《　あなたの恋と愛の調子は、いかがですか？　〜　メロウのモモさんの場合　》

　いやあぁぁぁぁんっ！！

　そのラミアさんも、アカオニさんも、ワーラビットさんも、みんなみんな今は旦那さんと幸せに暮らしてるのよね！？

　あぁんもぅ、いやあぁぁぁぁんっ！
　超ステキじゃないっ！　感動と喜びと羨ましさでヨダレが出そうだわっ！！
　っていうか、ちょっと濡れちゃったもの！　海水以外的な意味で！　うんっ！！

　いやぁ〜、本当に良いお話を聞かせてもらっちゃったわぁ〜。ありがとね♪
　しかも、そのお話をまとめて一冊の本にするんでしょ？　ますますステキねっ！

　……え？　それだけじゃないの？
　魔物と結婚した人間の男性達に、五十個の質問を投げかけた？
　そして、それに対する回答を集めて整理した上で、さっきのお話も挟みながら一冊の本に編み上げる……！？

　ちょっ、あぁぁぁぁぁんもぅ、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ！！

　何よそれ！　何なのよそれ！
　超読みたいわ！　すぐ読みたいわ！　いついついつ？　いつ発売？　ねぇねぇねぇ！！
　防水加工版とか作らないの？　っていうか作ってよ！　ね？　良いでしょ？
　え、そういう予定は未定？　イヤイヤイヤ、そこは頑張ってよ！　頑張ろうよ！
　だって、海にはマーメイドとか、シー・スライムとか、スキュラとか、私達とか、シー・ビショップとか、その他にもまだまだ人間のみんなが知らないような魔物がいっぱいいるのよ？
　そんなみんなのステキな愛と恋のために、そこはグッと気合を入れて頑張ろうよ！

　って言うか、ステキなお話とニュースを聞かせてくれたお礼に、私の血をあげるわ！
　いつもは可愛い小瓶サイズなんだけど、あなたには特別にワインボトルサイズでプレゼントしちゃう！
　これをゴッキュゴッキュ飲んだら、たぶん三世代先の魔王登場まで生きられる勢いよ！！
　血の匂いが気になるなら、デミグラスソースとかカレーとか、味付けのハッキリしたものに混ぜちゃえば良いの！
　そしたらもう、スイスイいけるから！　うん！

　……ん？　え？　要らないの？
　いやいやいや、遠慮なんて無用よ？　だってこれは、私からの気持ちみたいなものだし。
　自慢じゃないけど、これだけの量をお金で買おうとしたら、ちょっとした宮殿の建設費くらいにはなるわよ？

　いいえ、今日は無理を申して取材にご協力いただくのですから、頂戴する訳にはいきません……ですって？
　うぅ〜ん、なるほど！　ますます気に入ったわ！
　いいのいいの！　遠慮せず持って行っちゃって！　うんうん！

　……んふふ〜、でね、どうしても申し訳ないなぁと思うのならぁ〜♪
　さっき言ってたその本の防水加工版を、私のためだけに一冊か二冊作ってくれたら嬉しいんだけどなぁ〜。
　受け取り方法とかは、後でゆっくり詰めて行くとして……ね？　ダメ？
　あなたの会社の本の事、海の仲間達にもタップリ宣伝しておくから！　ね？　お願い！


　ふぅ、さてと……それじゃあ、何のお話をしましょうか？
　堅苦しい事を言っても頭が痛くなるだけだし、やっぱりここはアレ系がいいかな？

　たぶん知ってると思うけど、私達メロウは恋愛のお話が大好きなのね。
　そうそう。人間の女の子達が言う所の『コイバナ』ってやつ。
　可愛らしい初恋話から、肉と汁が交じり合うグッチョングッチョンのエロトークまで、ド〜ンと幅広く何でも来いって感じなのよ。

　あと……これはあんまり大きな声じゃ言えないんだけど、人様の『最中の様子』を見るのも、まぁ、嫌いじゃないのよねぇ〜♪
　ほらほら、人間のみんなも、飲み物や焼き菓子を片手に観劇したりするでしょ？
　で、熱い戦いのシーンには手に汗を握るし、恋人達の抱擁のシーンには胸がキュンとしちゃうでしょ？
　私達メロウにとってアレは、まさにそんな感じなのよ。

　……ふぇ？　ちょっと違うような気がするって？
　いやいや、何も違わないわよ。強いて言うなら、手に汗を握る代わりに、大切な所がジュンと来ちゃうって事くらいかな？
　そうして火照った体を一人で慰め終わった後の倦怠感も、人間のみんなには理解してもらえると思うしね。

　いや、ほら、人間の男の子って、放出した後は賢者みたいな不思議な精神状態になるんでしょ？
　それ、私にもよぉ〜くわかるんだなぁ。

　ちなみにこの情報は、去年ナンパした漁師の人から聞いたの。
　あの人は、なかなか良い男だったわ……でも残念ながら、既婚者だったのよねぇ〜。
　良い男は辛抱堪らなくなるくらい大好きだけど、その人の家族に迷惑をかける気はないからね。
　全てのメロウがそうって訳でもないけど、私の場合、その辺の筋は通すのですよ。うんうん。
　

