廃村の忘れ物。
「霧が濃くなってきたな・・・。」
深い森の中、俺達は方位磁石をたよりに道を進んで行く。
ちょっと前までカラッと晴れていたのに、今では一面の霧の海。
静寂が更に不気味さを引き立てる。
「地図では今どの辺りなの?」
「今は・・・、ここ。フリントウッドの森だと思う。」
「ふ〜ん、次の村は?」
「森を抜ければ、ガネット鉱山都市があるサンバロ山が見えてくるぜ。」
ガネット鉱山都市まで来れば一週間ほどでサマデントに着く。
このフリントウッドの森はセイオス村とサマデントがちょうど中間地点というところか。
そう言えば、エフィとテテスはサマデントに着いたらどうするんだろう。
少し気になったので彼女達に聞いてみた。
「決まってるじゃないか、お前と一緒に旅を続けるんだ。」
テテスも当然とばかりに頷く。
少しホッとした気分だった。
自分でも驚くほど、このメンバーとの旅を気にいっている。
できるなら、カルカロス王国まで・・・。
いや、その後も一緒にいられたらな、と思う。
俺にも良い仲間ができたな。
「どうしたんですか、カイさん?」
「い、いや!!何でもない!!それよりさっさとこの森を抜けようぜ!!」
少し早足で霧の中を歩く。
自分で言うのも何だが、照れ隠しという奴だ。
足が速まっても二人はしっかり俺に着いてくる。
いくら進んでも森の出口は見えない。
それどころかどんどん霧が濃くなっていくった。
さすがにおかしい。
「なあ、霧深くなってないか?」
「そう言われてみれば・・・、そうですね。」
一度、立ち止まり辺りを見回す。
が、見えるのは木、木、木。
なんか気味が悪くなってきた。
「これ、オバケとか出てきそうじゃない?」
「お、おおオバケなんかいる訳ないじゃねーか。ば、バカじゃねーの。」
「大丈夫ですか?カイさんの顔、真っ青ですよ。」
「カイ。アンタもしかして・・・。オバケ怖いの?」
「は、ははははは。そ、そんな訳ねー。」
エフィさん、大正解です。
俺は昔から幽霊とかそういうのがダメだった。
それもこれもあのクソオヤジが幼い頃の俺を脅かしまくったからだ。
井戸の中から出てくる女の亡霊の話は今になってもトラウマの一つである。
そんな俺の様子になんとも意地悪な顔をするエフィ。
「じゃ、ワタシがひとつ良い話をしてやろう。むかしむかし、とある小さな村に女の人が飛び込んだと言われる井戸が・・・」
「ひゃっ!!?カイさん!!?」
俺はテテスの胸に飛び込んだ。
お前も知ってるのかよ!?
つーか、その話有名なのか!?
無我夢中の俺はテテスの豊満な胸の谷間に顔を埋める。
そして話を聞かないよう耳を塞いだ。
「あらら、これは重傷だ。・・・って、テテス。何か満足そうな顔してない?」
「ひぇっ!?そんな事ないですよ〜。」
「しっかしまぁ・・・。ワタシを倒したカイにこんな弱点があるとはねぇ。世の中これだから面白いわ。」
テテスにしっかりしがみつく俺を見て、エフィはクスクス笑う。
その微笑みはとても暖かかった。
俺は怖い話が終わった事を確認しながら、テテスの胸から顔を離す。
「ん?」
霧の奥にぼんやりとした影が見えた。
最初は錯覚だと思ったがどうやら違うらしい。
その黒い影はしっかりと何かの形を成している。
「あれ、何だろう?」
「次はワタシ達を驚かそうって作戦か?生憎、そんなのに引っかかんないぞ。」
「違う。あれを見てくれ。」
彼女達も霧の奥に何かがあると気付いた。
どうやら俺だけが見えてる幻ではなさそうである。
「何でしょう、あれ。」
「ちょっと言ってみよう。」
黒い影にどんどん近づく俺達。
その姿は近づくにつれはっきりしてくる。
わかることはそれが小さいモノではないという事だ。
俺達が辿り着いたその場所は・・・。
「村・・・なのか?」
霧の中にたたずむ建造物群。
間違いない、村だ。
でもこんな所に村なんてあったか・・・?
