連載小説
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竜と囚われの姫 4(完結)



森の木々の葉もちりはじめ、何処と無く森に淋しさが訪れる頃。

「竜よ! 出てこい!!」

僕の声が森に響いていた。

今は霜月の季節。
塔に叫ぶ僕の側では、木陰の隅で野ネズミが、イソイソと木の実を口に詰めていた。おそらく、しばらくすれば降りだす雪の季節、降雪の月の冬眠に備えているのだろう。

それだけじゃない、ここ数日塔に通っただけで色々気が付いた。
暖かい気候を好む渡り鳥達は鳴かなくなり、代わりに冬鳥達が透き通る声を震わせていたり。森の木々も、葉の色も色褪せ、足元の落ち葉が多くなっていたりした。

当たり前だが、おそらくベルララと初めて会った時と比べたら、今の森はだいぶ変わってしまっている。
森が季節毎に変化して行く事は、毎年の事で当たり前の事。
でも、今の僕にとっては、森が冬の姿に変わって行く事に焦りを感じ、不安覚えていた。

時間の無い僕にとって、恐らく降雪の月を知らせる、初雪を見る前に全てが終わってしまうからだ……
しかし、僕の焦りを載せた叫びには、竜は返事を返してくれなかった。


僕が焦りをみせだして、毎日塔に来ても、あの鋼の鱗に覆われた巨体も、鋭い牙や爪も、黄金の大きな瞳も、竜は見せてくれなかった。
そして、いつも僕に答えを返してくれるのは、ベルララだけだった。

「すまない……今日も竜は居ない」

そして、ここ数日間変わらない返答。

僕は、歯を食い縛った。
別にベルララの返事に怒っている訳ではない。
ただ純粋に竜に悔しかっただけ。

竜は言った。

“我と対等になった時に、お前の前に現れよう”

と。

でも、実際は違う。
僕に宣告された寿命が近づいているにも関わらず竜は現れない。
もし、僕の力がまだ足りないと言うなら、もっと、もっと力を付けてやるつもりだ。

……でも、それは僕に時間あればの話であって、もうどうすればいいのか、僕には分からなかった。

ただ、サラさんやアキレスは焦るな(らないで)と、言ってくれるだけで、僕もその言葉を、内心は焦りながらも、受け入れる事しかできず、それが尚更悔しかった。

「ベルララ……また、来るよ」

竜が居ないと分かれば、僕が塔に来た意味は無くなってしまう。
それならば、僕は直ぐに戻り、少しでも強くなるために修行を再開しなくてはならない。

だから僕は、明日また来る意味を言葉に載せ、塔を立ち去ろうとした。

「あ……ウィリ…アム…ス」

しかし、その言葉にベルララは、寂しそうな、悲しそうな、何とも言えない表情をしていた。
僕は、少し罪悪感に苛まれたけど、ごめんと小さく呟いて、塔に背中を見せて、駆け出した。

この日も、僕は竜には会えず、ベルララの落ち込む顔を見ただけだった。




そして次の日、また僕は塔に向かった。

「やい、竜や出てこい!!」

どうせ居ないだろうと思い、少し挑発気味に叫ぶ。
もしかしたら挑発に乗って、竜が出てくるかもしれないから。

しかし、僕の叫びも虚しく、冬季が近づく静かな森に吸い込まれていった。

竜の答えを暫く待つが、返って来るのは、僕の声に驚いた冬鳥達の透き通る鳴き声と、森の囁きだけ。
やはりダメかと思い、足を一歩下げて、今日も塔に背を向けようとした時、僕の背中に声がかけられた。

「ウィリアムス……」

その声は美しいソプラノであるにも関わらず、何処か暗い声。
最近は、その暗い声ばかりを聞いているベルララの声だった。

「ベルララ……」

僕がベルララに振り返ると、ベルララは林檎を両手に抱えて立っていた。

おもむろに振り返った僕は、思わずベルララと目を合わせてしまう。
そんなベルララの黄金の瞳は、何時もより何処か輝きが無いような気がした。

その瞳は、僕を気まずかしくしてしまう。

よく考えたら、最近はベルララのあの目を見るのが嫌で、目を合わせない様にしていたからかもしれない。

今見ると、やはり何処かやるせない気持ちに襲われてしまった。

「ご、ごめんベルララ! 今日も竜は居ないんだね!」

だから僕は、ずっとこの場に居たくないと思い、直ぐにでも離れたくなった。
だから慌てて、ベルララの脇をすり抜けるように、今来た荒れた小道を早足で引き返そうとする。

「あ! ま、まて、ウィリアムス!」

しかし、ベルララが両手に抱えた林檎を落としながら僕の肩を掴んでそれを制止した。

「え……?」

僕は少し驚きながらも、ベルララに振り返った。
僕はこの時気のせいかもしれなかったが、ベルララに呼び止められた事が少し嬉しかった。

「せ、折角来たんだ……」

僕を引き止めたベルララは、口をこもらせながらも言葉を繋ぐ。

「あ、の…だな……そ、その……お茶でも、飲んでいかない…か……?」

「っ……!」

僕は言葉に詰まった。

言葉に詰まった理由は、驚いた事もあったけど、それ以上にベルララがそんな事を言ってくるとは思っていなかったから。

何故なら、最近の僕は修行や竜と闘いたい気持ちが必死すぎて、ベルララが声を掛けてくれても素っ気なく返事を返していたし、気に入ってくれたサンドイッチやお弁当を持って遊びに行かなくなって、ベルララから遠ざかる様にしていた。

