連載小説
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本編
その子と出会ったのは学校の帰り際、近道の寂れた公園を歩いている時だった。
舗装されていない土の道を進んでいたら、向かいから歩いてやってきたのだ。

うわー、すごい美人……。
まだ小学生ぐらいにしか見えないのに“美しい”が“可愛い”を上回っている。
髪も肌もとても白く、女の私でさえ見惚れてしまうほどだった。
目が赤いからアルビノなのかな?

その子は私の横で立ち止まり声をかけてきた。
「こんにちは、おねーちゃん」
「はい、こんにちは」
「ねえ、わたしと契約して魔物娘になってくれない?」
「はい?」
「だから魔物娘だよおねーちゃん」
えーと……。

魔物娘と言われても私には何の事だかわからない。
多分この子が勝手に考えた空想とか妄想なんだろうけど。

「ごめんなさい、おねーさんはちょっとなれないかなあ。また別の人に頼んでみてよ」
ちょっと面倒そうな気配を感じたので、断って帰ろうとしたら手を掴まれた。
「ちょーっと待って、話だけでも聞いてくれない?」
振り解いて逃走したかったけど、転ばせて怪我でもさせたらコトなので逃げられなかった。
しょうがないので彼女の話を聞くことにした。

白い女の子はリリと名乗った。
そして自分の世界が危機に陥っているから助けてほしいなんて語り始めた。

彼女の話は長かった。なんで短くまとめておく。
リリちゃんは異世界の人らしい。
彼女の世界は魔法と魔物娘の存在する世界でとても繁栄していたんだけど、やがて世界が滅びてしまうと分かった。
(宇宙の熱的死とかなんとか説明してくれたけど、その辺は私にはよくわからなかった)
幸いなことに彼女の世界には人間と魔物娘による永久機関が存在していたので、そこから生まれる魔力で滅びに対抗し世界を維持できるらしい。
しかし数が足りておらず、将来における増加数を考えても彼女の世界だけでは滅ぶ可能性がかなり高い。
そのため異世界の人に魔物娘になって手伝ってもらっている……のだそうだ。

一通り話が終わっての私の感想。

いくらなんでも痛すぎるよこの子……。
魔法の世界から来たとか、世界を救う手助けをしてほしいとか。
中二真っ盛りの私でも引く妄想をありありと語ってくれた。

「ね、だからお願い。わたし達の世界を救ってほしいの!」
彼女は本気100%の顔で私に頼み込む。妄想を完全に信じ込んでるんだね。
しかし私は彼女と妄想を共有する気はない。

「えーと、女の子が必要なら私じゃなくてもいいんじゃない?」
見知らぬ誰かにこの電波ちゃんを押し付ける私。
彼女の妄想設定によるなら、魔物娘になるのは私でなくてもいいはずだ。

「そういわれても、おねーちゃんすっごい才能あるんだよ。
 おねーちゃんならドラゴンとかエキドナとか超有名どころのレア魔物になれるんだから」
うへー、あなたには才能がありますときたか。私の興味を引こうと必死なんだね。
迷惑な子にロックオンされてしまった、いい加減叱った方がいいのかな…と考えたら彼女はスッと手を離してくれた。

「まあ、いきなり信じてくれなんていっても仕方ないよね。今日はもう帰るから。
 ただその証拠にこれを……」
そう言うなり彼女の手の上にハードカバーの厚い本がスッと現れた。

え? いまどっから取り出したの?
プロの手品師でもできそうに思えない謎の技術。
そして彼女はその技術で出した本を私に差し出す。

「この本を開いてみて」
私はつい反射的に差し出された本を受け取ってしまった。
そして開こうと―――あれ?

開かない。
カギなんて付いてないのに、全ページが強力接着剤で張り付けられたように微動だにしない。

「あの、この本開かないんだけど…」
「今度は開けって念じながらやってみて。声に出さずに頭の中だけで考えて」

―――開け。
そう思い浮かべると分厚い本はガパッとあっさり開いた。
えっ! なんで!? さっきは力を込めてもダメだったのに!?

これどういう事なの?
そう訊こうとしたら彼女はもう目の前にいなかった。
不思議に思い辺りをグルグル探し回ってみたが影も形も見つけられなかった。

…気味が悪い。
そう思ったものの、渡された本を捨てる気にもなれず私は家へ持って帰った。

風呂に入って明日の準備もして、もう寝るだけといった時間。
私はリリちゃんに渡された本を色々調べていた。
けど、私に分かることなんてたいしてない。

この本は一度閉じてしまうとロックされて力づくでは開かなくなる。
開くにはまた頭の中で念じなければならない。
念じずにただ口で『開け』と言ってもロックは解除されない。

本当にどうなってるんだろこれ?
ロックについては……例えばカバーに強力な電磁石が仕込まれていて、一度閉じると作動して女手では開けなくなるとかそんなのでできるかもしれない。
ロック解除についても声で開くなら音声認識が使われているとかで納得もできた。
でも頭の中で考えただけでロックが外れるっていうのは……。
私は技術者じゃないけど、現代科学でこんなものが作れるとは思えなかった。

あと本の中身だけど、まさに魔物“娘”図鑑という感じ。
女の人と怪物が混ざり合った姿をした魔物の絵と簡単な説明が書かれていた。
ドラゴンとかエキドナとか彼女の言ってた魔物を見たけど、私はあんな姿になりたくはないな……。

そんな感じで本の仕組みを解明することは諦めて、少し中身を読んでいた私だがそろそろ日が変わる時間。
明日も学校だからそろそろ寝ないと。

次の朝。
私はいつも通り公園の近道を通る。
すると昨日と同じようにリリちゃんと遭遇した。

「おはよう、おねーちゃん。昨日渡した本読んでくれた?」
無視して通ろうかと思ったけど、本の事が気になったので少しばかり立ち止まって話してみる。

「おはようリリちゃん。本は少しばかり読んでみたよ。
 ……ところであの本、どういう仕組みなの?」
「どういう仕組みっていわれても……普通の本に簡単な魔法をかけただけだよ?」
やっぱり魔法と言うか。
少なくともこの子の頭の中ではあの本のロック機構は魔法ということになっているようだ。
そして私の方もそれを否定できるような材料がない。

「わたしの方からも一つ聞いていいかな」
「なんでしょう。私に答えられることなら答えるけど」
「おねーちゃんの名前、教えてもらえない?」
そういえば彼女は名乗ったが私は名乗っていなかった。どうしよう、名乗っていいのかな。
正直に名前を言うべきか迷ったけど、名前ぐらいはいいだろうと考え私は伝えた。

「名乗るのが遅れてごめんなさい、私はモグネね」
「モグネおねーちゃんね、いい名前」
そうかな? よくある平凡な名前だと思うけど。
「で、話は変わるんだけどわたしと契約して魔物娘にならない?」
二言目に勧誘ですか。ノルマ達成がきついセールスマンみたいだね。
「セールスマン…間違ってないかもねー。わたし旦那さんがいるんだけどノルマ達成しないとお休み貰えないし」
その歳で旦那持ちの上にノルマ課せられてるとか、この子の脳内世界はいったいどういう設定なんだろう?

