連載小説
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リユニオン・ワイバーン
 昼間の日光が容赦なく照りつける、手をかざしてなお気づけば汗が垂れる空模様。
 とは裏腹に、心の暗雲は晴れやかとはいかなかった。
 あの邂逅と逃避と葛藤からの三日余り、結局、過ぎたのは時のみ。

 「……」

 彼女の動向についても進展はない。
 調べていないのももちろんある、というより、触れる気にはならなかった。
 第一知ったとして、ゲームの主人公のごとく勇気ある行動によって道を切り開く力が自分にあるとは思えなかった。 

 「ふう」
 
 そんなもやもやを抱えたまま、今はただ、気晴らしにと出かけているのが現状だった。
 当てのないものだ。
 自嘲して頭上の看板に目をやる。
 そこには、進展のない自分を煽るかのように、新作の張り紙がされていた。
  
 「新作、か」

 ひとまず、このことを今は置いておこう、と自動ドアをくぐれば、音の波と涼やかなクーラーが体を撫でる。
 騒がしくはある、が慣れ親しんだもので意にも介さず、ほとんど無意識に棚の見出し、ゲームハードを頼りに目当てへ足を運ぶ。
 
 ……あった。

 
 向き直り、目を凝らす。
 一言で表せば、3D対戦アクションゲーム。
 新作ではあったが、まだ残っていたようだ。
 運がいい、ほっとしながら特典付きの方を見やれば、そこには売り切れの文字。
 なるほど、大分あれが吸ってくれたらしい、とパッケージへ手を伸ばす。
 
 軽い。

 が、しっかりとした質感だ、データをそのまま帰る時代になったとはいえ、ここには不思議な魅力がある。
 などと感慨に浸りながら振り返れば。

 「……」
 「あ、え、と……」

 
 見慣れた、というには付き合いは短い。
 しかし確かに見知った長い黒髪の女性、高嶺さんが立っていた。
 その視線は、こちらの顔とパッケージを交互に行き来している。

 「……あ、買いますか?」

 というのは俺の声。
 昨日の今日だ、つい、一歩引いた対応をしてしまう。

 「え、いえ、別に、持ってるので……」
 「そ、そうですか」
 「まあ、はい。じゃあ、これで……」

 お互いに遠慮し合ったまま会話が終わる。
 発売間もないゲームを持ってる、ということはかなりのシリーズファンか気になっていたかのどちらかだろうと思いつつも、それ以上会話をすることもなかった。
 ここで上手くやってしまえば、と思うが去っていく背中に声を掛けられるほどの仲ではないだろう。
 そんな思案が足を重くする。

 「ありがとうございました〜」

 とはいえ同じジャンルの好き者同士、会話のきっかけになったかもしれない。
 そう気づいたのは会計を済ませた後だった。
 何もかも後手後手、どうしたものか。
 このままではどうにもすっきりしない。
 
 
 
 「あ、えっ、と……」
 「……高嶺さん?」

 等と顔を渋くしながらドアをくぐれば、そこには思いがけない人物がいた。
 というより、待っていた。
 気まずそうに黒髪をいじりながらも、彼女は果敢に声をかけてくる。

 「その……。お昼食べました?」
 「え、あいや、まだですけど……」

 素っ頓狂な質問だった。
 こちらもポカンとして、つい素直に返してしまう。

 「だったら……。い、いい場所知ってるんです、行きませんか?」
 
 そしてだからこそ。
 軽い調子の誘い文句とは裏腹の鋭い瞳を直視してしまい、こくりと頷くしかできない。
 早く新作をプレイしたい欲望もこの場から逃げようとする気弱ささえも押さえつけるような、決意の輝きに感じられたからだ。






 「いらっしゃいませ〜、2名様ですか?」
 「はい」
 「お好きな席へどうぞ〜」


 そんなわけで、なすがままに連れられてきたのは、レストランだった。
 店員がやたらと美人である以外は何の変哲もない、食事空間として最適な、清潔で整った、オレンジの灯りが暖かいレストラン。
 
 「……ふぅ」
 
 そんな中、高嶺さんが正面に座る。 
 というのも選ばれたのは、一つのテーブルに対してふたつの座椅子だった。
 ここまで完璧にリードされてしまい、しかも彼女はこちらをまじまじと見つめてくる。
 それを抜きにしても美人の女性と、それも部の合宿で組んだ相手との食事だ。
 ドキドキしない、といえば嘘にはなる。
 事実、どこか遠いところで心臓が早鐘を打っているのが聞こえてはいた。
 
