スキュラの集落。
サマデントを出航して10日。
俺達はドリコア海を航行していた。
ここまで来れば目的地、オーズタスに着くのに2日とかからない。
海の旅ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。
色んなことがあったと物思いにふける。
海底神殿、リアナ、霧の海、幽霊船・・・。
こう思い返してみると、なかなか感慨深いものだな。
しみじみとした気持ちで潮風に当たっていると、元気な2人がバタバタと駆け寄って来た。
元気な二人とはもちろんセシリアとレイレイのことである。
「ねぇ、これ見てよ!!レイレイちゃんが作ったんだよ!!」
「えっへへ。はじめてだったけど上手にできたでしょ、カイ兄ぃ?」
セシリアが薬品の入った一本のビンを手渡す。
それは既に二度お世話になった、水中で呼吸ができるようになる薬だ。
透き通るような青色はセシリアが作った物と変わらない。
とても上手にできたのが嬉しいのか、レイレイは顔を赤くしている。
俺はそんなレイレイの頭をなでなでしてやった。
「すごく上手にできたな。今度、俺にも作ってくれないか?」
「うんっ!!レイレイ、カイ兄ぃのために作るよっ!!」
珍しく素直な返答に少し驚いた。
てっきり「カイ兄ぃになんか作ってあげないよ〜。」とでも言われるかと思ったのに。
何故かそれが嬉しくてわしゃわしゃ彼女の頭を撫でた。
フワフワとした髪の毛が妙に気持ちいい。
その姿を見たセシリアが、いきなり俺の前でアピールを始める。
「あ、あのねっ!!ボク、しっかりレイレイちゃんに薬の作り方を教えることができたよ!!だ、だからねっ!!」
そう言って、俺の前で手をパタパタさせている。
どうやら撫でて欲しいようだ。
しょうがないな・・・。
俺は左手でセシリアの頭も撫でてやる。
少しウェーブのかかったレイレイの髪と違い、セシリアの髪はサラッと指の隙間を抜けていった。
俺達の姿を微笑ましく思ったのか、テテスが優しい表情を浮かべてやってくる。
彼女の手にはドッサリとクッキーの入った大皿を持っていた。
「テテス、それどうしたんだ?」
「厨房を借りて、作ってみました。皆も食べますよね?」
「食べる〜!!」
「あ、ボクにもちょーだい!!」
セシリアとレイレイはすぐさまクッキーに群がっていく。
それから無我夢中でクッキーを食べ始めた。
二人はもうクッキーしか見えていない。
その様子を見て、テテスは柔らかい笑みを浮かべた。
「ふふふっ、すっかり夢中ですね。あれだけ食べてもらえれば、アタイも作った甲斐があります。」
「テテスの作る料理はうまいからな。伸び盛りのあいつ等には大事な栄養源の一つだ。」
「アタイもあれぐらいの頃は・・・。」
テテスの言葉がそこで途切れる。
何かを見つめるように視線が宙を彷徨ったままだ。
「どうしたんだ、テテス?」
「いえ、何でもありません。アタイもあの頃は無邪気でしたね。日が暮れるまで遊び通していましたもの。」
「俺はセシリアぐらいの年の時は師匠の無茶な訓練を受けていたな。どこだかわからない森に放り込まれたり、滝から落とされたり・・・。」
師匠、本当にろくな事してねぇな。
今思い出してみるとあれは修行でも何でもない。
ただの俺イジメだったのではないか、そう思えるものばかりだった。
段々、気分がふさいでしまう。
「わわわっ、すみません!!」
「いや、テテスは悪くない。悪いのは全部、あのクソオヤジだから。」
「おーい!!カイ兄ぃ、食べないならレイレイが全部食べちゃうぞー!!」
「お兄ちゃんも一緒に食べようよー!!」
手を振って俺を呼ぶ。
本当にあいつ等なら全て食い尽くしかねない。
俺はテテスの手を引っ張ると、クッキーの皿へと近づいた。
ひょいと一つ口に運ぶ。
サラッとした優しい甘みが口中に広がった。
もう一つつまむと、次はテテスの口へとクッキーを運んでやる。
一度食べ始めると全員止まらない。
気がついたら、夢中で食べ進めていた。
「ごちそうさま。テテス、おいしかったよ。」
「はい、お粗末様でした。」
嬉しそうに後片付けを始めるテテス。
セシリアとレイレイは眠くなったのか、しきりにあくびをしている。
日差しも気持ち良いので無理もない。
昼寝でもするかと思い、甲板の端で横になる。
バシャァン!!
