影繰と邪教の長
『か、影繰だぁ!!』
『くっ……おのれ!影繰……!背信の徒め!!』
これは……ああ、これはあの日のことか。
ということは、これは夢かな?明晰夢という奴か。
これは大体一ヶ月くらい前、僕がギルドで受けた依頼を遂行しているときの光景。
受けた依頼は単純明快、ある邸宅に住む住人の抹殺。
しかも、それがたとえ誰であろうと殺せ、一人も生き残すなとのこと。
まともに影を操れなかったそのころの僕に非常に適した依頼だった。
だって周りの被害なんか気にしなくてもいいんだから。
何を壊しても自由、誰を殺しても自由。むしろそれでお金がもらえる。しかも破格の。
当然受けた、嬉々として。
アニー曰く、そのときの僕は「不気味なくらい無邪気な笑顔をしていた」とのこと。
まぁ、それは置いておこう。
それで、僕はそこにいた教会関係者を殺した。
全ての部屋を調べ、隠れている人を見つけ出し。
それがたとえ男だろうが女だろうが、老人だろうが若い人だろうが、とにかく皆殺しにした。
『……ふぅ、これで全員かな?』
一息ついたころには、館の壁中に赤い血しぶきがへばりつき、血が酸化したせいで錆びた金属の臭いが漂っていた。
『さてと、それじゃあ帰りますか……朝になる前に』
そうして僕は玄関へ向かおうと、部屋の扉に手をかけたときだった。
カタ……
『……やり残しか』
影がざわざわと蠢く。
音がしたのは今いる部屋……この屋敷で一番偉い奴の部屋の隣……
たしか先ほど確認したはずだけど……
その部屋に入り、明かりが無い部屋に目を凝らす。
『…………?』
最初は何も見つからず、先ほどの音は何かが転がり落ちた音、または気のせいと思っていた。
しかし、よくよくみると部屋のベッドが膨らんでいる。
それに耳をすますとすーすーと規則正しい寝息。
『……呑気なものだね、こんな時に寝れるなんて』
将来、大物になることは間違いないだろう。
もっとも、そいつに将来は無いわけだが。
ベッドに近づき、掛け布団に手をかける。
万が一罠だった時のことを考え影はすでにスタンバイ状態。
そして、掛け布団を取り去った。
『……!?子ども……』
子どもだった。それも相当幼い少女。
そんな少女が、周りで起こっている惨劇を知らぬまま、すーすーと寝ている。
『……悪いけど、これも依頼だから』
そう呟き、影で貫こうとした。
影がその少女を貫こうとしたとき、
『お兄ちゃん』
『っ!?』
頭に妹の姿が浮かんだ。
そしてその妹が体中を穴だらけにされた姿を。
『やめろ!!』
思わず大声を出してしまった。
その声に反応し、影が少女まであと数ミリというところで止まる。
少女は……
『う〜ん……』
間近で大声を出されたというのに顔をしかめ、寝返りをうっただけで、まったく起きる気配が無い。
『…………』
一人も生かしておくなというのが依頼だ、だからこの子も殺すべきだ。
当然そうすべきなのは分かりきっている。
しかし、影を動かそうとすると目の前にあの日の妹の惨状がちらつく。
『…………今まで殺しておいて、何を悩む?影繰……』
そうだ、僕は影繰だ……
僕は目を閉じ、そして深呼吸を数回し、目を開けた。
そして、影に命令を出す。
命令を受けた影は、先端を天井に向け、少女から離れていき、そして再び先端を少女に向けた。
『……ごめんね』
そして、僕はその先端を……
「……あ?」
そこで眼が覚めた。
目を開けるとそこはあの日の部屋ではなく、僕が借りている裏ギルドの一室。
当然少女はいない。
「……あ〜……あんな夢見るなんてね」
ベッドから起き上がり、寝ている間に凝り固まった体をほぐす。
しばらく柔軟をこなし、だいぶ体がほぐれたところで柔軟をやめる。
「えっと、今日は……特に依頼無しの日だったっけ?」
頭の中の予定帳を開き、今日の予定を確認。
すると今日は『一日依頼受諾禁止の日』だった。
これは今日一日は裏ギルドは一切依頼の受諾はしませんよという日。
