連載小説
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アイコール・ユアネーム
俺と中浜が恋人になった翌日、朝。

「よぉ蓮司ぃ。
俺を裏切ってリア充になった気分はどうだぁ?」
マーセナス家の男みたいな鬱っぽい顔になっている五郎から、
俺はいきなりそんな事を言われていた。
「裏切ったって・・お前も立花先輩と何か話があったんだろ?」
口から出るままに言葉を返すと、五郎は急に嬉しそうになりこう言う。

「ああ・・話ね!あったよ。
なんかいきなり手をギュッと握られて、
うむ、うむうむ・・うん!ってよく分かんない事された。
しかもなんかその後、俺の方に微笑んで来て。
やべえすっげえ可愛い、これがギャップ萌えか、
っていうかついに俺にも春が!?
と思ったら次の瞬間お前等の方向を向いててよ。
どういうつもりでああしたのか分かんないぜ、まったく。」
困惑した風を装ってはいるが、その口調は明らかに軽い。
こいつは、あれだ、嬉しすぎて戸惑ってるんだな。

「なんだかんだで嬉しかったんだろ?」
「んあ?ああまぁな、というか嬉しくないわけないだろ。
あの立花先輩が、だぜ?俺にだぞ?微笑んだんだよ!?」
どんどんヒートアップしていく五郎。
ちらりと時計を見ると、もうじきSHRが始まろうかという時間だった。
そろそろ止めなくては。
クラスの皆も俺に目でそう言ってくるし。

「ああ・・五郎?そろそろ止めとけ?
いい加減にしとかないと先生に怒られるぞ。」
「たとえ先生だろうと!」
やばい、こいつ聞く耳持たねえんだった!
・・ならこれでどうだ!
「立花先輩に連絡行って、迷惑かけるかもしれんぞ?」
「・・・・・・・・」

やっと止まる五郎。
これは、良い止め方を見つけたかもしれない。



帰り道にて。
「え?立花先輩そんなことしてたの!?」
「ああ、五郎から聞いた。」
俺は朝あったことについて中浜に話していた。
「へぇ・・意外と積極的・・」
感心したように呟く中浜。
積極的といえばそうだが。
方向性がちょっとズレているような・・と思いつつも、
まぁいいか、と俺は話題を変えた。

「そう言えばさ・・来週から修学旅行だっけ?」
「あ〜・・そう言えばそうだね。」
答えつつ、全然意識してなかったよ、と付け足す中浜。
俺もだ、と言いつつ俺は頭を回転させ始めた。
「修学旅行・・今年からは全学年共同だったな。
去年生徒会からの発案で可決されたんだったか?」
まず思いついたことを言ってみる。
中浜はそれに、そうだよ、と言った後説明し始めた。

「えっとね・・まず一日目は工場見学から・・って。」
工場見学。
その単語が出た途端顔を歪めてしまった俺を見て、
中浜は苦笑する。
目を逸らしながら、しょうがないだろ、と言うと
中浜はその表情のまま言葉を続けた。
「いや、気持ちは分かるけどさ・・。
ほ、ほら、二日目の自由時間の為の我慢だと思えば、ね?」
その言葉に今度は俺が、フ、と苦笑を漏らしてしまう。
「そう言う中浜だって、そんな言い方をしてるじゃないか。」
言われた中浜も、
てへへ・・と可愛らしい八重歯を口の端から覗かせて苦笑した。

「や、だってさ。
工場の動いてる機械を見せられながら説明を受けても、
正直ボクには何のことだかさっぱりなんだもん。」
「だよなぁ・・俺もだ。
大体説明してもらってる時に、別のこと考えてる。」
「分かるよ、それ。
説明してくれてる人に悪いなぁって思って、
途中までは聞いてるんだけど、結局他のこと考えてたり・・」
「ゲームのコンボとかか?」
「うん。」
「・・ダメだな俺達。」
「ダメだねー。」
そして二人して笑う。
そう大層な事ではないけれど、二人で過ごすそんな時間はとても楽しい。
その楽しさを感じながら、俺達は家に帰ったのだった。


翌日、7限目LHRにて。

俺の一番の願い・・希望の象徴・・可能性の部屋割り・・!!
これは・・奇跡だ・・ッ!!

時はLHRの初め辺りに遡る。
1、2分程遅れて、
バフォメットの小角(こかど)先生がプリントの束を抱えてきた。
先生は、二段程高く作られている椅子の上に立つとこう言った。

「え〜皆、良ーく聞けい。
これから配るプリントは修学旅行の部屋割りや注意事項じゃ。」
とう、と言って飛び降りる小角先生。
着地後、一秒弱止まった後身震いした後、
クスクスという笑い声に「ええい、笑うな笑うな!」
と子供っぽく反論しつつ、
列の先頭の机に、その列の人数分のプリントを置いて回った。
そして何の手違いもなく配られてくるプリント達。
俺の席は教室の一番後ろ、
廊下側にある二つの席のより廊下に近い方にある。
なので、後ろに回す必要がなく、
すぐさまプリントに目を通すことができた。

「さて、では説明をするぞ!皆、1ページ目を見よ!」
やけに張り切った様子で先生が指示をする。
まぁそんな指示に大人しく従うのなんて半分居るかどうかであり、
残り半分はすぐにプリントの別のページを見ているものである。
かく言う俺もその一人で、
俺は先生が何やら解説している部分をさらっと読んだ後、
グループ分けのページを見ようとしていた。
ちなみに先生が解説していたのは、
同じグループになった人と行動を共にする等の事だ。
・・どうしてあんなに時間をかけるんだろうな。
六人一組で、
同じグループになった誰かと行動を共にするとか、面倒なことだなー・・。
とかそんなことを考えつつ、そのグループ表を見る。

