Pursuer of happiness.
〜大陸某所、シルヴィアの自宅〜
「姐さん、来る時には前もって連絡して…いや、出会い頭に尻尾を口に突っ込んでイマラチオは勘弁して欲しいんだ。」
「なによ〜、あんたも私の愛が受け取れないって言うの?そんな事言うわがままな妹は押し倒しちゃうぞ!」
そんな私の姐さん、リリィ・レズビアン・ユリガスキーの目は既に据わっており、両頬どころか顔全体が紅潮していて、そして何より酒臭い。
端から見ても酔っ払っているのは明らかだが、そんな姐さんを前に私は「またか」という感想しか抱かない。姐さんはいつもこうだ、何か気に入らない事があると浴びるように酒を飲んで泥酔したまま我が家へと押しかける。そして、その鬱憤を私に性的な悪戯をして解消するのだ。
そのままにしておくと何をされるか分かったものじゃないので、尻尾と両腕を拘束してリビングへと引きずっていく。
この場所に居を構えて十数年、今夜も眠れぬ夜を過ごす羽目になりそうだ。
リビングまで姐さんを引きずってきた私は、その酒臭い身体を椅子へ縛り付け、酔い覚まし用の水と起きて欲しくないもしもの時の為の空き樽を用意すると、愛用の椅子をテーブルを挟んで姐さんと対面になるような位置に持ってきてからそれに腰掛ける。
隣に座らないのは気づかぬうちに行われるセクハラを防ぐ為だ。
それでも、魔力で出来た黒光りしてうねうねした触手のようなものによる侵略を防ぎきる事は出来ないから気が滅入る。
この眼前にいる自由奔放と言えばまだましだが、自堕落なだけの姐さんと違って私は明日も騎士団の仕事で街の防衛に努めなければならないのだ。
押し倒されて寝不足です、なんて笑い話にもならない。
これが夫との情事でとかなら笑って許してくれるだろうが、魔物同士の行為など理解されにくい事この上ない。
ともかく、姐さんの意識が私の身体へと向く前に話を始める必要がある。
「それで姐さん、一体何が…」
「何が『私達結婚しました。』よ!何が『We just married.』よ!どうして私より先に義妹達が結婚するのよ!そりゃあみんな良い子だし、引く手数多なのは分かるけどさ、私だってリリムよ!魔王の娘よ!これ以上ない逆玉よ!なのにどうして、ヒグッ、どうして私だけが、グスッ、売れ残るのよ。」
またこれか…。酔った勢いでくだを巻く姐さんの姿を見るのは何度目だろうか?
どうやらまた私の知らない姐さんの妹が夫と結ばれたらしい。それは喜ばしい事だし、お祝いの品の一つや二つあげたい気持ちにもなるのだが、…その後の姐さんの相手をする羽目になる私の気持ちにもなって欲しい。
「それで、披露宴の後に飲み屋に行ってこんな時間まで飲んでた訳ですか。」
「そうよ〜、何か文句あるの?あ〜もう、やってらんない!シルヴィア、お酒ちょうだい!今日は朝まで飲み明かしてやるんだから!」
「ありません。」
意気込んで酒盛りを始めようとする姐さんに冷たい言葉を投げつける。
何も姐さんを苛めたいとかそういう気持ちがある訳ではなく、私の家にアルコールの類いは常備されていないからだ。
だって、私下戸だし。
「嘘ね、絶対嘘!だってこの前大樽抱えて持って来たの私覚えてるもん。」
「あれは姐さんがその日のうちに空にしました。」
「なん…だと…!?それじゃあシルヴィア、お金上げるから買ってきて頂戴。」
「無理です、この時間帯に開いてる酒屋はこの近くにはありません。」
自宅から最寄りの街、偶然にも現在の勤め先であるラリベルタまで愛する首なし馬を駆り立てても30分以上はかかる。この時間なら街の入り口にある門だって確実に閉まっているし。魔王の娘権限を使えばどうこうできない事もないが、この程度のわがままを理由に街の人達の生活を乱す気には到底なれない。
「じゃあ、シルヴィアの愛液で我慢するもん。」
何か聞き捨てならないフレーズを耳にしたので姐さんの方へ視線を向けると、その足下から黒光りしてうねうねした気味の悪い触手のような魔力の塊が顕現し始める。
これはまずい、