何でもそう頻繁に活動してしまったら教会に怪しまれるとかなんとか。
このギルドに所属する際、ギルド長がなにやら言っていたようだが、あいにくと聞き流していたのでよく覚えていない。
ただ分かること、それは今日は依頼を受けれないということ。
こうなってしまっては今日一日は僕も影繰としてではなく、キト・ラファエーラとして過ごさなければならない。
「あ〜あ、気が乗らないなぁ……」
とはいえ、そうぼやいたところでこの規則が覆るわけでもないので。
「……よし、出かけるか」
今日一日この地下に引きこもるのもどうかと思うので、今日は出かけるとしますか。
「お影繰、あんたも出かけるのかい?珍しく普通の服着て」
手早く備え付けのシャワールームで寝汗を流し、普段の黒ローブじゃさすがに怪しまれるため、黒いズボンに白いシャツという服装に着替え、部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からククリも出てきた。
いつもの革の軽鎧に剣を持った姿ではなく、普通の街娘がきているような淡い色合いのワンピースタイプの服。髪も普段のように後頭部の少し高いところでで結っているポニーテールでは無く、一切結っていないロングヘア状態だ。
今までいってなかったが、ククリは容姿はいいと思う。普通に美人だ。
それもあいまって、普段はあんなに男勝りというか最早男という雰囲気なのに、髪型と服装を変えるだけでまったく逆の印象を持たされる。
もっとも、口を開くまではだが。
いくら身なりで印象を変えても、性格とかは変わらないようだ。
そういえば、前の受諾禁止の日には、ナンパにあったものの、ナンパしてきた優男にハイキック、後に啖呵をかましている光景を見かけたこともあったなぁ。
ちなみに、そのときの服装は今着ているような服装。
遠くからだったが当然見えた。何が見えたかは僕の名誉と命のために言わない。ただ、意外と乙女な色だった、とだけ言っておこう。
「うん、ククリも?」
「おうよ!さ〜て、今日は依頼も無いわけだし、飲みまくりますかね!!」
どうやら今日も酒場通いのようだ。
普段やってることを休日もやって楽しいのかな?
まぁ、「酒が無い人生なんか送りたくないね」と言い切っているククリらしいといえばらしいが。
「影繰は?暇ならあたしに付き合いな!」
「どうしてそう僕に酒を飲ませたがるんだ、ククリは……あいにく暇じゃない。いくところがあるからね」
「ふぅん……そりゃ残念だ。それじゃ、又の機会に誘うからな〜」
「いつ誘っても酒は飲まないよ」
言葉の割には、大して残念そうな顔はせず、ククリは手をひらひらさせながら上機嫌に立ち去っていった。
「……さて、僕も行きますか」
日ごろから穴蔵のような場所で生活していると、どうにも世界が眩しく感じる。
もっとも、それは僕がお天道様に顔向けできない行動を取ってるからかもしれないけど。
「もともと顔向けする気もないけどね」
とはいえ、ずっと下を向いてばかりでも怪しまれるので、眩しさに目を細めながらも、僕は商店街の町並みを眺めながら、ゆっくりと歩を進めていった。
視界に移るのは、多くの人、人、人。
商人であり、親子であり、警備に当たっているこの街の兵士であり。
「……やっぱり教会騎士が増えてる……」
そんな中で一際目を引くのは純白の鎧を身にまとった集団。
教会騎士だ。
この街は今のところ魔物が住んでいないが、反魔物というわけではない。
中立……というか教会と魔物のいざこざに興味が無い領主が治めている。
どっちもこちらに手を出してないから、こっちから刺激することも無いだろうという考え。
しかし、最近は教会の騎士が増えているようにも見える。
なんでも、この街を教会領にしようと考えてる奴らがいるから、そいつらの差し金だろう。
中立であるが故に、教会の手を突っぱねるわけにもいかないのだ。
時が来たら、教会に恨みを持つ誰かがギルドに依頼してくるだろう。
