03
いきなりですが、私には好きな人が居ます。
ですが、その人は私を拒絶し、遠くの街へと去っていってしまいました。
……別に彼だけが悪いわけじゃありません。
確かに、あれだけ私はあの人を求めたというのに、あんな化け物を見たような表情で逃げなくても、とは思います。
でも、あの人はあんな状況に置かれ、いろいろと限界だったんでしょう。
見知った物が見知らぬ物へと、何の前触れも脈絡も無く、いきなり変わってしまって、そしてそのおかしさを認識しているのはあの場で自分一人だけ。
そんな混乱の極限に置かれた彼に、あのような行為をすれば、それはすなわちもう一センチも残っていない爆弾の導火線に火をつけるようなもの。
だから、彼だけが悪いわけじゃない。
彼も、私も、私を変えてくれたあの人も、そしてその時の状況も、全部がきっと悪かったんだと思います。
そうであって欲しいと……願います。
※ ※ ※
「好きなんでしょ? 告っちゃいなよ」
好きな人が居る。
そう友人に相談したら、帰ってきた言葉がこれだった。
簡単に言ってくれる。
「簡単に言われても……」
実際、口からもそんな言葉が出てきたわけで。
でも、友人はそんな私の言葉を聞いて、ため息一つ。
「はぁ……甘い、甘いよつむちー。ハチミツかけたシナモントーストより甘いよ。言葉にしなきゃ、思いは伝わらないんだよ? 黙ってても思いが伝わるなんて、そんなん漫画の世界だけだよ」
「ゆ、夢の無いお言葉……」
「黙らっしゃい。夢にかまけて現実で幸せつかめなきゃ意味ないわい。それに、もう悠長にしてる時間も無いでしょ? もうちょいで卒業よ? 私たち」
そう、そうなのだ。
既に私たちも卒業を控えた身。
もうすぐやってくる卒業式が終われば、それぞれはそれぞれの道を歩み始める。
その道が重なることなんて、非常に稀なのだ。
故に、友人の言ってることは分かる。
分かるのだが……
「それでも、そんな簡単に告白できてたら苦労は無いですよ」
そもそも、そんなにほいっと告白できるならこんなに悩むまでもなく、とっくに告白しているわけでして。
かといって友人の言ってることも分かるというこのジレンマ。
「……かぁー! だめね、だめだめね! そんなヘタレじゃ恋の戦争には生き残れないわよ!」
「せ、戦争って……」
「お黙り! 恋は戦争なのよ!? とるかとられるかの壮絶な争いなのよ! 今自分以外狙っていないと甘く見てると横から奪われる。そんな油断できない戦争よ、恋ってのは」
「は、はぁ……」
拳を握り力説する友人に、間の抜けた返事しか出来やしない。
恋って、そこまで壮絶な物なのだろうか?
私が思う恋って言うのは、そんなに切羽詰ったものじゃなくて……
でも、さっきも友人がいってたとおり、そんな恋は漫画だけの話なのかもしれない。
いや、実際そうなのかさえ分からないけど。
だって実際恋したのだって今回が初めてなんだし。
「……恋愛は戦争、かぁ……」
やっぱり、こっちから頑張らないと駄目なのかもしれない。
※ ※ ※
で、決意した結果。
「……駄目でした」
「このヘタレ子ちゃんめ」
「酷いです……」
結局告白なんて出来ませんでした。
いや、それどころか、変に意識しちゃったせいで、そもそも声をかけるという事自体出来なかったという、根本的な問題だったり。
……しゃあないんです。
私は悪くありませんし。
いざ普通に話しかけるってなった際、告白という二文字が脳内をよぎるどころか、とどまり、リズムよくタップダンスを踊るわけで、嫌でも意識せざるを得ない状況になり、結局ロクに話せないと言う状態になっちゃったんわけで。
悪いのはここぞという場面で頭に入り込んでくる告白という二文字のせいに違いない。
「いや、流石に意識しすぎでしょうに」
ぐうの音も出ない正論だった。
そして項垂れる卒業式後。
後は担任の最後の言葉を聞けばこの学校との縁も終わり。
そして、飛鳥さんと会えるのも……
「……はぁ……」
なんて
なんて自分は弱虫で、卑怯なんだろうか。
結局、勇気を出せなかったのは自分のせいなのに、勇気を出せなかった結果訪れたこの結末を認められないで居る。
それどころか、どこかの誰かがこの結果を覆してくれないかと他力本願にまで至る始末。
自分でなく、別な誰かに何とかしてもらおうと、私は考えているのだ。
ほんと……これを卑怯といわず、何を卑怯と言えばいいのだろうか。
まぁ、どうせ思うだけはただなんだし……と自己弁護を忘れない辺り、後ろ向きに念を入れる始末。
ちらりと横目で飛鳥さんを見る。
なにやら真剣に担任の最後の言葉を聞いている。
こんな卑怯なことを考えている自分とは大違いだ。
「あぁ……ほんとに、誰かどうにかして欲しいです……」
誰にも聞こえないくらいの小声で、自分でも無意識に呟いたその言葉は。
――いいでしょう。その望み、叶えて差し上げますわ。
「…………!?」
誰にも聞かれないはずのその言葉に、確かに返答が返ってきた。
思わず周囲を見渡す。
幻聴?