 「……」

 けれども、これが純粋に恋愛感情のおかげ、とは口が裂けても言えなかった。
 高嶺翼という女性の正体、そして知られた後の逃走。
 正確には、逃げたのは俺も同じではあるか。
 心残りはあれども、新作ゲームに意識をうつして、気晴らししようとしていたのだから。
 とはいえ住所も知らなければ、連絡先も知らない。
 大学の講義で会うこともあったかもしれないが、そもそも相手には相手の事情がある。

 「…………っ」

 だから、とそこまで考えたところで、命の恩人であることを思い出す。
 何はともあれ、結局、礼は言えていなかったはずだ。
 あちらとしてもいまさら言われても困るかもしれないものの、それでも、助けてもらったことに感謝の一つも返さないのは、失礼だろう。
 ならばこれだけは、と決意する。
 
 「あの。……ありがとう、ございました」
 「……え」

 彼女は驚いていた。
 急にこちらが口を開いたからだろうか。
 しかし流石に、ここだけは退くわけにはいかない。

 「あー。土手。あのままだったら、竹が危なかったから助けてくれた、ん、ですよね」
 「……」
 「だからその。……礼は、言っておきたい」

 そこまで言い切って顔を背ける。
 逃げた癖に何をいまさらという恥じらいと、後は、素直にこちらを見つめてくる丸い瞳をこれ以上見つめるのは照れくさかった。
 とはいえ、とにもかくにも、肩の荷が一つ下りた心地がする。
 彼女の正体のことだとかこれからのことだとかは分からないが、受けた恩にありがとうも言えないままでは流石に気分が悪かった。
 
 「…………。あの」

 そんなことを考えている耳に、高嶺さんが息を一つ吐くのが聞こえてくる。
 何かを決心したような重たさに、どうしたのか、と視線を向ければ彼女はぐいっ、と急接近してきていた。

 「え……」

 ドギマギする。
 額がくっつきそうなほどの至近距離は、綺麗な白い肌を目にするには刺激が強かった。
 だからこそ俺の視線は硬直し、結果としてクールな瞳の中に縦長い形を見ることとなる。
 見覚えのある輝きは、やはり人のものではない。

 「……あそこの人はサキュバス。カウンターの人は、えっと、サテュロス、ってわかります?」

 などと考えていると、高嶺さんは囁くように告げた。
 そしてどこか嬉しそうに、いたずらっぽく微笑む。
 
 「あ、え?」

 困惑する。
 視線があちらこちらへさまよう。
 それくらい、俺にはどう反応すればいいかわからなかった。
 やむなく、何が言いたい、と高嶺さんへ視線を戻すが。

 「……ふふ」

 彼女は満足げに頬を掻くだけだった。
 非日常的な単語を、すらすらと言葉にした後とはとても思えない。
 
 「えぇ……?」

 考えても仕方がない、と視線を落として思索に耽る。
 サテュロス、というのは分からない。
 いや、どこかで聞いた覚えもある、確かファンタジー系の作品だったか?
 と考えると次に思考に入り込むのはサキュバスという単語。
 流石にそれは分かる、そういう、悪魔だ。
 
 「……ふふ」
 
 もう一回視線を上げる。
 やはり高嶺さんは機嫌がよさそうだった。
 何故こんなに楽しそうなのか、先程までの態度とはまるで違う。
 正体を知られているのは何も変わらず──

 「…………!」

 とまで考えてあまりの驚愕に口が開いたままになってしまった。
 そして視線は、手元と彼女の顔を目まぐるしく行き来する。
 自分でもはっきりと分かるほどに、俺は動揺してしまっていたのである。
 バラされる危険には、まず、周囲に知られては困るという前提が必要なのだ。
 けれどもし、彼女の秘密が漏れても気にしない場所であるならば。

 「マジ、ですか」

 そう聞いたものの、既に自分の中では分かっていた。
 素っ頓狂なことだからこそ、こうも俺が真剣に考えてしまっている時点で、高嶺さんの言葉は真実なのだ。
 であればあの夜に見て感じた異質な正体を知る自分を、彼女は己の縄張りへと連れてきたようなものなのである。

 「マジ、です」

 高嶺さんの表情がさらに嬉しそうになった。
 よほど高揚しているのか口角はぐにゃりと上がり、凄みさえも感じる。
 そのせいか、首筋に汗がタラリと落ちる錯覚を俺は覚えていた。
 
