連載小説
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02
いきなりだが、僕は魔物が嫌いだ。

別に殺したいほど憎いとか、そこまで振り切れた負の感情を抱くほどではない。
それでも可能ならばあまり会いたくないものであるし、会わねばならないとしてもやり取りは最低限で済まして、さっさとお別れしたい位には嫌いだ。

この考えのせいで、向こうの方でも苦労したのは事実だ。
愛想が無いとか、いろいろ言われたりしたのも一度や二度ではない。
それでもこの考えを変える気は今のところ無いし、きっとこれから変わることもないと思う。

どうしてここまで嫌うのか。
それは、僕がこの町を逃げるように飛び出した、高校三年の時のことだ。


※ ※ ※


魔物という存在が、とうとう僕の居る町にも現れ始めて、早くも一年。
たった一年、されど一年。
それを体現するかのように、この町で魔物は既に居て当たり前といった存在になった。
今では右を見れば一人くらい、左を見ればやっぱり一人くらい。
前を向いても、後ろを向いても同じく、ってぐらいに魔物が居る。
ましてや、学校でもクラスに既に何名か魔物が所属してるくらいだ。
きっとそこらへんの企業とかにも魔物は居るんだろうな。

しかし、魔物と聞いてゲームや漫画で出て来る様なおぞましい化け物を想像していたのもつい去年だったか。
それが今では、やれこの魔物は可愛い、やれあの魔物とお付き合いしたいだのと友人達と暢気に会話する始末。

だってそうだろう。
魔物と聞けば、真っ先に思いつくのがゲームとかで出てくるようなおぞましい姿で、人に害をなす化け物だ。
それがまさか、世間をにぎわすアイドルとかをはるか後に置いてけぼりにしてしまうような美人な女性。
しかも人に害をなす気まったくなしだとなったら、思春期の男子なんてそんな反応にもなる。

獣耳が生えてる?
それがどうした、リアルケモ耳じゃあ!!
角とか生えてる?
大本がめっちゃ可愛いからまったく問題なし!
サキュバス!?
むしろ搾り取って!!

こんなもんだ。
そして、ここまではっちゃけていたわけでもないが、僕も大体似たような感じの反応をしていた。
だって僕だって当時は思春期の少年だったんだ。
仕方ないじゃないか。
でも、魔物の人と付き合おうとか、そういうとこまでは思っては居なかった。
せいぜい、アイドルに熱を上げているとか、その程度だ。
可愛いとかは思うし、憧れみたいなのはあるけど……って奴。

なぜなら……

「で、飛鳥。お前、お付き合いするならどの魔物よ? リアルケモ耳なワーウルフとかか? それともシンプルにサキュバス?」
「いや、飛鳥は心に決めた相手が居るんだよな?」
「なにぃ!? どの子だよ!?」
「ほら、同じクラスの小日向さんだよ。こいつ、小日向さんに一目ぼれでさ」

なんでそういう事簡単にばらすのか、という思いこめて、人の秘密にしておきたかった事を平然と口に出しやがった友人のわき腹に肘を一撃。
痛みにうめく友人をスルーし、会話は進む。

「小日向さんってぇと、あのおとなしい子? 確かに可愛いかもしれねぇけどよぉ」
「別にいいだろ。 僕が誰に一目ぼれしたって……」
「ま、そりゃそうだけどよ。で、告白とかはしたのかよ?」
「してるわけ無いだろ? してたらお前等とこうやって一緒に帰ったりなんかしないで、小日向さんと帰ってるよ」
「それもそうだな。でも、さっさと告白しちまったほうが良くないか? いや、冗談抜きで」
「そりゃぁ……そうだけどね」

まぁ、友人の言うとおりだ。
僕たちはもう高校三年生。
しかも、既に卒業まで秒読み段階と言ったところだ。
このままでは、告白できないまま卒業、そして小日向さんと会うことは非常に難しくなるだろう。
分かってはいる。
分かってはいるんだけど……

