蜥蜴娘のお師匠様。
オーズタスを出発してから三日、俺達はクレムス街道を通っている。
地図によるとこれから先、いくつかの地方を通らなければならないようだ。
まずはこの街道を道なりに進んでいかなければならない。
そうするとリュコス山脈に行き着く。
山脈を越えて、西へまっすぐ進めば次の目的地ナスタット地方のシラフスという町に行けるはずだ。
リュコス山脈からシラフスはかなりの距離があるが、このペースで行けばおそらく一週間ほどで着くだろう。
「しっかし・・・、何も出てこないなぁ・・・。」
「本当ですね。お弁当でも作っておけばよかったです。」
「いや、テテス。ピクニックじゃないんだから・・・。」
エフィのツッコミに思わず笑いがこぼれた。
テテスのようにピクニックと言っても過言じゃないほど平和である。
あまりにのどか過ぎて、セシリアは歩きながら眠りそうになっていた。
俺達の間に穏やかな風が吹き抜ける。
俺も眠くなってきた・・・。
自然とあくびがもれでる。
「ほら、セシリア。おんぶしてやるからこっちへ来い。」
「ん〜。お兄ちゃん・・・。」
俺はセシリアの身体を背負う。
すぐに背中から寝息が聞こえてきた。
ティタンが彼女の背中を優しく撫でる。
「あ・・・。」
先頭を歩いていたエフィの足が急に止まった。
俺はぶつかりそうになり、何とか踏みとどまる。
・・・?
一体何だろう?
エフィの視線の先には二人のリザードマンがいた。
片方はエフィより少し若いぐらい。
もう片方はかなり老齢だった。
二人とも槍を背負っており、お婆さんのほうは二本も肩にかけている。
「およ、エフィ・・・。エフィじゃないかの・・・。」
「姉様っ!!!」
「お師匠様っ!!それにシャラも!!どうしてここに!?」
再会を喜ぶエフィ。
どうやら知り合いのようだ。
エフィが二人に駆け寄る。
「・・・ん?姉様、槍はどうしたの?」
エフィの背中を見て、シャラと呼ばれた少女は首をかしげた。
槍・・・?エフィは剣士じゃなかったか?
「ああ・・・、槍ね・・・。」
エフィの目が泳いでいる。
視線が定まっていない。
明らかに何かを隠しているといった様子だ。
「まさか、エフィ。お前、まだあの事を引きずってるんじゃないかの?」
「あの事・・・?」
「な、なんでもない!!お師匠様、それはもう大丈夫ですからっ!!」
それからエフィは俺達の方を向く。
「紹介する。こっちがワタシの妹、シャラだ。」
「よろしくお願いします、皆様。」
「こちらがワタシの師匠、コルナ=エスグランテ師匠です。」
「はじめましてだのう。」
しわくちゃな笑顔を見せて笑うコルナさん。
その笑顔は優しいながら、長年積み上げてきた威厳を感じさせる。
只者ではないと本能が理解した。
「はじめまして、カイ=シュターゼンです。背中で眠っているのがセシリア=ヘゲンウッドです。」
「ワタクシはティタン=ヨレイドルです。よろしくお願いしますわ。」
「はじめまして、アタイはテテス=コルモットです。よろしくお願いします。」
「これはご丁寧に。ほっほっほっほ。」
コルナさんは温和な笑みを浮かべ、俺達と握手する。
その後にシャラちゃんと握手をした。
コルナさんはじぃっと俺達の顔を見つめると、また大きな笑い声を上げる。
「皆さん、強いですのう。この老いぼれの目でもわかります。」
「いえ、そんな・・・。」
「ところで、エフィ。この人がお前の夫となる人か?」
「求婚はしてるんですが、一向に首を縦に振ってくれないんです。」
「ほっほっほ、そうかそうか。夫にするならこういう目をした人物がいいぞ。強さと柔らかさを持った目の人物は絶対に大物になる。この者も将来、世界を握る人物になるやもしれんぞ。」