何故かは分からなかったけど、何となく、ベルララともっと仲良くなると、いつか竜と闘う事が出来ない様な気がしていたからだった。

だからか、ベルララから少し距離を置く様に接していて。
そのため、僕はもう嫌われているのでは無いかと思っていた。

でも、ベルララのその言葉は、僕の考えとは違い、嬉しく恥ずかしく、少し甘酸っぱいお誘いの言葉だった。

「そ、その、だめか?」

ベルララは、少し手をもじもじさせながら、時折目線を合わしては下げて、僕に返事を確認してくる。

ベルララのそんな仕草を始めて見た事もあって、一瞬、その仕草の可愛さに思わず僕の心臓がトクンと弾んだ。


すると、言葉に詰まった筈の僕の口は、静かにウンと呟いていた。
まるで、何かの魔法に掛かったみたいだった。

「そ、そうか!」

僕の返事を聞いたベルララの顔は、パッとお花が咲いたみたいな笑顔になる。

「す、直ぐに準備するぞ! まってろ!」

そしてベルララは、慌てた様子でどこか面白かった。
そんなに慌てる必要も無いのにと思う側で、少し修行をサボってしまう事に後ろめたさを感じていたけど、それ以上は考えないようにした。

準備をすると言ったベルララは、何処からか持って来たのか、ティーセットとお菓子が乗ったトレーを運んできて、飲んだ事の無い美味しい紅茶を煎れてくれた。

紅茶の茶請けとして用意されたクッキーもほんのり甘く、ベルララが取って来た林檎も水々しくて甘かった。

そして、ベルララと紅茶を飲みながら始めて会った時みたいに、いっぱいお話をした。



ベルララは、僕が今日まで起きた出来事を話す間、王族らしく優雅に、そして可愛くティーカップを持ちながら聞いてくれたし(ただ、僕が義父の龍を倒す為に修行をしてると言った時は、どこか少し表情を曇らせていたけど)。

ベルララは、僕がアキレス達と竜が対峙した時に割り込んだ事を、“竜から聞いて”ハラハラしたと、ため息を漏らしながら教えてくれた。


あとは、どうでもいいような世間話にもならないような事を話した。




時が経ち、僕が三杯目の温くなった紅茶が入ったティーカップに口をつけた頃、ボキャブラリーの少ない僕はあまり話すネタも無くなり、同じようにネタの無くなったベルララも合わせて、お互いに黙りこんでしまった。