いや、まるで耳元で囁かれたかのような、それほど大きくない、でも、はっきりと聞こえた声。
そして、教室を見渡す私の目が、ある一点でとまった。
先ほどまで担任が居たはずの教卓。
しかし、今そこにいるのは担任ではなく、一人の女性。
その女性を見て、私は背筋に何かが走る。
――なんて……なんて綺麗な人。
同じ女でさえ、思わず感嘆のため息をこぼしてしまう程の美しさ。
その美しさたるや、湧き上がってきそうな嫉妬なんて感情さえねじ伏せ、いや、そもそもそんな俗な感情を抱かせることすら許さないほど。
その髪も、まるで宝石を糸のように束ねたかと錯覚するほどの輝きを持つ銀髪。
何故学校に無関係な人が居るのか、一体あの人は誰なのか。
そんな疑問さえ浮かぶ間も無く、私はその女性に魅了されていた。
その女性は優雅にお辞儀をしながら、その口を開く。
「始めまして。私、魔王軍第37進駐部隊隊長を務めております、ルシエラと申します。以後、お見知りおきを」
ルシエラ……それがこの人の名前……
誰に言われるでもなく、まるでそうすることが当たり前といわんばかりに、その名前が焼きつく。
ルシエラと名乗った女性は、お辞儀をしたままの状態から顔を上げる。
その顔は、まるで……
「そして私、あまり長々と説明などをすることが苦手ですの。ですので、簡単に一言だけ言わせていただきます」
――……堕ちなさい。望むがままに
その言葉と同時に、体に染み込んでくる何か。
その何かは私を中から変えていく。
「う……ぁ……」
熱い。
体の芯が、まるで燃え盛るかのように熱を発する。
そしてその熱を逃がそうとしているのか、無意識のうちに深く、深く息を吐く。
しかし、吐けども吐けども熱は逃がしきれず、それどころか熱が溜まる速度の方が速い。
それでも体は熱を逃がそうと息を吐き続ける。
それはまるで、犬の呼吸のよう出さえあるほどだ。
「あつい……あついです……」
熱は、とうとう我慢できる限界まで溜まる。
まさに熱に浮かされたように、あつい、あついと呟きながら、私は制服を脱ぎだす。
制服を脱いで……まだ熱い。
下着……コレも脱いじゃえ。
でも……まだ熱い。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い……!
ただそれだけが頭を埋め尽くしていた私は気付かなかった。
その熱が、ある部分に集中していくことに。
その部分とは、こめかみ、背中、尾てい骨の辺り。
そして……
「あつい……あついぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
その集まった熱は、ついに弾けた。
それと同時に、熱が溜まった各部からぬるりと現れるもの。
それは、角だったり、尻尾だったり、羽だったり……
熱がはじけた場所から少しずつ体が冷えていく感覚に、すこしは落ち着いたのか、私は自分の体を見下ろす。
大体は変わったようには思えない。
でも、分かる。
尻尾とか角とか羽とかが生えたとか、そういう視覚的な変化だけでなく、自分の中身も変わってしまったという事が。
そして、変わったことをこれっぽっちも怖がって居ないという事が。
そっか、これが……
「これが……魔物になるってこと……」
その言葉を口にすると同時に、先ほどとはまた違った熱が胸の奥からこみ上げてくる。
その熱は、やがてひとつの単語へ変わる。
――飛鳥さん
「……あはっ」
その熱は、私を急かすように湧き上がって来る。
その熱に操られるかのように、私はふらふらと千鳥足で、でも迷い無く歩を進める。
向かう場所なんて、ひとつしかない。
「まぁ、たとえ私の魔力の影響を受けないとしても、堕ちずには居られないでしょうね。ほら、あんなにあなたを求めている子が居るんですもの」
「え……?」
ルシエラ『様』と離している一人の少年。
その少年の肩越しに、ルシエラ様と私の視線がぶつかる。
――さぁ、望むままになさい?