豪快な水しぶきとともに一体のスキュラが上がってきた。
俺とテテスはすぐに武器をかまえて、スキュラと向かい合う。
が、スキュラは俺達を視界にいれていない。
スキュラの視界の先は・・・。
「お嬢様っ、探しました!!さぁ、帰りますよ!!」
「イヤだっ!!レイレイは帰らないっ!!」
「わがままを言わないでください。族長様も心配なされてますよ。」
「あ、あの・・・。レイレイと知り合いですか?」
「何者だっ、貴様は!?」
明らかな敵意を向けてくるスキュラ。
レイレイが何かひらめいたような顔つきで、俺に近づいてきた。
そして彼女は俺の腕に抱きついて・・・。
「こ、ここにいるカイ兄ぃはレイレイの夫なの!!レイレイはもう夫がいるから一人前よ!!だから、もう集落には戻らない!!」
「この男が・・・、ですか?」
「おい、それはどういうこと・・・痛っ!!」
《いいから、ちょっと口裏を合わせてっ。》
そうレイレイはこそっと耳打ちをする。
一体何だ、というのだろうか。
ともかく頼まれた通りに口裏を合わせる。
「・・・ああ。そうだけど、それがどうかしたのか?」
「お嬢様にお婿さんが。これは族長様に報告しなければ・・・。」
「なぁ、レイレイとは知り合いなのか?」
「はい。私はレイレイお嬢様のお世話をさせていただいているエディナと申す者です。以後、お見知りおきを。」
丁寧にペコリと挨拶をする。
さっきの態度と全く違うじゃないか。
「レイレイお嬢・・・様・・・?」
「ご存知ないですか?お嬢様は私達が住んでいる集落の族長の正統な後継者です。お嬢様の母君は現族長であらせられます。」
そんな馬鹿な。
思いもよらなかった返答に俺は目を丸くした。
セシリアもそれを聞いて口をパクパクさせている。
「一月前ほどでございましょうか。お嬢様は族長様と喧嘩をなさいまして、飛び出すように集落から出て行かれました。」
「喧嘩?」
「はい。原因は次期族長の継承についてです。本来ならばまだ年齢的にいささか早いのでございますが、族長様が早めに自覚をつけたほうがいい、と仰られて。」
「レイレイは絶対に族長になんかならないもんっ!!」
結構、話がこじれているようだ。
かと言って、俺が口出しできるような問題でもない。
俺は口を閉ざして見守る。
「で、それがお兄ちゃんとの婚約にどう関係があるの?」
「はい。スキュラの族長は婿をとらない、というのが古くからのならわしでして・・・。婿をとる場合、お嬢様は継承をすることができません。」
ははぁ、そういう事か。
レイレイは族長になりたくないから、あんな嘘をついたんだな。
セシリアもテテスもその事を瞬時に理解する。
「明日、俺達は君達の集落に行くよ。そこで正式に話をしたいと思う。だから、今日のところはここで引き上げてくれないか?」
「はい。では、族長様にその旨をお伝えします。」
「案内頼むよ、レイレイ。」
「任せて、カイ兄ぃ。」
スキュラは素直に立ち去った。
俺達からため息がフゥッともれ出る。
なんか通常の倍疲れたような気がするのは気のせいだろうか?