「は、はぁ。そこまですごくないですけど・・・。」
「カイさん、とか言ったかの?謙遜するな、お前は必ずや大物になる。この老いぼれが言うんだから間違いないぞ。ほっほっほっほ。」
少し照れくさい。
自分がそこまで偉大な人物になるなんて言われたことがなかったから。
師と呼べる人物でも、あのクソオヤジとはえらい違いだ。
あの人には「役立たず」や「小物」としか言われたことがない。
「申し訳ないんじゃが、このシャラと手合わせしてもらえないかの?」
「俺がですか?」
「はい!!お願いします!!」
シャラちゃんはペコペコ頭を下げる。
どうやら本気で戦いたいようだ。
背中で眠っているセシリアをティタンに渡す。
まあ一戦ぐらいならと思い、剣を構えた。
彼女も自分の槍を取り出し、意識を集中させる。
すぅっという息を吸う音が聞こえた。
その瞬間、背中に熱いものを感じる。
言うならば、それは闘気。
血がたぎるような感覚が身体を駆け巡った。
「行きます!!」
そう言うと、槍を構えて俺へと向かってくる。
俺も剣を握り締めた。
雨のような突きが襲い掛かってくる。
避けた瞬間、何かが俺の脳内を走った。
なるほど。
エフィの剣術にわずかばかりの違和感があったのだが、今日ようやくそれを知る。
足運び、身体の動かし方、技のつなぎ。
全て槍術がベースになっているのだ。
後ろにひょいと飛ぶことで、攻撃を回避する。
「余所見をしている暇なんてありますかっ!?」
「ああ、ないな。だから、一撃で行かせてもらう。」
俺は剣を軽く振り、構える。
もちろん一撃で決めるための準備だ。
「秘剣弐式 飛!!!」
斬撃の嵐をシャラちゃん目掛けて放つ。
彼女は槍を盾にしてすべて受けきろうとするが、突風で身体があおられ尻餅をついてしまった。
俺は倒れた彼女に剣をつきつける。
「俺の勝ちだな。」
「強いです、負けましたー。」
槍から手を離し、両手を空にかかげるシャラちゃん。
降参の合図だ。
俺は剣を鞘にしまう。
「ほっほっほっほ。どうじゃ、シャラ?」
「参りました、強いです。」
「さて、次はエフィじゃ。どれどれ、このワシが相手してやろうかの。」
「お師匠様がっ!!??」
「何を驚いておる。すでにお前はワシを超えた身であろう。もっとも剣を使っている今のお前では倒せないかもしれんがな。ほれ、準備をせい。」
一本の槍を地面に置き、戦闘体勢に変わるコルナさん。
空気が一気に冷えた感じがした。
本当に実力者であることを嫌でも思い知らされる。
さきほどまでの老人の姿はそこにない。
いるのは歴戦の槍使いコルナ=エスグランテだけだった。
気迫に押されながらもエフィは剣をかまえる。
「では、行くぞ。」
コルナさんはものすごいスピードで槍を突き出す。
その一撃でエフィの剣は吹き飛んだ。
まさに一瞬。
剣は空で何回転かした後、地面へ突き刺さる。
「おやおや、腕が落ちとるのう。」
「まだです!!もう一回お願いします!!」
「ほっほっほ、いいぞ。」
剣を引き抜き、もう一度かまえるエフィ。
が、結果は何度やっても同じ。
日が暮れるまでエフィは挑み続けた。
彼女が勝利を手にすることは一度もなかった。
「お〜い、どこだぁ?」
茂みをかき分け、エフィを探す。
完膚なきまでに負かされた彼女は戦いが終わると同時にどこかへ逃げ出してしまった。
おそらくエフィのプライドは今ズタズタであろう。
コルナさんは「心配するな。」と言っていたが、いてもたってもいられなくなった俺はテテスとティタンにテントを張るよう言ってエフィを探しに出た。
今の時間帯だとちょうど夕飯ぐらいだろう。
自然とお腹も鳴り出す。