ちょっと気まずい感じで、いやな感じが僕とベルララの間に流れる。


そして、お互いに温くなった紅茶すするだけ。


始めて会った頃は、お互いに喋らなくても一緒に居るだけで楽しかったのに、今はなぜこんなにも気まずいのだろうか……

やはり、僕とベルララの間に、僅かとはいえ、会わなかった事で、見えない壁ができたのかもしれない。

「な、なんか、話す事が、無くなっちゃったね、ハハハ」

「そ、そうだな」

気まずい雰囲気の中、お互いにハニカミながら苦笑いで誤魔化していた。


「あの、そろそろ……」

「―――なあウィリアムス……」

そして僕がいよいよ、この微妙な気まずい空間に居るのが辛くなって、帰ろうと口を開こうとした時、ベルララが少し早い口調で口を開いた。

「うん……」

僕は名前を呼ばれて、ただ、うんとしか返事を返せなかった。

「…………」

また、お互いに沈黙が流れる。

そして、ベルララは、何かを決心したのか一度喉を鳴らすと、その小さな口を開いた。

「そのだな……やはり、竜と…竜と闘う事は避けられないのか?」

それは、僕が一番ベルララに聞かれたく無いと思っていた言葉。
その言葉は、俯きながら続けられた。

「いくら修行してるといえ、やはり、お前の身体が心配なのだ……」

もしかしたら、僕がベルララとずっと会いたく無いと考えていたのは、これが因だったのかもしれない……

ベルララが続ける言葉と、俯いた表情には、確かに僕を心配する色が見えた。

でも……

「ば、場合によっては他にも方法が―――」

確かに、僕はベルララの気持ちが嬉しかった。


けど、でもそれ以上は言われたくなかった。


もし、それ以上言われれば―――

「やめて!! それ以上は言わないで…!?」

僕がここまで頑張ってきた意味が無くなってしすまう気がしたから。
だから、ベルララに最後まで言葉を言わせないように、立ち上がって叫ぶように言ってしまった。

「ありがとうベルララ―――でも、やっぱりもう避ける事は出来ないと思うんだ」

僕は、首にさげた竜鱗のナイフを強く握りながら、ベルララに自分の気持ちを伝える。

「だって、オトーの敵を取るって約束したし……」

それは、今強く握る竜鱗のナイフに誓った一目の決意。

そして、もう一つ。

竜を倒して、血を手に入れ、生き延びること。
その理由は。

「それに、竜に勝てば、僕はもっとベルララと一緒に居れられるでしょ?」

「っ…!?」

竜に捉えられているというベルララも助けられるし、竜の血で僕の命が長引けば、もっとベルララと一緒に居られると思っているから。

その事を、僕は笑顔で言ったつもりだったけど、それなのにベルララは黄金の瞳を見開いて驚いていた。

しかし、ベルララは驚きの表情をすぐに俯き、考えるように一言呟いた。

「……そうか」

そして、ベルララは何か納得するかのように頷いた。

「そうなのだな―――やはり……お前には伝えなければならない事がある」

ベルララは言う。

ベルララの口調は何処か暗く、俯く顔はさらに不安が混じっているように歪み、哀しみが混じっているような、僕には分からない目をしていた。

「本当は、闘い―――竜とは闘って欲しくは無い……。でもお前が…少しでも竜に勝てるように、私も協力、しよう……」

ベルララは僕の手を、小さい僕の手よりももっと小さい手で包みこみ、祈るように金色の絹のような髪から覗く、額へと当てた。

「私が知ってる……竜の弱点を教える」

そして、目を瞑ったまま宣言した。

弱点。

僕はその単語に胸が一瞬締め付けられた。

「竜の弱点……それは、逆鱗なのだ……」

「げき、りん……?」

「そうだ…」

僕がベルララの言葉に聞き返すも、次には僕の手を離し、閉じた眼を開き静かに頷いていた。

「竜の喉元にある大きな鱗で、逆さまな鱗……」

さらに語るベルララは、丁寧に身体の前で合わせていた両の手から、自分の喉元に左手手を当てて示した。

その様子はどこか 美しさをも秘めていたけど、でもベルララが自分の喉元に当てる左手は微かに震えていた。

それに微かに眼も泳いでいる。

なぜだろう?

もしかして、竜にバレたら不味いのだろうか?

「そ、そこならばナイフも通る筈だ……他にも―――」

僕の考えとは裏腹に、ベルララは他にも竜の弱点を教えてくれた。



竜はブレスを吐いた直後は隙ができる事。
背中に乗れば、鋭い爪のある四本の脚が届かない事。

他にもちょっとした癖なんかも教えてくれた。


でも、その間のベルララはずっと微かに震えていた。

何かに怯えるような、身震いのような……

ベルララは最後にフゥーと長いため息を付くと、喋っていた時の震えは無くなり、先程まで泳いでいた眼もいつもの綺麗な黄金の瞳に戻っていた。

そしてベルララは、飲み終わっていたティーセットをカチャカチャと片付け始めた。

片付けながら今日はもうお開きにしようと言ったのだけど、ベルララはどこか悲しそうな、嬉しそうな表情をしていた。


そんなベルララを見た僕は、どんな表情で何を言えばいいのか分からず、ただ単に一言のお礼を言うことしかできなかった。








帰りの森の中、簡単なお礼しかできなかった僕は悔やんでいた。

ベルララは覚悟を決めて身体を震わせてまで、僕に竜の事を教えてくれたのに、簡単に「ありがとう」としか、お礼を言えなかった事にだ。


あの時の僕はどんな表情をしていたのだろうか?
恐らく、能面のような、感謝の気持ちも篭っていない顔だったのかもしれない。



やっぱりちゃんとお礼を言うべきなのだろうか?

義父には、お礼をする時は丁寧さよりも如何に感謝の気持ちを込められるかだと教えられた。

感謝は心だと。

でも、さっきの僕はお礼と言う言葉では無く、ただの「ありがとう」と言う単語を呟いただけで、心など詰まっていなかったはずだ。



僕は落ち葉の多くなった地を歩む足を止めた。


「うん……やっぱりちゃんとしなきゃダメだよね」

僕は、今一度ベルララの所に戻って、丁寧差より気持ちの篭った、心からの御礼を伝えようと決めた。



そう。



僕が塔に戻ろうとしたのはなんて事のない事だった。



ただ、ベルララにもう一度、ちゃんとお礼を言おうと思っただけなのだから。




でもまさか、塔に戻った僕はあんな光景を目の当たりにするとは想像もしていなかった。









次の日、僕は朝早く塔へ行くと。

“竜に伝えてくれベルララ……三日後お前を倒すと”

そう“竜”に伝えるため。

“ベルララ”に伝言を頼むために。







――――――――――





澄みわたる青空。

この日、僕の心境とは裏腹に、空は雲一つない程の快晴と言ってもよかった。

この冬季にしたら珍しい天気の下、僕は初めて竜と対峙した時と同様に、背中には義父の斧を担ぎ、首には竜の鱗を磨いだナイフをぶら下げて荒れた道を歩いていた。

ただ、違うのは、担ぐ斧は魔法の玉が埋められた、風の斧。
また、重たい斧を担ぐこの身体は、まだまだ街の同年代の子供達に比べたら未発達だが、初めの時とは違い、斧の重さをあまり苦にせず体力を残したまま歩ける体となっていた。