思考より先に身体が反応する、
直前まで座っていた椅子をはじき倒しながら後方へ跳躍、
着地の瞬間、
今度は前方へ大きく踏み込みテーブルを飛び越え、
右足で姐さんの顔に跳び蹴りを見舞うが、
「甘い!」
その一撃は姐さんの両腕でガードされてしまう。
もちろんそんな事は想定済みだ、
私の攻撃を防いだ事で安堵した姐さんが再び足下の魔力操作に意識を向けた所で、
残った左足で強烈に蹴り込む。
「両方シルヴィアキィィィック!」
吹き飛んだ姐さんが壁に叩きつけられるのを見て私は「頑丈な家を頼んでおいて良かった」という安心感と「また力に物を言わせてしまった」という後悔の念に駆られるのだった。
それから、しばらくして。
二人で紅茶を飲んでいると、不意に姐さんが口を開いた。
「それで、最近どうなのよ?」
「どうと聞かれても、何を答えるべきか迷うな。特にここ数日は色々あったから。」
確かに色々あった。
隣国が攻め込んできたり、その最中に届け物をしに来た男に私の剣を切られたり、その男が隣国との戦争をたった一人で収めてしまったり、その男に一目惚れしたり、その男に初めてを捧げたり、あれ?初めて?後で姐さんに聞いてみよう。
「じゃあ、単刀直入に聞くわ。いい男は居なかった?居たら紹介して、ていうか今すぐ連れてこい!」
「また蹴られたいの?」
「ごめんなさい、私が悪うござんした。ってどうして姐である私が妹のあんたに頭を下げなきゃいけないのよ、普通逆でしょ!」
「私は人としての素養がなってない相手に頭を下げる気はないよ。例えそれが、命の恩人であっても。」
それは、騎士として未熟なのかもしれない。
ただ、頭を下げられる事で間違った方向へ進んでいく人が居ることを私は知っている。
だから私は、過去の事をいつまでも引きずって頭を下げ続ける人では居たくないのだ。
「お母様…妹が私の事をいじめてきます。どうか、救いの手をさしのべて下さい。」
「姐さん、お願いだからそれだけは勘弁して。冗談抜きで私の首が飛ぶから。」
姐さんは祈るようなポーズを取りながらお母様、詰まる所魔王様にお願いするふりをしている。
その証拠に、一体どこで覚えたのだろうか?祈りのポーズは教団で主神に祈りを捧げる時に使われている物だ。
「それで、色々あったって何があったのよ。」
「報告書とかは届いてないの?」
名目上、私の騎士団は姐さんの親衛隊という形で魔王軍のリストに登録されている、実際の扱いは魔王軍所属の傭兵と同じだけれど。
それ故に、姐さんから離れて活動する時は必ずその報告が送られるはずなのだ。
「届いたわよ。何事もなく防衛に成功した。って言うふざけた報告書がね。こんな下手な偽装したら気づいてくれって言ってるようなもんじゃない。何事もないなら、折れたあなたの剣がそこにおいてあるはずがないでしょ。」
「気づいてたのか。」
「当然じゃない。私は自由でいたいからお馬鹿な道化を演じてるだけ、本気出したら色恋沙汰にうつつ抜かしてる姉たちに負けたりしないわ。」
姐さんは自由が好きだ。
それも、男と自由どっちが好き?と聞かれれば「イーブンかな。」と答えるくらいには。
そんな姐さんの望む夫像は、「自衛が出来る事」と「束縛しない事」を兼ね備えた人物なのだが、そんな男がそうそう居るはずもなく、独身街道を邁進中である。
最近は母親からも見合い写真が毎日のように送られてきて大変らしい。
「じゃあ姐さんはどこまで知ってるの?」
「どこまでも何も、紙切れ一枚の報告書から分かる事なんてたかが知れてるわよ。ひとまず概要だけ教えてちょうだい、聞きたい事はまた後で質問するから。」
「分かった。」
私は、話し始める。
ここ数日の間に起こった、戦争とは言えない戦争と、その顛末を。
もちろん、姐さんが興奮するといけないので凪との情事は省いたけれど。
「それじゃあ、あの領主に会った訳だ。」
「ああ、何と言うか凄まじい人だな。魔力も知識も桁外れだし、そして何より自分に絶対の自信を持っている。あの人を引き込めたらどんなに有利になるだろうか。」