たとえば教会を内部からつぶすために、あえて教会に身を置いている人とかが。
「…………」
ズボンのポケットに突っ込んだ手を強く握り締めて、衝動を抑える。
こんな真昼間に街中で教会に手を出すわけには行かない。
僕の気持ちを察知して、今にも動き出しそうな影を抑えながら、僕は商店街を抜けていった。
商店街を抜け、さらには街外れに向かう。
そこにあるのは、広い敷地の中にある一軒の大きな家。
旧世代の魔物による人間狩りや自然災害などで親を亡くした子ども達が住まう場所。
孤児院だ。
「…………」
孤児院の前にある広場では、孤児院に住む子ども達が元気にかけっこをしたりして遊んでいる。
その様子を、僕は敷地に近い場所にある大樹の木陰に座りながら眺める。
やがて、一人の少女が目に留まった。
男の子の集団に混じってかけっこにいそしんでいる少女。
日光の下でもなお黒く輝くその髪は、多くの子ども達の中でも一際目立って僕の目に映った。
あの時の少女だ。
結局、僕はあの時少女を殺せなかった。
僕が振り上げた影は少女の顔のすぐ横を突き刺した。
目の前にちらつく妹の死に様が振り払えなかったのだ。
影繰として人を散々殺しておきながら、都合のいい話だ。
あの後、僕は再び館の全箇所を回り、時間の都合上残しておいた死体を影に食わせた。
そうすれば死体の数で誰かが生き残っているとばれることも無いからだ。
もっとも、そのせいで危うく朝になってしまうギリギリまで時間がかかってしまった。
むしろ朝までかからなかったのが不思議なくらいだ。
そしてそれでもまだ寝ていたこの少女を背負い、この街外れの孤児院に運んだ。
それからしばらくここには立ち寄らなかったから、どうなったか分からなかったが、どうやらここで暮らすことになったようだ。
当然だ、とも思う。
いくら家の場所を覚えていても、その家には最早誰もいない。
親も、知り合いも、世話をしてくれる人も。
そうなれば、最早その子の生まれは関係なく、孤児となる。
「……ひどい話だ」
そう、本当にひどい話。
僕は結局、あの日の魔物と教会と同じことをしている。
僕は、あの日、僕の全てを奪った魔物や教会と同じく、あの子の全てを奪ったのだ。
魔物を、教会を憎み、人一倍奪われる辛さを知っているはずの僕が、奪う。
気がついているが、自分ではもうどうすることもできない矛盾。
だって、もう止まれない。ここまで来てしまったから。
ここまでで、あまりに多くの命を奪った僕が、最早止まれるはずも無く。
「そうでもないと思うがの。少なくとも、その矛盾に苦しんでいるだけ、まだまだそなたには救いがあるとおもうぞ」
「!?」
ふと誰かに声を掛けられる。
声がしたほうを見ると、そこには極端に露出の高い、水着のような服を着た、やや黒味がかった髪の幼い少女。
しかし、その頭には山羊のような角をもち、その両腕と両足はまるで獣のように毛で覆われている。
「っ!バフォメット!?」
影が少女に向かって飛び掛る。
そして影が大きく顎を開け、少女―――バフォメットを噛み砕こうとする刹那。
「おお、おっかないおっかない。少しは妾の話を利いてくれてもよかろう?のう、影繰」
―――斬
白閃がきらめくと同時に、バフォメットに飛び掛った影が消え去る。
見ると、手にはいつの間にか容姿に似合わぬ大鎌を持っていた。
あれで影を斬った……?だとしたら、とんでもない切れ味だ。
いくら昼間とはいえ、ここは大樹の木陰。しかも影は相当濃い。
その影を操ったのだから、夜ほどでないにしろ、並みの刃物じゃ傷つけられない硬度は持ってるはずだ。
「……魔物の話を聞く耳は、あいにくと持ち合わせて無くてね。持ってるとしたら……」
しかし、決して焦りは見せず。意識を集中させて再び影を操る。
再び影がバフォメットに飛び掛る。しかし、今度は相手を左右から挟みこむように。
「お前があげる悲鳴を聞く耳だけだ!!」
バチン!