まあ、どうでもいいけど妄想にちょっと突っこんでみる。
「あのさ、もし仮に…仮にだよ? 私が契約して魔物娘になったとして何か得があるのかな?」

そう、彼女の語った説明では契約者に何のメリットも無いのだ。
リリちゃんは滅びが遠ざかってバンザイかもしれないけど、私は人間でなくなる上に家族友人と離れて異世界へ移住することになる。
よっぽど頭のおかしい人でなければ、家族を捨てて異世界を救いに行ったりなんかしないだろう。

「それは―――」
リリちゃんが何か言おうとしたところで学校の予鈴が耳に飛び込んできた。
げっ、話しすぎた!

「ごめんリリちゃん! 私学校あるんだ、お話はまた後でねー!」
幸い彼女は私を引き止めることもなく、バイバイと手を振って見送ってくれた。

公園と学校は近いけど、走り続けるのはやはりキツイ。
ゼエゼエと息を切らし汗をかいて走り続けた私はなんとかHR前に教室へ入ることができた。

入り口近くに座っているモゲロくんがモグネさん大丈夫? と声をかけてくれた。
ああ、私を心配してくれるなんてモゲロくんはなんて優しいんだろう。
その一言で私のテンションはMAXになる。

「ずいぶん遅かったじゃない。どうせ朝寝坊したんでしょ?」
その隣に座っているモゲヨが私に嫌味を飛ばしてくる。
朝からオマエの顔見てこっちはテンションダダ下がりだ。

まあ合計してプラマイ0といったところ。

私の席は教室でも奥の方。
モゲロくんの後ろ姿をいつでも見られるのは嬉しいけど、その隣にいるモゲヨまで一緒に目に入るのが玉にひび割れ。

あと授業中もついモゲロくんの背中を眺めてぼーっとしてしまうことがある。
ああモゲロくんモゲロくん大好きだよモゲロくん。

私とモゲロくんの付き合いは小学校の頃まで遡る。
入学したての1年生の時。クラスメイトが教壇の前で自己紹介を一人一人行った。
そのときモゲロくんを目にした私は一発で心臓をブチ抜かれてしまったのだ。
そしてそれから先、何度もクラス替えがあったにもかかわらず、私とモゲロくんだけはずっと同じクラスになり続けた。
今となってはモゲロくんと同じクラスで居続けたのは私だけ。
これはもう運命が私たちに離れるなと言っているに違いない。

モゲロくんも私とずっと同じクラスだったことをすごい偶然だと気にかけているようで、ただのクラスメイトなんかよりは仲が良い。
できればもっと仲良くなりたいんだけど、私たちもっと仲良くしましょう! なんてとても言えない。
そこまでいったらもう愛の告白だし。
そんなわけで内気な私はずっと想いを秘めたまま彼の傍で過ごしてきたのだ。

そしてその隣の席に座っているのが憎きモゲヨ。
モゲロくんと一番仲が良い女子は私だったのに、今年のクラス替えでクラスメイトになった途端、いきなりモゲロくんに色目を使って急接近しやがった。
風の噂で聞いたところによると平安時代から続く由緒ある貴族の血筋だとか。
もっともそのあと私が聞いた別の噂によるとモゲヨの家は分家も分家で、本家には木っ端のように扱われる末端の家らしい。
どこか刺々しい態度はおまえら庶民とは違うって主張なのかもね。
ま、どうでもいいけど。

午前中の授業が終わって昼休み。
クラスの皆は友人同士で席を合わせて弁当突っついたり、購買へ短距離走をかけている。
私はクラスのそこそこ仲のいい女子と机を囲む。
親友というわけでもないので深く突っ込んだ話はしないで、特に意味のない話題に花を咲かせる。
ただ、そのすぐ近くで……。

「ほら、モゲロくん。この卵焼きあげる」
モゲヨがモゲロくんと二人っきりで弁当食べてる様は非常に不快だ。

この女は男同士の友情を深めあっていたモゲロくんとその友人の食事に分け入り、弁当を食わせるという極刑ものの大罪を犯したのだ。
ほぼ毎日のように行われるその行為に、友人たちは苦笑いを浮かべモゲロくんから距離を取っていき、やがて邪魔をせずに二人っきりで食事を取らせるようになった。
幸いな事にモゲロくんはハブられることもなく、食事時以外は彼らと変わらぬ友情を育んでいるようであるが。
もしモゲロくんがぼっちになってイジメられたりしたらどうする気だったんだこのバカ女は。

今日の授業も終わり放課後。
いつもと同じように、公園を歩いて帰るとリリちゃんと出くわす。

「おねーちゃん、勉強ごくろうさまー」
リリちゃんは学校帰りの私を労う言葉を口にする。でもご苦労さまって自分より下の相手に使うものだよ。

「そういえばわたし、おねーちゃんに説明してないことがあったんだよ」
「説明してないって何?」
「契約のこと。おねーちゃんは朝契約しても得がないっていったよね?」
あー、そんなこと言った気もするなあ
「あれはわたしの説明不足でした、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるリリちゃん。

別に頭を下げなくても……。
まあ自分に非があれば素直に謝罪するというのは良い心がけだ。

「契約して魔物娘になってくれた人には一つだけどんな願いでも―――」
叶えてくれるのか。確かにそのぐらいの報酬がなければ自分の世界なんて捨てられない。
「叶える、ってわけにはいかないんだけど―――」
無理なの? 妄想ならそのぐらい大盤振る舞いしてもいいのに。
「好きな男の人と両想いぐらいにはしてあげられるよ」

なんですと!?
妄想であるにもかかわらず私は身を乗り出してしまった。

「正しく言うと契約者に“両想いになれる力”をあげるんだけどね」
「へー。じゃあ契約者が私を好きになれーって念じるとすぐプロポーズしてくれたりするの?」
食いついてきた私にリリちゃんは苦笑いを返す。
「そこまでの即効性はないよ。魔物娘が愛情を持って接すると男の人が必ず応えてくれるって感じかな」

ふーむ、そこまで都合良くはないのか。
だがモゲロくんに対する愛情なら私は死ぬほど持っている。
私が魔物娘になれば彼は確実に応えてくれるだろう。
うーん、契約しちゃってもいいかな……。

