第二部:熱血!鉱石掘りマラソン
「あぢぃ。」
齢四十にして不惑の男、鎌居凪は噴き出る汗と共に愚痴を漏らした。
それもその筈、男がいるのは火山、それも熟練の狩人のみが立ち入りを許される区域。
何故そんな所にいるのか?オリハルコンを手に入れる為。
狩人ですらない男がどうやってここにいるのか?不法侵入。
噴火したらどうするのか?2落ちまでなら大丈夫。
とまあ、オリハルコンの採れる鉱脈目指してつるはし片手に邁進中の凪だが暑いものは暑い。
暑さを和らげる不思議な服など持ってるはずもなく、
今の今まで身なりに気を遣わなかった男が装飾品などに手を出してるはずもなく、
身体が冷える不思議な飲み物も持っていない、
仲間から分けて貰えば・・・残念ながらオフラインだ。
とは言え、この暑さをどうにかしないことには先へ進む気がしない。
現状でもただ歩いているだけにもかかわらず、気力がまるで多段ヒットの超必殺技をガードした時のようにガリガリと削られていく。
一旦リタイアして装備を整えてきたらどうなのか?
否、人生にリタイアもリセットもロードもセーブもコンティニューも存在しない。
ただ、無限に分岐するシナリオを進んでいくしか方法はない。
その無限の分岐の内の一つ、暑さを無効化する方法を彼は心得ている。
しかし、その使用を今までしてこなかった程にそれは危険な諸刃の剣。
一流の狙撃手は目標の達成の為に寝食や糞尿の処理、その他諸々の不必要な感覚を切り捨てることが出来るという。
得物こそ違えど暗殺者にとって必要な技能の内の一つ、その応用。
己の感覚から不快となる物を切り捨てる。
だがそれは、彼のような人間がこのような場所で行うべき物ではない。
生命体が必要とする危険信号の一切を無視するという物。
言うなれば某光の戦士がカラータイマーを装着せずに地球に降り立つような物。
それでも彼はその選択肢を選び取る、こうするしか他方法がないが為に。
「此処若無我、心頭滅却。吽!」
呪文でも何でもない只の言葉、その連続した音が彼の口から発せられ終えたのと同時に彼の意識から暑さや肌を伝う汗の感覚、多種多様な目的達成に不必要な感覚が切り離される。
これで彼の進行を阻む物は無くなった。
「さてと、それじゃあ行きますか!」
言うが早いか動き出すのが早いか、彼は常人には理解も共感も出来ない速度で山道を駆け上がる。
さながら重力に引っ張られて落ちていくかのような速度で上へ上へと進んでいく。
もしここにカメラマンが居たならば取り残されて彼の姿はとっくに画面外へと消えていただろう。
彼は急ぐ、ただ急ぐ、
これまでの調子が嘘であったかのように、まるで平地を駆け抜けるかのように、
感覚の内の不快な物を取り去った彼はどのような状況においても平時のポテンシャルを発揮する。
ならば何故、この技術は普及しなかったのか?
それはこの技の刻限それ即ち、命の刻限であったから。
この技法の本質、それは・・・
沸騰した水の入っているやかんに手を触れてもやけどをしなくなるのではなく、
やけどしたことを認識しないようにすること。
命をどぶに捨てる技法が流行る訳など無い。
護身の技術の集合を武術と呼ぶならば、
その真逆、捨て身の技術の集合たる暗殺術。
弱者が最後に縋る藁、
勇者でも英雄でもなく、
天分の才も恵まれた身体を持つ訳でもない、
ただの人間たる彼が強者の位にしがみつく為の技術。
そうこうしている内に採掘できそうな所へ着いた、狩人達の間では5番だか6番だか言われている所。
一体どういう意味なのだろうか?
「よし、この辺りのはずだが・・・」
あった。
岩壁に取って付けたような感じの割れ目を発見する。
試しに近づいてみると今までつるはしにあった×印が消えている。
つるはしを振りかぶって、
振り下ろす、
大地の結晶を入手しました。
偉大なつるはしが壊れました。
おいおい、マジかよ。
悪霊でも憑いてるんじゃなかろうか?
