Μ郷愁の霧・マドラ宅大食堂Μ
Μ初太視点Μ


｢目を背けていた現実か……｣
｢はい｣

哀しそうな顔をするマドラに俺は



｢なら早く脱出しないとな｣



｢えっ｣
｢別に一生閉じ込められる訳じゃないんだろ？｣
｢確かにそうですけど｣
｢まずはこの部屋を出て俺の家に行こう｣
｢初太の家、ですか？｣
｢俺の記憶の中ならマドラも少しは落ち着く筈だ｣
｢でもそれだと初太が｣
｢大丈夫って言っただろ？｣
｢そうですね……ううん、そうだね｣

マドラは帽子を被り直し、お嬢様から麗人へと変わる。

｢行こう、初太｣
｢ああ｣

俺とマドラは一緒に扉を開ける

扉の先には何が待っているのか想像つかない

でも大丈夫

俺とマドラ



二人一緒なら何も恐くない。



Μ不思議の国・地民プールΜ
Μ満知子視点Μ


｢あんた今何て言ったの？｣
｢そうだ、もう一度言ってみろぉ！｣

アタシとへーくんはそいつに向かって叫ぶ。
麦わら帽子にアロハシャツの小太り、何よりタヌキ面が特徴の中年男性に

｢だから言ってるでしょうが、あっしは板を売ってるんですぜ｣

｢参ったわ、さっきから板板板｣
｢板か、板だよな〜｣
｢へーくん、アタシの胸元を見ながら呟かないで！｣
｢で、その板とは？｣

｢これですが？｣

タヌキ親父が出してきたのは



ビート板。



｢なんだ、ビート板か｣
｢ネタにしづらいな〜｣

｢お二人さん、一体何を連想なさったのですか？｣

｢い、いや別に｣
｢オレ達は板と聞いて、女性の胸＝まな板と連想しただけだよ｣
｢へーくん!?｣
｢いいじゃん、正直に言っても｣

｢流石マーチヘアの夫婦、想像力が豊かですな〜あっしの家内や娘もマーチヘアですから、よく会話が曲解してねぇ…｣

｢参ったわ、マーチヘアの性癖って困りものね｣
｢それを言うなら悪癖だろ？｣


｢満知子ちゃん、ここにいたのか……あっ田吉さん｣
｢おやおや、コルヌさんではありませんか｣
｢ここで商売をしてたのですか｣
｢ええ｣

｢知り合いなの？｣
｢一応ね。彼は田吉、菓山地帯の地主で奥さんのカーチと一緒に行商をやってるんだ｣

｢いやーコルヌさんは白百合の花園でも大変人気でしてねぇ。どうやらコルヌさんに憧れて入園する娘も多いようで｣
｢いえ、別にボクはそんなつもりじゃ｣
｢あっしの娘も白百合の花園に入園しておりましてねぇ、是非コルヌさんの教えを頂きたい｣
｢はい、機会があれば｣


｢コルヌさんって顔が広いのね｣

｢あくまで表面上の付き合いですﾆｬ｣
｢そうなの？｣
｢田吉さんは男版刑部狸と呼ばれる程ずる賢い人ですから、目上の人にはああやって媚びを売ってますﾆｬ｣
｢不思議の国にもそんな人がいるんだ｣
｢色々な人が集まる国ですﾆｬ。ずる賢い人がいても不思議じゃﾆｬいですﾆｬ｣


｢うわべだけでもいい顔しなきゃ、人間関係は成り立たねーからな｣


｢何か言いましたかﾆｬ？｣
｢別にーただの呟きだ｣

へーくんは誤魔化すが、アタシのウサ耳は聞き落とさなかった。

｢それよりもビキニ姿のマーチヘアが三人現れたぞ｣

｢コルヌ様だわ｣
｢きゃーっ、背も高くて胸も大きくてお尻も柔らかそうで憧れちゃう〜｣
｢コルヌ様、泳ぎを教えてください｣

｢やっぱマーチヘアはぼい〜んの娘が多いな｣

ﾆﾔﾆﾔするへーくん。

｢悪いけどボクには大事な任務があるんだ｣

｢そんなこと言わないで｣
｢ちょっとだけ｣
｢コルヌ様にエスコートされたい〜｣

｢困ったな……｣

｢でしたらお嬢さん方、コルヌさんのマイびーと板は如何でっしゃろ｣

｢｢｢何!?｣｣｣

｢本来なら銀貨二枚ずつのところを特別に銀貨一枚ずつでサービスしまっせ｣
｢ちょっと、田吉さん｣
｢このまま付きまとわれるよりはマシと思いますが？｣
｢…………了解｣