　おっと、ゴメンゴメン。話がズレちゃったわね。
　え〜っと……うん。

　シー・ビショップって、見た事ある？
　うん、それそれ。ポセイドン様に仕える神官で、婚礼の儀を通じて、人間の男性を海で生きていけるように変化させられる子達ね。

　私には、そんなシー・ビショップの知り合いがいるんだけど……これがまた、心の優しい本当にいい子なのよ！
　世界中の海を旅するっていう仕事柄、年に一回くらいしか会えないんだけどね。でも、会う度に色々な国の話や儀式の話を聞かせてくれて、とっても楽しいの。

　でも、彼女には一つだけ注意すべき点があってね。
　それは、【絶対にお酒を呑ませちゃいけない】ってこと。
　人間にも、お酒が入った途端にとんでもなく豹変するのがいるでしょ？
　実は彼女も、そういうタイプなのよ。これが。

　三年ほど前、血のお礼にってスキュラから年代物の良いワインを貰ったの。
　で、それを彼女と一緒に開けたんだけど……だんだんその目がすわって来ちゃってねぇ。
　残念ながら当時も今も、私達は未婚のコンビで、「いつかきっと、ステキな人とめぐり会えるよね！」なんて語り合ってたんだけど……

「だいたいね、アタシだって辛いんスよ！　毎回毎回、幸せそうなお二人の前で粛々と儀式を進めていかなきゃいけないんスよ！　ね！　わかるっしょ！？　わかるっしょや、こん気持ちが！？」
「あぁ〜……うん。わかるよ。すごくわかる」

　ほら、シー・ビショップの儀式って、要は男女のアレじゃない？
　彼女は、目の前で儀式完了までず〜っとそれを見せ付けられる訳よ。甘い声も、肉と汁の衝突も、二人の匂いも、全部まともに届いて来る訳よ。

　でもやっぱり、あくまでも儀式は儀式でしょ？
　当然の事として、守るべき手順やら、通わせるべき魔力やら、唱えるべき言葉やら、取るべき振る舞いやら、色々とあるらしいのよ。きちんと集中しなきゃいけないらしいのよ。
　けれどもやっぱり、自分の目の前では激しく愛を交換してる二人がいる訳で……。

「そりゃね、お二人には幸せになって欲しいっスよ！　素敵な海での暮らしをお約束したいっスよ！　でもね、アタシにだって幸せんなる権利はあるっしょや！？　まぐわう権利もあるっしょや！？」
「うん、まぁ、そりゃ絶対あると思うよ。うん」
「ね？　そうっしょ？　でも……何でアタシの前には良い男が来ないんかね？　近くで溺れてたら、矢よりも早く助けに行くっつぅのよ！　バッシャバッシャ泳ぐっつぅのよ！」

　ポセイドン様に仕えるあんたが、溺者の出現を願ってもいいのか？
　……なんて疑問、恐ろしくて口に出来るはずも無かったわ。
　まぁとにかく、彼女が心の中に抱えてた疑問やら、欲求不満やら、その他諸々の問題は、それほどまでにたっぷり蓄積してたって事ね。

　ん？　その後の彼女？
　あぁ、それはそれは荒れたわよ。夜明けまでガッツリ付き合わされたこっちは、心底ゲッソリよ。
　しかも彼女、酔いつぶれて寝ちゃって……目を覚ましたら、自分が何を口走ったのか全部忘れてたからね。

「あ、頭が、割れるように痛いのですが……わ、私は、一体……？」
「……イヤ ベツニ ナニモ ナカッタ デスヨ？」
「ど、どうしてそんな、死んだお魚さんのような目で私を見るんですか！？」
「……イヤ トクニ ソンナ ツモリハ ナイデスヨ？」

　品行方正なシー・ビショップも何かの拍子に豹変すると言うべきか、それとも神官としてのベールの向こうには、ごくごく普通の女の子としての顔があると言うべきか。
　とりあえず、大人しい奴ほどキレると怖いってあれは、一つの真理なのかもね。


　……う〜ん。
　こんな変な話ばっかりしてるから、『海の魔物連中は、何を考えてるのかよくわからん』とか言われるのかな？

　じゃあ、ちょっといい話でもしましょうか。
　これは、去年の出来事なんだけどね。

　西方の国の大金持ちが、無駄に大きくて豪華な船を作ったのよ。
　で、自分の家族や親戚、友人知人の類を乗せて、諸国周航の旅に出たの。
　私達には何でもない事だけど、人間のみんなにとって海の旅っていうのは、それなりの危険が伴うものよね。
　だけど、その大金持ちが作った船は、現在考えられる最高の技術を全部投入して、とびきり頑丈に組み上げたんだって。

　だから、旅の中身は優雅そのもの。
　カモメの声で目を覚まして、青空の下で食事をして、夕暮れの美しさに息を飲んで、夜には輝く星に見守られて……それはそれは安全かつ快適な航海だったらしいわ。

　でもねぇ……いくらよく出来た船でも、その中で過ごしているのは生身の人間なのよ。
　当然、予想外の事態に直面する事もあるってワケ。

「あっ……」

　ある日のお昼前。
　そんな声と共に、船内で一人の人間が倒れたの。
　大金持ちの親戚にあたる、まだ四歳の可愛い少年よ。
　一応、船には看護師が乗り込んでいたんだけど……みるみるうちに顔面蒼白なって、呼びかけにも応えなくなっていくその様子に、成す術が無かったらしいわ。

