連載小説
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モゲヨの話
あたしの家はずっと昔から続く由緒正しい家系だ。
遡って行けば平安時代までたどり着くらしい。
そういう歴史の長い家はたいてい財力や権力を持っている。
そしてそれに付随して家柄だの血筋だのといったロクでもない評価基準も付いてくる。


朝、起きて階段を下りる。
あたしの家はこの辺りでは珍しい三階建てだ。
一番上にあるあたしの部屋は階段の登り降りが長くて面倒。

「おはよう、お父さん」
ダイニングのテーブルについて新聞を読んでいる父に挨拶をする。
父はちらりと新聞から目を離して見るだけで、挨拶を返すようなことはしない。

父はそういう人なのだ。
男尊女卑の考えが根深く、上の者は下の者に対し礼を払う必要なんてないと思っている。
そのくせ自分より上の者には見苦しいほどにペコペコ頭を下げゴマをする。
はっきりいって大嫌い。

まあ、朝からそんなこと考えていても気分が落ち込むだけなので台所の母に声をかける。
「おはよう、お母さん。今日の朝ご飯はなに?」
母はあたしに挨拶を返すと、今朝の献立を教えてくれた。
新学期の始まりということで奮発してくれたのか、めったに朝食に出ないものが含まれている。
「やった、あたしそれ大好きなんだ」
あ、しまった。

テーブルの方を見ると父が新聞を置いてこっちに来なさいという目で見ていた。
失態だ。ひさしぶりの好物に浮かれて地が出てしまった。
「私は何度も言っているな。自分のことは“私”と言うようにと」
何度も聞いたお決まりのセリフ。
そこからクドクドと始まる長いお説教。
父はあたしが自分のことを“あたし”と呼ぶことをひどく嫌う。
“あたし”という言葉は礼儀知らずの平民が使う言葉だと。
あたしは自分の呼び方なんて本人の自由だと思うけど父はそれを許してくれない。

結局、長々と話は続き、このままだと遅刻するという理由であたしは解放された。
当然食事なんて採る暇はない。
腹をグーと鳴らしながら靴を履いてあたしは登校した。

はあ、四月頭の始業式からこれとかついてないなあたし……。
そんなふうに思いつつクラス分けの発表がされた掲示板を見る。
あたしのクラスは……2−Aか。
一番下駄箱に近い教室。

教室につくとこんどは席順表を見て自分の席を把握する。
あたしの席は出入口近く。
休み時間は人の出入りが多いからあまりいい場所じゃない。
別に席を代わってもらうほど嫌でもないけど。

黒板に貼られた席順表から離れて自分の席へ向かう。
隣の席は男子だった。
あたしに背を向けて一年時からの友人らしき人と談笑している。
別にどうでもいいけど。

あたしはそう思いながらイスを引いて腰掛ける。
すると背後のあたしの存在に気付いたのか、男子が振り向いて挨拶をしてきた。

―――どうも、おはようございます。

ただそれだけ。
何の変哲もない朝の挨拶。
だというのにあたしの心臓はドキリとしてしまった。
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
早くなった心臓の鼓動。それが全然治まってくれない。
体温が上がり少し汗ばむ。喉が渇いてつばを飲み込んだ。
何なの? 何なのよいったいこれ!?

名前も知らない彼は一言挨拶をするとまた背を向け友人との会話に戻った。
あたしはその背中から視線を外すと鼓動を元に戻すために深呼吸した。

クラス替えの恒例行事と言えば一人一人の自己紹介。
ウケを狙う人もいれば、無難に終わらせる人もいる。
あたしは当然、無難に終わらせて席に戻る。
その後も自己紹介は続き、ついに名前も知らない彼の番になった。
前の人と入れ代わりに教壇の前に立った彼。
その顔を眺めるとやっぱり体が熱くなる。
最初のようなドキッという衝撃はなかったけど、トクントクンとペースが少し上がった。

―――名前はハヨ・モゲロです。

ハヨ・モゲロ。
それが彼の名前だった。
あたしと同じように自己紹介を短く切りあげた彼は席に戻ってきた。
そこであたしは小声でそっと彼に言う。
「あたしはイマ・モゲヨ。よろしくね、モゲロくん」
彼はさっき聞いたのに? という顔をしたがどうもと頷いてくれた。

始業式の日は半日で放課後。
家へ帰ると専業主婦の母が迎えてくれる。

「お帰りなさいモゲヨ。昼食は朝の残りだけどいいかしら?」
お説教のおかげで食べ逃したあたしの好物。
味は落ちているだろうけど、ありがたくいただく。
「それとモゲンさんから連絡があったわよ。ゴールデンウィークに会いましょうって」
その言葉にあたしの気分は一気に落ち込んだ。

モゲンというのは……認めたくないがあたしの“飼い主”になる男だ。
来年には53になろうかという脂ぎった中年で、その性格はいうと父に輪をかけたような男尊女卑。
さらに自分より上の立場の者がほとんどいないから始末に負えない。

当然あたしはそんな奴に好意なんて持ってない。こんな奴の愛人になることになったのは父のおかげだ。
あたしの家は平安貴族の家系だが、その中でも底辺の分家。
本家の権力や財力に与れるような立場ではない。
そのくせ本家は、それが当然というように末端のあたし達にも奉公を求めてくる。
父は幼いころから本家と格上の分家(ほとんどの家だ)に小馬鹿にされつづけ頭を下げてきたらしい。
やたら権力志向になったのはそのせいなんだろう。

そしてどういう手を使ったのかは分からないけど、それなりに育った私(当時は小学生だったのに!)を餌に本家中枢のモゲンに取り入ったのだ。
父は力が手に入り、モゲンは若い女が手に入る。
なんて素晴らしいwin−winの関係だ。あたしが関わらなければだけど。