慌てて地図を取り出し広げる。
しかし村を表す記号なんてない。
「ここの村、どうやら廃村みたいですよ。人の気配がしません。」
テテスの言う通り、村全体がしんとしている。
人どころか生物の気配さえしない。
「薄気味悪いところだな。カイ、こんな所さっさと・・・ん?お〜い!!」
エフィが何かを見つけたようだ。
廃屋の一軒に向けて手を振る。
「どうしたんだ?」
「今、人がいた。そこの窓から顔が見えた。」
「こんな所にか?」
エフィが指差した家に目を向ける。
当たり前だが、人の姿などない。
「おいおい・・・、まさかまた俺を脅かす気じゃ・・・。」
「違うって!!見てろよ!!!」
そう言ってテテスの服と俺の鎧を掴み、廃屋まで引っ張っていく。
乱暴にドアを開けると、そのままズカズカと家に入った。
「嘘だろ、ワタシは確かに・・・。」
「きっと見間違いだったんですよ。さあ、この村か・・・、はれ?」
テテスの動きが固まる。
・・・?一体どうしたんだろうか?
それだけではない。
エフィもピタリと動きを止めている。
しかも二人とも俺の方を見て。
「おい、どうしたんだ?」
「・・・カイ。後ろ、後ろを見て。」
「後ろ?・・・・・・・・・・・。」
振り向くとそこには一人の女の子。
うん、女の子だ。
ほらニッコリ笑顔で微笑んでくれている。
足がなくて、プカプカ浮いてるように見えるけど女の・・・。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
俺は半分泣きながら慌ててエフィに抱きつく。
「失礼ねぇ。人の顔見るなり悲鳴なんかあげちゃって。」
「怖い怖い!!幽霊だ、亡霊だ、井戸から出てくる悪霊だぁっ!!」
「ちょっ、ひゃぁっ!!」
あまりの恐ろしさに俺は幼児化してしまった。
俺はぐりぐりと顔をエフィの柔肌にこすりつける。
「殺さないで!!お願い、殺さないでぇっ!!」
半狂乱になる俺。
もはや自分が何をしているかもわからない。
「落ち着いて。大丈夫、ミイは君を殺したりなんかしないから。」
「嘘だっ!!そう言って俺を奈落の底に引きずり込むつもりなんだっ!!」
「約束するから、ね?絶対に君に危害は加えない。」
「・・・本当?」
「うん、本当。」
幽霊の優しい笑顔に少し気が落ち着く。
俺は深呼吸をして、幽霊に向かいあった。
足はガクガク震えたまま。
「はじめまして。ミイはミール=ダリウス。元人間、現在ゴーストの女の子だよ。」
「ゴーストということはワタシ達と同じ魔物ってことか?」
「はい。そうです。」
何も喋れない俺の代わりにエフィが彼女の応対をしてくれる。
情けないが、怖いものは怖いんだ。
立ってミールの方を見るのが精一杯である。
「で、お前はここで何をしているんだ?」
「はい〜、ミイは探し物をしているんです。」
「探し物?何を探してるんだ?」
「それが思い出せないの。ただここに何か忘れ物をしたって記憶だけが残っているのよ。もうかれこれ10年は探してるわぁ。」
「10年!?それまで誰も通らなかったのか!?」
「通るんだけど、皆逃げちゃうの。やっぱりゴーストって怖いのかなぁ。」
ええ、怖いです。
それはもうちびりそうになるくらい。
「ねぇ、エフィ。アタイたちが一緒に探してあげたらどうかな?」
「そうだな、同じ魔物同士助け合わなきゃな。
「は!!!??」
「え、いいんですか!?」
テテスの提案にエフィは頷いた。
冗談じゃない。
こんな所から一秒でも早く逃げたい俺はどうなるんだ。
そんな心中がわかったのかエフィは俺を責め立てる。
「まさかここに助けを求める女の子がいるのに、見捨ててどこかへ行くなんて事カイならしないよなぁ?」
「うう・・・、わかったよ。とっとと探して早くこの村を出るぞ。」
「そう言ってくれると思ったよ。」
クソォ・・・、言わせたくせに。
「よろしくお願いしますね。」
「ひぃっ!!!!!」
目の前に立たれて、尻もちをついてしまう。
心臓が張り裂けるかと思うほど鼓動がうるさい。
まったく・・・、心臓に悪すぎる・・・。
「まあ、探すにしてもヒントが無ければ探しようが無い。何か覚えていることはないのか?」
ミールはふるふると首を横に振る。
「この家がミイの家だったって事以外さっぱり・・・。」
「仕方ない。ここをしらみつぶしに探そう。どこか調べてないところはあるのか?」
「私は魔力が低いので、物に触れないの。だから、この家でさえどこも調べられてない。」
「そうか。なら、ワタシとテテスはクローゼットやタンスを探す。カイは本棚で手がかりを探してくれ。」
「・・・了解。」
俺は本棚にある本、一冊一冊取り出し中を見る。
ホコリまみれだったが保存状態は良く、字を読むには問題が無かった。
うう・・・、かび臭い・・・。
それから少しの時間が経過すると。
「見て見て。この服可愛いですよ。」
「本当だ。生きているときはこんなの着てたのか。」
「ミイはこんなの着てたのかぁ・・・。」
女子達はキャッキャッと出した服で盛り上がっている。
さっきまでの警戒心はお互いに無い。
かく言う俺も大分慣れてきた。
とは言っても、目の前に立たれるとさすがに怖いけど。
「んん・・・、手がかりになりそうなものはないなぁ。」
さっきから手にする本はまったく関係ないものばかりだ。
料理のレシピ本、図鑑、辞典・・・。
どうせならエロ本の一冊ぐらいあればいいものを。
・・・ん?
