本に埋もれた少女。
カラタ樹海を抜けた俺達はとても順調にサマデントへ向けて進んでいた。
そして予定より1日早く学芸都市フォルヘストに着く。
なおここに来て初めて知ったのだが、嵐が近づいてるらしい。。
もし予定通り明日フォルヘストに着いていたら、俺達は嵐の中で野宿をしなければならなかった。
そういう意味ではとても幸運だった。
早く着いたことでこうして宿をとることができている。
「なんかワタクシ達とってもラッキーじゃない?」
「そうね。もし着いてなかったら多分今頃大慌てだ。『嵐が来るー』って。」
「ねぇ、ダーリン。今夜一杯やらない?酒場に行ってパーッと。」
「いいですねぇ。アタイもその意見に賛成です。」
「お、それもいいな。でもまだまだ飯までには時間があるぜ。」
「それならクルッコス王立図書館に行かないか?ワタシはそこに興味があるんだ。」
「あら、エフィに本なんて読めるの?」
「失礼な、読めるわよ!!」
「図書館か、たまにはいいかもな。そこで時間潰してから酒場に行くか。」
俺達は出かける準備を整え、宿屋を出発する。
雨がポツポツと降り出していて、風も強くなってきた。
やはり嵐が来るというのは本当らしい。
あまり濡れたくない俺達は駆け足気味で図書館へと向かう。
そうして図書館に着くと、そこには天井まで届くほどの本棚が何十個と並んでいた。
あまりの光景に言葉を失ってしまう。
ちゃんと読書スペースも作ってあり、その場所には同じような服を着た子供達が座っていた。
来ている服は同じだが人間だけでなく、魔物もいる。
「あれ、クルッコス王立アカデミーの制服じゃない?」
「クルッコス王立アカデミー?」
「あれ、カイが知らない事って珍しいな。クルッコス王立アカデミーは魔物も人間も差別なく入れる学園だ。やっていることはより高い魔法使いの育成と魔法の研究。それに差別なくとは言っても、魔力が高くなければ入れない。」
「へぇ、そうなのか。」
「ちなみにティタンみたいなエキドナはおそらく顔パスだろうな。」
「まあ、そうよね。ワタクシ達エキドナは総じて生まれつきの魔力が高いの。おそらく歓迎されると思うわ。でもねぇ・・・。」
はぁっとため息をつくティタン。
「あまりこういう所には入りたくないわ。自分で言うのもなんだけど、エキドナは魔物の中でも希少種。ワタクシ達が研究対象として見られることもあるらしいのよね。」
「なるほど。」
俺も生徒として入ったのに研究対象扱いされるのは勘弁して欲しいな。
そういう面では勤勉なのも困り者かもしれない。
まあ、どっちにしても魔力の『ま』の字もない俺には関係ないが。
「さて、ここからは自由行動にしよう。読みたい本はそれぞれ違うと思うし。ワタシは剣術指南書を探す。」
「ワタクシは魔術書でも読もうかしら。」
「アタイは食べ物の本でも・・・。」
皆勤勉なんだな、と驚く。一人を除いては。
彼女達は散り散りに己が読みたい本のところへ向かう。
特に読みたい本がなかった俺はブラブラ本棚を見回った。
剣術、槍術、馬術と様々な指南書。高名な魔法使いが書いた書物。
料理のレシピ本に色々な図鑑、童話に伝説なんてものまである。
これを読みきるにはおそらく尋常じゃない時間が必要だな。
「ん?すごい量の本を読んでる子がいるな。」
読書スペースにアカデミーの制服を着た少女が熱心に本を読んでいた。
明らかに人間と違う尖った耳、間違いない。エルフだ。
その子が座っている机の上には本が山のように積み重なっている。
おそらく右がまだ読んでいないほうで、左が読み終わったほうなのだろう。
左だけ向きがバラバラだ。
何冊ぐらいあるんだ・・・?