大丈夫、偉大なつるはしは一度に5本まで持てるからまだあと4本ある。
振り下ろす、
鉄鉱石を入手しました。
違う、
振り下ろす、
マカライト鉱石を入手しました。
これも違う、
振り下ろす、
大地の結晶を入手しました。
いらん、
振り下ろす、
石ころを入手しました。
偉大なつるはしが壊れました。
なめてんのか!
怒りと共に偉大なつるはしを地面へ叩きつける。
偉大なつるはしが壊れました。
偉大なつるはしが壊れました。
偉大なつるはしが壊れました。
しまった、採掘用の道具が残ってない。
仕方ない、いっぺん諦めて帰るか。
「・・・めんなよ!」
後ろから声が聞こえる。
「あきらめんなよ!」
「諦めたんじゃない、これは戦略的撤退だ。」
安物つるはしか、普通のつるはしか、偉大なつるはしが無ければ採掘は出来ない。これ常識。
オトモネコマタやオトモワーキャットなんかはキノコを使って採掘できるらしいが、・・・どうやるんだろうか?
まさかパートナーから生えてるキノコを使うのか!?
声のした方に振り向くとそこに居たのは尻尾の炎が当人よりも大きいサラマンダー、見ているだけで暑苦しい。
「諦めんなよ!諦めんなお前!どうしてそこでやめるんだよ!そこで!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメダメ!諦めたら!絶対やってみろ!必ず目標達成できる!そう!だからこそ!Never Give Up!」
なんだこの情熱と熱血と暑苦しさの塊は、一体どこの炎の妖精だ。
「あたしはサラマンダーのサラコ・シューゾーだ!よろしくな!」
俺の第六感が死力を尽くして警報を鳴らす、こいつと関わってはいけない。
無視を決め込んで山を下りることにした。
「まてよ!あんたも欲しい物があってこの山に来たんだろう?あたしは知ってるよ、それの在処を。知りたいだろう?教えてやるよ、あたしに勝てたらな!」
その言葉を言い終える前に彼女は剣を抜き放ち背後から俺に襲いかかる。
不意打ち、闇討ち、奇襲、決して褒められた行為ではないけれど戦闘で大きなウェイトを占める行為。
しかし、相手が悪かったな。俺は元暗殺者だぜ、昔はこれで飯食ってたんだ。
その一撃を難なく避けると、一旦間合いを切り、一合目を終わらせる。
「へぇ、やるじゃないか。これを避けられたのは久しぶりだ。」
「まあな、その手の物は俺の十八番だ。嬢ちゃん、命が惜しけりゃ早めにそいつをしまうこったな。」
彼女は笑う、まるでこれから最高の娯楽が始まるのを期待するように。
尻尾の炎が一段と激しく、強く燃える。
「楽しくなってきた。さあ闘ろう、今やろう、すぐ犯ろう!」
ちょっと待て、途中で言葉の意味が変わってなかったか?
