少年VSキャンサー
少年のアルフレッドが、キャンサーに抱きしめられて、全身を撫でまわされていた。キャンサーは下半身が蟹、上半身が人間の魔物だ。蟹の下半身から出た泡がアルフレッドの全身をつつみ、わしゃわしゃと音を立てている。
「お姉ちゃん……」
「気持ちいい?」
「うん……」
傍目には、年の離れた姉弟のように見える。しかし、キャンサーの下半身は蟹で、アルフレッドは人間の子供だ。
アルフレッドが、キャンサーの乳首に吸い付いた。キャンサーは吃驚する。
「ひゃっ♥」
「ん、ちゅっ」
「……もう、よしよし」
キャンサーは、母性溢れる微笑みを湛えて、アルフレッドの頭を撫でた。アルフレッドは、赤子のように乳首に吸い付いている。
「もっといっぱい、甘えていいからね」
「……うん」
「よしよし、なでなで」
少し前までのアルフレッドとは、似ても似つかない。
キャンサーと出会って、アルフレッドは変ってしまった。悪い言い方をすれば腑抜け、良い言い方をすれば可愛らしくなった。
そのきっかけは、ほんの十日前のこと……
1章 VS人間
――真夏の太陽が、海岸に照りつけている。
年端もいかぬ少年が一人、海岸沿いを歩いていた。仲間はいない。
しかし彼が迷子ではないことは、その鋭い目つきから明らかだった。
名前はアルフレッド。三歳のころから厳しい訓練を受け、戦いの術を身に着けている。背中に、少年の小さな身体には不釣り合いな巨大な剣を背負っていた。しかし鎧は纏っておらず、布の服を着ている。
素早く動くための軽装だ。先手必勝、こちらが傷つく前に敵に白旗を上げさせる。それがアルフレッドの戦い方だった。その戦闘スタイルの所為だろうか、ただ海岸を歩いているだけなのに、アルフレッドの五感は気配を感じ取るべく研ぎ澄まされている。
もっとも、命を摘んだ経験は一度もないが。それもアルフレッドの戦い方だった。あっても精々、必要に迫られて腕や足を二、三本へし折ったくらいだ。
(……海か)
アルフレッドは青い海を見渡して感慨にふけった。日の光を反射してキラキラ宝石みたいに光っている海には、どんなものにも代えがたい神秘的な静けさがあった。ざざ、ざざ、と波が寄せて返すのは、ずっと見ていて飽きない。心が穏やかになる。
アルフレッドの一番の楽しみは、世界を旅していろんな景色を見ることだった。珍しい植物が群生する森、広大な砂漠、神聖な鍾乳洞。他にもいろいろな景色を楽しんだ。だが生まれてからずっと内陸ばかり旅していたので、三日前にこの海岸沿いに出てきたとき、初めて海を見た。
アルフレッドは基本的に、ひとところに留まることを嫌った。例え行先で知り合いが出来て別れが惜しくとも、それを上回って旅を続けてたくさんのものを見たかった。
(でも、この海なら……)
特別な何かを感じた。アルフレッドは海が好きになった。自分が探し求めていた景色はここだったのかもしれない、と思いかけていた。目いっぱい磯の空気を吸った。この塩辛い匂いも好きだった。
(しかし……いい加減、鬱陶しい)
アルフレッドは唐突に、背中の大剣に手をかけた。そして――砂浜を蹴って軽やかな足取りで斜め後ろに踵を返した。素早く、且つ気配を絶って走る。まるで風のようだった。数十キロある大剣の重さをものともしていない。
アルフレッドは、岩場の上でピタッと止まった。
「三秒待つ」
短く告げた。すると、大きく飛び出た岩の後ろから二人の人間が歩いて出てきた。
三十歳くらいの男が一人と、二十歳くらいの女が一人。二人とも鎧を着ていたが、その鎧には奇妙な亀裂が入っていた。――まるで、刃物で紙を切り裂いたような綺麗な亀裂。アルフレッドは不思議に思った。おそらく鉄製であろう、あの鎧にあれだけ綺麗な切り込みをいれることは、この世のどんな名剣にも不可能なはずだ。
「俺をつけてたな。理由を言え」
アルフレッドはまだ声変りをしていないが、その言葉には二人を圧倒するのに充分な凄味があった。女が両手を上げながら前に出てきて、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った。
「敵にやられて、荷物を全部奪われた。着ているもの以外、地図も食べ物も何もない。オマケに鎧もこのザマだ。そんな時に君が丁度近くを通りがかったから、助けてもらいたくて」
「だったら最初からそう言えばいい。つける必要はない」
「……それはほら、わたしたちみたいないい年した大人が、君みたいな子供に頼るのもどうかなって、渋っちゃって。でもちょうどいま話しかけようとしたところだったんだ。ねえ、こんなこと言うのもなんだけど、何か食べるもの持ってないかな?」
嘘だ、とアルフレッドは見抜いた。気配で分かる。
「ここへは何をしに来た?」
「え?」
「何の目的でこの海岸に来た、と訊いている」
「……あ、ああ。そういうことか」女はきまり悪そうにほっぺをひっかく。「実は、教団の依頼である魔物を討伐しに来たんだ」
「それで返り討ちにあったのか」
「……そういうこと。まったく、酷い目にあったよ。でも次こそ確実にしとめる」
何を馬鹿なことを、とアルフレッドは思った。お前らみたいな貧弱な人間が二人集まったところで、魔物に勝てるわけがない。
そもそも、教団の言いなりになって魔物を討伐しようとしているのがすでに間抜けだった。いろんなところを旅して周っているアルフレッドは知っている。こちらから攻撃しない限り、魔物は人間に危害は加えない。それどころかこちらが攻撃しても反撃してくるのは稀だ。別に邪悪な存在でもない。少なくともこの二人よりは。
女の傍に控えていた男が、頼んでもいないのに魔物の説明を始めた。
「スゲー強いって噂だったけど、本当に強かった。ありゃダメだ。こいつは次こそしとめるなんて言ってるが俺ぁもうごめんだね。鎧はダメになっちまったけど、身体を真っ二つにされなかっただけ運が良かったよ」
「その腹いせに、ガキをいたぶって楽しもうって魂胆か」
「あ?」男はアルフレッドを睨み付ける。しかし、アルフレッドは少しもひるまなかった。
「いや、夜まで待って寝てる隙に身ぐるみ剥ぐつもりか。どっちにしても、魔物の討伐に失敗した分の埋め合わせを俺でするつもりだったんだな」
アルフレッドは一歩踏み出し、目にもとまらぬ速さで女の懐に飛び込んだ。次の瞬間、アルフレッドの右足のブーツが女の左手を蹴り上げ、銀色に光る何かが真上に飛んだ。
それはナイフだった。男が喋っている隙に、女が手の中にナイフを忍ばせていたことを、アルフレッドは見抜いていた。
「お前ら二人殺すくらいわけない」
アルフレッドは背中の大剣を右上から斜めに抜いた。びゅん、と轟音を伴って大剣が風を切り裂く。刃が男の首筋に添えられている。アルフレッドの細腕に詰まっている強靭で繊細な筋肉は、大剣を精密に操っていた。
さっき蹴り上げた、落下するナイフを少年は器用に左手で掴み、その切先を女の喉元に突きつけた。
「両手を頭の後ろに回して二十歩後ろに下がれ。今すぐにだ」
二人とも言う通りにした。恐怖に顔が引き攣っている。反撃する様子はなさそうだった。
アルフレッドはひとまず安心し、ナイフを捨てて腰からさげた皮袋に手をいれた。
そこから銀貨を一掴みし、足元に置いた。
「これで鎧を新調しろ。ただし、教会の依頼は断って二度とこの海岸には近寄るな。破れば見つけ次第、殺す。いいな?」
二人とも何も言わず、肯いた。もう喋る気力も残っていないようだった。
例え本当に殺す気はなくとも、殺意で敵の戦意を削ぐのは便利な戦術だ。何度使ったか分からない、アルフレッドの十八番だった。
(これで追い払えるなら、安い物だ)
アルフレッドは強いので、定住せず放浪していても収入のあてが十分あり、また戦うことと景色を楽しむこと以外に興味がなく浪費をしなかったので、お金に不自由したことはなかった。虚勢ではなく、銀貨くらいどうでもよかった。
それよりもとにかく、あの下賤な男女をこの海岸から永遠に遠ざけたかった。
(海と同じくらい面白いものが、ここにある……)
アルフレッドは、二人の鎧を綺麗に切り裂いた魔物に興味を掻き立てられていた。
(戦ってみたい)
強く、精神的にも熟達した魔物であると、アルフレッドは推測した。二人の鎧を切り裂いて追い払い、ゲスの身体には傷一つつけていない。
パワーとテクニックを兼ね備えた戦闘能力と、おそらく何らかの刃を扱っているであろう戦闘スタイルと、無駄に弱者を傷つけない精神性に、アルフレッドは自分と近しい何かを感じていた。
アルフレッドは、殺すのは嫌いだが戦うのだ大好きだった。期待に胸を膨らませて、また海岸を歩いていく……
2章 VSキャンサー1
アルフレッドは、男女を追い払ってからかれこれ五時間は歩き通しだった。気温は下がり、涼しい風が肌を撫でる。太陽が沈みかけ、海から半分覗いている。
水平線の夕焼けは、アルフレッドの胸に郷愁を呼び起こした。
アルフレッドは戦闘を重んずる村の出身だった。何に置いても強さが大切。その他のどんな技術も、強さの前に屈服しなければならない。
そんな村の天才として生まれた彼は将来を期待され、たくさんの愛情を注いでもらった。すなわち、たくさん訓練させられた。それだけでなく、良きライバル、召使い、許嫁までもいて、何不自由なかった。
しかし、強さだけを最上のものとしてアルフレッドに教え込んだことが逆に仇になった。村の誰もアルフレッドに敵わなくなると、当然のようにアルフレッドは村を出て行った。こんなところにもう用はない、と。
(でも今になって思えば、それだけじゃなかったかもしれない……)
アルフレッドは空しかったのだ。強さだけを追い求めると、その他のどんな友人も、家族も、許嫁も、ライバルも、無価値に貶められた。
知らず知らず、アルフレッドは人嫌いになっていた。
だから景色が見たかった。アルフレッドは細かいことをごちゃごちゃ考えるのが大嫌いだ。そうでなく、雄大な自然に身を浸して頭を真っ白にしたい。
それと……戦いたい。余計なことは考えず、本能のままに険を振るいたい。
その二つだけだ。
(……何かいる)
思い出に浸っていたせいで、気配に気が付けなかった。
軽く姿勢を落として、周囲を見渡す。前よりずっと岩肌が減り、見渡す限り海と砂浜が広がっている。
たった一つだけ、巨大は岩場があった。尖ったてっぺんが、天に向けてそびえている。
(隠れられるとしたら、あそこだけ……)
岩場に近づくにつれ、気配が濃くなった。殺気は感じない。ただ、強大な何かが自然に発するオーラのようなものが、アルフレッドの身を引き締めた。
アルフレッドは、巨大な岩場にたどり着いた。てっぺんを見上げると首が痛くなるほど大きい。濃密な気配の元をたどる。海の方から回ると、岩場に洞窟みたいなくぼみがあって、気配のもとはどうやらそこにいるらしかった。
アルフレッドは剣に手をかけ、しかし離した。向こうに敵意がないなら、こちらもそうすべきだ。
(どんなやつだろう……)
刃を扱うことは確かだ、とアルフレッドは推測した。鎧を綺麗に切り裂いていたからだ。そして魔物。……ヴァルキリーのような神族かもしれないと、アルフレッドは思ったが、まさか、そんなやつが海辺にいる理由が分からないし、教団が討伐命令を出すはずがない、とも思った。
しかし、そういった理屈を押しつぶしてそう思いたくなるほど、アルフレッドは強大な気配を感じていた。
一歩、一歩、とアルフレッドは気配の元に近づく。ぴちゃり、ぴちゃりと波打ち際で水が跳ねた。
岩場のくぼみの中を、アルフレッドはそっと覗きこむ。いる。影が見えた。臆せず進むと――
蟹がいた。
(か、蟹……?)