「お坊ちゃまの容態は深刻です。出来るうる限り速やかに、病院への収容と治療が必要です！」
「しかし……そうは言っても、次の港まではどんなに急いでも丸一日以上はかかるぞ……」

　間の悪い事に、その子はどの港から見ても一番遠い、沖合いの場所で倒れちゃったのよ。
　船内は、予想外の緊急事態に大騒ぎになったんだって。

　だけどそこに、これまた全く予想外の救い主が現れたのよねぇ。


「何か騒がしいわね。どうしたの？　お困りごと？」
「うっ、うわぁ！？　なっ、何だお前はっ！？」

　沖合いを航行中の船に音も無く忍び込んで、ごく普通に会話できる者……そう、スキュラよ。

「何だお前はって言われてもさぁ。アタシのこの足を見ても、わかんない？」
「くっ、こ、この化け物め！」
「む。見慣れないめずらしい船だから見学に来ただけなのに……超失礼ね、あんた達」

　手に手に銛やオールを持って取り囲んだ船員達にも、スキュラは全く怯まなかったの。
　それどころか、あの吸盤が付いたたくさん足を自在に操って、全員の手から一本残らず武器を絡め取っちゃったのね。

「うっ、く……き、貴様ぁ……！」
「ふ〜ん。その反抗的な目と態度からして……あんた達、さては魔物嫌いの国から来た人間ね？」

　海は大きくて、世界は広い。
　だからそこには、色々な人間がいて、色々な国があって、色々な価値観がきらめいてるの。
　例えば、私達魔物と真摯に向き合ってくれる人がいる一方で、私達の存在そのものを許せない人もいる……ってな調子でね。
　で、残念ながら、その大金持ちの国は後者のタイプだったのよ。これが。

「出て行けっ！　この船は、貴様のような不浄の者がいる場所ではないっ！！」
「……へぇ〜？　あぁ、そう。そうなんだ。ふぅ〜〜ん？」

　剥き出しの敵意を隠そうともしない船員達に、スキュラの方もカチンと来ちゃったのね。

（食料をゴッソリいただくついでに、こいつらにはちょっと痛い目を見てもらおうかなぁ〜。あと、良い感じの男も何人か攫っちゃいましょうかねぇ〜）

　心の中でそう決めてしまえば、あとは速攻。
　哀れ、職務に忠実な船員達は、スキュラの恐ろしさを知る事に……。

（それじゃあ、そろそろ参りましょうか）

　ニヤリと不敵に微笑んだスキュラが、身を低くして一気に飛びかかろうとした、その時！

「お待ちになって！」

　そんな凛とした、女性の声が響いたの。
　驚いたスキュラは、吸盤をフル活用して急停止。
　睨み合っていた船員達も、目を丸くしながらその声の方を見たらしいわ。

「どうか、どうかお待ちになって、魔物の方！」
「マ、マダム、いけません！　ここは危険です！　お下がりください！」

　船員達の背後に現れたのは、長い髪の美しい女性。もちろん、人間よ。
　彼女は制止の声と腕を振り払い、スキュラの前に立ち……そして、深々と頭を下げたの。
　その行動には、スキュラを含めたその場の全員が再びビックリよ。
　でも彼女は、そんな視線に構う事なくこう言ったの。

「あなた様は、スキュラの方……ですね？」
「え、あ、うん。そうだけど？」

スキュラの方はすっかり虚を衝かれちゃって、目を白黒させるばかりよ。

「あなた様に、お願いがあるのです。どうかお聞き下さいませ」
「ん？　あ〜……うん。何だかよくわかんないけど、まぁ、聞くくらいなら」

　その言葉に、彼女はもう一度深々と頭を下げたんだって。

「ありがとうございます。実は、私の妹の子供が、病に倒れてしまったのです」
「あぁ……何だか騒がしかったのは、それが原因だったのね？」

　スキュラの問い掛けに頷きながら、彼女は言葉を続けたの。

「はい。私の親族は、全員その子の世話に懸かりきりになっています。すぐにお医者様に診せたいのですが、最寄りの港までは大きな距離があって……」
「う〜ん。ここからじゃ、確かにねぇ。結構なもんよねぇ」

　スキュラは攻撃や略奪の気持ちをすっかり無くして、腕を組みながらうんうんと唸ったの。
　どこまでも真剣な彼女の瞳が、スキュラの精神状態を変えてしまったのね。

「はい……そこで、無理と無礼を承知で、あなた様にお願いがあるのです」

　そうして彼女が発した言葉に、その場にいた全員が度肝を抜かれたのよ。

「あの子を港まで、病院まで、運んで行っては下さいませんか？　海の魔物の皆様は、人間の想像を超えた速さで泳ぐ事が出来ると聞きました。事態は一刻の猶予もないのです。どうか、どうか、心からお願いいたします……！」