「分かってるけどさ、断られたら……どうしよう」
「このヘタレめ! 当たって砕けろ精神という物を忘れたか!!」
「砕けたくないから言ってるんだよ!」

いざ告白するとなると、どうにもしり込みしてしまう。
やらなきゃどうもならないと言うことは重々承知している。
しかし、断られたらどうしようとか、そういう後ろ向きな事を考えてしまうのだ。
もちろん、成功する可能性もあるのかも知れないけれど……だからと言って楽観的に考えれるほど僕は暢気ではない。
それに……

「それにさ、まともに話したこと、実はそんなになかったり……」
「バカジャネーノ」
「うるさいよ!」

根本的問題。
そんなに小日向さんとお話をしたことがなかったり。
いや、まったく話したことが無いって訳じゃないけど、その会話も正直学校関係の話であって、決してプライベートな話とかはした事がない。
……だから言ったでしょ、一目ぼれだって。
きっと向こうは、こっちにそういう恋愛的な感情なんて持ってないんじゃないかな?

「先生、どうしてこの子はこんなヘタレに……! なんとかならないんですか!?」
「奥さん、残念ですが……」
「そこを何とか!」
「手は尽くしました。しかしこれ以上は我々の手には……」
「そ、そんな……! うぅ……!」

いつの間にか復活した友人が先ほどまで人を馬鹿にしてくれた友人と茶番劇を行う。
とりあえず、二人の脳天に手刀を振り下ろしておいた。

とはいえ、友人達の言っていることもまた戯言と切り捨てておけるような物ではないと言うことも重々承知してはいるんだ。
してるんだけれども……

最初のペンギン、という言葉がある。
その語源は、まぁ見て分かるとおり、危険な海に最初に飛び込むペンギンからきている。

ペンギンの群れが、水辺で水に飛び込もうとし、しかし飛び込まない、という事を繰り返している様子を見たことはないだろうか。
一見すると可愛らしいとも取れるその行為は、しかし実際はなんら可愛らしい理由から来るものではない。
ペンギンの餌がある海の中、そこには餌と同時に天敵も住んでいる訳だ。
出来るなら、誰かが海に飛び込み、安全だと確認できてから飛び込みたい。
そんな思いから来る行動なのだ。
そして、勇気を振り絞り一羽のペンギンが海に飛び込んだ様を見て、他のペンギンも海へと飛び込んでいくのだ。

その事から、最初のペンギンという言葉は、勇気を持ってチャレンジをする人を指す言葉となっている。

まぁ、今はこの言葉の語源を語りたいわけじゃない。
僕が言いたいのは、今の僕はさながら、最初のペンギンを待ち望む存在だ、という事だ。
やらねばならぬと分かってはいる、しかしやる勇気が無い。
そうやってまごついている、意気地なしのペンギン。
今の自分はまさにそれだ、という事を言いたいのだ。

「まぁ、お前の考えも分からなくは無いさ。でも、マジで残された時間は少ないぜ? なんせあとちょっとで卒業式だしな」
「うん……分かってる。分かってはいるんだよ……」

でもだからって、今まで出来なかったことが出来るようになれば苦労なんてないよ……


※ ※ ※

二週間後、つまり卒業式当日。

「……結局、あれから告白なんてできっこなかった」

まぁ、そういうことだ。
それどころか、変に意識しちゃったせいで、話しかけることすら出来やしなかった。
当然友人共にはヘタレ中のヘタレだの、キングオブヘターレだの散々に言われた。
が、こんな状態になってしまっているからには、もう反論の余地もなし。
粛々とその不名誉な二つ名を受け入れるしかない。
もっとも、友人達も、ただ貶すためにこんなことを言ってるわけではないと言うことは流石の僕でも理解できているため、もとよりそれほど腹立たしいとかは思ってはいないのだが。