｢三人ともボクについてきてくれるかい｣

｢はい、コルヌさんが行くところ｣
｢例えば地の底海の底空の果て｣
｢媚薬の川も泳いじゃう｣

｢てな訳でお二方もどうぞ｣

アリス夫妻もタヌキ親父改め田吉さんについて行く。


｢たかがビート板一つでここまで話を盛り上げるとはね｣
｢これぞ不思議の国クオリティだな｣

｢お二人の世界のビート板とは違うと思いますﾆｬ｣

｢びーと板はね、摩擦によりその人の精や魔力を刷り込むことが出来るの｣
｢マイびーと板には弾力性のある樹脂が埋め込まれているわ｣
｢コルヌ様の胸の感触と魔力の匂いを感じながら泳ぎの練習ができる…ｼﾞｭﾙﾘ｣

｢解説センキュー、知識も豊富なんだな〜｣
｢へーくん、三人の胸をジロジロ見るな！っていうか、わざわざ泳がずとも地面の上を歩けばいいでしょ｣

｢確かに歩けますが、水上に浮かぶ板の上を歩くようﾆｬものですから、あんﾆｬ風にﾆｬりますﾆｬ｣

｢おっとっとﾜｯ｣ﾄﾞﾎﾞﾝ

地面の上を走っていた男性がバランスを崩し転覆。

｢更に泳げﾆｬいという理由で海の魔物娘が襲ってきますﾆｬ｣


ｻﾞﾊﾞｰｯ ｢メロウでメロメロ〜｣
｢うわぁぁ！人魚に襲われる！｣
｢待ってよ〜泳げないなら安全な所へ連れていってあげるから〜｣ｼﾞｬﾊﾞｼﾞｬﾊﾞ
｢ちょ、ここ個室だよ、プールサイドじゃないの!?｣
｢コウイ室だよ〜｣

ﾊﾞﾀﾝ

｢あれはコウイ室。防音設備完備だから中でナニをしようが音が漏れることはなく行為が出来る｣

｢好意!?コルヌさんはあたしに好意を持ってるんだ｣
｢やーん、ナニって何？｣
｢思わず漏れそう…｣

｢もうすぐ作業場につきますぜ｣


Μ作業場Μ


｢カ〜チ、カ〜チ｣

上半身赤い救命具を着たマーチヘアが火打ち石を鳴らしながら、ビート板を売っている。
見てくれはアタシ達の世界で見たビート板と同じね……

｢おかえり｣
｢家内のカーチですぜ｣
｢みんなはマイびーと板制作で来たの？｣

｢｢｢はい、コルヌ様のびーと板をください｣｣｣
｢自分の顔がプリントできるサービスがあると聞いて｣

三人＋一人はカーチさんに銀貨を一枚ずつ差し出す。

｢ちゃんとした客のようね、あのシートの上に立って｣

｢よっと｣
｢ここだよね？｣

｢動かないでね。カ〜チ、カ〜チ｣

火打ち石を鳴らすと、ルーンから赤い光が生まれる。光は二人のつま先頭のてっぺんまでスキャンしたわ。

｢スキャン完了、スイッチオン♪待っててね、すりーでぃーぷりんたーで作ってるから｣

｢｢｢はーい｣｣｣

この国にも3Dプリンターがあるんだ。
と思っていると、田吉さんがコルヌさんに声をかけてきた。

｢コルヌさん、今は脱出チケットを持ってますかい？｣
｢これのこと｣
｢おおっ神々しい、しかし兵士一万を集めるためといえ脱出チケットを餌にするとは貴女も相当人が悪い。いや、この場合は魔物が悪いでっしゃろか｣
｢易々と渡すつもりはないさ｣
｢あっしは任務終了後もチケットを所持し続けるかが気になりますが｣
｢三人共チケットは所持し続けるそうだよ。ボクは考え中｣
｢ほぅ…そうですか｣