「で、レイレイ。レイレイは何で族長になりたくないんだ?」
「レイレイは自由に生きたいの。自由に色んな所に行きたいし、自由に恋もしたい。族長になると両方ダメになっちゃう。そんなのレイレイ、絶対ヤダ。」
なるほどな。
レイレイぐらいの年頃なら、全員がそう思うだろう。
もし俺がレイレイの立場だったら逃げ出してるかもしれない。
「レイレイちゃんも大変なんですねぇ。アタイなら嫌ですもの。」
「ボクも自由に恋ができなくなるのは嫌だな。」
「よし。明日、レイレイの族長の継承を断ってこようぜ。」
「うん。」
「そうですね。」
女子二人も同意見のようだ。
レイレイは喜びの表情を浮かべて俺に抱きついてくる。
しきりに「ありがとう」と言っていた。
早速俺達は船長に理由を説明して船のスピードを緩めてもらう。
船長はいつもの笑みでOKしてくれた。
あとは・・・、水中で呼吸のできる薬だけ。
セシリアに教えられ、俺達は足りない一人分の薬を黙々と作った。
−−−−−−次の日。
「しばらくお待ちください。今、族長様を呼んで参ります。」
そう言って昨日のスキュラが他の穴よりひと周り大きな岩穴に入ってく。
俺達はレイレイの案内でスキュラの集落に来ていた。
メンバーはレイレイ、セシリアとテテス。
エフィとティタンは船の警護に残していった。
集落と言っても簡単に言えば岩山に大きくボツボツと穴が無数に開いているだけ。
しかし先程から何十人もの気配を感じる。
どうやら結構仲間意識は強いようだ。
「レイレイちゃんのお母さんってどんな人なの!?」
「偉そうな人だよ。いっつもレイレイに命令ばっかしてくるし。」
「待たせたのう。私がここの族長、カシミナ=ホログラッタだ。」
「カイ=シュターゼンです。」
出てきたのは熟年のスキュラ。
思っていたよりずっと若くて驚いた。
ティタンやエフィとは違う年上の色香というものがある。
「かあ様っ!?」
「この人がレイレイのお母さん!?」
「レイレイ。そこの凛々しいのが例の・・・?」
「うんっ!!レイレイの夫、カイ兄ぃだよ!!」
「ふぅん・・・。」
一瞬、カシミナさんの目がものすごく鋭くなったように見えた。
・・・もしかすると歓迎されていないのか?
多少の不快感を覚え、顔をしかめてしまう。
すると大きな声でカシミナさんが笑い始めた。
「わっはっはっは!!オヌシ、カイと言ったか?オヌシがレイレイと付き合っているというのは嘘だな!!」
「何故そう思うでしょうか?」
「オヌシがレイレイに負けるような弱者ではないわ!!目をみただけでわかるんだよ!!」
「そ、そんな・・・。」
「下手をするとコヤツは、この私や集落の戦士が束になって襲い掛かっても無駄かもしれんな!!それほど強い!!それにその目、しなやかに見えて結構ぎらついておるわ!!これはとんだ食わせ者だ!!」
族長は愉快そうに笑う。
すぐさま武器を持ったスキュラが、族長の前にやって来た。
が、族長は彼女達を手で払いのける。
「いいんだ、ぎらついてはいるが理知的な目をしている。それにな、お前達じゃ絶対に適わないよ。コヤツが何故レイレイの継承を止めに来たのか、少し興味がわいた。話をしてくれ。」
俺も本能的に察した。
この人には余計な小細工や妙なごまかしは通用しない。
一番恐ろしいのは心の奥まで見透かすような慧眼。
心の中でそう悟った俺はありのままを正直に伝える。
話を聞いたカシミナさんはうんうん頷いていた。
「なるほどのぅ・・・、確かにレイレイには悪いことをしたと思っておる。私も昔、そうやって反発したこともあるからな。」
「ホラ、かあ様もじゃないか!!だったら、レイレイの気持ちも・・・。」
「痛いほどわかるから、言うのだ。」
「言ってることが全然わかんないよ!!どうせかあ様はレイレイの事なんてこれっぽっちも考えていないんでしょ!?」
「少し・・・、昔の話を聞いてくれ、レイレイ。」
「誤魔化さないで!!」
「いいから、聞いてくれ!!」
レイレイは頬を膨らましながら口を閉じる。
族長は何かを思い出すような面持ちで俺達の頭上を見つめた。
