連載小説
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澄天の満月と悲雨の血剣 前編
 激しい雨が大地を叩き雨靄が世界を白く染め上げる夜、人影が茂みをかき分け懸命に何かを探している。その顔には焦りとも怒りともつかぬ複雑な表情を浮かべている。うっすらと風を魔法でまとっているようで決して身体は濡れてはいないが、長時間探し物をしているであろうその人物の指先は寒さで震えているようであった。

「クソッ何故私がこんなことをしなければならないのだ!!」

 誰に向けてでもなくついた悪態は雨音に吸い込まれていった。



 三時間前―

「なんだ、僕風情がこんなところに呼び出して」
「ご足労頂きありがとうございますお嬢様。今夜はその、こちらをお渡ししたく」
「フン……下らぬモノだったら即刻貴様ごと切り捨ててやる」

 腰の位置で切り揃えられた金色の髪、見たものに冷たい印象を与える切れ長の目。整った顔立ちから覗く真紅の瞳。畏怖を与え、他者とは一線を画す風格を示す堂々とした佇まいには近寄りがたい雰囲気のある美女であった。
 対する者は身長は大きく2メートル弱といったところか。身体つきも筋肉質であり非常に頑強そうであるが、顔つきはとても優しく、虫も殺せなそうな好青年であった。

 この二人は主従関係にあった。と言っても雇い主、労働者といった関係ではなく、男のほうはヴァンパイアである女に連れ去られ、半ば無理やりに召使として働かされているのであった。男は驚きこそすれ、もともと貧しい暮らしをしており、親族とも疎遠になっていたためすんなりと従者になることを受け入れて女の下で働いていた。
 そして今日、この男は一大決心をし、主人をわざわざ屋敷の外の小綺麗な店の二階にある個室へ呼び出して自らの覚悟と忠誠を示そうとしていた。

「なんだこれは。指輪か?」
「はい。お嬢様に永遠の忠誠を誓うべく、ありきたりな品ではありますがご用意させていただきました」

 渡された小さな箱の中にはリングが入っていた。そのリングには小さくも紅く生命の輝きを感じさせるような石が台座に埋め込まれていた。決して安くない給金を渡してはいるが、それでもこれほどの品を用意するのは一切の無駄遣いもせずにお金を貯めなければとても手が出るような品物ではないだろう。多くの財宝をやり取りし、取引の道具として使ってきた主人たるヴァンパイアにはそれがよく判った。だが―

「こんなものを用意させるためにお前に給金をくれてやっているわけではないぞ」
「は、はい。ですが自分はお嬢様に拾っていただけたから暖かな寝床、栄養のある食事を頂けています。そのご恩に報いるべく」

 その言葉が言い終わらぬうちに箱を閉じ、そして



 その箱ごと窓の外に広がる夜の闇へと捨て去った。



「あ」
「馬鹿にするなよ。このような物を渡した程度で私は何とも思わん。忠誠を誓うのならば物ではなく態度で示せ」
「……はい。申し訳ありません」
「ちょうど雨も降ってきたことだ。頭を冷やしながら屋敷に帰ってくるがいい」
「……はい。承知しました」

 魔法で雨に濡れぬようにし、冷たい雨が降る中ヴァンパイアは自らの屋敷へと飛び立っていった。





「……というわけで、雨が降る中空から降ってきたこの指輪!すごい価値と運命があると思うんだ!!」
「うちは駆け込み寺でも質屋でもないぞ」
「まあまあそういわず!もしかしたらここから僕のラブストーリーが始まるかもしれないじゃないか!!」
「不要なトラブルに巻き込まれる前にとっとと元の場所に戻してこい」
「いーやーだー!!」
「何なんですかこの状況は」

 運悪く街に着く直前に雨に降られてしまった悠貴はたまたまノアの家の前を通りがかり、ノアの奥さんであるリリムのエステルに招かれてお邪魔したのだが、先客がいたようだ。
 肩で揃えられた金髪は活発な印象を与え、顔に浮かぶ自信に満ちた表情からは見ている者も元気を分けてもらえるかのような輝きがあった。身体はマントに覆われているが全体的に布面積が少ない印象を悠貴は受けた。健康的なへそ出しにしなやかなで奇麗な線を描く脚を惜しげもなく露出するホットパンツとなかなか刺激的な格好だ。

