連載小説
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衣食住の【食】
  《 衣食住の食 : ホルスタウロス、オークなどの活躍 》

 人間とは、飲まねば、食わねば、死んでしまう生き物なのである。

 至極当然のこの事実を、平穏無事な日々に慣れきっていた我々は忘れていた。
 地震によって街の機能が破壊され、使用可能な街道も限られた状況下において、食料の確保は再重要と言える課題であった。
 しかし、街の中心部から郊外に到るまでを隈なく援助する事は難しく、その優先順位を決定する事は、まさに苦渋の選択であった。

 そんな状況を救ってくれたのが、森や山、草原などに暮らす、ホルスタウロス、オークといった面々なのである。


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☆とあるホルスタウロスの証言

 はい〜、あの時のお話ですね〜。

 私は〜、この山のお家で〜、旦那様と暮らしているんですけどもぉ〜、あの時は〜、私の妹や従姉妹達が〜、偶然遊びに来ていたんですよぉ〜。
 それでぇ〜、あの地震が起こって〜、みんなビックリして〜、ひっくり返っちゃったんですねぇ〜。

 (※レポート制作局注釈 : 以下、スローな話し方を修正・校正した文とする)

 床に転がっている私達の無事を確認してから、旦那様は家の外へ飛び出して行きました。
 そして、空を見上げ続けて……通りかかったハーピーさんと、こんな会話を交わしたんです。

「街の方は、どんな状態になってる!?」
「ひどい有様だったよ! こりゃちょっと洒落にならないかもね!」

 そう告げたハーピーさんに「ありがとう!」と応えてから、旦那様は玄関先に集まっていた私達にこう言いました。

「みんな、ごめん。ピクニックの予定は中止だ。協力して欲しい事があるんだけど……お願い出来るかな?」

 その時、何も言われずとも私達は、旦那様の意図をきちんと理解していました。
 実は……私の旦那様は、元騎士団の人なんです。
 演習中、部下の方をかばって大怪我を負い、引退したのですが、この国の皆さんを思う心は一欠片足りとも失ってはいなかったんですよ!

「はい〜。もちろん、何だって協力しますよぉ〜」
「困っている人達へ〜、私達のミルクや〜、食べ物を届けるんですね〜?」
「それならぁ〜、ミルクたっぷり〜、栄養どっさりの〜、ミルクパンも焼きましょ〜かぁ〜」
「私達が〜、みんな集まってて〜、本当に良かったねぇ〜」
「うんうん〜。よぉ〜し、みんなぁ〜ガンバロぉ〜!」

 いつものんびりポワポワの私達ですけど、人間の皆さんとは先祖代々からの長いお付き合いですから。
 旦那様の気持ちも、困っている人がいるだろうという予測も、みんなを助けたいという願いも、全員が等しく理解、共有出来たんです。

 そこから後は、一致団結して無駄なく行動していきました。
 全員がたっぷりとミルクを絞って、パンを焼いて、日持ちする料理も何品か作って……ピクニックのお弁当用にたっぷりと材料を買い込んでいた事も、幸いしましたね。

「街の中心部は、国内外の救援隊が素早く展開されて行くと思う。でも、人口の少ない郊外はどうしても後回しにされてしまいがちなんだ。だから俺達は、郊外の教会や公民館を回ろう」

 ……という旦那様の言葉に全員が頷き、食べ物を満載した荷車を引いて行きました。
 そして、旦那様の予想は、まさに大正解だったんです!

 最初に訪れた教会では、お年寄りの皆さんが感謝の涙と共に出迎えてくださいました。
 次に訪ねた公民館では、小さな子を持つ親御さん達が、何度も何度も「ありがとう!」と言ってくださいました。
 建物が半壊し、テントの中へ子供達を避難させていた孤児院の職員さんは、「あなた方は、みんなの命の恩人です!」と頭を下げてくださいました。

 その他にも色々な人達が、「ありがとう」の言葉と共に、私達が差し出すミルクやパンを受け取ってくださいました。
 そんな皆さんを見ているうちに……あぁ、騎士団にいた頃の旦那様は、この愛すべき人達を守るために剣を握っていたんだなぁって、心から理解出来たんです。

 翌日以降も、私達は私達に出来る援助を続けていきました。
 そして今も、「何か困った事が起きたら、皆さんのために頑張ろう!」という気持ちでいます。

 おっとり、のんびりのホルスタウロスですから、時には出遅れちゃうかもしれませんけど……大好きな旦那様と人間の皆さんのために、ちょっと気合を入れちゃおうかなと思っているんですよ?


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☆とあるオークの証言

 うん、まぁ別に人間風情を助けてやる義理も無かったんだけどさ。

 でも、人間が死んじゃったらウチらの楽しみも無くなっちゃうし、アレの気持ち良さも味わえないし、何より素敵なダーリンと甘い結婚生活を送る夢と喜びが、あの、その……ゴニョゴニョ。
 と、とにかく、ウチらはウチらのために、しょうがなくあんた達人間を助けてやる事にしたんだよ! ごちゃごちゃ訊くな、バカ!

