連載小説
[TOP][目次]
現実→希望
到着した救急車に乗り、ぴくりとも動かない望に救急隊員が色々な管やらマスクやらを取り付けてるのを、ただ見ているしか出来なかった。病院に到着すると担架に乗せられた望は良く分からない「部屋」へ運び込まれ、看護婦から望の両親へ連絡をするから連絡先を教えてほしいと言われた。
外はすっかり暗くなっており、自分の両親も心配しているかもしれないなと思い、自宅へと連絡を入れる。

『もしもし、母さん?望が階段から落ちて、病院に居る。だから、俺も帰るのは遅くなるかもしれない。落ち着いたらまた電話するよ』
それだけ言って電話を切る。電話の向こうで何やら声が聞こえたが、今はそれに答える余裕はなかった。
『誠司くん!』
突然、自分に対してかけられた声にびくっと反応する。
望の母親だ。


『おばさん・・・』


『望が階段を踏み外して、病院に運び込まれたって連絡があったんだが・・・』
次いで父親が困惑した表情で尋ねる。
『そ、それは・・・』

『早川 望さんのご両親ですか?』
廊下の奥から来た看護婦が望の両親にそう確認する。
『はい。早川 望は私たちの息子です』
『では、こちらへ』
『・・・誠司君、詳しい話はまた今度聞かせてくれ。今日はもう、夜も遅い。君のご両親も心配しているだろうから帰りなさい』
それだけ言うと、望の両親は看護婦に連れられて廊下の闇へと消えていった。



看護婦に連れられて着いた先にはとても病院関係者とは思えない真っ赤な髪をした若い女性がカルテとCT画像を交互に睨みながら何か考え事をしていた。
『早川 望さんのご両親ですか?私は鬼怒川といいます。この病院で外科を担当しています。』
そういわれ差し出された右手を握り返すと、どうぞと席に着くよう促された。
『先生、息子は、どういう状態なんでしょうか。。。』
答えを聞きたいような聞きたくないような。杞憂であってほしい。
「全治1ヶ月の骨折です。運動もいいですが、怪我には気をつけるよう、ご両親からもしっかり釘をさしてくださいね」そんな言葉を期待する。



『階段から落ちた際に頭を強く打ったようで、意識が回復しません。』



しかし、現実は非情にも突きつけられた。
『そ、それは・・・』
『打撲と軽度な骨折、幸いにも内臓にダメージはないようですが。・・・頭部と脊椎。意識が戻っても、日常生活に何らかの影響が出ることは覚悟してください』
目の前が真っ暗になるというのはこういうことだろう。妻は私の手を握り、縋り付く様に泣いている。
『・・・・・・・。』
長い、本当に永い沈黙。何か手はないか考える。自分は医学の知識はないが、それでも何か手はないか。無い訳がない。自分の息子がこんな状態で「はいそうですか」と納得できる訳が無い。



『回復の見込みがないわけではありません』



『え・・・』
今、何と言った?回復の見込み?それは意識の回復の事を言っているのか、肉体の事を言っているのか。勿論、息子の命が助かるのであれば他には何も望まない。例え日常生活が不便になったとしても、それを支えるのが親だ。あの子の親は私たちだ。

『・・・先生、息子を助けてやってください。この通りです、お願いします・・・。』
泣く妻と頭を下げる。
『分かりました。患者の命を救うために、我々医者がいるのですから。では、今後の事を説明します』



どれくらい時間が過ぎただろう。病院の廊下にあるソファーに腰掛けて待つ。

『それでは、失礼します』

望の両親が医者との話を済ませ、出てきた。
『誠司君?帰らなかったのか?』
廊下に居た俺に気づいた望の父親が声をかけてきた。

『すんません!!!俺のせいです!!!あの時俺が、望の手を掴んでいれば!!!』

一息で捲くし立て息が上がる。ここが病院である事も忘れ、大声を上げ、そして、頭を下げる。
『・・・詳しく話を聞かせてくれるかい?』

俺は望の両親に一部始終を偽ることなく伝えた。いつも通り授業のあと、部活に行った事。部活の帰り道に今日の部活に対して他愛も無い愚痴を零しながら歩いた事。先を歩く望が俺の方を向きながら、いつものように冗談を言い合った事。その直後に遊歩道の階段から足を踏み外した事。


