連載小説
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・・・何が起こったんだ? byガルダ

ガルダに連れられ、俺達はフォルヘストの中心街の外れにある宿屋に来た。
彼の所属するセルボノ派王宮騎士隊のメンバーがいるらしい。
話を聞くところによると、中々のキワモノ揃いで個性豊かなメンバーだと言う。
自然と俺達の身体が強張った。

「そんなに心配するな。確かにガラが悪いのは多いが、どいつも悪いヤツじゃない。」

「だって素手で巨岩を壊したり、何十本ものナイフでジャグリングをするような人達って・・・。どう考えても怖い・・・。」

「だ、だだだだ大丈夫でさぁ、姉御!!アタシ達がついていやす!!」

「その割には足が震えているぞ。リッパとラッツに至っては、さっきから俺の両足にしがみついてるんだが。」

「こらぁっ!!リッパもラッツもこっちへ来いっ!!」

「嫌だよぉ、リッパ怖いのきらーい。」

「頑張ってねチャム。ミーはここから応援してるから。」

「そ、そんなぁっ!!」

心細くなったチャムはトコトコとリッパとラッツの間に入り、俺の足にしがみつく。
歩きづらい事この上ない。
それを見たキュアリスも背後に回りこみ、俺の背中をグイグイ押した。

「ちょっと待て!!お前等、俺を盾にしようとしてないか!?」

「あ、バレた?ボクも怖いのやだもん。クレス、先行ってよー。」

「お前っ!!俺のパートナーなら、守ってくれるとかしてもバチはあたらないだろ!!」

「あーあーあーあー。聞こえなーい。」

「・・・ん?」

突然リッパが足にしがみつくのをやめ、ボーっと立ち止まった。
全員、彼女の様子の変化に目を向ける。

「どうした、リッパ。」

「なんか、鉄みたいな臭いしない?」

「・・・。あ、ホントだ。」

「アタシにもわかるわ。錆び始めた鉄みたいな・・・。」

「そうか?俺にはわからないけど・・・。」

キュアリスとリッパ達にはわかるようだ。
俺とガルダはお互いに顔を見合わせる。
ガルダは肩をすくめ、わからないという素振りを見せた。
彼はそのままドアに近づいていく。

「まあ、ともかくだ。中に入ろう。・・・?」

ドアノブに手をかけたガルダは不審そうに手を止める。
おいおい・・・、ガルダまで・・・。
一体どうしたんだろうか。

「人の気配がしない・・・。昼間なのにまったく、な。」

「どっか出かけているんじゃないのか?酒場とか。」

「それでもこの静けさはおかしい。」

「心配症だな。なら、俺が先にはいるぞ。」

俺はドアノブに手をかけ、扉を開く。
その瞬間、風とともに鼻孔に流れ込む強烈な鉄の臭いに一度足を止めてしまった。
いや、これは断じて鉄の臭いなんかじゃない。
戦場でよく嗅ぐこの臭いは・・・。

「血だ・・・、血の臭いだ・・・。」

キィィィという音を立てて、開くドア。
その中は・・・、黒染みた赤の支配する空間だった。
血しぶきが尋常じゃないほどに飛び散っている。
まるで幼子が絵の具をまき散らして遊んだように・・・。

「・・・何が起こった?」

ガルダは呆然としながら、おぼつかない足取りで部屋の中へと入っていく。
俺はその場で足を止め、動けないままだ。
動かないのではない、ピクリとも動けない。
赤い・・・、血と、炎・・・?
過去に見たあの光景とは異なっている。
だけど、それでも襲い掛かってくる既視感。
全然違うのに、過去とは全く違うのに、それでも二つの光景が重なって見えた。
・・・気持ち悪い。
胃酸が食道を伝って口内に上がってくる。
俺はそのまま走り出し、宿屋の近くにある茂みの中に胃酸を吐き出した。

