連載小説
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澄天の満月と悲雨の血剣 後編
「お前は何をやっているんだ……」
「いやぁ、あまりにもいい男だったもので!」
「はぁ……」

 夕方。ノアの家に帰ったエマは指輪探しをせずに男探しをしていた件をノアに咎められていた。

「何度も言うがうちは駆け込み寺でも質屋でもないからな。やることやらないなら即刻出ていくことだ」
「いやいやいや!ちゃんとやることやってますって!この指輪……の持ち主かは分からないけど、ダンが作ったのはほぼ間違いないって!」

 キャー!呼び捨てにしちゃったー!などと言いながらしれっと核心部分を話すエマ。

「根拠は?」
「血の匂いと魔力の感じが一緒だから!双子の兄弟がいたら話は別になるけどね!」

 血の匂いとかわかるものなのかな?などと悠貴は思うが決して口にしない。なんというか感覚的にエマも魔物娘なのかなと思い始めているため深く考えることを放棄したのだ。

「なら返しに行くしかないな」
「え!!やだ!!!」
「なんでだ」
「僕のラブストーリーが終わっちゃう!!」
「知らん」

 そのままあーだこーだ言っているエマの首根っこを掴みずるずると連れていくノア。

「エステルさん、俺行ったほうがいいんですかね?」
「うーん、一応ついて行ってみたら?」
「わかりました」

 正直ついていったところで特に出来ることはなさそうだが、だからと言ってあまり話したことのない美人と二人きりという空間に耐えれそうになかった悠貴はそのままノアとエマの後を追いかけていった。





「大きなお屋敷ですね」
「代理とはいえここら一帯の主だからな」
「いーやーだー!!これは僕の物だー!!」

 大きな扉を慣れた手つきでノックし、反応を待つ。そして扉を開けて出てきたのはダンその人であった。

「夜分に失礼」
「ノアさんでしたか、えっと……そのお二人は……」
「こんばんは、付き添いできました」
「こんばんは!貴方を攫いに来まし痛たたたたたたたたた!!!」

 ノアに腕を背中側に捻り上げられ、苦悶の表情を浮かべるエマに困惑するダンであったが、ノアは主と重要な事柄で関わることも多いため無下にはせずにそのまま屋敷の中へ招き入れ、扉を閉める。

「えっとノアさん、本日はどういったご用件で?」
「ああ、私は用事はない。用事があるのはこっちだ」
「痛たた……こんな可憐な乙女になんてことを……」
「どこの世界に人様を誘拐する可憐な乙女がいるんだ」
「……テヘッ」

 そんなやり取りをしていると近づいてくる足音。そして現れたのはこの屋敷の主にしてダンの主人、シャルロッテであった。

「どうしたノア。何か用事か?」
「用事があるのはこっちだ」

 そのままエマの背中を押し、我関せずとホールの隅に行くノアとそれについていく悠貴。だが―

「―お前、その匂い……昼間ダンにちょっかいをかけてきた女か」
「ちょっかいじゃないよ、恋のアプローチをしただけさ」
「恋の……アプローチだと……?」

 刹那、瞬時にホールに満たされる凄まじい殺気。シャルロッテの瞳は爛々と輝き、今にもエマを射殺さんとしていた。だが涼しい顔でその殺気を受け止めるエマ。

「……人様の使用人に手を出すとはいい度胸だ。今ここでそれがどういうことを意味するか教えてやろう」
「あはは、それは無理ですよ。だって―」

 エマが帽子のつばを掴み、深くかぶると同時にシャルロッテの殺気を押し返すほどの魔力が放たれる。

「チッ……貴様、ダンピールか」
「正解。言っておくけど僕超強いよ?」

 そのまま殺気と魔力の衝突を続ける二人。このままこの修羅場が続けば確実に殺し合いに発展してしまう雰囲気があった。ダンも悠貴も圧倒されて動くことができない。悠貴は情けなく思いつつもノアが丸く収めてくれることを期待し、視線を送るが

「ん……上手いな。また腕を上げたんじゃないか?」
「いつも同じものだとお嬢様が露骨に嫌な顔しますからねぇ、大変なんですよぉ」

 どこから出したかわからないテーブルにクッキーのような焼き菓子とティーポット、カップを乗せて椅子に座り、お人形遊びをしていた。いや、正確にはその人形は勝手に喋り、反応し、コロコロと表情を変えていることからその人形も魔物の一種なのだろうと推測する悠貴。
 ただならぬ殺気と魔力に足を震わせながらもなんとかノアのところに行くのだが全く興味がないように人形と話し続けているノア。

「……これはなんだ?甘さの前になんというか……しょっぱい?塩?」
「流石ですねぇノアさん。隠し味にごく少量の塩を入れてより甘みが感じられるようにした名付けて塩クッキーですよぉ」
「なるほど……」
「いやいや!お茶会してる場合じゃないですよ!あの二人を止めなきゃ!!」
「別に剣を抜いて威嚇しあっているわけでもあるまいし、放っておけ」
「えぇ!?」