 で、あの地震だけど……デカい地震だったよねぇ。揺れたよねぇ。
 ウチらの縄張り内でも、崖崩れやら何やらで結構大変だったんだよ。
 おまけに、顔なじみのブラックハーピーに訊いてみたら、人間の連中も酷い目に遭って苦しんでるって言うじゃないか。

 だからウチらは、長を中心とした緊急会議を開いた訳さ。
 そして、程なく一つの結論に達した訳さ。

「これは、予知出来ない自然災害だ。人間、特に男連中を失ってしまうのは、我々としても面白くない。そこで、今回は特別に人間どもを助けてやる事にする。まずは全員総出で果物、キノコ、野菜、湧き水などを確保し、それらを食料としてくれてやろうじゃないか」

 ……そんな長の言葉と共に、ウチらは行動を開始したんだ。
 山は、ウチらの庭みたいなもんだからね。何処に何があるのかなんて、全部完璧に把握済みなんだ。だから、目的の品々はそりゃもうすごい勢いで確保されていったよ。
 もちろん、美味さも保証済みさ。何せウチらオークは、美食を愛する種族なんだからねぇ。
 まぁ、一部の馬鹿な人間どもは、ウチらオークの事を『口に入るモノなら何でも食べる雑食、悪食種族』なんて言ってるらしいけど……本当、一回死ぬまでマワすよ?
 え? マワすって、何をされるのかって? フッフッフ、そんなもん決まってるだろうさ。

 で……そんなこんなの後、荷車を引いたり、背負袋や背負子やらを背中に乗せて、ウチらは山を出たんだ。
 正直、仲間の中には「どうして人間なんかのために、自分達がこんな事を」って言ってるのもいたよ。
 でも、あれは会議の末の結論であり、長の決断でもあったからね。「ブチブチ文句を垂れなさんな」なんてなだめながら、避難所になっているであろう小さな学校に入ったのさ。

 そうしてそこで……ウチらの調子がガタガタに崩れちゃったんだよねぇ……。

「わぁ! お姉ちゃん達、オークだよね!? 初めて見たぁ〜!」
「お耳と尻尾が可愛い〜! ねぇねぇ、触っても良い?」
「うちの姉ちゃんよりおっぱいがデッカい……けど、足も太い」
「何を持って来てくれたの!? お菓子? オモチャ?」

 そう、そこは確かに避難所だったよ……でも、まさかあんなにもたくさんのガキどもで溢れてるとは思わなかったんだよぉ〜。
 何でも、春の豊作祈願祭に向けて、踊りの稽古をしてたらしいんだけどねぇ。全校生徒が校庭に出てあ〜だこ〜だやってる所へ、あの地震が来たんだとさ。

「生徒全員が校庭に集まっていたのは、不幸中の幸いでした。教室や通学路、生徒達の家のいくつかにも被害が出ていますから。状況によっては、取り返しのつかない事態に陥っていたかも知れません」
「はぁ、なるほどねぇ〜……で、こいつらの親は?」
「はい、既に何組かのご家族はこちらに避難されています。残りの親御さんについても、自警団の協力を得つつ、職員全員で確認中です」

 若い女の教師とそんな会話を交わしてる間にも、ガキどもは元気いっぱいやりたい放題さ。
 ウチらの尻尾を引っ張る奴、尻を叩く奴、遠慮も無しに乳を揉む奴……幼いって事は、それだけで一つの特権なんだねぇ。まったく、大人の人間がそんな事をしたら、ぶっ飛ばして挽肉にしてるところだよ。

 けどまぁ、何つ〜かさ……今になって思えば、あれはあれで貴重な経験だったとも思うよ。
 ウチらの興味は、もっぱら大人の男に集中してたからね。
 非常事態だって言ってんのに、無邪気に飛んだり跳ねたり、心の底から好き勝手に遊んで笑ってるガキどもを追い回すのも、まぁそこそこ楽しかったさ。
 何だかんだと文句を言ってた仲間も、両脇にイタズラ小僧を抱えて「ふんがぁーっ!」なんておどけてたしね。
 ウチらの存在がガキどもの心を和ませたり、パニックから遠ざけたりしたのなら、それもまた結果オーライって奴だよ。

 その後、教師の言葉通り、ガキどもの親や親戚連中が続々と避難して来てね。
 みんなウチらの姿を見て一様にギョッとしたような顔をしてたけど、ガキどもや教師達から説明を受けて、すぐに納得してくれたよ。
 ……いいや、それどころか「助けていただいて、本当にありがとうございます」なんてお礼まで言われちゃってさ。

 うん。あれもまた、ウチらにとっては新鮮な経験だったねぇ。


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 〈 ※レポート制作局補足説明 〉

 ホルスタウロス達の柔らかな笑顔と滋養に満ちたミルクは、被災者達の心身を大いに癒した。同様に、突然の災害によって心労が重なり、母乳が出なくなってしまった多くの母子も救ったという。
 その後、援助に参加した未婚のホルスタウロス達は、無償奉仕隊としてやって来た地方の農業青年達と出会い、恋に落ち、現在ではそれぞれに幸せな家庭を築いている。

 一方、オーク達はその訪れた学校を拠点と定め、様々な物資を搬入し続けた。
 そうして持ち込まれた品々は自警団などの手によって各地へと運ばれ、被災者達の貴重な食料となった。
 また、その後も学校や地域社会との交流を続け、子供達と一緒に遊んだり、芋掘り遠足を行ったりしているという。
 彼女達の長曰く……

「こうした催しを通じて、我々も結婚後の子育て、躾体験が出来る。加えて、子供達の未婚の親族や縁者、学校の男性教師や職員と知り合う機会も生まれる……双方にとって、悪い話ではないだろう? フッフッフ」

 さすがは、オーク。抜け目はないようだ。
10/07/27 10:24更新 / 蓮華
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