「えっと、お邪魔します」
「おや、いらっしゃい!家主のノアなら僕と今お取込み中だよ!」
「ずぶ濡れだな。服貸してやるから風呂入ってこい」
「そのもてなし僕受けてない!」
「だんなさまから離れろ色狂魔」
「酷い!」

 サキュバス系の魔物のエステルさんにそんなこと言われるなんて何者なんだこの人と思いつつ、ノア家の風呂で雨で冷え切った身体を温める悠貴。広く、ゆったりと入れるスペースのある湯船を満喫させてもらいつつ身体を洗い、風呂から上がる。自分の服はなく、代わりの服が置いてあったが恐らくノアの服だろう。

「すみません、ありがとうございました」
「服は洗ってもうすぐ乾くがこの雨だ。急ぎじゃないなら泊っていけばいい」
「なにからなにまですみません。……えっとそちらは」

 先ほどの女性はぐったりと机に突っ伏しており、先ほどの元気さは欠片も見られなかった。

「えまれひゅ、とれひゃーはんらーれふ……うえ」
「酒くさっ!!」
「はい、お水」

 あれほど酷いことを言っておきながらちゃんと介抱してあげるあたりエステルさんは優しいんだななどと横目で二人を見る悠貴。

「……これがなんだかわかるか?」
「?きれいな指輪ですね」
「この台座にはまった石はどうだ?」
「うーん、きれいな石にしか見えませんけど……これがどうしたんです?」
「おそらく血晶石だ」

 さっぱりわからないという顔をする悠貴に説明をするノア。血晶石とは文字通り血で出来た石で少しずつ身体から血と魔力を抜き、長い時間をかけて特殊な製法を用いて作られる結晶のことであるという。作るには心身ともにとてつもない負担がかかる上に製法技術もしっかりとは確立されていないため、作るのには非常にハイリスクなうえに費用もかかるという。

「そんなものがどうしてここに?」
「雨の中空から降ってきたらしい」
「え、なにそれ怖い」
「だろ?」

 そんなものを持ち込んでこの女性は何をするつもりなのか気になる悠貴であったが藪蛇な気がしたため何も言わなかった。

「さっき自分でも言ってたけどエマはトレジャーハンターなんだ」
「トレジャーハンターって言ってたんですね」
「そ、この子お酒弱いから黙らせるならお酒が一番手っ取り早いんだよ」とエステルが言い、
「で、このトラブルしか起きなそうな物をわざわざウチに持ち込んでくれたんだ」とノアが繋ぐ。
「大変ですね」
「そうだな、非常にこれは面倒事が起きそうな気がするんだよな」
「そうなんですか」

 何も言われていないし、何もやましいことがないのに悠貴の背中には冷たいものが走っていた。

「……雨の中大変だったな。風呂でちゃんと温まったか?」
「……はい」
「ご飯はどうだった?」
「……おいしゅうございました」
「そうか。それは良かったな」
「……あー、本当に至れり尽くせりをしてもらったので、俺でよければ何かお手伝いを」
「よくいった。明日の朝一でこの指輪の持ち主をエマと探してこい」
「……なんてこった……!」

 まんまとはめられた悠貴はその後さらに追加で出てきた食事に舌鼓をうちつつ、隣で度々口から色々なものが混ざったものを吐き出そうとしている美女を介抱し、夜中過ぎには眠りについたのであった。





「おかえりなさいませぇ、お嬢様ぁ」
「……うむ。アイツはどうした?」
「朝食の仕込みを終わらせてぇ、自室で就寝していますよぉ」

 日付をまたいだ明け方の街の外れ、小高い丘の上にある豪奢な屋敷に住むヴァンパイア―シャルロッテ・エルディアボロは従者の一人であるリビングドールに従者の男、ダンの様子を聞いた。

「フン、朝食など私はいらぬと言っているだろうに……」
「お嬢様ぁ、見つかりましたかぁ?」
「何のことだ?ただの散歩に見つけるものなどない」
「雨が降る中お散歩なんて風流ですねぇ」
「用事がないなら下がれ」
「ダンくん結構傷ついていたみたいですけどねぇ」
「うるさい。不快だ。その名を出すな」
「はぁい」