アルフレッドは拍子抜けした。
蟹の下半身に、女の上半身が生えている。
美しい女だった。透き通る羽衣のような、桃色の服を着ており、やけに袖が長く手が見えない。剣を握っているとかそれ以前の問題だった。下半身はどう見てもただの蟹で、普通のものよりサイズは大きくともそれはやはり、徹頭徹尾蟹だった。
戦闘向きの魔物ではない。
彼女の表情が、アルフレッドのその判断に拍車をかけた。どことなくぼーっとしている。黄色い瞳でこちらを見ているが、まるで子供が蟻の巣でも観察するように、邪気も警戒もない。あるのは好奇心だけ。
しかし、ここまで来た手前引き返せず、アルフレッドは魔物に歩み寄った。くぼみの中は涼しく、空気も清浄に感じられた。
「俺の名前はアルフレッド。君にひとつ質問したいんだけどいい?」
魔物は一回こくっと首をかしげてから、間延びした声で答えた。
「わたしの名前は、ラヴィ」
「そうか。ラヴィ、一つ質問したいんだけど、ちょっと前に二人組の男女がここに来なかった? 鎧を来た二人組」
「……ん」
ラヴィの巨大な蟹のハサミが、岩陰から何かをつまんでこちらに放り投げた。皮袋だ。口が開いていて、中には、水でふやけた地図や食料が入っている。
アルフレッドの視界に、鉄の破片のようなものが見えた。ラヴィの足元にある。
鎧の欠片だ。
(まさかな……)
この子がやったなんて想像することも難しかった。しかし、ラヴィは途切れ途切れに話し始めた。
「二人とも、逃げた。君は荷物を、取り返しに来た? なら、持っていって、いい」
感情の起伏に乏しい印象を、アルフレッドは受けた。面倒がなくて良い。
アルフレッドは荷物には目もくれず、ラヴィに近寄った。
「折り入ってお願いがある。俺と、戦ってくれないか?」
「……?」ラヴィは首をかしげた。
「ラヴィは強いんだよね。だからちょっと、興味がある」
「……いや、戦いたくない」
ラヴィは首を横に振った。アルフレッドは諦めかけ、しかし五時間も探し続けていたので、もうちょっと粘って見ることに決めた。
「殺し合いをしようってことじゃない。痛めつけたりもしない。少し手合わせしてくれればいい」
「……痛くしない?」
「痛いことはしない。約束する。破ったら俺の命を差し出しても良い」
「分かった。じゃあ、外、出よう」
アルフレッドが真摯に向き合ったお蔭で、ラヴィは申し出を受けた。二人は岩場をでて、砂浜まで並んで歩いた。
砂浜で対峙する。
アルフレッドは大剣を両手で握って、構えた。三メートル先に、ラヴィがいる。
(……でもなんだか、やりづらいなあ)
ラヴィはきょとんとした表情で、まるで戦意を感じさせない。大剣を構えて警戒しているアルフレッドの方が、馬鹿みたいだった。
アルフレッドは気が付いた。思えば、ラヴィが強いというのはあくまであの男女が噂に聞いたもので、実際に負けたのもあの貧弱な男女だけ。濃密な気配も、自分がただこの、海という場所に感じた特別性とごちゃまぜにして勘違いしただけかもしれない、と。
「そっちから打ってきてくれ」
アルフレッドは一メートルくらいのところに近づいて、軽く剣を構えた。どうにも自分から攻撃することが躊躇われたのだ。
ラヴィの眉間に、少し皺が寄った。
「なんで……?」
「俺から勝負を申し込んだから、まあ、礼儀みたいなものだ」
嘘だった。アルフレッドは、適当にラヴィの攻撃を受けて手合せを終わらせようとしていた。この魔物が強いと言うのは何かの思い違いだと確信していた。
ラヴィは、ボーっとした顔で十秒考えてから、
「分かった」
「すまない。じゃあ、よろしく頼む」
「ん」
ラヴィは巨大なハサミを持ち上げた。アルフレッドは剣を構える。なんとも間抜けな手合せだな、と内心苦笑していると、
ギィィィィィィン!
打ち下ろされたハサミが、アルフレッドの大剣にもの凄い力を加えた。アルフレッドの本能が危険信号をけたたましくならす。アルフレッドは力をいなして後ろに大きく引いた。腕全体が痺れている。
(……死にかけた)
アルフレッドは瞬時に理解した。自分はいま、死にかけたと。ラヴィに殺意があれば、いまごろ自分は跡形もなく肉塊だった。
手加減されたから、無傷なのだ。
アルフレッドは己を恥じた。しかし悔いることに時間は費やさず、目の前の戦闘に全神経を集中させた。
すぐに攻め込む。先手必勝。アルフレッドは地面を蹴ってラヴィに突撃し、大剣で袈裟切りするが案の定、ラヴィのハサミに容易く弾かれた。しかし想定内だったので、アルフレッドはすぐに次の行動に映った。ラヴィの右横に抜けて、ラヴィの死角になっているはずの、右斜め後ろから剣を払うが、これも弾かれた。
ラヴィは、下半身にも青い目がついていた。死角は殆どない。
アルフレッドは潔く、一旦引いた。
また大剣を構え、機を窺う。
ラヴィは隙だらけだった。しかしだからこそ、アルフレッドは攻め込めない。隙だらけのところを攻撃しても返り討ちにされるというのは、つまるところ隙がないということだ。
(何か、小細工を使うしかない……)
もう、手合せだとか傷つけないだとかはアルフレッドの頭からすっかり消えていた。久方ぶりの窮地に精神が高揚している。アルフレッドは殺しが嫌いだが、命のやり取りは大好きだった。
(奇襲できるのは、一回だけだ)
アルフレッドは、自らに迷う余裕を与えることなく、すぐにその手に打って出た。
先ほどと同じように、アルフレッドは正面から攻め込む。
ラヴィはハサミを構えている。
アルフレッドは――ラヴィに向けて大剣を投げた。
「……!」
ラヴィは目を見開いて、その大剣を咄嗟に叩き落とした。
アルフレッドは、投擲した大剣の陰に隠れるようにしてすでにラヴィの懐に潜り込んでいた。身体の小さい少年が、不釣り合いに大きな剣を使っていたからこそ出来た奇襲だった。
アルフレッドは右手に力を込め、無防備な左のハサミを裏拳で打ち払った。
「――ッ!」
ラヴィのハサミが砂浜に突き刺さった。奇襲とは言え、アルフレッドの拳はかなりのダメージをラヴィに与えた。
そも、アルフレッドにとってあの大剣は、自分の力を誇示して敵を怯えさせること、数十キロの重りを背負って自分の身体がなまらないようにすること、また大木をなぎ倒して薪にしたりすることなどを目的とした道具のようなもので、武器としての意味合いはもとより薄かった。
アルフレッドの一番の得意技は、単純な殴りつけと蹴りだ。
(勝った……!)
アルフレッドは、ラヴィのハサミが砂浜に突き刺さった隙を逃さず、飛び上がって、ラヴィの左肩に左足で、思い切り踵落としを浴びせた。
「――ッく!」
肩を蹴られ、ラヴィは苦悶の表情を浮かべる。アルフレッドの読み通り、上半身は下半身に比べて脆かった。
アルフレッドは両手を組み合わせて、続けざまにラヴィの後頭部を殴りつけようとして、
ラヴィが鋭く黄色い目を細めたのが見えたと思った瞬間――
「かはっ!」
アルフレッドは、ラヴィの右のハサミに服の襟をつかまれ、猛然と地面に叩きつけられていた。
さらにラヴィは、地面に仰向けになったアルフレッドの両手を、ハサミで押さえつけた。
目にもとまらぬスピードだった。アルフレッドの胸の内に絶望が広がった。
(まだ手加減されていた……)
いまの自分では一生かかっても勝てない、と、アルフレッドは悟った。
アルフレッドの視界に、上下逆さまになったラヴィの顔がある。
両手を塞がれて仰向けになった無防備なアルフレッドを、ラヴィはジト目で見下していた。
「約束、破った」
「は?」
「アルフレッド、痛くしないって約束した」
「……え?」
アルフレッドは、とうに約束のことなど忘れていたので、間抜けな返事を返してしまい、それがまたラヴィを不機嫌にした。
「約束破ったら、命差し出すって、言った」
「……あ」
「言った」
繰り返して言われ、アルフレッドはたははと苦笑いした。
アルフレッドはラヴィに、手合せする代わりに絶対痛いことはしない、したら命を差し出していいと約束していた。しかも、約束を切り出したのはアルフレッドの方だった。
「ご、ごめん、あの、忘れてて」
「じゃあ、命差し出す?」
「そそ、それは」アルフレッドは慌てた。「言葉の綾というか」
「? 良く分からないけど、約束は約束」
「……まいったな」
どう考えても、ラヴィの方に筋が通っている。
アルフレッドは嘆息して、
「そうだな。……大体、殺し合いだったら俺は死んでるし」
「……じゃあ、わたしの言うこと、きく」
「出来る範囲で、なんでもするよ」
「じゃあまず、綺麗にしよ」
綺麗にするとは、復讐の代わりに髪でも切り落とすつもりなのだろうか、とアルフレッドは思った。魔物にしては残酷だな、とアルフレッドは思った。
命綱をラヴィに預けた状態で、しかしアルフレッドはそれほど緊張していなかった。魔物は大体が人間に対して友好的であることを、アルフレッドは知っていたからだ。
もしかしたら海鮮料理でも振る舞ってくれるかもしれない、などとふざけたことを考えながらアルフレッドは、ラヴィにハサミでしっかり拘束された状態で、岩場まで連れていかれた。
3章 VSキャンサー2
岩場のくぼみに、アルフレッドとラヴィは戻ってきていた。
そしてアルフレッドは、ショックを受けていた。
「アルフレッドは臭い。だから、綺麗にする」
ラヴィの第一声がそれだったから。幾多の戦闘を経験した少年の心を、『臭い』の一言が打ち砕いた。
アルフレッドは、言い訳するように、
「ず、ずっと歩いてたから、汗かいてさ。夏で暑いし」
「うん。それに、あの時の二人の匂いもする。他の人間の匂いも」
「はあ……?」
あの時の二人とは、あの鎧の男女のことを言っているのだろうか? ほんの少しの時間一緒にいただけなのに、匂いが分かるのかと、アルフレットは感心し、しかし半分は信じていないかった。
どうも、アルフレッドはラヴィのことが上手く読めずにいた。
「そういうわけで、アルフレッド、服脱いで」
「……は? ……なんで?」
「綺麗にするから、服、脱いで」
アルフレッドの表情が固まった。綺麗にする、という意味を今更になって理解したのだ。
(風呂に入れるつもりなのか)
それはいくらなんでも、百戦錬磨のアルフレッドでも、聞き入れられるお願いではなかった。
「あと三日歩いたら街がある。そこで風呂に入るよ」
「ダメ、今すぐ」
「ど、どうしても?」
「アルフレッド、何日身体、洗ってない?」
「……ええっと」アルフレッドは決まり悪そうにする。「二日前に街を出たから、その間は、うん、洗ってないかな」
「汚い。臭い」
アルフレッドはたじろいだ。戦いに負け、口でもラヴィに勝てない。
ラヴィの巨大なハサミが、ギンギンと打ち鳴らされた。
「脱がないなら、無理やり引き裂く」
「わ、分かった。脱ぐ、脱ぐから」
「……じゃあ、早く」
おっとりした見た目に反して、妙なところでラヴィは厳しかった。
アルフレッドは自分の服に手をかけ、しかしラヴィを見て躊躇い、
「あっちの方で、一人で水浴びして――」
「ダメ」
「……はあ」
