける僕を……“見れる”のであれば。


藪を抜けた僕を待っていた現実は、悲惨な物だった。

「オトー!!?」

義父が倒れていたのだ。

しかも、大きな足跡の間に。

その跡は、鋭い爪があり、深さから重質量である事を物語っている。

「オトー!? ど、どうしたの!?」

僕は、直ぐに義父に駆け寄る。

この時、不思議な事に、僕の回りの世界は無音になっていて、義父の声のみが鮮明に聞こえた。

「そ、その声は、ウィルか…?」

「そうだよオトー!! 僕だよ!!」

義父は力なく、良く見ると、服は泥だらけになり、口から血が流れていた。

「すまねぇなぁウィル…ちょっとヘマをしちまっ…た…」

「オトー大丈夫!!? オトー!!」

義父は、力が弱まるのが目に見えてわかった。

何があったのかは分からないが、直ぐに手当てをしないと命に関わる事が、子供の僕にでも分かる。

「ま、まって、今サラさんを!!」

僕は、僕一人では義父を運べないため、家で寝ているサラさんを呼びに行こうとした。

でも、

「ま、て…ウィル」

「」

義父が僕の腕を掴んで止めた。

「オトー何で!? 早く助けを呼ばないと!!」

焦る僕に、義父は血を吐きながら言ってきた。

「ゲホッゴホッ…!?ハァ…ハァ…も、う遅い……」

「何で!? 今ならまだ!!」

義父の命の灯火が消えて行くのが分かった。

だからこそ、僕は義父の行動が理解できなかった。

「ウィル…聞け……これを」

義父は掴む腕に、拳大の何かを握らせてきた。

「こ、これは……?」

この時僕は、助けを呼ぶ事も忘れ、渡された物に見とれてしまった。

それは、雨に濡れ、荒れ狂う雲の隙間から覗く月の光を吸って輝く、エメラルドグリーンの鱗に……

「恨…むなウィル……け…て恨…な……」

義父の掴む手の力が抜けた。

「オトォォ〜〜〜〜!!!!」

僕は叫んだ。

大切な人の、最後の泥に汚れた小さな微笑みを見届けて……




――――――――――



僕が、何をしているのか気がついた時は、義父が死んでから数日たった頃だった。
あの嵐の日、僕は力無くなった父を助けたい一心で、サラさんの所まで走り、寝ぼけたサラさんを叩き起こし、義父の所まで連れて行った。

そして、義父の前に連れて来たサラさんは、義父の悲惨な姿に驚愕すると、だんだんと悲しい顔になり、最後には義父に寄り添うように泣いていた。

その後は、白衣を着たお医者さんが家に来たり、王国の騎士が何人も来た記憶がある。

あと、義父が倒れた場所に、様々な人が花束を置いて行ったのを覚えていた。



僕は今、義父がいつも座って愛用の斧を研いでいた研磨石の椅子に座り、このエメラルドグリーンの鱗を研いでいる。

何で、僕は研いでいるのか?

何よりもなぜ“この鱗”を研いでいるのか?

理由は簡単だった。

“義父の仇をとる”

それが僕に鱗を磨がせる理由だった。

そして、同時に義父の敵が何なのかを知っていた。
もちろん、ただの武器では歯が立たない事も知っていた。

義父の遺体を見てくれたお医者さんの話では、義父は重い“何か”に圧迫され、内臓破裂及び、肋骨、脊椎の骨折だったと。

それに、もし助けを呼んだとしても、十中八九助からなかったと、サラさんとお医者さんが話していた。

それにしても“何か”とは何か?

