連載小説
[TOP][目次]
星を掴む
「蓮司、一緒に帰ろーぜ!というか、ゲーセン行こうぜ!」
一日の授業が全て終わり荷物を纏めているとかけられた陽気な声。
机の上で両腕を枕のようにしながらそちらを見る。
声の主は俺の席の隣、河村五郎という男子だ。
親友・・と言えるかは分からないが、
趣味が少々アレな事と人前では根暗になりがちな事から
数少なくなっている俺の友達の一人である。
五郎は性格こそやや楽天的で自分勝手なところもあるが
俺と同じような趣味を持ち、明るい、いい奴だと思う。

「あ・・悪い、ちょっと無理。」
なんだが、俺はその申し出を断った。
「えー?お前金欠だったけ?」
要するに、金欠でもなきゃ断れないということか。
かけられた言葉に内心苦笑する。
「違う、ちょっと家に来る人が、な。」
言葉少なに説明すると、今度は驚いたような表情になって
「お前って、今親がどっか行ってて一人暮らしだよな?」
と聞いてきた。
そして答えようとするよりも早く、
「誰?もしかして・・星ちゃん?」
そう続けてくる。
星というのは、この学校で俺達と同学年で違うクラスの
中浜美星という女子のことだ。
皆からはその方が呼びやすいとかで星ちゃんと呼ばれている。
彼女は・・まぁ、素敵といえばそうだろう。
それにしても、一発で当ててくるとは。
「まぁ。」
答えると、五郎はまた話し始める。

「マジ?一発で当てるとか俺ニュータイプじゃね?
まぁそれはおいといてさ、お前と星ちゃんって付き合ってたけ?」
「・・何でそういう話に?」
素直にそう訊くと、五郎は何故か得意げに言う。
「どうしてって、そりゃあそういうのは
フラグ立ってる間柄じゃねえとしねえからだよ。
んでお前よ、何時の間に星ちゃん口説いたんだよ?」
大声でこいつがそんな事を言うもんだから
残っている生徒がチラチラとこっちを見ている。
これは誤解を解かないと後でめんどくさいことになるか。
そう思い、やや声を大きくして応対する。
「フラグって・・ギャルゲーとかのやりすぎだろ。
別に大したことじゃないって。
親が一ヶ月ほど居ないからそっちの家泊まるわってだけ。」
なんて事はないだろ、
と話すと五郎は目をカッ!と音がしそうなほど見開く。
不思議に思ったがそれについて、どうした、
と訊く前に五郎はまくし立てた。

「お、お前な!大したことあるよ!バカかお前!
普通、親が居なくても家で過ごすだろ!」
「・・あー考えてみりゃそうだな。
あんまり自然だったから考えてなかった。
でも、あれだろ、友達の家に行くような感覚だろ。」
そう返すと五郎はさらにヒートアップする。
「いやお前な!有り得ねえよ一ヶ月だぞ!?」
「・・一ヶ月ぐらい、お前を泊めた事が前にあっただろ?」
「いやいやいやそうじゃねえだろッ・・!
男同士の、家行くわってノリとは違う訳!
前から思ってたけど、何だってお前は・・!」
「・・いや、そういうのじゃ無いだろ。
俺が女子に好まれる所が思いつかねえし。」
ぶっちゃけ面倒になってきたので俺はその話の腰を叩き折った。
「・・あー・・いや、あのな・・そういう考え方は・・」
効果は覿面だ。
なんだか苦虫を噛み潰したような顔になる五郎。
それでも何か言いたそうだったので俺は追撃を仕掛けた。
「料理もそんなに出来ん、うっすら髭は生えてる、根暗、
ビビり、加えて一般的に見たらキモいとされるオタク。
・・ほれ見ろ、俺の意見の何処に非の打ち所がある?」
片手を上げて少々自慢げに言ってのける。
悲しいことに、自分の汚点を挙げることだけは俺の得意分野だ。
ともあれ、これでこの話題も収まるだろう。

「あ、居た居た・・鮫川、図書の延滞催促しててくれたか?」
そんなことを思っていると、
図書係のドラゴン、立花先輩が教室の窓の外からそう訊いてきた。
ちなみに鮫川というのは俺の名字だ。
「とりあえず今返してもらえる人はカゴに入れてもらいました。
返せない人にもそういうことを言っときましたよ。
あ、カゴはカウンターの内側の下の方に入れてあります。」
そう答えると、先輩はほっとしたような顔になる。
「助かる、では後で見るとしよう。」
そして、図書室の方へ走っていく。
・・一応廊下は走るの禁止なんだけどな。
まぁ良いか、人が居ないことを確認済みだろうし。
ぶつかったりは・・それもないな。
そんなことを考えながら振り向くと。

「・・お前、さっきのこともう一回言ってみろ。」
何か怒ってる五郎が居た。
俺は何か悪いことをしただろうか。
ともあれ、もう一回というのなら言わなくては。
「料理もそんなに「違う、その前だ!」うぇ・・?」
が、途中で割り込まれる。
なんだよ、その前・・?あーあれか。
「女子に好かれる所がない、これか?」
「そう、それだよ!」
なんだか真剣な表情になる五郎。
一体なんなんだろうか・・。
「さっきの立花先輩、なんて言われてるか知らねえのか?
鋼鉄製の高嶺の花、この言葉の意味分かるだろ?
しかも鮫川?俺なんて偶に行けばおい貴様だぞ?
借りた後はさっさと出てけ、だぞ?
貴様と話す時間ではない、だぞ?
・・言っててちょっと泣きたくなったぞ?」
・・立花先輩って、貴様なんて言うっけか?
言ったとしてもお前とかその程度だけど、嫌われてるのか五郎は?
「いや・・だったら何だ?
同じ図書係として話くらいは普通にしてるから、
名前くらいならそれなりに覚えてもらえてるって・・。」
そこまで言ってから、俺は顔をしかめた。
・・まったくこいつは。
さてはそういうのを昨日やり過ぎて脳が染まってるな?
「そもそも、お前のフラグが立ったっていう基準が低すぎる。
フラグはもっと先の方で立つものだろう。
名前呼びならともかくだな、
友達でも名字呼びくらいそれなりにするだろ?」
しかしこいつはチッチッ、と指を横に振る。
「なってねえなお前は。
名字呼びから派生するのが・・っと・・時間切れか。」
そう言って何かを力説しようとしたが、
窓の方を見ていきなりそう言って止まる。

「ごめん鮫川君、遅れちゃった。」
直後に窓から聞こえたそんな声。
振り向くと、美少女が立っている。
短く切られた金髪、俺よりやや低い身長、
そして居るだけで場を明るくする雰囲気を持つ彼女こそ
俺と五郎が話していた中浜美星その人だ。
彼女が来た途端、五郎の雰囲気が変わる。
「鮫川君・・ねぇ?ただの一期一会が、そうなるかぁ?
やっぱりこれは、何か裏が・・あるとは思いませんか、亀山君?」
「はいはい、お前はもう黙ってろ。」
が、変わっても面倒なのは面倒なので押さえ込んで
俺は中浜へと向き直った。

「・・こっちはこの通りだ、退屈はしてなかったから問題ないぞ。」
そう伝えると、彼女はふわぁっと笑う。
「良かったぁ・・ボク、鮫川君を怒らせちゃったかと。」
「なんでそんだけで怒るんだよ。」
苦笑しつつそう答えて立ち上がる俺。
彼女が来た以上、ここにいる必要はなくなった。
「ああもうリア充め、さっさと帰れ。」
俺が出口にさしかかると後ろからそう言われる。
「従姉妹3人全員女のお前には言われたくねぇよ五郎。」
俺もそれに手を振って応じ中浜と一緒に歩きだした。


帰り道、いつも一人で音楽を聴きながら歩いているこの道だが
今日に限っては俺は音楽を聴いていなかった。
「そんで・・河村がボクをあのアニメのに似てるって言ってさ。
その後は何か語られちゃったんだ。
マジ天使とか、声がどうとか・・」
「あいつの趣味は広くて深いからな・・」
こんな風にして中浜と喋っていたからだ。
一人が好きな方ではあったが、これも悪くはない。
表情がころころ変わるのは、見ていて飽きないものだ。

