お金って大事だよね byキュアリス
「ボク達・・・、もしかして違う世界にいるのかな・・・?」
キュアリスのその一言に顔が引きつってしまう。
おいおい・・・、そんな童話みたいな・・・。
しかし絶対にないと言い切れない所が怖い。
自分の常識が通じない上に、こんな地図を見せられたら誰だって不安になる。
キュアリスの表情にも不安の色が見えた。
「とりあえず・・・、今俺達はここにいるんだが・・・。ってこんな事を言っても、根本的解決にはならないか。」
フォルヘルムと書かれた部分を指でなぞる。
ここから西へ行けば大きい港があるサマデントという交易都市に行けるらしい。
東のカラタ樹海を抜ければサンバロ山麓の鉱山都市ガネット。
北へ行けばこの大陸で一番大きいマーノ山脈の切れ目を通って東へ回れば、クァルツという工業都市へ行ける。
どこへ行っても元の世界に戻れる保証がある訳でもないが、だからと言ってここにずっと留まっている訳にもいかない。
さて、どっちに行こうか・・・。
「くしゅんっ!!」
「うわっ、きたねっ!!」
俺の真横で大きなくしゃみをするキュアリス。
そのせいで俺の顔が唾だらけだ。
キュアリスが照れくさそうにはにかむ。
「えへへ・・・、ごめんクレス。」
「・・・まあ、服を着てないんだから仕方ないか。とりあえず生活費を稼がないと。このままだと俺達は食事も泊まる所も、お前に至っては服もないぞ。」
「あ、そうだ!!!ボク裸だった!!」
ザワワッ!!!
図書館中の視線(主に男子の)がキュアリスに集まる。
馬鹿・・・、そんな事を大声で言うな・・・。
自然とため息が出る俺。
キュアリスの顔は燃えるように真っ赤だ。
「まあ、ともかく酒場へ行こう。図書館へ行く途中の道に一軒あったし。」
「酒場?」
「ああ。酒場なら依頼も受けられるだろうし、仕事の情報もあるだろう。人が集まる場所にはそういう話がゴロゴロと転がっている。この世界がどういう世界だかわからんが、魔物退治くらいの仕事ならどこにでもあるはずだ。」
「魔物・・・ってこの世界にいるの?」
「そりゃいるだろ。何を言ってるんだ?」
「だってさっきから亜人さんはいっぱい見かけても、魔物は一匹も見ていないよ。」
確かにそうだ。
町を歩いていても小人族と鳥人族、水人族は見かけたけど魔物の類は一切見かけていない。
そういえばさっき図書館までの道を聞いた人も猫耳族だったな。
キュアリスの言うとおりこの世界に魔物はいないのか?
「魔物退治じゃなくても、盗賊退治とか採取依頼とかあるだろうさ。どんな依頼でもいいから引き受けて金を稼ごう。」
「そうだね。頑張るぞ、おー!!・・・あ。」
キュアリスが元気に片手をあげる。
そんな格好でそんなに勢いよく手を上げたら・・・、ってもう遅いか。
ペラリとめくれるパルフィン。
図書館が男共の熱狂と歓声に包まれた。
―――――――――――――――――――――――――
酒場に着いてみると、自分のタイミングの悪さを呪ってしまうアクシデントが起こる。
酒場のドアを開けた途端、一人の男が飛んできた。
全くそんな事を予想していなかった俺は、男の身体を顔面で受け止めて倒れる。
激痛に悶え苦しみ、床を転がり回る俺。
一体、何なんだ・・・。
「す、すまない。大丈夫か?」
まったく大丈夫じゃありませんとも、ええ。
右目に大きな刀傷をつけた男が俺に頭を下げる。
「ちょっとヘンデントさん、酔いすぎだよ。」
「うっへー、俺ゃあまだぁ、ひっく。ぜんへん酔ってへぇよ!!」
酒のビンを片手に持った筋肉男がこちらに向かって歩いてくる。
おいおい、完全にろれつが回ってないぞ。
あんだけ顔を真っ赤にしていて、よくもまあ「酔ってない」と言えるもんだ。
呆れを通り越して感心してしまう。
「それよりもぉ・・・、兄さん王宮騎士隊の隊長だろぉ!?ひっく。何でこんなに弱い一般市民の頼みも聞いてくれないんだぁ!?」
「さっきから言ってるだろう。私達王宮騎士隊の今回の任務は重犯罪者ゲルメイ=ガナレイの護送だ。これからヤツを首都オルストスのトメンタス大監獄に連行しないといけないのだ。」
「うるへぇ、もう被害者は多く出ちまってるんだ!!ひっく・・・、それにあのゴブリン共と来たら俺の大事な剣を盗んで行きやがった!!これじゃ戦いにも行けやしねぇ!!」
ゴブリン・・・?