影がバフォメットを挟み込む。
しばしの静寂。
「……だから人の話を聞けいといっておろうに」
影の中からバフォメットの声が聞こえると同時に、影が再び消える。
そうして現れたバフォメットは魔力障壁に包まれており、その手のひらの上には魔力で生み出された炎。
「……相性最悪だね」
「そうかのう?妾はそなたとは相性バツグンだと思っておるのだが……」
「一応聞いておくけど、どういう意味で?」
「妾の兄上的な意味で」
「ありえない。僕が誰だか知ってるんでしょ?」
「魔物、教会関係なく殺す影繰であろう?知っておる」
「なら、そんな奴を自分のつがいに?狂ってるんじゃないの?」
軽口を叩きながらも、今までの攻撃が全て防がれているという事実から、慎重に相手の様子を探る。
「狂っておる……のう?確かにお前は変人だ、と仲間に言われたことがあったが」
「いわれて当然だね。僕には理解できない」
「よく考えてもみよ、いくら魔王が代替わりし、人間に近づいたとはいえ、妾達はいわば上級の魔物じゃ。並の実力の男なぞ欲しくもない。それに……」
「それに?」
バフォメットは手のひらの上の炎を消し、無い胸を精一杯はってこう言った。
「そういってくる男を自分好みに『堕とす』のも、なかなかにオツであろう?」
「……魔物と同じ意見になるのははなはだ不本意だけど、あんたの仲間に同意だ……確かにあんたは変人だ」
「妾の名はアリア・アレス・アリューズ!数百の魔女を率いる、サバトの長!偉大なる魔、バフォメットの末席に名を連ねる者なり!!」
『くっ……おのれ!影繰……!背信の徒め!!』
これは……ああ、これはあの日のことか。
ということは、これは夢かな?明晰夢という奴か。
これは大体一ヶ月くらい前、僕がギルドで受けた依頼を遂行しているときの光景。
受けた依頼は単純明快、ある邸宅に住む住人の抹殺。
しかも、それがたとえ誰であろうと殺せ、一人も生き残すなとのこと。
まともに影を操れなかったそのころの僕に非常に適した依頼だった。
だって周りの被害なんか気にしなくてもいいんだから。
何を壊しても自由、誰を殺しても自由。むしろそれでお金がもらえる。しかも破格の。
当然受けた、嬉々として。
アニー曰く、そのときの僕は「不気味なくらい無邪気な笑顔をしていた」とのこと。
まぁ、それは置いておこう。
それで、僕はそこにいた教会関係者を殺した。
全ての部屋を調べ、隠れている人を見つけ出し。
それがたとえ男だろうが女だろうが、老人だろうが若い人だろうが、とにかく皆殺しにした。
『……ふぅ、これで全員かな?』
一息ついたころには、館の壁中に赤い血しぶきがへばりつき、血が酸化したせいで錆びた金属の臭いが漂っていた。
『さてと、それじゃあ帰りますか……朝になる前に』
そうして僕は玄関へ向かおうと、部屋の扉に手をかけたときだった。
カタ……
『……やり残しか』
影がざわざわと蠢く。
音がしたのは今いる部屋……この屋敷で一番偉い奴の部屋の隣……
たしか先ほど確認したはずだけど……
その部屋に入り、明かりが無い部屋に目を凝らす。
『…………?』
最初は何も見つからず、先ほどの音は何かが転がり落ちた音、または気のせいと思っていた。
しかし、よくよくみると部屋のベッドが膨らんでいる。
それに耳をすますとすーすーと規則正しい寝息。
『……呑気なものだね、こんな時に寝れるなんて』
将来、大物になることは間違いないだろう。
もっとも、そいつに将来は無いわけだが。
ベッドに近づき、掛け布団に手をかける。
万が一罠だった時のことを考え影はすでにスタンバイ状態。
そして、掛け布団を取り去った。
『……!?子ども……』
子どもだった。それも相当幼い少女。
そんな少女が、周りで起こっている惨劇を知らぬまま、すーすーと寝ている。