仕方なく、アルフレッドは上に着ていた服を脱いだ。速度重視の軽装だったので、簡単に脱げた。
アルフレッドは少年だ。身体は小さい。しかし、腹筋は割れ、胸筋も盛り上がっている。小さな上半身には、無駄のない、均整のとれた筋肉がしき詰まっていた。
ラヴィはそれを見て、すこしうっとりしたが、アルフレッドは鈍いのでそんな機微は察知できなかった。
上の服を脱ぐくらい、アルフレッドにとっては何でもない。男だから。問題はその先だ。
「で、俺はどうすればいい?」
「……? まだ脱げてない」
「は?」
ラヴィはハサミの先で、ラヴィの下半身を示した。下も脱げ、と言っているのだ。
流石のアルフレッドも、顔を赤らめた。
「下は無理だ! いくらなんでも!」
「なんでも言うこと、きくって言った」
「無理なものは無理!」
「じゃあ無理やり引き裂く」
「そんな……」
アルフレッドは愕然とし、本格的に逃げることに決めた。大剣はラヴィに没収されているが、あんなものどうでもいい。人前で、それも女の前で下半身を晒すくらいなら、大剣くらい捨てて逃げたほうが千倍増しだった。
しかし、戦闘でアルフレッドを打ち負かしたラヴィのハサミからは、逃れられなかった。
ラヴィは、巨大なハサミでアルフレッドを拘束して引き寄せ、鮮やかなハサミ使いでズボンも下着も、それから足のブーツも脱がせてしまった。
ラヴィの目の前に、アルフレッドの未成熟な性器が露出している。
「――ッ!」
アルフレッドは慌てて股間を両手で覆おうとして、しかしラヴィがそれをさせず、アルフレッドの小さな身体を脇の下からハサミで持ち上げた。
「は、離せって!」
「暴れちゃ、だめ」
「お、お願いだから……!」
アルフレッドは足をじたばたさせてもがくが、ラヴィの怪力の前では無駄な抵抗だった。
ラヴィの下半身の甲殻が、カパッと開いた。
甲殻の内側には、茶色くて細い毛がびっしり生えていた。そこからぶくぶくと、白い泡が出ている。
「洗うから、落ち着いて」
「でもっ」
「ただ洗うだけ。なんで、そんなに、嫌?」
ラヴィは小首を傾げて、不思議そうな顔をする。
それを見てアルフレッドは、一人慌てふためいている自分が、急に恥ずかしくなった。
(下半身を見られたくらいで慌てて……なんだか間抜けだな。ラヴィは全然、そんなこと気にしてないのに。ただ、綺麗好きだから、俺のことを洗おうとしているだけなのに……)
しかし、表情の起伏に乏しいラヴィは、その内側で、きっちり発情していた。ただ単にそれが顔に出ていないだけ。ラヴィの蟹の足が、代わりにせわしなく動いていた。
それが発情の合図であることなど、アルフレッドには知る由もなかった。
「じ、じゃあ……お願い、しようかな、恥ずかしいけど」
「うんっ」
ラヴィはにこっと微笑んで、自分の腹回りに開いた甲殻に、アルフレッドを、足が開いた状態で座らせた。ちょうど、アルフレッドがラヴィに抱き着く様な形になっていて、アルフレッドは赤面せざるを得なかった。しかも、
(――んなっ! こ、こ、こんなのっ……!)
アルフレッドは少年だ。強くても少年だ。当然、ラヴィよりずっと背が低い。
ラヴィに抱き着けば自然、目の前に乳房があった。
少年のアルフレッドにそれは、刺激が強すぎた。桜色の乳首が、目と鼻の先にあるのだ。
(今までずっと見えてたはずだ……どうして気に留めなかったんだろう……?)
ラヴィが上半身に羽織っている服はとても薄い羽衣のようなもので、内側は透けて見えていたが、ずっと戦うことばかり考えていたアルフレッドの眼中に、それはまったく入っていなかった。
しかし、その羽衣すら脱いで、直に胸を目の前で見せつけられると、少年であっても男性のアルフレッドは、意識せざるを得ない。
「じゃあ、頭から洗う」
「え? ……あ、ああ、うん」
アルフレッドは、自分がラヴィを意識していることを悟られまいと必死だった。ただ、洗ってもらうだけ、洗ってもらうだけ、洗ってもらうだけ、と自己暗示をかけ続けていた。
ラヴィは、普通に発情しているのに。
「んふふ〜」
ラヴィは、甲殻の内側から漏れ出た泡を手のひらですくって、アルフレッドの頭につけ、ごしごしと擦り始めた。普段は無口なのに鼻歌まで歌って、ご機嫌だった。
(……気持ちいい)
アルフレッドの思考から、ラヴィの胸のことが引き剥がされた。それより、頭を洗ってもらっているのが気持ち良かった。
(自分でやるのと全然違うな……)
アルフレッドは旅している間ずっと一人だった。だから、誰かに何かをしてもらうことはとても新鮮だった。
加えて、ラヴィの洗い方はとても上手だった。
「アルフレッド、痛いところとか、ない? 力、このくらいで大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、もっと、洗うね」
ラヴィは、キャンサーと呼ばれる魔物だった。キャンサーには、気に入った男性を見つけるとくまなく全身を洗い、自分の伴侶にしようとする習性がある。つまり、ラヴィはアルフレッドを見初めたのだ。
しかしアルフレッドはそんなことまったく知らず、ただ頭を洗ってもらう気持ち良さに浸っていた。
(悪くないな……こういうの)
ずっと戦うことだけ考えて気を張っていたアルフレッドに、この落差は強烈だった。わしゃわしゃわしゃという、泡の音も耳に心地よい。
「いっかい流すね」
ラヴィは、魔法を使って袖の内側から水を出して、アルフレッドの頭をすすいだ。キャンサーの泡の洗浄力は並外れていて、二日分の汚れを綺麗に洗い落とした。
しかし、綺麗好きのラヴィはそれでも満足できず、今度は、脇の下から伸びている甲殻を使って、アルフレッドの頭をごしごしこすった。優しく手でされるのと違って、少し刺激が強めの洗い方に、アルフレッドの思考が霧散していく。
ひとしきり洗って満足したラヴィは、袖から水を出して頭を洗い流し、まるで自分が創った芸術品の出来に感心するように、うんうんと肯いた。
「じゃあ、次は身体洗うね」
「……うん」
つい数分前はあれだけ嫌がっていたのに、アルフレッドはむしろ進んで洗ってもらおうとしていた。
しかし……。
「んしょ、っと」
「……って、わあっ!」
ラヴィが、いきなりアルフレッドにぎゅっと抱き着いたので、アルフレッドは慌てて離れた。
「な、な、なに!?」
「背中、洗うの」ラヴィは短く事実を言った。
「あ、洗うのはいいけど、なんでそんな、くっついて」
「……? なに慌ててるの? ただ洗うだけ。だから、心配しなくて大丈夫」
別に痛いことはしない、という意味でラヴィは言った。しかしまたしてもすれ違いが起こり、アルフレッドは、ただ洗うだけで性的なことをするわけではない、と受け取った。ラヴィは発情しているのに。
(洗うだけ、洗うだけ、洗うだけ……)
アルフレッドは、意識する自分の方がおかしいんだと、心中でしきりに言い聞かせた。
ラヴィは、そんなアルフレッドの初々しい反応にうっとりする。アルフレッドは、逃げ出したい衝動を頑張って胸の内に押し込めていた。
ラヴィは、甲殻の内側から、先ほどまでの三倍くらいたくさん、泡を出して、お互いの身体に塗りたくった。甲殻や、両手を使って、あらゆるところにわしゃわしゃ、と擦る。
ラヴィの胸が、何度もアルフレッドの顔に触れた。
(……うぅ)
アルフレッドは、くすぐったくて頭がどうにかなりそうだった。
ラヴィは、気持ちよさそうなアルフレッドを見て、またうっとりした。性的興奮が高まり、身体の芯が疼いた。
ラヴィは、アルフレッドをもっと強く抱きしめて、自分の上半身を擦りつけ始めた。
「なな、待って、待って!」
「やだ」
発情して理性のタガが外れかけていたラヴィは問答無用で、ハサミを使ってアルフレッドを自分のほうに押さえつけて、上半身を懸命に擦りつけた。アルフレッドは、ラヴィの滑らかな女性の肌に性的興奮を覚えざるを得なかった。
身体が熱くなる。
でも、ラヴィの冷たい上半身と、泡が気持ち良くて、アルフレッドはみるみる抵抗の気持ちを溶かされていった。ラヴィは控えめに評価してもかなりの美人で、そんな美人の上半身が顔と胸と腹に擦りつけられて、アルフレッドの顔がだらしなくなってしまうのは仕方のないことだった。
(なんでラヴィは、身体を擦りつけて洗ってるんだ……)
普通は手で洗うものだろう、とアルフレッドは思ったが、元来そういった常識的知識に乏しかったので、自分がおかしいのだと結論づけた。
ラヴィの、ぬめり気を帯びた上半身が、アルフレッドの引き締まった体を優しく撫でる。くちゅくちゅと、心地いい水の音がした。
「アルフレッド、気持ちいい?」
「……あぅ」
「顔、赤いよ? 暑い?」
「い、いや。大丈夫。気持ちいい」
「良かった」
ラヴィの言葉は殆ど短かったが、だからこそ、取り繕わない愛情が籠っているように、アルフレッドには感じられた。細かいことを考えるのが嫌いなアルフレッドと、素直なラヴィは、相性が良かった。
「アルフレッド、もう一つ、お願いきいて?」
「うん」アルフレッドはラヴィを見上げて答えた。
「わたし、喋るの苦手だから、アルフレッドって、言いにくいの」
「ああ。アルって呼んで」
「うん。……アル」
「ん?」
「……なんでもない。呼んでみただけ」
ラヴィは、アル、アル、と心の中で繰り返した。そして、外れかけた理性のタガを立て直した。まだ早い、と思ったのだ。交わるには。
キャンサーは匂いや汚れに敏感で、惚れた相手以外の匂いが相手に付着していることをとても嫌う。だからラヴィも、焦らずじっくり、アルフレッドに付着した匂いと汚れを完璧に落としてから、行為に及ぼうと決めた。
それに、まだ少年のアルフレッドを欲望のままに貪るのは何か違う、とも思っていた。
ラヴィは、上半身の動きを緩めて、
「頭の続き。上から洗っていく、から」
洗い漏らしがないよう、上から丁寧に洗っていくことにきめ、ラヴィは、泡を手につけて、念入りにアルフレッドの顔を洗った。額、鼻、頬、耳、あますところなく几帳面に、たおやかな指で優しく擦った。きゅっと目をつむるアルフレッドの顔に、水をかけると、アルフレッドはパチパチと両目をしばたいた。
「……あ、肩が……」
「ん?」
顔を洗ってもらって目が少し冴えたアルフレッドは、ラヴィの左肩に青あざがあるのを発見してしまった。
アルフレッドが蹴りを浴びせた部分だった。
「ごめん、俺の所為で……」
「もういい。許した」
ラヴィは、アルフレッドの顔を胸に埋めさせて視界を塞ぎ、痣が見えないようにしてから、首を洗い始めた。顎の下からていねいに、漏れがないよう慎重に泡を塗った。胸と腹も洗って、アルフレッドの身体に手を回して背中も洗い、甲殻も使ってゴシゴシ擦った。
胸に顔を埋めたアルフレッドは、顔が熱くて死にそうだった。緊張する。でも、ラヴィに洗ってもらうと気持ち良くて、その緊張がみるみる吸い取られてしまう。
ラヴィは泡を水で流しながら、
「足も洗うね」