それは父が見つかった現状と、現場の足跡、そして義父が残したこのエメラルドグリーンの鱗から分かる。

大きな体にみあった重い体重、そして太い足にある鋭い爪、体は鋼よりも硬く、どんな名剣でも刃を通さない鱗を持ち、灼熱の息や、猛毒の息を吐くと言われ、国により多種多様の姿を持つ伝説の生き物―――

“竜”

そして、この国にいる竜は、ベルララを捕らえている竜しかいない……

ベルララ……懐かしかった。
久々に彼女の笑顔を見たいとも思った。

でも―――



次の日僕は、塔に向かうため荒れた小道を歩いていた。

今までなら、ベルララと一緒に食べる、サンドイッチやお弁当を抱えていたのかもしれない、でも今日は違う。

背には、義父が愛用としていた薄い緑色の宝石が埋め込まれた斧を背負い、首には仇の竜の鱗を研磨して作った即席のナイフを垂れ下げて。

カチャカチャと斧が音を立てる。

正直言って重たい。

体の弱い僕には、背負って運ぶだけでも体力を奪われた。

「負けるものか……」

でも、弱音は吐かない、例え竜の前に力尽きた頃に到着したとしても、この命と刺し違えても殺すと誓ったから。

首にぶら下げた竜鱗のナイフを強く握り、僕は再度誓った。



――――――――――



「見つけたぞ、竜!!」

《……なんだ、小僧?》

塔の裏に到着した時、竜は居た。
何か穴を掘っているようだった。
でもそんなのは関係ない。

《さ、最近来なかったようだな? べ、ベルララ姫が心配していたぞ?》

言葉がなぜか戸惑っているようだったが、それも関係なかった。

「うるさい竜!! オトーの仇だ、死ね!!」

僕は、背中の斧を構えた。

構えたといっても、重たい斧の柄を短く持って肩に担ぐようにだが……

《……何のまねだ?》

「黙れ!! うわぁぁぁあ!!」

僕は、竜の言葉を一喝すると、悲鳴のような掛け声と共に駆けた。

でも、重たい斧を担ぐ僕は動きが遅く、太刀の合間に入る前に、竜の怒号と、威嚇の咆哮の前に体が硬直した。

《クッ…!? ―――やめないかっぁ〜〜〜〜〜〜!!!??》

咆哮を聞くまでは、竜を殺せるなら命はいらないと思っていたが、聞いた瞬間、死に対して恐怖を感じた。

竜は口を開き、鋭い牙を見せながら咆哮し、僕は咆哮の衝撃に体を弾かれその場に倒れた。

《去れ……お前では私を殺せん……》

「黙…れ」

僕は、泣いていた。

恐かった。

竜が牙を見せた時本当に死ぬかと思った。

でも、それ以上に今の僕では義父の仇を取れない事が悔しく、涙が止まらなかった。

「竜よ…僕を、殺せ!」

僕は、涙を見せないように死への恐怖で震えた腕で、顔を隠しながら呟いた。

血が繋がっていなくても、世界でたった一人、僕を愛してくれた“家族”であった義父がいなくなり、仇も取れない……

もう、すべてがどうでもよくなっていた。

“死にたい”

それが、僕の行き着いた答えだった。

《…………》

竜の返答はない。

風が僕と竜の間を流れた時、竜は動いた。

《……小僧、お前は何を望む?》

喉元に鋭い何かが立てられた。

この時、僕の体は意識に関係なく、ビクついた。

何か……恐らく爪だろう。

僕は喉元に立てられた何かを、震える腕を少し動かし確認した。

やはり、爪だった。

子供の腕位はある。

その大きな爪に恐怖を覚えた。

竜は器用に一本だけ爪を立て、僕の喉元に当てたまま動かなかった。

「どうした…早く殺れよ」

竜が爪を立てたまま動かない竜に僕は恐怖を感じた。
そしてこれ以上感じたら、死ぬ事が怖くなると感じ、目を閉じて竜に急かした。

竜の爪に力が入って行くのが伝わった。

少しづつ喉に食い込んで行くのが分かった。

でも、まだ痛みは感じない程度だ。
だが、それも時間の問題だろう。

“これで義父の下に行ける……”

僕は、これから襲うはずの痛みに、無意識のうちに拳を強く握り、歯を食い芝っていた。


“…………?”


