連載小説
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とある受験生の日記


8月1日
今日から日記をつけることにした。
僕ももう高校三年生。そろそろ受験、それにひとり立ちが現実味をおびて来た頃だ。
せっかくだからひとり立ちするまでのこの町での僕の暮らしを書き止めておきたい。
小学生の宿題みたいでなんだか変な感じだけど、三日坊主にならないようにしよう。




8月3日
幼馴染の茉莉が遊びに来た。
最近は勉強ばかりでそろそろ気が滅入ってきたころだったから、素直に楽しかった。
小さい町だから近所の友達はみんな兄弟みたいなものだけど、茉莉は特別気が置けない仲だ。
家が隣にあったのと、昔っから無邪気な性格で、女友達というよりはかわいい妹分、みたいな認識があったからだろう。
お互いに遠慮のない付き合いができるのはいいことだ。
こういう関係は大事にしたい。



8月6日
今日も今日とて受験勉強。
夏休みは受験の天王山だなんて言うけど、やっぱり夏は遊んでしまいたくなる。
海が近くにあるんだから尚更だ。
だけどここは田舎だ。そこそこ難関と言われている大学を目指している僕にとって、頼れるのは先生と参考書だけ。人一倍やらなきゃ受からない。
将来のためとはいえ、辛いもんだなあ。



8月7日
茉莉と将来の話をした。
僕の夢は昔から変わっていない。海洋学者だ。
あいかわらずお魚博士なんだね、と少し笑われた。
そう馬鹿にしたものじゃないと思うんだけどな。
茉莉に夢を聞いてみると、赤い顔をして秘密だと言った。
何か恥ずかしい事でもあるんだろうか。今更隠す事もないだろうに。





8月8日
先月に受けた模試が帰ってきた。結果は散々。
このままじゃまずい。当分は勉強に集中しないと。



8月9日
茉莉に、当分は遊べないと断りを入れた。
茉莉はまるでこの世の終わりでもきたような顔をして、すがるような目で僕を見た。どう見てもただ事じゃない様子で、僕はぞっとした。
茉莉のことを怖いと思ったのなんて、これが初めてだ。




8月12日

茉莉が、いなくなった。

どうしてだ。何で。こないだまで笑っていたのに。
何が何だかわからない。






8月13日
やっと考えがまとまってきた。でも、まだ信じられない。
茉莉は昨日海を見に行くといって家から出かけて、そのまま行方がわからなくなったらしい。
携帯にも電話は繋がらず、全く手がかりもない。
本当に、何でこんなことになってしまったんだ。



8月15日
茉莉がいなくなって4日。
相変わらず茉莉の足どりは掴めない。
僕もあちこち探し回っているけど、何の手がかりも見つからない。
警察は間違って海に落ちたんじゃないかといって、最近は海の方も探し始めた。
…もし本当に海に落ちていたら…
…いや、嫌なことを考えるのはよそう。きっと、きっと茉莉は帰ってくる。



8月16日
…茉莉の服が海の中で見つかったらしい。携帯も一緒に。
でも、警察の話はかなり妙だった。
なんでも、服はほとんど破れもせずに、元の形のまま見つかったそうだ。
まるで水の中で脱いだみたいに。
…一体どういうことなんだ。

それはそうと、最近窓の外から視線を感じる。
カーテンを開けても誰もいないんだけど、何なんだろう。



8月17日
最近町である言い伝えがよく話題にのぼる。
この町の海で女性が溺れ死ぬと、その女が男を連れて行ってしまう、というものだ。
言い伝えそのものは昔からあるし、僕だって知っている。
でも正直、幼馴染がそんな噂話の種にされてしまうのは、はっきり言って気分が悪い。
…だけど、そう言う僕も、この噂に少し恐ろしさを感じている。
最後にあった時から、なんだか茉莉のことが怖いんだ。
そんな風に思っちゃいけないってことはわかってるのに。

相変わらず窓の外からぞっとするような視線を感じる。
何なのかはわからないけど、一度感じたことのある視線だ。




8月18日
最近感じる視線が、何なのかわかった。
あの視線だ。
最後に会った時の茉莉の、まるで僕にすがるみたいな視線だ。
じゃあ、窓の外から僕を見ているのは、茉莉なのか。