とここまで考えて私は素に戻った。
本当にそんなことがあればいいけど、これは妄想、空想、作り話。
現実はそんな都合よくは………。

「本当だよ」

私の白けた雰囲気をかき消すようにリリちゃんは言葉を口にした。

「これは本当の話。モグネさんが望めば今すぐにでもできること」

リリちゃんの雰囲気が、顔つきが、言葉が全く変った。
まるで昔映画で見た何百年と生きる氷の女王のような―――。

得体のしれない畏怖に飲み込まれ思考が停止した私。
その思考を再び動かすようにリリちゃんはふわっとした雰囲気に戻る。

「もう、ホントのことなんだから、信じてよおねーちゃん!」
あ……うん。
子供らしい彼女の言葉づかいに私は自分を取り戻す。
何だったんだろう今の……。


話はいったん途切れたけど、そのまま別れる気にもならず私はリリちゃんと妄想の話を続ける。
「ところでノルマがあるなら私以外の契約者とか探さなくていいの?」
「もちろん探してるよ。ただおねーちゃんは特別だから、何としても契約したいの。
 でもずっとかかりきりってわけにもいかないから、今週末で決心がつかないなら違う町に行くよ」
今週末…今日は火曜日だからあと四日でお別れか。
わざわざ期限を切るということは本当にいなくなるんだろうな。
ただ公園に来なくなるだけなのか、それともどこか遠くへ行ってしまうのか。
変な子だけどいなくなると分かるとなんか寂しくなる。

「……ねえ、リリちゃんの世界のこと、私に話してくれないかな?」
「わたしの世界のこと? いいよ、何でも話してあげる。うーん、何から話そうかな―――」

彼女の話はとても上手で面白かった。
妄想の世界とは思えないほどリアリティがあり、私も住んでみたくなるような平和で幸せな世界。
これには彼女の語りの巧みさもあるだろう。
小学生にしか見えないリリちゃんがこれほどの話し上手だったとは。
こんな世界が滅びるとするなら、移住してまで助けようとする人もいるだろうな……と納得できた。

「―――それでね! ダーリンたらわたしをぎゅーって抱きしめて……」
ちょくちょく旦那さんとのノロケエピソードが入るのが玉に傷だけど。


「……もう暗くなっちゃったね。そろそろ帰った方がいいよ、おねーちゃん」
あ、ホントだ。もうとっくに星が出てる。
電灯のおかげで暗さに気が付かなかったんだね。

「そうだ、こんな暗いんだからリリちゃんを送っていくよ。家はどの辺なの?」
こんな小さい子に夜道を歩かせて変質者に遭遇させたら大変だ。
いや、私が遭遇しても大変だけど。

「わたしは大丈夫だよ。おねーちゃんこそ気をつけてね」
そんなこと言わないで……あっ。

リリちゃんはサッと駆けると茂みの角を曲がって行ってしまった。
私もすぐ後を追って角を曲がったけど、暗闇で目立つはずの白い姿はどこにも無かった。


次の日、木曜日。
この日も放課後、私はリリちゃんと会って話していた。

「昨日はわたしが話したから、今日はおねーちゃんが話してよ」
そう言われても私の持ちネタなどたいしてない。
学校での愚痴とかモゲロくんの素晴らしさとか、モゲヨの憎たらしさとかそういうものを話すしかないんだけど……。

「それでいいよおねーちゃん。他人に話せばスッキリすることもあるでしょ?」
うーん、本当にこんな子に話していいのかな?
まあいいや。

彼女は私のノロケどころか愚痴や恨み節まで真剣に聞いてくれた。
「うーん、でもおねーちゃんも悪いと思うなあ……。そんなにモゲロくんが好きならちゃんと主張しないと」
「だってもし嫌われたらって考えると……とてもできないよ」
「その辺は、モゲヨさんを見習うべきだとわたしは思うよ。
 モゲヨさんは嫌われたら…なんて考えないで自分の好きって気持ちを押し出してるんでしょ?」

そうなのだ。それが私には恐ろしい。
ストレートに言葉に出すのはアイツも恥ずかしいと感じるのか、好きという態度は示しても、好きという言葉は口にしない。
(私は二人きりの弁当とかも劣らず恥ずかしいと思うけど)

そしてモゲロくんは……モゲロくんの悪口は言いたくないけど相当の朴念仁だ。
彼にとってはモゲヨも一番仲のいい女友達でしかないだろう。

だが、もしモゲヨがはっきり“好きです”と告白したら?
あるいはモゲロくんが自分へ向けられる好意を自覚してしまったら?
その時“私もモゲロくんが好きです、以前からずっと好きでした”なんて口にできるだろうか?
はぁ……色々吐き出してみたものの、結局自分の意気地無さを実感しただけだった。

「うーん、モゲヨさんも本気だよね。それでモグネさんが…だったら……」
リリちゃんはなんか一人でブツブツ呟いている。
どうかしたの?

「え? いや、なんでもないよ。ところでおねーちゃん、わたしちょっと用事を思い出したから帰っていいかな」
「もう帰るの? まだずいぶん明るいのに」
「うん、ちょっと……。じゃあ、また明日ね」
いそいそといった感じでリリちゃんは去っていった。

金曜日。
私が登校するといつものようにモゲロくんがおはようと言ってくれた。
そしてその隣の席は空。珍しくモゲヨがまだ来ていない。
今日はきっとラッキーデーだ。

いつも遅めに登校する人たちもやってきて教室はザワザワと賑やかになっていく。
それでもモゲヨはやってこない。
もしかして休みなのかな?

そう希望的観測をしていたらモゲヨが扉を開けて入ってきた。
ちっ、そこまでうまくは―――え?

ずいぶん遅れて入ってきたモゲヨ。その雰囲気は昨日までと全く違っていた。
どこが変わったと上手く言えないけど、まるで別人。
宇宙人が変装しているって言われたらそのまま信じてしまいそうなぐらい。

私が呆然と眺めているとモゲヨはスタスタとモゲロくんの隣までやってきて机に荷物を置いた。
しかし席にはつかず、モゲロくんに正対する。スーハーと深呼吸の音。

そしてとんでもない爆弾を放り投げた。

「モゲロくん、あたしと付き合ってもらえない?」
どよっ…! とクラス中に衝撃が走る。

その衝撃は個々人によって違っただろうが、私には地球が砕けそうなほどの大激震に感じた。
クラスのあちこちで「モゲヨちゃん、だいたーん!」「うおぉ、リアルで衆人告白を目にするとは……」と雑魚どもが騒いでいる。

私の心臓は不整脈のように脈打ち、手は震え、嫌な汗が背中をつたう。
モゲロくん、キミは断るよね? そんな性悪女大嫌いだって思ってるよね!?
しかしその答えは。

―――こちらこそ、お願いします。

私は卒倒した。


気が付いたらベッドの上。
突然倒れた私は保健室に運ばれたらしい。

「あなたちゃんと朝ご飯食べた? 無理なダイエットとかしてない?」
目覚めた私に保健の先生(おばさん)が色々訊ねる。
私は機械のようにハイ、イイエの二単語だけでその質問に答えた。
「うーん、生活に問題はないようだし……突発的な貧血かしら?
 もうお昼休みになるけど……どうする? 家に帰る?」
「いえ、午後だけでも出席します」
「そう? でも少しでも辛いと感じたら無理しないで早退するのよ」

保健の先生にありがとうございましたと礼を言って私は保健室を出た。
教室へ向かいながら考えるのは朝の出来事。
果たしてあれは本当の出来事だったのか。
私が貧血で倒れる前に見た一瞬の悪夢だったのではないか。

……そうだ、きっとあれは私の悪い妄想だ。
あは……あははっ! うん! 
モゲロくんがあんな女好きになるわけないし、あれはただの夢だったんだよ!