そう思い数えてみる。
1,2,3・・・。8冊も読んでいるのか。
すると少女は俺の視線に気付き、顔をあげた。
「・・・?・・・あのボクに何か御用でしょうか?」
「いや、すごいなぁと思って。それ、君が全部読んだんだろ?」
「・・・すごい、ですか?」
「ああ。俺はそんなに本読まないからさ。正直、感心してる。」
「・・・あ、ありがとうございます。」
オドオドしてはいるがそれほど悪い子じゃなさそうだ。
しかも褒められ慣れていないのか、すぐに顔が真っ赤になる。
自然と微笑みが出てしまった。
「・・・あなたは誰です?あ、や・・・。ボクから名乗らなきゃ失礼ですね。・・・ボクの名前はセシリア=ヘゲンウッドです。」
「俺はカイ=シュターゼン。色々あって旅をしているんだ。」
「・・・旅、ですか?」
彼女の顔が好奇心で煌き始める。
「あの・・・、良ければボクに旅の話をしてくれません?」
「ああ、いいよ。」
それから今までの旅の話をしてやった。
彼女は楽しそうに俺の話を聞いている。
それだからつい嬉しくなってしまって、長々と話をしてしまった。
しばらくしてエフィ達がやってくる。
「カイ、そろそろ行こう。・・・って誰、その子?」
「もしかしてダーリンそっちの趣味が!?」
「違うわ!!この子が旅の話を聞きたいって言うから話をしただけだ!!」
「へぇ〜、それじゃこのティタンお姉さんの話も聞きたい?」
「・・・ハイ、・・・聞きたいです。」
「じゃ、聞かせてあげるわ。一緒に酒場に行くわよ。」
「・・・え、え?酒場・・・?」
「大丈夫よ、別に取って食おうって訳じゃないから。あなたもそろそろお腹が減ってくる時間でしょ?今日はワタクシ達があなたにご飯をご馳走してあげる。」
「・・・いいの?」
セシリアは俺のほうに確認をとる。
俺は笑顔で頷いた。
断る理由なんかどこにもない。
その瞬間、彼女の顔が眩しいほどの笑顔に変わる。
「じゃ、決定。酒場に行くわよ。」
そうして俺達はセシリアを連れて酒場へと向かった。
「あ〜あ、美味しかった。」
酒場から帰ってきた俺達はすぐに宿のベッドで横になる。
セシリアのおかげで食事がより楽しいものとなった。
この子は本当に人の話を聞くのが上手い。
それなので俺達の話が止むことはなかったのだ。
当の本人のセシリアは疲れたのか、ぐっすり眠っている。
俺がおんぶをしてここまで運んできたのだが・・・。
いくらなんでも少女をこのまま置いておく訳にもいかない。
彼女の住んでいるところに運んでやらなきゃな。
そう思った俺は彼女を起こし、訪ねる。
「セシリアの家ってどこ?」
「・・・家じゃないの。・・・ボクは寮暮らし。クルッコス王立アカデミーの生徒寮・・・。」
半分眠ったままでそう応えるセシリア。
その様子をみて、俺達は暖かい気持ちに包まれる。
「寮暮らしか・・・。こんな時間まで連れまわしたことをこの子の先生に謝らないきゃいけないな。」
「ワタシ達全員で謝りに行って、この子が怒られないようにしないと。」
「そうですわね。なら、行きましょう。」
先程より強くなっている雨足の中、俺達は宿からアカデミーの寮へと足を急がせた。
寮に着くと、傘を持った教官らしき人間の男が立っている。
彼はこちらに気付くと、近寄ってきた。
「あの、すいません!!この子を送りに来ました!!」
「この子・・・?ミス・ヘゲンウッド!?一体、この子はこんな時間まで何をやっていたんですか!?」
「すいません。ワタクシ達が無理やり酒場へ連れて行きました。」
「酒場!?お酒を飲ませたんですか!?」
「いえ、お酒は飲ませてません。ただ食事に誘っただけなんです。」
彼に詳細な事情を説明する。