「大丈夫?クレス・・・。」

内容物が逆流してくる苦しみにもがく俺を心配して、キュアリスが近づいてくる。
覗き込んでくる悲しそうな瞳が俺を責めているような錯覚を覚えた。

「ああ・・・、大丈夫だ・・・。」

「もしかして・・・、クレスまだ・・・。」

「大丈夫だと言ってるだろ!!」

ビクッと身体を震わすキュアリス。
無意識的に強くなった声色に自分でも驚きを隠せない。
嘔吐の苦痛を何とか腹の奥へと飲み込む。

「・・・ごめん。俺は大丈夫だから、ガルダの様子を見てきてくれ。」

「うん、わかった。」

「俺もすぐ行くからさ。」

キュアリスはトテトテと小走りで宿屋の中へと入っていった。
俺も喉を焼くように残る胃酸を吐き出し、ガルダのもとへ急ぐ。
それにしてもひどすぎる・・・。
辺り一面どこもかしこも血が飛び散っていた。
『惨劇』という言葉がふさわしいこの空間を見ていると、飲み込んだ吐気が再びこみ上げてくる。

「あ、クレス。こっちだよ。」

ドアの横で座っているキュアリスが小さく手招きをした。
リッパ達もキュアリスの隣で腰を下ろしている。

「どうしたんだ、お前等?」

「ミー達が中に入ろうとしたらガルダに止められたの。チャム達は絶対入るなって。」

「ボクも止められたよ。でも、クレスが来たらクレスだけ入ってきてくれって言ってたよ。」

「俺だけ?」

一応ドアをノックしてみる。
すると、『クレスか、入って来い。』と消えそうなガルダの声が聞こえた。
ガチャリというドアの音とともに部屋に入ると、真っ赤に染まった部屋の中心に彼は座り込んでいる。
彼の前には調理素材廃棄用の大きいブリキ製のバケツが置いてあった。

「・・・このバケツは?」

「・・・。」

無言のまま、開いてみるように指さすガルダ。
俺はおそるおそる蓋をとってみる。
その瞬間、俺は声にならない悲鳴を上げてしまった。
バケツの中に詰まっていたのは五体が切り離された人間の死体。
まるでフライドチキンの残ってしまった骨のように、無造作に、感情もなく、人間の五体が詰まっていた。
ゴミのように詰められた人間達の表情はどれも苦悶と悲痛の表情で固められている。
切断面からするに鋭利な刀剣の類だ。
しかも、何のためらいもなく切断されている。
切り口が一直線。
よほど人を切りなれているようだ。

「誰がこんな事・・・。」

「王宮騎士隊は・・・、恨みを買うことも少なからずあるだろう・・・。ただこんな惨い殺し方されるとは・・・。」

ガルダの声は震えている。
一言出すのも辛いと言わんばかりに。
仲間の亡骸を直視しないように、うつむきながら座っていた。

「・・・。」

何て声をかけたらいいのか言葉が見つからない俺はしばらく沈黙したまま、そっとバケツの蓋を閉じる。
外から聞こえてくる街の喧騒が遠くに聞こえた。
小さくなったガルダの肩を抱え、部屋を後にする。
中で何が起こったのか知らないキュアリス達の暖かい表情がまぶたに焼きついた。


―――――――――――――――――――――――――


あの後俺達は警備隊を呼び、宿屋で起こったことを知らせた。
最初は何かの冗談かと思っていたらしい警備隊員達も、宿屋の内部に入ると悲痛な表情を浮かべていた。
これだけの惨状だ、マトモな精神を持つ人間にはとても耐えられるものじゃない。
警備隊は放心状態のガルダを気遣いながら、念入りに聞き込みや死体の調査などを進めた。
彼等のおかげでわかった事は4つ。

・騎士隊全員の衣服、装備品、金品、食料などは全てなくなっていた。(唯一残っていたのは着用していた騎士服のみ)
・重犯罪者ゲルメイを乗せた護送の馬車もなくなっていた。なお、ゲルメイの死体は見つかっていない。
・犯人はおそらく複数。剣で斬られただけでなく、槍で刺し殺されていた形跡も発見された。
・相当な剣術、槍術の熟練者である。