とにかく、そんなわけであたしは“育成経過の視察”のためモゲンに呼びつけられることがあるのだ。
もちろん対外的には呼ばれたのは父で、あたしはそのお付きという扱いだけど。

落ち込んだ気分のまま三階の自室へ戻り、バフッとベッドに倒れこむ。
そのまま毛布に抱きついて少しゴロゴロ。嫌な気分を追い出さないと。
十分ほどゴロゴロ転がりその後ボーっとして、やっとあたしの精神はいつも通りに戻ってくれた。

そして思い出すのは今日学校であったこと。
隣の席になった男の子、モゲロくん。
あんな感覚は初めてだ。

「どうしたんだろう、あたし……」
あたしも漫画を読んだりすることはあるから、似た表現を目にした事はある。
……それを認めるべきではないけど。
「明日もう少し話してみて……それで考えよう」
あたしはそう結論を出すとベッドから起き上がり、昼食を取りに一階へ降りたのだった。


新学期二日目。
クラス替えしたばかりでまだ教室の中は落ち着きがないけど、授業は通常運航。
まあ、最初のうちは去年の復習だからそう難しくはない。
黒板に書かれた問題をノートに写し解答する。そして目の端でちらり、とモゲロくんの様子を観察。

彼もスラスラ筆を動かして問題を解いている。
どうやら成績が悪いなんてことはなさそうね……。

そんな感じで午前中は彼の様子を観察し続けた私。
そして昼休みになったのだけど。

ダメだ、全然話せてないよあたし……。

朝のHRから授業合間の小休憩まで、会話の機会は何度もあった。
でも話しかけようと思うと心臓がドキドキして口が動かなくなる。
どうしたものかとあたしが考えている間もクラスメイト達は机を動かし昼食の準備をしている。

……あたしもどこかのグループに混ぜてもらおうかな。
いくらなんでも一人ぼっちというのは寂しいので去年の顔見知りがいる所へ足を向ける。
弁当のおかずを突っつきあって、意味のない話をして……。

そこでピンと閃いた。
足を止めてモゲロくんのいる場所を見る。彼は旧友近くの席で食事を採っていた。
その机の上にあるのは半分ほど食べられた弁当。

今からすることだって当然話しかけないとダメだ。
でもこのぐらいふっ切らないとあたしはもう彼に話しかけることなんてできないと思った。

顔見知りの場所へ向かっていた足を止め、モゲロくんの座っている場所へ向かう。
彼は話している最中だけど横から強引に割り込む。

「ちょっとごめんなさい、モゲロくん」
ん? という風に彼はあたしの方を見る。
「お願いがあるんだけど、あたしのナゲットとモゲロくんのポテト交換してもらえない?」
周りにいるモゲロくんの友人達が好奇の視線を向けてくる。
それは不快に感じたけど、ここで逃げ出すわけにもいかない。
モゲロくんはなんで自分に? と疑問に思ったようだけど、あっさりポテトを渡してくれた。
「ありがとう。じゃああたしのナゲットね」
そしてあたしも箸でナゲットを挟んで彼に渡す。
「…じゃあ、またね」
交換を終えてしまえばもうここに立っている理由がない。

その後あたしは他の集まりに加わる気にもなれず、一人で昼食を採ることにした。
モゲロくんにもらったポテト。
それは冷凍食品の上にもう冷えていたけど、すごく心に残る味だった。

昼休みも終わりに近づき、みんなが席に戻り始める。
友人の近くに移動していたモゲロくんもあたしの隣に戻ってきた。

「さっきはありがとうね。あのポテトなかなか美味しかったわ」
今度はすんなりと彼に話しかけることができた。やっぱりアレは正解だった。
モゲロくんはただの冷凍物だよと言ったけど、美味しく頂いたということに良い印象を持ってくれたようだ。

その日の夜。
もう寝る時間なのにあたしは電気を消さずベッドの上でゴロゴロしていた。
今日の昼の事が何度も思い起こされてしょうがない。
ゴロゴロして追い出そうとしてみたけど全然消えない。

はあ…やっぱり、これはそういうことなのかな。
あたしは恋なんてしたことない。
心惹かれるような男に出会ったことはなかったし、モゲンに引き合わされてからはそんな望みは持てないと理解した。
だっていうのに、あたしはモゲロくんと、とてもとても仲良くなりたい。

これは報われない恋だと分かっている。
もし彼があたしを好きになってくれても、決して結ばれることはないと理解している。

とても美しい物があるのにそれを手にすることができないとする。
そこで行うのは二つの選択だ。
目を閉じて見ないようにするか、触れられなくても出来る限り近づくか。

あたしは目を閉じることなんてできない。
できるだけ近くで―――すぐ隣で眺めていたい。

「………よし、決めた!」
あたしは決してモゲロくんに好きとは言わない。それは口にしてはいけないものだ。
ただ、それ以外のあらゆることをする。告白以外の全てを行い彼と仲良く楽しく過ごすのだ。
そしてもしモゲロくんの方から好きと言ってくれたなら、あたしは全て捨ててでもモゲロくんと一緒にいることにする。
……まあ、そう思ってもあたし一人の決意で関係が劇的に変化するわけもないけど。

次の日、HR前。
モゲロくんより先に登校したあたしは席に座って彼の到着を待つ。
来たかと思ったら別人だった…、という感じで期待と落胆を繰り返し味わい、ついにモゲロくんがやってきた。