それでも探すのはやめない。
「・・・あ。」
いた。
茂みを抜けると川があり、そこにはエフィが一人岩に座って月を眺めていた。
俺は何も言わずに彼女の隣へ行こうとする。
「来ないでくれっ!!」
空から目を離さず、そう言う。
彼女の瞳から涙が一筋こぼれ落ちていった。
俺はその声を聞きながらも彼女に近づく。
「エフィ。」
後ろから彼女の身体を抱きしめてやる。
思ったよりも小さい身体は、小刻みに震えていた。
「ひっく・・・、う、う、・・・。」
唇を噛み締め、涙をこらえるエフィ。
俺はそのまま抱きしめる。
やがてつたい落ちる涙の頻度が多くなってきた。
ポロ・・・、ポロ・・・。
それからエフィは声をあげて、泣き始めた。
「ワタシはっ、ワタシはどうすればいいっ!?なあ、カイ教えてくれ!!」
俺は言葉を発することもできずただひたすらに抱きしめる。
彼女は下を向いて涙を落としていた。
しばらく泣き続け、エフィは顔を上げる。
その表情はまるで自分をあざ笑うかのようだ。
「実はな・・・。ワタシは人を殺したことがあるんだ・・・。」
驚きの告白に俺は目を丸くする。
俺は黙って、彼女の話を聞いていた。
「ワタシの村に教団の奴等が襲ってきてな、ちょっとした争いがあったんだ。その時のワタシは16にも満たない小娘だったが、槍の腕前だけは村の大人にもお師匠様にも負けなかった・・・。今思えば調子に乗っていたのかもしれない。目測を誤ったワタシは思い切り教団の騎士の心臓を・・・。」
憎らしげに自分の手を見つめる。
怒り、悲しみ、後悔。
様々な色が混じった瞳は悲しそうに俺を見る。
震えた声が俺の胸を締め付けた。
「どうだ、醜いだろう?人殺しの手は真っ赤に染まってるだろう?」
自分の手を俺に見せる。
もちろん今のエフィの手に血なんかついていない。
「それからな、槍を握るとあの時殺してしまった騎士の顔が見えるんだ。何度も何度もワタシを責め立てて・・・。」
何も言うことができない俺はエフィを再び抱きしめた。
彼女は俺を振りほどこうとする。
「今のワタシにカイの隣にいる資格なんてないんだ・・・。優しいお前だからそれでもワタシを見捨てないでいてくれるのだろうが、ワタシ自身がそれを許せない。」
「エフィ・・・。」
「ありがとう、カイ。こんなワタシを許してくれて。でも、もう・・・。」
「ダメだ、エフィ!!」
俺が大声でそう言うと、エフィは驚いた顔をした。
心が勝手に俺の口を動かす。
涙をぬぐい、俺は立ち上がった。
「俺達はお前の仲間だ!!たとえお前がどんなことをしようと、俺達は絶対にお前を見捨てたりしない!!何があってもだ!!」
「カイ・・・。」
「それにな!!さっきから聞いていれば、お前だけが悪いんじゃないだろ!!教団が攻め入ってきたからお前は人を殺してしまったんだ!!もしその罪でお前を罰するのならば、俺達は死ぬ気でお前を守る!!」
これは俺の心からの叫びだったのかもしれない。
俺の言葉を聞いて、エフィの瞳から更に大きな涙の粒が落ちる。
どうやら俺の言葉が伝わったようだ。
「本当に・・・ひくっ。こんなワタシがいても・・・、いいのか?」
「もちろんだ!!」
俺を抱きしめ、大声で泣くエフィ。
川の穏やかな水音が、俺達を慰める。
エフィは俺の腕の中で。
「カイ、抱いてくれないか?」
俺は何も言わずにコクンとうなずいた。
俺達は互いの顔を見つめあう。
舌を絡めあう甘く深いキス。
今までとは違う、お互いの存在を認め合うキス。
それから俺達はお互いの身体を静かに貪った。
コルナさんとエフィが対峙している。
朝になり、エフィが再びコルナさんに勝負を挑んだのだ。