聞きなれた言葉に俺の表情は少しばかり明るくなる。
やはりこの世界にも魔物はいたんだ!!
「クレス、聞いた今の!?」
「ああ。今確かにゴブリンって言ったな、どうやらこの世界にも魔物はいるらしい。」
キュアリスも嬉しそうにピョンピョン跳ねようとする。
俺はそれを全力で止めた。
これ以上パルフィンの下が全裸である事を他の人に知られたら、次の日には町中から『露出娘』と後ろ指をさされてしまう。
そのことに気付いたのか、キュリアスは真っ赤になりながら布の端を押さえていた。
「なあ、おっさん。」
「ん、何だボウズ?」
「そのゴブリン達に懸賞金とかかかっている?」
「懸賞金・・・?もしかしてお前達、賞金稼ぎかい?」
「賞金稼ぎじゃないよ。でも色々な理由でお金に必要なんだ。」
「その事ならこういう依頼が来てるよ。」
カウンターにいるマスターがピラピラと一枚の紙を見せる。
あれは・・・。
間違いない、依頼書だ。
「これはフォルヘストの役所から来た依頼でね。金貨2枚の依頼だ。結構割のいい仕事だと思うよ。ゴブリン達から盗品を取り戻すだけ。」
金貨2枚ってこの世界でどれほど価値があるのかは知らない。
しかしカウンターには銀で出来た貨幣が5枚ぐらい積まれている事を考えるに、食事をするにはそれくらいで足りるという事だ。
金貨1=銀貨10だとしても、銀貨20枚の仕事。
最低でも食費(一日一食計算)だけで俺とキュアリスで2日は過ごせるということだ。
服だって買えるはずである。
これは願ってもないチャンス。
俺はそう思って、大きく手を上げる。
「やります、やらせてください!!」
「じゃあ、契約成立と。なお、この依頼でもしも命を落としたり、大怪我をしても私達は一切の責任を負わないから。」
何だ、あっちの世界とシステムは同じか。
怖いくらいにトントン拍子で事が進んでいく。
罠でもあるんじゃないか、と疑ってしまう俺は臆病者だ。
「クレス・・・、大丈夫・・・?」
「心配すんな、ゴブリンだぞ。あっちの世界で何匹倒したと思ってる?」
「それはそうだけどさ、だってクレス・・・。」
「大丈夫だって。どっちにしてもやらないと俺達は無一文のままだぞ。」
キュアリスの頭をポンポンと叩くように撫でる。
ともかくこれで仕事GET。
「頼むぜ、ボウズぅ。ひっく。そんなもん背中に背負ってるぐらいだから、おそらく心配ないよな。頑張ってくれよ。ひっく。」
筋肉男はハルバードを指さす。
あ、やっぱり目立つよねこれ・・・。
満足げに席に戻っていく筋肉男。
わざわざ酒場にまで足を運んだ甲斐があったというものだ。
「迷惑かけてすまない。私も任務さえ無ければそちらに行くのだが・・・。」
「大丈夫さ、俺だって一応騎士だったしな」
「騎士・・・?そういえばお前がつけているその鎧、見たことない紋章がついているが・・・。どこの国から来た?」
「う〜〜〜〜ん、何て説明したら良いのか・・・。」
異世界から来ました、なんて言えるはずない。
適当に誤魔化すのが得策だな。
「これは俺の家の家紋。俺はとある国の没落貴族でね。」
「ふむ、なるほど。どこの国か・・・、と聞くのは無粋だな。色々と理由がありそうだから、これ以上お前の出身については聞かない。私の名はガルダ=サンダロス。オルストス王宮騎士隊の隊長をやっている。」
「俺はクレス=レンツゲルト。で、こっちはキュアリス。」
「はじめまして〜。」
握手をしようとキュアリスが手を出す。
ガルダは彼女の手を見ると驚いて2、3歩後ずさった。
いくら亜人が多いとはいえ、やはり人間離れした手を見せるのはまずかったか?