その上でセシリアには何の非もないことを伝えた。
しかし教官の怪訝な目つきはかわらない。
「まったくこの子には困ったものです。授業はいつも無断欠席ですし、その代わりいつも図書館にいる。まったくここに何をしに来てるのやら・・・。」
「無断欠席?」
「はい。本当にこの子はどうしようもない子ですよ。魔力が高いだけで魔法の一つも使えない。正直、あの能力がなければ退学にしています。」
「あの能力?」
教官の口調に腹立たしさを覚えながらも、それを飲み込み別の話題にきりかえる。
何だ、こいつは・・・。
ふと隣を見るとティタンが今にも怒り出しそうなのを唇を噛み締めながら耐えていた。
「はい。この子は特異な能力を持っているんです。エルフにもサキュバスにも両方に姿を変えることができる、という能力を。普通エルフはサキュバス化するともう二度とエルフに戻れません。しかしこの子は自分の意思で、その姿をエルフに戻すことができるんです。これはとても興味深い。」
教官の眼鏡が光る。
その目は生徒を見ているというよりも、実験動物を見る目だった。
「さ、これ以上は部外者の立ち入る所ではないですよ。ほら、ミス・ヘゲンウッド。起きなさい。」
俺の背中の上で寝ているセシリアの頬をペシペシ叩いて起こす。
彼女はその声を聞くと、跳ねるように飛び起きた。
「ゲルメイ先生・・・。ボクは・・・。」
「いいからもう中に入りなさい、消灯時間は過ぎてますよ。あなたへの処罰はこの人達に免じて与えません。その代わり、次から気をつけるように。」
「・・・はい。」
ショボショボしながら寮へと戻っていくセシリア。
その足取りは酒場に行くまでの歩き方とはまったく正反対である。
そのまま門が閉められ、俺達はやるせない気持ちのまま宿屋に戻っていった。
次の日。
まだ嵐が去っていないため、出発できない俺達は再度図書館へと足を運んだ。
目的はもちろんセシリアに会うため。
昨日のことが聞きたかったからだ。
雨の中駆け足で図書館に行くと、彼女は昨日と同じ場所にいた。
「やあ、セシリア。また来たぞ。」
「・・・あ、カイさん。皆さんもおはようございます。」
「おはよう、セシリア。」
「おはようございます、セシリアさん。」
「おはよう、セシリアちゃん。」
何だろう・・・?
彼女の表情が浮かない。
昨日あの後何かあったのか?
俺が口を開くよりも早く、ティタンが彼女に尋ねた。
「元気ないわね。昨日何かあったの?」
「いえ・・・。そういうわけじゃ・・・。」
「じゃあ、何でそんな表情をしているの?」
「・・・はい。あの・・・。」
彼女は声に出そうとしたが、何かに阻まれるように口を閉じた。
明らかに大丈夫な様子じゃないぞ・・・。
心配が増す俺達。
ティタンが真剣な顔で彼女に語りかける。
「大丈夫よ。ワタクシ達はあなたの力になりたいの。だから、話して。」
「え・・・、でも迷惑じゃ・・・。」
彼女は俺達をキョロキョロ見回す。
全員、首を横に振っていた。
それだけで彼女は話しても良い相手だという事を理解する。
「迷惑だなんて思ってないわ、だから、ね?」
このティタンの言葉が決め手となった。
セシリアは渋るような素振りを見せたが、やがてその重い口を開く。
枯れた喉から搾り出すような言葉。
声を搾り出そうとするたび、セシリアは涙を落とす。
それが彼女にとって重大なことを話すのだ、という事が理解できた。
「ボク・・・、えぐっ。もうすぐボクじゃなくなるんです・・・。」
確かにその時、時間が止まった。
いや、世界の中から俺達の時間だけが切り取られたようだった。
セシリアが・・・、セシリアじゃなくなる・・・?