「おはよう、モゲロくん」
あたしは彼に挨拶をする。すると彼も普通に挨拶を返す。
「あの、モゲロくんにお願いがあるんだけどいいかな?」
自分にできることならと内容も聞かずに彼は返答する。
……人が良いのは美点だけど、安請け合いは身を滅ぼすわよモゲロくん。
あたしは彼の将来が少し心配になった。
でも今は好都合、あたしは彼にお願いしてみる。

「お昼の事なんだけど……またおかずを交換してもらえない?」
モゲロくんはほとんど冷凍物だけど構わないのかと聞いてくる。
「ええ、もちろんよ。実はあたしの家って冷凍物が全く並ばないのよ……」
これは事実。
あたしの母は専業主婦で時間が余っているので、ほとんどの料理が手作りなのだ。
「で、昨日みたいな雑な味が癖になっちゃったの。だからあなたが交換してくれないと味わえなくて……」
ほとんど愚痴をこぼしているような感じになっているけど、モゲロくんはそうなんだと頷いてくれた。
結局、今日も交換するということで話はまとまり、その直後先生がやってきてHRが始まった。

その後数日は同じことの繰り返しだった。
あたしはモゲロくんとおかずを交換しあい、その後自分の席に戻り一人で食べる。
しかしそのうち彼の友人が席を譲ってくれるようになった。
「一々戻るのもなんだし、モゲヨさんもここで食べれば?」

こうしてあたしは男子集団の中に紅一点として入り込むことになった。
食事中ずっとそばにいるということで、あたしはモゲロくんとちょっとした雑談もできるようになり、おかずの交換数も増えた。
ちょっともらうわねと言って、モゲロくんの弁当に直接箸を突っ込むことさえある。

そうしていたら、やがてモゲロくんの友人が彼を誘わないようになった。
「俺達は同性で友情を深めあうから、おまえは異性との友情を深めてくれ」
からかう様に言ったその言葉にモゲロくんは少し怒るけど、一種の冗談だと分かっているのですぐ収まる。

まあ、こんな感じでゴールデンウィーク前には、席を動かずあたしとモゲロくん二人だけの昼食をとるようになったのだ。

そしてゴールデンウィークに突入。
突入……してしまった。

あたしはモゲンに呼ばれ本家邸宅へ来ていた。
父はモゲンの邪魔にならないようどこかへ行き、あたしは彼に従って広い庭を散歩する。

「モゲヨもずいぶん育ったな。半年前と比べて急に女らしくなったというか」
「そんなことありませんよ。私なんてまだまだ子供で……」
モゲンから数歩後ろを歩くあたし。この家では女は男の前を歩いてはいけないのだ。
「いやいや、昔は子供が産めるなら大人の女として扱ったのだよ。おまえももう生理は来てるだろう?」
デリカシーのない発言。本当に死んでほしい。
「それに胸はずいぶん大きいしな」
そう言ってモゲンは遠慮もせずにあたしの胸に触れる。
「ちょっと、今はやめてください……!」
やめろ! なんて怒鳴ることはできない。
あたしに許されるのは『まだ早いです』という意味の後伸ばしにしかならない言葉だ。
そんなあたしの反応に気を良くしたのかモゲンはいやらしいニタニタ笑いを浮かべてまた歩く。

こんな悪夢のような時間、早く終わって欲しい。


ゴールデンウィークが終わればまたいつもの日常だ。
モゲロくんの隣で勉強して、モゲロくんと二人で弁当をつつき合う。
あたし達を見る視線は生暖かい。だがその中に温度をマイナス反転させた視線を放つ者が一人だけいる。
そいつは女子グループに混じって食事を採っていた。

モグネ。
モゲロくんとずっとクラスメイトだったとかいう女だ。

あたしがモグネのことを知ったのは四月の終わりごろ。
ある日の授業中のこと。
後ろの席から妙にチクチク視線が刺さるのに気付いたのだ。
目立たないようにそっと後ろを振り向いて見ると、教室後方にすごい負の感情を秘めた目があった。

あたしは一瞬鳥肌がたった。
そしてロクにかかわり合いもない相手に恨まれる筋合いがあったかと頭の中を検索する。
……ダメだ、心当たりが見つからない。

あたしは午前中ずっと視線に怯えながら過ごした。
そして昼食時にモゲロくんに訊いて見たのだ。

「あの、モゲロくん。あなたの四つ後ろの席に座っている人いるわよね。
 あの人なんていう名前だったかしら……」
あたしは人の名前を憶えるのが苦手なのだ。
一度自己紹介しただけで関わりのない相手の名前なんて記憶から消えてしまった。

モゲロくんは彼女はモグネさんだよと名前を教えてくれた。
そして小学生のころからずっと同じクラスだったということも。

……ああ、なるほど。
モゲロくんの言葉で合点がいった。
あのモグネという女はモゲロくんのことが好きなんだろう。
だから急に仲良くなったあたしに対し殺意まで含んだ視線を向けてくるのだ。

バカな奴。
そんなに好きならちゃんと行動に起こせばいいのに。

あたしの中からモグネの視線への恐れは完全に消えた。
そして逆に生まれたのはモグネへの優越感。
好きな相手のために行動することもできない臆病者で格下の相手。
良くないことと思うけど、本家があたし達分家に向けている感情をちょっとだけ理解できた気がした。


モグネはあたしの敵ではない。
それが分かったあたしは、彼女からの視線を何一つ気にすることなく日々を過ごした。
ああ、恋をすることはこんなにも素晴らしかったのか。なんて幸せな毎日なんだ。
そう、本当に幸せだった。