そして、一番違うのは僕の心の中。

それは、竜を倒せば義父の敵を取れると信じていた心に入った小さなヒビ。

あの時見た光景はそれほど僕に大きなショックを与えていた。


「オトー……僕は間違ってるの?」



僕の呟きは静かな森に吸い込まれ、代わりに、あの大きな植物に覆われた塔が顔を出した。



僕が塔に到着した時、竜は澄みわたる空を、頸を伸ばして見ていた。

「……竜」

《……待っていたぞ》

小さく呟いた僕に、頸を空に向けたまま竜は答えた。


竜が居た事に安堵はあったけど、同時に、僕が予想していた通り、ベルララの姿が無い事を確認した。

それでも僕は竜に訪ねる。

「ベルララは……?」

《……“ベルララ姫”は、私とお前の“殺し合い”を、見たく無いそうだ》

“殺し合い”

僕はその言葉に、身を構えた。

だけど竜は―――

《―――どうだ? この殺し合いは何の意味があるのだ? ―――父親の敵を取る? ―――寿命を伸ばす? ―――お前に取って意味はあるかもしれない……だが、争いは争いでしかないぞ?》

闘いを、心の底から拒んでいるようだった。

《真実を知りたければ教えてやる―――寿命を伸ばしたければ他にも方法はある。だが―――》

「―――うるさい!!?」

僕は怒鳴った。

竜は僕と戦いたくない。
僕も本当なら避けたい。

でも、今の僕では避けれないんだ。

「オトーの敵を取る―――それは、僕の自己満足だ!! ―――それにお前が僕に寿命を伸ばせと言ったんじゃないか!! ―――僕はもう引く事はできない!!」


僕は自分に言い聞かせるように言い切った。

そして背中の斧を構える。

両手で柄をしっかりと握り、斧の重さに身体を持っていかれないように体重を落として。

《……たしかに》

竜は重たい腰を浮かし、僕が四、五人束になっても囲えないぐらい太い脚を、四つ地に立たせた。

竜が動く事で地が震えていた。

《―――ならば、もはや……止める事はできないっ!! 〜〜〜〜〜〜〜〜!!?》

竜が地を鋭い爪で握り潰し、威嚇の咆哮を上げた時、僕は斧を、伝説の騎士が担ぐ聖剣のように構え、地面を蹴った。


竜の咆哮は僕の鼓膜を撃ち破らんとするが、僕は気にしない。

「イヤァーー!!」

両手で振りかぶり、竜の額目掛けて降り下ろす。

竜は動かない……!?

いや、額の固い鱗で受け止めるきだ…!?


「っ……!!?」

斧の固い鉄の刃先と、天然の固い鎧の鱗がぶつかり合い、激しい音と共に手が痺れる。

それでも僕は、斧の重さと、振りかぶった遠心力で、二撃、三撃、四撃と繰り出した。


しかし、どれも額の固い鱗で受けとめられ、弾かれる。


そして、手から肩にかけて痺れがひろがった。


やっぱり、僕の身体から繰り出す攻撃では、竜の鱗を砕けない……

当たり前か……あの大男の大剣ですら歯が立たなかったんだから……

僕が、諦めに違い感情を抱いた時、竜が口をあけた。

「っ……!!?」

―――ブレス!!?

反射的に思った。


しかし、僕を襲ったのは灼熱の炎ではなく

―――爆音と風…!?

否、それは、咆哮と衝撃波だった。

《〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?》

「うわぁっ……!」

体重の軽い僕は身体が浮くのを感じ、吹き飛んだ。

「くっ…!」

だけど、歯をくいしばり何とかバランスを保った状態で着々する―――が、着地の衝撃で足が痛かった。

ただ不思議な事に、竜が咆哮した時、場違いなリンゴの甘い蜜の香りが漂っていた。


でも、そんなどうでもいいことを考える暇はない。

僕は途轍もなく、やるせない気持ちに襲われていたのだから。
それは、悔しくて、情けなくて、竜に対しても、自分に対しても感じた。

竜はまだ本気じゃない事に胸がくるしかったから。

《どうした? そんなものか?》

竜がぼやく。

「―――ぜだ……」

僕は、頭の中で竜に感じていた事を口にしていた。

「―――何故なんだ竜!?」

《…………?》
 
「―――何故本気を出さない!?」

竜が手加減していることを、怒りに変えて。

斧を振った時も、口を開けてブレスを吐かなかった時も……竜は本気を出していないから。

いくら僕でも、手加減されている事なんかすぐに分かった。

竜が本気を出せば、あの時の男達のように一瞬で勝負がつく事は分かっている。

でも、竜はまるで猫がネズミと戯れるかのように、本気で相手をしてくれない。

つまり、竜は僕を認めていないのではないかと思っていた。

“お前が我と対等になった時、お前の前に現れよう”

あの約束は何だったのか?


僕の心の中にできた強い意思は何だったのか?


踏みにじられた気がして悔しかった。


僕が抱いた、この……

「竜! 本気を出せ! これ以上僕の“覚悟”を踏みにじるなっ!!」

《ッ…!?》

―――覚悟と言う名の“意地”を。

たが、竜が手加減をするのであれば、その意地はゴミ以下でしか無くなる。

「―――本気でかかってこい!!ブレスを吐け!!」

それが、何よりも僕を苦しめた。
竜が目を見開き驚く。

なんで、そんな目をしたのかはわからなかった。

《……よかろう―――その覚悟受け取ったっっ〜〜〜〜〜!!!》

でも、僕の気持ちを受け取っってくれたのか、再び竜が応える。


口を開け、喉奥に赤い光を輝かせ。


今度は本気で。


その光は強くなり、爆発した瞬間オレンジ色の炎が渦を巻いた。

“熱い”

僕が感じたのはそれだけ。
まだ口から放たれていないにも関わらず、そう感じる。
どれだけ高温だろうか?