その目には悲しみと後悔と、懺悔の色がついている。
「昔、私もレイレイと同じことで母上・・・、お前から見たおばあ様に反抗したんだ。誰がそんな窮屈な生活送るもんかってね。絶対に継がない気でいた。それより自由に遊んでいたいと思った。」
「うん!!レイレイの気持ち、わかったでしょ!?だったら・・・。」
「最後まで聞け。そうして私は族長を継がないと継承の儀式の時にも言った。もうこれで私は自由な身なんだと信じて、旅に出た。・・・だけど、選択には代償が必要だったんだ。」
「代償?何を言っているのかさっぱりわからないよ!!」
「私が族長の位を放棄したせいで、その位を狙うもの達が争い始めたのだ。やがてどんどん大きくなり、ただの争いが戦争と言えるものまでヒートアップしていった。自由気ままな旅から帰ってきた私が村で見たものは・・・、まさに地獄。仲間同士で争い、自分の欲を満たすためだけ剣を振るう。」
カシミナさんが憎らしげにギリッと唇を噛む。
それは誰に対してでもない、自分への憎悪に見えた。
少しの間、口を閉ざす。
やがて再度、カシミナさんは言葉を紡ぎ出した。
「私は大慌てで母上に会いに行った。でも、遅かった。もう母上は・・・。」
その先は言わずともわかった。
だから俺達はあえて聞くような事をしない。
彼女の唇が震えていた。
「私はその後、たくさん後悔した。何であの時やめるなんて言ったのだろう?更に何十日も泣き通した。やがて私がまだ族長の証である『宝珠の貝殻』を手放していないことを思い出したんだ。・・・それからは大変だった。無理矢理他の者を服従させていく日々。おいで、レイレイ。」
「・・・うん。」
そう言ってレイレイを自分の懐へ呼び抱きしめる。
レイレイのウェーブのかかった髪に顔を埋めた。
涙を押し殺すような声が聞こえた。
レイレイは申し訳なさそうに下を向いている。
「大変だった・・・。どんなに努力しても母上には会えない、周囲から無責任だと言われる。自分の命も投げ出したくなった。ある日溺れた男がこの集落へやって来た。シー・ビショップの力を借りて、何とか命だけは助かった。今思えば、私は恋をしていたのかもしれない。でも、私は婿はとれない身。だから、私はその男と子を作って別れた。その子が・・・、お前だよレイレイ。」
愛おしそうにレイレイの頭を撫でる。
涙を我慢しているのか、カシミナさんの目は真っ赤だ。
それとは反対にボロボロ涙を落とすレイレイ。
俺達の目からも雫が落ちていた。
「レイレイ。私はお前の選ぶ道を止めたりしない。でもな、どうか後悔ないように生きてくれ。少なくとも、私のような過ちだけはやめてくれ。頼む。」
「うん・・・。もう少し考えさせて、かあ様・・・。」
お互いの気持ちを伝えあう二人。
静かな海の中、俺達の泣き声がとても小さく聞こえた。
「ひっく・・・レイレイちゃん、これでお別れね。えぐ・・・。」
「泣かないで、セシリア。また会えるわよ。」
泣きじゃくるセシリアを優しく抱擁してやるレイレイ。
彼女はまだ族長になるかどうかは決めていないが、それでも自分の正しい選択を模索し始めたようだ。
本当に自分が幸せになれる選択を探して・・・。
「カイ兄ぃ。また来てよね。」
「もちろんさ。必ずセシリアと一緒にくるからな。」
「うん、楽しみにしてる。」
セシリアはまだレイレイとの別れがさびしいのか離れようとしない。
レイレイはそんなセシリアをギュッと抱きしめた。
本当に仲がいいんだな。
「お願い、テテス姉ちゃん。ティタン姉ちゃんやエフィ姉ちゃんにバイバイって伝えといてね。」
「わかりました。ちゃんと伝えておきます。」
俺は何も言わず、セシリアの肩を叩いた。
そろそろ行かないと本当に別れが辛くなってしまう。
それを理解しているのか、セシリアはうつむいたままレイレイから離れる。
「ちょっと、待って。」
そう言うとレイレイは俺に顔を近づける。
どうやら何か話があるようだ。
『カイ兄ぃ、今度来たときには・・・。れ、レイレイに子供を作って。』
チュッ。
いきなりの告白と頬に受けたキスに俺は身じろぎをする。
何なん・・・ん、待てよ?