「まぁ、ボクもそのキャラは可愛いと思うから良いとして。
・・何かボクばっかり喋ってない?鮫川君も喋ってよ。」
そんなことを考えていると中浜はそう言って話を振ってきた。
これはまずい、ピンチだ。
「俺か?えー・・そうだな・・」
何を隠そう、俺は話すのが苦手だ。
いや「話すこと」自体は別にどうということはない。
ただ単純に、話題がないのだ。
普通なら事欠かないであろう当たり障りのない、
所謂「安全」な話題を出せというのが、無理なのである。
それは俺の趣味が完全にゲームやら、
思考が幻想世界に飛び立つ系のものであるが故なのだが・・
相手が五郎のような相手ではない以上、話題にするのは無理だろう。
「好きな・・食べ物・・とか・・か?」
思考の末、口から飛び出るそんな言葉。
まぁ、とりあえずこれで場を凌いで家に着けば!
「えぇー?もっとこう無いの?何かありきたりだから却下だよ。」
「そ、そう・・話題、ねぇ・・?」
ですよねー。
となるとなんかあったか・・?
萌え属性、ゲロビバグ、チャージランダヒート八艘・・
これらはダメだ、今は五郎と話しているわけではない。
悩んでいると、中浜は声をかけてきた。
「あ・・だったら、ボクが質問するからそれに答えてよ。
そしたら鮫川君が話題を出さなくても喋れるでしょ?」
正直この提案はありがたい。
話題さえ用意してもらえたなら俺は喋れる。
「分かった・・悪い、気を遣わせてるな。」
そう答えると中浜はううん、と首を横に振った。

「良いよ、ボクが好きで遣ったんだもん。
えっと・・じゃあ行くね。
鮫川君って、独特な性格の人って河村に聞いてるけど本当なの?」
「あー・・」
そしてやってきた質問な訳だが。
五郎、あいつ俺のことをどう伝えてるんだ?
微妙な表情になる俺を中浜は
「あ、ご、ごめん、失礼だったよね。
あはは・・ちょっと、意地悪になってたよ・・。」
と言って気遣ってくれた。
・・まぁ普通はそう思うだろうな。
ちょっとは自覚してるから、別に良いんだけど。
苦笑しながらも俺は、答える。
「いや、まあ大体合ってる。
風呂に入ってるとき、優しさの意味とか考えたりしてるからな。」
「優しさの意味・・??」
頭の上に疑問符が浮かんでそうな顔をする彼女に、
俺は割と長い間ずっと考えていたことを
人に話せることで内心調子に乗って説明を始めた。

「いつかは覚えてないんだけどな。
俺は、優しいって誰かに言われたときにふと考えたんだ。
優しいってどういうことなんだろうなって。
その人にとって都合が良ければ、
優しいってことになるんだろうかって結論付きそうになったんだが、
・・俺って、何て言うかそういう答えってイヤでさ。
とりあえずは誰かを笑顔にできたり、
誰かに、自然と気遣いが出来たりする奴を優しいってしてるけど、
やっぱりふと気づいたら考えてることが多いんだ。」
そこまで言って中浜を見ると、
彼女は口を半端開けたままこちらをじっと見つめていた。
それを見て俺は自分の失敗を悟り謝る。
「・・こんな話聞かされても困るか。
他の人にこういうの聞いてもらうの初めてでさ。
ついつい嬉しくて調子に乗ってたみたいだ・・悪い。」
そう言って気まずくなって視線を逸らそうとするが、
「・・ううん、ボクは正直すごいと思うよ。」
直後の言葉に今度はこちらが驚いた顔をしてしまう。
「どういう事だよ?」
本当に分からなくて訊く。
こんなどうでも良いことで悩んでることが、凄い?
そんな風に思っている俺をチラッと見てから彼女は微笑み話し始めた。

「ふふ、だってさ?
普通は、優しいとかそう言われたら無条件でちょっと喜んじゃうでしょ?」
「・・いや、俺だって少しは嬉しいぞ?」
俺はそう差し込むが、彼女は微笑むのを止めない。
それどころかその笑みはさらに深くなったようにも見える。
「それでもだよ・・鮫川君はその意味を考えたんでしょ。
ボクだったら、考えもしないでただその言葉を受け取ってる。」
「・・いや、本当はそれが普通で楽だろうよ?」
自分が下らないと思ってたことをそこまで褒められたことで
それが下らないと認めさせようと俺は変に意固地になっていた。
そんな俺に彼女は続ける。
「じゃあさ・・鮫川君は、そういう考え方止めたいって思う?」
ポロッと口から出たような言い方のその言葉。
「それは・・」

それは、俺が一度は考えた事だった。
楽だと思ったとき、じゃあそうなりたいか、考えた事もある。
俺はそれに対しては一つの答えが出せていた。

「思わないな・・だって、そんなの、
何て言うか、俺の生きたい生き方じゃないしさ。
いくら悩んだとしても、俺は自分で考えたい。」
しっかりと、落ち着いて言う俺に彼女は小首を傾げにっこりと笑う。
「じゃあ、それで良いんじゃないかな。
少なくとも、何も考えなくなっちゃうよりずっと良いと思うよ。」
その笑顔がとても可愛らしくて俺はつい見とれかけ・・
「そ、そうか・・あ、あれが俺の家な。」
慌てて家の方を見て指さす。
・・危ない危ない、五郎みたいになるとこだった・・。



「お邪魔しまぁす・・。」
いつもの溌剌さからすると別人のような中浜のそんな声に、
俺はつい、ふっ、と笑ってしまった。
「む・・何さ・・。」
膨れたような表情になる彼女に俺は、悪い悪い、と言って弁解する。
「いや、何だその・・可愛らしいと思って。」
素直にそう言うと、
「ボクだって他人の家に来たら緊張くらいするよ・・。」
と言って膨れた表情のままさっさと上がり込んできた。
・・ま、ちょっとでも緊張が解れたなら良しとするか。
そう考えて俺はリビングへと彼女を招き入れる。

荷物を俺の部屋に置いてこようと思ったが、
俺はその前にすべき事を思いついた。
「あ、何か飲みたいものある?
つっても、あんまり飲み物無いけどな・・。」
何となくいつも母さんとかに訊くノリでそう言うと、
彼女は頬を染めつつ、こう言ってきた。
「・・あの・・野菜ジュース・・とか」
「・・え?」
つい訊き返してしまう。
野菜ジュースって言ったか、今。
あるにはあるけど・・どの種類だ・・?
「あ、えっと」
「・・まあ良いや、ちょっと待ってて。」
何か言おうとする彼女を制して俺は冷蔵庫の上の方、
紙パックのジュースが並んでいるところを漁り始める。
色々あるもんな・・どれだろ・・。
イチゴとか入ってる果物風味の奴か・・?
色々と見ていこうとすると、彼女は再び声をかけてきた。
「あ、あの!良いから!
・・えっとね、お茶が有ればいいよボクは。」
「・・本当に?」
明らかに、ちょっと焦った風だった。
意外な嗜好だが、それは人それぞれだろう。
そう思って俺は続ける。
「野菜ジュース好きなのは別におかしい事じゃないぞ?
そりゃちょっと驚いたけど・・」
俺がそう言うと、彼女ははにかみつつ言った。
「・・確かに好きだけど、今は冷たいお茶の方が飲みたいから。」
「ん、分かった。」
そう言うことなら、納得だ。
帰ってきたらまず冷たい物が飲みたくなるもんな。
「じゃあ、手を洗ってそこのイスに座ってて。」
キッチンと向かい合わせになっている大きな机と
イスを指さし俺はそう言って蛇口を捻り手を洗う。
譲るべきかとも思ったが、まあそこまで気遣われてもアレだろう。