「シャラ、槍を貸して。」
「うん。」
「ほっほっほ。いい顔つきになったのう。もう槍を握っても大丈夫なのか?」
「はい、お師匠様。もうあなたには負けません。」
俺は固唾を飲み込む。
テテスやティタンもいつになく真剣な顔つきだ。
セシリアは俺の隣でじっとエフィを見つめている。
「では、参るぞ。」
「来てください!!」
「ほうっ!!」
またすごいスピードでコルナさんの槍が襲い掛かる。
だが、エフィは動じない。
正確に槍の方向を見極め身体をよじった。
「やぁっ!!」
「おっと。」
カウンターとばかりにエフィも槍を突き出す。
コルナさんは斜め後方に飛び、それをかわした。
心なしかコルナさんの表情が喜びに変わっている。
「やるのう。これなら本気でいけるの。」
そう言うと先程のスピードで連続突き。
シャラちゃんのが雨なら、こちらは台風。
俺でさえ、かわすのが精一杯だろう。
それでもエフィは動じない。
「お師匠様、あなたのおかげで見失っていた自分を取り戻すことができました。だから、ワタシはワタシの全力であなたにお礼をしたいと思います。」
彼女は槍をかまえる。
あれじゃ・・・、当たってしまうぞ・・・。
俺の背中から血が引いていく。
「安心してくれ、カイ。お前達がいる限り私は負けない。」
キンキンキンキンッ!!!
なんとエフィの槍は最小限の動作で台風をさばききる。
まるで柳のようにしなやかに。
それから彼女は跳ねて、槍をコルナさんに突きたてようとする。
「甘いぞっ。」
コルナさんは転がるように避ける。
しかし、そこには・・・。
「うおおおおおおっ!!」
「なんとっ!?」
エフィは槍を一度足場にして、再びコルナさんに攻撃をしかけた。
目の前で見たのに、今でも信じられないほどアクロバティックな動きである。
驚くべきは彼女の身体能力と足場にした槍を構えなおす速さ。
これが・・・、本当のエフィの力・・・。
「ま、まいった・・・。さすがじゃのう・・・。」
ヘタッと座り込むコルナさん。
誰がどう見てもエフィの勝ちである。
俺達の口から自然と歓声が上がった。
「どうですか、お師匠様!!」
「ああ、それは間違いなくお前の動きだ。これを持っていけ。」
そう言ってコルナさんは今まで持っていた槍をエフィに渡す。
エフィはその槍を受け取ると、慌て始めた。
一体何だというのだろうか?
「それは私達リザードマンの十騎士が使ったとされる槍『ジャガルザ』です。あとお師匠様がもう一本背負っている槍が『ラスボルグ』。お師匠様が正式に姉様を後継者と認めた証です。」
シャラちゃんが説明してくれる。
その声には羨望と憧れが含まれていた。
そんなにすごいものをもらったのか。
「あと『ラスボルグ』はシャラ、お前に渡すつもりだ。・・・が、まだまだ未熟なお前じゃ当分は無理かの。ほっほっほっほ。」
「そ、そんなぁ〜。」
コルナさんはもう一度エフィのほうへ向きなおす。
しわくちゃな頬を緩ませ、微笑んだ。
「エフィ、お前はもう一人前だ。これからも頑張るんだぞ。」
「はいっ!!!」
槍をぎゅっと握り締め、力強く返事をするエフィ。
そうしてコルナさんはシャラちゃんを連れて去っていく。
俺達はそれを見送っていた。
「なあ、カイ。」
「ん?」
「ありがとう。」
そう言って彼女は太陽と同じ暖かい笑みを浮かべる。
俺達は二人を見届けた後、再び俺達は街道を歩き始めた。
テテスとセシリア、ティタンも俺達についてくる。
空の青色がよりいっそう濃く見えた。
10/06/28 00:45更新 / アカフネ
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