俺達はその言葉の意味がわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
そして予定より1日早く学芸都市フォルヘストに着く。
なおここに来て初めて知ったのだが、嵐が近づいてるらしい。。
もし予定通り明日フォルヘストに着いていたら、俺達は嵐の中で野宿をしなければならなかった。
そういう意味ではとても幸運だった。
早く着いたことでこうして宿をとることができている。
「なんかワタクシ達とってもラッキーじゃない?」
「そうね。もし着いてなかったら多分今頃大慌てだ。『嵐が来るー』って。」
「ねぇ、ダーリン。今夜一杯やらない?酒場に行ってパーッと。」
「いいですねぇ。アタイもその意見に賛成です。」
「お、それもいいな。でもまだまだ飯までには時間があるぜ。」
「それならクルッコス王立図書館に行かないか?ワタシはそこに興味があるんだ。」
「あら、エフィに本なんて読めるの?」
「失礼な、読めるわよ!!」
「図書館か、たまにはいいかもな。そこで時間潰してから酒場に行くか。」
俺達は出かける準備を整え、宿屋を出発する。
雨がポツポツと降り出していて、風も強くなってきた。
やはり嵐が来るというのは本当らしい。
あまり濡れたくない俺達は駆け足気味で図書館へと向かう。
そうして図書館に着くと、そこには天井まで届くほどの本棚が何十個と並んでいた。
あまりの光景に言葉を失ってしまう。
ちゃんと読書スペースも作ってあり、その場所には同じような服を着た子供達が座っていた。
来ている服は同じだが人間だけでなく、魔物もいる。
「あれ、クルッコス王立アカデミーの制服じゃない?」
「クルッコス王立アカデミー?」
「あれ、カイが知らない事って珍しいな。クルッコス王立アカデミーは魔物も人間も差別なく入れる学園だ。やっていることはより高い魔法使いの育成と魔法の研究。それに差別なくとは言っても、魔力が高くなければ入れない。」
「へぇ、そうなのか。」
「ちなみにティタンみたいなエキドナはおそらく顔パスだろうな。」
「まあ、そうよね。ワタクシ達エキドナは総じて生まれつきの魔力が高いの。おそらく歓迎されると思うわ。でもねぇ・・・。」
はぁっとため息をつくティタン。
「あまりこういう所には入りたくないわ。自分で言うのもなんだけど、エキドナは魔物の中でも希少種。ワタクシ達が研究対象として見られることもあるらしいのよね。」
「なるほど。」
俺も生徒として入ったのに研究対象扱いされるのは勘弁して欲しいな。
そういう面では勤勉なのも困り者かもしれない。
まあ、どっちにしても魔力の『ま』の字もない俺には関係ないが。
「さて、ここからは自由行動にしよう。読みたい本はそれぞれ違うと思うし。ワタシは剣術指南書を探す。」
「ワタクシは魔術書でも読もうかしら。」
「アタイは食べ物の本でも・・・。」
皆勤勉なんだな、と驚く。一人を除いては。
彼女達は散り散りに己が読みたい本のところへ向かう。
特に読みたい本がなかった俺はブラブラ本棚を見回った。
剣術、槍術、馬術と様々な指南書。高名な魔法使いが書いた書物。
料理のレシピ本に色々な図鑑、童話に伝説なんてものまである。
これを読みきるにはおそらく尋常じゃない時間が必要だな。
「ん?すごい量の本を読んでる子がいるな。」
読書スペースにアカデミーの制服を着た少女が熱心に本を読んでいた。
明らかに人間と違う尖った耳、間違いない。エルフだ。
その子が座っている机の上には本が山のように積み重なっている。
おそらく右がまだ読んでいないほうで、左が読み終わったほうなのだろう。
左だけ向きがバラバラだ。
何冊ぐらいあるんだ・・・?
