連載小説
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日常→転落
時刻は午後6時を過ぎた頃。とある学校のとある教室では、教師と思われる男が目の前の生徒達に声をかけていた。

『それじゃ、HR終わり。さっさと帰って勉強しろよー。』
その言葉を合図に教室中から息を吐く音が聞こえる。「疲れた」だの、「課題多すぎる」だの学生らしい不満である。

『ふいー、終わったー』
そんな中、他の生徒と同様に伸びをして大きく息を吐く生徒。
短めの黒髪に第一ボタンまで留めた学ランを着用している。
眼鏡を外し、目頭を押さえているところを見ると、しっかり授業を受けていたようだ。
しかし、座っている椅子や机が不釣合いに小さく見えるほど身長が高い。
学ランのネームプレートには「1年 神山 誠司」と記されていた。

『せーいじ!部活いこー!』

そんな彼に声を掛けたのは、目の前の席に座っていた一人の生徒。
『ああ、分かってる。にしても望、お前はいつも大きいな・・・声だけは。』
頭を撫でながら誠司は相手を見る。
こちらの生徒は誠司とは対照的に背が低い。高校に進級した同級生の中でも埋もれてしまうくらいの身長。
クラスの席替えでも「お前は背が低いから後ろの席じゃ黒板の字が見えないだろ」と教師に言われてしまい、真ん中より前の席である。
『声だけは余計です。誠司なんかすぐに追い抜いて上から見下ろしてやるからね!』
そういって「ふんっ」とそっぽを向いた生徒のネームプレートには、「1年 早川 望」と記されている。

『お前らはいつ見てもイチャイチャしやがって』
『結婚式には呼んでくれよ』
『子供をたくさん生んで少子化に歯止めをかけてくれ』
そんな誠司と望を見て、周りの生徒は茶化してくる。正に言いたい放題である。
『お前らアホか。さてアホは放っといて部活行くぞ、望。』
『ちょ、ちょっと待ってよ!誠司!』
二人が出て行った教室からは『お幸せにー!』という声がしたあと、大きな笑いに包まれていた。

『なんで俺だけ背が伸びないんだろ?誠司なんて小学校の時からずっと背が高いくせに』
『高校に入ったばっかりなんだから、お前も俺もまだ成長期だろ?これから伸びるって』
『誠司は伸びなくていい。むしろ少しくらい小さくなった方が俺のためだよ?』
『アホか』
くだらない会話しながら廊下を歩いていた二人は下駄箱に着くと、スリッパから革靴に履き替えて、二人の所属するバスケ部の部室へ向かう。
その途中にあるテニスコートの前を通りかかった時、望の足が止まった。

『ん?どうした?』
そんな望を不思議に思った誠司が声を掛ける。
『あれ、2年の白川さんだ』
望は一人の女子生徒を見つめながら答えた。
『んー・・・ああ、そうだな』
眼鏡を外しているからか、遠くのものがあまり見えない誠司は目を細める。
『・・・きれいだよね?』
『一般的にはそうかもな』
『背だって高いし、綺麗だし、胸だって』
『まーなー。魔物娘だしな』
そう、先ほどから二人の話題の中心にいる白川という女子生徒は魔物娘である。
『・・・いいな』
『・・・?(あんなのがいいのか?)』
誠司は思った。
望は白川に恋をしているのだと。だから、あんなに熱の篭った視線を送っているのだろう。
だが、ミニスカートのようなユニフォームで練習している女子テニス部を見つめるなど、あまり印象のいいものではない。他の生徒から在らぬ誤解を受ける前にこの場を去るためには、恋に恋している友人をどうにかしなくてはいけない。どうしたものかと思案していると、学ランの袖を引っ張られてそちらを見る。
『誠司、部活遅れるよ?』
『・・・誰のせいだと?』
『俺のせい?』
『違うのか?』
『誠司がいやらしい目で見てからでしょ?』
『んな訳ないだろ』
『どうだか?』
『そもそも俺はもっと慎ましやかなのが好みだ。背だって高くなくていいし、顔も幼さの残る可愛い感じがいいし、胸だって大きい必要はない』
『うわー・・・誠司って変態だったんだ。そういうのを世間一般では「ロリコン」って言うんだよ?』
『ひどい言われようだな。。。まぁ、いい。続きは部活の後だ、走るぞ!』
『おっけ!』
入部したばかりの1年生が部活に遅刻するわけにも行かないので、二人は急いで部室へ向かう。


その後、いつものように2時間ほど部活で汗を流し、二人は他の生徒と同様に帰路に着く。
誠司と望は高校から徒歩で20分ほどの距離にある自宅へ向かっていた。
二人の暮らしている自宅同士は歩いて5分ほどの近所にあり、登下校は殆ど一緒だったからだ。
『今日も疲れたー』
『1年の俺らは体力作りがメインだからな』
『それにしても、毎日筋トレしてるのに、未だに腹筋割れないっておかしくない?』
『体質だろ?俺なんか盛り盛りついてるし』
『身長だけじゃなくて、筋肉まで奪うつもり?』
『いや、身長も筋肉も俺のだからな』
『返せ!俺の身長と筋肉を返せ!』
『無茶言うな・・・』

「うー」と唸りながら誠司を睨みつける望。
『前向いて歩かないと危ないぞ』
『子ども扱いすんな!』
『いや、ここ歩道橋だから』
『ふんっ!』
しかし、そう言って前を向いた時にはすでに遅く、望は階段から足を踏み外した。
一瞬、世界がスローモーションになり、望の驚いた顔も自分に伸ばされた手もゆっくりゆっくり視界から消えていく。
誠司は手を伸ばして望の手を掴もうとするが、先を歩いていた望との距離は思った以上に開いており、無常にも届くことはなかった。
形容したくない、耳を塞ぎたくなる音を立てながら階段を転がり落ちる望。
急いで駆け寄り、階段の途中にある踊り場でぐったりしている望を抱き起こして声を掛けるが反応はない。
幸いにも他の通行人が救急車を呼んでくれたが、誠司はその間ずっと望に声をかけ続けていた。



頭に浮かんだのは「死」の一文字。
13/12/16 00:21更新 / みな犬
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