――はい、ルシエラ様。
そして、その少年の背中に手を伸ばし、くいっと、弱弱しくもしっかり引っ張る。
気付いて。
ねぇ、気付いて……?
「あ、飛鳥さん……」
「小日向さ……っ!?」
背中を引っ張られたことにより、飛鳥さんがこちらへ振り向く。
間近で見る彼の顔に、思わず視線も潤む。
魔物の本能が囁くままに、男を誘い、魅了するような表情で。
ゆっくりと、彼の手を握る。
強く握り過ぎないよう、ゆっくりと、ゆっくりと。
「飛鳥さん……私、飛鳥さんが……」
ゆっくりと、ゆっくりと彼に顔を近づける。
……だから、私は気付かなかった。
私が近付くたびに、彼の表情がまるで恐ろしいものを見たかのように変わっていくのを。
それに気付かず、私は衝動のまま囁く。
――欲しい
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ、飛鳥さん!?」
「え、あ、ちょっと、あなた!?」
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その言葉を聞いたとたん、彼は叫びだし、私の手を振り払おうとする。
突然の事態に驚いたものの、私は彼の手を離すまいとする。
しかし、彼は私の手を振り払い、逃げるように教室から飛び出した。
「待ちなさい! 一体何を!?」
「飛鳥さん!? 待ってください、飛鳥さん!!」
一度は振り払われた手を伸ばし、叫ぶ。
でも、私の声は彼には届かず、彼は止まる事無く私の視界から消え去った。
「……なんで……どうして……?」
さっきまでの熱が嘘のように引け、それどころか体の芯に氷の棒を入れられたかのように冷えていく。
彼に拒絶された。
ただそれだけが頭の中を埋め尽くした。
しばらくの後、多少落ち着いたところでルシエラ様は私に話してくれた。
飛鳥さんは魔力の影響を受けて居なかったという事。
だから、魔力の影響を受けた周囲の状況に混乱してしまったのだろう。と。
だから、きっと時間を置いて落ち着けば大丈夫だろう。と。
でも彼は、冷静になって戻ってくるどころか、この町から立ち去ってしまった。
そして、それから戻ってくることは無かったのでした。
……あの日から5年たった、今日まで。
ですが、その人は私を拒絶し、遠くの街へと去っていってしまいました。
……別に彼だけが悪いわけじゃありません。
確かに、あれだけ私はあの人を求めたというのに、あんな化け物を見たような表情で逃げなくても、とは思います。
でも、あの人はあんな状況に置かれ、いろいろと限界だったんでしょう。
見知った物が見知らぬ物へと、何の前触れも脈絡も無く、いきなり変わってしまって、そしてそのおかしさを認識しているのはあの場で自分一人だけ。
そんな混乱の極限に置かれた彼に、あのような行為をすれば、それはすなわちもう一センチも残っていない爆弾の導火線に火をつけるようなもの。
だから、彼だけが悪いわけじゃない。
彼も、私も、私を変えてくれたあの人も、そしてその時の状況も、全部がきっと悪かったんだと思います。
そうであって欲しいと……願います。
※ ※ ※
「好きなんでしょ? 告っちゃいなよ」
好きな人が居る。
そう友人に相談したら、帰ってきた言葉がこれだった。
簡単に言ってくれる。
「簡単に言われても……」
実際、口からもそんな言葉が出てきたわけで。
でも、友人はそんな私の言葉を聞いて、ため息一つ。
「はぁ……甘い、甘いよつむちー。ハチミツかけたシナモントーストより甘いよ。言葉にしなきゃ、思いは伝わらないんだよ? 黙ってても思いが伝わるなんて、そんなん漫画の世界だけだよ」
「ゆ、夢の無いお言葉……」
「黙らっしゃい。夢にかまけて現実で幸せつかめなきゃ意味ないわい。それに、もう悠長にしてる時間も無いでしょ? もうちょいで卒業よ? 私たち」
そう、そうなのだ。
既に私たちも卒業を控えた身。
もうすぐやってくる卒業式が終われば、それぞれはそれぞれの道を歩み始める。
その道が重なることなんて、非常に稀なのだ。
故に、友人の言ってることは分かる。
分かるのだが……
「それでも、そんな簡単に告白できてたら苦労は無いですよ」
そもそも、そんなにほいっと告白できるならこんなに悩むまでもなく、とっくに告白しているわけでして。
かといって友人の言ってることも分かるというこのジレンマ。
「……かぁー! だめね、だめだめね! そんなヘタレじゃ恋の戦争には生き残れないわよ!」
「せ、戦争って……」
「お黙り! 恋は戦争なのよ!? とるかとられるかの壮絶な争いなのよ! 今自分以外狙っていないと甘く見てると横から奪われる。そんな油断できない戦争よ、恋ってのは」
「は、はぁ……」
拳を握り力説する友人に、間の抜けた返事しか出来やしない。
恋って、そこまで壮絶な物なのだろうか?