まず、俺の思考の流れが変わった。
俺の属するグループには順に、
河村五郎、鮫川蓮司、立花麗奈、寺谷達也、豊原美佐の名前がある。
最後らへんの二人は、達也というのは一年の男子、
美佐というのは三年のリリムだったはずだ。
まぁ今はそんなことはどうでも良い、重要じゃない。
大事なのは最後の一人に、中浜美星、と言う名前があった事だ。
・・この時点でもう一緒に行動する相手は決まった。
実際この時、結構嬉しかった。
しかし、このくらいではガッツポーズはすれど、錯乱などしない。
問題は部屋割りだ。

「んでじゃな、部屋割りは二人一組じゃ。
言っておくが、誰と組んでも文句を言うなよ?」
なるほど、部屋は二人一組か・・。
中浜と一緒になれたらそれこそ嬉しいが、
まぁお決まりのパターンで河村辺りが来るんだろ?
誰を相手取っているでもなしに、心中で言いながら、
俺は部屋割りを見た・・。

部屋割りにはこう書いてあった。
287号室[鮫川蓮司][中浜美星]。
もう一度見る。
そこには確かに[中浜美星]の文字。

  中  浜  美  星  の文字。

三度見して、それが見間違いでないことを確認。
・・よし、俺の希望を反映した幻じゃない。
読み仮名・・はないが、この名前は学校に二人は居ないはず。
うん、完全に、俺の恋人の、中浜だ。
中浜と俺は、二人で、同じ部屋。
それを、理解する。
理解・・した。

・・いよっしゃああぁあああぁぁあぁぁぁあああ!!!!
俺は運命に、お約束に 完 全 勝 利 し た ッ!!
中浜と、中浜と同じ部屋!!
いやそりゃあいつも同じ家にいるとは言えやはり嬉しいものは嬉しいんだよそりゃあだって何てったって中浜だぜ?自分の恋人と同じ部屋だよしかも寝るときとかも部屋にいるときとかも同じ時間を過ごすことが出来るんだよ嬉しくないわけが無いじゃないかやっぱりこれは運命がデスティニーがいかん、ヤバい理性が・・ッ!?

チラリと見えた視界の端。
五郎が座っているその場所。
そこを見た瞬間、俺の頭は一気に冷えた。
何故なら・・・
「お・・俺は・・」
ものっすごい負のオーラを出す人物が居たからだ。
直視が躊躇われるくらいのそれを出すその人物、
というか五郎は、部屋割りを見ながらうなだれている。
一体どうして・・そう思って同じく部屋割りを見ると。

288号室[河村五郎][豊原美佐]
289号室[立花麗奈][寺谷達也]

・・あっ。


鮫川君の家にて。
ボクはやけに興奮気味の鮫川君の話を聞いて苦笑していた。
というかボクも同じような話をしていた。
「あはは・・あ、立花先輩も落ち込んでたよ。
そっち程露骨じゃなかったけど。」
「へぇ・・どんな感じだったんだ?」
意外そうに、そしてちょっと興味ありげにそう訊いてくる鮫川君。
確かに意外だろうけど、これは言って良いものかなぁ・・。

いや、ここからは先輩と河村の問題だし、それに・・
あの顔の可愛らしさは河村が感じるべきものだよね。
そう思ってボクは。

「えぇ〜?そんなのに興味あるんだ?」
とわざとらしい言い方で聞き返した。
「あ、いや、別にそういうのじゃ・・」
狙い通り、ちょっとたじろぐ鮫川君。
我ながらイジワルだなぁ・・と思いつつも、
「じゃあ、別の話題にしよう?」
と強引に話題を変えた。

「そうだな・・じゃあ自由時間について、辺りか。」
「あ〜・・確か、ほとんど一日中自由時間だったね。」
次の話題に対して応えつつ、考える。
二日目はグループの内の誰かと
一緒に気の向いた所へ行く、だったはずだ。
・・誰と行くかは考えるまでもない、よね?
「俺は中浜と行動したいけど、良いか?」
小さなボクの不安を知ってか知らず、鮫川君はそう訊いてきた。
いや、口元に軽い笑みを浮かべている所を見ると、
質問というよりは確認の意の方が強いのかな。
「うん、ボクもそうするつもりだったし!」
笑顔でそう答える。
嬉しいことに鮫川君と考えることは同じだったようだ。


修学旅行まで、あと五日。
今日は帰宅後、俺達のグループの6人で集まることになっていた。
別に、先生からそうしろと言われたのではないので、
旅行に行くグループ全てが集まる訳じゃない。
美佐先輩からの提案が立花先輩、そして五郎を通じて広がった結果だ。
その際、無理して予定を合わせなくても良いよ、とも来ていた。
まぁ、その点については何も問題無いだろう。
それを振り切ってまでしたいゲームがある訳でもないし、
予定となるであろう中浜は俺の隣を歩いているからだ。
待ち合わせ場所は学校の近場のカラオケとの事。
何でも、歌を歌うことによって親交を云々・・とのことらしい。

「どんなの歌うんだ、中浜は?」
顔を中浜の方へ向けて訊いてみる。
単純に興味がわいたのと、
知ってる曲であれば良いなぁという密かな期待からだ。
「ん〜?えっとね・・」
小さいアゴに中指を当て思案する中浜。
曲名を思い出しているのだろう、視線は宙を舞っている。
歩きながらの為ゆらゆらと揺れる横顔と金の髪が可愛らしい。
そう思っていると、その顔がはにかみながらこちらを向いた。
「わ・・笑わないでよ?」
「え?・・いや、笑わないと思うぞ?」
曖昧にそう答えると、小首を傾げつつ中浜は曲名を言う。

