6 3バカと後始末
「うわぁ……」
なるほど、確かに現場はヒドイことになっていた。
一言でいえば、大乱交。兵士も魔術士も、ゾンビやらスケルトンやらゴーストやらに乗ったり乗られたり、吸ったり吸われたり。
例の魔法使いは、あの先頭を切っていたグールにディープなキスをされながら跨られていた。団長とか言ってた小太りのおっさんは……ワオ、ゾンビスケルトンゴーストの三人にしがみつかれてる。やべーぞ。
「んー……」
とりあえず自分で歩けるようにしてもらったイェルマが、首を傾げた。
「ちょっと足りない」
「ええ……どこに行ったかわからないか?」
「んー……あっち」
そう言って指をさした先は、マージェスの家の方向だった。
「なんで僕んちに」
「童貞の匂いがする」
「ん゛っん!」 ←童貞
マージェスが引っ掛かりを覚えたが、俺には別の心当たりがあった。
「そうか、マートを狙ったのか」
「そういえばいたんだった。まだ無事?」
「んー……多分。まだ童貞臭がする」
というわけで、とりあえずその場は放ってマージェスの家へ。
そこには地に伏したアンデッドたちと、
「せ……先生……助けて……」
なぜかディアナに膝枕をされて、頭を撫でられているマートの姿が。
「お帰りなさいませ、ケミルカ様、マージェス様。家は無事に防衛いたしました」
無表情だが、どこか得意げにディアナは言った。
しかしこれは一体どういう状況?
「えーと……どうしてそうなってるか説明してくれる?」
「手筈通り、アンデッドたちが兵隊に襲い掛かり、敵兵団は崩壊しました。しかし、男性にあぶれたアンデッドたちがマスターを狙って来たので、撃退しました」
「その膝枕は?」
「マスターの疲れを癒していました」
「マート?」
「ぼ、ぼくにもよくわかりません……」
「……どーゆこっちゃ」
「さあ? 独占欲の発露じゃない?」
そういうことにしておこう。
「……ね、マージェ。アレなに?」
「ん? ケミィが発掘したオートマトンだよ」
「オートマトン? ゴーレムじゃなくて?」
「オートマトン」
「へー……」
俺の後ろマージェスとイェルマが話している。
「……バラしてみたい……」
「やめろ」
こいつも研究者気質なんだよなぁ。
「イェルマ。アンデッドたちを引き揚げさせてくれ」
「ん。集合」
イェルマの掛け声で、倒れていたアンデッドたちが続々と体を起こし、集まってくる。
ちょっとホラー。
「イェルマさまー、負けちゃいましたー」
「ん。私もダメだった。今日は引き揚げるから、帰る準備」
「わかりましたぁー」
じゃあ次は兵隊たちの方だ。
…………
ヒドイ現場に戻ってきた。
「集合」
………………。
「しゅーーごーーーーう……」
誰一人として、行為の手を止めるものはいなかった。
「……ダメかも」
「ああ、うん。重要そうな奴にだけ話をつけて、自分の国に帰ってもらおうか。お嫁さん付きで」
最初は、えーと……いたいた。
例の魔法使いだ。グールにちゅっちゅされて、呪文を唱えることもできない。
グールに声をかける。
「ちょっとそいつと話がしたいから、いいか?」
「ダメ」
「ノーナ。私もあなたに話がある」
「ええー……しゃーねーな……」
イェルマの説得で、渋々とグールが魔法使いから降りた。
「た……助かった……」
魔法使いは息も絶え絶えだ。
「やー、名も知らぬ魔法使い。お名前を聞こう」
「一応言っておくけど、君が魔法使うよりも僕のキャンセルの方が早いから。そのつもりで次の行動を考えてね」
「ぐ……ガンテ、だ」
「そう、ガンテ。お前とこの兵隊たちはどういう関係なんだ?」
「……金と、ある条件で雇われた」
「条件、とは?」
「お前たちから『遺物』を取り返せたら、ソレの研究の資金を提供する。その代わりにその技術を提供しろ、と」
「『遺物』の内容はわかってたのか?」
「確証は無かったが、おそらくオートマトンだろうと……。違ったのか?」
「いや、大正解」
「動いているのか?」
「うん」
「…………なあ」
魔法使いはバツが悪そうにこちらを見てきた。
「今からでも、俺も研究に一枚噛めないだろうか……?」
「お、どこに飛ばしてほしい? 魔王界? 触手の森? 不思議の国?」
「わ゛ーーーーーーー! わかった! もうあんたたちに手は出さないから! ……もう帰っていいか?」
「ああ、俺が送ろう。どこに飛ばせばいい?」
「ウェルメラの――」
魔法使いの話を聞きながら、ちらとイェルマの方を見た。グールとの話は終わったようだ。魔法使いへ視線を戻す。
「じゃあな。もう来るなよ」
「……迷惑をかけた」
「嫁さんと幸せにな」