背負っていたトンファーに鎌の刃が付いた妙な形をした武器、人が構えると丁度師匠のような姿に見える不思議な得物、あのサイクロプスがどういう意図でこいつを作ったのか知らないが、頼りになる俺の相棒。
それを構え、軽くステップを踏む。
「面白そうな武器じゃないか、全力であたしを楽しませてくれよ!」
彼女はハンターナイ・・・ククリ刀を抜き放つ。
悪りぃな、俺の戦い方は誰よりも退屈だぜ。
暗殺者は、戦わない。
その者達にとって戦闘とは過程であり、求める結果ではない。
作業の一つ、何よりも効率を重視した行為。
それが、彼らにとっての戦闘。
勝負は一瞬。
一撃決殺。
彼の師匠がことあるごとに口にする言葉はその戦闘スタイルそのもの。
故に攻撃に切れ味を、圧倒的な加速度を求める。
それは弟子である彼も同じ、
その膂力は人に毛が生えた程度、
その脚力は人の域を逸した程度、
しかし彼の初動は読まれず、
さながら目に見えぬ風の如く動く、
読めぬ初動と爆発的な加速が在って始めて彼は能力で勝る魔物達にイニシアチブをとることが出来る。
彼女は特攻を仕掛ける、
勝負事において初手がいかに重要であるから知っているからこそ先のような不意打ちをし、
また今も種のもたらす脚力を存分に生かす突撃をする、
剣での一閃、
そのまま流れに逆らわず炎を纏った尻尾での一撃、
それが彼女の初手のセオリー。
二人の距離が急激に詰まる、
構えたままの彼に対し、突撃する彼女、
彼女が剣を振り上げた瞬間、彼は一歩前に詰める。
刃物のリーチの内側、最も追撃のしづらい部分。
彼女がその動きに反応する前に、得物の柄を使って突く。
彼女の意識をそらす為のおとり、
初撃とは、相手に悟られるまでが初撃である。
それが彼が四十年の月日を経てたどり着いた結論。
彼女は手を変える、得物での一撃が不可とみるやそのまま腕刀を使っての攻撃に変化させる。
狙いは、首。
それを見越していたかのように彼は斜めに身を入れて彼女の裏に回る。
しかしそれは彼女にとっても予想の範疇。
そのまま身体全体を回転させて尻尾でなぎ払おうとする、
予想通りだ、
直情的な相手は彼の最も得意とする相手であり、最も不得手とする相手、
以前仕事の途中で出会った大剣を振り回す旦那とはどう間違ってもやりたくねぇ、
たまたま今回はコインが表を向いただけのこと、
まだどうやら俺にはやるべき事があるらしい。
薙ぎ払わんと、焼き付くさんと振るわれる尻尾に対し、
足を上げる、
襲いかかる尻尾、その力を流すように踏みつける、
予想外の方向から掛かる力に対応できず、彼女はたまらず倒れる、
しかしまだ、勝負は付かない。
狙いは、喉元。
突き込む、武器の柄を使って突き込む、
それが薄皮一枚まで迫った時、勝負は終わりを告げる。
「へぇ、殺さないんだ。」
喉元に武器を突きつけられたまま彼女は驚きの声を上げる。
「人は・・・人はもう殺さねぇとあいつに誓ったからな。」
「あたしは魔物だけど?」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ。それより、物の在処を教えてもらおうか。」
「分かったよ、山頂近くの洞穴。そこに行けばあんたの欲しい物は手に入るはずだ。・・・ただ、」
彼女が続きを言おうとした時には彼はもう居ない。
「嘘だろ、これであいつが死んだらあたしが見殺しにしたみたいじゃないか、急がないと!」
あれは、あれは魔物とかそういう次元の物じゃないんだ。
やばいな、急がないと。
さっきから噴き出る汗の量が減っている、
それが意味する物は体内の水分の枯渇、
補給は出来そうもないので唯々、先を急ぐばかり。
あれか。
言われたとおり洞穴を見つける。
人が、というよりかは何か巨大な生き物が出入りできそうな大きさの洞穴。
中に入るとそこは、宝の山。
そこら辺に無造作に置かれている石ころのような物が全て、オリハルコンであり、ミスリル銀であり、ヒヒイロカネ、何か悪い予感が脳裏をよぎる。
その予感に従って奥の方に目を向けるとそこには、
未だに旧時代の格好をとったまま目を伏せてうずくまるドラゴン。
と言うことは、これらは彼女の宝。
・・・とっととぱくってずらかるか。
手近にあった何とか運べそうなオリハルコンに手を掛け持ち上げようとした時、
「ほう、我の宝を盗み出す気か。人間風情が。」
あ、ばれてました?