――――彼とは結ばれないということを、忘れてしまうほどに。

ある日の夜。
ダイニングのテーブルに全員ついての食事中。
「今週の土曜日、私は本家に泊まりにいく。服の準備をしておいてくれ」
父が母にそう言った。
「本家へ? まあ、いったい何があったんです?」
母の質問には答えず、父は次にあたしに向かって言葉を放つ。
「モゲヨ、その日はおまえも来い。これはモゲンさん直々の言伝だ」

全身の血が、一気に引いた。

いままで本家に呼ばれてセクハラされることはあったけど、精々1,2時間だった。
それがわざわざ日曜日の前の日に泊まりに来いとは。
つまり。

母も意味を察したのか少しばかり困った顔をしたけどそれだけだ。
父に抗議なんてしない。
成人前の娘が中年に食い散らかされるというのに文句の一つも。

食事を終えた後、あたしは風呂にも入らずベッドの上でゴロゴロし続けた。
でもダメ。涙が次から次へと溢れて止まらない。

……分かっていた。これは最初から分かっていたことだ。
あたしはいずれ人身御供に捧げられる身。
モゲロくんを好きになっても恋人同士になって結ばれることはできない。

あたしはそれでも良いと思って、彼の近くで日々を過ごしていた。
たとえ手に入らなくても、美しい物のすぐ傍にいたいと。
でもそれは失敗だった。

近づけば近づくほど手に取れないことの辛さが際立ってあたしを苛む。
初めから目を閉じておけばよかった。そう後悔しても、もう遅い。
あたしは美しい物から引き離されるまで、それに触れることも目を閉じることもできず立ち止まっているしかないのだ。

あたしは昨夜ずっと泣き続け、そして疲れ果てて眠った。
朝急いでシャワーを浴びると、朝食もそこそこに家を出た。

今日もモゲロくんに会えるからと、いつも軽かった足取りは鉛の靴をはいたように重い。
空の上でさんさんと輝く太陽が能天気に思えて恨めしく感じる。

教室へ入って席へ座る。
「おはよう、モゲロくん」
気分は落ち込んでいるけど、モゲロくんに挨拶はしないと。
彼はあたしの顔色が良くないと指摘してきたけど、ただの寝不足だといって誤魔化した。

そして遅刻寸前の時間になってモグネが教室に飛び込んでくる。
「ずいぶん遅かったじゃない。どうせ朝寝坊したんでしょ?」
モグネに毒を吐いてみたけど少しも気分は楽にならなかった。

時間は流れて昼食時。
あたしはいつもと同じようにモゲロくんと二人で食事をとる。
でも食欲がわかない。

「ほら、モゲロくん。この卵焼きあげる」
あたしは自分のおかずを次から次へとモゲロくんの弁当箱に放り込んでいく。
モゲロくんはあたしを心配そうな顔で見るけど、その行いを止めはしない。
結局、あたしの弁当の大半はモゲロくんの腹に収まってしまった。

その日の夜。
あたしは部屋の窓から外の景色を眺めていた。
あたしの部屋は三階で、この辺りには高い建物がないから周りの景色がよく見えるのだ。
しばらくそう過ごしていたら、なんとなく昔聞いたおとぎ話を思い出した。

高い塔に閉じ込められて育ったお姫さま。その世話をするのは人食い老婆。
老婆はお姫さまを育てて食べてしまうつもりだったが、王子さまがやってくる。
王子さまは老婆を打ち倒し、お姫さまの手をとって外の世界へ連れ出す。
王子さまはお姫さまを自分の国へ連れて帰って結婚し、ずっと幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。

あたしは自分をお姫さまに重ねた妄想をする。
モゲロくんがあたしの家に突然やってきて、大好きだ、一緒にいたいと告白。
あたしは家を抜け出して、誰にも知られない遠い場所でモゲロくんと幸せに生きる。

……涙がこぼれた。
そんなこと現実にはあり得ない。
そもそもモゲロくんはあたしに好かれているということにも気付いていないだろう。
あたしはもう現実の何もかもが嫌になって、おとぎ話の妄想を何度も繰り返した。

木曜日の夕方。
家に帰ると居間の方から母の会話する声が聞こえた。
声の感じからして誰かお客さんが来てるのかな?
邪魔したくはないので、あたしは静かに階段を上がった。

だいたい一時間ぐらい後。
母から下に来いという内線がかかった。

あたしが一階へ降りると母はティーセットを片付けながらあたしにいった。
「モゲヨ。その冊子、お客さんがあなたに渡したものだから読んでおきなさい」
居間のこたつの上を見るとたしかにパンフレットのようなものがあった。
「私に? いったい誰が来たの?」
「リリさんよ。とにかく早く持って行って読みなさい」
リリなんて名前あたしは知らない。とすると母の友人だろう。
よく分からなかったけど、あたしは冊子を手にして部屋へ戻った。

持ってきた冊子。
あたしはイスに座ってその冊子を開き1ページ目を読んだ。
そして机に放り投げた。

なんなのよこれ……。
魔力とか異世界とか馬鹿馬鹿しい。
そう思ったときまた母からの内線。

「どう、モゲヨ。ちゃんと読んでる?」
あたしが読んでるかの確認までしてきた。
「母さん、あの冊子本当に何なの。映画かなにかの小道具?」
「そんなことはどうでもいいわ。ちゃんと読んでるの?」
こんなに催促するなんて母はどうしたんだろう。あたしは面倒なので読んでいるところだと答えた。
「そう、なら良いわ。よく読んでおきなさい。後で本当に読んだかテストするからね」
そう言うと母は内線を切ってしまった。

……なにそれ。
あたしはわけがわからなかったけど、読まないわけにはいかないと理解しもう一度本を手に取った。

改めて読んでみた冊子の内容は……作り話と理解して読めばなかなか面白かった。
世界の滅び。そしてそれに対抗するために異世界から人を集めている。
何より目を引くのが契約によって得られるものとその代償。