今朝の光景はしょせん夢だったと安心した私は急に笑いが込み上げてきた。
反動っていうの? あれだけ落ち込んでいたせいで私はハイになってしまったようだ。
スキップしながら廊下を歩いていたらチャイムが鳴った。
あ、昼休みになっちゃった。早いとこお昼ごはんを食べないと。

教室までたどり着いてガラガラッと扉を開ける。
すると仲のいい知り合いが声をかけてきた。
「あ、モグネちゃんお帰りー。大丈夫?」
「うん、ちょっとした貧血だって保健の先生言ってた!」

私は自分の席へ向うと持ってきた弁当を取り出し、いつものように仲の良い相手と固まった。
いつもと同じように雑談しながらの食事。でも今日はなんかうわっついて変な雰囲気。
「? みんなどうかしたの?」
「あ、モグネちゃんは知らないのか。あそこの二人ね―――」
知り合いがモゲロくんとモゲヨの二人をこっそり指差す。

…あのアマ、モゲロくんに『あーん』なんてさせてやがる。
何様のつもりだ。

「―――付き合うことになったんだ」

は?

「モゲヨちゃんがみんなの前で告白して、モゲロくんがそれを受けたの。
 漫画みたいで素敵だよねー!」

え? え? え?

「モグネちゃんは倒れちゃったから知らないだろうけど、あの後ものすごい騒ぎになったんだよ!」

―――夢じゃ、なかった。

周りの色が急にくすんで見えた。
耳から入ってくる音がどこか遠い。
まるで自分が登場人物になったテレビを見ているよう。
おかずを口に運んでみたけど味も匂いも感じない。

「―――でね、って聞いてるのモグネちゃん?」
うん、聞いてるよ。
ただそれが頭に入ってこないだけ。

「きりーつ、れーい」
日直が号令をかける声。
それで私は放課後になったと気付いた

ん? ……もう終わったのか。
午後の記憶がまったく無いから分からなかった。

いちいち考えなくも日常的な動作は無意識のうちに行われる。
教科書をカバンに詰めて下駄箱へ。外靴に履き替えてさあ帰ろう。

いつも通る同じ道。寂れた公園を通ろうとしたらまたリリちゃんに出くわした。
「おねーちゃん大丈夫? 死にそうな顔してるよ?」
死にそう? それいいかも。もう生きてたって……。
「何かあったの? わたしなら聞いてあげられるよ」
とても心配そうな顔でリリちゃんは私に言葉をかけてくる。

リリちゃんなら……リリちゃんなら分かってくれるかも。
そう思った瞬間、私は地面にひざまずいて泣き出してしまった。
それこそ小さな子供みたいに声をあげてワンワンと。

するとそばに寄ってきたリリちゃんが胸を貸してそっと抱きしめてくれた。
私はリリちゃんの服を汚すことも気にせず、涙も鼻水も全部出しながら泣き喚いた。

泣いて休んで泣いて休んでを繰り返し、やっと私が泣きやんだ頃にはもう陽は完全に落ちていた。
「おねーちゃん落ち着いた? 何があったのか教えてもらえないかな?」
優しく言葉を発する彼女に私は事の顛末を話すことにした。

思い出してまた泣いたり、過去の幸せだったころに話が飛んで脱線したりと、
色々ありながら時間をかけて私は全てをリリちゃんに伝えた。

そして全てを聞いた彼女が最初に発したのは。
「おねーちゃんが悪い」
私を糾弾する言葉だった。

その言葉に茫然とした。
正直リリちゃんは優しい言葉で慰めてくれると思っていたから。

「モゲヨさんはモゲロくんにずっと好きだってアピールしてたんだよね? 言葉にしなくても態度で。
 自分を好きになってくれなかったら全て無駄になるって分かっていても続けた。
 そしてずっと積み上げてきたから、モゲロくんはきっと応えてくれるはずって思ったんだよ。
 そして多分だけど…モゲロくんも告白の言葉で今までの行為がアピールだったって気付いてその想いを受け止めたんじゃないかな。
 おねーちゃんのやってたことは真面目に勉強する人をバカにしながら眺めて、それで満点を取ったからって嫉妬するの同じだよ」

正論だった。
私はモゲヨみたいにできないから嫉妬してバカにしていたんだ。
……ホント、最低だ。

自己嫌悪と後悔の波に飲まれる私。
もうこのまま消えてしまいたい……。

地面にうずくまる私にリリちゃんが声をかける。
「モゲロくんはモゲヨさんと恋人同士になっちゃったけど……おねーちゃんはそれでもまだモゲロくんが好き?」
「…………うん。モゲヨに取られちゃったけど、それでも私の中にはモゲロくんしかいないんだ」
「おねーちゃんのその想いが本当なら、まだ一度だけチャンスはあるよ」

その言葉に私はうつむいていた顔をあげた。

「わたし前にいったよね。愛情があれば必ず応えてくれる力をあげられるって」
契約のこと? でもあれはただのお話で……。

私がただの妄想だと口にしようとしたところで、リリちゃんが何かを受け取るように手を出した。
「おねーちゃんに渡した本、ちょっと返してもらうね」
リリちゃんがそう言ったとたん、テレポートしたみたいに突然空中に本が現れてストンと彼女の手に落ちた。
私はしばらくポカーンとしていたけど、やがて自然に納得してしまった。

「魔法って本当にあったんだね……」
「そうだよ、わたしずっとおねーちゃんにいってたじゃん」
今更拗ねたような態度でブーと文句を言うリリちゃん。

「ごめんごめん、今ならちゃんと信じるよ。だから私に力をくれないかな?」
「いいよ。でもちゃんと代償のことは考えてね。おねーちゃんが目的を達したら」
「うん、必ずリリちゃんの世界を助けにいくよ」

「オッケー! じゃあ、おねーちゃん」
ヤッター! という感じの笑顔を浮かべて。

「―――わたしと契約して魔物娘になってよ!」
リリちゃんはどこからともなく取り出した契約書を差し出した。

ぶ厚い契約書………。
私は契約書というと羊皮紙のようなペラペラの紙きれを想像するんだけど、
彼女が取り出した契約書はどこの説明書だと思うほど厚くて、細かい文字がびっしり書かれてた。
これ全部読んで契約するの?