「沙耶の唄・・とか?」
「ふ、く・・っ」
耐えきれず俺は下を向きつつ、軽く吹き出してしまった。
・・ごめん、中浜、許してくれ。
それは、ちょっと意外すぎたんだ。
この反応に中浜は
「む・・わ、笑わないって言ったのに。」
といじけたように半目になってこちらを睨み唇を尖らせる。
子供っぽいその様子はずっと見ていたいくらいだったが、
流石にそれが出来る程意地悪ではないので、
手を左右に振りながら俺は弁明を始めた。
「ああ、ごめんごめん・・意外だったから。」
「む〜・・そうだろうなぁとは思ったけどさ・・。」
やや不満そうながらも引き下がってくれる中浜。
・・正直意外どころでは無かったが、この際それは置いておく。

「ニト○プラスの原作はやったことないけどさ。
でもなんていうかこう・・綺麗で落ち着いてる曲でしょ?」
綺麗・・まぁ、そうだろうな。
ちょっと、普通とは違う綺麗さだけど。
「うん、それは分かってる・・俺も好きな曲だからな。」
俺がそう言うと中浜はうんうん、と嬉しそうに頷いた。

「ん〜でも・・あんな風に吹き出されちゃったら、
ボクも訊きたいな。
鮫川君は何を歌うの?」
かと思えばそんなことを訊いてきた。
その顔は楽しげに笑っている。
たぶん俺と同じく、興味本位だろう。
・・変な曲じゃないかな、と期待してもいるのかもしれない。
・・その期待には応えられそうにない、悪いな。
そこまで考えてから俺は曲名を口にする。

「・・Shining tearsとかかな。」
聞いた中浜は、えっと・・と視線を宙に舞わせた。
やっぱり、ややマイナーどころだったか?
ここはあれだろうか、Evil Shineとかにしといた方が良かったか。
・・それもそれで分かるかどうかは、微妙だな・・。
と、ここまで考えたところで、中浜が再びこちらを向く。
やっぱり分からないか、と思ったが
予想とは裏腹にその表情には期待が混じっていた。
そしてこう言う。

「それって・・あの、ぱっぴーって口癖の人の?」
・・大当たりであった。
なんだか嬉しくなってくる。
「おお、それそれ!!分かるんだ?」
訊くと中浜はその笑顔をさらに弾けさせた。
「うん!ボクもあの曲は暖かくて好きだもん!」
「そっかそっか、それは良かった・・。」

自分が知ってるものを恋人も知っているというのは嬉しいものだ。
・・というか、さっきから感想が可愛いな・・。
なんだか頭を撫でたくなってくる。
実際にやったら子供扱いだ、と言って怒るかもしれないが。

「でも、もっと熱い曲かと思ってたな・・ちょっと意外。」
そう言う中浜に何となく、例えば?と訊いてみる。
すると中浜は
「えっと・・知らなかったらゴメンね?」
と前置きをした後、曲名を言った。
「Evil Shine・・とか。」
・・中浜、すげえな。


それからしばらく話しながら歩き、
俺達二人は今、カラオケ屋の前に着いていた。
確か集合時間は5時半だったな・・。
そう思い、現在時間を確かめようとケータイを取り出し、
液晶画面に映し出される時刻を見る。
白く浮かび上がる数字は5:10・・ちょっと早く来すぎたか。
「・・早く着いちゃったね。」
同じ事を思ったらしく、隣からケータイを覗き込んでいた中浜が、
はにかみながらそう言った。
20分・・まぁ、そう長くはない。
どうやって時間を潰そうか?と返そうとした瞬間・・。


「星ちゃーん!」
誰かが中浜の名前を叫びつつ、彼女に抱きついた。
あまりに突然の出来事に呆然としてしまう。
・・え?何だ?どうしたっていうんだ?
抱きついているのは女性だ・・いや、そうじゃなくて。
中浜とは対照的な白銀の髪・・そうでもないって。

「ん〜、見ているだけでも相当に可愛かったけど、
こうやって抱きついてみるとさらに可愛いわね〜!」
俺が戸惑っている間にも目の前の女性はそう言いつつ、
中浜の体をまさぐる。
最初は体の端辺りを触っていたが、
その手は次第に体の中心に近い所へ移っていった。

「ちょ、あの、とよっ・・ぅ・・んあっ・・」
中浜が何かを言おうとするが、
白銀の髪の女性は構わず手を動かしていく。
二の腕、肩、鎖骨・・白く美しい指が伝っていく。
それが胸へと渡ろうかというところで、ハッとなる。
・・俺は何をしてるんだ。
そう思い、俺は女性に近づく。
もちろん、止めさせるために。
「あの」
止めてもらえますか、と続けようとした次の瞬間。

「たわばっ!」
いきなり、叩きつけられた。
女性が、国語辞典を、頭に後ろから。
お陰で中浜は解放されたものの、またも俺は呆然としてしまう。
・・っていうか角だったぞ、しかもカバー付きだったし・・。
それをされた女性はというと、中浜からやや離れ、
後頭部を押さえながらうーうー唸っていた。
かと思うと、元居た場所の後方を恨めしそうに睨んだ。
「うー・・達つん容赦無さ過ぎ・・。
ちったあ加減しなさいよ・・私じゃなきゃ死んでるわよアレ・・。」
そうとう痛かったらしく、
文句を言うその眼力たるや、革新者も真っ青である。