でも、痛みは襲って来なかった。

それどころか、喉元に当てられていた爪が退かされた。

「な、んで…?」


《……私は誇り高き竜、理由も無く、ましてや無抵抗な人間を殺める事など愚行だ》


竜の行動に―――


言葉を聞いた時に―――


死を覚悟していたはずの僕は、安心してしまっていた。
安心したからこそ、自分と、僕の願いを聞いてくれなかった竜に、怒った。

僕は、地面に寝たまま、竜を睨んだ。

「ふざけるな!! そんな理由で僕の願いを受け入れないつもりか!!」

《黙れ小僧!!》

僕の言葉に竜が殺気を込めて吼えた。

僕は驚き、恐怖に震えていた体は瞬時に起き上がり、巨大な竜の前に愚かにも体を縮めて身を守ろうとしていた。

《―――“そんな理由”? 種族の誇りを馬鹿にするか!? ―――お前こそ“何もできないから死ぬ”だと? ―――それこそ、笑わせるな!!》

「っ……!?」

竜の言葉に言い返せず、僕の体は完全に身を守る体制になっていた。

そう、本当は分かっていた。

《……感じてみろ、お前の本能は身を守ろうとしている、お前は言葉では“死にたい”と言っているが、本心ではないのではないか?》

「くっ…! ―――うるさいうるさいうるさいうるさい、うるさい!!!??」

竜の言葉が痛かった。


僕は


―――本当は、死にたくなかったから。


―――竜にその事を、見透かされた事が、よりいっそう嫌になったから。


僕だってわかってる。

本心は死にたくないのも、

本心は義父の仇をとりたいのも、

僕を愛してくれた人が、義父だけじゃなかったことも

でも―――


「時間が無いんだ……」

《な、に…!?》

そう、僕には時間が無い。

「僕には、もう、時間が無いんだ!! 修行してお前を倒すことも、仇をとる事もできないんだ!!」



――――――――――



僕の体は、森で義父に拾われた時から、不治の病に侵されていた。

義父が僕の体の異変に気が付いたのは拾って直ぐにで、代用乳として使ったホルスタウロスの乳を飲まなかったらしい。

そんな僕を街の医師に見せたら、原因も分からず、追い返されてしまったと。

途方にくれ、何とか僕を無事に育てようと、サラさんや森の魔物達の協力で、魔物達の精製する、栄養価の高い食べ物を集める事ができ、それを何とか食べさせることで、僕は生きながらえ、成長することができたと。

しかし、無事に成長とは行かず、月に数回は高熱を出して病院に通ったと。

僕が八回目の誕生日を迎えた頃には、熱もあまり出さなくなり、病気によって体は小さく弱かったものの、普通の生活を難なくこなせるようには成長させる事ができたと。

でも、次の年に、一時は死んでもおかしく無いと思えるほどの高熱を出してしまい、そしてその時に、僕は再来年、つまり今年の十一回目の誕生日を無事に迎えれるかどうか分からないと、余命を宣告されていた事も、義父とサラさんは隠していたみたいだが、僕は知っていた。

そう、僕は、全てを覚えているし、知っているのだ。



―――――――――



「そうだ……、僕はあと数ヶ月の命しかない……」

《そ、れは、本当か……》

僕の病との戦いの短い人生全てを竜に話した。

話した時の竜の声は何故か微かに震えていた。

逆に僕は不思議と気持ちが軽くなっていた。

「僕の命は、長くもっても、あと三ヶ月だろう……」

《三ヶ月……》

「そうだ、今まで、ベルララと元気よく遊べていた事が不思議なぐらいだったんだ!」

《…………》

「これで分かったろう!? ……さぁ僕を殺せ!! もう時間の無い、生きる意味の無い、僕を殺せ!! 竜よ!!」

僕は、自分に言い聞かせるように竜に叫んだ。

でも―――


《そうか―――だが、それは……受け入れられ、ない》


竜は、僕の叫びを拒んだ。

そして大きな顔を、手を広げて立っている僕にゆっくりと近付けてきた。

まるで、僕を見定めるように……

竜の黄金に輝く瞳が僕を鏡のように写す。

どこかで見た事のあるような瞳だったのは気のせいだろう。

そんな竜の瞳に移る僕は、不治の病と、義父が死んだショックで痩せ細り、同年代の子供達と比べると一回りも二回りも小さかった。

《少年よ、お前にはまだ生きる力がある》

「なっ…!?」

“ふざけるな!!”