本の並んでいる陰に一冊だけ横になっている本があった。
その本は他の本のような革表紙ではなく、紙でできているので劣化が他のより進んでいる。
名前が書かれている。ミール・ダリウス・・・。
間違いない、彼女の物だ。
「お〜い・・・ってうぉ!!?」
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
何故か二人とも下着姿だった。
一体何をやっているんだろう・・・?
「いやぁ、ミールの服を見ていたら着てみたくなってさ。」
「アタイも同じですぅ・・・。」
まったく・・・。
まあ、二人とも女の子なのだから仕方ないことなのかもな。
おおっと俺が言いたかったのはそんなことじゃない。
「みんな、これを見てくれ。」
「ああっ!!それはぁっ!!?」
「ひぃっ!!!」
興奮気味にミールが駆け寄ってくる。
いきなり目の前に飛んでこないでください。
心臓が口から飛び出そうになるほど驚くじゃないか。
「それ・・・、ミイの日記です。あ、・・・思い出した。」
「お、探し物を思い出したか。」
「いえ、ミイの死ぬ前のことです。忘れ物の事はさっぱり。」
彼女は思い出したことをを話し始める。
ミールは生前から身体が弱く、病気しがちだった。
それで空気の良いところに、とこの村に来たのだと言う。
死んだ理由は風邪をこじらせてそのまま死んでしまったらしい。
彼女にとっては風邪でさえ死にいたる病だった。
だが、その思い出と忘れ物はつながりそうにない。
「とりあえず、日記・・・。読んでもいいか?」
「おねがい。」
日記の1ページ目を開く。
この村に来たときのことがいてある。
新生活への期待と不安、それがまだ幼さが残る文体で書かれていた。
どんどんページをめくっていく。
季節について書いてあったり、村での何気ない事が書いてあったり。
ミール=ダリウスという人間が実在したことが伝わってきた。
自然と涙がこぼれてきそうになる。
気付くともう半分以上読み進めていた。
ページをめくる度にミールの口数はすくなっていく。
そして急に。
「思い出した・・・。ウルよ、ウルだわ。」
とつぶやいた。
「ん?」
「皆、村の真ん中にある大木の根元を掘って!!」
「掘る・・・?」
「思い出したの!!ミイの忘れ物!!早く行かなきゃ!!」
ミールは慌てて外に飛び出す。
完全に思い出したようだ。
俺達は色んな家からスコップを持ってきて、大木の前へ集まった。
彼女はしきりに「ここ!!ここ!!」と指差す。
何が埋まっているのだろうか・・・?
