連載小説
[TOP][目次]
我こそが皇太子だ!! byカタール

惨劇の日から早くも二週間が過ぎた。
思った以上に時間は早く進むのだ、と驚きを隠せない。
今もなお、ガルダは深い慟哭の中に沈んでいる。
警備隊からは未だ成果のある報告が届いていない。
俺は心の中に募る腹立たしさと無力感をギリリと噛み締めていた。
早く帰らねばと焦る気持ちとガルダの傷心を憂う気持ちが心の中でぶつかる。
その衝突で生まれてくるのは、鬱屈した不安感だけ。
こんな状態の唯一の救いはキュアリス達が明るいことだろう。
彼女達の無邪気な笑顔は、俺に冷静さと安心を与えてくれる。
そうだ・・・、俺がしっかりしないとな・・・。
俺は窓の外でのんきに遊ぶ四人に目を向けた。

「沈みこんでいても・・・、仕方・・・ないな。」

ギシッと軋む椅子から立ち上がり、竜騎士団服に袖を通す。
これを着ると心が引き締まるようだ。
頭の中を一度、空っぽにしてみるとするか。
ひとつ、小さな息を吐いてからドアノブに手をかけた。

「あ、クレス!!」

「兄貴ー!!」

リッパが大げさに両手を振っている。
その瞬間後頭部に先ほどまで投げて遊んでいた革の球が軽快な音を立ててぶつかった。
いきなりこちらを向いたのでボールの軌道から目をそらしてしまったのだろう。
彼女の目元にじわりと涙が滲む。

「リッパちゃん、大丈夫!?」

「み、ミーは悪くないもん!!リッパがいきなり後ろを向いたからっ・・・、だからっ・・・ひぐえぐ・・・。」

「よしよし、ラッツは悪くないよ。悪いのは俺だ。キャッチボールしてる最中にゴメンな。リッパ、ちょっと見せてみろ。」

「ん・・・クスン。」

「うん、心配ないな。たんこぶはできていないぞ、ゴメンなリッパ。」

俺は右手でリッパの頭を、左手でラッツを撫でてやる。
すぐに彼女達の表情に笑顔が戻った。
機嫌が直った二人は撫でられたまま動こうとしない。
ふと視線を上げると、目の前には頬を膨らませたチャムとキュアリスが立っていた。
まったく・・・、こいつ等は・・・・・・。
俺はすくっと腰を上げる。

「俺はこれから買い物へ行くけどついてくる奴はいるか?」

「買い物ー?何を買いに行くのクレス。」

「ちょっとしたお菓子だ。」

「「「「お菓子!!?」」」」

四人の目が一気にきらめき始める。
あ・・・、やべ・・・。
余計なことを言ってしまったと後悔しても全てが手遅れ。
キュアリス達のついてくる気満々の視線を身体中に受けていた。

「・・・わかった、全員ついて来い。」

「やったー!!」

とほほ・・・、ついてねぇ・・・。
俺がそう言って肩を落としたその時だった。
一台の馬車がこちらに駆けてくる。

「わわっ、あの馬車スピード出しすぎだよぉ。何かあったのかなぁ、クレス。」

「さぁな・・・。」

とてもじゃないが街中で出すスピードではない。
頭の中で急に警備隊の言葉がフラッシュバックした。
『重犯罪者ゲルメイを乗せた護送の馬車もなくなっていた』・・・。
ッ!!??
まさか!!!!

「キュアリス、ちょっとリッパ達を見ててくれ!!」

「うん、わかったっ。」

俺は背中に背負っていたハルバードを構える。
危惧していた通りに馬車は俺達の目の前で停止した。
こ、こいつ等が犯人・・・。
馬車の運転手がひとり・・・、馬車の大きさからして更に4〜5人ってところか。
自然と鼓動が速くなり、舌の上がカラカラに乾燥する。
さすがにこの人数を1人で相手するのは無謀だな・・・。
とりあえず裏口からこっそりガルダを連れ出して逃げるしかない・・・。
そう考えて、俺は馬車の死角をゆっくり歩いて裏口へ向かう。
俺がそうしてモタモタしてた隙に馬車のドアが乱暴に開かれて、1人の男が全速力で宿屋内に駆けこんでいった。
し、しまった!!!
距離をとっていたためにスタートダッシュが遅れた俺は、先に宿屋に入っていった男を追いかける。
間違いない・・・、ヤツの目標は真っ直ぐガルダの部屋。
ハルバードを握る手がギリリと音を立てる。
ガルダの無念・・・、俺が晴らしてやる・・・。
沸き立つ怒りで俺の頭がどうにかなりそうだった。
ここでようやく俺にチャンスが巡ってくる。
犯人が部屋のドアを開けようと足を止めたのだ。
俺はそのチャンスを逃すまいと、ヤツ目掛けてタックルをするための姿勢をとる。