そう思い数えてみる。
1,2,3・・・。8冊も読んでいるのか。
すると少女は俺の視線に気付き、顔をあげた。
「・・・?・・・あのボクに何か御用でしょうか?」
「いや、すごいなぁと思って。それ、君が全部読んだんだろ?」
「・・・すごい、ですか?」
「ああ。俺はそんなに本読まないからさ。正直、感心してる。」
「・・・あ、ありがとうございます。」
オドオドしてはいるがそれほど悪い子じゃなさそうだ。
しかも褒められ慣れていないのか、すぐに顔が真っ赤になる。
自然と微笑みが出てしまった。
「・・・あなたは誰です?あ、や・・・。ボクから名乗らなきゃ失礼ですね。・・・ボクの名前はセシリア=ヘゲンウッドです。」
「俺はカイ=シュターゼン。色々あって旅をしているんだ。」
「・・・旅、ですか?」
彼女の顔が好奇心で煌き始める。
「あの・・・、良ければボクに旅の話をしてくれません?」
「ああ、いいよ。」
それから今までの旅の話をしてやった。
彼女は楽しそうに俺の話を聞いている。
それだからつい嬉しくなってしまって、長々と話をしてしまった。
しばらくしてエフィ達がやってくる。
「カイ、そろそろ行こう。・・・って誰、その子?」
「もしかしてダーリンそっちの趣味が!?」
「違うわ!!この子が旅の話を聞きたいって言うから話をしただけだ!!」
「へぇ〜、それじゃこのティタンお姉さんの話も聞きたい?」
「・・・ハイ、・・・聞きたいです。」
「じゃ、聞かせてあげるわ。一緒に酒場に行くわよ。」
「・・・え、え?酒場・・・?」
「大丈夫よ、別に取って食おうって訳じゃないから。あなたもそろそろお腹が減ってくる時間でしょ?今日はワタクシ達があなたにご飯をご馳走してあげる。」
「・・・いいの?」
セシリアは俺のほうに確認をとる。
俺は笑顔で頷いた。
断る理由なんかどこにもない。
その瞬間、彼女の顔が眩しいほどの笑顔に変わる。
「じゃ、決定。酒場に行くわよ。」
そうして俺達はセシリアを連れて酒場へと向かった。
「あ〜あ、美味しかった。」
酒場から帰ってきた俺達はすぐに宿のベッドで横になる。
セシリアのおかげで食事がより楽しいものとなった。
この子は本当に人の話を聞くのが上手い。
それなので俺達の話が止むことはなかったのだ。
当の本人のセシリアは疲れたのか、ぐっすり眠っている。
俺がおんぶをしてここまで運んできたのだが・・・。
いくらなんでも少女をこのまま置いておく訳にもいかない。
彼女の住んでいるところに運んでやらなきゃな。
そう思った俺は彼女を起こし、訪ねる。
「セシリアの家ってどこ?」
「・・・家じゃないの。・・・ボクは寮暮らし。クルッコス王立アカデミーの生徒寮・・・。」
半分眠ったままでそう応えるセシリア。
その様子をみて、俺達は暖かい気持ちに包まれる。
「寮暮らしか・・・。こんな時間まで連れまわしたことをこの子の先生に謝らないきゃいけないな。」
「ワタシ達全員で謝りに行って、この子が怒られないようにしないと。」
「そうですわね。なら、行きましょう。」
先程より強くなっている雨足の中、俺達は宿からアカデミーの寮へと足を急がせた。
寮に着くと、傘を持った教官らしき人間の男が立っている。
彼はこちらに気付くと、近寄ってきた。
「あの、すいません!!この子を送りに来ました!!」
「この子・・・?ミス・ヘゲンウッド!?一体、この子はこんな時間まで何をやっていたんですか!?」
「すいません。ワタクシ達が無理やり酒場へ連れて行きました。」
「酒場!?お酒を飲ませたんですか!?」
「いえ、お酒は飲ませてません。ただ食事に誘っただけなんです。」
彼に詳細な事情を説明する。
その上でセシリアには何の非もないことを伝えた。
しかし教官の怪訝な目つきはかわらない。