手を洗った後、俺は二人分のコップを取り出す。
後はこれにお茶を・・ああそうだ。
「氷入れる?
元々冷蔵庫の中に入ってた奴だから、
入れなくてもそれなりに冷たいと思うけど。」
「えーと、ううん、入れなくて良いよ。
氷入れると、ちょっと量が少なくなっちゃうから。」
「ん、分かった。」
俺は答えて準備の続きに取りかかった。
ちなみに俺は一個二個氷を入れる派だ。


「ふう・・うーん!」
お茶を飲み干した中浜は、そう言って体を前にググッと伸ばす。
それを見て、いちいち可愛らしい奴だと俺は目を細めつつ、
自分の分のお茶を飲んでいく。
ひんやりとした感触が喉を通り過ぎていくのを感じて、
やっぱり疲れた体にお茶は至高の飲み物だな・・などと感じていた。
そして、いつものように制服から着替えようとしてあることに気づく。
「・・着替え、持ってきたか?」
もし忘れていたら、早めに気づいた方が良い。
そう思って言ったのだが、
「もう、ボクはそんなにドジじゃないよ。
ほらちゃんと持ってきてる。」
そう言って私服を見せてくる彼女を見る限り、杞憂だったようだ。
ここは素直に謝っておく。
「悪かった、もし忘れてたらと思ってな。」
「普通忘れないよ。
だって、二日前くらいに連絡したんだから。」
「・・だよな・・。」
そんな会話をしながら、内心俺はもの凄くほっとしていた。
頭文字がK・Gの奴が何時だったか
必死こいてダッシュで取りに帰ったことがあったからだ。
うんうん、しっかりしている奴で良かった。
そんな穏やかな気持ちで壁につけられている
丸時計を見ると、七時ちょっと過ぎた辺り。

「・・風呂沸かすかな・・。」
つい俺は呟いていた。
親はどっちとも八時を過ぎた辺りで
帰ってくるのでこの時間帯にするのがちょうど良いからだ。
故にいつも一人でいる感覚のまま、呟いていた。
だが今は一人ではない。
「沸かすの手伝おうか?
ボクだけ何もしないって言うのはアレだし・・。」
「え?あ、いや、
沸かすって言っても洗ってスイッチ押すだけだから。」
善意で言ってくれたのだろうその言葉に返しつつ思う。
ちょっとした呟きが全部丸聞こえとは。
いつも一人だからこの辺りちょっと戸惑うな・・。
内心苦笑する俺をよそに、彼女は食い下がってくる。
「じゃあじゃあ!私晩ご飯作るよ!
これでも、ちょっとしたものなら作れるんだよ?
それに河村から鮫川君は料理あんまり出来ないって聞いてるもんね!
だから、ちょっとわがままだけどボクに作らせて?」
「いやだけど、それは・・」

止めようとし、彼女の雰囲気にやや必死なところを感じそれをやめる。
もしかしたら世話になりっぱなしの今の状況に
少々居心地が悪く感じているのかもしれない。
恐らくはそれを解消しようとしているのだろう。
それに、事実俺は料理があまり出来ない。
心配なのは腕前だが、食べられないものを出しはしないだろう。
・・ならば素直に受け取るのも悪くはない。

そう結論づけて、続けた。
「・・やっぱりお願いする。
材料は冷蔵庫の中の物適当に使って良いから。」
すると、彼女の顔がぱあっと輝いた。
「うん!任せといて!」
その笑顔が可愛くて、また俺は引き込まれそうになる。
こういうのにデレデレしては、五郎と同じに・・!!
・・いやいや、笑顔が可愛いのは良いことだろう、俺よ。
自分に自分でツッコミを入れつつ
「というか、俺あんまり料理できないからな。
正直有り難いよ。
・・飲みたかったら野菜ジュースとかも飲んで良いから。」
そう告げて俺は風呂場に向かった。


「ふふ・・意外に話せるんだ、鮫川君って。」
部屋から鮫川君が出て行ってから少しして、
普通の白の無地のTシャツに着替え、
やっぱり飲みたくなったほうれん草入りの野菜ジュースを飲んだ後
焼きそばを作るべく材料を取り出したボクはそう呟いていた。
焼きそばにしたのは、河村から鮫川君の好物を聞いていたから。
その他河村から教わった鮫川君の情報はこれらだ。
・少し変(天然気味?)な性格だけど、悪い奴じゃない。
・ちょっと冷たく感じるところがある。
・大体の話題は受け入れる。
・ちょっとネガティブかな。
・ややツンデレかも 曰く「誰得だよ」(ボクは得する)
これまでの行動から見るに、大体あっていた。
(最後の二つはよく分からないけど)
というか、予想してたより大分フレンドリーな感じだ。
「・・にしても、これじゃ何だか夫婦みたいだ。」
鮫川君が風呂を洗っている間に、ボクが料理を作る。
とは言ってもきっと風呂を洗うのはそう時間がかからないから、
ボクが作ってる間に鮫川君は部屋に帰ってくるだろうけど。
「・・あーでも、良いなぁ・・夫婦かぁ・・」
正直に言う、ボクは鮫川君の事が好きだ。
何処がと言われると困るけれど・・
挙げるならば、少々他の人とは違う独特な雰囲気等だろうか。
少々大人びているところとか・・かな。
帰り道のあの考えを聞いた時の、凄いと思った気持ちにも嘘はない。
・・同時に、もっと好きになったのは鮫川君には秘密だけど。
「・・っと」
そんなボクの考えをストップさせたのは、麺のジュージューという音。
「もっと良くかき混ぜなきゃ・・焦げ付いたら色々大変だ。」
誰にともなくそう言ってかき混ぜながら、
時計を見て少し不思議に思う。
「・・お風呂洗うのって、そんなにかかるのかな・・?」


「・・こんなところで良いか。」
風呂を洗い終わってから、そう呟く。
いつもなら適当に済ますため二分もかからないが、
今日はちょっと念入りに洗ったため五分もかかってしまった。
ともあれ俺は風呂場から出る。
まだ中浜はご飯を作り終わってないだろう。
・・どう言って部屋に入ろうか・・
そんなことを考えながら、曲がり角の所、
寝室を横切った辺りで俺は、額の辺りに電撃が走った。
「・・・・・・・・ヤバい」
同時に、短く呟いて寝室に入っていく。
まず視界に入るのは母さんがいつも寝る方のベッド。
今は薄い布団がそこにはある。
いや、こっちは問題ではない。
問題は。

「やっぱりか・・!」
俺の布団の方だ。
いや、使っているのはタオルケットで、
灰色の縞模様の物だから布団自体に問題はないのだ。
問題なのは、その横。
人の体ほどの大きさで中に詰め物をして柔らかくなっている、
用法に就寝時に抱きしめる等が挙げられる、
独り者にとっては心を慰めるのに抜群な効果を持つそれ・・
つまるところ、そこにある抱き枕が問題だった。
今それを覆っているのは、和風装束を着た犬耳犬尻尾の女の子のカバー。
顔は斜めに上げられこちらを見下ろし、
手は胸の辺りに置かれそしてやや困ったような表情。
それがまたまずい。
何がというと説明しにくいが・・
男にとって魅力的だと感じると言うことは、
恐らく女子にとっては少々・・キモいというか・・
そう言う目で見られても文句は言えない事がだろうか。
なぜ俺がそこまで悩むかというと、
中浜をここに寝かせるつもりだからだ。
俺はソファだろうがカーペットだろうが何処で寝ても良いのだが、
女の子である中浜は恐らくそうではないだろうし、
それ以前に、ベッド以外で寝させるのは俺が忍びない。
さて、となるとこの抱き枕は何処に持っていこうか・・。
・・いや、待てい!(某兄さん風)
寝るのは夜だ。
夜なら、つけるのは最低でも薄い明かり。
・・ならば、タオルケットを被せておけば気にはならない!
少々おかしいテンションのままその結論に至り
タオルケットでそれを隠す。
これで万事オッケイだな・・。
「鮫川くーん!出来たよー!」
一息ついたところで、リビングの方から声が聞こえた。
おいしそうな匂いも漂ってきている。
ソースの匂いから察するに、焼きそばだろう。
・・そんなに長い間迷ってたのか、俺よ。
「分かった、すぐ行く!」
俺は返事をして、リビングに向かう。