『……悪いけど、これも依頼だから』
そう呟き、影で貫こうとした。
影がその少女を貫こうとしたとき、
『お兄ちゃん』
『っ!?』
頭に妹の姿が浮かんだ。
そしてその妹が体中を穴だらけにされた姿を。
『やめろ!!』
思わず大声を出してしまった。
その声に反応し、影が少女まであと数ミリというところで止まる。
少女は……
『う〜ん……』
間近で大声を出されたというのに顔をしかめ、寝返りをうっただけで、まったく起きる気配が無い。
『…………』
一人も生かしておくなというのが依頼だ、だからこの子も殺すべきだ。
当然そうすべきなのは分かりきっている。
しかし、影を動かそうとすると目の前にあの日の妹の惨状がちらつく。
『…………今まで殺しておいて、何を悩む?影繰……』
そうだ、僕は影繰だ……
僕は目を閉じ、そして深呼吸を数回し、目を開けた。
そして、影に命令を出す。
命令を受けた影は、先端を天井に向け、少女から離れていき、そして再び先端を少女に向けた。
『……ごめんね』
そして、僕はその先端を……
「……あ?」
そこで眼が覚めた。
目を開けるとそこはあの日の部屋ではなく、僕が借りている裏ギルドの一室。
当然少女はいない。
「……あ〜……あんな夢見るなんてね」
ベッドから起き上がり、寝ている間に凝り固まった体をほぐす。
しばらく柔軟をこなし、だいぶ体がほぐれたところで柔軟をやめる。
「えっと、今日は……特に依頼無しの日だったっけ?」
頭の中の予定帳を開き、今日の予定を確認。
すると今日は『一日依頼受諾禁止の日』だった。
これは今日一日は裏ギルドは一切依頼の受諾はしませんよという日。
何でもそう頻繁に活動してしまったら教会に怪しまれるとかなんとか。
このギルドに所属する際、ギルド長がなにやら言っていたようだが、あいにくと聞き流していたのでよく覚えていない。
ただ分かること、それは今日は依頼を受けれないということ。
こうなってしまっては今日一日は僕も影繰としてではなく、キト・ラファエーラとして過ごさなければならない。
「あ〜あ、気が乗らないなぁ……」
とはいえ、そうぼやいたところでこの規則が覆るわけでもないので。
「……よし、出かけるか」
今日一日この地下に引きこもるのもどうかと思うので、今日は出かけるとしますか。
「お影繰、あんたも出かけるのかい?珍しく普通の服着て」
手早く備え付けのシャワールームで寝汗を流し、普段の黒ローブじゃさすがに怪しまれるため、黒いズボンに白いシャツという服装に着替え、部屋を出ると、ちょうど隣の部屋からククリも出てきた。
いつもの革の軽鎧に剣を持った姿ではなく、普通の街娘がきているような淡い色合いのワンピースタイプの服。髪も普段のように後頭部の少し高いところでで結っているポニーテールでは無く、一切結っていないロングヘア状態だ。
今までいってなかったが、ククリは容姿はいいと思う。普通に美人だ。
それもあいまって、普段はあんなに男勝りというか最早男という雰囲気なのに、髪型と服装を変えるだけでまったく逆の印象を持たされる。
もっとも、口を開くまではだが。
いくら身なりで印象を変えても、性格とかは変わらないようだ。
そういえば、前の受諾禁止の日には、ナンパにあったものの、ナンパしてきた優男にハイキック、後に啖呵をかましている光景を見かけたこともあったなぁ。
ちなみに、そのときの服装は今着ているような服装。
遠くからだったが当然見えた。何が見えたかは僕の名誉と命のために言わない。ただ、意外と乙女な色だった、とだけ言っておこう。
「うん、ククリも?」
「おうよ!さ〜て、今日は依頼も無いわけだし、飲みまくりますかね!!」
どうやら今日も酒場通いのようだ。
普段やってることを休日もやって楽しいのかな?