「うう・・鮫川くぅん・・」
そんな光景を目の当たりにした俺の意識を引き戻したのは、
中浜の縋りつくような声だった。
「あ、あぁ・・悪い・・。」
とりあえず中浜の体を受け止める。
その肌はほんのりと朱がさしており、体温も高い。
それは・・つまり・・そういう・・あれだろう。
そんなことを考えてしまい、赤面する。
俺を見上げてくるのは潤んだ純真な中浜の瞳。
それを正面から見返すことが出来ず目を逸らす間にも、
女性の状況は進んでいく。

「容赦無いも何もセクハラする人にかける情けは持ってないです。」
そう言うのは、
先程女性から達つんと呼ばれた鋭い雰囲気を放つ男子。
無造作にぶら下げた手には、
背後から女性を打った四角い凶器が握られていた。
「セクハラぁー?あんなのただのスキンシップじゃない。
そりゃ、いきなりやったのは・・悪かったけどさぁ・・」


「セクハラぁー?あんなのただのスキンシップじゃない。
そりゃ、いきなりやったのは・・悪かったけどさぁ・・」
そう、女性が返す。
ボクはあの人を知っていた。
三年生のリリム、豊原美佐先輩だ。
同じグループになったというのも知っている。
そして、とてもフリーダムな人だという事も。
確かにその通りだ・・それは身を持って味わった。
体がまだ火照ってるのが分かる。
・・鮫川君にも、触られたこと無いのに。
や、別に鮫川君に触られたいとか、
そういう訳でも・・無いわけでもないけども・・。
・・でも。

「流石に角は無いでしょ!?」
そう言う豊原先輩を見る。
・・美人だ。
女の目から見ても、美人である。
白とも銀ともつかぬさらさらな長髪、煌めくような美しく白い肌。
胸も人並みどころか結構なボリューム、お尻もしっかり出ている。
かといって弛んでいるかというとそうでもなく、
腰などはキュッと締まっているのが分かった。
足運びにしても、一切自然なふらつきは認められない。
言動こそふざけては居るものの、
その様相たるや良いところの御令嬢、
極端な言い方をすれば王女と言われても納得するだろう。
・・まぁ、王女っていうのは合ってるんだろうけども。
あの人リリムだし。

「・・・・・」
そこまで考えてから、鮫川君が黙ってしまっているのに気がついた。
最初は状況に圧倒されているのかな、とも思ったけど。
「・・・・っ」
生唾を飲む音・・上からだ。
鮫川君がそれを立てたのだ。
ちょ〜っと気になって鮫川君の視線を追う。
・・やっぱり。
その視線は先輩を追っていた。
同時に、先輩が魔力を滲ませているのに気づく。
恐らく、わざとではない。
口論をするうちに、漏れ出てしまったのだろう。

・・でも、鮫川君。
ちょっと怖い言い方になるけど、キミはボクのものだよ?
だから、それにイラっとしちゃったんだ・・。

っつう!?
女性を見ていた俺の左手の甲にいきなりピリッとした痛みが走った。
思わずそちらを見ると。

「む〜・・」
中浜がむくれた表情で俺の手の甲を抓っていた。
・・結構痛い。
「な、中浜、なにを・・」
どういう事だか分からなくてそう訊くと、
むくれた表情のままこちらを見上げてくる。
「・・鮫川君」
「な、何だ・・?」
いつもの中浜とは違うやや怖い声。
「そんなに、あの人が良かったのかなぁ・・?」
そして唇を尖らせそう言うと、プイッと顔を背けてしまう。
「え、や、それは・・」

俺は、どうしたものかと困っていた。
中浜以上に親しい女子なんて居ないし、
そもそも女子と付き合った事などないので、
女子の機嫌の取り方なんて分からない。
というか何を言っても裏目に出てしまいそうだし、
しかも中浜を不機嫌にさせているのはほかならぬ俺自身だ。
その事実が、さらに俺を臆病にさせる。

「む〜・・っ」
そうして考えている間も、中浜はむくれ続けている。
その表情から、何かを言って欲しそうなのは分かった。
分かった、のだが・・何を言えば良いのか、肝心のこれが分からない。
明るく取り繕う・・のも、さらに不機嫌にさせそうだし。
・・あ。

「む・・ぅ〜・・」
むくれた表情の中浜も可愛いなぁ・・。
思考が現実逃避してそんなことを考えていたからだろう。
「な、中浜の方が大好きだぞ俺は。」
そんなことを俺は口走っていた。
・・というか恋人以上に好きな女性なんて居るわけないだろ、
何言ってんだよ俺。
後悔する俺に対して中浜は、ちらりと目をこちらに動かした。

「・・どんなところが好き?」
そして表情はそのままにそんなことを訊く。
「可愛いところ・・。」
口からぽっと出たその言葉は、
効果が薄かったらしく中浜の表情は戻らない。
「・・どういうところが可愛いの?」
続く第二の質問にも、言い方に刺々しさが感じ取れた。
これは・・下手なことを言えない・・。
「わ、笑った顔・・」
慎重に言葉を選ぶ。
「・・なんか、ありきたりだなぁ・・他には?」
が、中浜はそう言って横を向いてしまう。
またしても俺はしくじってしまったらしい。
とはいえ・・どうしたものか・・。

「・・・・・・」
無言ながらも、ちらちらとこちらを窺ってくる中浜。
もうそんなに怒ってないようにも見える・・が・・。
だからといってこれを言って良いものか・・。
そもそも、俺の勝手な思いこみかもしれないし・・。
「・・・・」
しかしこれの他は今、思いつかない。
だから、意を決して俺はそれを言った。

「えっと・・むくれた、顔?」
「・・・・」
しかし、やはり、表情は動かない。
・・よくよく考えてみりゃ、むくれてた奴にむくれてるのが可愛いとか
煽ってるとしか考えられないな。
・・頭おかしいんじゃないのか、もう俺のバカ、何言って・・
「じゃあ、さ・・?その顔が見たくてから、ボクをむくれさせたの?」