しばらくした後俺達は焼きそばを食べ終わり、
それぞれの時間を過ごしていた。
俺は、皿を洗っている。
中浜の作った焼きそばはおいしく、それに見栄えも良かった。
俺も作ったことはあったが、
キャベツと肉の分量を間違えて麺だらけの焼きそばになった。
比べるのも失礼な話だとは思うが、素直に褒めると、
「そうかな?えへへ、ありがとう。
母さんが美味しい物が好きでさ、それでボクも作るようになったんだ。」
と、やや照れながらそう言った。


・・あの笑顔、可愛かったな・・。
皿を洗いながらそれを思い返しつつ、しみじみと思った後、
「・・今日の俺、そればっかだな。」
と誰になく呟く。
その自分の声で、俺は自分が呟いたことに気づいた。
中浜は風呂に入っているため、この場にいない。
一人だったことに感謝しつつ、俺は皿洗いを再開した。
もし彼女がいたら、
それとは何なのかを聞かれて誤魔化すのが大変だろうからだ。
それにしても・・
五郎ではないがこの状況はあれだ、
女子の友人と家に二人きりという、ギャルゲーで良くある状況だ。
そう考えてみると。
「・・五郎がああ言いたくなるのも分かる気はする、か。」
傍から見れば羨ましくなるのも分かると言えば分かる。
学校の同学年の別クラスの女子と、家に二人きり。
まぁ、フラグが立っていると言える状況ではあるけれど・・。
「・・馬鹿らしい想像だ。」
そこまで考えてから俺は、自分でその考えを切り捨てる。
全く、舞い上がっているとしか言いようがない。
そもそも、女子というのはあまり俺が好いていないものだ。
一人のうちは良いけれど、集まったときのうるささは耐えられない。
いやいや、女子の悪口を言ってどうするのだ俺よ。
・・それを抜きにしても俺が女子に好かれるわけがない。
そんな、俺にとってはいつものネガティブループにはまりかけ・・
「鮫川くーん、お風呂上がったよ!」
た所で、中浜というイレギュラーに俺は覚醒させられる。

目に入ってきたのは白のTシャツ。
その布を控えめながらもはっきりと押し上げる胸部の膨らみ。
そして風呂上がりの上気したように見えるやや赤みがかった肌。
それらを装備した中浜を前にして、
さっきまでの頭の中の威勢の良さは何処へやら、
「お・・あ、そ、そう・・」
俺が言えたのは、たったそれだけの言葉。
「鮫川君も入ってくれば?・・って、
なんかこれじゃ偉そうな物言いだね・・あはは・・。」
そんな俺を気にせずにそう言って、乾いた笑いを浮かべる中浜。
これは俺が文句を言えるチャンスじゃないか。
そんなことを俺の中の否定的な部分が言うが・・
「い、いや・・別に悪くはないんじゃないか?
一ヶ月過ごすんなら早めに慣れておいた方が良いし。」
そっぽを向きつつ口から出たのはそんな言葉。
割と真剣にそう思えてる事がなお性質が悪い。
「ぇ?・・そ、そうかな?」
照れつつも顔の向きは変えない中浜。
その笑顔は、破壊力抜群だった。
「あ!ああ、うん、良い、と思う、ぞ!」
いかん、俺は何かおかしくなっている。
・・こういうのは普通の会話のワンシーンのはずなのに!
俺は混乱しつつ、皿を食器乾燥機に詰め込んだ。
一刻も早くここから離脱し、風呂へと退避するために。
そうしなければ俺は何か、変なことを口走りそうだ。
「そういうわけなら、俺も風呂に入ってくる!
あ、そうそう!眠くなったら別に歯磨いて寝ても良いから!
ベッド使ってくれ、汚くはないはずだから!
大丈夫、俺はソファだろうが床だろうが寝れる!」
明らかに不自然なテンションでそう言いつつ、
俺は風呂場へと向かうべく扉を開け部屋を出た。


「・・・・・・」
鮫川君が出て行ってから、ボクはその場で立ち尽くしていた。
鮫川君の様子がおかしかったからなのは言うまでもない。
「ぷぷ・・」
そしてちょっとしてから、ボクの口から笑いが出てくる。
思い出すのは慌てた鮫川君の言い方。
(「あ!ああ、うん、良い、と思う、ぞ!」)
声は裏返ってたし、言葉もぶつ切れ。
典型的すぎるほど典型的な、混乱の誤魔化し方。
となると気になるのは混乱の原因だけど。
そこまで考えソファに座ると、今度は自分の格好が自然と目に入る。
そしてボクは、ここでやっと鮫川君の行動に納得が行った。
同時にちょっと反省。

「・・やっちゃった。」
自分が男にとって魅力的に映るというのは知っている。
それは自惚れとかじゃなくって、ボクの体質・・というか種族柄の事だ。
ヴァンパイアと人間のハーフ・・ダンピール。
それがボクの種族。
見た目には人間だからつい自分でも忘れてしまうけど、ボクは魔物。
いや、それは問題ではない。
この場でのボクのやっちゃったというのは、
風呂上がりに鮫川君とゆっくり喋れなかったことへだ。
鮫川君と一緒にいるのは、鮫川君の考え方が独特なのもあり楽しい。
その機会を自分の不注意で逃してしまった。
「あーあ・・お喋りしたかったなぁ・・。」
ぼそぼそと呟いて溜息を吐く。
まぁそうしたからってどうなると言うものでもないんだけど。
「上がってくるまで待っておこうかな・・?」
ちょっとしてから、そんな考えが浮かんでくる。
時計を見ると、もう結構遅い時間だった。
「でも・・遅くまで鮫川君を話に付き合わせるのもなぁ・・」
ボクは楽しいから良いけど、鮫川君も楽しいとは限らない。
それに、鮫川君が風呂の長い人だったら、
もしかしたら待っている間に寝てしまうかもしれない。
そこまで考えて、ボクは立ち上がった。
「・・今日は、もう寝よっと。」
鮫川君とは一ヶ月間も過ごせるのだ。

そう結論づけて立ち上がろうとして、
「・・?」
あるものに目が行った。
それは、床に置かれているゲームのパッケージだ。
表面には、様々なロボットが格好良いポーズを決めている。
「これ・・フルブ・・?」
フルブというのは、とあるアーケードゲームの略称。
表紙の絵の通り、様々な機体が戦い合うゲームだ。
家庭用移植版でPS3版も出されていて、
今も次回作がゲームセンターで稼働している。
「やっぱりだ・・。」
ボクはそれに見覚えがあった。
というのも、ボクもそれを持っていたからだ。
それなりの腕前ではあるけれど、
女子がゲーマーというのは引かれるんじゃないかという懸念もあり、
ボクは公言していない。
ちなみに、他にもゲームはする方だ。
「シャイニング○ォースイクサ・・
あ・・?これって、アーク○ラッド・・?
しかも、初代から黄昏まで・・!
ジェネレーションは・・流石にないか。」
気になって棚を見ると、他に結構古い物もあった。
ついつい気になって見ていくが、
とある部分でボクの視線は釘付けになる。
「・・これ・・屋根裏の・・」
それは、ボクがやっていて結構感動したソフトだ。
主人公は人間の男なのだが、途中で吸血鬼に救われ、
しかし同時に吸血鬼に変わってしまう、というシナリオ。
ヒロインのルートごとの主人公の行動には・・って。
「うう・・危ない危ない・・。」
ついつい、ボクは悪い癖が出そうになっていた。
知っているゲームを見ると、
頭の中で記憶を探って追プレイし時間を忘れてしまうのだ。

「今は寝ないと・・」
そう呟いて、ゲームへの関心を断ち切る。
・・でも、ちょっと鮫川君へのアプローチの仕方も見えてきたかも。
ボクはそう思ってもいた。


「鮫川君、先に寝てるねー。」
俺が風呂に入っていると、横開きのドアの向こうから
中浜がそう言ってくる。
「・・おお、分かったー・・お休み、中浜。」
勝手に寝ていても構わないのにな、
そう思いながら返事をすると、
「うん!お休み。」
という声の後、足音は遠ざかっていった。
「・・ふぅ。」
良かった、今は落ち着いてきている。
湯船に浸かりながら、俺は息を吐く。