まぁ、「酒が無い人生なんか送りたくないね」と言い切っているククリらしいといえばらしいが。
「影繰は?暇ならあたしに付き合いな!」
「どうしてそう僕に酒を飲ませたがるんだ、ククリは……あいにく暇じゃない。いくところがあるからね」
「ふぅん……そりゃ残念だ。それじゃ、又の機会に誘うからな〜」
「いつ誘っても酒は飲まないよ」
言葉の割には、大して残念そうな顔はせず、ククリは手をひらひらさせながら上機嫌に立ち去っていった。
「……さて、僕も行きますか」
日ごろから穴蔵のような場所で生活していると、どうにも世界が眩しく感じる。
もっとも、それは僕がお天道様に顔向けできない行動を取ってるからかもしれないけど。
「もともと顔向けする気もないけどね」
とはいえ、ずっと下を向いてばかりでも怪しまれるので、眩しさに目を細めながらも、僕は商店街の町並みを眺めながら、ゆっくりと歩を進めていった。
視界に移るのは、多くの人、人、人。
商人であり、親子であり、警備に当たっているこの街の兵士であり。
「……やっぱり教会騎士が増えてる……」
そんな中で一際目を引くのは純白の鎧を身にまとった集団。
教会騎士だ。
この街は今のところ魔物が住んでいないが、反魔物というわけではない。
中立……というか教会と魔物のいざこざに興味が無い領主が治めている。
どっちもこちらに手を出してないから、こっちから刺激することも無いだろうという考え。
しかし、最近は教会の騎士が増えているようにも見える。
なんでも、この街を教会領にしようと考えてる奴らがいるから、そいつらの差し金だろう。
中立であるが故に、教会の手を突っぱねるわけにもいかないのだ。
時が来たら、教会に恨みを持つ誰かがギルドに依頼してくるだろう。
たとえば教会を内部からつぶすために、あえて教会に身を置いている人とかが。
「…………」
ズボンのポケットに突っ込んだ手を強く握り締めて、衝動を抑える。
こんな真昼間に街中で教会に手を出すわけには行かない。
僕の気持ちを察知して、今にも動き出しそうな影を抑えながら、僕は商店街を抜けていった。
商店街を抜け、さらには街外れに向かう。
そこにあるのは、広い敷地の中にある一軒の大きな家。
旧世代の魔物による人間狩りや自然災害などで親を亡くした子ども達が住まう場所。
孤児院だ。
「…………」
孤児院の前にある広場では、孤児院に住む子ども達が元気にかけっこをしたりして遊んでいる。
その様子を、僕は敷地に近い場所にある大樹の木陰に座りながら眺める。
やがて、一人の少女が目に留まった。
男の子の集団に混じってかけっこにいそしんでいる少女。
日光の下でもなお黒く輝くその髪は、多くの子ども達の中でも一際目立って僕の目に映った。
あの時の少女だ。
結局、僕はあの時少女を殺せなかった。
僕が振り上げた影は少女の顔のすぐ横を突き刺した。
目の前にちらつく妹の死に様が振り払えなかったのだ。
影繰として人を散々殺しておきながら、都合のいい話だ。
あの後、僕は再び館の全箇所を回り、時間の都合上残しておいた死体を影に食わせた。
そうすれば死体の数で誰かが生き残っているとばれることも無いからだ。
もっとも、そのせいで危うく朝になってしまうギリギリまで時間がかかってしまった。
むしろ朝までかからなかったのが不思議なくらいだ。
そしてそれでもまだ寝ていたこの少女を背負い、この街外れの孤児院に運んだ。
それからしばらくここには立ち寄らなかったから、どうなったか分からなかったが、どうやらここで暮らすことになったようだ。
当然だ、とも思う。
いくら家の場所を覚えていても、その家には最早誰もいない。
親も、知り合いも、世話をしてくれる人も。