ブレスを浴びれば、僕は瞬く間に蒸発してしまうかもしれない。

でも、やるべき事は一つ。
斧を振り上げ、強い念を抱いて降り下ろすのみ!



「うわぁぁぁぁぁぁぁあああ!!?」


ブレスの炎に目掛け、地面に突き刺さる勢いで斧を振った。


フワッ……


《むっ…!?》

そして、奇跡を起こした。


風がたったのだ。



いや、風ではなく、風の“刄”が。


渾身の一撃から放たれた風の刄は―――


「いけぇ!」


炎のブレスを切り裂き―――


キィィィィィィ―――!!


甲高い音と共に

その先の竜の、額めがけ―――


ダッッ!?


―――直撃した!!


《ぐっ…!?》

そして、風の刄の勢いは、そのまま重質量の竜の頸を額ごと弾き―――

竜の前肢を浮かせ―――


竜を転倒させた。




地面に震動が響き渡る。

だが、その前に――僕は地面に突き刺さった斧を手放し駆けていた。

右手には、竜鱗のナイフを力一杯に握って。

そして、ひっくり返った竜が、起き上がる前に僕は、長い首に股がった。

「竜よ! 僕の勝ちだ!!」

竜鱗のナイフを、竜の弱点である逆鱗に突きつけるため、両手で逆手にもって、高く掲げた。





…………………


竜の咆哮に、僕の叫び声で騒がしくなっていた、冬季の森に本来の静粛が再び音連れた。

そして、静粛は土埃が晴れて行くのを見計らったかのように、消された。

《見事だ小僧……いや、ウィリアムス・ガリバーよ……》

竜の言葉。

それは僕にとって勝利を確信させる言葉だった。

僕は、ここまで呼吸をするのも忘れ無我夢中で、今の竜の言葉で勝った事を実感する事ができたのだ。

嬉しかった。

とても嬉しかった。

そして、後はこの高く掲げた竜鱗のナイフを竜に突き刺して、止めを刺すだけ。

《私に勝った褒美だ……私を殺し、血を受けとるがいい……》

でも、僕の身体には異変が起きていた。

竜鱗のナイフを握る両手が震えるのだ。

「あ、ああ…」

いや、両手だけじゃなく、両腕も両足も、喉も、僕の全てが震えていた。

別に、今の戦いが恐くて震えている訳ではない。

勝った事が嬉しくて、震えている訳でもない。

でも、理由はわかっている。

なぜなら―――

《どうした?早く―――》

今の僕には竜を殺す事ができないのだから

「な、何故だ、何故なんだ竜!! ―――いや、ベルララ!!!」

《!!?》




――――――――――



僕があの時見た光景は、ベルララが塔の裏でドレスのようなワンピースを脱いでいる時から始まった。


ベルララは服を脱いで、人形のように白く綺麗な身体を露にした時は思わず恥ずかしくなって、思わず手で両目を隠してしまった。

でも、

「うおおぉぉぉぉぉぉおおおっっ!!!」

ベルララが雄叫びを上げて、それが何事かと両目を隠した手を退けた時、僕は両目を見開いて驚いた。

「な、何で……!?」

真っ白い光が雄叫びを上げるベルララを包んだと思ったら、そこには、あの竜が居たからだ。

「何で……ベルララが竜に!!?」

僕は混乱した。

ベルララは確かに僕に言った。

“私は、竜に囚われているのだ”

と。

でも、そのベルララが竜に変身したのだ。

「う、嘘だ……嘘だ…!?」

ベルララが竜に変身した。つまり、義父の仇はベルララ本人!?

僕の脳はパニックを起こしていた。

「ベルララは違う!? ベルララは、ベルララは―――嘘だぁあ…!?」

僕は、見たくなかった真実を見ることが耐えきれなくなり、無我夢中で森を駆けた。

ベルララにお礼をするということも忘れ。
もはやそれどころではなく。
最悪の真実に、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚して。

でも、真の本当の真実をはもっと僕が想像していたものよりも、酷だった。

「何故だ、何故なんだベルララ!? ―――あ!」

涙で前が見えなくなった僕は、足元を木の根に掬われ、目の前の土手から転げ落ちてしまう。

「うわぁぁ……?」

しかし、落ちた先は虹色に輝いていた。

僕は柔らかい自然が作る天然のクッションで怪我も無く助かったのだ。

そんな僕は涙を手でゴシゴシ拭きながら、その一つを摘み
取る。
それは、一枚の花びら。

しかも、様々な種類が、何百何千と転げ落ちた土手を埋め尽くしていた。

「あ……」

そして、花束を添える一人のラージマウスの少女に出会った。


ラージマウスの少女は友達のチッチ。

そして―――

「チッチに聞いたよ……」

僕は両手で竜鱗のナイフを掲げたまま、竜の、いや、竜の姿のベルララの頚に目から涙を零していた。

「あの嵐の日の本当の真実を……」

―――僕の顔を見るなり、泣き出すチッチ。

「ごめんなさい!? ごめんなさい!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!? うわぁぁぁあ〜〜〜!?」