どうにも、中浜と喋ると俺はおかしくなるときがあるようだ。
さっきのように、日常的な状況ならば問題はないようなのだが、
皿を洗っていたときのような・・何というか・・
ドキドキしてしまう状況でそうなる。
そこまで考えてから、俺は一人こぼす。
「・・女子に免疫ついてないせいか・・。」
悲しいかな、俺という男子は体育祭のフォークダンスか
小学の集団下校の時ぐらいしか女子と近くにいなかった。
中学以降など、基本一人で帰っていた。
そこから先も女子と距離、精神共に近くになったことはない。
「・・正直、諦めてた節もあるよなぁ・・」
思い返しつつしみじみ呟く。
正直、このまま一人で生きていくんだろうとも思っていた。
そこに、今回のこれだ。
「ちょっとはドキドキしたって、仕方ないだろ・・」
誰にともなく、呟く。
それには、中浜美星という存在とこの状況に
暖まりかけている自分を押しとどめようとする働きもあった。
いくら、自分が女日照りだったからといって、
中浜にその気がなければ、それを考えるのはただの阿呆だ。
望めぬ理想を求めるなど、そんな事は二次元でいくらでも出来る。
そして二次元で出来る、起こることは、現実では・・存在しない。
絶対と言っていいくらいだ。
期待するだけ、無駄なのだ。
分かっている、分かっているはずなのだが。

「・・・・・・だからって、なぁ。」
天井のタイルを見上げつつ呟く。
男として、それを期待しない訳ではない。
というより、期待せずにはいられない。
どれほどひねくれていたって俺は、
結局のところ・・隣にいてくれる誰かを欲しているのだ。
いくら二次元が楽園でも、三次元での寂しさはやはり辛い。
俺は、寂しがり屋なのだ。
どれほど一人で良いとか思っていても、思えても
誰かが隣にいてくれることで安心してしまうのだから。
中浜が、俺をもし好いてくれたとしたら、それは勿論嬉しい。
「・・無い無い、有り得ないって。」
が、期待はしない方が身の為だろう。
後になってから傷つくのは・・怖い。

(家に来るって時点でお前は信頼されてんの、分かるか!?
男同士の、家行くわってノリとは違う訳!)
五郎の言葉を思い出してみる。
信頼とは・・きっと、人同士のそれだろう。
人付き合いなら、それなりには出来ているしな。
男と女のそれとは、思えない。
そこは流石に五郎の考え方がおかしいだけだろう。
そう結論付けて、俺は風呂を上がる事にした。
チラ、と風呂場の時計を見る。
時刻は十一時半、寝るにはちょうど良い時間だ。
上がったら、ソファで寝るとしよう。


翌日、昼休み。

「蓮司の好きなジャンル・・ねぇ・・」
ボクは河村に昨日のことを話し、
鮫川君の好きなゲームのジャンルを訊いていた。
「あいつの好きなジャンルって、
言っておくけど基本一人プレイ用だよ?」
対して五郎はボクにそう言う。
確かに、昨日棚の中にあったソフトは
八割以上が一人プレイ用のものだった。
だけど、ボクにはそんなことは関係ない。
「ううん、一緒にプレイしたいって言うのは勿論あるんだけど、
ボクは、鮫川君と一緒に居る時間が増えればそれで良いから。」
そう、ボクのそもそもの目的は鮫川君と一緒にいることなのだから。
そう伝えると河村は、はぁ・・と溜め息をついた。

「羨ましいなぁあいつ・・。
ん、まぁ・・そうだなぁ・・ドラクエ、FF辺りはやってんだよな?」
「うん、ドラクエは8まで、FFは飛び飛びだけど・・。」
答えると河村はうんうん、と頷いた後・・
「あっ!あれがあるな!あ・・でも・・」
そう言って、視線を泳がせた。
気になってどうしたのか訊こうとするが、その前に河村は訊いてくる。

「フルブって言って・・分かる?」
「え?うん、ボクもDコースとかEコースをいつも行ってるし・・」
素直にそう答えると、河村はグッとガッツポーズをした。
Dコース,Eコースというのは難易度の高いところのことだ。
「おお、なら問題ない!
あいつも良くその辺行くから、近づくにはそれで十分だ。」
「ホント!?」
ついつい、身を乗り出してしまう。
なんて幸運なんだろう。
まさか、鮫川君もあれくらいのところに行くなんて!
「ね!何に乗ってるの?機体は。」
もっと、話を聞こうとしたところで・・

「えーと・・」
「河村、貴様・・少々来い。」
「え?いや、あの、立花先輩?今俺は」
「少々来い、と言っているんだ。
貴様は延滞をしておるだろうが!」
「いや、返しました、ちゃんと!」
「ええいうるさい、延滞をしていたこと自体が問題なのだ!」
「え、や、り、理不尽だ〜!」

河村は、後ろから来た立花先輩に連れ去られてしまった。
・・立花先輩、一緒に居たいならそう言えばいいのに。


「鮫川君、帰ろ!」


放課後、やけに上機嫌な中浜と共に、俺は帰り道を歩いていた。
その上機嫌さとは対照的に、俺の気分はやや暗い。
例によって例の如く、話題が見つからないためだ。
何を話していいのやら。
「あのさ、鮫川君・・フルブって、知ってる?」
そう思っていると、中浜の言葉の中に聞き覚えのある単語があった。
「え?ガン○ム?」
反射的にそう答えると、中浜の表情がパアッと輝く。
「うん!実はさ、昨日キミがお風呂入ってる時にソフトを見つけて・・」
「ああ、そう言えば片付けるの忘れてたな・・。」
そこまで言ってから俺はある期待を抱く。
「もしかして、中浜も・・?」
「うん!だから、二人でやろうと思って!」
その期待は大当たりだった。
一緒にあれを出来る人が増えるとなると何かが沸き上がってくる。
それは、普段被っているやや無表情で冷静な仮面を
投げ捨ててしまうくらいの嬉しさだった。
「マジか・・!っはは、じゃあ早く帰ろうぜ!」
あまりの嬉しさに笑顔でそう言った後、俺は歩みを速くする。
無論、中浜がついてこれる位の早さだが。


(「マジか・・!っはは、じゃあ早く帰ろうぜ!」)
その笑顔を見た瞬間、ボクの心臓はこれまでになく高鳴った。
さっきのは完全に不意打ちだった・・卑怯すぎる。
いきなりあんなに、明るい笑顔をするなんて。
いや、年齢的にはおかしくないんだけども。
ボクがこれまでに見た鮫川君の表情が
思案顔だったり、優しげな微笑だったり、
全体的に大人びた雰囲気を纏っていたことが多かったからかな。
とにもかくにも、あれは威力が強すぎる。

「・・中浜?もしかして調子悪かったりとかするのか?」
そんな風に考えていて歩みが遅くなっていると、
いつも通りの話し方の鮫川君がそう言ってくる。
心配してくれているんだろう、その瞳は優しげだ・・。
「ううん、ちょっと考え事をしてただけ、大丈夫。」
それに対して、
ボクはまた少しドキドキしながらもそう返し、鮫川君についていく。
・・鮫川君があっちを見てて良かった。
きっと、見せられないような腑抜けたニヤニヤ顔をしてたから。




「光の中に消えろ!」
「信じるんだ!自分のなすべきと思ったことを!」
少し後画面にはWINの文字が浮かび上がった。
勝利したのは深緑の機体と紅白の機体である。




「凄いな、中浜・・。」
夕食の後、俺達はPS3をつけフルブをしていたわけだが。
正直、その腕前には驚嘆した。
相当に上手いのである。
「えへへ、そうかな。」
中浜も照れてはいるが、あれは余裕の現れだろう。
「でもボクは、鮫川君がこの機体を使ってたことが驚きだよ。」
と思っていると、中浜はそう言って俺の機体を指さした。
簡単に表すならば、ピーマンのような機体である。
「俺としては、中浜がこの機体だったことが驚きだけどな。」
対して俺も、中浜の機体を指さす。
白いが、変身することによって全身に赤い部分が浮き上がる機体だ。