私が思う恋って言うのは、そんなに切羽詰ったものじゃなくて……
でも、さっきも友人がいってたとおり、そんな恋は漫画だけの話なのかもしれない。
いや、実際そうなのかさえ分からないけど。
だって実際恋したのだって今回が初めてなんだし。
「……恋愛は戦争、かぁ……」
やっぱり、こっちから頑張らないと駄目なのかもしれない。
※ ※ ※
で、決意した結果。
「……駄目でした」
「このヘタレ子ちゃんめ」
「酷いです……」
結局告白なんて出来ませんでした。
いや、それどころか、変に意識しちゃったせいで、そもそも声をかけるという事自体出来なかったという、根本的な問題だったり。
……しゃあないんです。
私は悪くありませんし。
いざ普通に話しかけるってなった際、告白という二文字が脳内をよぎるどころか、とどまり、リズムよくタップダンスを踊るわけで、嫌でも意識せざるを得ない状況になり、結局ロクに話せないと言う状態になっちゃったんわけで。
悪いのはここぞという場面で頭に入り込んでくる告白という二文字のせいに違いない。
「いや、流石に意識しすぎでしょうに」
ぐうの音も出ない正論だった。
そして項垂れる卒業式後。
後は担任の最後の言葉を聞けばこの学校との縁も終わり。
そして、飛鳥さんと会えるのも……
「……はぁ……」
なんて
なんて自分は弱虫で、卑怯なんだろうか。
結局、勇気を出せなかったのは自分のせいなのに、勇気を出せなかった結果訪れたこの結末を認められないで居る。
それどころか、どこかの誰かがこの結果を覆してくれないかと他力本願にまで至る始末。
自分でなく、別な誰かに何とかしてもらおうと、私は考えているのだ。
ほんと……これを卑怯といわず、何を卑怯と言えばいいのだろうか。
まぁ、どうせ思うだけはただなんだし……と自己弁護を忘れない辺り、後ろ向きに念を入れる始末。
ちらりと横目で飛鳥さんを見る。
なにやら真剣に担任の最後の言葉を聞いている。
こんな卑怯なことを考えている自分とは大違いだ。
「あぁ……ほんとに、誰かどうにかして欲しいです……」
誰にも聞こえないくらいの小声で、自分でも無意識に呟いたその言葉は。
――いいでしょう。その望み、叶えて差し上げますわ。
「…………!?」
誰にも聞かれないはずのその言葉に、確かに返答が返ってきた。
思わず周囲を見渡す。
幻聴?
いや、まるで耳元で囁かれたかのような、それほど大きくない、でも、はっきりと聞こえた声。
そして、教室を見渡す私の目が、ある一点でとまった。
先ほどまで担任が居たはずの教卓。
しかし、今そこにいるのは担任ではなく、一人の女性。
その女性を見て、私は背筋に何かが走る。
――なんて……なんて綺麗な人。
同じ女でさえ、思わず感嘆のため息をこぼしてしまう程の美しさ。
その美しさたるや、湧き上がってきそうな嫉妬なんて感情さえねじ伏せ、いや、そもそもそんな俗な感情を抱かせることすら許さないほど。
その髪も、まるで宝石を糸のように束ねたかと錯覚するほどの輝きを持つ銀髪。
何故学校に無関係な人が居るのか、一体あの人は誰なのか。
そんな疑問さえ浮かぶ間も無く、私はその女性に魅了されていた。
その女性は優雅にお辞儀をしながら、その口を開く。
「始めまして。私、魔王軍第37進駐部隊隊長を務めております、ルシエラと申します。以後、お見知りおきを」
ルシエラ……それがこの人の名前……
誰に言われるでもなく、まるでそうすることが当たり前といわんばかりに、その名前が焼きつく。
ルシエラと名乗った女性は、お辞儀をしたままの状態から顔を上げる。
その顔は、まるで……
「そして私、あまり長々と説明などをすることが苦手ですの。ですので、簡単に一言だけ言わせていただきます」
――……堕ちなさい。望むがままに
その言葉と同時に、体に染み込んでくる何か。
その何かは私を中から変えていく。
「う……ぁ……」
熱い。
体の芯が、まるで燃え盛るかのように熱を発する。
そしてその熱を逃がそうとしているのか、無意識のうちに深く、深く息を吐く。
しかし、吐けども吐けども熱は逃がしきれず、それどころか熱が溜まる速度の方が速い。
それでも体は熱を逃がそうと息を吐き続ける。
それはまるで、犬の呼吸のよう出さえあるほどだ。
「あつい……あついです……」
熱は、とうとう我慢できる限界まで溜まる。
まさに熱に浮かされたように、あつい、あついと呟きながら、私は制服を脱ぎだす。
制服を脱いで……まだ熱い。
下着……コレも脱いじゃえ。
でも……まだ熱い。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い……!