「法律って結構細かいんだよ。穴があったら悪用されるから、硬い文章でガッチガチに固めないといけなくて」
リリちゃんは面倒だよねー、と言う。
「でも要点だけを抜き出したものもあるよ。ほら」
そう言って取り出したのは薄い冊子。

私は冊子の方を開いて読む。
えー、なになに……。

冊子の内容を簡単に言うと、契約後どうなるかという説明だった。
目的を達したらリリちゃんの世界へ行って、魔力生成業務に参加するということ。
その際の衣食住はきちんと保証するということ。
僅かばかりだが報酬も支払われるということ。
許可を得れば一時的に元の世界へ戻ることも可能ということ。
その他もろもろの説明があったけど私にとって重要な所はそのぐらい。

……よし、契約しよう。
「えーと、どこにサインすればいいのかな?」
「契約書の一番最後のページね。名前と拇印を押す所があるからそこにお願い」

言葉通りに一番下のページをめくってそれを発見。
えーと名前はスグ・モグネ……っと。
サラサラッとフルネームを書いて、ページについていた朱肉を使い親指で拇印を押す。

「はい、契約は成立しました! じゃあ、おねーちゃんどの魔物娘になるか選んでね。
 一度変わったら戻れないから、よーく考えて選んでよー」
リリちゃんが図鑑を渡してくる。
しかし私はどの魔物娘になるかはとっくに決めていた。
そのページをめくり見せる。

「んー、ダンピールかあ。悪くはないと思うけど……もっと珍しい魔物選んでみない?」
リリちゃんはバフォメットやエキドナのページを開いてそう言ったけど、
でも万が一にも怖がられたら嫌なので、ほとんど姿の変わらないダンピールになりたいのだ。

「わかったよ、本人の意思を無理矢理ねじ曲げるわけにもいかないしね」
リリちゃんはパタンと図鑑を閉じてどこかへ消すと、人差し指をピンと立てた。
そこに芥子粒ほどの黒い球体が生まれだんだん大きくなっていく。
そしてビー玉くらいの大きさになったところで、巨大化は止まった。
……なんか表面がうねうねして触手みたいなのがときどき伸びてるんだけど。

「じゃあ口開けて」
「え、まさか飲むの!?」
「そうだよ。別に苦くはないから安心して。ほら、あーん」
ええと……あーん。
少し怖かったけど口を開いて黒い球体を私は受け入れた。

リリちゃんが球体を口に放り込んでそれがノドを通りぬけた瞬間、私はとてつもない熱に襲われた。
頭がクラクラして立っていられず倒れ込む。
全身から汗がダラダラこぼれ、体がガタガタ震える。

手足の先からミキサーにかけられミンチ肉にされていくような喪失感。
そしてその肉が美しい形へ成形され、失った部分へ継ぎ足されていくような充足感。
でも何より一番強烈だったのはその快感だった。

私の体の細胞一つ一つが千切れすり潰されるたびに、自慰の絶頂時に酷似した快感を与えるのだ。
人間の細胞の数は約60兆個と聞いたことがある。
60兆の細胞全てがすり潰されるまでこんな快感を味わい続けたら発狂してしまうかもしれない。
……いや、私はすでに狂っていた。

早く、早く、もっと早く私を壊して欲しい。
貧弱な人間の部分なんていらない。

本来人間のものではない快感。
それを人間の脳で受けとめようとすること自体が無理なのだ。
そして手足の末端から始まった変化は胴体を侵食し、ついに頭まで蝕み始める。

ぐちゃぐちゃと体を挽き潰される快感。
それが眼球まで到達し、最後まで残った視覚が消失する。
残りはこの脳だけだ。これでやっとわた


―――はっ。
気がついたら私はうつ伏せで地面に倒れていた。
いまさっき何があったのか、うすらぼんやりとして思い出せない。

「気がついた? おねーちゃん?」
声の方に顔を向けるとリリちゃんがいつも通りの美しい顔で覗きこんでいた。
私は立ち上がると服についた砂やごみをパッパッと払い落す、

「もう大丈夫だよリリちゃん。
 それと……ごめん、今まで気付かなかったけど、リリちゃんも魔物娘だったんだね」
私は魔物娘になったことで、やっと彼女も同類だと分かったのだ。

「別に気にしてないからいいよ。それよりほら、鏡見て」
リリちゃんがまたもや虚空から取り出した手鏡を渡してくる。
それを受け取り自分の顔を見てみたら。

「え、これ本当に私?」
別に整形したように顔形が変ったわけじゃない。
無表情で写真を撮ったら人間の頃と何一つ変わらないだろう。
しかし対面しての雰囲気や、まばたきしたり、口を開いたりと表情が動くとまるで別人のような美しさを放つようになったのだ。
自画自賛になるけど、私がいままで出会った人間の中でこれほどの美しさを持つ女性はいないと思う。

「それじゃおねーちゃん、わたしは一回帰るね。
 向こうの準備が終わったらまた迎えに来るから、おねーちゃんは目的を果たしちゃいなよ」
そう言うとリリちゃんはフッと目の前から消えてしまった。

…………よし。
今すぐモゲロくんに会いに行こう。
私はモゲロくんにお呼ばれしたことはないけど、こっそり後をついてった事があるから場所は分かる。

グッと拳を握り見上げた空は月が高く昇っていた。
腕時計を見るともう12時ちょっと前。

普通ならお邪魔するにはもう遅い時間だけど、私は知っている。
モゲロくんのお母さんはすでに死別していて、お父さんは単身赴任中。
家族の迷惑なんて気にせず二人っきりで過ごせるのだ。

手さげカバンを肩にかけヨーイ、ドン。
モゲロくんの家まで猛ダッシュ。

生まれ変わった私の体は、見かけは同じでも性能が全く違う。
以前の全力疾走を遥かに超える速さで駆け続けても、ほとんど疲れを感じない。
息は切れないし、汗もかかない。

そんな感じでダダダダッと道路を駆け抜け、ついにモゲロくんの家が見えてきた。
あれ、よく見たら二階の窓が開いている。
なんと好都合。あの部屋はたしかモゲロくんの部屋だったはず。

私は駆けてきた勢いそのままにジャンプ。
コンクリート塀の上に着地し、そこを足場にさらに跳ぶ。
一階の屋根にトスンと降り立ち、開いた窓から中へ侵入。

「こんばんは、モゲロく―――え?」

私が初めて入ったモゲロくんの部屋。
その部屋に。

「なんであなたが来るのよっ!」
「それはこっちのセリフだっ!」

ベッドの上でモゲヨがモゲロくんを押し倒していた。

「さっさと出て行きなさいよ、モゲロくんの恋人はあたしなんだから!」
出ていけだぁ? その言葉そっくり―――ん? この感覚…。

私が魔物娘になってすぐにリリちゃんから感じた感覚。
それと似たようなものを目の前のモゲヨからも感じる。
そして今朝感じた異様なまでの雰囲気の変化が思い起こされた。

……オマエも私の同類か。

この町にきた魔物娘がリリちゃん一人とは限らない。
モゲヨは昨日のうちに私の知らない誰かと契約を交わして魔物娘になり、その力でモゲロくんを落としたのだろう。

正直な話、私はモゲヨが魔物娘であったとわかり安心した。
だって今朝の出来事はモゲヨが魔物娘になったから起きたこと。
人間の私が魔物娘に魅力で勝てないのは当然のことなのだから。

そして今はもう私も魔物娘。
同じ土俵に立ったなら負けるわけがない……!