愛する男性と結ばれるというのは素晴らしい事だ。
そして異世界で暮さねばならないという代償も今のあたしには利点にしか思えない。
あたしはいつしか作り話ということも忘れて冊子の内容に没頭していった。

トルルルルと内線の鳴り響く音。
すっかり冊子にのめり込んでいたあたしはハッと我を取り戻す。
出てみるとまたもや母。

「モゲヨ、もう読み終わった?」
「うん、四回は読んだよ」
「あらそう。じゃあテストはいらないわね。もう夕食ができたから降りてらっしゃい」
わかったと答えると受話器を置き、あたしはイスから立ち上がった。

食事を終えて、部屋に戻ったあたし。
もう一度あの冊子を読もうと机に近づいたところでコンコンとガラス戸の外から音がした。
何の音だろう? 今日は風なんて吹いてないし……。
コンコン、コンコンとその音は何度も繰り返される。

鳥が突っついてるとか? それかコウモリかな?
ガラス戸に近づいてカーテンをシャッと開けたあたしが見たものは。

―――真っ白い女の子だった。

ヒッと息をのんであたしは後ろに下がる。
ここは三階だ。
気付かれずに外から昇ってくることなんてできない。
そしてカーテンを閉める時にベランダに何も無かったのをあたしは見ている。

幽霊? お化け?

怯えるあたしに白い女の子はガラス越しに言葉をかけた。
「初めまして、モゲヨおねーちゃん。わたしはリリです」

リリ。
その名前はちょっと前に母から聞いた。

「リリ…って、もしかして今日家に来たのはあなた?」
そうだよ、と彼女は頷くとまたガラスをコンコンと叩く。
「ちょっとおねーちゃんと話がしたいんだけど、入れてもらえないかな?」
そういわれてもこんな得体のしれないモノを部屋に招きたくなどない。
「おねーちゃんの机の上にある本のことで話がしたいんだよ」

机の本?
あたしは首を回して机の上にある冊子を見る。

「おねーちゃんはもう読んだよねそれ。そこに書いてあることは本当の事だよ」
本当のこと? 魔法や異世界というのが?
「おねーちゃんのおかーさんに魔法をかけたことは謝るね。
 でもそのおかげでおねーちゃんの事情を知ることができた。
 おねーちゃん、いま大変なんでしょ?」
言葉に詰まる。
たしかにあたしは数日後には人生最悪の思いをすることになるだろう。
「魔物娘になれば大好きな人とずっと暮らせるよ」
なんて強い誘惑の言葉。あたしはつい手を伸ばし戸のカギを開けてしまった。

「ありがと、おねーちゃん。ちょっとおじゃまするね」
カラカラと戸を開き彼女……リリちゃんが部屋に入ってくる。
彼女はその後きちんと戸を閉めると、どこから取り出したのか黒いボールに腰掛けた。
「……ねえ、あの話って本当なの?」
ここまで来て冗談でした、なんてのは勘弁してほしい。
「本当だよ。わたしの下にある物をよく見て。おねーちゃんはこれが魔法以外の何だと思うのかな?」
リリちゃんの下にある物……うわぁ。

彼女が口にした通りあたしは黒いボールを観察した。
それはよく見ると床から数十センチ浮いていて、表面がウネウネしていた。
少なくともバランスボールではないだろう。

「たしかに魔法…にしか見えないわね。反重力なんて実用化されてるとは思えないし」
「正しくは魔法じゃなくて魔力塊なんだけどね。でもこれで本当だと分かったでしょ?」
あたしは素直に肯く。
魔法は存在する。そして異世界や魔物娘も。

「だからおねーちゃん、わたしと契約して魔物娘になってよ!」
そう言ってリリちゃんは分厚い契約書を差し出した。
「ずいぶん厚いのね……」
あたしは契約書の厚みに面食らった。
「日常で大事な部分はおねーちゃんが読んだ方に全部書かれてるよ。
 これは万が一問題が起きたときのための念書」
契約書をパラパラとめくり、あたしはリリちゃんに念を押して聞く。
「魔物娘になれば本当に両想いになれるのね?」
「想いが本物ならね。お金目当てとか、ただ自慢したいだけだと難しいよ」
それなら問題ない。あたしはモゲロくんが本当に好きで好きでたまらないんだから。
「いいわ、契約しましょう。血判でも押せばいいのかしら?」
「普通に署名と拇印でいいよ。最後のページにお願い」
人間辞める契約なのにずいぶんあっさりしたものだ。
まあ、手っ取り早いのは楽でいいけど。

「イマ・モゲヨ…拇印を……できたわよ」
署名した最後のページをリリちゃんに見せる。
「はい、問題ありません。契約成立しました! じゃあ、どんな魔物娘になるか選んでね」
彼女がどこかから取り出したハードカバーの本。
それを開いて見ると、様々な魔物娘が載っていた。
一部は冊子にも載っていたけど、大半は初めて目にする魔物娘だ。
「あ、魔物娘になるにも才能があるから、種族によってはなれないこともあるよ。
 良いのがなくて迷うなら、ベーシックなサキュバスがオススメ」
リリちゃんの説明を聞きながら図鑑を読むあたし。

スライム…は嫌だなあ。ワーキャット…はモゲロくんが猫嫌いだったら困るから除外。
マーメイド…海は好きじゃないのよね。ヴァンパイア…あ、これいいかも。
「リリちゃん、あたしヴァンパイアになれるかな?」
ヴァンパイアはこの世界でも有名な魔物だ。
姿も人間とほとんど変わらないし、モゲロくんも受け入れやすいだろう。