ただそれだけが頭を埋め尽くしていた私は気付かなかった。
その熱が、ある部分に集中していくことに。
その部分とは、こめかみ、背中、尾てい骨の辺り。
そして……
「あつい……あついぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
その集まった熱は、ついに弾けた。
それと同時に、熱が溜まった各部からぬるりと現れるもの。
それは、角だったり、尻尾だったり、羽だったり……
熱がはじけた場所から少しずつ体が冷えていく感覚に、すこしは落ち着いたのか、私は自分の体を見下ろす。
大体は変わったようには思えない。
でも、分かる。
尻尾とか角とか羽とかが生えたとか、そういう視覚的な変化だけでなく、自分の中身も変わってしまったという事が。
そして、変わったことをこれっぽっちも怖がって居ないという事が。
そっか、これが……
「これが……魔物になるってこと……」
その言葉を口にすると同時に、先ほどとはまた違った熱が胸の奥からこみ上げてくる。
その熱は、やがてひとつの単語へ変わる。
――飛鳥さん
「……あはっ」
その熱は、私を急かすように湧き上がって来る。
その熱に操られるかのように、私はふらふらと千鳥足で、でも迷い無く歩を進める。
向かう場所なんて、ひとつしかない。
「まぁ、たとえ私の魔力の影響を受けないとしても、堕ちずには居られないでしょうね。ほら、あんなにあなたを求めている子が居るんですもの」
「え……?」
ルシエラ『様』と離している一人の少年。
その少年の肩越しに、ルシエラ様と私の視線がぶつかる。
――さぁ、望むままになさい?
――はい、ルシエラ様。
そして、その少年の背中に手を伸ばし、くいっと、弱弱しくもしっかり引っ張る。
気付いて。
ねぇ、気付いて……?
「あ、飛鳥さん……」
「小日向さ……っ!?」
背中を引っ張られたことにより、飛鳥さんがこちらへ振り向く。
間近で見る彼の顔に、思わず視線も潤む。
魔物の本能が囁くままに、男を誘い、魅了するような表情で。
ゆっくりと、彼の手を握る。
強く握り過ぎないよう、ゆっくりと、ゆっくりと。
「飛鳥さん……私、飛鳥さんが……」
ゆっくりと、ゆっくりと彼に顔を近づける。
……だから、私は気付かなかった。
私が近付くたびに、彼の表情がまるで恐ろしいものを見たかのように変わっていくのを。
それに気付かず、私は衝動のまま囁く。
――欲しい
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ、飛鳥さん!?」
「え、あ、ちょっと、あなた!?」
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その言葉を聞いたとたん、彼は叫びだし、私の手を振り払おうとする。
突然の事態に驚いたものの、私は彼の手を離すまいとする。
しかし、彼は私の手を振り払い、逃げるように教室から飛び出した。
「待ちなさい! 一体何を!?」
「飛鳥さん!? 待ってください、飛鳥さん!!」
一度は振り払われた手を伸ばし、叫ぶ。
でも、私の声は彼には届かず、彼は止まる事無く私の視界から消え去った。
「……なんで……どうして……?」
さっきまでの熱が嘘のように引け、それどころか体の芯に氷の棒を入れられたかのように冷えていく。
彼に拒絶された。
ただそれだけが頭の中を埋め尽くした。
しばらくの後、多少落ち着いたところでルシエラ様は私に話してくれた。
飛鳥さんは魔力の影響を受けて居なかったという事。
だから、魔力の影響を受けた周囲の状況に混乱してしまったのだろう。と。
だから、きっと時間を置いて落ち着けば大丈夫だろう。と。
でも彼は、冷静になって戻ってくるどころか、この町から立ち去ってしまった。
そして、それから戻ってくることは無かったのでした。
……あの日から5年たった、今日まで。
15/08/10 20:08更新 / 日鞠朔莉
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