ラヴィは、手でアルフレッドの足先を持って、指の付け根から洗い始めた。アルフレッドはくすぐったくて、「うぅ」と少し身震いした。それがまた、ラヴィの庇護欲を掻き立てた。
焦る気持ちを抑えて、ラヴィは足を洗っていく。甲殻で足の裏を擦って、手で太ももを揉みほぐすように洗って……その手が徐々に股間に近づいていく……。
足の付け根を手で洗うとき、ラヴィは頭が沸騰しそうだった。
早く、アルと交わりたいと……
あと少し、あと少しと……。
「あ、アル……?」
「……ぇ?」
気持ち良くてボーっとしていたアルは、なんとも気の抜けた声を出した。ラヴィは表情の薄い顔をほんのり赤らめ、蟹の足をジタバタ動かしていた。
「あ、洗っていい……?」
「? いいよ……?」
意味が分からなかったので深く考えず、アルフレッドは承諾した。どうせ大したことじゃない、と思っていた。
ラヴィは、ごくりと生唾を飲みこんだ。アルフレッドはそれを見て、不思議そうな顔をした。
「……ぁぇ?」
アルフレッドの股間に、甘い刺激が走った。アルフレッドは何が起きているか分からず間の抜けた声をだし、下を見て、ラヴィが手で自分の性器を擦っているのが視界にはいったところで、ようやく慌てた。
「ら、ラヴィ!?」
「だめ。逃げちゃだめ」
「さ、流石に自分で……」
自分で洗えるよ。
という言葉が、喉で引っかかって出てこなかった。
ラヴィが性器に触れる前なら言えたかもしれない。でもこの気持ち良さを一度知ってしまったら、自分から拒否することなんてアルフレッドには到底できなかった。
(なにこれ……)
精通がまだだったアルフレッドは、未知の快感に戸惑った。
(ああ、そうか、これが……)
おぼろげに、子供がどのようにして出来るかを、アルフレッドは知っていた。時には、旅の途中で人間と魔物が交わっているのを目にすることさえあった。しかし、戦闘と景色以外に興味がないアルフレッドは、気にも留めていなかった。
アルフレッドは、ラヴィに止めてくれ、と言わなければ、と口をぱくぱくするが、
「口も洗う」
ラヴィがそう言って、自分の口に泡をふくんで、アルフレッドにキスをした。
「んっ!」
「アルぅ……ん、ちゅる、……れろ、ちゅる……」
泡まみれのラヴィの舌が、アルの狭い口内を舐めまわす。歯茎や下の裏まで念入りに、ラヴィはアルフレッドの口を洗った。
その間も、ラヴィの両手がアルフレッドの性器を包み込むように洗っている。玉を揉みほぐし、性器の付け根から念入りに泡を塗る。
アルフレッドはもう、脳みそが溶けそうだった。
「あむ、んちゅる……ちっ、ちゅる……はあ。次は、水ですすぐね」
ラヴィは、自分の口に水を含んで、それをアルフレッドに口移しし、また口内を舌で舐めまわして洗い始めた。
「んちゅ、ちゅる、ちゅるる、んむ、ちゅる、れろ、あむ、ちゅる……」
「ん、ちゅ、ん、ちゅる、ちゅる、あむ」
「ちゅる、ちっ、ちゅる、んむ、あむ、ん、ちゅる……ぷはっ」
ラヴィが唇を離すと、アルフレッドの唇との間に糸を引いた。アルフレッドは目がとろけきって、心臓が激しく鼓動していた。
余裕のないアルフレッドの姿に、ラヴィの母性が膨れ上がった。
「アル、好き」
ラヴィはアルフレッドを抱きしめた。
「アルは、もっと、身体の力を抜いたほうが良い」
「……ぇ」
「アルは、緊張し過ぎ」
ラヴィの手が、アルフレッドの後頭部に添えられた。優しく撫でている。アルフレッドはぼんやりした頭で戸惑った。
「わたしが守っててあげるから、大丈夫」
「……ぁ」
アルフレッドは、小さなころから戦闘の心得を叩きこまれ、旅の間は気の休まる時が殆どなかった。ずっと緊張状態なのが当然のことだった。今も、崩れかけた理性の真ん中で、敵の気配を察知することだけは怠っていなかった。
そうしないと、いつ死ぬか分からない。そう教えられて育った。
「アルは、わたしが守る。だから、身体の力を抜いて」
「……だ、だめだよ、それは、」
「いいの。それに、わたしの方が強い。負けたんだから、言うこときいて」
「……うぅ」
理屈が通っていて、それにラヴィのことを信頼してみたくて、アルフレッドは力を抜こうとするけど、どうにもうまくいかなかった。生まれた時からずっと続けてきたことを、そうやすやすと止めることは出来なかった。
「大丈夫、大丈夫」
ラヴィは優しく言いかけながら、アルフレッドを抱きしめて、あやすように背中を擦った。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だよ、アル」
「……大丈夫」
「誰も痛くしない。力を抜いて。わたしが守ってあげるから、大丈夫だよ、アル」
「うん」
「アルはずっと、わたしと一緒にいるの。これからも、いっぱい甘えていいんだよ?」
ラヴィは、アルフレッドの頭に頬を擦りつけて、落ち着かせるように背中を撫でたり、軽く叩いたりした。
「アル、わたしのこと、お姉ちゃんって呼んで」
「え?」
「そしたら、きっと力も抜けるから」
「……本当に?」
「うん」
アルフレッドは迷った。でも、ラヴィが後押しするようにぎゅっと抱きしめて、アルフレッドの口から自然に声が漏れた。
「……お姉ちゃん」
「うん。よしよし」
ラヴィは微笑んで、褒めるようにアルフレッドの頭を撫でた。アルフレッドは身体の力を抜いて、考えるのもやめて、ラヴィに抱き着いた。
「お姉ちゃん……」
「うん、もっと呼んで」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
そう呟くアルフレッドの視界に、ラヴィのピンク色の乳首があった。
ボーっとしていたアルフレッドは、本能のままにそれに吸い付いた。
「ひゃっ♥」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「ううん。いいよ。もっと吸って」
ラヴィは自分から、乳首をアルフレッドの口まで持っていった。アルフレッドは夢中でそれに吸い付いた。ラヴィは切なげに声を漏らした。
「んっ、ぁ、んんっ♥」
ラヴィは、快感に耐えながら、アルフレッドの小さな性器を優しく包んで、扱いた。アルフレッドはびっくりして、乳首を強く吸ってしまい、ラヴィは喘いだ、
「ああっ♥ ん、アル、いいよ、もっと甘えて、アル……」
ラヴィは、泡をアルフレッドの性器に塗って、
「ちょっと、痛いかもしれないけど、我慢してね」
皮を被っていたアルの性器を、剥いて、洗った。
「――っ!」
「大丈夫だよ、アル、心配しないで、わたしに任せて」
ラヴィは、露出した亀頭に泡を塗って、優しく撫でる。くちゅくちゅと音がする。
アルフレッドは、すぐに限界を迎えた。精通が未だだったので、アルフレッドは戸惑った。
「なんか、なんか変だよ」
「大丈夫。そのまま力を抜いて。わたしのこと信じて」
「うん」
「ゆっくり、優しくしてあげるから、ゆっくり……」
ラヴィは、右手でアルフレッドの性器を包んで扱き、左手で球を優しく揉みほくす。アルフレッドの性器に、精液が昇り詰める。
「も、もうくるっ」
「いいよ。力を抜いて、出していいよ。そのまま出して」ラヴィはゆっくり性器をしごき続ける。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。ここにいるよ。出していいよ」
「も、もうっ、……んっ、んんっ」
アルフレッドの性器から、ぴゅぴゅっと精液が飛び出た。アルフレッドは疲れて、ラヴィに体重を預けてぐったりする。ラヴィは、手についた精液を口に持っていって、嬉しそうに舐めた。
「そんなの舐めたら、汚いよ……」
「ううん。おいしいよ。……じゃあ、次はこっち」
「ま、まだ何かあるの?」
アルフレッドは、期待と恐怖で不安げな顔をする。でもラヴィが頭をなでると、ほっと安心した。
「アルの精液、こっちにも頂戴」
屹立したアルフレッドの性器に、ラヴィの綺麗な割れ目が添えられている。
ラヴィは、両手でアルフレッドの性器を包んで、泡を優しく塗り直した。
「もっと気持ち良くなれるからね」
「も、もっと……」
アルフレッドは期待し、生唾を飲んだ。
ラヴィは、手でアルフレッドの性器を持って、先を自分の割れ目に押し当てて、そっと入れた。
「んっ、あ、アルのが中に入ってるよ」
「あっ、んんっ」アルフレッドは身震いした。
「大丈夫だからね……」
ラヴィは腰を突きだして、割れ目の中に、アルの性器をすべて入れてしまった。暖かくて、柔らかい刺激に、アルフレッドの口から甘いため息が漏れた。
「ぁ、温かい……」
「うん。じゃあ、動かすね」
ラヴィは、前後には動かず、中をきゅっきゅと締め付けた。アルフレッドは切なげに喘いだ。ラヴィも、アルフレッドを感じて恍惚とする。
「ん、はあっ……気持ちいい……ふふっ。きゅっ、きゅっ、きゅって、気持ちいい?」
「ぁ……」
「もっともっと動くね」
ラヴィは、ゆっくり腰を振った。アルフレッドの性器に、ラヴィのひだが絡みつく。ぐちゅぐちゅと卑猥な音がする。
「あんっ、はあ♥ アルのが、わたしの中で、動いてるよ」
「んっ、んんっ」
「んっ、ああっ、はあっ♥ ……出したくなったら、さっきみたいに、いつでも出していいからね……ああっ♥」
ラヴィの蜜壺の中で、アルフレッドの性器がぐちょぐちょと音を奏でる。
「んんっ、あっ、アルのとっても、元気で、んんっ、わたしも、気持ちいい……ああっ♥」
「お、お姉ちゃんも……」
ラヴィの嬌声に興奮し、アルフレッドはまた、すぐに限界を迎えた。
「も、もうだめ」
「うんっ、いいよ、出していいよ。アル、大好き」
ラヴィは、きつく歯を食いしばって耐えているアルフレッドに、母性を刺激され、アルフレッドを抱きしめて頭を撫でた。アルフレッドは、心の芯までドロドロに溶かされて、我慢できずに、ラヴィの中に精液を放った。
「――んんっ! あ、アルの温かいのが、いっぱい来てるよ」
アルフレッドは、ビクビク震えながら射精している。ラヴィは、アルフレッドの頭を撫で続けた。
そうして休憩していると、アルフレッドの目が、うつらうつらし始めた。
「もう疲れちゃった、アル?」
「うん……ごめん、もう……眠い……」
「眠っていいよ。わたしが抱っこしててあげるから」
「……うん」
アルフレッドは、疲れて眠ってしまった。ラヴィはアルフレッドを起こさないよう、そっと優しく抱きしめた。
あたりが静かになる。
ざざ、ざざ、と寄せて返す波の音だけが、二人を包み込んでいた。
ラヴィは、魔力で泡を作って、海に向けてはなった。一つ、二つ、三つ……泡が、海に吸い込まれ、月に向かって昇って行く。きっと、景色を見るのが好きなアルフレッドが見たら、感嘆の声をあげただろう。 しかしアルフレッドは、ラヴィの胸の中で、すやすやと眠っていた。
「お姉ちゃん……」
「気持ちいい?」
「うん……」
傍目には、年の離れた姉弟のように見える。しかし、キャンサーの下半身は蟹で、アルフレッドは人間の子供だ。
アルフレッドが、キャンサーの乳首に吸い付いた。キャンサーは吃驚する。