「盗むなんてとんでもない、ちょっと拝借しようとしただけだ。」
「そうか、それなら許す。・・・というと思ったか愚か者が!」
「まったく、つれないねぇ。こんなにあるんだから少しくらいくれたって良いじゃないの。」
・・・もうどうにでもなりやがれ。
「ならぬ。それは我の宝。どうしても欲しいというならば、我を満足させてみよ。」
「分かった、交渉決裂だな。じゃあ、早いとこ始めようか。」
武器を構え、戦いへ備える。
しかし、始まる様子はなく。
「待て、誰か他に来たようだ。」
いや、そんなはずはないだろう。だとしたら俺が何処かで見ているはずだ。
「そこな小娘、貴様もこの男と同じ用か。」
女?気にはなるが今この巨大な相手から視線をそらすのは自殺行為過ぎる。
「違うね、あたしはこの男を助けに来たんだ。こいつを見殺しにしたら寝覚めが悪そうだったからね。」
声で分かる、さっきの熱血サラマンダーだ。
「そうか、ならばこの男と同じだな。二人まとめて掛かってくるがいい!」
その竜は息を吸い込む、
とっさに俺は耳を塞ぐ、
轟
爆音、轟音、砲声、唸り、地響き、
その声は凶器、
その声は兵器、
出鱈目で理不尽な威力の災厄。
正直、危ない所だった。
耳は未だに麻痺しているし、
気当たりは師匠のそれより大きい、
ギリギリの部分で意識をつなぎ止めることが出来た。
「出来ない 出来ない 出来ない 出来ない 無理だ 無理だ 無理だ 無理だ どんなにどんなに頑張ってもさ!何の意味も無いよね〜 だからこそ!今からお前は!諦めろよ!Give Up !」
人型の何かが倒れた音がした。
後ろの奴は心を折られてしまったようだ。
やっぱ、一人でやるしかねぇみてぇだな。
己を鼓舞する為にはあれしかねぇだろう。
強く息を吸い込む。
「切った張ったに欲する物は!心、技、体の三本柱!たとえ優れた体が無くとも!師から継ぎし技心!二本の槍を諸手に構え!古の竜と対峙せん!」
「我を退治するか・・・面白い、やって見せろ!」
齢四十にして不惑の男、鎌居凪は噴き出る汗と共に愚痴を漏らした。
それもその筈、男がいるのは火山、それも熟練の狩人のみが立ち入りを許される区域。
何故そんな所にいるのか?オリハルコンを手に入れる為。
狩人ですらない男がどうやってここにいるのか?不法侵入。
噴火したらどうするのか?2落ちまでなら大丈夫。
とまあ、オリハルコンの採れる鉱脈目指してつるはし片手に邁進中の凪だが暑いものは暑い。
暑さを和らげる不思議な服など持ってるはずもなく、
今の今まで身なりに気を遣わなかった男が装飾品などに手を出してるはずもなく、
身体が冷える不思議な飲み物も持っていない、
仲間から分けて貰えば・・・残念ながらオフラインだ。
とは言え、この暑さをどうにかしないことには先へ進む気がしない。
現状でもただ歩いているだけにもかかわらず、気力がまるで多段ヒットの超必殺技をガードした時のようにガリガリと削られていく。
一旦リタイアして装備を整えてきたらどうなのか?
否、人生にリタイアもリセットもロードもセーブもコンティニューも存在しない。
ただ、無限に分岐するシナリオを進んでいくしか方法はない。
その無限の分岐の内の一つ、暑さを無効化する方法を彼は心得ている。
しかし、その使用を今までしてこなかった程にそれは危険な諸刃の剣。
一流の狙撃手は目標の達成の為に寝食や糞尿の処理、その他諸々の不必要な感覚を切り捨てることが出来るという。
得物こそ違えど暗殺者にとって必要な技能の内の一つ、その応用。
己の感覚から不快となる物を切り捨てる。
だがそれは、彼のような人間がこのような場所で行うべき物ではない。
生命体が必要とする危険信号の一切を無視するという物。
言うなれば某光の戦士がカラータイマーを装着せずに地球に降り立つような物。
それでも彼はその選択肢を選び取る、こうするしか他方法がないが為に。
「此処若無我、心頭滅却。吽!」
呪文でも何でもない只の言葉、その連続した音が彼の口から発せられ終えたのと同時に彼の意識から暑さや肌を伝う汗の感覚、多種多様な目的達成に不必要な感覚が切り離される。
これで彼の進行を阻む物は無くなった。
「さてと、それじゃあ行きますか!」
言うが早いか動き出すのが早いか、彼は常人には理解も共感も出来ない速度で山道を駆け上がる。
さながら重力に引っ張られて落ちていくかのような速度で上へ上へと進んでいく。
もしここにカメラマンが居たならば取り残されて彼の姿はとっくに画面外へと消えていただろう。
彼は急ぐ、ただ急ぐ、
これまでの調子が嘘であったかのように、まるで平地を駆け抜けるかのように、
感覚の内の不快な物を取り去った彼はどのような状況においても平時のポテンシャルを発揮する。
ならば何故、この技術は普及しなかったのか?