「これでも喰らえぇえええぇえぇぇぇっ!!!」

「なッ!!??」

ドアを突き破らんばかりの勢いでガルダの部屋に滑り込む犯人の身体。
俺のタックルがクリーンヒットしたせいもあるだろう。
ドアが壊れなくて本当に良かった。
急いで俺は犯人の身体を組み伏せて、ガルダに逃げるよう叫ぶ。
すると今まで表情を変化させることのなかったガルダが犯人の顔を見るなり、ものすごく驚いた表情に変わった。
・・・?知り合いか・・・?
勢い良く立ち上がったガルダは焦った表情を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。

「いてて・・・。」

「観念しろ、今すぐ警備隊に突き出してやる!!」

ようやく捕まえたガルダの仇、死んでも離さない。
歯を食いしばりながら暴れる犯人を羽交い絞めするかのような格好で取り押さえる。

「おい、クレス!!離すんだ!!」

「は!?コイツはお前を殺そうとしてるんだぞ!!離すわけにはいかない!!」

「その人は違う!!いいから離すんだ、クレス!!その人に私を殺す理由なんて無いんだよ!!」

「へ?」

「お怪我はありませんか、殿下!?」

「・・・殿下?」

ガルダは慌てて俺の身体をヤツから引き剥がす。
その男はいかにも女性受けする端正な容姿をしていて、服装からは嫌味がまったくない気品を感じた。
年齢は俺と同じくらいだろう。
彼は自分の服についたホコリをサッと払うと訝しげな視線でこちらを一瞥する。

「ああ・・・、何とか大丈夫だ。どこにも怪我はないようだしな。しかし、この者は一体・・・?」

「この度私が王宮騎士隊にスカウトしたクレス・レンツゲルトという者です!!もとは旅の者だったので、こちらの国の事情はあまり詳しくないようで・・・。」

「なるほどな、どうりで我の知らない顔だと思った。」

「クレス覚えておけ!!この方が次期政王位継承者、カタール・エボティーナ・ナラフ皇太子殿下だっ!!」

「・・・カタール皇太子?」

どこかで聞いたような名前だな・・・。
たしか・・・、この国の王子様じゃなかったか・・・?
えっとそれで・・・、ガルダの仕える主・・・。
ッ!!!??

「ま、誠に申し訳ありませんでしたァッ!!!」

パニック状態の俺はすぐさま床に土下座して今までの非礼を詫びる。
あわわわ・・・、まさかこの方が話に聞いていた皇太子殿下だったなんて・・・。
え?これって確実死刑だよな?王族に攻撃したんだもん、あっちの世界だったら首をはねられてしまう・・・。
こっちの世界も変わらないんだろうなぁ・・・。
うわぁ・・・、やってしまった・・・。
ここは俺の得意なシャイニング土下座(?)で・・・。
つーか、シャイニング土下座ってなんだ。

「顔を上げろ、クレス・レンツゲルト。我は気にしていない。それどころか感謝してるくらいだ。」

「・・・へ?」

「ガルダのために必死になってくれたのであろう?ガルダは我の一番の部下で、最も信頼できる友だ。」

「そ、そんなもったいないお言葉を・・・。」

「危うく我は大事な友を失うところであった。感謝するぞ、クレス。」

「いえ!!頭を上げてください!!俺こそ殿下にタックルなどしてしまって・・・。」

「もう良いのだ、気にするでない。ガルダの命を守ろうとしてくれた恩人に与える罰などあるわけがなかろう。それとガルダ・・・。」

「・・・はい?」

「あまり自分を責めるな。責めるのならば他の者達を抑えることのできぬ我を責めろ。」

「そ、そんな・・・!?今回のは私の力不足が招いたことで・・・。第一、何故殿下が責められるのですか!?」

「我は・・・、今回のことがレワックス派かヘルモーズ派の仕業だと考えている。あまり大きな声では言えないがな。」

「!?まさか・・・、そんな・・・。」

「我が認めた騎士隊がこうもあっさり殺されるなど普通じゃありえない。どうも野盗の類だとは思えなくてな・・・。」

「それは・・・つまり・・・。」

「ああ。訓練された兵士だということだ。」

「・・・なるほど。」

「油断するでないぞ、ガルダ。いつお前を狙ってくるかわからない。」

「は、ははっ!!」

「とにかく・・・無事で良かった。これからも我が右腕でいてくれ。」

「はっ、はい!!このガルダ・サンダロス、殿下のために命を投げ出す覚悟でございます!!」

この二週間変わることのなかったガルダの表情に再び生気が宿る。
それは悲しみを乗り越えた本当に力強い表情。
ガルダと皇太子の間に結ばれている絆が目に見えるかのようだった。

「それでだ・・・、我と一緒に王都オルストスに帰るぞ!!」

「ハッ!!」

「それとクレス、君は今日から我の指揮下に入ってもらう!!」

「ハイッ!!」

「よし、それでは今すぐ移動す・・・。」

「クレス、大丈夫!!!??お前がクレスを・・・よくもぉぉぉぉっ!!」

「リッパ、ラッツ!!あたし達も姉御の加勢するよ、とつげきぃいぃぃぃ!!」

「お前等待て!!この人は違う!!」

先程の俺と同じ勘違いをするキュアリス達。
俺は彼女達の突撃を止めようと皇太子の前に立った瞬間−−−・・・。

バキィッ!!!