「え、え、え? 何でチッチが泣くの!?」

僕は、僕自信が泣いていた事も忘れ、抱き着きながら大声で泣くチッチに戸惑った。

「私のせいで、私のせいで、私のせいで!? 私のせいなの!? うわぁぁぁ〜〜!?」

チッチは完全に落ち着きを失っていた。

その後、ベルララと竜の事と、大泣きしながら赦しを請うチッチに複雑な感情を抱きながら、チッチをあやし、落ち着いた頃に話を聞く事ができた。


チッチはまず、嵐の日に何が起きたかを教えてくれた。

「ヒック…ヒック……あ、あのね、あの嵐の日にね―――





「ママァ〜どこ行ったのぉ〜?」

あの日、チッチは嵐の中に食料を取りに行った母親を心配して、家から出てきてしまったと言う。

そして、雨と風が荒れ、真っ暗な森に脅えながら進むこと迷子になり、完全に家に帰られなくなってしまったと。

そして、チッチが泣き叫んでいると。

「ママァ〜〜助けてぇ〜〜うわぁぁぁ!?」

「ん? お前はウィルの友達のチッチじゃないか? 嵐で危ないぞ! 何でこんな所にいるんだ!?」

「え? あ…ガリバァ〜〜さぁ〜ん!?」

塔の裏の土手、つまり僕が転けて落ちたこの場所で偶然にも義父に出会ったと。

「チッチどぉした?」

「まぁいごになったの〜うわぁぁぁ!?」

「……そうか、よし、直ぐに家に連れてってやろう」

そして、正義感の強い義父は、チッチを家で送ろうとしたらしい。

でも、

「よし! 行くぞぉ! ここは地盤が雨で緩くなってる!崩れる前に―――」

ゴゴゴゴ……

「―――不味い!? 崩れ……!?」

嵐で緩くなった土手は義父の心配の声を、現実の物へと変えたらしい。

そして、義父とチッチを巻き込み崩れたと言う。

しかもその際、義父はチッチを抱き抱え、土砂に埋もれ無いように守ってくれたと、僕に赦しを請いながら喋ってくれた。

「チッチ早く逃げろ!」

それからチッチは、義父の言うまま森を駆け、土砂崩れから逃げたと言う。

そして、義父はそのまま土砂崩れに巻き込まれた、と……

つまり、義父の死因は、竜に踏み潰されたのでは無く、土砂崩れに巻き込まれたという事。

お医者さんが言っていた、重質量な何かに潰された、と言うのはその土砂崩れだったのだろう。

そして、チッチの震える声から聞かされた本当の真実に僕は、今のように涙を流していた。




――――――――――





「―――つまり、僕は、勝手な思い込みで」

涙が止まらなかった。

「―――竜を」

僕は、赦される筈の無い過ちを犯したのだから。

「―――ベルララを」

回りの人を巻き込んで

「―――憎んでいたんだ」

勝手に一人で、復讐心に躍らされて……

「でも、僕は自分を止める事ができなかった……」

《………》

「だ、だって……オトーが死んだのに、何を恨めばいいか分からなかったし……何に赦しを請えばいいか分からなかったから」

《ウィリアムス…お前は―――》

ベルララの竜の鱗が剥がれ落ちていく。

そして、落ちたエメラルドグリーンの鱗は光となり消えていった。

そして。

竜鱗が溶ける光がベルララを包みこんだ。

「―――お前は、悪く無い…!?」

「え…!?」

光が落ち着くと、僕の下に居たのは、緑色の鎧を着たベルララだった。

「お前は間違ってなんかいない、お前はただ、自分の見たまんまを真実にしたまでなんだ……」

ベルララは、僕が未だに震えた手で喉元に突き付けている、竜鱗のベルララの鱗で作ったナイフをそっと握ってきた。

人の手とは違う大きな手は、ナイフだけでなく、僕の震える手も一緒に握った。

「むしろ、悪いのは私だ……私が、ドラゴンであることを教えていれば……お前の父親をもっと早く助けていれば……ウィリアムス、お前は苦しまなくてすんだのだからな……」

僕の手ごと握るベルララの手は、僕の手より少し暖かった。

しかし、ベルララは僕の手ごと握る冷たいナイフの刃先を、自分の喉元に刺す。

「私はお前に殺されても仕方がないと思ってる」

プツっと感触が僕の手に伝わり、スーと赤く綺麗な液が垂れた。

「―――すまなかった」

そしてベルララは、何も悪い訳でも無いのに謝っていた。

そして、僕にとってそれは、もっとも苦しく、もっとも辛い言葉だった。

「いやだベルララ……ずるいよ……ずるいよベルララ!」

僕は首を横に振って否定する。

「―――ベルララが謝るなんて間違ってる!!」

僕は全力でベルララの手をふりはらった。

そして、少し離れた所に竜鱗のナイフが、乾いた音を立てて転がった。

「僕が謝らなきゃ…いけないのに…なんで…ベルララが……」

ベルララは悪くない、僕が悪いんだと頭の中で自分に言い聞かせていた。

そして、まるで僕の心を表すかのように、止め処なく溢れる涙は、いくら手で拭っても、止める事はできなかった。

「お前は謝る必要は無いじゃないか……」

でも、

「―――誰もお前を、攻めていないのだからな」

ベルララの言葉は心に染みた。

赦しを請えるはずの無い僕に、一つ一つ優しく包み込むように。