「えっ！？　ちょっ、あんた、メチャクチャ言うわね！？」
「マ、マダム！？　お、お気を確かにお持ち下さい！　こんな魔物にお坊ちゃまを託すなどと！」

　さっきまで睨み合っていた両者が、あっという間に仲良く同意見よ。
　けどまぁ、確かに彼女の言い分は大胆すぎるし、突然すぎるし、無茶苦茶すぎるわよね。

「あんた達は、アタシら魔物が大嫌いな国の人間なんでしょ？　それなのに、そんなデタラメな事を言い出すなんて、一体どういうつもりなのよ？」

　サッパリ意味がわからない……という顔で、スキュラはそう言ったの。
　すると彼女は小さく首を振り、とても悲しそうな顔で答えたそうよ。

「確かに、私達が暮らす国は、魔物の皆さんに対して敵意を抱いています。ですが、私は……そんな考え方は間違っていると、そう思っています。人と魔物は、絶対にわかり合えるはずだと！」
「ふ〜ん……どうしてそう思うの？」

　そんな言葉は信じられないとばかりに眉を潜めたスキュラへ、彼女はとある国の名を告げたの。
　そして、自分はその国で生まれ育ち、現在の土地へと嫁入りしたのだ、とね。
　その告白に、スキュラは合点がいったという様子で口を開いたのよ。

「なるほど……あんたは、魔物友好国の生まれなのか。だからアタシにも礼儀を忘れないし、さっきみたいな無茶も言う訳ね」
「はい。船員達の非礼も、心よりお詫びいたします……」
「あぁあぁ、そんなペコペコしなくても良いってば。そっかそっか、そういう事だったのかぁ〜」

　そうしてスキュラは腕を組み直し、何やら真剣な表情で考え込み始めたの。
　彼女は祈るような表情で、船員達は事の展開に全くついていけないという顔で、そんなスキュラを見つめたそうよ。

　で……一分ほどの後、スキュラは彼女に向かってこう言ったの。

「港までは相当の距離があるから、他の魔物連中との共同リレー作業になるわ。そこんところ、理解してね」
「……はい！　もちろんです！」
「あと、アタシ達魔物がその子を運ぶという事実を、周りの連中にきちんと説明して納得させること。善意で協力したのに、『誘拐だ！　銛を放て！』なんて裏切られちゃ堪んないからね」
「はい！　お約束します！　私の命に代えてでも、みんなを絶対に説得します！」
「あと、最後に……」

　スキュラはそこで言葉を切って、瞳に涙を浮かべている彼女へ茶目っ気たっぷりに告げたそうよ。

「見事にその子の命を助けた後で、アタシにいい男を紹介すること。一応これでも、お年頃の娘さんだからね、アタシはさ」

　彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、それからクスクスと笑って、その要求を請け負ったの。

「はい、承知いたしました。素敵な殿方をご紹介する事をお約束します！」


　その後、スキュラは甲板で静かに待ち続けたそうよ。

　船内からは大きな声で言い争う様子が伝わって来たけど、それに心を乱される事も無く、ただ吹き抜ける潮風に身を任せていたのね。
　自分の意思は、彼女に伝えた。
　だから後は、彼女が皆を説き伏せ、一つの命のために一致団結出来るか否かだ、と。

　そうして二時間ほどが経った頃……彼女が、簡易潜水服を着せられた少年を抱きかかえてやって来たの。

「みんな、納得してくれた？」
「はい。少し……いいえ、とても大変でしたけれど」

　ほんの僅かの間であるはずなのに、彼女の顔はやつれたように見えたんだって。
　スキュラはその言葉に優しく微笑み、甲板へと続く出入口からこちらの様子を伺っている人間達を見たそうよ。

　ある者は、とても心配そうな顔をしていた。
　ある者は、汚らわしいものでも見るかのような顔をしていた。
　ある者は、願いのこもった瞳と共に、こちらへ縋り付くような顔をしていた。

「あれが、あんたやこの子の家族？」
「……はい。失礼な態度を、どうかお許し下さい」
「フフフ、別に怒っちゃいないわ。むしろ、楽しみで面白いくらいよ」

　その言葉の意味を測りかね、首を傾げる彼女から、スキュラは少年の体をそっと受け取ったの。
　そして、運び込む港の名前を確認した後、出入口の人々へ大きな声でこう告げたそうよ。

「私は、スキュラ！　誇り高き海の魔物！　心ある人間との盟約に従い、この少年の命を助ける！　我ら魔物を愛すも憎むも、人間の自由！　我らはただ、己の意志と存在に恥じぬ生き方を貫くのみ！！」

　迷いの無い、高らかな宣言。
　出入口の人間達は、硬直して動けなくなったんだって……ま、当然よね。あっちとこっちじゃ、そもそもの心意気が違うもの。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるわ。港で会いましょう」
「はい……！　よろしくお願いいたします！」

　祈りのようなその言葉に、スキュラはニッコリと笑顔で応え、ひらりと海へ飛び込んだの。


［ 第一泳者 ： スキュラ ］

「う〜ん。カッコつけて泳ぎ出したのは良いけど……ちょっと難しいわね、これは」

　当然の話だけど、私達海の魔物は、水の中で溺れることも窒息することも無いわ。
　だからいくらでも泳いでいられるし、いつまでも潜っていられるの。
　だけど……人間は違う。
　シー・ビショップの儀式を受けた後ならともかく、普通の人間はいつか沈むし、海中では息が出来ない。
　こればっかりはどうしようもない、自然の仕組みよね。