「それは無理ね、あの人たった一人の第三勢力って言われるくらいだから、過去にどれだけの姉達が論破されて上に心を折られて帰ってきた事か。」
「その話は本当か?」
どうやら私はあの領主のほんの一面しか見ていなかったらしい。そのことを思い知らされて、驚嘆すると同時に少しだけ恐怖を感じた。
何かあの領主には得体の知れない物が隠されているような気がしてならないのだ。
それも、私達の知らない水面下で大事を実行しているような。
「それで、いい男はいた?」
「ん〜、二人…かな?」
魔物娘であるからして、どんな内容の会話をしてもこの手の話題が出ない事はほとんどない。
人間だった頃は死ぬまで独り身でも構わないと思っていたが、今はそうは思わない。
人間と同じような食事で生きる為に必要な魔力が補えない訳ではないが、戦う為となれば話は変わってくる。
戦闘に出る度にあの不味い上に高価でかつ得られる魔力の量も少ない薬を飲み続けるのは苦痛でしかない。
そのため一目惚れからそのまま行為に及んでしまう物も少なくない。
いや、私が人ごとのように言えた義理でないのは分かっているが。
「その二人はどこにいるのよ?」
「二人とも街にいるよ。ただまあ、両方とも先約済みだけど。」
「それじゃあ意味ないじゃない。ちなみに誰よ、その先約を取った人は。」
姐さんはテーブルに頬杖をつきながら、空いた片方の手で髪を弄っている。
「私とイライザ。」
その言葉に神経反射の領域で噛み付いてきた姐さんはテーブルをダンッ!とたたき、こちらにズィッ!と身を乗り出してくる。
「なんですって!?イライザって子がどんな子かは知らないけどシルヴィアにまで先を越されるなんて。どこまで行ったのよ?C?それともC?やっぱりC?」
「姐さん、AとBはどこへ消えた。」
選択肢と呼べない選択肢に私は疑問を投げかけたが、どうやら私の常識は非常識だったらしい。
「魔物娘たるものキス即セックス!ペッティング即セックス!本番即中出し!常識じゃない。もしかして、知らなかったとか?で、どこまで行ったのよ。」
「…シ、Cです。あー、やっぱり恥ずかしい!」
顔が赤く、体温も上がってるような気がする。アンデッドなのに。
「シルヴィア、そんなんじゃ魔界には行けないわよ。井戸端会議で昨日の愛を語り合うなんて日常の光景なんだから。」
「魔界に行く気はないので、結構です。」
私は過去から逃げ出してまで幸せになろうとは思わない。
私のせいで不幸になった人がいるかも知れない。
私のせいで幸せを掴み損なった人がいるかも知れない。
そのことを思うと私が幸せになるのは大分先の話だな、なんて結論が出て苦笑してしまうのだ。
どうやら、姐さんには全部すべて、まるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだったようだけれど。
「あんた、まだ引きずってるんだ。」
「少なくとも、私が不幸にした人達を幸せにするまで、気楽に過ごす事は出来ないよ。」
「面白いね、人って生き物はほんとに面白い。」
「へ?」
「いや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。私は夫捜しのついでにいろんな人間を見てきたけど、他人の幸せを奪って幸せになろうとする文字通りの下種がいれば、あなたみたいに他人の幸せを第一に考える人もいる。お母様が人間を好きになったのはあなたみたいな人達と世界を作っていきたいからじゃないかな?まあ、憶測でしかないけどね。」
「それじゃあ、私はどうすれば良いんだ?」
「まずは、あなた自身が幸せになる事。そうすれば、周りの人達も幸せになれるわよ。」
なんだか、心にあった重しが取れた気がする。
まずは明日、彼に会いに行こう。
「と言う訳で、私に愛液を飲ませろー!」
夜中にもかかわらず叫び声を上げて私に飛びかかる姐さんと、
「断る!私は明日も仕事だ!」
それに呼応する私がいて、