「え?」
後悔する中、返ってきたのは意外な言葉。
・・もしかして、中浜的にはそう悪くなかったのか?
表情は、未だむくれてるが・・。
と、とりあえず会話を続けないと・・。
「あ、いや、可愛いなって思ったのはついさっきからだ。
さっきの中浜を見たとき、初めて可愛いなぁって・・」
「ふーん・・」
そう言ったきり、再び黙ってしまう中浜。
・・参ったな・・もう俺には打つ手がない・・。
そう思って中浜から視線を外したその瞬間。

ふにっ。

いきなり頬に感じた極所的な感覚。
なんだ?とその方向を見ると、
中浜が人差し指を俺の左頬に押し当ててきていた。
「え?な、中浜・・?」
困惑する俺に中浜は、イタズラ成功、とばかりに微笑む。
「・・さっきのお返し、だよ。
キミの困った顔も良いなって、思っただけ。」
そう言う中浜の顔は、もう暗くない。
「・・もう、怒ってないのか?」
恐る恐る訊いてみると。
中浜は、いたずらっぽく微笑み。

「・・まだちょっと怒ってるかも。
だから、お詫びとして少しこのまんま・・だよ。」
そう言って、俺の目を見つめたまま
人差し指をさっきより少しだけ強く押し当ててきた。
頬に沈むすべすべの指の腹が、気持ち良い。
・・これなら、ずっとこのままでも良いかも・・
そう思い始めた、ちょうどその頃。
すっかり忘れていたあの女性から声が掛かった。

「あのー・・私が言うのもなんだけど、もう、良いかな?」


ほんのちょっと時が経ち。
俺は驚いていた。
「え!?あなたが、豊原先輩?」
中浜に、いきなり抱きついたこの女性こそ
三年のリリム、豊原美佐先輩であるというのだ。
・・信じられない。
微妙な顔をする俺に対して、女性はにこりと笑う。
「うん、そう。
私がリリムの豊原美佐、ほらちゃあんと羽も尻尾もあるでしょ?」
そしてそう言って、黒く艶のある翼と尻尾を体の後ろから出した。
サキュバスのものとは違う、
何というか特別感の漂うそれは確実にリリムのものだ。
ここまで来ると、信じるしかない。
・・でも、なぁ・・。

「あんまり先輩らしくない、ですか。」
俺の表情から読みとったのかそう言うのは、
先程、先輩の後頭部を国語辞典の角で打つという、
なかなかに過激な止め方をした男子。
名前は寺谷達也、こちらも俺の知っている名前だった。
そう、同グループで一年の寺谷達也だ。
豊原先輩曰く、達つん(たっつん)。

「あ、いや、そういうんじゃ」
誤魔化そうとするが、達也は途中で手を翳して俺を制した。
「大丈夫、気に病む必要なんてないですよ、こんな人ですし。
・・というか、先輩達の関係を知っててやったんですから、この人。」
「・・ねぇ、達つん?
さっきからこんな人とかこの人とか、さりげなく酷くない?
何?次はコイツとでも呼んじゃうの?」
後ろから豊原先輩がそう言うが、
達也はそれを完全に無視してこう続けた。

「一緒に居ると疲れる人なんで、
面倒だったら押しつけてくれていいですよ。
・・コイツの手綱の取り方は知ってるんで。」
そう言って苦笑する達也。
どうやら苦労人タイプのようだ。
「あ!ほんとにコイツって呼んだ!?
あ、でも手綱取れるって事は、私の事を何でも知ってるっていう
遠回しな愛情表現に聞こえないことも・・」
「・・本当に、こういう人なんで。」
「・・そっか。」
・・お疲れさまです。
心の中で手を合わせる。
その時、後ろから声が聞こえた。

「・・む、おい河村、皆もう来ているぞ。」
「あ、俺達が最後みたい、ですね。」
「うむ。」
どうやら、全員揃ったようだ。


入店し、部屋に入った後。


「うっし、じゃあ私ドリンク取ってくるね。
達つんは強制で手伝わせるから良いとして、
他の皆さん欲しいものどうぞー!」
そう言って豊原先輩は立ち上がり、皆を見回した。
恥ずかしがりもしないその様子には、何の違和感も感じられない。
つまり、豊原先輩は自然とああいう振る舞いが出来ている。
知っていたけど・・やっぱりスゴい。
・・ボクには出来ないや。
っと、注文しなくちゃね。

「あ、ボク、ウーロン茶でお願いします。」
「俺も同じものを頼みます。」
「え・・っと、俺コーヒーなんで自分でやりまーす。」
「私もだ美佐。」
「ほいほいりょーかい、ほら達つんもいくよ!」
「・・はぁ・・。」

そんな会話が終わって、みんなが出ていった後。
部屋の中にいるのは、ボクと鮫川君だけ。
・・ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい、な。
そんな感情と共に鮫川君を見る。
鮫川君は、もう曲を探していた。
その真剣な眼差しを、可愛いなと思いながら声をかける。
「・・二人きりだね。」
「え?あ、ああ・・そうだな。」
ぎこちない返事。
・・なんだか鮫川君らしい返事だな。
キミは饒舌になる事もある癖に、
急に話しかけられると殆ど詰まった返答しか出来ないもん。
てへへ、と笑う。
鮫川君は、ふ、と優しく微笑んだ。
その微笑みはまるで、妹を見守る兄だ。
・・こういう大人びた部分も、ある。
ふふ、だから素敵なんだよね、鮫川君って。
不器用で、だけど大人で「優しい」感じが、さ。