子供を作ってということはもしかして・・・。
彼女の瞳を見る。
決意の炎がゆらゆらと小さいながらに揺れていた。
どうやらもう決めたようだな。
俺達は振り返らず、集落から去っていく。
海の中だというのに雨が降っていて、俺やセシリアの瞳を濡らした。
俺達はドリコア海を航行していた。
ここまで来れば目的地、オーズタスに着くのに2日とかからない。
海の旅ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。
色んなことがあったと物思いにふける。
海底神殿、リアナ、霧の海、幽霊船・・・。
こう思い返してみると、なかなか感慨深いものだな。
しみじみとした気持ちで潮風に当たっていると、元気な2人がバタバタと駆け寄って来た。
元気な二人とはもちろんセシリアとレイレイのことである。
「ねぇ、これ見てよ!!レイレイちゃんが作ったんだよ!!」
「えっへへ。はじめてだったけど上手にできたでしょ、カイ兄ぃ?」
セシリアが薬品の入った一本のビンを手渡す。
それは既に二度お世話になった、水中で呼吸ができるようになる薬だ。
透き通るような青色はセシリアが作った物と変わらない。
とても上手にできたのが嬉しいのか、レイレイは顔を赤くしている。
俺はそんなレイレイの頭をなでなでしてやった。
「すごく上手にできたな。今度、俺にも作ってくれないか?」
「うんっ!!レイレイ、カイ兄ぃのために作るよっ!!」
珍しく素直な返答に少し驚いた。
てっきり「カイ兄ぃになんか作ってあげないよ〜。」とでも言われるかと思ったのに。
何故かそれが嬉しくてわしゃわしゃ彼女の頭を撫でた。
フワフワとした髪の毛が妙に気持ちいい。
その姿を見たセシリアが、いきなり俺の前でアピールを始める。
「あ、あのねっ!!ボク、しっかりレイレイちゃんに薬の作り方を教えることができたよ!!だ、だからねっ!!」
そう言って、俺の前で手をパタパタさせている。
どうやら撫でて欲しいようだ。
しょうがないな・・・。
俺は左手でセシリアの頭も撫でてやる。
少しウェーブのかかったレイレイの髪と違い、セシリアの髪はサラッと指の隙間を抜けていった。
俺達の姿を微笑ましく思ったのか、テテスが優しい表情を浮かべてやってくる。
彼女の手にはドッサリとクッキーの入った大皿を持っていた。
「テテス、それどうしたんだ?」
「厨房を借りて、作ってみました。皆も食べますよね?」
「食べる〜!!」
「あ、ボクにもちょーだい!!」
セシリアとレイレイはすぐさまクッキーに群がっていく。
それから無我夢中でクッキーを食べ始めた。
二人はもうクッキーしか見えていない。
その様子を見て、テテスは柔らかい笑みを浮かべた。
「ふふふっ、すっかり夢中ですね。あれだけ食べてもらえれば、アタイも作った甲斐があります。」
「テテスの作る料理はうまいからな。伸び盛りのあいつ等には大事な栄養源の一つだ。」
「アタイもあれぐらいの頃は・・・。」
テテスの言葉がそこで途切れる。
何かを見つめるように視線が宙を彷徨ったままだ。
「どうしたんだ、テテス?」
「いえ、何でもありません。アタイもあの頃は無邪気でしたね。日が暮れるまで遊び通していましたもの。」
「俺はセシリアぐらいの年の時は師匠の無茶な訓練を受けていたな。どこだかわからない森に放り込まれたり、滝から落とされたり・・・。」
師匠、本当にろくな事してねぇな。
今思い出してみるとあれは修行でも何でもない。
ただの俺イジメだったのではないか、そう思えるものばかりだった。
段々、気分がふさいでしまう。
「わわわっ、すみません!!」
「いや、テテスは悪くない。悪いのは全部、あのクソオヤジだから。」
「おーい!!カイ兄ぃ、食べないならレイレイが全部食べちゃうぞー!!」
「お兄ちゃんも一緒に食べようよー!!」
手を振って俺を呼ぶ。
本当にあいつ等なら全て食い尽くしかねない。
俺はテテスの手を引っ張ると、クッキーの皿へと近づいた。
ひょいと一つ口に運ぶ。
サラッとした優しい甘みが口中に広がった。
もう一つつまむと、次はテテスの口へとクッキーを運んでやる。
一度食べ始めると全員止まらない。
気がついたら、夢中で食べ進めていた。
「ごちそうさま。テテス、おいしかったよ。」
「はい、お粗末様でした。」
嬉しそうに後片付けを始めるテテス。
セシリアとレイレイは眠くなったのか、しきりにあくびをしている。
日差しも気持ち良いので無理もない。
昼寝でもするかと思い、甲板の端で横になる。
バシャァン!!