眠れない夜は夜明けへと向かっていく。
明日仕事だけど、街中待機だから大丈夫よね?きっと、たぶん。
「姐さん、来る時には前もって連絡して…いや、出会い頭に尻尾を口に突っ込んでイマラチオは勘弁して欲しいんだ。」
「なによ〜、あんたも私の愛が受け取れないって言うの?そんな事言うわがままな妹は押し倒しちゃうぞ!」
そんな私の姐さん、リリィ・レズビアン・ユリガスキーの目は既に据わっており、両頬どころか顔全体が紅潮していて、そして何より酒臭い。
端から見ても酔っ払っているのは明らかだが、そんな姐さんを前に私は「またか」という感想しか抱かない。姐さんはいつもこうだ、何か気に入らない事があると浴びるように酒を飲んで泥酔したまま我が家へと押しかける。そして、その鬱憤を私に性的な悪戯をして解消するのだ。
そのままにしておくと何をされるか分かったものじゃないので、尻尾と両腕を拘束してリビングへと引きずっていく。
この場所に居を構えて十数年、今夜も眠れぬ夜を過ごす羽目になりそうだ。
リビングまで姐さんを引きずってきた私は、その酒臭い身体を椅子へ縛り付け、酔い覚まし用の水と起きて欲しくないもしもの時の為の空き樽を用意すると、愛用の椅子をテーブルを挟んで姐さんと対面になるような位置に持ってきてからそれに腰掛ける。
隣に座らないのは気づかぬうちに行われるセクハラを防ぐ為だ。
それでも、魔力で出来た黒光りしてうねうねした触手のようなものによる侵略を防ぎきる事は出来ないから気が滅入る。
この眼前にいる自由奔放と言えばまだましだが、自堕落なだけの姐さんと違って私は明日も騎士団の仕事で街の防衛に努めなければならないのだ。
押し倒されて寝不足です、なんて笑い話にもならない。
これが夫との情事でとかなら笑って許してくれるだろうが、魔物同士の行為など理解されにくい事この上ない。
ともかく、姐さんの意識が私の身体へと向く前に話を始める必要がある。
「それで姐さん、一体何が…」
「何が『私達結婚しました。』よ!何が『We just married.』よ!どうして私より先に義妹達が結婚するのよ!そりゃあみんな良い子だし、引く手数多なのは分かるけどさ、私だってリリムよ!魔王の娘よ!これ以上ない逆玉よ!なのにどうして、ヒグッ、どうして私だけが、グスッ、売れ残るのよ。」
またこれか…。酔った勢いでくだを巻く姐さんの姿を見るのは何度目だろうか?
どうやらまた私の知らない姐さんの妹が夫と結ばれたらしい。それは喜ばしい事だし、お祝いの品の一つや二つあげたい気持ちにもなるのだが、…その後の姐さんの相手をする羽目になる私の気持ちにもなって欲しい。
「それで、披露宴の後に飲み屋に行ってこんな時間まで飲んでた訳ですか。」
「そうよ〜、何か文句あるの?あ〜もう、やってらんない!シルヴィア、お酒ちょうだい!今日は朝まで飲み明かしてやるんだから!」
「ありません。」
意気込んで酒盛りを始めようとする姐さんに冷たい言葉を投げつける。
何も姐さんを苛めたいとかそういう気持ちがある訳ではなく、私の家にアルコールの類いは常備されていないからだ。
だって、私下戸だし。
「嘘ね、絶対嘘!だってこの前大樽抱えて持って来たの私覚えてるもん。」
「あれは姐さんがその日のうちに空にしました。」
「なん…だと…!?それじゃあシルヴィア、お金上げるから買ってきて頂戴。」
「無理です、この時間帯に開いてる酒屋はこの近くにはありません。」
自宅から最寄りの街、偶然にも現在の勤め先であるラリベルタまで愛する首なし馬を駆り立てても30分以上はかかる。この時間なら街の入り口にある門だって確実に閉まっているし。魔王の娘権限を使えばどうこうできない事もないが、この程度のわがままを理由に街の人達の生活を乱す気には到底なれない。
「じゃあ、シルヴィアの愛液で我慢するもん。」
何か聞き捨てならないフレーズを耳にしたので姐さんの方へ視線を向けると、その足下から黒光りしてうねうねした気味の悪い触手のような魔力の塊が顕現し始める。