「あたし達の邪魔をするなら、力づくで追い出すわよ」
ギリッと歯を噛むモゲヨ。その口からはずいぶん大きな八重歯が見えた。
それで私はモゲヨの種族が何なのか理解した。

ヴァンパイア。
私たちの世界でも有名な魔物だ。

―――勝ったな。
ダンピールである私はヴァンパイアのモゲヨに対し非常に相性がいい。
その高い能力を無効化し、人間と同程度にまで落してしまえるのだ。
でもその前に。

「ここで戦ったらモゲロくんに迷惑だから外に行こう」
「もちろんよ。倒れたあなたの横でモゲロくんと愛し合うのも嫌だし」
モゲロくんはわけがわからないよといった顔で交互にわたし達を見ている。

モゲロくん、私かならず戻ってくるからね。
私はそう心の中で思い窓から飛び降りた。

モゲロくんのためといってもさすがに殺し合いをする気はない。
私たちは普通の喧嘩のように殴ったり、蹴ったり、引っかきあった。
もうお互い引っかき傷や青あざだらけ。
ダンピールである私は本能的にヴァンパイアを無力化する方法を知っていたので、もちろんそうした。
だけど……。

腰に一発いいの食らってすっ転んだ私。
「も、もういいわよね? あたし、モゲロくんのとこに行くわよ……」
疲れてゼエゼエ息を切らしながら言うモゲヨ。
そんなことさせるかと私はすぐ起き上がる。
「くっ……まだ立つの!? しつこいわよ!」
それは私が言いたい。

モゲヨの奴ほんっとしぶとい!
人間並みの能力になって、ダメージは向こうの方が大きいはずなのに全然倒れようとしない!
この女もとから人間じゃなかったんじゃないの!?

モゲヨを物理的に倒すのは難しいと感じた私は精神攻撃に切り替える。
こうなったら心をへし折って倒すしかない。

「モゲヨ、あんたもいい加減分かってると思うけどヴァンパイアの力は私の前では無力化するよ」
「………………」
モゲヨは黙ったままだ。
「私はこれからノーガードであんたを殴り続けるから。純粋な耐久勝負になったら絶対あんたに勝ち目はないよ」

モゲヨの目に一瞬諦めの色が浮かぶのが見えた。
降参するか?
私がそう思ったとき。

「あなたは……そういわれたら諦めるの?」
私の言葉は逆効果だった。
さっきの諦めの色は消えて、絶対負けるかっていう覚悟が目に浮かんでいる。

……その姿に私はこの喧嘩が急にバカらしく思えた。
私はモゲヨのことをただの邪魔者、憎き恋敵としか思っていなかったけど、
彼女もモゲロくんを本気で好きな事に変わりはない。

そしてさっきの言葉。
彼女の想いは私にも痛いほどわかる。
リリちゃんの前で泣いて、取られちゃったけどそれでもモゲロくんしかいないと言った私と同じだ。

「……やめよう」
私は構えていた拳を下ろしてモゲヨに言う。
「私たちが喧嘩してもモゲロくんは喜ばないよ。
 だったら仲良く……まあ、今すぐは無理でもそうした方がいいよ」

どうかな? と私はモゲヨに近づいて片手を差し出す。
するとモゲヨも片手を差し出して。

―――パチン、と払った。

「冗談いわないで。モゲロくんの恋人はあたし一人なの。あなたは百歩譲っても彼のオトモダチが精々よ」
……そうか。
やっぱりこいつは敵だ。
一瞬友情が芽生えるかもと思ったのは私の完全な錯覚だった。
だったら。

握手ができるほどの至近距離。
私たちは拳を構える。そして脳内でカウントダウン。
スリー、ツー、ワン。
―――GO。

色々あったけど私がモゲヨにチョークかましてオトしたところで勝負は決した。


気絶したモゲヨを轢いたらドライバーさんが可哀想なので、道のはじによけておく。
そして私はもう一度モゲロくんの部屋へ。

「モゲロくんただいまー、って寝ちゃったの?」
モゲロくんは布団をかぶって寝こけていた。
もしかして困ったらとりあえず寝るタイプの人なのかも。

睡眠の邪魔をするのは悪いと思うけど、ちょっと起きて起きて。
私はベッドの上に乗りユサユサとゆすってモゲロくんを起こす。
すぐ目を覚ました彼は目をこすりながら何がどうなっているのかと聞いてきた。

何がどうなっていると聞かれても、どう説明したらいいものか……。
私はちょっと悩んだけど、状況説明は諦めた。
そんなことよりよっぽど大事なことを伝えないといけないから。

「モゲロくん……私ね、きみが好き」
突然の告白に彼は目を丸くする。
「小学校で初めて見た日からずっと好きだったんだ。
 気付いてなかったかもしれないけど、私はずぅっときみを見てた」
あがることも淀むこともなく、スラスラと私の口から素直な言葉が出る。
この程度のことをなんで今まで私はできなかったんだろう。
「私、今日倒れたでしょ? あれはモゲヨがとんでもないこと言うからそのショックで倒れちゃったんだ。
 そのぐらい私はきみが好きなの。だから、その、私と……セックスしよう!」

あ。勢い余って何段階か飛ばしちゃった。
付き合って、より先にセックスしようとかいくらなんでもおかしすぎ。
あああ……どうしよう。変な子だって思われちゃったよ。
なんて弁解しようかと頭を悩ませていたら、モゲロくんが自分から語ってくれた。

彼も私が好きだったらしい。
だった、というのは以前の事だから。
まだ小学生の頃、モゲロくんは私に片思いしていたのだそうだ。
でも告白する度胸がなくてウジウジしているうちに、その想いはやがて鎮火してしまったのだとか。
それでもまだ火種はくすぶっていたのか、私のことは他の女子とは違うように感じていて仲良くしたいと思ったらしい。

……あー、バカだったんだな私。
小学生のころに勇気を出して告白していれば、いまごろ私たちはラブラブの恋人同士だったのに。
でも、今からでも遅くない。

「じゃあさ、今更だけど…私と付き合ってくれないかな?」
よし、今度はちゃんと言えた。
私たちは両想いだったんだからきっと―――え、なんでお断り!?

モゲロくんは首を横に振って言う。
自分はモゲヨに告白されてそれを受けた。
彼女を好きなのも本心であり、恋人を裏切りたくはない。

ぐあー! あんな負け犬の事なんて忘れていいのに!

私はモゲロくんが好きで、モゲロくんも私が好きだ。
でもモゲロくんの倫理観がそれを阻む。
モゲヨを倒したといっても、あいつ本人が別れましょうって口にしたわけじゃないし。
しょうがない、この手はあまり使いたくなかったんだけど……。

私はモゲロくんの不意を突いてキスをする。
そして唇からフゥッ…と息を吐くように誘惑の魔力を送り込む。

「モゲロくん……私たち両想いだよね。だから、気持ちいいことしよう?」
モゲロくんはしばらく魔力に抗っていたけど、やがて着ていたパジャマを脱ぎ始めた。
私も汚れた制服を床に脱ぎ捨てる。
……そういえば散々汗かいてシャワー浴びてなかった。
臭わないかな?