それはこの技の刻限それ即ち、命の刻限であったから。
この技法の本質、それは・・・
沸騰した水の入っているやかんに手を触れてもやけどをしなくなるのではなく、
やけどしたことを認識しないようにすること。
命をどぶに捨てる技法が流行る訳など無い。
護身の技術の集合を武術と呼ぶならば、
その真逆、捨て身の技術の集合たる暗殺術。
弱者が最後に縋る藁、
勇者でも英雄でもなく、
天分の才も恵まれた身体を持つ訳でもない、
ただの人間たる彼が強者の位にしがみつく為の技術。
そうこうしている内に採掘できそうな所へ着いた、狩人達の間では5番だか6番だか言われている所。
一体どういう意味なのだろうか?
「よし、この辺りのはずだが・・・」
あった。
岩壁に取って付けたような感じの割れ目を発見する。
試しに近づいてみると今までつるはしにあった×印が消えている。
つるはしを振りかぶって、
振り下ろす、
大地の結晶を入手しました。
偉大なつるはしが壊れました。
おいおい、マジかよ。
悪霊でも憑いてるんじゃなかろうか?
大丈夫、偉大なつるはしは一度に5本まで持てるからまだあと4本ある。
振り下ろす、
鉄鉱石を入手しました。
違う、
振り下ろす、
マカライト鉱石を入手しました。
これも違う、
振り下ろす、
大地の結晶を入手しました。
いらん、
振り下ろす、
石ころを入手しました。
偉大なつるはしが壊れました。
なめてんのか!
怒りと共に偉大なつるはしを地面へ叩きつける。
偉大なつるはしが壊れました。
偉大なつるはしが壊れました。
偉大なつるはしが壊れました。
しまった、採掘用の道具が残ってない。
仕方ない、いっぺん諦めて帰るか。
「・・・めんなよ!」
後ろから声が聞こえる。
「あきらめんなよ!」
「諦めたんじゃない、これは戦略的撤退だ。」
安物つるはしか、普通のつるはしか、偉大なつるはしが無ければ採掘は出来ない。これ常識。
オトモネコマタやオトモワーキャットなんかはキノコを使って採掘できるらしいが、・・・どうやるんだろうか?
まさかパートナーから生えてるキノコを使うのか!?