スコップで大木の下をせっせと掘り起こす。
一向に何も見えない。
「ねえ、貴方の忘れ物って何ですか?」
「ウルよ、ウル!!」
「ウルって・・・ん?」
地中から何かが現れる。
少し黄ばんだ白い何かが。
「ウル!!」
そう言って彼女はそれに顔を近づける。
俺達はすでにそれが何かを理解した。
骨だ。
ペットサイズの小動物の骨。
おそらくウルとは・・・、彼女のペットだ。
「良かった!!ごめんね、ウル!!遅くなったけど、迎えに来たよ!!」
その言葉と同時に、ひとつの火球が宙に舞い上がる。
ミールの周りをグルグル回りながら、どんどん形を変えていった。
火球の形からはっきりとした犬に変わる。
ウルも自分の姿を思い出したようだ。
「アン!!アオン!!」
「良かった・・・。ごめんね、ごめんねウル。長い間待たせちゃったね。」
泣きじゃくるミール。
ウルはブンブン尻尾を振りながら、彼女の顔をぺろぺろ舐めている。
それほど涙もろいわけじゃないが俺の頬からも涙が落ちた。
エフィは後ろを向いているし、テテスは涙だけでなく鼻水も出ている。
どうやら俺だけじゃないようだ。
「みんな・・・、ありがとう。本当にありがとう・・・。」
「アンアン!!」
ウルまでお礼を言っているようだ。
声を出すことのできない俺はただ頷くしかできない。
俺達誰一人、声が出なかった。
「ミイはこれで天国へ行けます・・・。さようなら、本当にありがとう。」
彼女とウルの身体が金色に輝く。
砂のようにサラサラと崩れ、消えていった。
これが成仏ってやつか・・・。
ウルの鳴き声が遠ざかっていく。
気付くと俺は声を上げて泣いていた。
その後、彼女の日記の続きを読ませてもらった。
俺達が読んでいたページのすぐ次のページでウルが現れた。
ウルの話がそれから何十ページと続く。
日記の中の彼女はとても楽しそうだった。
やがて日記も最後のページになる。
この日記帳最後の日記がこれだ。
今日、ウルが死んだ。
2、3日前から苦しそうだとは思っていたけど、まさか死んでしまうとは。
こういうときにミイがちっぽけな人間だと実感する。
さようなら、ウル。
今まで楽しかったよ。
たぶんミイもすぐにそっちへ行くから待っててね。
また会えるんだから、ミイは泣かないよ。絶対。
じゃあね。
字が震えていた。
とても辛かったに違いない。
きれいに片付け、彼女の家を後にする。
霧は晴れていて、綺麗な夕焼けが広がっていた。
「みんな、行こう。」
「うん。」
「・・・はい。」
俺達は夕焼けに照らされながら、森の出口へ向け歩く。
吹き抜ける風がとても心地よく感じた。
深い森の中、俺達は方位磁石をたよりに道を進んで行く。
ちょっと前までカラッと晴れていたのに、今では一面の霧の海。
静寂が更に不気味さを引き立てる。
「地図では今どの辺りなの?」
「今は・・・、ここ。フリントウッドの森だと思う。」
「ふ〜ん、次の村は?」
「森を抜ければ、ガネット鉱山都市があるサンバロ山が見えてくるぜ。」
ガネット鉱山都市まで来れば一週間ほどでサマデントに着く。
このフリントウッドの森はセイオス村とサマデントがちょうど中間地点というところか。
そう言えば、エフィとテテスはサマデントに着いたらどうするんだろう。
少し気になったので彼女達に聞いてみた。
「決まってるじゃないか、お前と一緒に旅を続けるんだ。」
テテスも当然とばかりに頷く。
少しホッとした気分だった。
自分でも驚くほど、このメンバーとの旅を気にいっている。
できるなら、カルカロス王国まで・・・。
いや、その後も一緒にいられたらな、と思う。
俺にも良い仲間ができたな。
「どうしたんですか、カイさん?」
「い、いや!!何でもない!!それよりさっさとこの森を抜けようぜ!!」
少し早足で霧の中を歩く。
自分で言うのも何だが、照れ隠しという奴だ。
足が速まっても二人はしっかり俺に着いてくる。
いくら進んでも森の出口は見えない。
それどころかどんどん霧が濃くなっていくった。
さすがにおかしい。
「なあ、霧深くなってないか?」
「そう言われてみれば・・・、そうですね。」
一度、立ち止まり辺りを見回す。
が、見えるのは木、木、木。
なんか気味が悪くなってきた。
「これ、オバケとか出てきそうじゃない?」
「お、おおオバケなんかいる訳ないじゃねーか。ば、バカじゃねーの。」
「大丈夫ですか?カイさんの顔、真っ青ですよ。」
「カイ。アンタもしかして・・・。オバケ怖いの?」
「は、ははははは。そ、そんな訳ねー。」
エフィさん、大正解です。
俺は昔から幽霊とかそういうのがダメだった。
それもこれもあのクソオヤジが幼い頃の俺を脅かしまくったからだ。
井戸の中から出てくる女の亡霊の話は今になってもトラウマの一つである。
そんな俺の様子になんとも意地悪な顔をするエフィ。
「じゃ、ワタシがひとつ良い話をしてやろう。むかしむかし、とある小さな村に女の人が飛び込んだと言われる井戸が・・・」
「ひゃっ!!?カイさん!!?」
俺はテテスの胸に飛び込んだ。
お前も知ってるのかよ!?