「うん、そうだね。」
答えるボクの心の中は明るかった。
何故なら、
ボクと鮫川君の機体は同シリーズの丁度その二体であったから。
それも、パイロットは作中でも絡みの多い男女。
だからなんだと言われると困るんだけども、
何というかこう、言い表せない嬉しさがそこにはあった。
恥ずかしい表現をするのなら運命、とでも言うのかな、大げさだけど。
「っと・・風呂焚いてこないと。
浮かれてて忘れてたからな・・。」
そんなことを考えていると、そう言って鮫川君は立ち上がる。
「中浜、プレスリー勝手に使ってて良いぞ。
やんなかったら、プレツーに変えてても良いけど。」
そして、そのまま出て行ってしまった。
僕は取り残されてしまった形になる。
正直、少し寂しい。
「・・・・」
まぁ、ちょっとすれば帰ってくるからよしとしよう。

となると。
何をして待っておこうかって事になるんだけど。
「・・ちょっとなら見てもいいよね?」
PS3の画像フォルダにカーソルを合わせつつ自問する。
いや、これは、別にただ鮫川君の趣味とかが気になっただけで!
心の中で誰にともなく誤魔化しながらボタンを押して進んでいくと。

「・・わぁ・・」
あった。
[新しいフォルダー5]と書いてあるそこにそれはあった。
内容は・・サキュバスのものが多い。
それも、一方的に搾り取られるものが。
「・・・っ///」
つい赤面してしまう・・心臓の音すら聞こえてきそうだ。
こういうのが、好みなのかな。
・・巨乳の人、多いな・・お姉さんキャラも・・。
「・・・・・?」
そうやって分析している内に、
ボクは、フォルダー内の物に共通する特徴を掴んでいた。
それはフォルダー内のサキュバスは、
今一般に認知されているようなものではなく、
吸精に愛が無く、快楽のみを与える者達であるということだ。
つまり・・鮫川君の嗜好がこれであるというのならば・・。
「・・・っ!!」
そこまで考えてボクは身震いした。
もし、そうであったのなら・・それは・・
重く暗い想像が頭の中を駆け巡る。
気持ち良いだけで・・気持ちよければ、それで良いのかな・・
で、でも、

ドッドッ、ギシッ・・

「・・っ」
しかし、その思考は鮫川君の足音の方へと行ってしまった。
あわててボクは画面を戻す。
だけど、ボクの気持ちは戻ってくれなかった。


「え、そうなんだ・・もう、お風呂焚いてたんだ・・。」
「ああ、偶にやらかすんだよな、これ。」
なんだか中浜の様子がおかしい。
話しつつ俺はそう思っていた。
なんというか、何かを悩んでいるというか。
「あ、でも、ボクもそういう事たまにあるよ。」
とはいえ、それが何なのかまでは分からない。
「この前、なんてさ・・」
いや、見ただけでそれが分かるというのも、有り得ない話か。
「体操服を・・」
となると直接訊いてみるしかない、か。
・・一緒に過ごしていて悩みを話してもらえないのもアレだしな。
そう結論づけて、俺は中浜の方を向く。

「あー・・中浜?」
「ふぇっ?な、何?」
話の腰を折る事に対し悪いと思いながらも、続ける。
「なんか、悩みとかあるのか?」
「えっ、な、何で?」
どもる中浜、いつもならそうはならないはずだ・・
短い付き合いだがそれくらいは分かる。
間違いない、何か悩みがある。
「いや、なんか表情がいつもより暗いっていうか・・」
「・・そんなの、誰にだって偶にあることだよ。」
理由を話すと、気にすることないって、と中浜はそう言った。
・・要するに、俺には話したくないことか。
まぁ、たかだか同居程度に話す悩みってのも無い、か。
表情に出るようなものであるならなおさらだろう。
「・・そっか、ならいいや。
・・あ、そうだアレ二人で。」
最終的に出した答えは、結局は他人。
使い慣れてしまった感のある、個人との境界線を引く結論だ。
しかし、俺の心の中のどこかが、それで良いのか、と騒いでいた。
それが何故なのかが分かるのは、まだ先の事だったが。


翌日。
ボクは、なんだか全てに身が入らなかった。
人並みにこなす程度には出来るのだけど、
その一つ一つに対して、心がいつもより動かないのだ。
理由は、わかっている。
昨日見た、[新しいフォルダー5]のせいだ。

「・・はぁ。」
今日最後の時限、先生の諸事情で自習になったこの時限。
それまでの授業は何かをやらされていた為、
あのことはあまり考えずに済んでいたんだけれど。
「・・・・・・」
何かを自主的にする・・言い換えれば何もしなくても良い。
そんな時間に、いつもなら日々題を終わらせたりするのだけれど。
「・・・・はぁ・・・・」
全くと言って良い程、体が動かない。
何かをしようという気すら、起こってくれない。
あの画像達が、頭から、離れてくれない。

(なんか悩みとかあるのか?)
他に思い出すのは、鮫川君のあの言葉。
当たっていた。
あのときは誤魔化したけれど、悩みがあるのは見抜かれているだろう。
けど、だからといって、訊けない。
愛のない吸精でも良いの?なんて、無理だ。

「・・中浜、保健室へ行け。」
そんな風に悩んでいると、監督役に来ていたヴァンパイア、
紅華(こうか)先生にそう言われた。
先生は腕組みしたまま、
こちらに何か言う暇を与えず、続ける。
「腑抜けた貴様の様子を皆が気にして集中できておらぬ。
落ち込むのなら保健室にでも行ってやっていろ。」
突き放すような言い方だが、その言葉は
ボクを含め教室にいる全ての人を気遣っていた。
「・・はい。」
それに素直に従ってボクは教室を出る。
・・矯正すべき言葉遣いで気遣われるなんて、
ダンピールが聞いて呆れる話だ。


放課後。
俺はどういう訳か、紅華先生に呼び出されていた。
しかも職員室ではなく、誰も居ない教室に。
・・・五郎が聞いたらうるさいだろうな。
そう思いつつ、ドアをノックし、許可を取って中に入る。
「・・来たか。」
部屋の中、椅子に座っていた紅華先生はそう言って
プリントに走らせていたペンを置き、俺の方を見た。
美しい程に白い肌と、それとは対照的な真紅の髪。
先生だという事を抜きにしても緊張してしまう。
そんな俺をよそに、先生は口を開いた。

「中浜が何やら沈んでいるのは知っていよう。」
「え?あ、はい。」
答える。
それを見て先生はコク、と頷いた。
「うむ、で、だ。
原因を考えてみたのだが、
どうやら学校に居る間の事では無さそうなのだ。
訊いてみたところ、おかしいのは朝からで、
そして昨日の授業の間は元気であったとの事だしな。
となると・・だ。」
「俺の家で・・って事ですか。」
先生は再び頷く。
その考えには欠陥など見当たらない。
俺としても気になっていることはあった。
「そう言えば・・・
俺は風呂を確認しに言って戻って来るまでの間に、変になってました。
悩みでもあるのかって訊いたら、何もって言われましたけど。」
あったことをそのまま話す。
すると先生は怪訝そうな視線を向けてきた。
「・・・貴様はそれで納得したのか?」
「いえ、納得はしてないですけど・・。
触れられたくない部分もあるだろうと思って。」
弁明する、が先生はこう返してきた。
「それだけか?結局は他人、と線を引いたのではないか?」
「それは・・」
真実を指摘され、俺は言葉に詰まる。
先生はそれだけで理解したようだ。