声のした方に振り向くとそこに居たのは尻尾の炎が当人よりも大きいサラマンダー、見ているだけで暑苦しい。
「諦めんなよ!諦めんなお前!どうしてそこでやめるんだよ!そこで!もう少し頑張ってみろよ!ダメダメダメダメ!諦めたら!絶対やってみろ!必ず目標達成できる!そう!だからこそ!Never Give Up!」
なんだこの情熱と熱血と暑苦しさの塊は、一体どこの炎の妖精だ。
「あたしはサラマンダーのサラコ・シューゾーだ!よろしくな!」
俺の第六感が死力を尽くして警報を鳴らす、こいつと関わってはいけない。
無視を決め込んで山を下りることにした。
「まてよ!あんたも欲しい物があってこの山に来たんだろう?あたしは知ってるよ、それの在処を。知りたいだろう?教えてやるよ、あたしに勝てたらな!」
その言葉を言い終える前に彼女は剣を抜き放ち背後から俺に襲いかかる。
不意打ち、闇討ち、奇襲、決して褒められた行為ではないけれど戦闘で大きなウェイトを占める行為。
しかし、相手が悪かったな。俺は元暗殺者だぜ、昔はこれで飯食ってたんだ。
その一撃を難なく避けると、一旦間合いを切り、一合目を終わらせる。
「へぇ、やるじゃないか。これを避けられたのは久しぶりだ。」
「まあな、その手の物は俺の十八番だ。嬢ちゃん、命が惜しけりゃ早めにそいつをしまうこったな。」
彼女は笑う、まるでこれから最高の娯楽が始まるのを期待するように。
尻尾の炎が一段と激しく、強く燃える。
「楽しくなってきた。さあ闘ろう、今やろう、すぐ犯ろう!」
ちょっと待て、途中で言葉の意味が変わってなかったか?
背負っていたトンファーに鎌の刃が付いた妙な形をした武器、人が構えると丁度師匠のような姿に見える不思議な得物、あのサイクロプスがどういう意図でこいつを作ったのか知らないが、頼りになる俺の相棒。
それを構え、軽くステップを踏む。
「面白そうな武器じゃないか、全力であたしを楽しませてくれよ!」
彼女はハンターナイ・・・ククリ刀を抜き放つ。
悪りぃな、俺の戦い方は誰よりも退屈だぜ。
暗殺者は、戦わない。
その者達にとって戦闘とは過程であり、求める結果ではない。
作業の一つ、何よりも効率を重視した行為。
それが、彼らにとっての戦闘。
勝負は一瞬。
一撃決殺。
彼の師匠がことあるごとに口にする言葉はその戦闘スタイルそのもの。
故に攻撃に切れ味を、圧倒的な加速度を求める。
それは弟子である彼も同じ、
その膂力は人に毛が生えた程度、
その脚力は人の域を逸した程度、
しかし彼の初動は読まれず、
さながら目に見えぬ風の如く動く、
読めぬ初動と爆発的な加速が在って始めて彼は能力で勝る魔物達にイニシアチブをとることが出来る。
彼女は特攻を仕掛ける、
勝負事において初手がいかに重要であるから知っているからこそ先のような不意打ちをし、
また今も種のもたらす脚力を存分に生かす突撃をする、
剣での一閃、
そのまま流れに逆らわず炎を纏った尻尾での一撃、
それが彼女の初手のセオリー。
二人の距離が急激に詰まる、
構えたままの彼に対し、突撃する彼女、
彼女が剣を振り上げた瞬間、彼は一歩前に詰める。
刃物のリーチの内側、最も追撃のしづらい部分。
彼女がその動きに反応する前に、得物の柄を使って突く。
彼女の意識をそらす為のおとり、
初撃とは、相手に悟られるまでが初撃である。
それが彼が四十年の月日を経てたどり着いた結論。
彼女は手を変える、得物での一撃が不可とみるやそのまま腕刀を使っての攻撃に変化させる。
狙いは、首。
それを見越していたかのように彼は斜めに身を入れて彼女の裏に回る。
しかしそれは彼女にとっても予想の範疇。
そのまま身体全体を回転させて尻尾でなぎ払おうとする、
予想通りだ、
直情的な相手は彼の最も得意とする相手であり、最も不得手とする相手、
以前仕事の途中で出会った大剣を振り回す旦那とはどう間違ってもやりたくねぇ、
たまたま今回はコインが表を向いただけのこと、
まだどうやら俺にはやるべき事があるらしい。