「―――さぁ、私に勝った褒美だ…血を、受け取ってくれ……」

僕は、感じていた。
ベルララの優しさと、強さを。
ベルララは、僕と同じで、約束を守ろうとしてくれてるのだと。

「……血は…受け取れないよベルララ……僕には……」

でも、僕には受け取れない。

何故なら、血をもらって生き永らえたとしても、もう、二度とベルララと会えなくってしまうから。

大切な人を失う、心をギュッと潰される思いはもう感じたく無いから。

「でも…もし僕がベルララに勝った褒美がもらえるなら……」

ベルララと始めて会って仲良くなって、いっぱいお話しして、サンドイッチを一緒に食べて、ベルララと短い時ながらも過ごす事がとても嬉しかった。

そして僕は、ベルララと会う度に、胸の内からこみ上げてくる物を覚えていた。

「一つだけ、お願いが……」

それは、年頃の子供が異性に抱く感情などとは、僕は知らなく。


ただたんに、この人と、大好きな人と、一緒に居たいと思う気持ちだと感じて。




「ベルララ……」




ただ、ただ、自分の心の声を、真っ直ぐに、偽りなく、涙を流しながら叫んだだけだった。






「僕の家族になってくれ!!!」





いうなれば、それは愛の告白だったのかもしれない。










―――でも、その時の僕―――いや、私は、自分の中で生まれた気持ちを、本当に素直に言葉にしただけで、そんな事も気が付かなかった。

でも、その気持ちに素直になったからこそ、今の私はあるのだと思う。

「せんせー! それでどうなったの?」

話が終わり、私があの時の気持ちに、恥ずかしながら胸を熱くさせていると、王子は、興奮と興味を輝かせた目で、お話の続きを瀬がんできた。

「その後は―――」


あの後、いろいろあって、私はベルララと旅をする事となった。

船に乗り、馬車に乗り、色々な国を見て、人に出会い、世界の不思議と神秘を見て周った。
そして行く先で様々な人達と出会う事ができ、知り合う事ができたのだ。


だが、今は王子に話す時ではない。

何故なら、この話を聞かせれば、王子は持ち前の好奇心から世界の魅力に惹かれ、自身の身を危険にさらしてしまうだろうから……

それに。

「どうやら、今日のお話はここまでのようだ」

「えーー」

不満そうに呟く王子。

しかし、部屋の窓の外にベルララ達が帰ってきたのが見えたのだ。
今はまだ、この思い出には蓋をしておこう。

「オトー様―」

ドタバタと廊下を駆ける音と共に、私の部屋に元気なソプラノ声が響いた。

可愛らしく、今王子に話していたベルララの子供の時の声を蘇らせてくれる。

「ただいまですー」

しかし、その声はどこか舌足らずで、幼さが残っていた。

そして、声を出した本人は、私を見るや否や飛び付いて来る。

元気一杯の彼女は、王子より一つ年下の、私の娘リリー。

抱きついて来たリリーからは、汗の匂いなのか、少し甘酸っぱい匂いが、私の鼻をツンと刺激した。

「おかえり……リリー」

私は、お腹に抱き付いて来たリリーの頭を、少し埃と汗でいつもの美しい光沢を失った金色の髪と一緒に撫でてやった。

「にひひ〜」

少しくすぐったかったのか、リリーは身をもじらせながら、可愛らしい笑顔を見せる。

「おかえりリリー」

そんな私と娘を見ていた王子は、床板に胡座をかいたまま、居心地悪そうに苦笑いしていた。

「にひひ〜…ただいま〜ぼるす〜」

リリーは王子に見られていたのが恥ずかしかったのか、私に抱き付いたまま、王子と同じように苦笑する。

「こら! リリー!」

私がこの二人の苦笑いを、優しく見守っていると、リリーが潜ったドアから、一人の女性が入って来た。

リリーと同じく、埃と汗で光沢を失った金色の髪の毛をなびかせながら、黄金の瞳に強い意志を輝かせ、腰に両手を着いている女性。

今では私の妻となったベルララだ。

私が王子に話した時の幼いベルララは、今は高身長になり、リリーに受け継いだ金色の髪は未だに美しく、金色の瞳は、今は少し怒っているようだった。

「リリー抱き着くまえに身体を洗いなさい! 汗臭くなるだろう!」

「えーだってー」

腰に両手を当ててリリーを叱るベルララ。

今は、幼さは無くなってしまったが、それでもその仕草が、ベルララが変わっていない事を教えてくれる。

「べつに構わないよベルララ」

私は、叱られて私の影に隠れているリリーの頭を撫でながら、ベルララに告げた。

「しかしだなウイリアムス……」

ベルララは、渋々といった感じで、腰の手を今では大きくなった胸の前で組んで、納得いかない様子だった。

「所で今日は何をして来たんだいリリー?」

リリーに助け船をだすつもりではなかったが、ふと、気になった事を私は口にした。

いつもなら、もっと泥んこになって帰ってくる筈なのに、ベルララは“本格的に修行を始める”と、言っていたわりには、今日は汚れていなかったからだ。

私の質問に、リリーは人差し指を立てて小さい顎に当てながら考えだした。

「う〜とね〜……」

