連載小説
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元の世界の話をしようか byクレス




フォルヘストを出発してはや三日、俺達は工業都市クァルツへ向かうためにウロード街道を夜闇の中を北上している。
ガルダの話によれば、まずこのまま街道を進んでカンデラス旧関所街に行き、その後クァルツで補給をして王都オルストスへ向かうらしい。
それが一番安全で確実な進路だそうだ。
もうひとつ最短ルートとして無理に山越えをするという進路もあるらしいのだが、魔物や野獣、盗賊の類が出るとのこと。
今の状況ではほぼ無能の俺にそんな道が選べるはずもなかった。
しかし・・・、まったくもって平和な道のりだ・・・。
ガラガラと音を立てて闇の中を進む馬車。
さすが王族専用と言うべきか、広さも大きさも申し分ない。
足を伸ばして寝れる2段ベッドが2つに、更にその後ろには荷物を置くスペースまである。
やろうと思えば、これで生活できるんじゃないかってほどだ。
なお、馬車の後ろから見て右側の二段ベッドはカタール皇太子とガルダが、左側には俺とキュアリス、そしてチャム達のベッドである。
上段にはキュアリス、チャム、ラッツ。下段が俺とリッパ。
最初は誰か落ちてくるんじゃないか、と冷や冷やしたが全員寝相は良いようで今もスゥスゥ寝息を立てていた。
どうしても眠れなくなった俺はベッドを出て、大きくあくびをする。
すると、馬車の前にある小窓から運転手2人が眠そうに目をこすっているのが見えた。

「代わろうか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。」

「はい。いざとなったら昼に仮眠をとった私がいますし、ゆっくり休んでください。」

「いやぁ・・・、どうしても眠れなくてさ・・・。いつも世話になってるし、代わるよ。」

「とんでもございません。王宮騎士の方に馬車を引かせて、自分は休んでたなどと言ったら私達は首を斬られても文句が言えません。」

「でもカタール皇太子殿下の乗った馬車で事故を起こしたとなれば、それこそ本当に首を斬られるだろ?」

「うぅ・・・、それは・・・。」

「だったら、代わったほうがいいだろ?ここは俺のワガママ従ったって事でさ。ほら、これで何の問題もない。」

「でも・・・。」

「ふむ、面白そうだ。それなら我とクレスで馬車を引こう。」

「カ、カカカカタール殿下ッ!?」

そう言って、楽しそうに笑いながら皇太子が俺の隣に来る。
おぉっと、これはさすがに予想外だった。
運転手も目玉をひん剥いて大慌てする。

「し、心配ありませんよ!!」

「ほらっ!?この通り目はパッチリ冴えております!!後のことは我々にお任せいただきまして、殿下にはどうぞお休み願いますよう・・・。」

「じゃあ、こう言おう。我とクレスに任せてお前達は休め。これは命令だ。」

「そ、そんなぁ・・・。」

「もしもこれで事故を起こしたら、我が何と言われるだろうか。自分の臣下を馬車馬のように働かせる血も涙もない男だと世間は噂するぞ?我が臣下ならこの命令、聞いてくれるよな?」

「う・・・、うぅ・・・、はい。」

皇太子にそう言われて引き下がる運転手。
まあ、このように言われたら引き下がるしかないか。
こうして、俺と皇太子が馬車を引くという異様な光景が出来上がった。

「しかし、何故殿下が?」

「うむ・・・、君にだけは話しておこう。正直に言うと、王宮騎士隊虐殺の報せを聞いて半ば飛び出すように出てきたのだが、あの2人は文句のひとつも言わずについてきてくれたのだ。その恩がこれだけで足りるとは思ってないが、何か手助けがしたくてな。」

「その言葉を聞いたら、とても喜ぶと思いますよ。」

・・・というかカタール皇太子は気づいてないが、さっきからチラチラと小窓から覗き込むようにしてこちらの様子を伺っている運転手2人。
あの様子じゃおそらく聞こえて・・・ん?
・・・おいおい、泣いてるよ。2人して号泣しちゃってるよ。
まったく・・・、臣下思いというかカリスマというか、もしくはバカ正直というか・・・。
確かにガルダが命を張れると断言するのも頷ける。
とても俺と年齢が近いとは思えない・・・。
カタール皇太子からは、人の上に立つことができる聡明さを感じた。

「そういえばクレス。君が異世界から来たというのは本当か?」

「はい・・・、本当です。」

「少々疑わしい話だが、ガルダがそうだと言うのであれば本当の事であろう。」

「信じてくれるんですか?」

「ガルダは昔から嘘を見抜く天性の直感があってな。我も何度となく助けられてる。それに我から見ても、君が嘘をついているようには見えない。」

「ありがとうございます。それにしても、あの人の直感ってそんなにすごいんですか?」

「ガルダが自信を持っているときには外れることはない、絶対にだ。だがなぁ・・・。」

「どうかしたんですか?」

「あの頑固で生真面目な性格が災いしてな、よく面倒事を抱え込んでしまう。この前も一人の少女を助けようとして、ボロボロになっていた。まあ、あの時は旅の剣士一行がいて大事には至らなかったが。」

確かにそうかもしれない。
ガルダは皇太子に負けないくらいバカ正直な人間で、何でも一人で抱え込んでしまう。
その行動が顕著に現れたのがこの前の事件だ。
もしかすると自分もあそこで他の隊員同様に殺されていたかもしれないのに・・・。
でも、あの性格だからこそ部下がついていくのであろう。
そういった面では指揮官向きの人間なのかもな。
皇太子と並んでいる姿は兄弟みたいだけど。