それからまたしばらくして。
「きーずなーをぉーもーとめてー、ほーのおはーほとーばしぃるぅー」
立花先輩が堂々と歌っているのを聞いていると、
つんつん、と誰かがボクの肩を右からつついて来た。
気になって振り向いた先では、
豊原先輩が笑いながらこっちこっち、と手招きしている。
無視しようかな、とも思ったけど、
いたずらにしては少々目に力が入っている。
・・ちょっと、まじめな話かな。
ボクは手だけで体を浮かしそこまで動いていく。
すると、豊原先輩はニヤニヤしつつもやや真剣な声音でこう言った。

「星ちゃん、いつまで鮫川君って呼ぶつもり?」
「ぇ?」
その意味が分からず、ポカンとしてしまう。
どういう、ことだろ・・?
困惑するボクを見て豊原先輩は、
両手を目の前で合わせ、メンゴ、と言った後再び口を開いた。

「言い方が悪かったわね。
そろそろ名前で呼んでもいいんじゃない?ってコトよ。」
「・・あー。」
そう言い換えられて納得する。
頷いたボクを見て豊原先輩は、笑顔で人差し指をピンと立てた。
その姿は可愛らしいとも美しいとも見える。
しかも、そのどっちもが先輩らしいと思えてしまい、
おまけに、同じ魔物娘のボクからしても素敵だ。
悔しいけど・・鮫川君が見惚れちゃうのも分かるなぁ・・。
性格は、ちょっと、面倒だけど。
ボクが、そんな少々失礼な事を考える中、先輩は続きを話し始めた。

「いつまでも鮫川君、じゃ恋人って特別感出ないでしょ?
だから名前で呼んじゃえば?ってハナシ。」
なるほど、先輩の言うことは正しい。
名前で呼べば確かに特別感を味わえるだろう。
・・でも、なぁ・・。
「それって、鮫川君は恥ずかしがらないでしょうか?」
「?どーして?」
心底不思議そうに首を傾げる豊原先輩。
ボクは説明を始める。
「だって・・今まで中浜って呼んでたのを、いきなり美星って」
が、そこまで言ってボクは言葉を止めた。
何故なら先輩が、ふふっ、と面白そうに笑ったからだ。

「・・何が面白かったんですか。」
ボクは真面目に悩んでるのに、と言外に告げる。
ややいじけ気味に、斜め下から睨み上げながらだ。
だけど、先輩は笑ったまま両手を左右に振って、こう答えた。
「ごめんごめん、やーだってね?
自分が呼ぶっていうのをすっ飛ばして、
もう相手から呼んでもらうことを考えてたっていうのが分かったから。
それなら一回自分から言ってみればいいのにって思ってさ。」
「それは・・えっと・・」
指摘されて、顔が熱くなる。
・・そう、こっちから呼ぶ分には何も問題ないのだ。
ほぼ無意識に自分から呼ぶことを良しとして、
その後、鮫川君から名前で呼んでもらうことを考えていたのだから。

言葉を続けられなくなったボクに、今度は豊原先輩が話し始める。
「ね、大丈夫でしょ?
それに、いつまでも名字呼びをしてたんじゃあ、
他の女子が彼を呼ぶ度に、
もやもやした感情を抱くようになっちゃうかもしれないじゃない?」
これも、当たっていた。
今呼ばずにもう少しして、そんな状況になったら、
間違いなく大小の差はあれどもやもやするだろう。
今日のカラオケ屋前にしたって、嫉妬していたのだから。
・・だけど。

「でも、鮫川君は・・。」
名前で呼びたいだろうか、呼ばれたいだろうか。
そう思って呟いた言葉。
それに対する先輩の返答は、眼前の人差し指。
「・・あのね、星ちゃん?
私は、星ちゃんが呼びたいかどうかって問題だと思うわ。
もし、鮫川君が呼ばれたくなかったとしても、
それを怖がることは名前で呼んでみない理由には成り得ないもの。」
それと、先輩からは聞いたことのない真剣な言葉だった。
「う・・でも・・」
もし、イヤだったら。
そう思ったボクの気持ちを感じ取った先輩は、
ハァ、とため息をついた後こう言った。

「もしイヤだと言われたのなら、また名字呼びに戻せばいい。
もしかしたら呼ばれるのは良いけど呼ぶのはまだ無理かもしれない。
そうだとしても、いつ名前で呼ぶか、決めるのは鮫川君よ。
少なくとも、関係は崩れたりしない。
・・ああそれとも。」
そこで先輩は言葉を区切り。
挑発的な笑みを浮かべ、こちらを見た。
「その程度で関係を崩すような男なの?鮫川蓮司って男は。」
そして、そう言う。
いくら先輩が正しいとは言え、こればかりは見過ごせなかった。
鮫川君は。
少し天然な告白の仕方だったけど。
好きだと言ってくれた鮫川君は!

「違う!違います!そんなことは」
「じゃ、決まりねっ。」
激昂しかけるボクに対して、
そう言って子供っぽく笑いウィンクする先輩。
さっきの真剣さはどこへやらだ。
「ん?どしたの?」
そのあまりに飄々とした様子に
ボクは毒気を抜かれ、頭も徐々に冷えていった。
「あ・・いえ、その・・呼んで、みます・・」
俯いて、言う。
とりあえず、決心は出来たのだから。
一応、気合いは入った。