豪快な水しぶきとともに一体のスキュラが上がってきた。
俺とテテスはすぐに武器をかまえて、スキュラと向かい合う。
が、スキュラは俺達を視界にいれていない。
スキュラの視界の先は・・・。
「お嬢様っ、探しました!!さぁ、帰りますよ!!」
「イヤだっ!!レイレイは帰らないっ!!」
「わがままを言わないでください。族長様も心配なされてますよ。」
「あ、あの・・・。レイレイと知り合いですか?」
「何者だっ、貴様は!?」
明らかな敵意を向けてくるスキュラ。
レイレイが何かひらめいたような顔つきで、俺に近づいてきた。
そして彼女は俺の腕に抱きついて・・・。
「こ、ここにいるカイ兄ぃはレイレイの夫なの!!レイレイはもう夫がいるから一人前よ!!だから、もう集落には戻らない!!」
「この男が・・・、ですか?」
「おい、それはどういうこと・・・痛っ!!」
《いいから、ちょっと口裏を合わせてっ。》
そうレイレイはこそっと耳打ちをする。
一体何だ、というのだろうか。
ともかく頼まれた通りに口裏を合わせる。
「・・・ああ。そうだけど、それがどうかしたのか?」
「お嬢様にお婿さんが。これは族長様に報告しなければ・・・。」
「なぁ、レイレイとは知り合いなのか?」
「はい。私はレイレイお嬢様のお世話をさせていただいているエディナと申す者です。以後、お見知りおきを。」
丁寧にペコリと挨拶をする。
さっきの態度と全く違うじゃないか。
「レイレイお嬢・・・様・・・?」
「ご存知ないですか?お嬢様は私達が住んでいる集落の族長の正統な後継者です。お嬢様の母君は現族長であらせられます。」
そんな馬鹿な。
思いもよらなかった返答に俺は目を丸くした。
セシリアもそれを聞いて口をパクパクさせている。
「一月前ほどでございましょうか。お嬢様は族長様と喧嘩をなさいまして、飛び出すように集落から出て行かれました。」
「喧嘩?」
「はい。原因は次期族長の継承についてです。本来ならばまだ年齢的にいささか早いのでございますが、族長様が早めに自覚をつけたほうがいい、と仰られて。」
「レイレイは絶対に族長になんかならないもんっ!!」
結構、話がこじれているようだ。
かと言って、俺が口出しできるような問題でもない。
俺は口を閉ざして見守る。
「で、それがお兄ちゃんとの婚約にどう関係があるの?」
「はい。スキュラの族長は婿をとらない、というのが古くからのならわしでして・・・。婿をとる場合、お嬢様は継承をすることができません。」
ははぁ、そういう事か。
レイレイは族長になりたくないから、あんな嘘をついたんだな。
セシリアもテテスもその事を瞬時に理解する。
「明日、俺達は君達の集落に行くよ。そこで正式に話をしたいと思う。だから、今日のところはここで引き上げてくれないか?」
「はい。では、族長様にその旨をお伝えします。」
「案内頼むよ、レイレイ。」
「任せて、カイ兄ぃ。」
スキュラは素直に立ち去った。
俺達からため息がフゥッともれ出る。
なんか通常の倍疲れたような気がするのは気のせいだろうか?