 確かにお互いに得物は持っていないがいつ抜いてもおかしくない状態。というより―

「……生意気な半端者め。ここで切り刻んでくれる」
「先に切り刻まれるのは貴女のほうだぜ」



「抜いた!抜いちゃいましたよ!まずいですって!!」
「いいんだよ、放っておけ。あんなもの子供のけんかと一緒だ。斬り合っているわけでもあるまいし」
「あなたもお茶いかがですかぁ?」
「え、あ、はい……」

 その場の空気にのまれてつい自分もお茶をもらってしまう悠貴だが落ち着かないのか椅子には座らない。

「あの二人どうするんですか?っていうかダンさん完全に腰抜かしてますよ」
「まあこのレベルの殺気と魔力なら普通腰抜かすだろ。よかったな普段から私の殺気に慣れていて」

 確かにすごいプレッシャーの様なものは感じているがノアがたまに出す殺気に比べたら全然大したことがないように感じている悠貴。

「これ、落としどころどうなるんでしょう?」
「知らん。そもそもうちは純愛専門だからああいう痴情のもつれは専門外だ」
「どういう意味ですかそれ……」

 そのままシャルロッテとエマに視線を送る悠貴だがその瞬間に二人の姿は消えた。その直後に金属同士が激しくぶつかり合う音がホールに響き渡った。
 剣を抜いた二人がついに戦いを始めてしまったのだと理解するのに悠貴は数秒を要した。その後もぶれた姿でしか二人を認識できていないが高速で打ち合う剣戟の音は激しさを増し、焦り始める悠貴。

「いい加減止めたほうがいいんじゃないですか!?」
「これいくつか持って帰っていいか?嫁にも食べさせてあげたいんだが」
「それではまだ焼きたての物があるんでそちらに保存魔法かけてお包みしますねぇ」
「悪いな」
「状況!!もっと状況を見てくださいよ!!」

 流石にシャレにならない威力の剣圧があちらこちらに飛び始めて若干涙目になる悠貴に対してそれでも特に動こうとしなかったノアは、完全に無視していた状態から一応視線は二人に送るようになった。

「お前は落としどころがどうこう言っていたけど結局それはあの三人で見つけるしかないんだ」
「でも」
「でもじゃない。あとはあそこで腰抜かしてる男の一声で決着はつく。本当にまずくなったらちゃんと介入してやるからおとなしく待っていろ」
「……わかりました」



 ダンは目の前の状況に頭の整理が追い付いていなかった。なぜ少し話をしただけの相手に主はあそこまでムキになって斬りかかるのか。そして斬りかかられている相手もなぜ逃げず、引かずに斬り合いに応じているのか。ダンピール、半端者と主は言っていたがそのことと関係があるのか。

「いい加減にしろ!ダンは僕が貰う!お前みたいな傲慢な主よりも僕と肩を並べて生きていくほうがダンだって幸せだ!!」
「黙れ!ぽっと出のお前にダンの何がわかる!とっとと失せろ!」
「わかるさ!ダンはお前に捨てられたと思っている!お前がこの指輪を投げ捨てたように!!」
「なんだと!?」

 そのままお互いバックステップで距離をとる。そしてエマは懐からダンが文字通り心血を注いで作った指輪を見せつける。

「これを作ることがどれほど大変なことかわかっているのか!?わからないだろう!?」
「……返せ。それは私の物だ」
「捨てておいて何を今更。欲しければ力づくで奪えばいい」

 シャルロッテを挑発するように笑うエマ。手に握る剣に突如変化が起きる。真白の変哲のないサーベルだった剣はまるで血を塗りたくったようにどす黒い赤に染まる。そして再び両者は





 激突しなかった





 激突寸前のところをノアがシャルロッテの手首をつかみ捻り上げつつ放り投げ、エマの剣を自分の剣で弾き飛ばした後、背負い投げの要領で床に叩きつけてそのまま抑え込む。

「血剣はやり過ぎだ。頭を冷やせ」
「でも!でも!!」
「うるさい」
「く……!」

 ノア相手に脱出は不可能とあきらめたのかおとなしくなるエマ。対してようやく動けるようになったダンに肩を借りて立ち上がるシャルロッテ。

「……ダン。お前はどうするのだ」
「え……」

 肩を借りたまま真剣な眼差しでダンを見るシャルロッテ。身体が震えているのは投げ飛ばされた衝撃のせいだけではないだろう。

「……すみません、お嬢さま。自分がもっと早くに答えを言っていればこんなことには」
「いいから教えろ。お前の答えを……」
「自分は」





「自分は今までと変わらず、お嬢様のためにここで生活します。いや、したいです」
「ダン……」

 目を見開いたのは一瞬。元の表情に戻り、自力で立つシャルロッテ。そこにはもはや不安は感じられないようであった。

「……フン、当然だ。お前がいなくなったら誰がこの屋敷の掃除、買い出しを行うと思っている。それに私の吸う血はお前だけと決めているからな。もし出ていこうとしても絶対にそんなことはさせん」
「お嬢様……」