つーか、その話有名なのか!?
無我夢中の俺はテテスの豊満な胸の谷間に顔を埋める。
そして話を聞かないよう耳を塞いだ。
「あらら、これは重傷だ。・・・って、テテス。何か満足そうな顔してない?」
「ひぇっ!?そんな事ないですよ〜。」
「しっかしまぁ・・・。ワタシを倒したカイにこんな弱点があるとはねぇ。世の中これだから面白いわ。」
テテスにしっかりしがみつく俺を見て、エフィはクスクス笑う。
その微笑みはとても暖かかった。
俺は怖い話が終わった事を確認しながら、テテスの胸から顔を離す。
「ん?」
霧の奥にぼんやりとした影が見えた。
最初は錯覚だと思ったがどうやら違うらしい。
その黒い影はしっかりと何かの形を成している。
「あれ、何だろう?」
「次はワタシ達を驚かそうって作戦か?生憎、そんなのに引っかかんないぞ。」
「違う。あれを見てくれ。」
彼女達も霧の奥に何かがあると気付いた。
どうやら俺だけが見えてる幻ではなさそうである。
「何でしょう、あれ。」
「ちょっと言ってみよう。」
黒い影にどんどん近づく俺達。
その姿は近づくにつれはっきりしてくる。
わかることはそれが小さいモノではないという事だ。
俺達が辿り着いたその場所は・・・。
「村・・・なのか?」
霧の中にたたずむ建造物群。
間違いない、村だ。
でもこんな所に村なんてあったか・・・?
慌てて地図を取り出し広げる。
しかし村を表す記号なんてない。
「ここの村、どうやら廃村みたいですよ。人の気配がしません。」
テテスの言う通り、村全体がしんとしている。
人どころか生物の気配さえしない。
「薄気味悪いところだな。カイ、こんな所さっさと・・・ん?お〜い!!」
エフィが何かを見つけたようだ。
廃屋の一軒に向けて手を振る。
「どうしたんだ?」
「今、人がいた。そこの窓から顔が見えた。」
「こんな所にか?」
エフィが指差した家に目を向ける。
当たり前だが、人の姿などない。
「おいおい・・・、まさかまた俺を脅かす気じゃ・・・。」
「違うって!!見てろよ!!!」
そう言ってテテスの服と俺の鎧を掴み、廃屋まで引っ張っていく。
乱暴にドアを開けると、そのままズカズカと家に入った。
「嘘だろ、ワタシは確かに・・・。」
「きっと見間違いだったんですよ。さあ、この村か・・・、はれ?」
テテスの動きが固まる。
・・・?一体どうしたんだろうか?
それだけではない。
エフィもピタリと動きを止めている。
しかも二人とも俺の方を見て。
「おい、どうしたんだ?」
「・・・カイ。後ろ、後ろを見て。」
「後ろ?・・・・・・・・・・・。」
振り向くとそこには一人の女の子。
うん、女の子だ。
ほらニッコリ笑顔で微笑んでくれている。
足がなくて、プカプカ浮いてるように見えるけど女の・・・。
「ぎゃあああああああああああああっ!!」
俺は半分泣きながら慌ててエフィに抱きつく。
「失礼ねぇ。人の顔見るなり悲鳴なんかあげちゃって。」
「怖い怖い!!幽霊だ、亡霊だ、井戸から出てくる悪霊だぁっ!!」
「ちょっ、ひゃぁっ!!」
あまりの恐ろしさに俺は幼児化してしまった。
俺はぐりぐりと顔をエフィの柔肌にこすりつける。
「殺さないで!!お願い、殺さないでぇっ!!」
半狂乱になる俺。
もはや自分が何をしているかもわからない。
「落ち着いて。大丈夫、ミイは君を殺したりなんかしないから。」
「嘘だっ!!そう言って俺を奈落の底に引きずり込むつもりなんだっ!!」
「約束するから、ね?絶対に君に危害は加えない。」
「・・・本当?」
「うん、本当。」
幽霊の優しい笑顔に少し気が落ち着く。