｢出来たわよ。どうぞ｣

｢コルヌ様の顔がプリントされてるぅ｣
｢巨乳も再現されてるわ〜｣
｢あとは摩擦で魔力を染み込ませれば完成よ！｣

コルヌさんとアリス夫は自らの身体をびーと板に擦り付けて渡す。

｢じろじろ｣
｢もみもみ｣
｢くんくん｣

マーチヘアトリオはびーと板を視覚触覚嗅覚で堪能する。
参ったわ、後で自慰に使う妄想が浮かんでくるわ。

｢お兄ちゃんの匂いがする…｣

頬を赤らめるアリスちゃんが清涼剤なのが救いね。

ｷﾞｭｯ｢お兄ちゃんに抱きしめられてるみたい…ありがとうおじちゃん｣
｢あっしはビジネスでやってるだけですんで｣

田吉さんはアタシとへーくんに顔を向け

｢良ければお二方もびーと板を作ってみては？｣
｢友達と一緒に来たときでいいっすか？｣
｢はい、いつでもお待ちしてますぜ｣

｢ちょっとへーくん、何予約いれてるのよ!?｣
｢どうせならさ――｣ｺﾞﾆｮｺﾞﾆｮ
｢へーくん……｣
｢それにオレとしてはコルヌさんから直に泳ぎを教えてもらうﾎｶﾞｯ｣
｢へーくんのバカー！｣

アタシはプールサイドを走る。

どうせバタ足の練習をするフリをして、胸元を見るのが目的なんでしょ！


Μ波のプールΜ


｢全く、へーくんはいつもいつも……｣

アタシは流れるプールをじっと眺めていた。

｢まぁそれがへーくんの良いところだけどさ、どんな時でも明るくて……あたしも落ち込んでちゃいけないって思うから｣


｢ママ〜楽しいよ〜｣
｢そうね〜楽しいでちゅね〜｣


マーチヘアの母娘が流れるプールを楽しんでいる。


｢小学生の頃、プールの授業で生徒全員で、プールを一周して流れるプールを作ったのを思い出すな――｣



｢――学校帰りにお母さんにもそのことを報告して……あれ？｣

回顧している最中、とある男女に気づいた。

｢頑張れー！頑張れー！｣

涙声で応援する男に

｢はい、これで涙を拭いて｣

彼を支えるマッドハッター

｢思い出した、あの二人は泣き虫男のＮ-964と妻になったΜ-810｣

一体誰を応援しているのかと思ったら

それはキジコさんが出力してくれた映像と酷似していた。

プールのど真ん中に男女が一箇所に固まってプールサイドを往復していた。

｢あっ、貴女は確か……タマゴの里で見かけたマチコちゃんよね。やたらハイテンションな眼鏡の男の子と一緒にいた｣
｢覚えてたんだ｣
｢とっても特徴的でしたので｣

その視線はアタシの胸元を注していたが、気のせいだということにする。

｢がんばれーがんばれー｣

泣き虫が叫ぶ

｢あと少しよ〜｣

童顔のドーマウスも応援している。

｢頼む！君も応援してくれ｣
｢落ち着いて｣

｢あそこにいましたﾆｬ｣
｢おーい満知子｣

へーくん達がやって来る

｢君達は確か……｣


コルヌさんがＭ-810から事情を聞いたわ。


ソーンファームで食糧の確保
↓
仲間達と合流
↓
女王の城へ行くため断頭の峡谷へ
↓
川渡りに失敗
↓
地民プールで泳ぎの練習←今ｺｺ


あと、初太とまどっちの話も聞けたわ。練習中の討伐隊の中心に現れたと思ったら、今度はプールサイドにいたドーマウスのＮ-6ことネムちゃんの所へワープ、再び消えたとの事。

｢成る程、ところで珠から煙は出ていましたか？｣
｢ううん、ただ光っただけよ｣
｢まだ壊れてないのか…｣

｢ビーストとＢ-6が近くを通りかかったが、俺には関係ないと言われた。Ｂ-6もビーストに夢中で…うう｣
｢よしよし｣

薄情ね。

｢おめでとうございます。全員往復100mクリアです｣
｢やったあ、全員泳ぎをマスターしたぞぉ、感動だぁ！｣
｢認定証を授与します｣
｢水泳三級クリアだぁ！｣

｢認定証？｣
｢地民プールで配布される泳ぎが上達したことを証明する認定証ですﾆｬ。カナヅチを克服したら三級認定。断頭の峡谷の川を渡れば二級認定。ペアでシンクロナイズの息が合えば一級認定ですﾆｬ｣
｢一級認定の条件が意味不明ね｣