さっきのモゲロくんと逆の位置になるように私はベッドに仰向けになる。
シーツからモゲロくんの香りが漂い私の体を熱くさせた。
そして私の目は裸になったモゲロくんの股間に吸い寄せられる。

……うわぁ、男の人のってあんなに大きくなるんだ。

実物なんて昔父さんと風呂に入ったときに見ただけ。
あんなものが本当に私の中に入るのかちょっと不安になった。
でもそんなちょっとの不安で今更止めようなんて言う気はない。
私も足を開いて股間がモゲロくんによく見えるようにする。

「じゃあモゲロくん…君のちんぽ…私に、入れて……」
以前なら恥ずかしくてとても口にできない言葉で彼を誘う。
モゲロくんは片手でちんぽを押さえて私の穴に狙いを定めてゆっくり挿入する。

「ん……んっ! そっ、そうだよ……。先が入ったなら、そのまま進めば……ぃっ!」
ちょっと入ったところでブチブチッという感触とチクッとした痛みが私に発生した。

ああ、モゲロくんに私の初めて奪われちゃった……。

目の奥がじわっと熱くなる。
彼と繋がることができた感動で涙が出そう。

でもそんな感慨が彼に分かるわけなく、モゲロくんはズブズブと私の中に入ってくる。
処女だった私のまんこはすっごく狭くて、彼のちんぽは穴を広げながら奥へと進んでいく。
もう抜いたとしても処女と全く同じには戻らないだろう。でもそれがいい。
だってモゲロくんに合うように私の体が変化するってことだから。

「モゲロくぅん……もっと来てぇ……」
私の膣肉のビラビラがモゲロくんのちんぽと絡み合う。
魔物娘になった私のまんこはとっても敏感で、ちんぽに浮き出た血管一つ一つまで指で触れているように分かる。
そこから感じる、どっくんどっくんっていう彼の鼓動。
あがった息と相まって彼が私で興奮していることを強く印象付ける。

―――と、その時彼の進行が止まった。
どうしたの? と結合部を見るともう彼のちんぽは根元まで入っていた。
もうちょっと奥行きに余裕はあるけど、初めてで無理に押し込んでもらうのもなんだしなあ……。

「ん…モゲロくんのちんぽ、全部私の中に入ったね……。
 じゃあ次は抜いてみて。そうすると―――あっ……!」
私の言葉が終わる前にモゲロくんは抜きはじめた。
だんだんと現れて行く彼のモノは、私の体液で濡れて月の光を反射している。

ああ、なんて綺麗なんだろう。
暗い部屋で青白く見えるモゲロくんのちんぽは、何かの芸術品のように思えた。
そしてその芸術品は全て抜けきる前に再び私の沈み込んでいく。
二回目の往路。少しゆるくなった私のまんこだけど、快感は何一つ変らないまま。

「キス…キスしてモゲロくん…!」
上の口でもモゲロくんと繋がりたいと口づけをねだる私。
すると彼は顔を近づけて舌を伸ばしてきた。
「んっ…ちゅ……ぷ…ぁ」
私も舌を伸ばしてそれに絡める。
そして下を向いているモゲロくんの口から唾液が零れて私の口に。

あ、おいしい……。
他人の生暖かい唾液なのに、私には砂漠で飲む水のように感じられた。

私の中と外を往復する彼のちんぽ。その動きは徐々に加速していく。
硬度もより上がり、血流が増えたのかちんぽの血管が少し太く盛り上がる。
……もうすぐ出すんだね。
まずそんなことはないと思うけど一応彼に言っておく。

「モゲロくんっ…! 出すときは私のまんこに出しちゃっていいからね…!
 遠慮しないで、きみの精液を……っ!」 
モゲロくんは頷くとグッと腰を押し付けた。
その瞬間。

「あっ、出てるっ! モゲロくんのがっ…!」
膣の奥深くに注ぎこまれたモゲロくんの精液。
それは子宮の中まで侵入し、その粘性で壁にベチャベチャと張り付く。
「すごく…熱くて、気持ちいいよっ……! もっと、出してっ!」
モゲロくんの射精はまだ止まらない。
子宮の中の精液が後から来た分に押されてもっと奥まで入って行く。
私の体はどれだけ敏感になったのか、押し込まれた精子の動きまで感じとれた。
「あっ、あっ…モゲロくんの精子、泳いでるっ……!」
小さなモゲロくんが私の最奥まで入ってきた。
「くぅっ…突っついてる…! きみの精子が私の卵子ツンツンしてるよ……っ!」
小さいモゲロくんは寂しがり屋なのか、私といつでも繋がっていたいらしい。
早く入りたいって壁をドンドン叩いてくる。
「ま…混ざる……っ。わたしたちの遺伝子…混ざっちゃうっ……!」
いらっしゃいモゲロくん。私とグッチャグチャに混ざって一つになろうね。
もう絶対離れないから―――。

突き刺さるような快感が腹の奥で生まれて、体がブルリと震えた。
「あっ…受精、しちゃった……」
初めてのセックスでいきなり妊娠とか色々アレだけど、彼と完全に一つになれたという喜びはすごかった。
そんな感じで私が幸福感に浸っていたら、射精を終えたモゲロくんが私の上に倒れこむ。

「あ…モゲロくん大丈夫?」
彼は重くてゴメンと言って横に退こうとしたけど、よっぽど疲れたのか体が上手く動かないようだ。
「別に重くなんてないよ。あんなに出したから、疲れちゃったんだねきっと。
 …それで、どうだった私の体? 気持ち良かったかな?」
答えなんて分かり切っている。ただ彼の口から聞きたいだけだ。
そして私の望むとおりの答えをモゲロくんは返してくれた。

「私はまだまだ元気だけど、もっとしたい?」
その言葉にはモゲロくんは難しい顔をした。
多分したいことはしたいけど、体がついていかないと考えているんだろう。
「こんどは私が上になるよ。モゲロくんは寝たままでいいからさ。どう?」
彼はちょっと考えて、頼むと言った。

よーし、私頑張っちゃうぞー。
上にのったままのモゲロくんを仰向けに転がす。そして私は起き上がって彼にまたがる。
モゲロくんのちんぽは射精した後、少しふにゃってたけどもう硬く勃起している。
そして入れようと指で穴を広げたら、前に出した精液がこぼれた。

「さっき出してくれたの、こぼれちゃった…。また、ちょうだい……」
そして腰を落とそうとした瞬間、横からの衝撃を受けて私は吹っ飛んだ。

ベッドを落ちて床をごろごろ。
ガン! と本棚に当たってやっと止まる。

アイタタ……こんな事する奴は―――。

「モゲヨ! なんで来るの!?」
窓からドロップキックでもかましたのか、モゲヨも床に倒れていた。
「なんでもなにもないわよ。あたしはモゲロくんの恋人なんだから帰ってきて当然でしょ」
はぁ? なに言ってんだコイツ?
「あんたはさっき負けたでしょ! モゲロくんは諦めなさいよ! ほら、さっさとモゲロくんの前で敗北宣言して!」
「はあ!? なんでわざわざそんなことしないといけないのよ! っていうか、とっくに奪っておいて諦めろとか意味分かんないわよ!?」
ん? なんか噛み合わないような……?