「まったくこの子には困ったものです。授業はいつも無断欠席ですし、その代わりいつも図書館にいる。まったくここに何をしに来てるのやら・・・。」
「無断欠席?」
「はい。本当にこの子はどうしようもない子ですよ。魔力が高いだけで魔法の一つも使えない。正直、あの能力がなければ退学にしています。」
「あの能力?」
教官の口調に腹立たしさを覚えながらも、それを飲み込み別の話題にきりかえる。
何だ、こいつは・・・。
ふと隣を見るとティタンが今にも怒り出しそうなのを唇を噛み締めながら耐えていた。
「はい。この子は特異な能力を持っているんです。エルフにもサキュバスにも両方に姿を変えることができる、という能力を。普通エルフはサキュバス化するともう二度とエルフに戻れません。しかしこの子は自分の意思で、その姿をエルフに戻すことができるんです。これはとても興味深い。」
教官の眼鏡が光る。
その目は生徒を見ているというよりも、実験動物を見る目だった。
「さ、これ以上は部外者の立ち入る所ではないですよ。ほら、ミス・ヘゲンウッド。起きなさい。」
俺の背中の上で寝ているセシリアの頬をペシペシ叩いて起こす。
彼女はその声を聞くと、跳ねるように飛び起きた。
「ゲルメイ先生・・・。ボクは・・・。」
「いいからもう中に入りなさい、消灯時間は過ぎてますよ。あなたへの処罰はこの人達に免じて与えません。その代わり、次から気をつけるように。」
「・・・はい。」
ショボショボしながら寮へと戻っていくセシリア。
その足取りは酒場に行くまでの歩き方とはまったく正反対である。
そのまま門が閉められ、俺達はやるせない気持ちのまま宿屋に戻っていった。
次の日。
まだ嵐が去っていないため、出発できない俺達は再度図書館へと足を運んだ。
目的はもちろんセシリアに会うため。
昨日のことが聞きたかったからだ。
雨の中駆け足で図書館に行くと、彼女は昨日と同じ場所にいた。
「やあ、セシリア。また来たぞ。」
「・・・あ、カイさん。皆さんもおはようございます。」
「おはよう、セシリア。」
「おはようございます、セシリアさん。」
「おはよう、セシリアちゃん。」
何だろう・・・?
彼女の表情が浮かない。
昨日あの後何かあったのか?
俺が口を開くよりも早く、ティタンが彼女に尋ねた。
「元気ないわね。昨日何かあったの?」
「いえ・・・。そういうわけじゃ・・・。」
「じゃあ、何でそんな表情をしているの?」
「・・・はい。あの・・・。」
彼女は声に出そうとしたが、何かに阻まれるように口を閉じた。
明らかに大丈夫な様子じゃないぞ・・・。
心配が増す俺達。
ティタンが真剣な顔で彼女に語りかける。
「大丈夫よ。ワタクシ達はあなたの力になりたいの。だから、話して。」
「え・・・、でも迷惑じゃ・・・。」
彼女は俺達をキョロキョロ見回す。
全員、首を横に振っていた。
それだけで彼女は話しても良い相手だという事を理解する。
「迷惑だなんて思ってないわ、だから、ね?」
このティタンの言葉が決め手となった。
セシリアは渋るような素振りを見せたが、やがてその重い口を開く。
枯れた喉から搾り出すような言葉。
声を搾り出そうとするたび、セシリアは涙を落とす。
それが彼女にとって重大なことを話すのだ、という事が理解できた。
「ボク・・・、えぐっ。もうすぐボクじゃなくなるんです・・・。」
確かにその時、時間が止まった。
いや、世界の中から俺達の時間だけが切り取られたようだった。
セシリアが・・・、セシリアじゃなくなる・・・?
俺達はその言葉の意味がわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
10/06/13 19:37更新 / アカフネ
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