「はぁ・・全く。
貴様が他人と距離を置きたがるというのは知っているがな。
現状、親が遠方に居る中浜にとって、
貴様は貴様が思っている以上に近しい存在なのだ。
それだけは覚えておけ。
・・・どうせ、たかだか同居、程度に考えていたのだろう?」
鋭い視線が突き刺してくる。
俺は、「う、はい。」としか言えなかった。
それを聞いた先生は、はぁ、と呆れたように再度ため息をつく。
「・・・鮫川。
家とはその者の素が見せられる場なのだ。
故に他者の家に行くというのは、
その者に自らの素を見せても構わないという信頼の表れ。
繰り返すようだが、もっと中浜を近くに考えてやれ。」
信頼。
二日前に五郎から聞かされたその二字が、
先生の口から再び俺へと向けられていた。
しかし、今回のこれは戯言と切り捨てられるものではない。
「・・分かりました。
もうちょっと、詳しく中浜に訊いてみます。
・・先生、一つ訊いて良いですか?」
了承の意を示した後、俺は先生に質問する。
「ん、何だ?」
「なんで、中浜をそこまで気にしてくれるんですか?」
すると、紅華先生はふん、と鼻を鳴らした。
「・・教師が生徒のことを気にかけるのは当然だろう。
さぁ、中浜は先に帰らせてある、貴様もさっさと帰るが良い。」
そして、ぶっきらぼうにそう言い放つと紅華先生は、
手元に視線を落とし、素早くペンを走らせ始める。
邪魔をしてはいけない、そう思った俺はドアの所まで行き
「失礼しました。」
と言ってドアを閉めた。



我が家の玄関をくぐった後、俺は息を吐く。
「・・ふぅ。」
もっと詳しく、とは言ったがどう訊けば良いのやら、だ。
「とりあえず、話してみるか。」
それしかない、そう思ってリビングに入る。
その瞬間、俺は絶句した。
何故、どうしてか、安くんぞ絶句しけるか、それは・・。

「・・あ・・おか、えり、鮫川君・・。」
目に入ってきたのはテレビを見ている中浜。
動きがぎこちない以外はおかしいところはない。
おかしいのは、テレビだ。

「・・何、見てるん、だ?中浜・・。」
「あ、こ、これ?君の好みはなんだろーって・・・」
「そ、そうか・・でも、これ、好みとはちょっと違うっていうか・・」
「えっ?でも、たくさん同じ種類が・・」
「あー、それはその・・っていうかもしかして、気分が暗かったのは。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
流れるは気まずい沈黙。

「嫌な気分にさせてすいません!」
「心配させてごめんなさい!」
続いたのはほぼ同時の謝罪だった。


しばらく後。
「えっ!?あの画像って、その、そ、そういう事に使う用で、
タイプの女性とは違うの!?」
「う、ああ、うん、そうだ。」
俺は、自慰用の画像をそうであると説明するという、
罰ゲームのような何かをさせられていた。
いや元はと言えば消しておかなかった俺が悪いんだが。
「で、でも、そういうのに使うのでも、
やっぱり多少は好みとか入るんじゃ・・」
視線を合わせずに訊いてくる中浜。
「あ・・まぁ、その、ちょっと、くらいは入るんだが・・。
正直、なんて言うんだ?その、俺、
好きなキャラ程そういう事には使いたくないっていうか・・・」
まぁ、俺も合わせられるものではなかったが。
ともかく説明すると中浜は、
「じゃ、じゃあ、このこれが好みどストレートじゃないんだね!?
よ、良かったぁ・・」
と、やけに安心した様子でほっと息をついていた。
大げさな、と思わないでもなかったが、
そもそも考えてみればドン引きされてもおかしくない事である。
それが、ほっとした、で済んでいるのだからそっとしておこう。
そう思って俺は話題をかえた。
「あ、それはそうとさ・・」


「ふぅ・・」
夕食後、風呂にて。
ボクはあの画像について改めて安心していた。
曰く、あれはただ、抜くためだけのもの。
つまり恋愛感情とか感情移入とか、そんな用ではないって事。
「ふふ。」
そう知れると、途端に心が軽くなるから不思議なものである。
それに、その・・そういう意味での好みでないなら、
色々と大丈夫だ・・胸、とか。
そう結論付けて落ち着いて風呂に入っていると、
色々と、どうでも良い事まで考えられるようになってくる。
「・・ゲームとかアニメだったら、
ラッキースケベとか起こるシチュエーションだよね、これ。」
とか。
「ああでも、現実だったら絶対と言って良い程起こらないかぁ・・」
とか。
まぁ、何はともかく、ボクは元気を取り戻すことができた。


そして翌日、放課後の図書準備室。
「で、だな、美星。
私はその、河村のことが、あの、す、好きなのだ。」
「は、はぁ・・」
ボクは立花先輩からそんな告白を受けていた。
ちなみに立花先輩とはそれなりに仲がいい。
「それで、その・・どうしたら、よいだろうか。」
そわそわと、いつもとはまるで違う雰囲気でそう訊く先輩に
「うーん・・とりあえずデートっていうか、
どこかに連れ出してみたら良いんじゃないですか?
河村も先輩の事気になってるみたいですし。」
ボクはそう答えてみる。
実際、この方法なら連れ出すのに立場とかも使えるし、
良い方法だと思った、ん、だけど・・。
「河村は、私が誘ったとて来るだろうか・・。」
先輩はいつになく弱気だ。
・・まぁ、普段強気な人程っていうのは、
ありがちな話なんだろうけども。
「いや、やってみなければわからん、か。
・・うむ、日曜に誘ってみるとする、ありがとうな美星。」
って思っていたら意外に決断はピシッとしていた。
この辺りは流石だ・・手を握りしめてちょっと不安そうだけど。
とか何とか考えていたら・・

「そう言えば美星、もう鮫川には好いていると告げたのか?」
とんでもないところから弾が飛んできた。
「え?いや、まだですよ、もっと後でも良いかなーって・・」
思っている通りに話す。
すると立花先輩の眼が、すっと細くなった。
「・・いや、その考え方だけは、ならんぞ美星。」
しかもズイッと顔を寄せてきた・・かなりの迫力だ・・。
「あ、あの、何を・・。」
「本の内容を引用するのだがな・・
男というのは中々に気づかぬものなのだという。
いや、気付かぬというより・・
そんなわけ無い、と可能性を捨てるらしいのだ。」
「でもそれは・・。」
「まぁとりあえず最後まで聞け。」
何度か口を挟もうとするも、先輩はそれをさせてくれない。

「それだけならばまだ良いが・・もし他の女が鮫川に近づき、
万が一にもそやつとおまえの間で鮫川が揺れるようなことになったら、
おまえはきっと後悔すると思うぞ?」
そこまで聞いてボクはハッとなった。
そんな可能性を全く考えていなかったからだ。
無意識に表情を険しくしてしまったボクを見て、先輩をこう続ける。
「・・そんな顔をするな美星、要はそうしなければ良いだけのこと。
幸い、おまえの種族はダンピール、
襲うなどはともかく、鮫川の気を引くには苦労しないはずだ。」
「・・まぁ、そう、なんでしょうけど。」
納得は出来る・・けど、何というか、だ。
「いきなりは無理であろうとも思うが・・ふむ、そうさな・・」
そんな微妙な思案をボクから読み取って、
顎に手を当てつつ考えてくれる先輩。
何だかんだ言って、優しい。
この優しさを素直に出せたら、河村はすぐに落ちるだろうになぁ・・

「おお、そうだ!私たちと一緒に、鮫川を連れ歩けばいい!!」
「・・え?」
一瞬止まる。
その一瞬が先輩を止めるチャンスかも知れなかったのに。
「周りを牽制する良い機会ともなろうしな!」
「えっ、えぇぇぇー!!?」


「で、押し切られた、と。」
「うう・・ごめん、鮫川君・・。」
話し終わると中浜はそう言って俯いてしまう。
少しばかり俺は慌てた。
「ああ、いや、別に怒ってるわけじゃないぞ俺は。
むしろ、ヒマがつぶせて良いかなーって思ってる。」
「・・ホント?」
少しだけ表情が明るくなる中浜。
可愛いな、と思いながら俺は続ける。
「どうせ日曜なんてゲームしてるか、ネットしてるかだしな。
たまには出歩いたほうが良いかとも思ってたし。」
「良かったぁ・・」
ホッと息をつく中浜。
安心して、ふんわりと微笑む中浜。
それを見るのは初めてではなかった筈なのに。
・・あ・・なんだろ、これ・・。
見た瞬間、俺の中に良く分からない何かが生まれた。
これまでに感じた事のない感じだ。

