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澄天の満月と悲雨の血剣 中編
「やあ!こんにちは!また会ったね!」
「あ、先日はどうも」

 指輪探しを始めて数日。再びダンはエマと偶然再会した『かのように思われた』。

「今時間とかあるかな?よかったらお茶でもしていかない?」
「いえ、自分は……」

 断ろうとする寸前、ダンの腹が盛大な音を立てた。食事は買い出しを終えてからと考えていたものの、どうやら空腹は我慢できないようであった。加えて頭を過ったのが先輩、というより上司にあたるであろうリビングドールの『いーのいーの、仕事なんて良くも悪くも代わりなんていくらでもいるんだからぁテキトーにやってらくをしなくちゃねぇ』という言葉。主の不興を買ってしまった(と思い込んでいる)ダンは以前にも増してまじめに仕事に取り組んでいるが、身体は少しずつ疲労の蓄積を訴えてきている。多少の休憩ならば……とエマの誘いに乗ることにしたのであった。



「―と、あんな感じでずーっと張り込んでいる状態でして、指輪の持ち主探しが進まないんですよノアさん」
「ま、捜索依頼とか出てない時点で本当に捨てられたのかもしれないし、そろそろ打ち切ってもいいんじゃないか?」
「いや、それよりアレもはやストーカーになってませんか?」
「なんだすとーかーって新種の魔物か」
「いえ、いいです……」

 いまいち元の世界の単語が伝わらないことに若干の歯がゆさを感じつつも成り行きを見守る二人。

「なんか、ああやって見てると本当の恋人同士みたいですね」
「そうだな、ヤるだけヤってほったらかしにしている爛れた関係の奴らより余程健全だな」
「ダ、ダレノコトカナー!?」

 まさか自分に口撃がくると思わなかった悠貴は完全に声が裏返って露骨に焦っている。そんな悠貴を横目で見つつも

(ま、半分は魔物なんだ。好きになったら一直線なのも頷けるけどな)

 と二人の様子を見守るノアであった。





「……遅い!!」

 苛立ちを隠そうともせずに自らの執務机を大きな音を立てて殴りつけるシャルロッテ。そもそも普段昼間は寝ている彼女だが、指輪を投げ捨てた一件以降度々ダンが何も告げずに屋敷を出ていく悪夢に襲われ、その不安から逃げるように睡眠時間を削り仕事に打ち込んでいた。にも関わらず普段居るダンが居ない。実際に他の使用人からは買い出しに行っていると聞いてもそのまま居なくなってしまうのではないかという不安に襲われているのであった。

「買い出しなど他の者に行かせればいいだろう……!もしダンに変な女が言い寄ったりしていたら……!」
「そうですねぇ、ダンくんかなり人気者ですからねぇ」
「なんだと!?」

 身を乗り出して食いつき、小さな従者のリビングドールに詰め寄るシャルロッテ。普段僕としての姿しか知らず、まして今はそのダンが出て行ってしまう(と思い込んでいる)状況のシャルロッテとしてはその不穏な単語に反応するのは当然のことだろう。

「私も私用で買い物に行くとき浮いて行くの疲れるんで運んでもらうんですけどぉ」
「ダンはお前のお伺い運転手じゃない!!」
「怒るとこそこなんですかぁ……?まあとにかく、肉屋のご主人には毎回凄くサービスしてもらってるみたいですしぃ、野菜を売っている所の娘さんなんて完全にメスの顔でダンくん見てましたしぃ」
「何故それをもっと早くに言わないのだ!」
「ぜーんぶ『一使用人などに興味などない!』って聞かなかったのはお嬢様ですよぉ」
「くっ……それは」

 刹那、表情を完全に消し去り何も映さなくなったガラス玉のような瞳でシャルロッテを見つめる小さな従者。その異様な雰囲気は種族的、社会的圧倒的強者の立場のシャルロッテですら悪寒を覚えるほどの物であった。