俺は深呼吸をして、幽霊に向かいあった。
足はガクガク震えたまま。
「はじめまして。ミイはミール=ダリウス。元人間、現在ゴーストの女の子だよ。」
「ゴーストということはワタシ達と同じ魔物ってことか?」
「はい。そうです。」
何も喋れない俺の代わりにエフィが彼女の応対をしてくれる。
情けないが、怖いものは怖いんだ。
立ってミールの方を見るのが精一杯である。
「で、お前はここで何をしているんだ?」
「はい〜、ミイは探し物をしているんです。」
「探し物?何を探してるんだ?」
「それが思い出せないの。ただここに何か忘れ物をしたって記憶だけが残っているのよ。もうかれこれ10年は探してるわぁ。」
「10年!?それまで誰も通らなかったのか!?」
「通るんだけど、皆逃げちゃうの。やっぱりゴーストって怖いのかなぁ。」
ええ、怖いです。
それはもうちびりそうになるくらい。
「ねぇ、エフィ。アタイたちが一緒に探してあげたらどうかな?」
「そうだな、同じ魔物同士助け合わなきゃな。
「は!!!??」
「え、いいんですか!?」
テテスの提案にエフィは頷いた。
冗談じゃない。
こんな所から一秒でも早く逃げたい俺はどうなるんだ。
そんな心中がわかったのかエフィは俺を責め立てる。
「まさかここに助けを求める女の子がいるのに、見捨ててどこかへ行くなんて事カイならしないよなぁ?」
「うう・・・、わかったよ。とっとと探して早くこの村を出るぞ。」
「そう言ってくれると思ったよ。」
クソォ・・・、言わせたくせに。
「よろしくお願いしますね。」
「ひぃっ!!!!!」
目の前に立たれて、尻もちをついてしまう。
心臓が張り裂けるかと思うほど鼓動がうるさい。
まったく・・・、心臓に悪すぎる・・・。
「まあ、探すにしてもヒントが無ければ探しようが無い。何か覚えていることはないのか?」
ミールはふるふると首を横に振る。
「この家がミイの家だったって事以外さっぱり・・・。」
「仕方ない。ここをしらみつぶしに探そう。どこか調べてないところはあるのか?」
「私は魔力が低いので、物に触れないの。だから、この家でさえどこも調べられてない。」
「そうか。なら、ワタシとテテスはクローゼットやタンスを探す。カイは本棚で手がかりを探してくれ。」
「・・・了解。」
俺は本棚にある本、一冊一冊取り出し中を見る。
ホコリまみれだったが保存状態は良く、字を読むには問題が無かった。
うう・・・、かび臭い・・・。
それから少しの時間が経過すると。
「見て見て。この服可愛いですよ。」
「本当だ。生きているときはこんなの着てたのか。」
「ミイはこんなの着てたのかぁ・・・。」
女子達はキャッキャッと出した服で盛り上がっている。
さっきまでの警戒心はお互いに無い。
かく言う俺も大分慣れてきた。
とは言っても、目の前に立たれるとさすがに怖いけど。
「んん・・・、手がかりになりそうなものはないなぁ。」
さっきから手にする本はまったく関係ないものばかりだ。
料理のレシピ本、図鑑、辞典・・・。
どうせならエロ本の一冊ぐらいあればいいものを。
・・・ん?
本の並んでいる陰に一冊だけ横になっている本があった。
その本は他の本のような革表紙ではなく、紙でできているので劣化が他のより進んでいる。
名前が書かれている。ミール・ダリウス・・・。
間違いない、彼女の物だ。
「お〜い・・・ってうぉ!!?」
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
何故か二人とも下着姿だった。
一体何をやっているんだろう・・・?