これはまずい、
思考より先に身体が反応する、
直前まで座っていた椅子をはじき倒しながら後方へ跳躍、
着地の瞬間、
今度は前方へ大きく踏み込みテーブルを飛び越え、
右足で姐さんの顔に跳び蹴りを見舞うが、
「甘い!」
その一撃は姐さんの両腕でガードされてしまう。
もちろんそんな事は想定済みだ、
私の攻撃を防いだ事で安堵した姐さんが再び足下の魔力操作に意識を向けた所で、
残った左足で強烈に蹴り込む。
「両方シルヴィアキィィィック!」
吹き飛んだ姐さんが壁に叩きつけられるのを見て私は「頑丈な家を頼んでおいて良かった」という安心感と「また力に物を言わせてしまった」という後悔の念に駆られるのだった。
それから、しばらくして。
二人で紅茶を飲んでいると、不意に姐さんが口を開いた。
「それで、最近どうなのよ?」
「どうと聞かれても、何を答えるべきか迷うな。特にここ数日は色々あったから。」
確かに色々あった。
隣国が攻め込んできたり、その最中に届け物をしに来た男に私の剣を切られたり、その男が隣国との戦争をたった一人で収めてしまったり、その男に一目惚れしたり、その男に初めてを捧げたり、あれ?初めて?後で姐さんに聞いてみよう。
「じゃあ、単刀直入に聞くわ。いい男は居なかった?居たら紹介して、ていうか今すぐ連れてこい!」
「また蹴られたいの?」
「ごめんなさい、私が悪うござんした。ってどうして姐である私が妹のあんたに頭を下げなきゃいけないのよ、普通逆でしょ!」
「私は人としての素養がなってない相手に頭を下げる気はないよ。例えそれが、命の恩人であっても。」
それは、騎士として未熟なのかもしれない。
ただ、頭を下げられる事で間違った方向へ進んでいく人が居ることを私は知っている。
だから私は、過去の事をいつまでも引きずって頭を下げ続ける人では居たくないのだ。
「お母様…妹が私の事をいじめてきます。どうか、救いの手をさしのべて下さい。」
「姐さん、お願いだからそれだけは勘弁して。冗談抜きで私の首が飛ぶから。」
姐さんは祈るようなポーズを取りながらお母様、詰まる所魔王様にお願いするふりをしている。
その証拠に、一体どこで覚えたのだろうか?祈りのポーズは教団で主神に祈りを捧げる時に使われている物だ。
「それで、色々あったって何があったのよ。」
「報告書とかは届いてないの?」
名目上、私の騎士団は姐さんの親衛隊という形で魔王軍のリストに登録されている、実際の扱いは魔王軍所属の傭兵と同じだけれど。
それ故に、姐さんから離れて活動する時は必ずその報告が送られるはずなのだ。
「届いたわよ。何事もなく防衛に成功した。って言うふざけた報告書がね。こんな下手な偽装したら気づいてくれって言ってるようなもんじゃない。何事もないなら、折れたあなたの剣がそこにおいてあるはずがないでしょ。」
「気づいてたのか。」
「当然じゃない。私は自由でいたいからお馬鹿な道化を演じてるだけ、本気出したら色恋沙汰にうつつ抜かしてる姉たちに負けたりしないわ。」
姐さんは自由が好きだ。
それも、男と自由どっちが好き?と聞かれれば「イーブンかな。」と答えるくらいには。
そんな姐さんの望む夫像は、「自衛が出来る事」と「束縛しない事」を兼ね備えた人物なのだが、そんな男がそうそう居るはずもなく、独身街道を邁進中である。
最近は母親からも見合い写真が毎日のように送られてきて大変らしい。
「じゃあ姐さんはどこまで知ってるの?」
「どこまでも何も、紙切れ一枚の報告書から分かる事なんてたかが知れてるわよ。ひとまず概要だけ教えてちょうだい、聞きたい事はまた後で質問するから。」
「分かった。」
私は、話し始める。
ここ数日の間に起こった、戦争とは言えない戦争と、その顛末を。
もちろん、姐さんが興奮するといけないので凪との情事は省いたけれど。
「それじゃあ、あの領主に会った訳だ。」
「ああ、何と言うか凄まじい人だな。魔力も知識も桁外れだし、そして何より自分に絶対の自信を持っている。あの人を引き込めたらどんなに有利になるだろうか。」