「―――――――は?」
魔法使いの顔が引きつる。その彼の腕を、グールががっしと掴んだ。
「おい待てバカふざけん――――――――」
「『空間転移』」
魔法使いとグールを一緒に飛ばしてやった。
お幸せに。
「……私の一番槍が退職しちゃった……」
イェルマが寂しそうに言った。
「そういえば、なんの話をしてたんだ?」
「ん……式を挙げるのか、とか……祝い品は何が欲しいか、とか……」
「さよか」
さて、次はおっさんだ。
「えーと……アレだ」
3人のアンデッドに組み伏せられた小太りのおっさん。
「集合ー」
「えー」「むー」「はーい」
イェルマの呼びかけで、しぶしぶと離れる。
残ったのは白目をむいたおっさん。
「おう、起きろおっさん」
「うう……わ、わたしはいったい……」
「お、おっさんちょっとやせた?」
心なしかほっそりしたような。
「やつれただけでしょ」
「う……あなた方は……」
おっさんは俺たちの顔を見て青ざめる。
「魔法使い殿……と、ゴーレム使いの……」
お、顔が知られている。ちょっとうれしい。
「ああ……ではあそこから持ち出したのは、ゴーレム使い殿でしたか……」
「魔法使い二人に喧嘩売っちゃったねぇ」
「お二人は……もしや私を助けて……?」
「いや。話がしたいから一時的にどいてもらっただけ」
「ほら、あそこにリッチがいるだろ? アレ友達」
「ひぃぃ……」
震えあがるおっさんを、マージェスが小突いた。
「ねえおじさん」
「リトブ、と申します……。一度名乗ったのですが」
「知らん。いくつか聞いておきたいんだけど」
今日はこのセリフをよく聞く気がする。
「なんでしょう」
「どうやって僕の家を突き止めたのか聞かせてほしい」
「それは……転移魔法の痕跡をたどって、ですが」
うげ。やっぱり俺の不始末か……。
「よくたどれたね」
「たどるだけで一週間かかりましたが……」
「途中でケミルカの家を経由してたはずだけど、そこで魔法使い二人が相手になるって想像できなかった?」
「私は最終的な場所しか聞きませんでしたので……」
「あっそ」
「……ところで。私からも一つお聞かせ願いたいのですが」
「なに?」
「あの遺跡から持ち出したものは結局……」
「オートマトンだ」
これは俺が答えた。
「おお……やはりそうだったのですな……」
おっさんは少し考えるように顔を伏せてから、ちらとこちらを見た。
「ど、どうでしょう。研究資金を提供しますので、オートマトン技術の開示とか……」
「お、どこに飛ばしてほしい? 魔王界? 触手の森? 不思議の国?」
「ひぃぃ!! わかりました! わかりましたから!!」
魔法使い君と似たものなおっさんだった。
「君ら邪魔臭いから、転移で飛ばしてあげるし早く帰ってくんない?」
「わ、わかりました。せめて部隊の掌握を……」
「おう、早くしろよ」
わたわたと服を着て、兵を集めるおっさん。
アンデッドたちと話をつけたのか、イェルマが暗い顔をして立っていた。
「退職者……いっぱい……」
「そもそもさ。なんでわざわざアンデッド軍団なんて作るわけ?」
「リッチはたくさんのアンデッドを従えるもの……これ常識。それに、一人はつまらない」
「左様で」
「……マージェが一緒になってくれれば、全部解決する」
「せやな」
「今から第2ラウンド開始しちゃう? 君ら滅ぶ? 埋まる?」
「ぶぅ」
「キレんな」
そうこうしている内に、兵隊の整列が終わったようだ。
並んだ兵隊の傍らには、手をつないだり腕を組んだりするアンデッドたちが。
「……あの、魔法使い殿……」
「なに?」
「このアンデッドたちはどうにかならないのですか……?」
「ならない」
「この子たちを置いて行ったら……」
イェルマが、背筋の凍るような声音で言った。
「お前たちをどこまでも追いかける。仲間を増やし、行く道々を蹂躙し、お前たちの町を、国を、アンデッドで覆う。……それで良ければ、ここから逃げてみるといい」
おお……すごい。これぞアンデッドの主、リッチだ。
イェルマのリッチらしい所、初めて見た。
真っ青になっているおっさんに俺は声をかけた。
「まだ何か言うことある?」
「い、いえ……何も……」
「そうか。達者でな。もう来るなよ」
マージェスに手伝ってもらって、大規模な転移魔法を発動する。
兵隊たちの足元が光って――――消える。
後に残ったのは、俺たち三人だけだった。
「……帰ろうか」
17/04/14 20:30更新 / お茶くみ魔人
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