「ひゃっ♥」
「ん、ちゅっ」
「……もう、よしよし」
キャンサーは、母性溢れる微笑みを湛えて、アルフレッドの頭を撫でた。アルフレッドは、赤子のように乳首に吸い付いている。
「もっといっぱい、甘えていいからね」
「……うん」
「よしよし、なでなで」
少し前までのアルフレッドとは、似ても似つかない。
キャンサーと出会って、アルフレッドは変ってしまった。悪い言い方をすれば腑抜け、良い言い方をすれば可愛らしくなった。
そのきっかけは、ほんの十日前のこと……
1章 VS人間
――真夏の太陽が、海岸に照りつけている。
年端もいかぬ少年が一人、海岸沿いを歩いていた。仲間はいない。
しかし彼が迷子ではないことは、その鋭い目つきから明らかだった。
名前はアルフレッド。三歳のころから厳しい訓練を受け、戦いの術を身に着けている。背中に、少年の小さな身体には不釣り合いな巨大な剣を背負っていた。しかし鎧は纏っておらず、布の服を着ている。
素早く動くための軽装だ。先手必勝、こちらが傷つく前に敵に白旗を上げさせる。それがアルフレッドの戦い方だった。その戦闘スタイルの所為だろうか、ただ海岸を歩いているだけなのに、アルフレッドの五感は気配を感じ取るべく研ぎ澄まされている。
もっとも、命を摘んだ経験は一度もないが。それもアルフレッドの戦い方だった。あっても精々、必要に迫られて腕や足を二、三本へし折ったくらいだ。
(……海か)
アルフレッドは青い海を見渡して感慨にふけった。日の光を反射してキラキラ宝石みたいに光っている海には、どんなものにも代えがたい神秘的な静けさがあった。ざざ、ざざ、と波が寄せて返すのは、ずっと見ていて飽きない。心が穏やかになる。
アルフレッドの一番の楽しみは、世界を旅していろんな景色を見ることだった。珍しい植物が群生する森、広大な砂漠、神聖な鍾乳洞。他にもいろいろな景色を楽しんだ。だが生まれてからずっと内陸ばかり旅していたので、三日前にこの海岸沿いに出てきたとき、初めて海を見た。
アルフレッドは基本的に、ひとところに留まることを嫌った。例え行先で知り合いが出来て別れが惜しくとも、それを上回って旅を続けてたくさんのものを見たかった。
(でも、この海なら……)
特別な何かを感じた。アルフレッドは海が好きになった。自分が探し求めていた景色はここだったのかもしれない、と思いかけていた。目いっぱい磯の空気を吸った。この塩辛い匂いも好きだった。
(しかし……いい加減、鬱陶しい)
アルフレッドは唐突に、背中の大剣に手をかけた。そして――砂浜を蹴って軽やかな足取りで斜め後ろに踵を返した。素早く、且つ気配を絶って走る。まるで風のようだった。数十キロある大剣の重さをものともしていない。
アルフレッドは、岩場の上でピタッと止まった。
「三秒待つ」
短く告げた。すると、大きく飛び出た岩の後ろから二人の人間が歩いて出てきた。
三十歳くらいの男が一人と、二十歳くらいの女が一人。二人とも鎧を着ていたが、その鎧には奇妙な亀裂が入っていた。――まるで、刃物で紙を切り裂いたような綺麗な亀裂。アルフレッドは不思議に思った。おそらく鉄製であろう、あの鎧にあれだけ綺麗な切り込みをいれることは、この世のどんな名剣にも不可能なはずだ。
「俺をつけてたな。理由を言え」
アルフレッドはまだ声変りをしていないが、その言葉には二人を圧倒するのに充分な凄味があった。女が両手を上げながら前に出てきて、ぎこちない笑顔を浮かべながら言った。
「敵にやられて、荷物を全部奪われた。着ているもの以外、地図も食べ物も何もない。オマケに鎧もこのザマだ。そんな時に君が丁度近くを通りがかったから、助けてもらいたくて」
「だったら最初からそう言えばいい。つける必要はない」
「……それはほら、わたしたちみたいないい年した大人が、君みたいな子供に頼るのもどうかなって、渋っちゃって。でもちょうどいま話しかけようとしたところだったんだ。ねえ、こんなこと言うのもなんだけど、何か食べるもの持ってないかな?」
嘘だ、とアルフレッドは見抜いた。気配で分かる。
「ここへは何をしに来た?」
「え?」
「何の目的でこの海岸に来た、と訊いている」
「……あ、ああ。そういうことか」女はきまり悪そうにほっぺをひっかく。「実は、教団の依頼である魔物を討伐しに来たんだ」
「それで返り討ちにあったのか」
「……そういうこと。まったく、酷い目にあったよ。でも次こそ確実にしとめる」
何を馬鹿なことを、とアルフレッドは思った。お前らみたいな貧弱な人間が二人集まったところで、魔物に勝てるわけがない。
そもそも、教団の言いなりになって魔物を討伐しようとしているのがすでに間抜けだった。いろんなところを旅して周っているアルフレッドは知っている。こちらから攻撃しない限り、魔物は人間に危害は加えない。それどころかこちらが攻撃しても反撃してくるのは稀だ。別に邪悪な存在でもない。少なくともこの二人よりは。
女の傍に控えていた男が、頼んでもいないのに魔物の説明を始めた。
「スゲー強いって噂だったけど、本当に強かった。ありゃダメだ。こいつは次こそしとめるなんて言ってるが俺ぁもうごめんだね。鎧はダメになっちまったけど、身体を真っ二つにされなかっただけ運が良かったよ」
「その腹いせに、ガキをいたぶって楽しもうって魂胆か」
「あ?」男はアルフレッドを睨み付ける。しかし、アルフレッドは少しもひるまなかった。
「いや、夜まで待って寝てる隙に身ぐるみ剥ぐつもりか。どっちにしても、魔物の討伐に失敗した分の埋め合わせを俺でするつもりだったんだな」
アルフレッドは一歩踏み出し、目にもとまらぬ速さで女の懐に飛び込んだ。次の瞬間、アルフレッドの右足のブーツが女の左手を蹴り上げ、銀色に光る何かが真上に飛んだ。
それはナイフだった。男が喋っている隙に、女が手の中にナイフを忍ばせていたことを、アルフレッドは見抜いていた。
「お前ら二人殺すくらいわけない」
アルフレッドは背中の大剣を右上から斜めに抜いた。びゅん、と轟音を伴って大剣が風を切り裂く。刃が男の首筋に添えられている。アルフレッドの細腕に詰まっている強靭で繊細な筋肉は、大剣を精密に操っていた。
さっき蹴り上げた、落下するナイフを少年は器用に左手で掴み、その切先を女の喉元に突きつけた。
「両手を頭の後ろに回して二十歩後ろに下がれ。今すぐにだ」
二人とも言う通りにした。恐怖に顔が引き攣っている。反撃する様子はなさそうだった。
アルフレッドはひとまず安心し、ナイフを捨てて腰からさげた皮袋に手をいれた。
そこから銀貨を一掴みし、足元に置いた。
「これで鎧を新調しろ。ただし、教会の依頼は断って二度とこの海岸には近寄るな。破れば見つけ次第、殺す。いいな?」
二人とも何も言わず、肯いた。もう喋る気力も残っていないようだった。
例え本当に殺す気はなくとも、殺意で敵の戦意を削ぐのは便利な戦術だ。何度使ったか分からない、アルフレッドの十八番だった。
(これで追い払えるなら、安い物だ)
アルフレッドは強いので、定住せず放浪していても収入のあてが十分あり、また戦うことと景色を楽しむこと以外に興味がなく浪費をしなかったので、お金に不自由したことはなかった。虚勢ではなく、銀貨くらいどうでもよかった。
それよりもとにかく、あの下賤な男女をこの海岸から永遠に遠ざけたかった。
(海と同じくらい面白いものが、ここにある……)
アルフレッドは、二人の鎧を綺麗に切り裂いた魔物に興味を掻き立てられていた。
(戦ってみたい)
強く、精神的にも熟達した魔物であると、アルフレッドは推測した。二人の鎧を切り裂いて追い払い、ゲスの身体には傷一つつけていない。
パワーとテクニックを兼ね備えた戦闘能力と、おそらく何らかの刃を扱っているであろう戦闘スタイルと、無駄に弱者を傷つけない精神性に、アルフレッドは自分と近しい何かを感じていた。
アルフレッドは、殺すのは嫌いだが戦うのだ大好きだった。期待に胸を膨らませて、また海岸を歩いていく……
2章 VSキャンサー1
アルフレッドは、男女を追い払ってからかれこれ五時間は歩き通しだった。気温は下がり、涼しい風が肌を撫でる。太陽が沈みかけ、海から半分覗いている。
水平線の夕焼けは、アルフレッドの胸に郷愁を呼び起こした。
アルフレッドは戦闘を重んずる村の出身だった。何に置いても強さが大切。その他のどんな技術も、強さの前に屈服しなければならない。
そんな村の天才として生まれた彼は将来を期待され、たくさんの愛情を注いでもらった。すなわち、たくさん訓練させられた。それだけでなく、良きライバル、召使い、許嫁までもいて、何不自由なかった。
しかし、強さだけを最上のものとしてアルフレッドに教え込んだことが逆に仇になった。村の誰もアルフレッドに敵わなくなると、当然のようにアルフレッドは村を出て行った。こんなところにもう用はない、と。
(でも今になって思えば、それだけじゃなかったかもしれない……)
アルフレッドは空しかったのだ。強さだけを追い求めると、その他のどんな友人も、家族も、許嫁も、ライバルも、無価値に貶められた。
知らず知らず、アルフレッドは人嫌いになっていた。
だから景色が見たかった。アルフレッドは細かいことをごちゃごちゃ考えるのが大嫌いだ。そうでなく、雄大な自然に身を浸して頭を真っ白にしたい。
それと……戦いたい。余計なことは考えず、本能のままに険を振るいたい。
その二つだけだ。
(……何かいる)
思い出に浸っていたせいで、気配に気が付けなかった。
軽く姿勢を落として、周囲を見渡す。前よりずっと岩肌が減り、見渡す限り海と砂浜が広がっている。
たった一つだけ、巨大は岩場があった。尖ったてっぺんが、天に向けてそびえている。
(隠れられるとしたら、あそこだけ……)
岩場に近づくにつれ、気配が濃くなった。殺気は感じない。ただ、強大な何かが自然に発するオーラのようなものが、アルフレッドの身を引き締めた。
アルフレッドは、巨大な岩場にたどり着いた。てっぺんを見上げると首が痛くなるほど大きい。濃密な気配の元をたどる。海の方から回ると、岩場に洞窟みたいなくぼみがあって、気配のもとはどうやらそこにいるらしかった。
アルフレッドは剣に手をかけ、しかし離した。向こうに敵意がないなら、こちらもそうすべきだ。
(どんなやつだろう……)
刃を扱うことは確かだ、とアルフレッドは推測した。鎧を綺麗に切り裂いていたからだ。そして魔物。……ヴァルキリーのような神族かもしれないと、アルフレッドは思ったが、まさか、そんなやつが海辺にいる理由が分からないし、教団が討伐命令を出すはずがない、とも思った。
しかし、そういった理屈を押しつぶしてそう思いたくなるほど、アルフレッドは強大な気配を感じていた。
一歩、一歩、とアルフレッドは気配の元に近づく。ぴちゃり、ぴちゃりと波打ち際で水が跳ねた。
岩場のくぼみの中を、アルフレッドはそっと覗きこむ。いる。影が見えた。臆せず進むと――
蟹がいた。
(か、蟹……?)