顔面にはキュアリスのストレート。
鳩尾にはラッツの頭突き。
すねにはチャムのライ○ーキック。
そして・・・、リッパは・・・。

「はぅあっ!!!???」

股間にダイレクトアタック。
一度に急所を4つも攻撃されて、俺はガチで死ぬんじゃないかと思うほどの苦痛が襲い掛かってきた。
男の急所は特に・・・。
俺は声にも出せないほどの悲鳴を上げながら、床をゴロゴロと転がりまわる。

「わわっ、クレス大丈夫!?」

「「「あ、兄貴ぃっ!!」」」

俺は痛む股間を押さえながら涙目でリッパ達に話しかける。
これだけ痛むと使い物にならなくなったんじゃないかという不安まで上がってきた。
どうすんだよ・・・、初体験すらまだなのに・・・。

「いいか?この人は悪い人じゃない、この国の皇太子閣下だ。」

「「「「こーたいしかっか?」」」」」

「そうだ、簡単に言えば偉い人。」

「クレス、この者達は?」

「ああ・・・、はい・・・。コイツ等は俺の仲間でして・・・。」

「ふむ、クレスの仲間か・・・。ッ!!??」

そう言って、皇太子はキュアリスを見て驚く。
ああ・・・気付いてしまったんだな・・・。

「ドラゴン!!??ほ、本物か!?」

「ははは・・・。はい・・・、そうです。こんなんでも一応ドラゴンです。」

「キュアリスだよ!!はじめまして!!」

「はじめまして。我はカタール・エボティーナ・ナラフだ。」

「わー!!よろしくー!!」

「こらこら、敬語ぐらい使えよ・・・。」

「かまわないさ、ドラゴンは魔物の最上位種。それなりにプライドもあるのだろう。」

こんな飴ひとつで誘拐できそうなドラゴンに、プライドなんてあるのだろうか・・・。
お菓子に関すること以外にプライドなんてなさそうだ。
まあ、それはともかくとして・・・。

「皇太子閣下・・・、キュアリス達は連れて行っても良いでしょうか?」

「もちろんだ、一番大きな馬車に乗ってきたからな。よし、もう少ししたら出発しよう。それまでに準備しといてくれ。我とガルダは先に馬車に行ってるぞ。」

そうして俺達は自分の荷物を片付けて、宿屋の主人の所へお金を払いに行った。
二週間前には皮袋にたくさん入っていたお金も、宿屋代を払い終わった今では申し訳程度にしか入っていない。
ほとんどスッカラカン状態の皮袋を見て、俺達は苦笑する。

「やれやれ・・・。ま、ガルダが少し元気を取り戻したようだしいいか。」

「そうだね。ねえ、クレス。」

「?」

「ボク達いつ帰れるのかなぁ・・・。」

「・・・わからない。まずは王都オルストスへ行ってみよう。今は他に何の当てもないしな。」

「そうだね。カタール皇太子にも事情を説明して、協力してもらえればいいね!!」

「ははは、信用してもらえればいいな・・・。」

ピキィッ!!

ふと背中を悪寒が走る。
この感覚は間違いない・・・殺気だ・・・。
俺は背中のハルバードを抜いて、キョロキョロと辺りを伺う。
どこからかはわからない。ただし、射抜くような殺気だけは肌で感じることができた。

「どうしたの、クレス?」

「・・・。・・・いや、なんでもない。」

俺は冷や汗を拭って、ハルバードを戻す。
気のせいだろうか・・・、この感じはどこかで・・・。
記憶を深く掘り起こして考えていると、宿屋の外からリッパの声が聞こえてきた。

「おーーーい、兄貴ーーーー!!もうすぐ出るよぉーーー!!」

「わかったーーー、すぐ行くよーーー!!ね、クレス?」

「あ・・・、ああ。よし、行こう。」

俺は心の中で何かひっかかりながらも、そのまま宿屋を後にする。
なんだろう・・・、この胸騒ぎ・・・。
何か忘れているような・・・。
こうして心に引っかかった何かの正体がわからないまま、馬車はフォルヘストを出発したのだった。



―――――――――――――――――――――――――



「・・・さすがだな、クレス=レンツゲルト。弓を構えた瞬間、気配を気取られるなんて・・・。」

「ほんと、こんな遠くからなのに私達の存在によく気付けたわね。恐ろしいわ。」

「でも、隊長。これからどうします?」

「・・・決まっているだろう。ワタシ達は任務をこなすだけ・・・。それにしても・・・、血が騒ぐ・・・。」





11/04/22 22:58更新 / アカフネ
戻る 次へ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33