「じゃあ、明日は備えてゆっくりする?」
「あ?あ、ああ・・」
「・・大丈夫?どこか調子悪いの?」
「え?あ、いや、何も。」

どうにも中浜の言動一つ一つが気にかかるというか・・。

「本当に?無理しちゃダメだよ?」
「大丈夫だって、そんな事はない。」
「うん・・なら良いけど・・。」

気になって仕方ない、そんな感じの・・。
とはいえ、中浜に相談しても困ってしまうだけだろう。
そう思って、俺は何も言わなかった。
今回は一線を引いていたわけではなく、本当にそう思ったんだ。

そして、そんな感覚を抱えたまま、土曜を過ごし。


「蓮司、お前、アホか?」
「いや、中浜には訊けんだろう?」
迎えた日曜日、俺は五郎と小声で話し合っていた。
先輩と中浜の視線が気にかかる。
「だからって、俺に訊くかよ・・?」
「お前だからだ、そういうの詳しいだろ?」
「いやまあ、詳しいんだろうけどさ・・
というかまぁ、大体答え分かってるけどさ・・」
「本当か?」
「うんまぁ・・多分恋だぜ、それ。」
「・・・・こ、い?恋?」

正直戸惑った。
それが表情に出ていたのだろう、
俺をやや呆れ気味の視線で見た後、五郎は溜め息混じりに説明する。
「・・そ、恋。
淡水魚でも挑発でも某三国の呂布の真名でも
わざとって意味の二字熟語でも無くな。」
「・・全部分かるがそれは置いとくとして。
これがか?たった、気になるってだけで、恋なのか?」
そう訊くと、五郎は再び溜め息を吐く。
「たったって・・はぁ。
じゃあよ?今、立花先輩と星ちゃんが手を繋いでいたらどう思う?」
「・・?俺は百合には興味ないぞ?」
「・・ああうん、OKOK。
それじゃ、俺と星ちゃんだったら?」
「・・それは。」
なんか、嫌だ、分からない、良く分からないが、もやもやする。
「・・すまん、上手く言えないが・・嫌だ。」
すると五郎は何故か、フッと笑った。


 ー多分恋だぜ、それー ーこ、い?恋?ー
「・・ふ、成る程な。」
「え?何がですか、立花先輩?」
盗み聞きしていた会話の内容で、
後輩二人がずっと小声で話している理由に納得していると、
美星からそう訊かれた。
「うん?ああいや、こちらの話だ。」
それを適当に誤魔化し、再度聞き耳を立てる。
二人は小声で話しているが、美星には聞こえずとも
私の聴力にかかれば全て筒抜けだ。

ーそれじゃ、俺と星ちゃんだったら?ー
ー・・すまん、上手く言えないが・・嫌だー

おお、おお、もうそこまで来ているか。
ではもう告げるだけ・・ふむ、となれば・・一肌脱いでやろう。
・・自分は勇気が出せぬくせに、
人を焚きつけるというのは些かアレだがな。
「・・おい河村、少々話がある、二人っきりでしたい話だ。」
「・・あ?はい、そっすか、じゃ、あのあっちで話しますか!」
素直に従ってくれる河村に感謝しつつ、行こうとする。
去り際に河村が鮫川に何かを囁くのが見えた。


(・・うまくやれよ、蓮司)
五郎から去り際にそんな言葉をかけられた。
そして五郎は、俺がその意味について問い返す暇もなく、
立花先輩と向こうの方へと行ってしまう。
いや、意味ならば分かっている。
・・要するに、中浜と話せって事だ。
まるで、ゲームの一場面みたいだな。
・・・・よし、やってみるか。


「・・なぁ、中浜。」
意を決して、中浜に話しかける。
「え?何?鮫川君。」
そう言って戸惑い気味にこちらを向く中浜・・やはりだ。
中浜がこちらを見ているってだけで、
嫌ではないが変な感じがする・・これが恋ってやつなんだろう。
「これから俺は変なことを言うかも知れない。
だけど、なんていうか、それでも言いたい事なんだ。」
「・・うん、何かな。」
真剣な表情になる中浜に、俺は一泊おいてから言葉を紡いだ。

「俺・・恋、してるみたいなんだ、中浜に。」
「・・・・・・」
対する中浜は驚いたように目を見開き、絶句してしまっている。
・・やはり、俺は変なことを言ってしまったのだろうか。
後悔の念が沸き上がりかけたその時・・
「あ、あのさ、鮫川君?一つ、訊きたいんだけどね?」
やっと中浜は口を開いてくれた。
何だ?と相槌を打つと、中浜は所々詰まりながら続ける。

「ど、どんな感じなの?その、キミの気持ち、とか・・。」
「え・・?いや、中浜の事が気になって仕方ないっていうか・・
これまでどうもなかった事なのに、
妙に中浜のことを意識するようになったって言うか・・」
ぐちゃぐちゃな感じを、そのままに話す。
すると次に彼女はこう訊いてきた。
「じゃ、じゃあさ・・ぼ、ボクと、恋人に、なりたい?」

「恋・・人・・」

今度は俺が言葉を失う番だった。
恋人というのは、アレだ、主にギャルゲー等で良く見る、
イチャついてる輩のことだ。
・・で、問題は俺が中浜とそういう関係になりたいか・・。

「・・ああ、なりたいな、出来るなら、だけど。」
答えは意外にすんなり出た。
同時に、なんとなく、もやもやしていたものがすっきりしてくる。
「・・うん、だったらさ?もう一回、言って?
さっきみたいに戸惑いながらじゃなくって、
キミの・・鮫川君の気持ちを、言いたいように。」
[優しい]顔になって、中浜はそう言った。
付け加えて、ゆっくりでいいよ、とも。

「俺は・・」
心の中のもやもやがどんどんと無くなっていき、
代わりに一つのものが見えてくる。
・・ああ、そうか、これがそういう事なのか。
「中浜、お前の事が・・」
随分と急だったが・・沸き上がってくるこの気持ちがそうなんだろう。
後は、俺の知っている簡単な言葉に直すだけだ。
「好き・・だ。」
「・・ふふ、ありがとう・・ボクもキミの事、好き、だよ。」
言い終わった俺に、中浜はそう返しつつ近づいてくる。
何をするつもりなのだろう、と考えていると、

ポムッ・・

いきなり、胸と胴の辺りにそんな感触が来た。
驚いて下を見ると、短い金髪がフルフルと揺れている。
「中、浜・・?」
名前を呼ぶと、こんな言葉が返ってきた。
「ふ・・ふふ・・素直が取り柄だったのにな・・。
まさか、キミから先に告白されるとは思ってなかったよ。」
その声はややいじけてるようで・・でも、安心してるようでもある。
「でも、ビックリしたな・・いきなり、
恋してるみたいなんだ、なんて言うんだもん。」
「わ、忘れてくれ、それは・・」
今更になって恥ずかしくなってそう言うと、
中浜は微笑みつつ、ゆっくりと顔を上げこちらを見てくる。
正面から、こんなにまじまじと見るのは初めてかもしれないその顔。
女性というよりはまだ女子というのがしっくりくる顔だが、
これまでに見てきたどんな顔よりも可愛く、そして素敵な顔だった。
「ヤだよ、忘れてあげない・・だって・・」
そしてそんな中浜の顔が急に近づいてくる。
それに驚いて、反応が遅れた。

直後、唇に何か柔らかいものが触れる。
それが何なのかを悟った途端、顔が熱くなっていく。
そんな俺を見て、中浜はこう言った。

「だって、恋してるみたいなんだ、ってすごく素敵だったもん。」

そしてその笑みをさらに深くする中浜。
それはまるで、夜空の美しい星のようだった。
14/12/19 23:17更新 / GARU
戻る 次へ

■作者メッセージ
皆さんお久しぶりです、生きてます。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33