「・・そ、良かったわ・・じゃ、後はタイミングね。
・・ああ、それと。」
そんなボクにそう言い、言葉を区切った先輩は
さっきとは違う真剣さで申し訳なさそうにこう言った。
「ごめんなさいね、さっきは。
ああ言わなきゃ、星ちゃんはその気にならないと思って。
・・でも、ごめんなさい・・イヤだったでしょ?」
その姿を見て、なんとなく思う。
ああ・・なんていうかやっぱり、先輩だなぁ・・。
「まぁ、イヤって言えばそうでしたけど・・。
本気じゃなかったんですよね?なら良いです。」
笑ってそう言う。
笑えたのは、間違いなく先輩の雰囲気のおかげだ。
「・・そ、ありがと。」
応えるように先輩も微笑んだ。

さて。
タイミング・・か。
再び思考を始めつつ、何となく予定表を見る。
あ、ちょうど次が鮫川君・・いや、蓮司、君、の歌だ。
・・よし。
決意と共に、ボクは台の上のマイクを取った。


・・次は、俺だな。
心の中で呟いて気合いを入れる。
ってまあ、そう気合いを入れて歌う歌ではないんだが。
ともかく俺は、歌い終わった立花先輩から
マイクを受け取るべく声をかけようとする。
その時だった。

「はい、マイク、蓮司君。」
そう言って中浜がマイクを渡して来たのは。
・・え?待てよ。
今、中浜は俺の事を何と呼んだ?
「中浜、今なんて・・」
気になって訊こうとする、が。
「ほら蓮司君。
もうイントロ入っちゃうよ?」
続けてそう言われてしまう。
「あ、ああ・・」
歌を無視するわけにはいかないので、俺はとりあえず歌った。
・・もっとも、歌った実感は全くと言っていい程無かったが。


俺が歌い終わったちょうどその時、お時間10分前、の電話が来る。
もうそんな時間か・・皆で歌うと早いな、と思ったが、
今、俺の頭は別のことを考えていた。
さっきの中浜だ。
中浜は先程俺を鮫川君、ではなく蓮司君、と呼んだ。
名前で呼ばれる、というのは嬉しい、嬉しい・・が。
どういうつもりだろう?何となくだろうか?
妙にそれが気にかかってしまう。
・・考えていても仕方ない、本人に真意を問おう、
そう思ったものの。

「美星、マイクだ。」
「ありがとうございます。」
間の悪いことに、次は中浜の曲だった。
時間的にはこれがラストになるだろう。
・・まぁ、終わった後帰るときに訊けばいいか。
わざわざ歌を中断させてまで訊くというのもアレだ。
そう考えて、大人しくしておくことにした。

「笑おう笑おうさぁ笑いましょう!
こんなー時代ーこそ笑いましょう!笑おー!」
・・こんなに楽しそうに歌うのを邪魔なんて出来ないしな。


「じゃあ皆また明日ね、解散っ!」
元気よく豊原先輩がそう言い、
それに全員が応えた後それぞれの方向に散っていった。
と言っても一人ずつではなく、
俺はもちろんの事、達也も五郎も二人組だ。
辺りは夕日が沈みかけ、やや暗くなっている。
これは早く帰った方が良いだろう、と一人考えていると。

「ボク達も帰ろっか、蓮司君!」
そう言って隣の中浜がこちらを向き、にこっと笑った。
しかも、また俺の事を名前で呼びながら、だ。
とりあえず、ああ、と返す。
そして少々歩き、カラオケ屋が見えなくなった辺りで、
歌っていた時からの疑問を、俺はようやく口にした。

「中浜・・なんで、俺の事を名前で呼んだんだ?」
答えは返ってこない。
同時に、隣からの足音も止まった。
「・・中浜?」
気になって振り返る。
目に入ってきたのは、俯いてしまっている中浜の姿だった。
な、何だ?俺はまた何か、まずいことをしてしまったのか!?
表面には出さないようにしつつも、内心狼狽えていると、
中浜はゆっくりと顔を上げ、言った。

「やっぱり・・イヤ、だった・・かな。」
その顔は微笑んでいる。
微笑んではいる・・が、いつものような明るさはそこにはない。
まるで、自分の沈んだ気持ちを
そうすることによって隠そうとしているかのようだ。
・・その目を見る。
顔は笑っているが、やはり悲しそうだ。
それと似たような目を俺は見たことがある。
それも、彼女の目だった。
確か・・[新しいフォルダー5]の時だったか。
あの時はまだ、中浜が良く分かってなくて、
踏み込もうとしてなかったんだよな、俺は。
場違いにそんなことを考えてしまう。
今も、分からないことだらけだが・・。
少なくとも、今言うべきなんだろう事は分かるぞ。
そして、それは俺が言いたいことでもあるな。

再び、中浜・・いや、美星へと意識を向ける。
「あ、はは・・やっぱり、いきなり呼ばれるのは・・」
続く言葉は、イヤだったよね、だろう。
だが言わせない、言わせるわけにはいかない。
それを言わせたら、恋人だというのに距離が出来てしまうから。
「イ「イヤじゃない、イヤじゃないぞ、美星」
だから、遮らせてもらった。

「へ・・?」
目を白黒させる美星。
さっきまで中浜、と呼んでいたのにどうして・・
いやそれよりもイヤだったんじゃ、とその表情は言っている。
幸いにも、それが言葉となって美星の口から出てくるよりも速く、
俺の口は動いてくれた。

「さっきまでのは、ただ単に気になってただけだ。
・・嫌な気持ちにさせたのなら、ごめん。
あと、美星・・って呼んだのは・・その・・」
動いてくれた・・ものの、そこで止まってしまう。
・・くそ、どうして勢いで乗り切るって出来ないんだろうな、俺は。
内心悪態をつきながら後頭部を左手で掻きつつ、
何とか続きを考える。
・・おお、そうだこれだ。

「その・・お前が俺の事名前で呼んだだろ?
で、ビックリしたから・・そのお返しだ。」
思いついたまんまに、言う。
それは単なる思いつきに過ぎない・・が、
だからこその、偽りのない俺の本心だった。
「そ、そっか、そうなんだ・・」
対して、納得したような素振りを見せつつも、
どこか半信半疑な様子の美星。
・・さては、適当に取り繕ったと思ってるな?
やまぁ、同じようなもんなんだけど・・嘘じゃないんだぞ?
「そう・・なん、だね。」
・・よし、そんなに疑うんなら、俺にだって考えがある。

「ああ、そうだ。
だから、帰るぞ美星。」
そう言って美星の手を握る。
これぞ、ギャルゲーの主人公の数ある奥義の一つ、
恋人の名前を呼んで手を繋ぐ、だ。
・・まぁ、俺がああいうような奴らほどイケメンかどうかは、
この際置いておくとして、
恋人同士だって言うなら、使っても良い・・よな?