アルフレッドは拍子抜けした。
蟹の下半身に、女の上半身が生えている。
美しい女だった。透き通る羽衣のような、桃色の服を着ており、やけに袖が長く手が見えない。剣を握っているとかそれ以前の問題だった。下半身はどう見てもただの蟹で、普通のものよりサイズは大きくともそれはやはり、徹頭徹尾蟹だった。
戦闘向きの魔物ではない。
彼女の表情が、アルフレッドのその判断に拍車をかけた。どことなくぼーっとしている。黄色い瞳でこちらを見ているが、まるで子供が蟻の巣でも観察するように、邪気も警戒もない。あるのは好奇心だけ。
しかし、ここまで来た手前引き返せず、アルフレッドは魔物に歩み寄った。くぼみの中は涼しく、空気も清浄に感じられた。
「俺の名前はアルフレッド。君にひとつ質問したいんだけどいい?」
魔物は一回こくっと首をかしげてから、間延びした声で答えた。
「わたしの名前は、ラヴィ」
「そうか。ラヴィ、一つ質問したいんだけど、ちょっと前に二人組の男女がここに来なかった? 鎧を来た二人組」
「……ん」
ラヴィの巨大な蟹のハサミが、岩陰から何かをつまんでこちらに放り投げた。皮袋だ。口が開いていて、中には、水でふやけた地図や食料が入っている。
アルフレッドの視界に、鉄の破片のようなものが見えた。ラヴィの足元にある。
鎧の欠片だ。
(まさかな……)
この子がやったなんて想像することも難しかった。しかし、ラヴィは途切れ途切れに話し始めた。
「二人とも、逃げた。君は荷物を、取り返しに来た? なら、持っていって、いい」
感情の起伏に乏しい印象を、アルフレッドは受けた。面倒がなくて良い。
アルフレッドは荷物には目もくれず、ラヴィに近寄った。
「折り入ってお願いがある。俺と、戦ってくれないか?」
「……?」ラヴィは首をかしげた。
「ラヴィは強いんだよね。だからちょっと、興味がある」
「……いや、戦いたくない」
ラヴィは首を横に振った。アルフレッドは諦めかけ、しかし五時間も探し続けていたので、もうちょっと粘って見ることに決めた。
「殺し合いをしようってことじゃない。痛めつけたりもしない。少し手合わせしてくれればいい」
「……痛くしない?」
「痛いことはしない。約束する。破ったら俺の命を差し出しても良い」
「分かった。じゃあ、外、出よう」
アルフレッドが真摯に向き合ったお蔭で、ラヴィは申し出を受けた。二人は岩場をでて、砂浜まで並んで歩いた。
砂浜で対峙する。
アルフレッドは大剣を両手で握って、構えた。三メートル先に、ラヴィがいる。
(……でもなんだか、やりづらいなあ)
ラヴィはきょとんとした表情で、まるで戦意を感じさせない。大剣を構えて警戒しているアルフレッドの方が、馬鹿みたいだった。
アルフレッドは気が付いた。思えば、ラヴィが強いというのはあくまであの男女が噂に聞いたもので、実際に負けたのもあの貧弱な男女だけ。濃密な気配も、自分がただこの、海という場所に感じた特別性とごちゃまぜにして勘違いしただけかもしれない、と。
「そっちから打ってきてくれ」
アルフレッドは一メートルくらいのところに近づいて、軽く剣を構えた。どうにも自分から攻撃することが躊躇われたのだ。
ラヴィの眉間に、少し皺が寄った。
「なんで……?」
「俺から勝負を申し込んだから、まあ、礼儀みたいなものだ」
嘘だった。アルフレッドは、適当にラヴィの攻撃を受けて手合せを終わらせようとしていた。この魔物が強いと言うのは何かの思い違いだと確信していた。
ラヴィは、ボーっとした顔で十秒考えてから、
「分かった」
「すまない。じゃあ、よろしく頼む」
「ん」
ラヴィは巨大なハサミを持ち上げた。アルフレッドは剣を構える。なんとも間抜けな手合せだな、と内心苦笑していると、
ギィィィィィィン!
打ち下ろされたハサミが、アルフレッドの大剣にもの凄い力を加えた。アルフレッドの本能が危険信号をけたたましくならす。アルフレッドは力をいなして後ろに大きく引いた。腕全体が痺れている。
(……死にかけた)
アルフレッドは瞬時に理解した。自分はいま、死にかけたと。ラヴィに殺意があれば、いまごろ自分は跡形もなく肉塊だった。
手加減されたから、無傷なのだ。
アルフレッドは己を恥じた。しかし悔いることに時間は費やさず、目の前の戦闘に全神経を集中させた。
すぐに攻め込む。先手必勝。アルフレッドは地面を蹴ってラヴィに突撃し、大剣で袈裟切りするが案の定、ラヴィのハサミに容易く弾かれた。しかし想定内だったので、アルフレッドはすぐに次の行動に映った。ラヴィの右横に抜けて、ラヴィの死角になっているはずの、右斜め後ろから剣を払うが、これも弾かれた。
ラヴィは、下半身にも青い目がついていた。死角は殆どない。
アルフレッドは潔く、一旦引いた。
また大剣を構え、機を窺う。
ラヴィは隙だらけだった。しかしだからこそ、アルフレッドは攻め込めない。隙だらけのところを攻撃しても返り討ちにされるというのは、つまるところ隙がないということだ。
(何か、小細工を使うしかない……)
もう、手合せだとか傷つけないだとかはアルフレッドの頭からすっかり消えていた。久方ぶりの窮地に精神が高揚している。アルフレッドは殺しが嫌いだが、命のやり取りは大好きだった。
(奇襲できるのは、一回だけだ)
アルフレッドは、自らに迷う余裕を与えることなく、すぐにその手に打って出た。
先ほどと同じように、アルフレッドは正面から攻め込む。
ラヴィはハサミを構えている。
アルフレッドは――ラヴィに向けて大剣を投げた。
「……!」
ラヴィは目を見開いて、その大剣を咄嗟に叩き落とした。
アルフレッドは、投擲した大剣の陰に隠れるようにしてすでにラヴィの懐に潜り込んでいた。身体の小さい少年が、不釣り合いに大きな剣を使っていたからこそ出来た奇襲だった。
アルフレッドは右手に力を込め、無防備な左のハサミを裏拳で打ち払った。
「――ッ!」
ラヴィのハサミが砂浜に突き刺さった。奇襲とは言え、アルフレッドの拳はかなりのダメージをラヴィに与えた。
そも、アルフレッドにとってあの大剣は、自分の力を誇示して敵を怯えさせること、数十キロの重りを背負って自分の身体がなまらないようにすること、また大木をなぎ倒して薪にしたりすることなどを目的とした道具のようなもので、武器としての意味合いはもとより薄かった。
アルフレッドの一番の得意技は、単純な殴りつけと蹴りだ。
(勝った……!)
アルフレッドは、ラヴィのハサミが砂浜に突き刺さった隙を逃さず、飛び上がって、ラヴィの左肩に左足で、思い切り踵落としを浴びせた。
「――ッく!」
肩を蹴られ、ラヴィは苦悶の表情を浮かべる。アルフレッドの読み通り、上半身は下半身に比べて脆かった。
アルフレッドは両手を組み合わせて、続けざまにラヴィの後頭部を殴りつけようとして、
ラヴィが鋭く黄色い目を細めたのが見えたと思った瞬間――
「かはっ!」
アルフレッドは、ラヴィの右のハサミに服の襟をつかまれ、猛然と地面に叩きつけられていた。
さらにラヴィは、地面に仰向けになったアルフレッドの両手を、ハサミで押さえつけた。
目にもとまらぬスピードだった。アルフレッドの胸の内に絶望が広がった。
(まだ手加減されていた……)
いまの自分では一生かかっても勝てない、と、アルフレッドは悟った。
アルフレッドの視界に、上下逆さまになったラヴィの顔がある。
両手を塞がれて仰向けになった無防備なアルフレッドを、ラヴィはジト目で見下していた。
「約束、破った」
「は?」
「アルフレッド、痛くしないって約束した」
「……え?」
アルフレッドは、とうに約束のことなど忘れていたので、間抜けな返事を返してしまい、それがまたラヴィを不機嫌にした。
「約束破ったら、命差し出すって、言った」
「……あ」
「言った」
繰り返して言われ、アルフレッドはたははと苦笑いした。
アルフレッドはラヴィに、手合せする代わりに絶対痛いことはしない、したら命を差し出していいと約束していた。しかも、約束を切り出したのはアルフレッドの方だった。
「ご、ごめん、あの、忘れてて」
「じゃあ、命差し出す?」
「そそ、それは」アルフレッドは慌てた。「言葉の綾というか」
「? 良く分からないけど、約束は約束」
「……まいったな」
どう考えても、ラヴィの方に筋が通っている。
アルフレッドは嘆息して、
「そうだな。……大体、殺し合いだったら俺は死んでるし」
「……じゃあ、わたしの言うこと、きく」
「出来る範囲で、なんでもするよ」
「じゃあまず、綺麗にしよ」
綺麗にするとは、復讐の代わりに髪でも切り落とすつもりなのだろうか、とアルフレッドは思った。魔物にしては残酷だな、とアルフレッドは思った。
命綱をラヴィに預けた状態で、しかしアルフレッドはそれほど緊張していなかった。魔物は大体が人間に対して友好的であることを、アルフレッドは知っていたからだ。
もしかしたら海鮮料理でも振る舞ってくれるかもしれない、などとふざけたことを考えながらアルフレッドは、ラヴィにハサミでしっかり拘束された状態で、岩場まで連れていかれた。
3章 VSキャンサー2
岩場のくぼみに、アルフレッドとラヴィは戻ってきていた。
そしてアルフレッドは、ショックを受けていた。
「アルフレッドは臭い。だから、綺麗にする」
ラヴィの第一声がそれだったから。幾多の戦闘を経験した少年の心を、『臭い』の一言が打ち砕いた。
アルフレッドは、言い訳するように、
「ず、ずっと歩いてたから、汗かいてさ。夏で暑いし」
「うん。それに、あの時の二人の匂いもする。他の人間の匂いも」
「はあ……?」
あの時の二人とは、あの鎧の男女のことを言っているのだろうか? ほんの少しの時間一緒にいただけなのに、匂いが分かるのかと、アルフレットは感心し、しかし半分は信じていないかった。
どうも、アルフレッドはラヴィのことが上手く読めずにいた。
「そういうわけで、アルフレッド、服脱いで」
「……は? ……なんで?」
「綺麗にするから、服、脱いで」
アルフレッドの表情が固まった。綺麗にする、という意味を今更になって理解したのだ。
(風呂に入れるつもりなのか)
それはいくらなんでも、百戦錬磨のアルフレッドでも、聞き入れられるお願いではなかった。
「あと三日歩いたら街がある。そこで風呂に入るよ」
「ダメ、今すぐ」
「ど、どうしても?」
「アルフレッド、何日身体、洗ってない?」
「……ええっと」アルフレッドは決まり悪そうにする。「二日前に街を出たから、その間は、うん、洗ってないかな」
「汚い。臭い」
アルフレッドはたじろいだ。戦いに負け、口でもラヴィに勝てない。
ラヴィの巨大なハサミが、ギンギンと打ち鳴らされた。
「脱がないなら、無理やり引き裂く」
「わ、分かった。脱ぐ、脱ぐから」
「……じゃあ、早く」
おっとりした見た目に反して、妙なところでラヴィは厳しかった。
アルフレッドは自分の服に手をかけ、しかしラヴィを見て躊躇い、