リリちゃんはあたしをじーっと観察した。
「…うん、大丈夫。おねーちゃんの才能ならヴァンパイアになれるよ。
 それでいい? 一度変わったら戻れないからね?」
最後の確認といった感じで彼女はあたしに訊いてくる。
あたしは迷うことなくそれに頷く。

「じゃあ…そうだね、そこのベッドに寝て」
言われたとおりにあたしはベッドの上に仰向けに寝転がる。
リリちゃんは黒い球体から降りてあたしに言う。
「これからおねーちゃんを魔物娘にするけど、痛くはないから落ち着いてね」
次の瞬間、黒い球体がカーテンのように薄く広がりあたしを包み込んだ。

最初に感じたのは飛び込み台からプールに放り込まれたような衝撃。
ボチャン! という幻聴を感じ、あたしは底なしプールに沈んでいく落下感を味わう。
そしてすぐに気付いた。
プールに満たされていたのは水ではなく全てを溶かしてしまう強酸だったことに。

酸に侵され皮膚がボロボロ溶ける。
鼻や口から侵入して内臓を焼けただれさせる。
破れた血管から人間の血が流出していく。
しかしあたしは苦痛を感じるどころか、人生最高の快感を味わっていた。

肌を失いむき出しになった筋肉に新しい皮がペタペタ張られていく。
流出していく血液の代わりに、酸が傷口から入り込み体を循環する。
自分が壊れて行く恐怖感よりも、新しくなれる幸福感の方が遥かに大きい。

そしていつの間にかあたしの中から血液は全て抜けてしまった。
心臓はドクンドクンと激しく脈打ち、血の代わりに酸を全身にめぐらせる。
その酸はまだ人間の所を見つけると、すぐ溶かして新しい物にしてしまうのだ。

もうプールの中をどれだけ沈んだのだろう。あたしの残っている人間部分は脳髄だけだ。
でもそれももう無くなる。
細い血管の隅まで酸が流れ込み、考える部分をドロドロに溶か


―――ん?
気が付くとあたしはベッドの上に倒れていた。
えーと……なんであたしはこんな時間に寝てたんだっけ?
寝起きで頭がはっきりしない。

「目が覚めた? 調子はどう?」
ベッドのすぐ横から女の子の声。
この子は……たしかリリちゃんだ。
あたしはリリちゃんの名前を思い出すと同時に、何があったのかを思い出した。

「調子は悪くないわ。ありがとうリリちゃん。
 ……これであたし、本当にヴァンパイアになったのね」
舌で口の中をまさぐると、八重歯が少し伸びているのが分かった。
そして胸の奥に熱い火が燃え盛っているような力強さを感じる。

「うん、そうだよ。あと鏡を見て」
あたしはリリちゃんが指差した方にある姿見を見た。
「うそ……! どうしてこんな……!」
そこにはあたしと瓜二つのくせにトップスターのような美人という矛盾した存在がいた。
「どう? 気に入ってくれたかな」
「ええ、もちろん! これが魔物娘なのね……」
顔なんて全く変わっていないのに、印象がまるで別人。
それこそ魔法のようだ。いや、魔物娘なんだけど。

「それで、おねーちゃんは好きな人に告白するの?」
リリちゃんは聞くまでもないことを訊ねてくる。
もちろんその通りだとあたしは返す。
「じゃあ、一つアドバイス。告白するなら大勢の前でした方が良いよ」
リリちゃんはとんでもない事を言いだした。
「え、それは流石に恥ずかしいっていうか……告白は二人っきりでしようと思うんだけど」
「それは甘いよおねーちゃん。大事なことだからこそ皆の前で発表するんだよ。
 そうすればこっそり彼を想う人がいても、諦めてくれるだろうし」
モゲロくんを好きな人。
その言葉にモグネの顔が浮かび上がる。

「…わかったわ。あたしは明日の朝、クラス皆の前で告白する」
「その意気だよおねーちゃん。まず大丈夫だと思うけど、わたしもお祈りしておくから!」
リリちゃんもあたしを応援してくれると言うと、一旦帰ると言って姿を消してしまった。

リリちゃんが去り元の静けさに戻った部屋。
あたしは一人気合を燃やす。

決戦は明日の朝。
あたしは気合を入れて体を磨くため風呂場へ向かった。
…そしてヴァンパイアは水に触れてはいけないということを散々思い知った。

なかなか眠れない夜を過ごして、やっと夜が明けた。
魔物娘になったあたしを祝福するかのように朝の天気は曇り空。
日中のヴァンパイアは人間並みに力が落ちるはずなのに、空に浮いてしまうと思うほど足は軽かった。

クラスのみんなが揃うようにちょっと寄り道して時間を潰し、ほぼ最後に教室へ入るあたし。
いつものようにモゲロくんの隣の席へ。
まず大丈夫だろうけど、万が一断られる事を考えると怖くて心が竦む。
スーハーと深呼吸して心を落ち着ける。
さあ、言うんだあたし。

「モゲロくん、あたしと付き合ってもらえない?」

教室中がにわかにざわめく。
モゲロくんはなにか思い起こすように黙ったままだ。

―――お願い、応えてモゲロくん!