8月19日
窓の外から視線を感じる。
カーテンを開けてみた。





茉莉がいた。

「にがさない」

そう言って、茉莉は窓の外から姿を消した。

じゃあ、茉莉は、今までずっとああして、僕を見ていたのか。
僕を自分の側から離すまいとして。
…怖い。ずっと一緒にいたはずの相手なのに、いや、だからこそ、茉莉が怖い。



8月20日
窓の外から視線を感じる。
窓の外から視線を感じる。
窓の外から視線を感じる。
窓の外から視線を感じる。
茉莉が僕を見ている。
茉莉が僕を縛り付ける。
茉莉が怖い。
見ないでくれ。
頼むから、僕を見ないでくれ。
見ないでくれ。
見ないでくれ。
(日記はここで終わっている)


――――――――
はちがつにじゅういちにち

まだみている。まつりが、ぼくをみている。
こわい。まつりのきもちが、こわい。

「…あは、そろそろいいかな」

まどをあけて、まつりがはいってきた。
こわい。まつりがこわい。
おねがい。たすけて。いやだ。

「ゴメンね、怖い思いさせて。ちょっとおどかしすぎたかな。でも、怯えてるかーくんもかわいいね」

まつりがぼくをだきしめる。
まるで、ぼくをじぶんにしばりつけるみたいに。

「…こないだ、夢の話をしたよね。ボクの夢、あの時は言わなかったでしょ。
ボクの夢はね、かーくんと一緒にいる事なんだよ。かーくんの事が大好きで仕方ないんだ。
でもかーくんはこのままじゃきっと、この町から出て行っちゃう。ボクの手の届かないところへ行っちゃう」

まつりがぐっとちからをこめる。

「でも、そんなの許さない。ゆるさない。赦さない。ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイ!かーくんはボクのものだ!ボクからはなれるなんて、ゼッタイニユルスモノカ!」


まつりがますますちからをこめる。ぼくのからだがみしみしいいだした。
いやだ。もとのやさしいまつりにもどってくれ。


「ボクは考えた。どうすれば君がこの町から、ボクの手から離れないかって。
それで思い出した。あの言い伝えを。
ボクが海で溺れれば、無理にでも君を連れていけるかもしれないってね。
そしたらこの通り。幽霊にはならなかったけど、ボクは君といつまでも水の中で暮らせる体と心になった。とっても気持ち良いんだよ」

まつりがぼくのめのまえでかわっていく。
からだがうみのいろみたいにあおくなる。
あしがおさかなのひれみたいになる。
おしりからおさかなみたいなしっぽがはえる。
まつりが、おさかなのおばけになっちゃった。

「あとは君のところへ行けばそれで終わりだったんだけど、君がボクのことを怖がってくれてるみたいだったから、ちょっといたずらしてみたんだ。ごめんね。
でもこれで、きっと君はボクしか見えなくなる。ボクから離れられなくなる」

ゆるして。もうはなれないから。もとのまつりにもどって。

「大丈夫。離れないなら、ボクは許してあげる。
さあ、それじゃ早速海で暮らせるようにしてあげるね。
もう神官様は呼んであるから、ここでしよ」

まつり。まつり。まつりが、ぼくのうえにのる。きもちいい。
まつりがぼくをしばりつける。もう、にげられない。
どうして、どうしてこんなことになったんだ。
ぼくだって、まつりといっしょにいたかった。
だけど、こんなこわいまつりはいやだ。
ぼくが、ぼくがいけなかったのか。
それとも、さいしょからまつりがくるっていたのか。
もう、なにもわからない。きもちよくて、なにもかんがえられない。

「…もう、絶対に離さないよ。
ずっと、ずっと一緒に、海の底で…」


10/11/10 16:39更新 / 早井宿借
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■作者メッセージ
海の底は理想郷か、それとも愛の牢獄か。

9/22
連載の一部としてこっちに収録。
ついでにちょいちょい修正。

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