「あっちの方で、一人で水浴びして――」
「ダメ」
「……はあ」
仕方なく、アルフレッドは上に着ていた服を脱いだ。速度重視の軽装だったので、簡単に脱げた。
アルフレッドは少年だ。身体は小さい。しかし、腹筋は割れ、胸筋も盛り上がっている。小さな上半身には、無駄のない、均整のとれた筋肉がしき詰まっていた。
ラヴィはそれを見て、すこしうっとりしたが、アルフレッドは鈍いのでそんな機微は察知できなかった。
上の服を脱ぐくらい、アルフレッドにとっては何でもない。男だから。問題はその先だ。
「で、俺はどうすればいい?」
「……? まだ脱げてない」
「は?」
ラヴィはハサミの先で、ラヴィの下半身を示した。下も脱げ、と言っているのだ。
流石のアルフレッドも、顔を赤らめた。
「下は無理だ! いくらなんでも!」
「なんでも言うこと、きくって言った」
「無理なものは無理!」
「じゃあ無理やり引き裂く」
「そんな……」
アルフレッドは愕然とし、本格的に逃げることに決めた。大剣はラヴィに没収されているが、あんなものどうでもいい。人前で、それも女の前で下半身を晒すくらいなら、大剣くらい捨てて逃げたほうが千倍増しだった。
しかし、戦闘でアルフレッドを打ち負かしたラヴィのハサミからは、逃れられなかった。
ラヴィは、巨大なハサミでアルフレッドを拘束して引き寄せ、鮮やかなハサミ使いでズボンも下着も、それから足のブーツも脱がせてしまった。
ラヴィの目の前に、アルフレッドの未成熟な性器が露出している。
「――ッ!」
アルフレッドは慌てて股間を両手で覆おうとして、しかしラヴィがそれをさせず、アルフレッドの小さな身体を脇の下からハサミで持ち上げた。
「は、離せって!」
「暴れちゃ、だめ」
「お、お願いだから……!」
アルフレッドは足をじたばたさせてもがくが、ラヴィの怪力の前では無駄な抵抗だった。
ラヴィの下半身の甲殻が、カパッと開いた。
甲殻の内側には、茶色くて細い毛がびっしり生えていた。そこからぶくぶくと、白い泡が出ている。
「洗うから、落ち着いて」
「でもっ」
「ただ洗うだけ。なんで、そんなに、嫌?」
ラヴィは小首を傾げて、不思議そうな顔をする。
それを見てアルフレッドは、一人慌てふためいている自分が、急に恥ずかしくなった。
(下半身を見られたくらいで慌てて……なんだか間抜けだな。ラヴィは全然、そんなこと気にしてないのに。ただ、綺麗好きだから、俺のことを洗おうとしているだけなのに……)
しかし、表情の起伏に乏しいラヴィは、その内側で、きっちり発情していた。ただ単にそれが顔に出ていないだけ。ラヴィの蟹の足が、代わりにせわしなく動いていた。
それが発情の合図であることなど、アルフレッドには知る由もなかった。
「じ、じゃあ……お願い、しようかな、恥ずかしいけど」
「うんっ」
ラヴィはにこっと微笑んで、自分の腹回りに開いた甲殻に、アルフレッドを、足が開いた状態で座らせた。ちょうど、アルフレッドがラヴィに抱き着く様な形になっていて、アルフレッドは赤面せざるを得なかった。しかも、
(――んなっ! こ、こ、こんなのっ……!)
アルフレッドは少年だ。強くても少年だ。当然、ラヴィよりずっと背が低い。
ラヴィに抱き着けば自然、目の前に乳房があった。
少年のアルフレッドにそれは、刺激が強すぎた。桜色の乳首が、目と鼻の先にあるのだ。
(今までずっと見えてたはずだ……どうして気に留めなかったんだろう……?)
ラヴィが上半身に羽織っている服はとても薄い羽衣のようなもので、内側は透けて見えていたが、ずっと戦うことばかり考えていたアルフレッドの眼中に、それはまったく入っていなかった。
しかし、その羽衣すら脱いで、直に胸を目の前で見せつけられると、少年であっても男性のアルフレッドは、意識せざるを得ない。
「じゃあ、頭から洗う」
「え? ……あ、ああ、うん」
アルフレッドは、自分がラヴィを意識していることを悟られまいと必死だった。ただ、洗ってもらうだけ、洗ってもらうだけ、洗ってもらうだけ、と自己暗示をかけ続けていた。
ラヴィは、普通に発情しているのに。
「んふふ〜」
ラヴィは、甲殻の内側から漏れ出た泡を手のひらですくって、アルフレッドの頭につけ、ごしごしと擦り始めた。普段は無口なのに鼻歌まで歌って、ご機嫌だった。
(……気持ちいい)
アルフレッドの思考から、ラヴィの胸のことが引き剥がされた。それより、頭を洗ってもらっているのが気持ち良かった。
(自分でやるのと全然違うな……)
アルフレッドは旅している間ずっと一人だった。だから、誰かに何かをしてもらうことはとても新鮮だった。
加えて、ラヴィの洗い方はとても上手だった。
「アルフレッド、痛いところとか、ない? 力、このくらいで大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、もっと、洗うね」
ラヴィは、キャンサーと呼ばれる魔物だった。キャンサーには、気に入った男性を見つけるとくまなく全身を洗い、自分の伴侶にしようとする習性がある。つまり、ラヴィはアルフレッドを見初めたのだ。
しかしアルフレッドはそんなことまったく知らず、ただ頭を洗ってもらう気持ち良さに浸っていた。
(悪くないな……こういうの)
ずっと戦うことだけ考えて気を張っていたアルフレッドに、この落差は強烈だった。わしゃわしゃわしゃという、泡の音も耳に心地よい。
「いっかい流すね」
ラヴィは、魔法を使って袖の内側から水を出して、アルフレッドの頭をすすいだ。キャンサーの泡の洗浄力は並外れていて、二日分の汚れを綺麗に洗い落とした。
しかし、綺麗好きのラヴィはそれでも満足できず、今度は、脇の下から伸びている甲殻を使って、アルフレッドの頭をごしごしこすった。優しく手でされるのと違って、少し刺激が強めの洗い方に、アルフレッドの思考が霧散していく。
ひとしきり洗って満足したラヴィは、袖から水を出して頭を洗い流し、まるで自分が創った芸術品の出来に感心するように、うんうんと肯いた。
「じゃあ、次は身体洗うね」
「……うん」
つい数分前はあれだけ嫌がっていたのに、アルフレッドはむしろ進んで洗ってもらおうとしていた。
しかし……。
「んしょ、っと」
「……って、わあっ!」
ラヴィが、いきなりアルフレッドにぎゅっと抱き着いたので、アルフレッドは慌てて離れた。
「な、な、なに!?」
「背中、洗うの」ラヴィは短く事実を言った。
「あ、洗うのはいいけど、なんでそんな、くっついて」
「……? なに慌ててるの? ただ洗うだけ。だから、心配しなくて大丈夫」
別に痛いことはしない、という意味でラヴィは言った。しかしまたしてもすれ違いが起こり、アルフレッドは、ただ洗うだけで性的なことをするわけではない、と受け取った。ラヴィは発情しているのに。
(洗うだけ、洗うだけ、洗うだけ……)
アルフレッドは、意識する自分の方がおかしいんだと、心中でしきりに言い聞かせた。
ラヴィは、そんなアルフレッドの初々しい反応にうっとりする。アルフレッドは、逃げ出したい衝動を頑張って胸の内に押し込めていた。
ラヴィは、甲殻の内側から、先ほどまでの三倍くらいたくさん、泡を出して、お互いの身体に塗りたくった。甲殻や、両手を使って、あらゆるところにわしゃわしゃ、と擦る。
ラヴィの胸が、何度もアルフレッドの顔に触れた。
(……うぅ)
アルフレッドは、くすぐったくて頭がどうにかなりそうだった。
ラヴィは、気持ちよさそうなアルフレッドを見て、またうっとりした。性的興奮が高まり、身体の芯が疼いた。
ラヴィは、アルフレッドをもっと強く抱きしめて、自分の上半身を擦りつけ始めた。
「なな、待って、待って!」
「やだ」
発情して理性のタガが外れかけていたラヴィは問答無用で、ハサミを使ってアルフレッドを自分のほうに押さえつけて、上半身を懸命に擦りつけた。アルフレッドは、ラヴィの滑らかな女性の肌に性的興奮を覚えざるを得なかった。
身体が熱くなる。
でも、ラヴィの冷たい上半身と、泡が気持ち良くて、アルフレッドはみるみる抵抗の気持ちを溶かされていった。ラヴィは控えめに評価してもかなりの美人で、そんな美人の上半身が顔と胸と腹に擦りつけられて、アルフレッドの顔がだらしなくなってしまうのは仕方のないことだった。
(なんでラヴィは、身体を擦りつけて洗ってるんだ……)
普通は手で洗うものだろう、とアルフレッドは思ったが、元来そういった常識的知識に乏しかったので、自分がおかしいのだと結論づけた。
ラヴィの、ぬめり気を帯びた上半身が、アルフレッドの引き締まった体を優しく撫でる。くちゅくちゅと、心地いい水の音がした。
「アルフレッド、気持ちいい?」
「……あぅ」
「顔、赤いよ? 暑い?」
「い、いや。大丈夫。気持ちいい」
「良かった」
ラヴィの言葉は殆ど短かったが、だからこそ、取り繕わない愛情が籠っているように、アルフレッドには感じられた。細かいことを考えるのが嫌いなアルフレッドと、素直なラヴィは、相性が良かった。
「アルフレッド、もう一つ、お願いきいて?」
「うん」アルフレッドはラヴィを見上げて答えた。
「わたし、喋るの苦手だから、アルフレッドって、言いにくいの」
「ああ。アルって呼んで」
「うん。……アル」
「ん?」
「……なんでもない。呼んでみただけ」
ラヴィは、アル、アル、と心の中で繰り返した。そして、外れかけた理性のタガを立て直した。まだ早い、と思ったのだ。交わるには。
キャンサーは匂いや汚れに敏感で、惚れた相手以外の匂いが相手に付着していることをとても嫌う。だからラヴィも、焦らずじっくり、アルフレッドに付着した匂いと汚れを完璧に落としてから、行為に及ぼうと決めた。
それに、まだ少年のアルフレッドを欲望のままに貪るのは何か違う、とも思っていた。
ラヴィは、上半身の動きを緩めて、
「頭の続き。上から洗っていく、から」
洗い漏らしがないよう、上から丁寧に洗っていくことにきめ、ラヴィは、泡を手につけて、念入りにアルフレッドの顔を洗った。額、鼻、頬、耳、あますところなく几帳面に、たおやかな指で優しく擦った。きゅっと目をつむるアルフレッドの顔に、水をかけると、アルフレッドはパチパチと両目をしばたいた。
「……あ、肩が……」
「ん?」
顔を洗ってもらって目が少し冴えたアルフレッドは、ラヴィの左肩に青あざがあるのを発見してしまった。
アルフレッドが蹴りを浴びせた部分だった。
「ごめん、俺の所為で……」
「もういい。許した」
ラヴィは、アルフレッドの顔を胸に埋めさせて視界を塞ぎ、痣が見えないようにしてから、首を洗い始めた。顎の下からていねいに、漏れがないよう慎重に泡を塗った。胸と腹も洗って、アルフレッドの身体に手を回して背中も洗い、甲殻も使ってゴシゴシ擦った。
胸に顔を埋めたアルフレッドは、顔が熱くて死にそうだった。緊張する。でも、ラヴィに洗ってもらうと気持ち良くて、その緊張がみるみる吸い取られてしまう。