　預かったその少年もまた、海の中では息が出来ない。
　さらに、子供用の簡易潜水服を着せられているとはいえ、意識が混濁している病人を海水に浸け続ける訳にもいかない。
　少年の体を抱え上げ、海面から出して泳ぎ続けるのは、さすがのスキュラでも骨が折れる行為だったみたいね。

「けどまぁ、無理って話でも無いか。コツさえ掴んじゃえば、どうにかなりそうだし」

　実際、スキュラの泳ぐ速度はどんどん上がっていったの。
　海の魔物の血とあのたくさんの足は、伊達じゃないってことね。

「潮の流れも利用しちゃえば、余裕余裕。頑張んなさいよ、お坊ちゃん！」

　そうして帆を張った船の数倍の速度を得た頃……スキュラは、今一番会いたかった相手の姿を見つけたのよ！


［ 第二泳者 ： シー・ビショップ ］

「おぉ〜〜い、神官さぁ〜ん！　神官さんってばぁ〜〜っ！！」
「え……！？」

　大声を発しながら物凄い勢いで接近して来るスキュラには、さすがのシー・ビショップもびっくりしたみたいね。

「ハァハァ……勢いがつきすぎて、なかなか止まれなかったわ」
「い、一体、どうなさったのですか！？　何かお急ぎの……あら、そのお子様は？」

　目を白黒させながら問いかけるシー・ビショップに、スキュラは事の経緯を伝えたの。
　……あ、ちなみにこのシー・ビショップは、さっき話した酒癖の悪いのとは別の神官だからね？

「って事で、神官さんの力を借りたいのよ」
「なるほど、それは一刻を争う事態ですね。私はてっきり、スキュラさんが溺者の方を誘拐して来たのかと……」
「……ちょっと待ってよ。溺れてる人間に色々するのは、神官さんの方が得意でしょうよ」

　そんなスキュラの言葉に、「あら、心外ですわ」とか何とか応えながら、シー・ビショップは少年の体をそっと優しく受け取ったの。
　そして何のためらいも無く、その唇に濃厚なキスをお見舞いしたのよ！

「……ほぉ〜ら。やっぱり得意なんじゃないの。そんな幼い人間にまでブチュ〜っとさ」
「んっ……ウフフ、それは大いなる誤解ですわ。はい、もうこれで大丈夫ですね」

　シー・ビショップの名誉のために言っておくけど、そのキスは性的なイタズラなんかじゃないからね？
　キスを通じてポセイドン様の魔力をいくらか注入して、一時的に水の中でも呼吸が出来るようにしたのよ。
　性欲全開モードに入ったシー・ビショップは確かに凄いけど、いたいけな子供を襲うような変態ではないから安心してね。

「ま、意味はわかってるからいいけどさ。それじゃあ神官さん、お願い出来るかな？　アタシも少し休んだら、すぐに追いかけるから」
「はい。ここでこうして出会ったのも、ポセイドン様のお導き。この少年の尊い命、私が責任をもってお預かりいたします」
「うん、ありがとね。アタシは信心深い方じゃないけど、今日ばかりはポセイドン様に感謝感謝だ。お坊ちゃん、お前さんは本当に運が良いよ」

　そしてスキュラは少年の額にキスをして、シー・ビショップを見送ったの。


［ 第三泳者 ： シー・スライム（双子） ］

　温厚で献身的な性格のシー・ビショップだけど、彼女達も立派なマーメイド種だからね。
　一たび本気を出せば、その泳ぐ速さは荒々しさすら感じさせるほどの立派なものよ。

　さらに、ポセイドン様から授けられた神官としての力には、サメやシャチといった海の荒くれ者達も道を譲るの。
　少年の体をしっかりと抱きしめ、海中を矢のように突き進んでいくシー・ビショップの姿は、相当にカッコ良かったでしょうね！

　そうして泳ぎに泳ぎ、進みに進みに、少し疲れを感じ始めた頃……新たな頼れる仲間が登場したのよ。

「「しんかんさん　しんかんさん　そんなにいそいで　どこいくの？」」
「あら、あなた達は……」

　数分間の休憩のために止まったシー・ビショップのもとへ、フワフワゆらゆらと双子のシー・スライムがやって来たのね。
　そんな二人に、シー・ビショップは事の経緯を説明すると……。

「「まかせて　まかせて　つぎは　わたしたちの　でばん　でばん」」
「お願いしてもよろしいのですか？」

　その問いかけに双子はコクコクと頷き、スライム種ならではの技を見せたの！

「「ここに　そのこを　のせていくよ　あんしん　あんぜん　だいじょうぶ」」
「まぁ！　さすがはシー・スライムさんです！」

　ほら、シー・スライムの下半身には、人間のスカートみたいになってる部分があるでしょ？
　なんと双子は、お互いのその部分をグニュっと合体させて、少年を抱え込むカプセル状に変化させたのよ！
　陸のスライムのように『何でもかんでも自由自在』って訳じゃないけど、既にあるものをある程度融通させる事は出来るって訳ね。

「「では　では　そのみなと　めざして　しゅっぱつ　しんこう」」
「はい、私も後から追いかけますから、よろしくお願いしますね〜！」

　シー・ビショップから行き先を伝えられた双子は、仲良く手をつないでフワリと出発したの。


［ 第四泳者 ： マーメイド ］

　シー・スライムって、いつもフワフワゆらゆら頼りなく海を漂ってる印象があるでしょ？
　実際、あの子達は泳ぐことよりも、潮の流れに身を任せることを好む傾向にあるみたい。
　でもね……それは【泳げないから漂っている】のではなくて、【必要ないから泳がない】ってだけなのよ。