 ……これは、まずいんじゃないだろうか。

 相手は、こちらの理解の外の存在である。
 身体能力も、何もかもがこちらより優れているのも知っている。
 であれば思考回路までも違っても不思議ではない。
 何より、少々失礼な話ではあるが、高嶺さんと言えば突拍子もない発言。
 そんな彼女は今、正体がバレても問題ない。
 それどころか周囲には仲間が大勢いる。

 「ということはその、もしかして始末するとかそういう……」

 そこまで考えた俺は、あまりの緊張に勝手に言葉を口走っていた。
 あまりに、迂闊。

 「あ、ぇ……!?」

 当然と言うべきか、高嶺さんはというと目を大きく見開いていた。
 爛々と輝く縦長の瞳孔が、こちらの顔をまじまじと見つめてくる。
 そこから読み取れる感情は、はじめこそ驚愕だったが、時と共にどんどんと何か強いものがにじみ出て感じられる。
 これは大失敗だろう。
 俺の顔面から血の気が失せていく。
 次の瞬間。
 
 「し、しませんっ!そんなこと!」
 「っ、ひぇ……」
 
 すごい剣幕で言葉をぶつけられた。
 高嶺さんが身を乗り出したのもあるが、それ抜きでも竦みあがるような強烈な語気である。
 こんな、叩きつけるような声が出せるのか。

 「あ、いやこれは、違くって」
 
 かと思えば目の前であわあわと手を振り始める彼女。
 慌ただしい、などと観察する余裕は正直なところ俺にはない。
 今まで聞いたこともない声に、心臓をバクバクと鳴らすのが精いっぱいだった。
 
 「だ、大体、ならなんであの時助けたりするんですか。その、そういうつもりならあの場で大変なことにしてますよ……」
 「あ、おお、それもそう、か……」

 震えあがる俺をよそに、高嶺さんが弁明する。
 確かに納得のいく説明ではあった。
 それどころか、巡らせていた思考に比べれば随分と単純かつ当然。
 大体、自分の思考こそどうだ。
 感謝を伝えられなかっただのと考えていたくせに、いざとなればなんとも恐怖心にあおられて情けない。
 むしろ、そういう意味で言えば、今一つ勇気を出しきれなかった自分らしくはあるが。
 ともあれおそらくは動揺のせい、色んなことがあり過ぎていた。
 隠すような正体の高嶺さんに再会した挙句食事に誘われ、周囲はその彼女と同じような正体の持ち主。
 並べてみると、やはり、異常ではある。

 「……」
 「……」

 と、考えたのが良くなかった。
 内心どうあれ現状はというと、会話が切れているのである。
 とはいってもここからどう言葉を交わしたらいいのかはわからない。
 ……なんだか前にもこんなことがあった気がするな。
 少し、懐かしさがなくはない。
 
 「あのー。ご注文はお決まりですか?」
 「え?……あ」

 と、助け船は意外なところから現れた。 
 店員だ。
 少し困り気味に眉を曲げ、小首をかしげている。
 そういえば、そうだった。
 ここはレストラン、食事をする場所である。

 「……あー。えっと、すいません。その……」

 しどろもどろになりながら、高嶺さんと店員の顔とを見る。
 高峰さんは照れくさそうな困り顔、今は、頼りになりそうにないかもしれない。
 店員はというと、やはりというべきか扱いのややこしい客を見る目をしている。
 それはそうだろう、あの大声である。
 となれば。

 「夢中になってて。本当にその、すいません」

 言い訳をして、メニューへするりと手を伸ばす。
 口をつついたそれは事実無根にして荒唐無稽な出まかせのようなものだったが。

 「ああ、どうぞどうぞ。でも、あまり大声を出さないようにお願い致しますね?」
 「はい、気を付けます」
 
 それでもこの場は切り抜けられたらしい。
 あるいは、恐らく行きつけであろう高嶺さんのおかげもあるだろう。
 彼女の、おかげか。

 「……あの、どうぞ」

 そう考えるとなんだか照れくさくて、俺はもう一つあるメニューを高嶺さんに渡してすぐに、自分のそれへ視線を落とした。
 一瞬、呆けたような顔をする彼女が見えたが、意識を割いたのはそれきりだ。
 さて何を頼もうか。
 カレー?オムライス?