「それは無理ね、あの人たった一人の第三勢力って言われるくらいだから、過去にどれだけの姉達が論破されて上に心を折られて帰ってきた事か。」
「その話は本当か?」
どうやら私はあの領主のほんの一面しか見ていなかったらしい。そのことを思い知らされて、驚嘆すると同時に少しだけ恐怖を感じた。
何かあの領主には得体の知れない物が隠されているような気がしてならないのだ。
それも、私達の知らない水面下で大事を実行しているような。
「それで、いい男はいた?」
「ん〜、二人…かな?」
魔物娘であるからして、どんな内容の会話をしてもこの手の話題が出ない事はほとんどない。
人間だった頃は死ぬまで独り身でも構わないと思っていたが、今はそうは思わない。
人間と同じような食事で生きる為に必要な魔力が補えない訳ではないが、戦う為となれば話は変わってくる。
戦闘に出る度にあの不味い上に高価でかつ得られる魔力の量も少ない薬を飲み続けるのは苦痛でしかない。
そのため一目惚れからそのまま行為に及んでしまう物も少なくない。
いや、私が人ごとのように言えた義理でないのは分かっているが。
「その二人はどこにいるのよ?」
「二人とも街にいるよ。ただまあ、両方とも先約済みだけど。」
「それじゃあ意味ないじゃない。ちなみに誰よ、その先約を取った人は。」
姐さんはテーブルに頬杖をつきながら、空いた片方の手で髪を弄っている。
「私とイライザ。」
その言葉に神経反射の領域で噛み付いてきた姐さんはテーブルをダンッ!とたたき、こちらにズィッ!と身を乗り出してくる。
「なんですって!?イライザって子がどんな子かは知らないけどシルヴィアにまで先を越されるなんて。どこまで行ったのよ?C?それともC?やっぱりC?」
「姐さん、AとBはどこへ消えた。」
選択肢と呼べない選択肢に私は疑問を投げかけたが、どうやら私の常識は非常識だったらしい。
「魔物娘たるものキス即セックス!ペッティング即セックス!本番即中出し!常識じゃない。もしかして、知らなかったとか?で、どこまで行ったのよ。」
「…シ、Cです。あー、やっぱり恥ずかしい!」
顔が赤く、体温も上がってるような気がする。アンデッドなのに。
「シルヴィア、そんなんじゃ魔界には行けないわよ。井戸端会議で昨日の愛を語り合うなんて日常の光景なんだから。」
「魔界に行く気はないので、結構です。」
私は過去から逃げ出してまで幸せになろうとは思わない。
私のせいで不幸になった人がいるかも知れない。
私のせいで幸せを掴み損なった人がいるかも知れない。
そのことを思うと私が幸せになるのは大分先の話だな、なんて結論が出て苦笑してしまうのだ。
どうやら、姐さんには全部すべて、まるっとスリっとゴリっとエブリシングお見通しだったようだけれど。
「あんた、まだ引きずってるんだ。」
「少なくとも、私が不幸にした人達を幸せにするまで、気楽に過ごす事は出来ないよ。」
「面白いね、人って生き物はほんとに面白い。」
「へ?」
「いや、馬鹿にしてる訳じゃないよ。私は夫捜しのついでにいろんな人間を見てきたけど、他人の幸せを奪って幸せになろうとする文字通りの下種がいれば、あなたみたいに他人の幸せを第一に考える人もいる。お母様が人間を好きになったのはあなたみたいな人達と世界を作っていきたいからじゃないかな?まあ、憶測でしかないけどね。」
「それじゃあ、私はどうすれば良いんだ?」
「まずは、あなた自身が幸せになる事。そうすれば、周りの人達も幸せになれるわよ。」
なんだか、心にあった重しが取れた気がする。
まずは明日、彼に会いに行こう。
「と言う訳で、私に愛液を飲ませろー!」
夜中にもかかわらず叫び声を上げて私に飛びかかる姐さんと、
「断る!私は明日も仕事だ!」
それに呼応する私がいて、
眠れない夜は夜明けへと向かっていく。
明日仕事だけど、街中待機だから大丈夫よね?きっと、たぶん。
11/12/18 22:15更新 / おいちゃん
戻る
次へ