「……一応聞いとく。あんたはさっきの戦いの意味わかってた?」
「モゲロくんの初めてを賭けた戦いでしょ。戻ってきたらとっくに終わってて二回戦突入とかふざけないでよ!」
あー……なんて勘違い。

私はさっきの戦いをモゲロくんの恋人の座をかけた戦いだと思っていた。
負けた方はモゲロくんを諦めて去っていくものだと。

でもこの女にはモゲロくんから離れるなんて考えはハナっから無かった。
負けたらモゲロくんの初めてを奪われるという程度の認識だったのだ。

さっきの私の苦労はいったい……。
いまさら誤解を解いてもモゲヨは私が勝ったなんて認めないだろうし。

「モゲロくんはどうしたらいいと思う…?」
モゲロくんはいかにしてこの状況になったのか、ほとんど理解していないだろう。
でも私は彼の意見を聞いてみたかった。

―――自分がモゲヨさんとすれば1:1で公平になるよ。

聞かなきゃよかった。


あの後、カウント数を争うように私とモゲヨが交互にモゲロくんとヤってもう夜明け。
ちょうどイーブンになったところでモゲロくんは精根尽きて眠ってしまった。
モゲヨに勝てなかったのはしゃくだけどしょうがない。家に帰ろうか。

ガチャガチャとカギを開けて家に入る。
するとちょうど起きた所の父さんがやってきた。
「おい、おまえ朝帰りなんて―――」

トンボを捕まえるように指を突き出しグルグル。
「朝帰りなんて驚くような事じゃないでしょ、父さん」
魔法なんて上等なものじゃないけど、念じて魔力を放出すれば誤魔化すことぐらいはできる。

自分の部屋へ辿り着くと机の上に手紙が置かれているのを発見した。
差出人はリリちゃん。
内容は日曜日にいつもの公園に来て欲しい。
そうすれば迎えにいくからある程度身辺整理しておくように、とのこと。

生まれてからずっと育ってきたこの世界とお別れするのは結構寂しい。
けど、二度と帰ってこれないわけじゃないし、モゲロくんも一緒に来てくれるんだから約束は守らないと。


そして日曜日。早朝といっていい時間。
私は消耗品でない物を少しばかり詰めたバッグを背負って例の公園にいた。
もちろんモゲロくんも一緒にいる。
彼はいまいち踏ん切りが付いていないようだけど、もう私と離れることはできないからね。
そしてお邪魔虫が一匹。

「はー、あんたがいなけりゃいいのに」
「同意ね。あたしもあなたがいなければ良かったと思ってしょうがないわ」
まあ、モゲヨも魔物娘になった以上、契約に従って異世界へ行かないといけないのだろう。
それにモゲロくんは彼女とも離れることができない。
もしモゲヨ抜きの二人で行こうなんて言ったら絶対彼は来てくれない。

そんなことを考えていたらリリちゃんが現れた。
「おねーちゃんたち、おはよー」

「「おはよう、リリちゃん」」

リリちゃんに挨拶をした次の瞬間、えっ? と私たちは顔を見合わせた。

「「リリちゃんを知ってるの?」」

またハモった。

えーと、ちょっとまて。
どういうことだこれは。

「……ちょっと訊きたいんだけど、あんたを魔物娘にしたのってリリちゃんじゃないよね?」
あんなに親身に話を聞いてくれたリリちゃんが私の敵に手を貸すとは思えない。
モゲヨを魔物娘にしたのはリリちゃん以外の誰かのはず……。

「そうよ。色々あって私が困ってたら、リリちゃんが現れて私をヴァンパイアにしてくれたの」
「そ、そう…。それであんたが魔物娘になったのは木曜と金曜の間…だよね?」
もちろんとモゲヨが肯く。

私はツカツカとリリちゃんに詰め寄り文句を叩きつけた。
「リリちゃん! どういうことなの!? なんでモゲヨなんかに手を貸したの!?」
かなりの剣幕で言った私だがリリちゃんはどこ吹く風といった顔。
「なんでっていわれても、モゲヨおねーちゃんも結構才能あったから勧誘したんだよ。ただそれだけ」
リリちゃんは何か問題? というように首をかしげた。
「だってリリちゃん知ってたでしょ!? モゲヨは私の敵だって!」
そこまで言ったところでリリちゃんは納得がいったようにポンと手を打った。
「なんだ、モグネおねーちゃん勘違いしてたんだ」
勘違い? いったい何を勘違いしていたっていうの!?
「わたしは別にモグネおねーちゃんの味方じゃないよ? 契約してくれる人なら誰だって力を貸すんだから」
笑顔で告げられた冷たい言葉。

たしかに…たしかに理屈だとそうだけど……。私はとても仲良くなったと思ってたのに……。
リリちゃんの言葉に打ちのめされ私は泣きたくなった。

が、そこにすかさずフォローの言葉が入る。
「でも友達だとは思ってるよ。だから傷付けたならごめんなさい」
ペコリと頭を下げるリリちゃん。

考えてみれば、彼女は世界を救うという重要な仕事でこの世界に来ているんだった。
友人が不利になるからといって、契約できそうな相手を見過ごすなんてできるはずない。

「…ううん、私こそごめんね。リリちゃんはお仕事しただけなんだから悪いはずないよ」
大人げなかったなあと自省し、私は落ち着きを取り戻した。

「よくわからないけど…あなた達知り合いだったの?」
話についていけてないモゲヨがおずおずと口にする。
「うん、最近知り合ったお友達なんだよモゲヨおねーちゃん。
 まあ、細かい話は後でモグネおねーちゃんに聞いてみて。
 そろそろ行かないといけないから、みんなわたしの近くに寄って寄って」

リリちゃんを中心として囲むように三人で立つ。
リリちゃんが目を閉じてブツブツ呪文を唱えると、地面に魔法陣が表われてぼうっと光を放つ。
いかにも魔法らしい魔法を目にして、私は本当に異世界に行くんだなと感慨を抱いた。
そして今までの人生で一番長い日だった金曜日のことを思い出す。

あの日は本当にすごかったなー。
倒れて泣いて人間やめて、モゲロくんと結ばれて―――。

そこでふと気付いた。
私が魔物娘になったのは、モゲヨがモゲロくんに告白したからだ。
もしモゲヨが告白しなかったら、私はリリちゃんと一週間だべっただけで別れていただろう。
そしてモゲヨが告白する気になったのは魔物娘になったから。
そのモゲヨを魔物娘に変えたのはリリちゃんで、彼女は私のことを何としても契約させたいと言っていた……。

―――もしかして、ハメられた?

考えたくない可能性に思い至り、私はリリちゃんをジーッと見る。
するとリリちゃんはまるで私の思考を見透かしたかのようにニヤリッと笑ってみせた。

え、ちょっ、なにその笑顔ー!
12/07/12 17:17更新 / 古い目覚まし
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