ラヴィは泡を水で流しながら、
「足も洗うね」
ラヴィは、手でアルフレッドの足先を持って、指の付け根から洗い始めた。アルフレッドはくすぐったくて、「うぅ」と少し身震いした。それがまた、ラヴィの庇護欲を掻き立てた。
焦る気持ちを抑えて、ラヴィは足を洗っていく。甲殻で足の裏を擦って、手で太ももを揉みほぐすように洗って……その手が徐々に股間に近づいていく……。
足の付け根を手で洗うとき、ラヴィは頭が沸騰しそうだった。
早く、アルと交わりたいと……
あと少し、あと少しと……。
「あ、アル……?」
「……ぇ?」
気持ち良くてボーっとしていたアルは、なんとも気の抜けた声を出した。ラヴィは表情の薄い顔をほんのり赤らめ、蟹の足をジタバタ動かしていた。
「あ、洗っていい……?」
「? いいよ……?」
意味が分からなかったので深く考えず、アルフレッドは承諾した。どうせ大したことじゃない、と思っていた。
ラヴィは、ごくりと生唾を飲みこんだ。アルフレッドはそれを見て、不思議そうな顔をした。
「……ぁぇ?」
アルフレッドの股間に、甘い刺激が走った。アルフレッドは何が起きているか分からず間の抜けた声をだし、下を見て、ラヴィが手で自分の性器を擦っているのが視界にはいったところで、ようやく慌てた。
「ら、ラヴィ!?」
「だめ。逃げちゃだめ」
「さ、流石に自分で……」
自分で洗えるよ。
という言葉が、喉で引っかかって出てこなかった。
ラヴィが性器に触れる前なら言えたかもしれない。でもこの気持ち良さを一度知ってしまったら、自分から拒否することなんてアルフレッドには到底できなかった。
(なにこれ……)
精通がまだだったアルフレッドは、未知の快感に戸惑った。
(ああ、そうか、これが……)
おぼろげに、子供がどのようにして出来るかを、アルフレッドは知っていた。時には、旅の途中で人間と魔物が交わっているのを目にすることさえあった。しかし、戦闘と景色以外に興味がないアルフレッドは、気にも留めていなかった。
アルフレッドは、ラヴィに止めてくれ、と言わなければ、と口をぱくぱくするが、
「口も洗う」
ラヴィがそう言って、自分の口に泡をふくんで、アルフレッドにキスをした。
「んっ!」
「アルぅ……ん、ちゅる、……れろ、ちゅる……」
泡まみれのラヴィの舌が、アルの狭い口内を舐めまわす。歯茎や下の裏まで念入りに、ラヴィはアルフレッドの口を洗った。
その間も、ラヴィの両手がアルフレッドの性器を包み込むように洗っている。玉を揉みほぐし、性器の付け根から念入りに泡を塗る。
アルフレッドはもう、脳みそが溶けそうだった。
「あむ、んちゅる……ちっ、ちゅる……はあ。次は、水ですすぐね」
ラヴィは、自分の口に水を含んで、それをアルフレッドに口移しし、また口内を舌で舐めまわして洗い始めた。
「んちゅ、ちゅる、ちゅるる、んむ、ちゅる、れろ、あむ、ちゅる……」
「ん、ちゅ、ん、ちゅる、ちゅる、あむ」
「ちゅる、ちっ、ちゅる、んむ、あむ、ん、ちゅる……ぷはっ」
ラヴィが唇を離すと、アルフレッドの唇との間に糸を引いた。アルフレッドは目がとろけきって、心臓が激しく鼓動していた。
余裕のないアルフレッドの姿に、ラヴィの母性が膨れ上がった。
「アル、好き」
ラヴィはアルフレッドを抱きしめた。
「アルは、もっと、身体の力を抜いたほうが良い」
「……ぇ」
「アルは、緊張し過ぎ」
ラヴィの手が、アルフレッドの後頭部に添えられた。優しく撫でている。アルフレッドはぼんやりした頭で戸惑った。
「わたしが守っててあげるから、大丈夫」
「……ぁ」
アルフレッドは、小さなころから戦闘の心得を叩きこまれ、旅の間は気の休まる時が殆どなかった。ずっと緊張状態なのが当然のことだった。今も、崩れかけた理性の真ん中で、敵の気配を察知することだけは怠っていなかった。
そうしないと、いつ死ぬか分からない。そう教えられて育った。
「アルは、わたしが守る。だから、身体の力を抜いて」
「……だ、だめだよ、それは、」
「いいの。それに、わたしの方が強い。負けたんだから、言うこときいて」
「……うぅ」
理屈が通っていて、それにラヴィのことを信頼してみたくて、アルフレッドは力を抜こうとするけど、どうにもうまくいかなかった。生まれた時からずっと続けてきたことを、そうやすやすと止めることは出来なかった。
「大丈夫、大丈夫」
ラヴィは優しく言いかけながら、アルフレッドを抱きしめて、あやすように背中を擦った。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫だよ、アル」
「……大丈夫」
「誰も痛くしない。力を抜いて。わたしが守ってあげるから、大丈夫だよ、アル」
「うん」
「アルはずっと、わたしと一緒にいるの。これからも、いっぱい甘えていいんだよ?」
ラヴィは、アルフレッドの頭に頬を擦りつけて、落ち着かせるように背中を撫でたり、軽く叩いたりした。
「アル、わたしのこと、お姉ちゃんって呼んで」
「え?」
「そしたら、きっと力も抜けるから」
「……本当に?」
「うん」
アルフレッドは迷った。でも、ラヴィが後押しするようにぎゅっと抱きしめて、アルフレッドの口から自然に声が漏れた。
「……お姉ちゃん」
「うん。よしよし」
ラヴィは微笑んで、褒めるようにアルフレッドの頭を撫でた。アルフレッドは身体の力を抜いて、考えるのもやめて、ラヴィに抱き着いた。
「お姉ちゃん……」
「うん、もっと呼んで」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」
そう呟くアルフレッドの視界に、ラヴィのピンク色の乳首があった。
ボーっとしていたアルフレッドは、本能のままにそれに吸い付いた。
「ひゃっ♥」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「ううん。いいよ。もっと吸って」
ラヴィは自分から、乳首をアルフレッドの口まで持っていった。アルフレッドは夢中でそれに吸い付いた。ラヴィは切なげに声を漏らした。
「んっ、ぁ、んんっ♥」
ラヴィは、快感に耐えながら、アルフレッドの小さな性器を優しく包んで、扱いた。アルフレッドはびっくりして、乳首を強く吸ってしまい、ラヴィは喘いだ、
「ああっ♥ ん、アル、いいよ、もっと甘えて、アル……」
ラヴィは、泡をアルフレッドの性器に塗って、
「ちょっと、痛いかもしれないけど、我慢してね」
皮を被っていたアルの性器を、剥いて、洗った。
「――っ!」
「大丈夫だよ、アル、心配しないで、わたしに任せて」
ラヴィは、露出した亀頭に泡を塗って、優しく撫でる。くちゅくちゅと音がする。
アルフレッドは、すぐに限界を迎えた。精通が未だだったので、アルフレッドは戸惑った。
「なんか、なんか変だよ」
「大丈夫。そのまま力を抜いて。わたしのこと信じて」
「うん」
「ゆっくり、優しくしてあげるから、ゆっくり……」
ラヴィは、右手でアルフレッドの性器を包んで扱き、左手で球を優しく揉みほくす。アルフレッドの性器に、精液が昇り詰める。
「も、もうくるっ」
「いいよ。力を抜いて、出していいよ。そのまま出して」ラヴィはゆっくり性器をしごき続ける。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫。ここにいるよ。出していいよ」
「も、もうっ、……んっ、んんっ」
アルフレッドの性器から、ぴゅぴゅっと精液が飛び出た。アルフレッドは疲れて、ラヴィに体重を預けてぐったりする。ラヴィは、手についた精液を口に持っていって、嬉しそうに舐めた。
「そんなの舐めたら、汚いよ……」
「ううん。おいしいよ。……じゃあ、次はこっち」
「ま、まだ何かあるの?」
アルフレッドは、期待と恐怖で不安げな顔をする。でもラヴィが頭をなでると、ほっと安心した。
「アルの精液、こっちにも頂戴」
屹立したアルフレッドの性器に、ラヴィの綺麗な割れ目が添えられている。
ラヴィは、両手でアルフレッドの性器を包んで、泡を優しく塗り直した。
「もっと気持ち良くなれるからね」
「も、もっと……」
アルフレッドは期待し、生唾を飲んだ。
ラヴィは、手でアルフレッドの性器を持って、先を自分の割れ目に押し当てて、そっと入れた。
「んっ、あ、アルのが中に入ってるよ」
「あっ、んんっ」アルフレッドは身震いした。
「大丈夫だからね……」
ラヴィは腰を突きだして、割れ目の中に、アルの性器をすべて入れてしまった。暖かくて、柔らかい刺激に、アルフレッドの口から甘いため息が漏れた。
「ぁ、温かい……」
「うん。じゃあ、動かすね」
ラヴィは、前後には動かず、中をきゅっきゅと締め付けた。アルフレッドは切なげに喘いだ。ラヴィも、アルフレッドを感じて恍惚とする。
「ん、はあっ……気持ちいい……ふふっ。きゅっ、きゅっ、きゅって、気持ちいい?」
「ぁ……」
「もっともっと動くね」
ラヴィは、ゆっくり腰を振った。アルフレッドの性器に、ラヴィのひだが絡みつく。ぐちゅぐちゅと卑猥な音がする。
「あんっ、はあ♥ アルのが、わたしの中で、動いてるよ」
「んっ、んんっ」
「んっ、ああっ、はあっ♥ ……出したくなったら、さっきみたいに、いつでも出していいからね……ああっ♥」
ラヴィの蜜壺の中で、アルフレッドの性器がぐちょぐちょと音を奏でる。
「んんっ、あっ、アルのとっても、元気で、んんっ、わたしも、気持ちいい……ああっ♥」
「お、お姉ちゃんも……」
ラヴィの嬌声に興奮し、アルフレッドはまた、すぐに限界を迎えた。
「も、もうだめ」
「うんっ、いいよ、出していいよ。アル、大好き」
ラヴィは、きつく歯を食いしばって耐えているアルフレッドに、母性を刺激され、アルフレッドを抱きしめて頭を撫でた。アルフレッドは、心の芯までドロドロに溶かされて、我慢できずに、ラヴィの中に精液を放った。
「――んんっ! あ、アルの温かいのが、いっぱい来てるよ」
アルフレッドは、ビクビク震えながら射精している。ラヴィは、アルフレッドの頭を撫で続けた。
そうして休憩していると、アルフレッドの目が、うつらうつらし始めた。
「もう疲れちゃった、アル?」
「うん……ごめん、もう……眠い……」
「眠っていいよ。わたしが抱っこしててあげるから」
「……うん」
アルフレッドは、疲れて眠ってしまった。ラヴィはアルフレッドを起こさないよう、そっと優しく抱きしめた。
あたりが静かになる。
ざざ、ざざ、と寄せて返す波の音だけが、二人を包み込んでいた。
ラヴィは、魔力で泡を作って、海に向けてはなった。一つ、二つ、三つ……泡が、海に吸い込まれ、月に向かって昇って行く。きっと、景色を見るのが好きなアルフレッドが見たら、感嘆の声をあげただろう。 しかしアルフレッドは、ラヴィの胸の中で、すやすやと眠っていた。
14/10/17 20:24更新 / おじゃま姫