そんなこんなで、式も終り、教室にて担任の最後の挨拶を聞き流している状況。
今僕にとって重要なのは担任の最後の言葉よりも、告白が出来るかどうかなのだ。

――正直、今でも断られたらとか考えれば怖い。
――でも、ここでやらなきゃ結局そこどまり……

あぁでも無い、こうでもない。
思考はこれの堂々巡り。
担任の最後の言葉が終わったことすらも気付かないほど、僕は自分の思考に埋没していた。

しかし、ふと体を通り抜けた悪寒……いや、悪寒と言っていいのだろうか?
そこまで酷いものではなく、せいぜい違和感……?
ともかく、何かが体を通り抜けたような気がした。

そのなんとも言いがたい感覚に、埋没していた思考を引き上げ、周囲を見渡す。
目に映るのはいつもの教室。
しかし、その中で一つ、いや、一人……明らかに異質な存在が居た。
その存在がたっているのは黒板の前。
先ほどまで担任が居たはずの場所に、その女性は立っていた。
その女性は、銀糸を束ねたかのようなきらめく銀髪をなびかせ、教室を見渡すと、優雅にお辞儀をする。

「始めまして。私、魔王軍第37進駐部隊隊長を務めております、ルシエラと申します。以後、お見知りおきを」

ルシエラ、と名乗ったその女性はそういうと、再び顔を上げる。
しかし、その顔は……

「そして私、あまり長々と説明などをすることが苦手ですの。ですので、簡単に一言だけ言わせていただきます」

――……堕ちなさい。望むがままに

その言葉と同時に、再び体を通り抜ける違和感。
それは先ほどよりも強く、まるで体を直接揺さぶられたかのような衝撃を僕に与えた。

「っ?! な、何が……!」

その衝撃を振り払うように、頭を振り、そして顔を上げると、そこは先ほどまでの教室とは別世界だった。
いや、別に教室から別の空間に移動したとかではない。
相変わらず窓の外からはやや傾いた陽光が射し込んでいるし、窓の外の光景は見慣れた町並みだ。
でも、違う。
この教室は、さっきまでとは違う。

一体何が……

そう考えていると、隣でガタンと何かが倒れる音。
音がしたほうこうを見ると、そこには……

「い、委員長!? 何やってるの?!」

クラスの堅物。
きっとあれは金剛石製だ

などと揶揄されるほど生真面目な委員長が、僕の隣に座っていた男子を押し倒し、あまつさえ馬乗り状態になっていた。
また別なほうから音がし、そちらを向いても似たような光景。
いや、そっちはもっと酷い。
なにせ、男子に馬乗りになっている女子が、既にその衣服を脱ぎ去っているから。

「な、なに……?」

訳が分からない。
なんでこんなことになっているんだ?

いくら眼福だろうと、流石に女子にマウントを取られれば暴れる男子が居てもいいはずなのに、しかしその男子も、まるで呆けたような表情を浮かべるばかり。

「……あら? あなたは私の魔力の影響を受けていないのかしら?」

ふと、背後から声。
慌てて振り返ると、そこには先ほど教壇に立っていた女性が。
しかし、その姿は先ほどと違う。
銀髪はそのままに、その衣装がまるで胸など、女性が女性たる部分を見せ付けるかのような、言い方を悪くするなら、卑猥な衣装へと変わり、そしてその背からは、サキュバスの物と違う、白く輝く翼……
魔物……、それも、感じる威圧感というか、オーラ……ただの一般人である僕でさえ分かるその纏っている雰囲気からして、ただの魔物じゃない……

「たまに居ますのよね、あなたのように魔力の影響を受けない方が。でも、まさか私の魔力をここまで直に受けても影響が出ている様子も無いというのは非常に珍しいですわね」

何を、何を言っているんだ?
この目の前の魔物の言っていることが分からない。
いや、正確には理解できるほど冷静で居られない。

だって、さっきまでの教室と、一瞬にして違うんだ。
そしてそれをおかしいと思っているのは、多分僕だけ。
いや、そもそもおかしいのは僕か?
皆にとってはこれが当たり前になっているんだろう。
そんななか、それをおかしいという、僕がおかしい……?