そして、俺に伸ばされた望の手を俺は掴むことが出来なかった事。
『だから、俺のせいなんです・・・。あの時、もっと・・・』

『それは違うさ。』
それまで黙って聞いていた望の父親が零す。
『そうね。確かにその時、誠司くんの手が届いていれば事故は起きなかったかもしれない。でも、いつか同じようなことが起きたと思うの』
続けて母親も少し笑いながら続ける。その目元は涙で赤くなっていた。
『あの子、どれだけ言っても注意散漫というか。体は小さいくせに勢いだけはあるでしょ?「とり合えずやっちゃえ!」みたいな』
『・・・・・・・・・・。』
『そもそも、後ろを向きながら歩いたあの子に一番の原因があるわけだし。・・・だからね。あの子が起きたら、誠司くんもしっかり怒ってあげて。ね?』
『え・・・・』
『治療法ががないわけではないらしい。。。魔力治療をしたら回復する見込みはあると言われた』
『魔力治療?』
聞いたことの無い言葉だった。
『魔力を注ぐ事でインキュバス化して、体の回復力高めたり、肉体そのもの頑丈にするらしい。しかし、人間ではなくなる』

助かる。望が!

『迷う事なんてないでしょう!望が助かるなら!それであいつが人間じゃなくなったとしても、俺とアイツの周りに差別するやつなんていないです。いたとしても、俺だけはこれからもあいつの親友ですから』
下を俯いていた望の両親に訴える。望が助かるなら、いつもみたいに話をして、一緒に居られるなら人間から魔物になろうが大した問題には思えなかった。



・・・この時は。



『そうか。ありがとう。・・・・・・ちなみに、息子に彼女がいるか知っているかい?』
沈黙を破ったのは感謝の言葉と、このシリアスな状況に似つかわしくない言葉だった。
『・・・・・・は?(え?なに?なんていった?カノジョ?)』
『あ、いや、医者に言われたんだ。男性に魔力を注いだ場合、基本的にはインキュバスになるらしいが、ごく稀にサキュバスの一種、つまり女性になってしまうケースがあると』
『はぁ・・・』
男が女に?確かに望は男にしては背も低いし、顔もどちらかというと中性的だ。本人曰く声変わりしたらしい声も、ずっと一緒に居る俺からすると小学生の時から変わっていない気がする。
だから女になるのか?単なる確立の問題なのか?俺の知識では判断できなかった。

『要因としては同姓、息子の場合「男」に対しての恋愛感情のようなものが関係しているらしい』

男に対しての恋愛感情・・・?

『いや、俺の知る限り、望が男を好きってのはないと思います。そんな話もそぶりも見たことないですし・・・』
『そうか・・・。彼女はどうだろうか』
『彼女はいない・・・と思います。そんな話も聞いてないです』
『・・・・・・・・・。』

望の父親は考え込んでいるようだった。
『でも!今日、魔物娘をみて『いいなー』って言ってたんで男に対して恋愛感情はないと思います。今まで、ずっと一緒にいた俺にもそんな相談してきたことないですし!』
『そうか!・・・そうだな。いや、あの子の命が助かるなら性別が変わるくらいで我がまま言うつもりはないが、やはり少しな。。。』


「ガチャ」


『決まりましたか?』
望の両親が出てきた部屋のドアが開き、中から一人の女性が出てくる。


『(赤い・・・髪?本当に医者か?)』

『先生・・・。誠司君、こちらは望の主治医を担当される鬼怒川先生。』
『鬼怒川です。君が、望君の付き添いで来た子かい?』
髪と同じ赤い目をしたその人が俺を見る。
『はい、神山・・・誠司と言います』
『神山君・・・君は彼の友人かい?』
『はい。保育園から高校まで、いや、これからもアイツの親友です』
『・・・そうか。』
じっと見られていると居心地が悪い。失礼な話だが、血の色をした髪と目が、不吉な印象を思わせた。


『先生、私たちの息子に魔力治療をしてください』
望の父親が真剣な顔でそう告げる。

『いいのですね?・・・では、こちらへ』
最後の確認を取った主治医の鬼怒川は、こちらも真剣な顔で答える。
鬼怒川に促されるまま、望の両親は再び部屋の中へと戻っていった。

それを見送りながら、俺は頭を下げ続けた。
14/04/29 20:18更新 / みな犬
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33