　彼女達もまた、立派な海の魔物なの。
　スキュラやシー・ビショップが力強い『動の泳ぎ手』なら、彼女達は海のうねり、自然の力を利用して突き進む『静の泳ぎ手』ってワケ。

　手と足、残しておいたスカート部分を巧みに動かしながら、潮の流れを完璧に読みきり、最小の力で最大の速度を得る……。
　彼女達の泳法を真似することは難しいけど、あの効率的なスタイルは大いに見習いたいわね。

　そうして最大速度に乗った双子のシー・スライムは、しばらく順調に進んだ後、ほころびかけた合体部分を直すため、一旦停止する事を決めたの。

「「あれ　あれ？　なんだか　ちょっと　くるしそう……？」」

　だけど、そこで問題が発生したのね。
　双子のカプセルに包まれている少年が、眉間にしわを寄せて苦しげな表情を浮かべていたのよ。

「「いけない　いけない　いそがなきゃ」」

　もしかすると、病状が悪化したのかもしれない……。
　そうして慌てながら再出発しようとした双子の耳に、誰かの優しい歌声が届いたの。

「「あら　あら？　これは？」」
「♪　♪　……ん？　シー・スライムさん？　ごきげんよう」
「「はい　はい　ごきげんよう　でも　でも　ちょっと　まって」」

　綺麗な青い髪を遊ばせながら前方から泳いで来たのは、歌の上手なマーメイドだったのね。
　それを確認したシー・スライムは、その好機を逃すまいと一生懸命に手招きをしたの。
　そして、不思議そうな表情で近づいてきたマーメイドに、事のあらましを説明したそうよ。

「「だから　だから　てつだって　このこを　はこんで　うたって　あげて」」
「なるほど、そういう事だったのですか。もちろん、喜んで協力させていただきます！」

　そう言ってマーメイドは自分の胸をぽんと叩いて、双子のお願いを聞き入れたの。
　さらにカプセルから少年を抱き上げ、心癒されるような子守唄を歌ってあげたんですって。

　すると……あら不思議。
　苦しげに歪んでいた少年の顔は見る見るうちに穏やかになって、可愛い寝息を立て始めたっていうじゃない。
　いやはや、マーメイドの歌って神秘よね。

「「では　では　よろしく　おねがいね　ほんとに　ほんとに　ありがとう」」
「はい！　頑張ります！」

　少年の頭を優しく撫でる双子に微笑んでから、マーメイドは尾びれをしなやかに動かしたの。


［ 最終泳者 ： メロウ ］

　私達メロウとマーメイドに共通した悩み。
　それは、血を求めて問答無用に襲い掛かってくる不届き千万な人間の存在。

　ある者は船から銛や矢を放ち、またある者は港や磯、浜辺なんかに卑劣な罠を仕掛け……本当、腹が立つやら、悲しくなるやらよ。
　まぁ、大抵の場合は逃げ切れるし見抜けるんだけど、中にはとことんしつこい奴もいてねぇ。
　船に魔術的な細工を施して、延々と追いかけて来たりするのよ。まったく。

　で、そんな馬鹿の魔の手から逃れるために努力した結果……私達は、さらなる泳ぎの上手さと速さを手に入れたってワケ。
　正直、ちっとも楽しくない経緯なんだけどね。
　けれども、まぁ……この少年を助ける一件においては、そうして身につけた泳ぎが大いに役立ったわ。

　マーメイドは少年の体を愛情と共に抱きしめ、癒しの歌もプレゼントしながら目的地を目指したの。
　幸いな事に、変な人間と出会わず、やっかいな潮にも邪魔されず、グングンと加速できたそうよ。
　もともと、マーメイドは人の痛みを理解できる純粋な心を持った種族だからね。
　自分の胸の中で病魔と闘っている少年の苦しさも、理解してあげていたんじゃないかなぁ……。

「ハ〜イ、久しぶりね。その子、どうしたの？　あんたの子供……って訳でもないか？」
「あら、モモさん！　お久しぶりです。ごきげんよう！」

　そして、最後に真打として登場したのが、何を隠そうこの私。
　メロウのモモさんって訳なんだなぁ〜、これが♪

　私は、マーメイドと併走しながら問いかけたの。

「で？　こんなに急いでどうしたの？　っていうか、その子、息出来てんの？」
「はい、実は……」

　そうしてマーメイドは、私に問題の流れを伝えてくれたわ。
　だから私は、頷きながらこう言ったの。

「なるほど、そういう事だったのね。納得したわ」
「はい。モモさんも……お手伝いしていただけますか？」
「当然！　それにあの港には、顔見知りの自警団員もいるしね。私が引き受けた方が、色々と都合が良くなると思うわ」
「そうなんですか！　では、是非是非お願いします！」