王子も何をしていたのか興味があったのか、身を乗り出している。

そして、リリーは思い出したのか、指を折ながら教えてくれた。

「崖登りでしょー…お岩も壊したしー…お空も飛んだしー…後わー」

……ベルララ、お前はまだ幼い子供に何をさせてるんだ……

私は、リリーが口にする、おもわない修行の内容を聞いて苦笑いしてしまった。

私と一緒にリリーの話を聞く王子などは、口をポカーンと開けて、あんぐりしてしまってるではないか……

いやはや……恐るべきドラゴン族、だ。

「後ねーいっぱいお話ししたー」

と、最後に想像していなかったことを告げるリリー。


ピシ…


そして、ベルララから奇妙な音が聞こえた。
私が不思議に思い振り向いて見ると。

ドア淵に寄りかかっていたベルララが、笑顔のまま固まっていた。

「どうしました、ベルララ?」

おもわず尋ねる。

「な、なななんでもないぞウイリアムス」

しかし、明らかな動揺が見られた。
私がベルララを不思議に見ていると、今度は王子がリリーに向けて言葉を発する。

「リリー…それでどんな話をしたの?」

純粋な好奇心からの追求なのだろう。

「えーとねー……オトー様とカー様の出会ったお話しー」




―――え…!?



にひひ〜と笑うリリー。

まるで、王子に自慢するかのように笑っていた。



だが、しかし、今の内容は―――



「ちょっ! リリー言わない約束だって―――」

「わあ !僕と一緒だぁ!」

「あ! 王子言わない約束―――」


偶然は、思いもしない所から、訪れて来るのかもしれない。


「「―――え!?」」

リリーの言葉に慌てるベルララと、王子の言葉に慌てる私。

そして、リリーと王子の言葉を聞いた私とベルララは、二人して顔を見合わせた。

「も…もしかしてウイリアムも?」

そして、恐る恐る探るように聞いてくるベルララ。

しかし、私は心の内で湧いてくる気持ちが、ベルララの返答よりも先にでてしまった。


「……ふっ…ふふふ…」


私の心の中で湧いたのは、歓喜。


「―――はっはっはっ! はあーはっはっはっはっ!!?」

世界は不思議でいて、偶然を与えてくれる事への感謝だ。


「……まさかな、まさか―――」

「ウィリアムス?」

「せんせー?」

「オトー様何がおかしーですか?」

私が突然笑だした事に、不思議がる三人。

しかし、これは笑われずにいられない。


なぜなら、今日という偶然があったのだから。


偶然は、ただ単に、同じ日に、娘と王子に、お互いがお互いの出会い話をしただけで、なんて事のない事だ。


だが、しかし、それでも私は心の内から、声を荒げて笑ってしまっていた。


「ふっふっふ―――いや…何…」

私は、リリーの髪を撫でながら湧いてくる笑いを落ち着かせた。

「今日は何時もに増して“素晴らしい日”だなと思ってな。 ―――そう思わないか?」

私は、リリーの髪の感触を楽しみながら、愉快に笑う心を落ち着かせて呟いた。


そして。


この気持ちを、彼ら彼女らと分かち合いたいと思った。



「たしかに…素晴らしい日ではあるな」

私の気持ちが伝わったのか、私に賛同してくれるベルララ。


「はい!」

そして、元気良く返事をしてくれる王子。


「なんだか分からないけど、そんな気がしますー」

なんだか分からずとも、にひひと笑うリリー。



今日という日に感謝をしなければならない。


彼らの返事を聞いて、私はそう思った。



今日という休日に。



ふと、みんなが笑う中で、私は机に置かれた日付表が目に入った。


そして私は気がついてしまった。


「そうか……」


私の呟きは三人の笑い声に溶けてしまう。




今日という偶然は、偶然ではなく奇跡と言っても良かったのかもしれない。






何故ならば……











第一章………おわり

11/10/25 12:04更新 / 腐れゾンビ
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■作者メッセージ
もう10月の半ばだとΣ((((;゜Д゜)))))))!?

前回投稿したのが6月……とても遅くなりましたごめんなさいm(_ _)m


前回のコメント返信とか遅すぎてあれなので、この場をお借りして……

コメントありがとうございましたm(_ _)m何とか完結までこじつけました……



てか、こんな不定期更新で、次の話二章とか大丈夫か?と心配しております……
見ていただいてる数少ない方々には申し訳ないですけど、気長に待っていただけると嬉しいです、ハイ。


たぶん次はこの作品に続きとして投稿せずに、章ごとに分けると思います。


一日に更新は一つということですが、おまけの話を投稿するのなら連続でもいいんですかね?一応日付が変わるのは待ちますが……


10/25 指摘して頂いた誤字及び気がついた誤字を修正。


朗読多謝

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