｢喜ぶのはいいけど、今から君達全員を転送させるから｣

討伐隊は不満げの様子。

｢そんな顔をしてもダメ、君達を召集するのがボクの任務だから｣

コルヌさんは強制転送珠を彼等の前に置き

｢彼等を簡閲ＳＡへ転送させて｣


彼等は光と共に消えた。


Μ


｢転送も済んだし、ボク達もそろそろプールから出よう｣

｢コルヌさんそっち南側よ、アタシ達が入ってきたのは北側の筈だけど？｣
｢満知子ちゃん、北側は基本一方通行ﾆｬので、ここを出るには南側から出るのは基本ですﾆｬ｣


Μ南側ゲートΜ


｢到着だよ｣
｢参ったわ、どんだけ歩いたのよ｣

｢地民プールは女王様の城ﾆｬみの広さﾆｬのですﾆｬ｣
｢つまり城の最北端から最南端まで歩いたってことかよ……｣

ぐったりするへーくん。

｢満知子ぉ〜栄養補給に愛液ちょうだ―い｣
｢それ、魔物娘の台詞よ｣


アタシはゲートを通り、水着から元の服へ戻る
続いてチェル、コルヌさんも元の服に戻る。

｢あーん、コルヌさんの水着姿もっと見たかったー｣ｸﾈｸﾈ
｢へーくん、女の子みたいな仕草をしないで!!っていうかアタシにも言いなさい！｣
｢満知子のびーと板じゃむーりー｣
｢何ｨ!?｣

アタシはへーくんを追い回す。

アタシに耳打ちしたことを思い出しながら



『初太とマドラちゃん、四人で一緒に作ったほうが記念になるだろ？』



そう、いつか四人で一緒に。



Μ続くΜ

■作者メッセージ
ドリルモールです。

地民プールを後にした満知子達。
彼等の次の目的地は不思議美術館ですが、一旦幕間を挟みます。

トリックストリートへ向かうシャンプとリンス、コーンとリコの四人組の話を前後編書く予定です。

キャラクター紹介と用語集、今回は田吉＆カーチ夫妻、そして『あの板』です。


Μ


キャラクター紹介�@
【名前】カーチ
【性別】女
【年齢】田吉より下
【種族】マーチヘア
【容姿】図鑑のマーチヘア＋白と紅蓮の髪＋上半身は赤い半纏一丁
【一人称】わたし
【口調・口癖】｢カ〜チ、カ〜チ｣と火打ち石を鳴らす
【能力・特技】火花魔術,薬塗り,小舟作り
【魔宝石】火打ち石
【概要】
　不思議の国の東側にある菓山地帯に住むマーチヘア。
　不思議の国で悪どい商売をしていた田吉を(性的に)懲らしめた経緯があり、その流れで田吉と結婚、最近は娘のヒウチを出産した。
　塗り薬や小舟を作るのが趣味で、菓山地帯の原料で作った塗り薬や小舟は住人達に好評である。

【補足事項】
　娘のヒウチは白百合の花園に入園中。


Μ


キャラクター紹介�A
【名前】田吉(たきち)
【性別】男
【年齢】カーチより上
【種族】インキュバス
【容姿】タヌキ面の中年男性＋小太り＋着物
【一人称】あっし
【口調・口癖】媚売り
【能力・特技】行商
【概要】
　カーチの夫で菓山地帯の地主。
　男版刑部狸と言える程ずる賢く、不思議の国の住人相手に商売を行い金銭を稼ぐ。
　昔は詐欺まがいの商売で多くの金銭を巻き上げていたが、カーチに懲らしめられて改心する。現在は菓山地帯から噴出される菓子の原料を使った商売を営む。
　不思議の国の代表であるが直接会議に出席せず、妻のカーチと共に地民プールでびーと板を販売中。

【補足事項】
　物々交換はお断りでっせ。


Μ


用語集
【びーと板】
　ハートの女王が作った魔術具の一種。
　水に浮かぶ板で、手に持って水面上に身体を浮かせることで泳ぎの練習に使う。
　摩擦により精や魔力を付着しやすい素材で作られており、番や恋人のために自身の精や魔力を刷り込ませれば、夫の精や妻の魔力の匂いを感じながら一緒に泳ぎの練習しているような安心感が得られるため、自主練に重宝されている。
　また自作のびーと板も作成可能で、専用の魔法陣で身体の構造を読み込むことで表は顔と胸元、裏は下腹部をプリントした板が出来上がる。尚自作の場合は片面に弾力性のある樹脂が埋め込まれており、男なら股間、女なら胸元というように、樹脂の形がその者の『とある部分』を再現している。
　因みに樹脂を触れていると自然と胸の鼓動が高まり、本物の感触を確めたい欲求が強くなるらしい。