　そして私達は、泳ぎの速度を全く落とさないまま、少年の受け渡しを行ったの。
　海の中は、私達の本拠地だからね。そんなのは簡単な事なのよ。

「それじゃ、委細承知したわ。飛ばすわよぉ〜！！」
「よろしくお願いします！　頑張ってください！」

　マーメイドの言葉にウインクで応えて、私は一気に加速したの。
　到着した後の段取りなんかも、しっかりと考えながら、ね。


　これが、スキュラが出発してから数時間の出来事。

　そう。人間では丸一日以上かかる距離を、海の魔物である私達は、そのほんの何割かの時間で泳ぎきってしまったのよ。
　……どう？　なかなかのもんでしょ？

　港に到着した私は、海面から顔を出してあたりを見渡したの。
　そして、運良くパトロール中だった顔見知りの自警団員を発見したのよ！

「ねぇねぇ、ちょっと団員さん！　こっちに来てよ！」
「ん？　うん？　どこだ！？」
「こっちよ、こっち！　海の方だってば！」

　するとその自警団員は、ポコポコという小気味良い蹄の音を鳴らしながら、こちらの方へと近付いて来たわ。

「急病人よ、急病人！　細かい事情は後で説明するから、とにかくこの子を病院へ連れて行って！　団員さんの足なら、あっという間でしょ？」
「急病人！？　その子供を一体どこで……！？」
「だから、事情は後から説明するから、さっさと走って走って！！」

　そして私は防波堤ぎりぎりまで近づいて、少年の体を自警団員……顔見知りである、ケンタウロスの彼女へ渡したの。
　彼女は何が何やらという顔をしてたんだけど、その子の様子を見て、これはただらぬ状態だと理解したのね。
　一言、「任せろ！」とだけ言い残して、突風のような勢いで駆けて行ったわ。

　遠ざかっていく背中と蹄の音を確認しながら……私は、「ふぅ」と大きく息をついたの。
　それは安堵であり、心地良い疲れであり、一つの達成感であり。
　本当に、色々な感情が詰まった一息だったわね。


　え？　その後の出来事について？

　うん、もちろんお話しするわよ〜。
　……私にとっては、ちょっと残念な結果になっちゃったんだけど。

　ん、ゴホン、ゴホン……まず、みんなで運んだ少年は、無事に一命を取り留めたわ。
　お医者様曰く、「到着があと数時間遅れていたら、まず助からなかっただろう」ですって。
　これはもう、私達海の魔物の完全勝利って感じよね。

　で、次に大金持ちご一行様について。
　沖で計算していた通り、ご一行様の船が入港したのは、それから丸一日以上経ってからの事だったわ。
　つまり、あの女性がスキュラに頭を下げなければ、少年の命は……って事ね。

　私の後を追うように次々と到着した海の面々とご一行様は、防波堤の上と下とで向き合ったの。

　あちらさんの精神状態は、ものすごく複雑だったでしょうね。
　魔物に対して敵対的な国からやって来た人間が、自分の大切な親族をその魔物達に助けられた。
　『不浄の者』とまで断じた私達がいなければ、最悪の結末が待っていた。
　しかも、この港は、この国は、魔物友好国として名高い場所……。
　何と言うか、あちらさんにとっては【完全敵地】って感じの状況よね。

　でもね……ご一行様も、なかなか捨てたもんじゃなかったのよ。
　全員を代表して、船を作った大金持ちのおじさんが一歩前へと進み出て、こう言ったの。

「あなた方がいなければ、我々はかけがえの無い命を失っていた。魔物という存在に対して理解も親しみも持たなかった我々を、あなた方は助けてくれた。心より、感謝とお詫びの気持ちを捧げたい。この通りだ……」

　そしておじさんは、深々と頭を下げたわ。
　すると、親族や船員の人達も同じように頭を下げて気持ちを伝えてくれたのよ！

「どうぞ顔をお上げください。尊い命が救われ、不幸な誤解が解けた……それだけで、もう十分に素晴らしいことではありませんか」

　シー・ビショップの言葉に、マーメイドとシー・スライムが続いたわ。

「神官さんの仰るとおりです。困った時はお互い様。そこに、人間も魔物も関係ありませんわ」
「「そうだね　そうだね　ともだちになろうよ　なかよくしようよ」」

　二人の言葉にうんうんと頷きながら、スキュラがあの女性に向って、イタズラっぽく訊ねたの。

「さぁ〜て、こっちは約束を果たしたわよ？　今度は、あなたがそれを守る番じゃないかしら？」
「……約束？　何か決め事でもあったの？」

　その質問の意味がわからなかった私は、スキュラの肩をツンツンとつつきながら訊いたわ。

「まぁね。アタシ達があの子を助ける代わりに、結婚相手になりそうないい男を紹介してよねって。そういう約束を交わしてたのよ」

　スキュラがそう言い終わるのと同時に……私達全員の目が、キュピ〜ンと光ったわ！
　何せ、今回の一件に関わった六人全員が未婚だったからね。
　みんなスキュラの周りにギュッと集合して、口々にこう言い合ったのよ。

「スキュラさん、あなたは本当に機転が利く方なのですね」
「「すきゅらさんのこと　『おねえちゃん』って　よんでいい？」」
「スキュラさん、今度ワカメが美味しいポイントをご紹介しますわ」
「やだもぅ、そういう事は先に言ってよぉ……でもグッジョブよ、グッジョブ！」

　先程までとは明らかに様子が変わった私達に、ご一行様はちょっとたじろいだんだけど……ザッという足音と共に、五人の精悍な船員達が進み出たの。
　そして、スキュラに少年を託したあの女性が、落ち着いた声で説明を始めたわ。