「で、レイレイ。レイレイは何で族長になりたくないんだ?」
「レイレイは自由に生きたいの。自由に色んな所に行きたいし、自由に恋もしたい。族長になると両方ダメになっちゃう。そんなのレイレイ、絶対ヤダ。」
なるほどな。
レイレイぐらいの年頃なら、全員がそう思うだろう。
もし俺がレイレイの立場だったら逃げ出してるかもしれない。
「レイレイちゃんも大変なんですねぇ。アタイなら嫌ですもの。」
「ボクも自由に恋ができなくなるのは嫌だな。」
「よし。明日、レイレイの族長の継承を断ってこようぜ。」
「うん。」
「そうですね。」
女子二人も同意見のようだ。
レイレイは喜びの表情を浮かべて俺に抱きついてくる。
しきりに「ありがとう」と言っていた。
早速俺達は船長に理由を説明して船のスピードを緩めてもらう。
船長はいつもの笑みでOKしてくれた。
あとは・・・、水中で呼吸のできる薬だけ。
セシリアに教えられ、俺達は足りない一人分の薬を黙々と作った。
−−−−−−次の日。
「しばらくお待ちください。今、族長様を呼んで参ります。」
そう言って昨日のスキュラが他の穴よりひと周り大きな岩穴に入ってく。
俺達はレイレイの案内でスキュラの集落に来ていた。
メンバーはレイレイ、セシリアとテテス。
エフィとティタンは船の警護に残していった。
集落と言っても簡単に言えば岩山に大きくボツボツと穴が無数に開いているだけ。
しかし先程から何十人もの気配を感じる。
どうやら結構仲間意識は強いようだ。
「レイレイちゃんのお母さんってどんな人なの!?」
「偉そうな人だよ。いっつもレイレイに命令ばっかしてくるし。」
「待たせたのう。私がここの族長、カシミナ=ホログラッタだ。」
「カイ=シュターゼンです。」
出てきたのは熟年のスキュラ。
思っていたよりずっと若くて驚いた。
ティタンやエフィとは違う年上の色香というものがある。
「かあ様っ!?」
「この人がレイレイのお母さん!?」
「レイレイ。そこの凛々しいのが例の・・・?」
「うんっ!!レイレイの夫、カイ兄ぃだよ!!」
「ふぅん・・・。」
一瞬、カシミナさんの目がものすごく鋭くなったように見えた。
・・・もしかすると歓迎されていないのか?
多少の不快感を覚え、顔をしかめてしまう。
すると大きな声でカシミナさんが笑い始めた。
「わっはっはっは!!オヌシ、カイと言ったか?オヌシがレイレイと付き合っているというのは嘘だな!!」
「何故そう思うでしょうか?」
「オヌシがレイレイに負けるような弱者ではないわ!!目をみただけでわかるんだよ!!」
「そ、そんな・・・。」
「下手をするとコヤツは、この私や集落の戦士が束になって襲い掛かっても無駄かもしれんな!!それほど強い!!それにその目、しなやかに見えて結構ぎらついておるわ!!これはとんだ食わせ者だ!!」
族長は愉快そうに笑う。
すぐさま武器を持ったスキュラが、族長の前にやって来た。
が、族長は彼女達を手で払いのける。
「いいんだ、ぎらついてはいるが理知的な目をしている。それにな、お前達じゃ絶対に適わないよ。コヤツが何故レイレイの継承を止めに来たのか、少し興味がわいた。話をしてくれ。」
俺も本能的に察した。
この人には余計な小細工や妙なごまかしは通用しない。
一番恐ろしいのは心の奥まで見透かすような慧眼。
心の中でそう悟った俺はありのままを正直に伝える。
話を聞いたカシミナさんはうんうん頷いていた。
「なるほどのぅ・・・、確かにレイレイには悪いことをしたと思っておる。私も昔、そうやって反発したこともあるからな。」
「ホラ、かあ様もじゃないか!!だったら、レイレイの気持ちも・・・。」
「痛いほどわかるから、言うのだ。」
「言ってることが全然わかんないよ!!どうせかあ様はレイレイの事なんてこれっぽっちも考えていないんでしょ!?」
「少し・・・、昔の話を聞いてくれ、レイレイ。」
「誤魔化さないで!!」
「いいから、聞いてくれ!!」
レイレイは頬を膨らましながら口を閉じる。
族長は何かを思い出すような面持ちで俺達の頭上を見つめた。
その目には悲しみと後悔と、懺悔の色がついている。
「昔、私もレイレイと同じことで母上・・・、お前から見たおばあ様に反抗したんだ。誰がそんな窮屈な生活送るもんかってね。絶対に継がない気でいた。それより自由に遊んでいたいと思った。」