「……いい加減自覚してくださいよぉ。誰もかれもが言葉の裏の真意に気が付けるような器用な人ばかりじゃないんですからぁ。ましてダンくんなんてお嬢様のことを貧しい自分を救ってくれた救世主なんて思ってるんですからぁ。盲目的になってる人に言葉の真意をくみ取れなんて酷ってものですよぉ?」
「でも、だけど」
「お嬢様が『貴族としてのプライド』とか代行とはいえ『領主としての矜持』を大切にしているのはわかってますよぉ。……でもお嬢様はその二つに縛られ過ぎているんです。どうなんです?ダンくんは本当にただの使用人なんですかぁ?それ以上の感情はないんですかぁ?」
「……わ、私はエルディアボロ家の次期当主だ」
「あーもうメンドクサイ人ですねぇ。私は今エルディアボロ家の次期当主と話をしてるんじゃないんですよぉ?一人の女、私のお友達、妹のように可愛がったシャルロッテに聞いているんですよぉ?」
「でも、もう嫌われてしまったかもしれない……どうしよう……どうしようダンが帰ってこなかったら」

 完全に立場が逆転していた。いつも張り詰めた刀身のようなオーラをまとい、他を寄せ付けぬ雰囲気のシャルロッテは迷子になり、不安で泣き出しそうな子供の世に不安な表情を浮かべている。

「大丈夫ですよぉ。ダンくんはちゃんと帰ってきますからぁ。大丈夫、不安なら私を信じればいいからぁ」

 優しく頭をなでる小さな従者。そこには先ほどの無表情はなく、優しく妹をあやすかのような慈しみに溢れた表情をしていた。

 そして、わずかに聞こえる玄関を開ける音。超聴覚をもつヴァンパイアのシャルロッテですら聞き逃しそうになるほどの小さな音。

「ほら、ダンくん帰ってきましたよぉ。迎えに行ってあげましょう」
「うん……コホン、うむ、そうだな」

 そこには不安げな顔はもうなく、普段通りの圧倒的強者の雰囲気を取り戻したシャルロッテの姿があった。



「どういうことだダン。なぜお前から我が家の従者以外の魔物の香りがする。すれ違った程度ではないだろう」
「待ってくださいお嬢様!自分は他の魔物娘さん達と関わっていません」
「黙れ!」

 帰ってきたダンからは普段かぎなれない魔物娘の残り香があった。

(うーん、せっかく背中を押したのにまた話が拗れそうになってますねぇ……)

 その二人のやり取りを複雑そうに見つめる小さな従者。先ほどあれだけ素直になっていたシャルロッテだが素直になり過ぎて嫉妬心が抑えられていないようであった。

「ダンくん心当たりはないですかぁ?いつもと何か違うことはなかったですかぁ?」
「いつもと違う事……それならば先日街でぶつかりそうになった女性にまた会いまして、お茶に誘われたので休憩がてらご一緒しましたが……」
「「それだー!!!」」

 普段大声を出さない二人が珍しく大声を、しかもほぼ同時に上げたために大柄な体をビクッと震わせて驚くダン。しかし二人はすでにダンを眼中に入れていない。

「どどどどどどどうしようまりーあ……!もう他の泥棒猫に……!」
「何年かぶりにお嬢様に名前を呼ばれたのがこんなこととは……大丈夫ですよぉお嬢様。まだ慌てるような時間じゃありませんからぁ」
「でも、でも……!」
「落ち着きなさい」

 小さな手でぺちんと音がするほど強くシャルロッテの頬を抑える小さな従者ことマリーア。正直もっと重大なこと、例えばシャルロッテが結婚などをしたときの披露宴などで数年ぶりに呼んでもらえると思っていた自分の名がこんなことで呼ばれたことに若干のショックを受けつつ、状況把握に努めようとするマリーア。