警備隊が報告を読み上げている最中でさえ、ガルダはうつむき座り込んだまま返事さえしない。
ガルダの代わりに俺が礼を言うと、彼の身体を肩で支えゆっくりとその場を立ち去る。
キュアリス達に別の宿屋をとっておくように頼んだのは正解だったな。
このガルダの状態じゃ先に進めるはずもない。

「・・・大丈夫か?」

「・・・。」

返事はない。
重苦しい沈黙が更に続く。
かける言葉が見つからない俺は、ガルダの身体を引きずりながらただ黙々と歩いた。
騒がしいとまで思える街の活気が痛い。
キュアリス達が待つ宿までの道のりが無限に続くような錯覚を覚える。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・、・・・なあクレス。」

ガルダのかすれた声が聞こえた。
絞り出した言葉に返す言葉が見つからない。

「・・・私の仲間は死んでしまったんだな。・・・悪夢を、・・・見ている訳じゃないんだよな?」

「・・・・・・。」

「答えてくれ、・・・クレス。」

「・・・。ああ、夢じゃ・・・、ない・・・。」

ガルダの歯を食いしばる音が聞こえる。
声を出したときに一瞬見えた彼の瞳に生気はない。
目というよりも空虚な穴、そう思えた。
それから先、再び沈黙が訪れる。
俺・・・、クレス=レンツゲルトが彼に何か言葉をかけるのは彼に対する冒涜以外の何者でもない、そう思えた。
宿屋の光景を見たときから、脳内で何度も何度も過去の光景がフラッシュバックする。
過去の光景と宿屋の惨劇が重なる様子は、まるで何かの呪縛のようだ。
家が燃え、教会が燃え、人が燃える。
ソファが染まり、壁が染まり、人が染まる。
二つの光景を支配するのは色の違う赤、それでも俺には全く同じものに見えた。
自分のこの赤い髪も・・・。
再び喉を焼く苦しみが胃の底から湧き上がり、視界を歪ませる。

「あ、クレス!!こっちだよー!!」

どうやら目的地に着いたらしい。
宿屋の前にはキュアリスが立っていた。
ぴょんぴょん跳ねながら、こちらに向けて大きく手を振る。
その瞬間、喉を襲う胃液の苦しみが和らいだ。

「・・・キュアリス。」

「ん?」

「頼んだ通りに2部屋とってくれたよな?」

「うん、大部屋と1人部屋1つずつだよね!!」

「そうだ。1人部屋の鍵を貸してくれ。」

ハーフパンツのポケットからカギを取り出す。
俺はそれを受け取り、ガルダの身体を支えたまま宿屋に入った。
一言も話さず、呼吸の音がなければ生きているのか死んでいるのかさえわからない彼を1人部屋まで連れて行く。

「・・・。」

こじんまりとした部屋の中にはベッド、机、鏡、椅子の必要最低限な設備が余裕を持っておいてあった。
俺は生気のない彼をそっと椅子の上に座らせる。

「これ・・・、この部屋のカギだ。」

「・・・。」

「何かあったら俺達の部屋まで来い。飯とかは俺達が用意するから心配しなくて大丈夫だぞ。」

「・・・。」

なんだか人形遊びをしているように思えてきた。
用意していた言葉を全て使い切った俺は、何も言えずに静寂に包まれた部屋を後にする。
部屋のドアを閉めると、横に人影があることに気付いた。
キュアリスだった。
心配そうな表情で俺の顔を凝視する。

「・・・ガルダ、大丈夫?」

「かなりショックだったんだろうな・・・。目に生気がない。・・・誰があんなことを。」

「犯人見つからなかったの・・・?」

「ああ・・・。手がかりだけしか・・・。」

キュアリスはそのままうつむく。
言葉がない俺もうつむく事しかできない。
俺達の間にも沈黙が訪れた。
ただ、そんな時でも俺の脳裏に焼きつく二つの赤い景色が消えることはなかった。




10/10/15 22:22更新 / アカフネ
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