連載小説
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衣食住の【衣】
  《 衣食住の衣 : アラクネ、ジョロウグモ、ゴブリンなどの活躍 》

 突然の地震によって家を失い、着の身着のままで逃げ出した人々の手には、防寒具も、毛布も、何一つ存在しなかった。
 寒さの峠を越えたとはいえ、まだ春遠い三月。
 人々は、壁が崩れた教会や公民館などで肩を寄せ合い、寒さと不安に震えていた。

 そんな状況を救ってくれたのが、服作りの名手として名高いアラクネ種の面々であり、様々な物資を豊富に取り揃えている行商のゴブリン達であった。


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☆とあるアラクネの証言

 あの時は、『質より量』って考え方だったわね。
 私のねぐらも結構な被害を受けたんだけど、街の方を見たら火事の煙やら建物崩壊の土煙やら、色々と酷そうな様子になってたから。
 だから、「こりゃ大変だ。誰も彼も着の身着のままだぞ」って、ピンと来たのよ。

 で、近所やら知り合いやらに片っぱしから声をかけてね。

「とにかく防寒具と簡単な寝具を作るわよ! デザインとか風合いとかは無視! 徹底的に質より量よ!」

 ……って、そんな感じで。
 最近友達になったジョロウグモの子も二つ返事で応じてくれたし、彼女の知り合いのアカオニも貴重品であるはずの『オニのパンツ』を惜しみなく提供してくれたわ。

「こんなにたくさんいいの? ジパングに帰らないと補充出来ない貴重品なんでしょ?」
「あぁあぁ、構やしねぇさ。この非常時に惜しいだの勿体無いだの言ってらんねぇだろ? まぁ、強いて言うなら、これは年寄りや子供に履かせてやって欲しいね。体を壊しちゃ大変だからさ」

 知ってる? オニのパンツって、それを一枚履くだけで暑さ寒さを凌げる魔法みたいな効果があるのよ! だからアカオニって、季節を問わずあんな格好をしていられるのね。
 とにかく、彼女達の協力なくして、あの時の援助体制は生まれなかったと思うわ。

 あと、寝食を忘れて服を作っていた私の所へ、ピクシーやリャナンシーのおチビちゃん達が美味しい果物を持って来てくれてね。

「アラクネのお姉ちゃん、頑張ってね! ……でも、根を詰めすぎちゃダメだよ?」
「これから、ジョロウグモさんの所にも配達に行くんだ! 何も食べないのは、体に悪いもん!」

 ……なんて、可愛い事を言ってくれちゃってね。
 私は気が強いばっかりで洒落た事の一つも言えないアラクネだけど、あの時は心の底から「ありがとう」って言えたわ。

 私達が提供した服や寝具が、人間のみんなにとってそんな風に嬉しいものになったのなら、光栄……かな?


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☆とあるゴブリンの証言

 『便乗値上げ』って奴は、あれだね。
 火事場泥棒にも劣る、クソ野郎の所業だね。

 聞いた話じゃ、地震で困ってる人達に向かって、馬鹿みたいな商売をフっかけた人間もいたらしいじゃないか。例えば、一杯の熱いスープに三枚の金貨を求めた、とかさ。
 まったく……許せないよね、そういうの。商売人の風上にも置けないどころか、あたし達の手でぶっ潰してやりたいくらいだよ。

 普段あたし達は、【行商ゴブリン隊】として各国、各地をグルグル旅してるんだけどね。
 あの時は地震の被害を受けた街から、歩いて半日程の平原で遅めの昼食を摂ってたんだよ。
 で、突然ゾクっと寒気がして、全身に鳥肌が立ったと思ったら、あの地鳴りと揺れさ。

「こりゃ、何かとんでもない事が起こったんじゃないか?」
「向こうの方角だな……よし、行ってみるか!」
「うん、そうしようそうしよう!」

 って仲間達で意見がまとまって、早速出発したんだけど……現地は本当にひどい状態でねぇ。
 色んな荷物を抱えたまま思わず呆然としちまって、誰も何も言えなかったよ。

「こいつは……どうしたもんだろうか」
「商売なんて、とても出来る状態じゃないね」

 そんな言葉を交わしてると、隊の中でも一番の新入りがこんな事を言ったんだ。

「あたし達のこの商品を……全部提供しちゃいましょうか?」
「えっ!? あぁ、う〜ん……それも良いかも知れないけど、その後で困らないか?」
「きっと大丈夫です。この国はあたし達魔物に優しいし、物事が落ち着いた後で、行政にちょっと多い目の請求書を出せば良いんですよ……この街の人間も、証人になってくれるでしょうし」

 まだまだ使えない新入りだと思ってたら、とんだ大物だったって訳だね。アハハハ!
 いやいや、でも誤解はしないでよ? 確かにあたし達は、後々に行政側から感謝金を受け取ったけど、その金額は提供した品物の三分の一にも満たない額だったんだから!

 あたし達ゴブリンは意地悪好きな狡猾種族って思われがちだけど、ちゃんと仁義や道理ってものを弁えてるんだ。
 だから、便乗値上げのクソ野郎と同じにされちゃ堪んないね。

 それに、ね……あたし達が提供したシャツや上着を「ありがとう! ありがとう!」って言いながら受け取って着込んで行く人間の姿を見ていると、何か大事な事を学んだような気がしたんだよ。
 それが何かを言葉で説明するのは難しいんだけど、とにかく特別な気持ちになったんだ。

 だからまぁ、その、何と言うか……こっちもそっちも「ありがとう」って事で、良いんじゃないの?


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 〈 ※レポート制作局補足説明 〉

 衣類の製作、提供を行ってくれたアラクネ達は、後にそれらの運搬に関わった騎士団輸送隊の面々と愛を育み、数組の夫婦となった。
 結婚式の衣装は、彼女達が真心を込めて織り上げた素晴らしい礼装であったという。
 また、式には証言にも登場した妖精達も加わり、笑顔の絶えない素晴らしい時間になったそうだ。

 物資の無償提供を行ってくれた行商ゴブリン隊に対しては、国王陛下より有効期間無制限の『関所通行許可証』と『露店開設許可証』が授与された。
 彼女達の思い切った行動は住民達の支持を集め、「あのゴブリン隊の商品なら信用出来る」と、今では人気No.1の行商隊となっている。
 何を隠そう、今この文章を記しているペンも、彼女達が仕入れて来た異国の品なのである。
10/07/27 10:23更新 / 蓮華
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