「で、だ・・・。我はお前がいた世界の話を聞きたい。話してもらってもいいか?」

「元の世界の話ですか?」

「ああ、いったいどういった世界だったのだ?」

「そう・・・ですねぇ。世界中が戦争状態の世界でした。こちらの美しい世界とは違う、・・・凄惨な。」

「戦争・・・。ふむ、もっと詳しく聞かせてくれ。」

「いいですよ。では、戦争の始まった経緯からお話しますね・・・。」



―――――――――――――――――――――――――



それは俺の世界で120年ほど前に遡る・・・。
ひとつの大陸に『アランジ教国』という国があった。
元々国土は広かったが戦争には消極的な国で、防衛面以外の軍事活動を一切行わなかった。
国教であるデル教の教えが『善く生き、正しい行いをしろ』というものだったからかもしれない。
他国からも『下手に侵略するよりも商業相手として接した方が利潤のある国』、そう言われるほどであったという。
・・・しかし、ある一人の男の登場で全てが一変する。
後に『軍神』、『聖帝』と呼ばれることになるデル・アランジ帝国初代皇帝トレグストナー・サーク、この男がこれから続いていく長い長い戦争の火蓋を切ったのだ。
トレグストナーはデル教の祭日、『救済の日』の大礼拝の真っ最中に光をまとって降臨したと言われている。
その時に彼はこう言った。

「自分こそが神に使わされた使徒『救済者』である。神はこう仰った、神の教えのもとに世界を統一し地上に楽園を作り出すのだ。」

無論、一部の盲信者を除いて民衆はほとんど信じるはずもなかった。
当然と言えば当然である。
それを見たトレグストナーは眉一つ動かさずこう言った。

「ならば、自分が神の使いであるのだと証明しよう。300の兵を貸してくれ。そうすれば4日後、『アルバレリオ帝国』を我が手中に入れてみせよう。」

民衆は笑った。
アルバリオン帝国はその当時、大陸最強と呼ばれていた強国だったからだ。
そんな夢物語、実現するはずがない。
彼は異端者扱いを受けて、国から追い出された。
トレグストナーについてきたのはわずか50人足らず。
これでは普通ならどうしようもない、誰しもがそう思っていた。
しかし・・・、その4日後。
『アルバレリオ帝国、陥落』という速報がアランジ教国を駆け回った。
なんとトレグストナーは連れてきた盲信者だけではなく、本来人間と敵対関係の魔物を従える事ができたのである。
人間の言葉が通じないはずの魔物がどうして・・・。
だが、彼の才能はそれだけではない。
いくら人間より強力な魔物の軍勢を足しても、アルバリオ帝国の3分の1にも満たない。
そのディスアドバンテージをひっくり返したのがトレグストナーの一番の武器、まるで未来が見えているような卓越した慧眼。
これのおかげで奇襲は必ず成功、逆に相手の作戦は全て看破していた。
言葉が通じぬ怪物の軍勢に、全ての作戦を無にされる絶対的な指揮系統、これらに人々は恐怖する。
そしてそれらを思いのままに操るトレグストナーの姿はまさに『神の使徒』そのものだった。
アルバレリオ帝国を吸収することになったアランジ教国は、彼の指導のもと名を変えてこう名乗る。

『デル・アランジ帝国』

トレグストナーは言った。

「この戦いはもう二度と人々が争わないようにするための聖戦なのだ。世界を神の手に返そうではないか。」

それから彼が没するまでの60年間、敗北の2文字はなく最強の名を欲しいままにした。
トレグストナーの力で、世界の半分以上をデル・アランジ帝国のものとなる。
こうして歴史にトレグストナー・サークの名が深々と刻み込まれたのであった。



―――――――――――――――――――――――――



「・・・ふむ、そのようなことがあったのか。」


「俺の世界ではこの世界のように魔物が人間の言葉を話すなんてありえないですからね。それを操るトレグストナーは本当に神の使いだったのかもしれません。」

「できれば、我もその男に会ってみたかったものだな。」

皇太子はそう言うと、椅子に深く腰掛けて天を仰ぐ。
何だか彼の瞳はとても物悲しげに見えた。
俺も夜空に目を向けて大きく息を吐き出す。
宝石を散りばめたように瞬く星達。
考えてみれば、あっちの世界でこうやって空を見上げたことなんて数えるほどしかない。
何故か夜空に死んだ兄貴の顔が重なった。

「のう、クレス。」

「はい?」

「お前がこの世界にいる間・・・、我の味方でいてくれるか?」

「はい、もちろんです。」

「そうか・・・、ありがとう。」

夜空に向けていた彼の青い瞳が隣に座る俺を捉える。
彼の澄んだ瞳に自分の紅い髪が写るのではないだろうか、そう思った。

「ならば、我も約束しよう。」

「はい?」

「クレスが元の世界に戻れるよう尽力する、このカタール=エボティーナ=ナラフの名において。」

「ありがとうございます!!では、このクレス=レンツゲルトもこの世界にいる間は全力を尽くして閣下の力となりましょう!」

「頼むぞ。・・・それでな、クァルツに着いたら会わせたい者がいるのだ。」

「??」

「我の友であり、腕の立つ技師チャック=フレデリスだ。あの者なら何か打開策を見つけられるかもしれない。」

「本当ですか!?」

「ああ。」

工業都市クァルツに帰るためのヒントがあるかもしれない・・・。
しかし、この時の俺は何故か素直に喜ぶことができなかった。
馬車はガラガラという音を立てて進む。
東の夜空がうっすらと明るくなっていた。
もうすぐ夜明けか・・・。
馬の足音と車輪が軋む音を聞きながらふと、これから先の自分はどうなるのだろうか、そんな事を考えた。



11/06/19 00:18更新 / アカフネ
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