時間はほんの数秒。
しかしあたしには何年にも感じた。
そして彼の答えは。

―――こちらこそ、お願いします。

その瞬間あたしは有頂天に達した。幸福という言葉では表現できない感覚。
この先には輝かしい未来しか待っていないと確信したそのとき。

バタン! と何かが倒れる音がして、別の意味で教室が騒がしくなった。

どうやらモグネが倒れたらしい。
そんなにショックだったのかしら。
でもおあいにくさま、モゲロくんはもうあたしの恋人よ。


モグネ抜きの授業も終わって昼休み。
クラスメイトは気を使っているのか、本日のあたし達の周りは異様に人口密度が低かった。
まあ、ちょっと離れたところでみんな観察しているわけだけど。

…少しぐらいは見せつけてやってもいいかしら?
おかずの肉団子を一つ箸でつまみ上げる。
「ほら、モゲロくん。あーんして」
彼は恥ずかしがりながらも、口を大きく開けてあたしの想いを受け取ってくれた。

モゲロくんとの楽しい昼食も終わって食後の休憩時間。
あたしはちょっと散歩に行きましょうと彼を連れ出した。
教室内では好奇の視線でチラチラ見てくるクラスメイトも、二人だけで出かけるあたし達を追跡する気はないようだった。

モゲロくんの手を引いてやってきた場所は屋上前の階段。
食後の休憩に相応しい場所でもないので、モゲロくんは何故こんな場所に? といった顔をしている。
そんな疑問を抱えた彼にあたしは告げる。

「ねえモゲロくん。あたしたち恋人同士よね」
恋人という言葉に少し顔を赤くしながらもモゲロくんは頷く。
「だから……キスしましょう?」
彼の体が一瞬固まった。
人気が無いとはいえ学校でそんな事をするのは…と考えているのだろうか。
「ねぇ……いいでしょ?」
あたしは彼に身を寄せて耳元でそっとささやく。
このぐらいの要求なら魔物娘の能力を使わなくても聞いてくれるだろう。
そして実際あたしの読み通りモゲロくんはやると言ってくれた。

少し離れて向き合うあたしとモゲロくん。
彼は緊張に顔を強張らせていたけれど、やがて目を閉じそっと顔を近づけてきた。
あたしも顔を近づける。目を開いたまま。
確かにキスするときは目を閉じるのがエチケットだけど、それじゃあ唇の位置が分からないわよモゲロくん。
あたしはうまく彼の唇と触れ合うように自分の顔の位置を修正する。

―――3,2,1。

そしてあたし達の唇がそっと触れあう―――瞬間、あたしは彼を強く抱きしめた。
驚いて目を開けるモゲロくん。
あたしは触れ合う寸前の唇を強引に奪いに行く。

「んむ……っ、ぷぁ……ん」
驚きで思考が止まったモゲロくんの隙を突き、彼の口に舌を挿し入れ唾液を流し込む。
ヴァンパイアの能力は日中ほとんど無効化されてしまうけど、最低限の誘惑能力はある。
例えばいま彼に流し込んだ唾液。
理性を吹き飛ばすような威力はないけど、ハードルは確実に下がる。

あたしの唾液を飲み込んだすぐ後、モゲロくんは押し退けるようにあたしから距離を取った。
そしてなんでこんな事をするのかと言った。
「なんでっていわれても、モゲロくんが好きだからよ。あなたが好きだからキスしたの。
 それにモゲロくんも同意してくれたじゃない」
もちろんモゲロくんはこんな性的なキスをするとは思っていなかっただろう。
でも同意したのはあなたよ、と彼にも少しばかり責任を被せる。
そうすると……ほら、モゲロくんはあたしに文句を言えなくなった。

モゲロくんは責任はどっちにあるのか、悪いのは自分なのかと悩み始める。
うふふ、悩み苦しむ顔も素敵よモゲロくん。
でもこのままにしておくのは可哀想だから助け船を出してあげましょう。

あたしは距離を取ったモゲロくんにもう一度近づいて言う。
「ごめんなさい、あなたは何も悪くないわ。エッチなキスをしたのは全部あたしのせい。
 モゲロくんは何も悪くない。だから―――もっと悪いこと、してあげる」
あたしは学生ズボンの上からモゲロくんの股間をスッと撫でる。
そこには抱きしめたときには無かった硬くて大きい物が存在していた。
「ほら、男の人のこんな所を触るなんてあたしとっても悪い子よね。
 モゲロくんはただの被害者、責任は全部あたしにあるのよ」
実際モゲロくんが勃起しているのは彼のせいではない。
さっき飲ませた唾液が効いてきたからだ。

彼はかすれた声で言う。いったい何をする気なのかと。
もちろんあたしの返答は決まっている。
「セックス。あたしはモゲロくんとセックスしたいの」
決定的な言葉に彼は身を強張らせる。

さてここからが正念場。
下手な選択肢を選べば彼はあたしを突き飛ばして逃げてしまうだろう。

「もちろんセックスっていっても本番はしないわ。そこまでの時間は残ってないから」
とりあえずこの場でまぐわう気はないと宣言しておく。
「だから……口でするの。あたしの口まんこでモゲロくんのちんぽをしゃぶっちゃうのよ」
少し口を開いて艶めかしく舌なめずりをするあたし。
「もちろんモゲロくんだけちんぽを晒させるなんて恥ずかしい真似はさせないわ。
 あたしのまんこも見せてあげる。先にね……」
あたしはそう言って下着を脱ぎ捨てる。
そしてモゲロくんの視線がチラリとスカートごしに股間に向ったのを確認。

あはっ、気になってる気になってる。
やっぱりモゲロくんもヤりたい盛りの男の子だ。

あたしはスカートのホックを外し床に落とす。
これで下半身は裸だ。
「じゃあ、次はモゲロくんのを見せてもらうわね……」
そう言ってあたしは彼のズボンのチャックをジジジッと降ろした。
モゲロくんはもう抵抗しない。彼も覚悟を決めたようだ。