 そのままふよふよと暗がりに消えていく小さな従者。その言葉にちくりと刺さるものを感じながらも自室に戻り、寝る時間を削って書類仕事を始める。シャルロッテはここら一帯の管理を任されている領主代行であり、処理しなければならない仕事は山積みなのだ。

 シャルロッテはほかのヴァンパイアと同じく基本的に人間を同じ立場、同じ目線で見ることはない。しかしそれは単純に見下すということではなく、自分よりもはるかに劣る人間を導き、庇護下においてやろうと考えていた。

 だからこそ一従者であり、支配し守るべきダンの贈り物に困惑し、悩み、受け入れようとしたが最後の最後に貴族としてのプライドが邪魔をして投げ捨てるなどの暴挙に出たのであった。シャルロッテは優秀であったが感情に左右されやすい未熟な面も持っていた。

 雨の中ダンからもらった贈り物を見つけて、付けないにしろ一言わびたほうがいいと思い投げ捨てた場所に戻ったが、時すでに遅く既に指輪の入った箱はなくなっていた。夜目の利く自分があれほど探して見つからなかったのだ。おそらく何者かが持って行ってしまったのだろう。後悔が深くシャルロッテの胸に渦巻いていた。





「まずは!ギルド会館に行ってみよう!」
「朝から元気ですね」
「……正直に言うと日差しがちょっと」
「二日酔いとかではないんですね」

 あれだけベロベロになってもケロッとしているなんてすごいなー程度の感想を胸に抱きつつギルド会館へ向かう。一通り捜索系の依頼が出ていないかをクエストボードで確認し、受付係にも聞くが特段そのような依頼は出ていないとのことで二人は外に出て休憩のための場所を探し始める二人。

「……おっと失礼」
「あっこちらこそすみません。ボーっとしていたもので……」

 曲がり角から不意に現れた人影にぶつかりそうになるエマだが軽い身のこなしで回避し、その人影を見やる。
 その人影は大柄な男で悠貴より頭一つ分は大きな男であった。身体つきはがっしりとしており、相当鍛えこまれていることが伺うことができた。しかしその身体つきに大して顔つきは穏やかで優しい印象を与える男であった。

「……あ」
「?すみません。先を急いでいるもので」
「待った!キミ!名前は?大丈夫!慰謝料とか取らないから!」
「あ、すみません。私はこの一帯の管理を代理で任されていますシャルロッテ・エルディアボロお嬢様の従者のダンと申します」
「エルディアボロ……」
「?どうしたんですエマさん」
「ああ、いや呼び止めて申し訳ない。それでは失礼!」

 軽く会釈をしてダンと別れる悠貴とエマ。そのまま喫茶店へ入り休憩をとる二人だったが

「まずいね、悠貴君」
「今度はなんですか?」
「今度はって……うん、どうやら僕は恋に落ちてしまったようだ」
「そうですか」
「うん、さっきのダン青年に……ひ、一目惚れをしたようだ」
「そうですか……はぁ!?」
「反応遅くないかい?」
「いやいやいや!本気ですか!?」
「あの大きな身体でギュっとされたら……安心感がすごそうだ」

 頬を染め、窓の外を見ているエマ。まるで先ほどの男、ダンが通りかかることを期待しているかのようだった。





「……やっぱりもう無いか」

 路地裏に呆然と立ち尽くす大男、ダンは何度目かになるかわからないため息をこぼした。昼間は主人は休んでいるため、基本的にダンも休むことが多いが今日ばかりはそうもいっていられない事情があった。昨夜主人に渡し、捨てられた指輪を探していたがどうやら誰かが持ち去ってしまったようだ。

(我ながら貧乏性だな、捨てられたものをまた拾いに来るなんて……)

 心の中で自嘲するが単に貧乏性というだけではなく、今後分をわきまえて主人に付き従うための証として手元に置いておきたくなったのだ。ゆえに見つけたところで主人に渡すことは二度と無いし、目に入れさせるつもりもない。自分だけの記憶として墓場まで持っていく覚悟であった。





 そう、あの女が現れるまでは―
21/01/22 20:33更新 / noa
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