「・・うん、うん!そうだね、帰ろう蓮司!」
なんとか狙い通り、美星は元気になってくれた。
というか、あれって本当に効果あるんだな・・すげぇ。
・・うん?

「なぁ美星、今俺の事・・」
「え?ああうん、蓮司って呼び捨てにしたよ。
キミだってボクのこと呼び捨てにしたから、ね。
・・今度は、イヤかな、なんて訊かないよ?」
そう言ってこちらを見上げ、輝く笑顔を見せる美星。

改めて俺は確信した。
俺の恋人はどんなヒロインよりも可愛くて、素敵だ。


次の日、放課後。

「爆発しろ」「リア充め」「灰塵に帰せ!」
「お前等、よそでやれ」「もう結婚しろよ」
「行け、忌まわしきリア充と共に」

こんな言葉をかけられるのってこういう気分なんだなぁ・・
所々変だったけど。
そんな事をぼんやりとボクは考えていた。
いやだって、なんでか今日はやけにそういう事を言われたんだもん。
特別イチャついてもないし、キスとかしたわけでもないのに。
ただボクは、ご飯食べるときに蓮司の隣に座ったり、
図書室で隣に座ったり、
歩くとき手を繋いだりそんなことをしただけなのに。
あんまり気になったから、
彼氏持ちで同学年のホルスタウロスさんに訊いてみた。
そしたら、こう言われたんだ。

「え〜っとね〜?
手を〜繋ぐとか〜男女が隣あって座るっていうのは〜
恋人同士が〜デートの時とかに〜よくすることなんだよ〜」

正直、驚いた。
何にも考えないで自然とやってたんだもん。
・・ちょっと考えてみよう、そう思った。
蓮司と居る間は、静かに一緒に居たいし。


そのまた次の日。
俺は美星と並んで帰っていた。
「それでさ、今日はあんまりそういう事言われなかったんだ。」
「お・・じゃあ、上手く行ったって事だな。」
そんなことを話しながら。

実は昨日、美星から言われた事を話し合って対策を立てたのだ。
例えば、昼食の際はともかく、それ以外は向き合って座る、とか
学校の中では極力手を繋がないように意識する、とか。
その対処にどうやら効果はあったようで、
爆ぜろ系の言葉をかけられる事は無くなった。
嫉妬や憤怒の視線を受ける事はあったが、
言葉にされなくなっただけ改善できたという事だろう。

「うん、そうだね。
それに、その代わりに今こうやって手を繋いだり出来るんだし。」
両目を閉じて笑う美星。
・・うん、可愛い。
「ああ・・学校で出来ない分、楽しさも増えるな。」
目を細め微笑んで返す。
「うん!」
すると笑顔で美星は短く元気に応えた。
ああ、やっぱり・・可愛いな。

もちろん、帰り道はこうやって二人で歩いている。
流石にそこまで気を遣う理由はないだろうし、
そもそも遣いたくもないからだ。
幸い、そんな必要は無さそうだが。

「今日どこ行くー?あ、私の家来る?
親居ないから何時まででも大丈夫よ?」
「ん・・じゃあ、そうしようかな。」
こんなのとか、
「ねーねー達つん、もっとべったりして良い?」
「イヤですよ、暑いし、重いですし」
「女の子に向かって重いと!?」
「・・女の子?フッ・・まさか」
「え?なにその反応!?泣くよ!」
「泣けばいいじゃないですか、別に気にしませんよ。」
「ひっどぉい!?
あーでも、そう言いながらも手は握ってくれてるよねぇー。」
あんなの、とか
「紅華先生、どこに行きます?」
「・・おい、学校外では紅華さんで良いと言ったろう。」
・・ああいうのが結構居るからだ。

「そうだ蓮司。
帰ったら久しぶりに宴やろうよ!」
「ん・・そうだな・・じゃあ俺は光成な?」
「良いよ、だったらボクはまつねえちゃんね?」
おう、と応えつつ考える。
・・確か、美星の好きなプリンが一個だけ冷蔵庫にあったな。
「・・なぁ、今から家まで競争な。
勝ったら冷蔵庫のラストのプリン!」
「・・負けないよ!」

言うが速いか、そう言って駆け出す美星。
あんなに全力で走っているのは初めて見た。
・・そんなに本気で走られたら、俺が追いつけるわけ無いじゃないか。
そう思いつつも、走る。
どっと疲れるだろうが、その疲れすらも美星と共有したかったからだ。

それに・・。

「んー!!やっぱり美味しいなぁ!」
「はは・・そっか。」
疲れなんてこの笑顔にかかれば、吹き飛ぶしな。


修学旅行まで、あと三日。
なんだかんだで、美星と一緒なら丸々楽しくなりそうだ。
14/12/19 23:05更新 / GARU
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■作者メッセージ
次は修学旅行、もしかしたらエロも入るかも?

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