「もちろん、約束は守らせていただきます。この者達は、私どもの船を操る船員達……此度の出来事を通じ、海と世界の広さ、皆様の心意気、そして自身の見識の狭さを前向きに自覚した者達です」

　女性がそう言い終わるのと同時に、船員達は次々と口を開いていったわ。

「数々の非礼、なにとぞお許しください！」
「皆様の無償の厚意を見て、自身の無知を知りました！」
「どうか我々に、海の世界の奥深さを教えてください！」
「皆様の眼鏡にかなうか否かはわかりませんが、俺は本気です！」
「海に生涯を捧げたいと願っていた自分には、皆様が必要です！」

　人身御供よろしく無理やり引きずり出された訳ではなく、彼らはきちんと自分の意思で名乗りを上げたのね。
　それなら、こっちも遠慮は要らない……んだけど、一つものすごい大問題があるわよね？

「……あれ？　五人だなぁ」
「はい。皆さん本当に逞しい素敵な殿方ばかりですが……五人ですね」
「「とっても　とっても　かっこいい　けど　ごにんだね」」
「私達が、六人。しかし……五人ですわ」
「一人余るよねぇ。だって……向こうは五人だもん」

　私達がもう少し厚かましい魔物だったら、「一人足りないわよ！」と吼えてたかも知れないわ。
　でも、向こうも色んな事を感じ、考え抜いた末の五人な訳でしょ？
　だから、そんな事は言える訳が無いしねぇ……。

「しょうがないかぁ。じゃあ、アタシが我慢するよ」
「いえいえ、それはいけません。神官である私が、我慢すべきです」
「「わたしたちが　ふたごだから　ごめんね　がまんするね」」
「皆さん、そんな悲しい事を仰らないでください。ここは、私が我慢いたしますわ」
「いやいや、だったら最後に関わった私が我慢するべきじゃないの？」


「 「 「 「 「 どうぞ、どうぞ！ 」 」 」 」 」


「ちょっと待ちなさいよ！　あんた達、本気でブッ飛ばすわよっ！！」

　……とか何とか、私達が謎のコント状態に陥り、それを見たご一行様が大笑いしている所へ、あの自警団員のケンタウロスがやって来たの。

「おぉ、ここにいたのか。皆さんもお揃いで」
「あら、団員さん？　どうしたの？」

　私が問いかけると、団員さんは爽やかな笑顔と共にこう告げたの。

「みんなの大活躍を是非取材させて欲しいと、街道ニュースの記者さん達が来ているぞ。あと、今回の一件に関する詳細な調書を作りたいので、港の向こう……そう、あの建物の所まで来てくれないか？」
「う……それって、私が行かなきゃダメ？」
「ふむ。話し上手で聞き上手な者が、一番取材には向いているだろうな。私としても、顔見知りの方が色々と詳細な調書を作れるので助かるのだが」

　頭の中で、ガーンという鐘の音が響いたわ。
　で、みんなの方へソ〜っと振り返ると……


「 「 「 「 「 どうぞ、どうぞ！ 」 」 」 」 」


「フンがぁ〜っ！　やっぱりあんた達、全員一回泣かすっ！！」」

　……そうして可哀想な私はその場を離れ、取材と調書作成に協力する事になったの。
　え？　みんなはどうしたって？
　そりゃあもう、全員幸せになりましたよ。
　こっちは、海の魔物。向こうは、海の男。しかも、シー・ビショップ付きよ？
　そんなの、出会い→語らい→まぐわい→結婚の一直線剛速球コースに決まってるじゃないの。

　あぁ……ポセイドン様にお会いできるなら、是非とも一度訊いてみたいわ。
　「私、何かいけない事でもしましたか？」って。グスん。


　ハァ……思い出したら、本当に泣きたくなってきちゃった。
　シー・スライムの所なんて、早くも子供が生まれちゃったしね。幸せまっしぐらよ。

　でもまぁ……フフフ。
　そうして心優しい仲間達が明るい未来を掴んでいくのって、素敵なことよね。
　私はちょっとした貧乏くじを引いちゃったけど、こういう役目の奴も必要でしょうし。
　そう考えれば、これはこれで悪くないかなって思えるわ。

　あぁ、あとあの大金持ちのおじさんも、色々と思うところがあったみたいでね。
　自分の国に戻った後で、魔物友好国への留学制度や、人間と魔物の関係を考える協議会なんかを私費で発足させたそうよ。
　国全体の考えを変える事は大変でしょうけど、それでも大きな一歩と言えるわよね。

　さぁ〜て、と……。

　私のお話は、だいたいこんな感じかな？
　これがどんな風に本になるのか、今からとっても楽しみだわ！
　最初に言ってた防水加工版、絶対にお願いね！

　あと、今からちょっと付き合わない？
　この近くに、とっても美味しい魚料理を食べさせるお店があるのよ。うん、魔物も人間も千客万来大歓迎なところ。本当に絶品だから！
　そこでグラスも傾けながら、まだまだいっぱいお話しましょ！　次は取材抜きで、ちょっとキワドイ内容のものも、ね？

　フフフ、今日も素晴らしい一日だわ！　さぁこっちよ、こっち！！