と叫びたかった。

あと、数ヶ月の命で何が生きる力だ!!

だけどその前に竜は話を続けた。

《―――私に“勝て”…私を倒し、私の血を浴び、飲むのだ》

「どう、いう、意味だ?」

意味がわからなかった。

《我々の種族、我々一部の種族の血には、不治の病を治す力がある》

「……!?」

驚いた。

《―――ただし、その血は、一固体全ての血を得る必要がある》

「え…?」

《つまり、私を殺すしかない。―――だが、私も一族の誇りがある。だから、残りの短い命で修行し、私を殺してみろ!! それがお前の残された命の使い方だ〜〜〜〜〜〜!!》

竜は、口を開け牙を見せ、目の前で吼えた。

でも、嫌な感じはしなかった。

殺気がないと言うか、どこか、祝福されてるように感じられたのだ。

死を望んでいた僕は、竜の祝福を受け、自分の中で何かが芽生え初めていた。

それは、“生”に関する何か。

それに、竜に励まされた事が悔しかった。

「分かった……竜よ、お前を殺し、血を貰う」

だから、僕は決意した。

《ああ、そうしろ、“ウィリアムス”……》

竜は突然僕の名前を言った。

「っ…!? なんで僕の名前を!?」

竜に名前を名乗った覚えはない、なぜ知っているのか?
分からなかった。

《……ベルララ姫から聞いたよ、面白い人間の、それも子供の友達ができた、とな》

「ベルララから……」

まさか、ベルララが竜に僕の事を話すなんて……

《フッ、それよりも早く修行するがよい、私を倒し、血を手に入れ、……“父親
の仇“を取るがいい》

僕は、竜の最後の言葉で気が付いた。

今は、竜に警戒なく話していたが、この竜は義父を殺した、仇だと言う事を。

今の言葉により、僕は収まっていたはずの、怒りが再び込み上げて来た。

「……ああ、そうさせてもらうよ―――今は警戒無く話しているが、次に会った時は
お前を倒し、血をもらい、義父の仇を取ってみせる」

《ああそうだ、我はお前の敵だ! ―――幼く、小さき者よ、御前が数ヶ月の後、力
を付けて戻るまで、我は待とう! ―――御前が初めて、我と対等になった時に現れ
てみせよう!! 我を倒して見せよ!! 小さきか弱い人間よ!!!》

竜は天に向かい咆哮を上げた。

その咆哮は、どこか、嬉しそうでもありながら、竜のエメラルドグリーンの鱗
に覆われた顔の、黄金の瞳は悲しげに見えた。

僕はそれが、違和感になり、特に竜の黄金の悲しそうな瞳が僕の中に、小さな、
ホントに小さな、すぐに忘れてしまうぐらい小さな違和感が植えつけられた……




この日僕は帰ると、サラさんに、竜と対峙したことを伝えた。

そして、頬を叩かれた。

痛かった。

肉体的にではなく、目に涙を貯めながら叩いた、サラさんに、心が痛かった。

僕は、僕に抱き付き泣きながら、“無事で良かった”と何度も呟くサラさんにた
だ“ごめんなさい”と謝る事しかできなかった。




11/05/16 22:09更新 / 腐れゾンビ
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■作者メッセージ
次の投稿が、だいぶ遅くなる予感……腐ってますから(笑)

今回も楽しんでいただけたら何よりですm(__)m

追記、すいません一部が文字化けしてしまったみたいで、すぐに直しましたが、直ってない箇所があったら教えてください……

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