頭の中をぐるぐる、ぐるぐると言葉が回る。
けど、そのどれもが口から出ずに、口はただパクパクと開いたり閉じたり。

そんな僕をしばらくじっと見ていた目の前の魔物……たしかルシエラと言ったか。
彼女は何かに気付いたように、僕のちょっと後ろを見る。

「まぁ、たとえ私の魔力の影響を受けないとしても、堕ちずには居られないでしょうね。ほら、あんなにあなたを求めている子が居るんですもの」
「え……?」

ルシエラの言葉の意味。
それを聞き返そうとした瞬間、くいっと背中が引っ張られる。
後を振り向くと、そこには……

「あ、飛鳥さん……」
「小日向さ……っ!?」

そこには、小日向さんが、小日向さんの容姿をしたサキュバスが居た。
きっと、このサキュバスは、小日向さんが……

小日向さんは、僕に対し熱っぽい、潤んだ視線を向ける。

――違う、小日向さんはこんな目はしない……

小日向さんの姿をしたサキュバスが、息を荒くし、僕の手を握る。
吐き出す息も熱っぽく、まるで劣情を誘うような……

――違う、小日向さんはこんな誘うようなことはしない……

サキュバスが、僕に顔を近づけてくる。
そして……

「飛鳥さん……私、飛鳥さんが……」

――欲しい

その言葉を聞いて、僕は……

――小日向さんは、こんなこと……言わない!!

ナラ、メノマエノコイツハ……ナンダ?

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「あ、飛鳥さん!?」
「え、あ、ちょっと、あなた!?」
「く、来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

とたん、僕の中に沸きあがってきたのは、恐怖。
周囲の事態においていかれているという恐怖。
周囲が狂っていく中、僕だけが正常で(狂って)いる恐怖。
そして……『僕が知らない存在が、僕の知っている存在の姿を借りて迫ってきている』という恐怖。

それらが僕らの中で荒れ狂い、僕は僕の手を握る目の前のサキュバスの手を振り払い、そのまま逃げるように教室から飛び出した。

背後からサキュバスとルシエラの声が聞こえたが、それを聞いている余裕なんて、僕にはありはしなかった。


※ ※ ※


逃げるように学校を飛び出した僕は、しかし行くあてなんて思いつかない。
故に、体は意識せずともある場所へと向かってく。
そう、僕の家だ。

そして、僕の家にたどり着くと同時に、扉を開け放ち、叩きつけるように扉を閉めた。
扉にもたれかかり、そのままズルズルと滑り落ち、やがて僕は玄関に座り込む。

何だ、何なんだ……
なんで、どうしてこんなことに……

俯き、顔を両手で覆い隠す。
泣きたかった。
でも、なぜか涙は出なかった。

しばらくそうやって玄関に座り込んでいたが、やがて立ち上がり、母がいるであろうリビングへと向かう。

――慌しく帰ってきちゃったから、きっとびっくりしてるだろう。
――大丈夫って、びっくりさせてごめんって伝えなきゃ……

そう思い、リビングへ入る。
そこで僕の目に飛び込んできたのは……

「――――っ!!」

腕と足にまるで犬や狼のように毛を生やし、頭に三角の耳を、腰辺りから犬のような尻尾を生やした母……以前より若くなっているが、あれは明らかに母だ……が、父親と……

違う。
ちがう
チガウ

あれは母じゃない。
母の姿をしているが、あれははハジャナイ……

そしてそんな魔物と交わっている父も、父じゃ……


※ ※ ※


そして僕は、そんな交わる男と女を尻目に、最低限の荷物をまとめ、逃げるように家を飛び出した。
そして、これまた逃げるように駅へ飛び込み、逃げるように電車にのり、この町を去ったのだった。
15/07/31 19:37更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
飛鳥とまったく同じ状況に、もし貴方が置かれたとしたら……
昨日まで笑い会っていた友人が、理性の無い獣のように女と交わり始めたら……
下品なことが嫌いな女子が、率先して男を襲うなんて事が起こったら……
自分の母が、父が、まるで獣のようになってしまったとしたら……
今までの日常が、全て壊されてしまったとしたら……

それでも貴方は、飛鳥を責めれますか?
貴方は、逃げずにいられますか?

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