薙ぎ払わんと、焼き付くさんと振るわれる尻尾に対し、
足を上げる、
襲いかかる尻尾、その力を流すように踏みつける、
予想外の方向から掛かる力に対応できず、彼女はたまらず倒れる、
しかしまだ、勝負は付かない。
狙いは、喉元。
突き込む、武器の柄を使って突き込む、
それが薄皮一枚まで迫った時、勝負は終わりを告げる。
「へぇ、殺さないんだ。」
喉元に武器を突きつけられたまま彼女は驚きの声を上げる。
「人は・・・人はもう殺さねぇとあいつに誓ったからな。」
「あたしは魔物だけど?」
「馬鹿、そんなんじゃねぇよ。それより、物の在処を教えてもらおうか。」
「分かったよ、山頂近くの洞穴。そこに行けばあんたの欲しい物は手に入るはずだ。・・・ただ、」
彼女が続きを言おうとした時には彼はもう居ない。
「嘘だろ、これであいつが死んだらあたしが見殺しにしたみたいじゃないか、急がないと!」
あれは、あれは魔物とかそういう次元の物じゃないんだ。
やばいな、急がないと。
さっきから噴き出る汗の量が減っている、
それが意味する物は体内の水分の枯渇、
補給は出来そうもないので唯々、先を急ぐばかり。
あれか。
言われたとおり洞穴を見つける。
人が、というよりかは何か巨大な生き物が出入りできそうな大きさの洞穴。
中に入るとそこは、宝の山。
そこら辺に無造作に置かれている石ころのような物が全て、オリハルコンであり、ミスリル銀であり、ヒヒイロカネ、何か悪い予感が脳裏をよぎる。
その予感に従って奥の方に目を向けるとそこには、
未だに旧時代の格好をとったまま目を伏せてうずくまるドラゴン。
と言うことは、これらは彼女の宝。
・・・とっととぱくってずらかるか。
手近にあった何とか運べそうなオリハルコンに手を掛け持ち上げようとした時、
「ほう、我の宝を盗み出す気か。人間風情が。」
あ、ばれてました?
「盗むなんてとんでもない、ちょっと拝借しようとしただけだ。」
「そうか、それなら許す。・・・というと思ったか愚か者が!」
「まったく、つれないねぇ。こんなにあるんだから少しくらいくれたって良いじゃないの。」
・・・もうどうにでもなりやがれ。
「ならぬ。それは我の宝。どうしても欲しいというならば、我を満足させてみよ。」
「分かった、交渉決裂だな。じゃあ、早いとこ始めようか。」
武器を構え、戦いへ備える。
しかし、始まる様子はなく。
「待て、誰か他に来たようだ。」
いや、そんなはずはないだろう。だとしたら俺が何処かで見ているはずだ。
「そこな小娘、貴様もこの男と同じ用か。」
女?気にはなるが今この巨大な相手から視線をそらすのは自殺行為過ぎる。
「違うね、あたしはこの男を助けに来たんだ。こいつを見殺しにしたら寝覚めが悪そうだったからね。」
声で分かる、さっきの熱血サラマンダーだ。
「そうか、ならばこの男と同じだな。二人まとめて掛かってくるがいい!」
その竜は息を吸い込む、
とっさに俺は耳を塞ぐ、
轟
爆音、轟音、砲声、唸り、地響き、
その声は凶器、
その声は兵器、
出鱈目で理不尽な威力の災厄。
正直、危ない所だった。
耳は未だに麻痺しているし、
気当たりは師匠のそれより大きい、
ギリギリの部分で意識をつなぎ止めることが出来た。
「出来ない 出来ない 出来ない 出来ない 無理だ 無理だ 無理だ 無理だ どんなにどんなに頑張ってもさ!何の意味も無いよね〜 だからこそ!今からお前は!諦めろよ!Give Up !」
人型の何かが倒れた音がした。
後ろの奴は心を折られてしまったようだ。
やっぱ、一人でやるしかねぇみてぇだな。
己を鼓舞する為にはあれしかねぇだろう。
強く息を吸い込む。
「切った張ったに欲する物は!心、技、体の三本柱!たとえ優れた体が無くとも!師から継ぎし技心!二本の槍を諸手に構え!古の竜と対峙せん!」
「我を退治するか・・・面白い、やって見せろ!」
11/09/27 22:05更新 / おいちゃん
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