「いやぁ、ミールの服を見ていたら着てみたくなってさ。」
「アタイも同じですぅ・・・。」
まったく・・・。
まあ、二人とも女の子なのだから仕方ないことなのかもな。
おおっと俺が言いたかったのはそんなことじゃない。
「みんな、これを見てくれ。」
「ああっ!!それはぁっ!!?」
「ひぃっ!!!」
興奮気味にミールが駆け寄ってくる。
いきなり目の前に飛んでこないでください。
心臓が口から飛び出そうになるほど驚くじゃないか。
「それ・・・、ミイの日記です。あ、・・・思い出した。」
「お、探し物を思い出したか。」
「いえ、ミイの死ぬ前のことです。忘れ物の事はさっぱり。」
彼女は思い出したことをを話し始める。
ミールは生前から身体が弱く、病気しがちだった。
それで空気の良いところに、とこの村に来たのだと言う。
死んだ理由は風邪をこじらせてそのまま死んでしまったらしい。
彼女にとっては風邪でさえ死にいたる病だった。
だが、その思い出と忘れ物はつながりそうにない。
「とりあえず、日記・・・。読んでもいいか?」
「おねがい。」
日記の1ページ目を開く。
この村に来たときのことがいてある。
新生活への期待と不安、それがまだ幼さが残る文体で書かれていた。
どんどんページをめくっていく。
季節について書いてあったり、村での何気ない事が書いてあったり。
ミール=ダリウスという人間が実在したことが伝わってきた。
自然と涙がこぼれてきそうになる。
気付くともう半分以上読み進めていた。
ページをめくる度にミールの口数はすくなっていく。
そして急に。
「思い出した・・・。ウルよ、ウルだわ。」
とつぶやいた。
「ん?」
「皆、村の真ん中にある大木の根元を掘って!!」
「掘る・・・?」
「思い出したの!!ミイの忘れ物!!早く行かなきゃ!!」
ミールは慌てて外に飛び出す。
完全に思い出したようだ。
俺達は色んな家からスコップを持ってきて、大木の前へ集まった。
彼女はしきりに「ここ!!ここ!!」と指差す。
何が埋まっているのだろうか・・・?
スコップで大木の下をせっせと掘り起こす。
一向に何も見えない。
「ねえ、貴方の忘れ物って何ですか?」
「ウルよ、ウル!!」
「ウルって・・・ん?」
地中から何かが現れる。
少し黄ばんだ白い何かが。
「ウル!!」
そう言って彼女はそれに顔を近づける。
俺達はすでにそれが何かを理解した。
骨だ。
ペットサイズの小動物の骨。
おそらくウルとは・・・、彼女のペットだ。
「良かった!!ごめんね、ウル!!遅くなったけど、迎えに来たよ!!」
その言葉と同時に、ひとつの火球が宙に舞い上がる。
ミールの周りをグルグル回りながら、どんどん形を変えていった。
火球の形からはっきりとした犬に変わる。
ウルも自分の姿を思い出したようだ。
「アン!!アオン!!」
「良かった・・・。ごめんね、ごめんねウル。長い間待たせちゃったね。」
泣きじゃくるミール。
ウルはブンブン尻尾を振りながら、彼女の顔をぺろぺろ舐めている。
それほど涙もろいわけじゃないが俺の頬からも涙が落ちた。
エフィは後ろを向いているし、テテスは涙だけでなく鼻水も出ている。
どうやら俺だけじゃないようだ。
「みんな・・・、ありがとう。本当にありがとう・・・。」
「アンアン!!」
ウルまでお礼を言っているようだ。
声を出すことのできない俺はただ頷くしかできない。
俺達誰一人、声が出なかった。
「ミイはこれで天国へ行けます・・・。さようなら、本当にありがとう。」
彼女とウルの身体が金色に輝く。
砂のようにサラサラと崩れ、消えていった。
これが成仏ってやつか・・・。
ウルの鳴き声が遠ざかっていく。
気付くと俺は声を上げて泣いていた。
その後、彼女の日記の続きを読ませてもらった。
俺達が読んでいたページのすぐ次のページでウルが現れた。
ウルの話がそれから何十ページと続く。
日記の中の彼女はとても楽しそうだった。
やがて日記も最後のページになる。
この日記帳最後の日記がこれだ。
今日、ウルが死んだ。
2、3日前から苦しそうだとは思っていたけど、まさか死んでしまうとは。
こういうときにミイがちっぽけな人間だと実感する。
さようなら、ウル。
今まで楽しかったよ。
たぶんミイもすぐにそっちへ行くから待っててね。
また会えるんだから、ミイは泣かないよ。絶対。
じゃあね。
字が震えていた。
とても辛かったに違いない。
きれいに片付け、彼女の家を後にする。
霧は晴れていて、綺麗な夕焼けが広がっていた。
「みんな、行こう。」
「うん。」
「・・・はい。」
俺達は夕焼けに照らされながら、森の出口へ向け歩く。
吹き抜ける風がとても心地よく感じた。
10/06/05 22:12更新 / アカフネ
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