「うん!!レイレイの気持ち、わかったでしょ!?だったら・・・。」
「最後まで聞け。そうして私は族長を継がないと継承の儀式の時にも言った。もうこれで私は自由な身なんだと信じて、旅に出た。・・・だけど、選択には代償が必要だったんだ。」
「代償?何を言っているのかさっぱりわからないよ!!」
「私が族長の位を放棄したせいで、その位を狙うもの達が争い始めたのだ。やがてどんどん大きくなり、ただの争いが戦争と言えるものまでヒートアップしていった。自由気ままな旅から帰ってきた私が村で見たものは・・・、まさに地獄。仲間同士で争い、自分の欲を満たすためだけ剣を振るう。」
カシミナさんが憎らしげにギリッと唇を噛む。
それは誰に対してでもない、自分への憎悪に見えた。
少しの間、口を閉ざす。
やがて再度、カシミナさんは言葉を紡ぎ出した。
「私は大慌てで母上に会いに行った。でも、遅かった。もう母上は・・・。」
その先は言わずともわかった。
だから俺達はあえて聞くような事をしない。
彼女の唇が震えていた。
「私はその後、たくさん後悔した。何であの時やめるなんて言ったのだろう?更に何十日も泣き通した。やがて私がまだ族長の証である『宝珠の貝殻』を手放していないことを思い出したんだ。・・・それからは大変だった。無理矢理他の者を服従させていく日々。おいで、レイレイ。」
「・・・うん。」
そう言ってレイレイを自分の懐へ呼び抱きしめる。
レイレイのウェーブのかかった髪に顔を埋めた。
涙を押し殺すような声が聞こえた。
レイレイは申し訳なさそうに下を向いている。
「大変だった・・・。どんなに努力しても母上には会えない、周囲から無責任だと言われる。自分の命も投げ出したくなった。ある日溺れた男がこの集落へやって来た。シー・ビショップの力を借りて、何とか命だけは助かった。今思えば、私は恋をしていたのかもしれない。でも、私は婿はとれない身。だから、私はその男と子を作って別れた。その子が・・・、お前だよレイレイ。」
愛おしそうにレイレイの頭を撫でる。
涙を我慢しているのか、カシミナさんの目は真っ赤だ。
それとは反対にボロボロ涙を落とすレイレイ。
俺達の目からも雫が落ちていた。
「レイレイ。私はお前の選ぶ道を止めたりしない。でもな、どうか後悔ないように生きてくれ。少なくとも、私のような過ちだけはやめてくれ。頼む。」
「うん・・・。もう少し考えさせて、かあ様・・・。」
お互いの気持ちを伝えあう二人。
静かな海の中、俺達の泣き声がとても小さく聞こえた。
「ひっく・・・レイレイちゃん、これでお別れね。えぐ・・・。」
「泣かないで、セシリア。また会えるわよ。」
泣きじゃくるセシリアを優しく抱擁してやるレイレイ。
彼女はまだ族長になるかどうかは決めていないが、それでも自分の正しい選択を模索し始めたようだ。
本当に自分が幸せになれる選択を探して・・・。
「カイ兄ぃ。また来てよね。」
「もちろんさ。必ずセシリアと一緒にくるからな。」
「うん、楽しみにしてる。」
セシリアはまだレイレイとの別れがさびしいのか離れようとしない。
レイレイはそんなセシリアをギュッと抱きしめた。
本当に仲がいいんだな。
「お願い、テテス姉ちゃん。ティタン姉ちゃんやエフィ姉ちゃんにバイバイって伝えといてね。」
「わかりました。ちゃんと伝えておきます。」
俺は何も言わず、セシリアの肩を叩いた。
そろそろ行かないと本当に別れが辛くなってしまう。
それを理解しているのか、セシリアはうつむいたままレイレイから離れる。
「ちょっと、待って。」
そう言うとレイレイは俺に顔を近づける。
どうやら何か話があるようだ。
『カイ兄ぃ、今度来たときには・・・。れ、レイレイに子供を作って。』
チュッ。
いきなりの告白と頬に受けたキスに俺は身じろぎをする。
何なん・・・ん、待てよ?
子供を作ってということはもしかして・・・。
彼女の瞳を見る。
決意の炎がゆらゆらと小さいながらに揺れていた。
どうやらもう決めたようだな。
俺達は振り返らず、集落から去っていく。
海の中だというのに雨が降っていて、俺やセシリアの瞳を濡らした。
10/06/22 11:54更新 / アカフネ
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