 「えっと、これ」
 「ん?」

 と、高嶺さんが話しかけてくる。
 困ったような苦笑いを浮かべていた。
 
 「これ、デザートとかが載ってるやつで」
 「あ…………。すいません」
 
 顔がかぁっと熱くなる。
 どうやら、まだ動揺が続いていたらしい。
 焦ると、とことんしくじるものだ。
 気恥ずかしさに視線さえも落ちていく。
 
 「……ふふ」

 しかし高嶺さんから笑い声が聞こえ、どうしたことだ、と反射的に視線が移る。
 彼女はというと、目を閉じて笑っていた。
 こちらとは対照的に、随分とリラックスして見える。
 
 「ああ、ごめんなさい。なんだか、思ってたより、やっぱり面白いなあって」
 「……面白い?」

 我知らず目を白黒させる。
 そんなことを言われたのは初めてだった。
 むしろ俺は、つまらない方だろうに。

 「あ、ごめんなさい」
 「いや、別に怒っては。ただ……」
 「理由が、気になります?」

 頷く。
 自分で言うのもなんだが、そう面白い性格はしていないつもりだ。
 しかし高嶺さんは、気取ることもなく自然体で微笑む。
 
 「なんというか。もっと仲直りに時間がかかると思ってました」
 「……仲直り」

 呟くように返す。
 なるほど俺がどうこうではなく、状況が面白い、ということだろうか?
 とはいえ仲直り、か。
 不可能だなどとは思っていなかったらしい。
 あの夜といいつくづく、彼女のたくましさには敬服してしまう。

 「はい。……まあ、すぐにとはいきませんでしたけど」
 「……」

 みっともない話だった。
 こちらがどう解決したものかと悩んでいる間に高嶺さんは、仲直りできるに決まっていると信じていた。
 きっと主人公となるならば、彼女のような存在なのだろう。
 等と場違い気味に考えてしまう。

 「……あー。好きなもん、頼んでいいですよ」
 「え?」
 「出します、俺が。……お詫びも兼ねて」 
 「お詫びって……」

 だからだろう。
 そんな言葉を口から放ちながら、俺は高嶺さんへメニューを突き出していた。
 拗ねた子供のようだと自分でも思った後懐事情はどうだったかと顔が渋くなるが、それでも、男に二言はない。
 せめてそういう意地くらいは、張らなければいけない気がした。

 「別に、そんなんじゃないんだけどなあ」

 独り言のように高嶺さんが苦笑する。
 これはすぐには気づかなかったことだが、敬語ではない彼女ははじめてのことだった。
 ぽろりとこぼれる様な言い方といい、もしかしたらこちらの方が素だということも有り得るのだろうか。
 
 「……じゃあ。悪いって思っているなら、改めて友達になってください」
 「へ……」
 「ほら、仲直りです。……ダメですか?」
 「ダメって、わけじゃ」

 等と考えていると彼女はそう言って、小首をかしげて見せてくる。
 正直、言いよどむ。
 ずるい。
 素直な感想はそれだった。
 ふわふわとしていてどこか掴みどころがなく、そのくせ要求は断りづらい。
 
 「じゃあ、いいですよね。……ほら、何食べます?」
 「え……あー、俺は」
 「言っときますけど、安いのにしようとかは無しですよ?」
 「う……」
 「友達ですもん。ご飯代も半々です、えへへ」

 それでいて押しも強かった。
 溜息が出そうだ。
 少なくとも、この場では敵わないだろう。

 「じゃあ、カレーで。……あー、カツのカレー」
 「はーい」

 流石に観念する。
 通らぬ意地なら、突っぱねないのが利口だろう。
 それに悪い心地ではなかった。
 むしろ胸の中に埋もれていたしこりがひとつ取り除かれた、そんなすがすがしさがある。
 
 「じゃあ私は、エビチャーハン、は取るとしてシーザーサラダと、スープは……」

 そんな俺の気持ちは流石に知らないだろう高嶺さんは、意気揚々とメニューを捲る。
 朗らかな少女のような瑞々しい笑顔には、先程のしたたかさは影も形もなかった。
 まったく、おそろしい。
 場の雰囲気をすべて取りまとめられたどころか、正体どうこうについてこちらがどうすればいいかも言わないうちに、いつの間にか友達にさせられてしまった。

 「……フ」

 とはいえ、である。
 このままやられっぱなしというのも癪だ。
 だから俺は、テーブル上の呼び出しボタンだけは、自分で押してやることに決めたのだった。
21/06/21 23:06更新 / GARU
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■作者メッセージ
リユニオンって、再会って意味らしいですね。

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