「ドラゴン!?嘘だろ、こんな所で会えるなんて・・・。」
「?」
丸い瞳を更に丸くさせて、首をかしげるキュアリス。
ガルダの目が少年のようにキラキラしていた。
おいおい、どうしたって言うんだ・・・。
「どうかしたの?ボクをじーっと見て・・・。」
「おっと、失礼。幼少の時代から憧れていたドラゴンを見て、つい取り乱してしまった。」
「憧れていた?」
「当然だろう。ドラゴンは魔物の中でも最上位に位置する魔物。そのドラゴンに挑めるのは彼女達に認められた強者のみ。男としてドラゴンに挑めることはとても栄誉あることだ。ドラゴンを仲間にしているという事はつまり相応の強さを持っている事になる。クレス、お前を是非我が騎士団にスカウトしたい!!」
「へ?」
まったく状況を飲み込めていない俺はそのままボー然と立ち尽くしてしまう。
予想外の展開すぎるだろ、これは・・・。
―――――――――――――――――――――――――
ゴブリン盗賊団のアジトがあるという情報を頼りにトロットの森へ行く道中。
「・・・で、何でついてきているんだ?護送の任務はどうした?」
「護送は副隊長のダレイドに頼んで、一日延期してもらった。恥ずかしい話をすると現在王宮騎士隊は人手不足でな。有望な新人は喉から手が出るほど欲しいのだ。」
ガルダは恥ずかしげに頬をポリポリとかく。
俺は有望な新人とか言われて少し照れくさい。
あっちじゃアバラッズ騎士隊長には、「どんくさい」とか「役立たず」としか言われてなかったからなぁ、俺・・・。
「人手不足・・・?王宮騎士隊が?そんなんなら王族を守れないんじゃ・・・。」
「そうなんだ。つい先日までは充分な人数がいたのだが、今となってはバラバラになってしまっている。」
「何でそんな短期間で・・・?」
「知らないのか?もうすぐ内乱が起きるかもしれないからだ。」
「内乱!?」
物騒な二文字に俺はあんぐりと口を開けてしまう。
考えてもいなかった返答に思わず足が止まった。
フォルヘストの平和な景色を思い出すと、にわかには信じられなかった。
「おっと、内乱と言っても国中を巻き込むような大きい戦争にはならないだろう。権力争い・・・、と言った方が正しいか。今はこの国はある事件で揺れている。」
「ある事件?」
「メリア姫とヘルベルト皇太子の婚約だ。」
それのどこが事件なんだろう。
どう聞いてもおめでたい事にしか聞こえないんだが。
「それのどこが問題なの?」
「あ、そうか。キュアリス達はこの国の出身ではないから、その意味がわからないのか。まずはそこから説明しよう。」
そう言ってガルダが俺達に簡単な説明をしてくれる。
説明によると、このオルストス皇王国には政王と法王という二人の君主がいるらしい。
古くから権力の集中・暴走を防ぐための制度らしく、長い間その制度が国を支配していた。
今回その政王の娘と法王の息子の婚約。
しかしこのおめでたい婚約の事に異議を唱える者が後を絶たなくなったと言う。
権力の集中を憂う国の重臣達が結婚に反対したのだ。
もちろんそれを避けるためにメリア姫の弟、カタール皇太子が政王を継ぐという意見も持ち上がっている。
ここで厄介なのはカタール皇太子の血筋だ。
カタール皇太子は政王と正室の正統な子供ではない。
政王と政王の浮気相手とのご落胤(隠し子)という訳だ。
正統な血筋でないものが王の座につくのは納得いかない、と考える者も多くいる。
「どちらにせよ政王と法王が縁者となるのは権力の集中になる」と考える者もいるから話はさらに難しくなっていき、ついには三つの派閥に別れてしまった。
1つ目はカタール皇太子を政王にするというセルボノ派。
2つ目は結婚そのものを認めないというヘルモーズ派。
3つ目は結婚をする事には反対しないが、結婚した場合には現政王ナラフV世の血筋以外から政王を立てるべきと主張するレワックス派。
ちなみにこれのせいで王宮騎士隊も派閥ごとに分かれてしまい、ガルダがいるのはセルボノ派王宮騎士隊だ。
どうも「〜派」とか聞くとなんか歴史の授業を受けているみたいで嫌になってくる。
「私はカタール皇太子が政王になって欲しいと願っている。あの方は誇り高く、優しいお方だ。きっとこの国をよい方向へと導いてくれるだろう。」
「ずいぶんと信頼してるんだな。」
「もちろんだ。私はこの命に代えてでも、カタール皇太子のために忠義を尽くす。頼む、この通りだ。お前達の力を貸して欲しい。」
また頭を下げられ困惑する。
話を聞けば聞くほどガルダを手伝いたくなる。
でも俺は一刻も早く連合に戻らないといけない。
こんな事をしている間にも同胞が一人、また一人と散っていってるのだ。
俺は葛藤のあまり頭を抱えてしまう。
ああ・・・、どうすればいいんだ・・・。
「見て!!」
不意にキュアリスが前を指差す。
その指の先にはぽっかりと空いた岩穴。
おそらくこれがゴブリン達のアジト・・・。
言いようのない緊張感が俺達の間を流れる。
この世界の魔物は一体どんな姿なのだろうか・・・。
10/08/29 22:26更新 / アカフネ
戻る
次へ