「ダンくんはその女性とはどういった関係でなんですかぁ?」
「いえ、本当に先ほど説明しただけのことでして、名前も知りません」
「本当か!?本当だろうな!?嘘だったら干からびるまで血を吸いつくしてやるからな!!」
「お、お嬢様どうしたんですか!?」
「う、な、なんでもない。何もないならそれでいい。買い出しご苦労だったな」
「え、あ、はい……」

 困惑したままのダンを背に、若干の不安を感じつつも久々にちゃんとした睡眠がとれそうだと自室に戻ろうとするシャルロッテだったが―

「いやいや、今がチャンスですよぉ。ここで畳みかけなきゃダメですよお嬢様ぁ」
「いや、これ以上恥をさらすなんて」
「まだそんなことを言っているんですかぁ?……こんなヘタレが次期当主じゃぁお母様も大変ですねぇ」
「……なんだと?」

 ぴたりと動きが止まるシャルロッテ。ヘタレという単語はそれだけ彼女のプライドに傷をつけたのだ。ダンには聞こえないくらいの声で話をしていたため、ダンからみればいきなり動きを止めた主が急激に底冷えするほどの怒りのオーラを発し始めたのだ。恐怖以外の何物でもないのだが

「……見ていろマリーア。そして、このシャルロッテ・エルディアボロをヘタレ扱いしたことを死ぬほど後悔させてやる……!」
「その意気ですよぉ、頑張ってくださいねぇ」

 ヘタレ呼びが本心ではないことはシャルロッテもわかっている。だがそれでも言ってはいけないこと。言われたくないことは誰しもあるのだ。完全に怒りによって興奮状態になっているシャルロッテは勢いよくダンへ振り返り―

「ダン、よく聞け」
「は、はい」


「私は……」



「わ、私は……!」




「わ、わたしは……」





「……私は、オムライスが食べたい。すぐに準備しろ」
「はい!かしこまりました」
「よし、行っていいぞ」
「……」





「『……見ていろマリーア。そして、このシャルロッテ・エルディアボロをヘタレ扱いしたことを死ぬほど後悔させてやる……!』」
「いやあああああ!!!もうやめてえええええ!!!」

 夜、ダンがいつも以上に張り切って作ったオムライスを満喫した後に自室にて完全にヘタレとなってしまったシャルロッテはマリーアの妙にうまいモノマネを延々と聞かされ、辱められていた。走って逃げようとも、毛布をかぶろうとも、脳に直接念話で送られてくるモノマネに頭を抱え部屋中を転げまわるシャルロッテ。埃一つ、毛一本すら落ちていないきれいな絨毯は転げまわったところで汚れたりはしないであろうが、完全にシャルロッテのプライドはズタズタになっていた。
 そして普段のシャルロッテを知っているものならばそれこそよく似たモノマネ師が転げまわっているものと思い込むほど普段の姿とは乖離した姿であった。

「もういや……お婿がとれない……」
「ダン・エルディアボロって結構語感がいいですよねぇ」
「もうやめてください……」

 消え入りそうな声で懇願するシャルロッテ。だが不意に顔を上げ、素早く窓に駆け寄る。

「……お客様ですかねぇ?」
「今日は接見の予定はない。何者だ?」

 窓のから外を伺う。二人は見知った顔だ。来客に対応するダンと個人的にも領主代行としてもよく様々な依頼をするこの街、いやこの国でも最高峰の実力を持つであろう冒険者のノアだ。しかし他の二人、黒髪黒毛の青年と広いつばの帽子を被ったやたらと布面積の少ない格好の金髪の女には見覚えがない。だが少なくともノアが来ているという事はそれなりに信用ができる者たちであることは間違いない。何よりシャルロッテはノアの実力と仕事ぶりには敬意を持っているので来たと分かったからにはそのまま合わずに帰すというのは気が引けたため、すぐに寝間着から執務用のちゃんとした服に着替えて部屋を出ていくのであった―
21/01/26 23:05更新 / noa
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