「……だそうだ。『僕のラブストーリー』は残念だったな」
「……ま、こうなることはわかっていたけどね」

 拘束を解かれ立ち上がるエマ。そのままシャルロッテに歩み寄り

「……非常に不本意だけど、この指輪返します。今度捨てたら絶っっっ対ゆるさないから」
「捨てたのではない、落としたのだ。……だがその言葉、肝に銘じておこう」
「……フン」

 そのまま不機嫌さを隠さずに立ち去るエマ。指輪を受け取ったシャルロッテはそのまま左手の薬指に指輪をはめた。

「お、お嬢様それは」
「勘違いするな!人間の文化など知らん!!ここにつけたい気分だからここにつけるのだ!!」

 顔を真っ赤にしながら屋敷の奥に消えていくシャルロッテ。それと行き違いになるようにクッキーを包んだ袋をもってマリーアが現れ、ノアに包みを渡す。

「丸く収まったみたいですねぇ」
「悪いな屋敷を散らかして」
「いえいえ、お嬢様が激おこのときはもっと酷くなりますからぁ」

 気にしなくていいですよぉと笑いながらダンと共にノアと悠貴を見送るマリーア。

「……ノアさん、自分は間違ってしまったのでしょうか?」
「ダン、もうお前は選んだんだ。間違えがあるならその質問をしたことぐらいだろう」
「……はい」
「いきなり戦い始めたからお前の気持ちが言うのが遅かったとは言わん」
「……はい」
「ほらほらダンくんお掃除始めますよぉ」

 今度こそノアと悠貴は屋敷を後にした。





 そのままノアと悠貴は酒場に来ていた。

「いやいや!エマさん放っておいていいんですか!?」
「いいんだよ。デリカシーのない奴だな」
「大丈夫かな……」
「そんなに気になるならジパングヨヴァイでもしてやれ」
「ヨヴァイ……夜這い!?しませんよ!そんなこと!!」

 そのまま二人は日が昇るまで酒場や飲食店をはしごした。





「おかえり。その顔だとまた『僕のラブストーリー』は始まらなかったみたいね」
「あははは……お恥ずかしい限りで」

 エマはノアの家に戻っていた。そこでエステルに料理をふるまってもらい、身体を休めていた。

「―そこで僕はあのごうまんちきなヴァンパイアに言ってやったのさ!『今度捨てたら……この血剣の錆にしてやるぜ……』ってね!!」
「……エマ」
「いやー!二人の仲を取り持つためとはいえ!悪役はつらいね!」
「エマ」
「あはははは、まあ僕はフラれた程度じゃあ全然へっちゃらだけど」
「本当につらいのは悪役になったことじゃなくてフラれたことでしょ」
「……!まさかそんな」

 目線を逸らしつつグラスに入った水を一気に飲み干すエマ。その表情はおどけた笑みを浮かべている。

「それにね、ヴァンパイアにも言われたけど僕は半端者。半人半魔。半分は人間だからね、ほかの魔物娘たちみたいにフラれたから死ぬほど辛いってわけでもないしね!」
「そんなことない」
「……」

 真剣なエステルの表情にふざけた顔をやめて見つめ返すエマ。

「今自分で半分人間だから大丈夫って言ったけど、裏を返せばそれは半分は魔物。私たちと同じで大事なだんなさまがいなければ生きていけない」
「……」
「それに……本当に好きになった人に受け入れてもらえなくて傷つかないような人は……人間にだっていないはずよ」
「それ…は…」
「気持ちがわかるとは言わないし、気にするなとも言わない。でも……今夜ぐらいはちゃんと向き合って、受け入れて……ちゃんと泣きなさい」
「僕……ぼくは」
「大丈夫」

 優しくエマを抱きしめるエステル。だんなさまたちが一緒に帰ってこないことからきっと辛い結末を迎えてしまったことは想像に難くない。だんなさまはそこら辺もしっかりと配慮できるいい男なのだ。
 ダンピールという種族は時にヴァンパイアと共に一人の男を取り合い、共有することもあるというがエマは決してそれを良しとしない。向けられる愛情は独占したいと思う彼女はヴァンパイアと男の間に無理に割って入ろうとはしない。結局のところ優しすぎるのだ。彼女の人間としてのいいところであり、魔物としての弱みであった。
 夜に響く悲しみに涙する小さな声。心を濡らす悲しみの雨が晴れるようにと―エステルは夜が明けるまで優しくエマを抱きしめ続けたのであった。
21/01/31 01:23更新 / noa
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