えーと、男の子の下着はよく知らないけど前に穴があるとかって……あ、あった。
ボタンで閉じられていた下着の穴。それを外し指を入れると指に熱いモノ。
下着をずらし、穴を通して御開帳。

「なかなか大きくて素敵じゃないモゲロくんのちんぽ。
 こういうのをかっこいいっていうのかしらね? それじゃ、頂くわ……」
あたしは床に膝立ちになる。それはちょうど顔の前に彼のちんぽがくる位置。
先端にチュッと軽くキスをすると、口を開いて頬張った。

最初に感じたのは臭い。
汗とおしっこが混ざった臭いだ。
以前のあたしならどちらも不潔だといって嫌悪していただろう。
しかし今のあたしには母がときおり使う最高級の香水のように感じられた。

これがモゲロくんの匂い……。
あたしは鼻で息を吸い彼の香りを堪能する。
でもあたしが香りを味わうだけではモゲロくんは気持良くならない。
なので舌を動かす。次から次へと唾液が溢れ、ぬるぬるになった舌。
それを彼のちんぽに絡ませ、汚れを落とすように擦りつける。

ジュプジュプと空気と唾液が撹拌されはじける音が屋上階段に響く。
そして、しばらくそうしていたあたしの頭にモゲロくんの両手が触れる。

……ああ、彼も気持ち良いのね。

モゲロくんも快感を感じている。
だから手でオナニーするように、あたしの頭をつい前後させようとしてしまったんだろう。
乱暴な人なら勝手に動かす所を、モゲロくんはあたしのことを考え、手を触れるだけで我慢したのだ。

ホント、なんて紳士的なのかしらモゲロくんは。
あの肥え太った…名前忘れたけど、あの中年とは比べ物にならないほど人ができている。
でもね、モゲロくん。
あなたは紳士かもしれないけど、目の前のあたしは淑女じゃないのよ。

あたしは舌の動きはそのままに、頭の前後移動を加える。
モゲロくんはビクッとして手を離したけど、あたし自身が望んでいると分かると手を添えて一緒に動かすようになった。
あたしのまんこからは体液が際限なくこぼれ、床に水溜りを作っている。
やっぱり下着を脱いでおいて正解だった。
もし穿いていたらグショグショに濡れて役に立たなくなっていただろうから。

だんだんと早くなる前後移動。
モゲロくんは手どころか腰まで動かしはじめた。
口中のちんぽもビクビクして、もう限界が近いとあたしに伝えている。

ああ、もうすぐ来る。
モゲロくんの精液、ザーメン、ちんぽ汁。
早く飲みたい。

早く、早く、早く―――早く飲ませてっ!

吸血ならぬ吸精衝動を抑えられなくなり、あたしは添えられたモゲロくんの手を無視して一気に咥えこむ。そしてズズズと汁物をすするように吸引する。
それで限界を超えたのかモゲロくんは低く呻いてあたしの口まんこに放出し始めた。

ちんぽの先からビュビュッと飛び散る精液。
その量はとても多く、空気や唾液と相まってあたしの頬はリスのように膨らむ。
みっともない顔だけど、外に漏らしてしまうよりずっといい。

そしてモゲロくんの射精が止まった後。
「ん――む…っ」
溜めた精液をこぼさないよう慎重に、彼のちんぽを口から抜く。
よっぽど気持ち良くて腰が抜けてしまったのか、モゲロくんは壁に背中を預けてへたり込んでしまった。

息をあげながら放心したようにあたしの顔を見上げるモゲロくん。
その視線に対しあたしは見せつけるようにコクン…コクン…とゆっくり飲み込んでみせた。

喉を滑り落ちる精液と唾液の混合物。
それは胃の中にすべり落ちて、消化中の昼食の上に降りかかる。
やがて彼の精液は腸まで届いて吸収され、あたしの一部になるだろう。
モゲロくんがあたしと一つになる。その想像にまたちょっと濡れてしまった。

さて、モゲロくんとのセックスは終わったけど、このまま放置して帰るわけにもいかないわね。
あたしはティッシュを取り出すとまず床を拭いて水たまりを消した。
そしてびしょ濡れのまんこを拭うと下着を穿いてスカートを着用。

モゲロくんは放心状態のまま座っていたのであたしが優しく拭いてあげる。
「あたしが拭いてあげるわね。フキフキっと……はい、綺麗になったわよ」
いまいち入れ方が分からなかったけど、なんとかパンツの中に彼のモノを収めてチャックも閉じてあげた。
これでどこから見てもあたし達はただの一生徒だ。

「じゃあモゲロくん、あたしは一足先に行ってるけど、遅刻しないようにちゃんと戻ってきてね」
投げキッス一つ飛ばすと、階段をだだっと駆け下りてあたしは教室へ帰った。


その後ちゃんと遅刻せずにモゲロくんは帰ってきて、5,6時限が過ぎもう放課後。
モゲロくんも恋人の自覚が出てきたのか、家まで送ろうかととても嬉しいことを言ってくれた。
でもあたしはそれを断る。

「あたしの家は逆方向だからモゲロくんも大変でしょう?」
モゲロくんなりに勇気を出して言ったセリフなのか、あたしがそういうと彼は目に見えて落ち込んだ。
だからあたしは身を寄せてそっとささやく。
「一緒には帰らないけど……今夜12時、窓を開けておいて。
 お昼よりもっと悪い事をしに行くから」
その言葉にモゲロくんが嬉しいような困ったような顔をする。

うふふ……困るのは今日だけよ。
明日からは嬉しくて嬉しくてたまらないようになるわ。

「じゃあモゲロくん、さよなら!」
あたしは元気よく手を振ってモゲロくんと別れた。
12/07/12 17:17更新 / 古い目覚まし
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