そうなれば、最早その子の生まれは関係なく、孤児となる。
「……ひどい話だ」
そう、本当にひどい話。
僕は結局、あの日の魔物と教会と同じことをしている。
僕は、あの日、僕の全てを奪った魔物や教会と同じく、あの子の全てを奪ったのだ。
魔物を、教会を憎み、人一倍奪われる辛さを知っているはずの僕が、奪う。
気がついているが、自分ではもうどうすることもできない矛盾。
だって、もう止まれない。ここまで来てしまったから。
ここまでで、あまりに多くの命を奪った僕が、最早止まれるはずも無く。
「そうでもないと思うがの。少なくとも、その矛盾に苦しんでいるだけ、まだまだそなたには救いがあるとおもうぞ」
「!?」
ふと誰かに声を掛けられる。
声がしたほうを見ると、そこには極端に露出の高い、水着のような服を着た、やや黒味がかった髪の幼い少女。
しかし、その頭には山羊のような角をもち、その両腕と両足はまるで獣のように毛で覆われている。
「っ!バフォメット!?」
影が少女に向かって飛び掛る。
そして影が大きく顎を開け、少女―――バフォメットを噛み砕こうとする刹那。
「おお、おっかないおっかない。少しは妾の話を利いてくれてもよかろう?のう、影繰」
―――斬
白閃がきらめくと同時に、バフォメットに飛び掛った影が消え去る。
見ると、手にはいつの間にか容姿に似合わぬ大鎌を持っていた。
あれで影を斬った……?だとしたら、とんでもない切れ味だ。
いくら昼間とはいえ、ここは大樹の木陰。しかも影は相当濃い。
その影を操ったのだから、夜ほどでないにしろ、並みの刃物じゃ傷つけられない硬度は持ってるはずだ。
「……魔物の話を聞く耳は、あいにくと持ち合わせて無くてね。持ってるとしたら……」
しかし、決して焦りは見せず。意識を集中させて再び影を操る。
再び影がバフォメットに飛び掛る。しかし、今度は相手を左右から挟みこむように。
「お前があげる悲鳴を聞く耳だけだ!!」
バチン!
影がバフォメットを挟み込む。
しばしの静寂。
「……だから人の話を聞けいといっておろうに」
影の中からバフォメットの声が聞こえると同時に、影が再び消える。
そうして現れたバフォメットは魔力障壁に包まれており、その手のひらの上には魔力で生み出された炎。
「……相性最悪だね」
「そうかのう?妾はそなたとは相性バツグンだと思っておるのだが……」
「一応聞いておくけど、どういう意味で?」
「妾の兄上的な意味で」
「ありえない。僕が誰だか知ってるんでしょ?」
「魔物、教会関係なく殺す影繰であろう?知っておる」
「なら、そんな奴を自分のつがいに?狂ってるんじゃないの?」
軽口を叩きながらも、今までの攻撃が全て防がれているという事実から、慎重に相手の様子を探る。
「狂っておる……のう?確かにお前は変人だ、と仲間に言われたことがあったが」
「いわれて当然だね。僕には理解できない」
「よく考えてもみよ、いくら魔王が代替わりし、人間に近づいたとはいえ、妾達はいわば上級の魔物じゃ。並の実力の男なぞ欲しくもない。それに……」
「それに?」
バフォメットは手のひらの上の炎を消し、無い胸を精一杯はってこう言った。
「そういってくる男を自分好みに『堕とす』のも、なかなかにオツであろう?」
「……魔物と同じ意見になるのははなはだ不本意だけど、あんたの仲間に同意だ……確かにあんたは変人だ」
「妾の名はアリア・アレス・アリューズ!数百の魔女を率いる、サバトの長!偉大なる魔、バフォメットの末席に名を連ねる者なり!!」
11/02/20 22:03更新 / 日鞠朔莉
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