地下オークションを叩け! 前編
鷲津組粛清から一週間――
浜本美耶は、朝早くから東京の夏目会総本部を訪れていた。
現れた人物を目にした彼女は、慌てて礼をする。
「そう堅苦しくすんな。こんな朝早くから来たのは、オレに用があるからだろ?」
「はい。我が静鼎学園の手の者が、風星のゴミクズにしてやられました。プレゼントや地下オークションに送る奴隷を調達できず、誠に申し訳ございません」
異常事態を察していると言わんばかりの威厳のある声に、浜本は淡々と釈明する。
これに対し、夏目会総裁・夏目剛史は落ち着き払っている。
「で? オレ達に刃向かう生意気なカスどもの素性、分かってんのか?」
「……こちらに」
「っ! コイツらは!?」
浜本がそう言いながら差し出した封筒にあったのは、凱とエルノールに関する調査書である。夏目は忌々しげに眼を通すと、調査書を縦に思い切り引き裂き、叩きつけるように投げ捨てた。
「こんなゴミのクソにもなんねぇガキに負けたってぇのか、てめーらぁ!! エビにすっぞゴルァ!!」
「お恥ずかしい限りです……」
「まぁいい、ウチのもんとサツに話は通す。自由に使って構わん、必ず消せ! 野本のデブにも伝えろ、これで失敗したらタダじゃ置かねぇってな」
「ありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」
浜本が一礼して退出した後、入れ替わりで黒いスーツの男が入って来た。
「総裁、失礼します」
「何だ」
「はっ、笹川キングホテルの地下特設会場にて今夜開催する、地下オークションの参加者と商品のリストに御座います」
「ああ、できたのか。どれ……」
二つのリストに目を通したのを確認し、黒スーツの男は告げる。
「当夜は我が国の警察や各界の大物だけでなく、海外からもFIFA(国際サッカー連盟)やIBAF(国際野球連盟)を始めとした国際スポーツ連盟機構の役員やスター選手、ハリウッドスター、閣僚級の大物、各国の富豪や高級将校たちが参加を表明し、既に来日しております」
「いいぞいいぞぉ。人身売買こそ社会に潤いを与え、この夏目会に莫大な富をもたらす素晴らしいシステムだ。俺や組員どもの性欲を満足させるにもうってつけってもんよ。ふはははは」
「予定していた商品の数も質も、明誠(めいせい)学園大学の売春サークルが手頃な娘どもを寝取って誑(たら)し込んでくれただけでなく、静鼎の長沼らが経営する風俗店『リセクラブ』、リボードグループのお陰で揃えることが出来まして、商品もこれまで以上の粒揃いで御座います」
夏目は少年少女を性奴隷として売買する、地下オークションの日本での主宰でもあった。
暴力団としての顔を持つだけでなく、「人身売買は社会に潤いを与える」と言い切り、暴力のみならず地上げや脱法ドラッグ、性奴隷売買で財を成した、まさに海千山千の外道であった。
しかも、若く美しい女性が男の欲望に穢されていく様を見るのが最大の楽しみと公言するのだから恐れ入る。
夏目は、ふと思い出したかのように口を開く。
「が、愚かにもこれを否定する愚かな馬鹿野郎がいる。そいつらの始末はできてんだろうな?」
「はい。三門佑一朗とその妻を、心中を装って横浜港に沈めときました」
「三門? ああ、笹川んとこの生意気でウザいクソ野郎か、鬱陶しい正義ヅラぶら下げてやがったな。確か奴には高校生の可愛い姉妹がいたな」
「はい。今回の目玉商品として、最後に控えさせました。三門の遺産ですが、奴の親族が思いのほか欲深(よくぶか)で助かりました。連中は姉妹が邪魔だったらしく、遺産を根こそぎ奪い取った挙句、あっさりこちらに引き渡しました」
顛末を聞いた夏目は邪淫に満ちた、邪な笑みを浮かべる。
「ほう……これはこれは美しい。大儲けできるぞ。ふははははは!」
「どうやらサツや笹川のほうも三門を目の上の瘤と見ていたそうで、利害が一致したといったところでしょうか」
「そうか、それは結構なことだ。じゃぁ送迎の時間になったら呼べ」
「はっ、かしこまりました」
夏目は言うだけ言うと部下を下がらせ、悠々と椅子に座り直した。
「フン……平家ならぬ、夏目会にあらずんば人にあらず――だ」
しかし、その余裕が崩される事になろうとは、この時の彼が知る由も無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
所変わって風星学園中央塔・地下作戦室――
浜本の動きと地下オークションの存在は、エルノール・サバトと魔王軍クノイチ部隊らの手によって把握出来ていた。
だが、それを行えたのは匿名で送られてくる謎のメールである。
そのメールによって夏目会、笹川商事、警察、そして静鼎学園の四つの組織が手を組んでいる事、開催の場所と日時が明らかとなり、メールを元に集めた情報を精査し、地下オークションの主宰者が夏目会総裁であることも突き止めている。
「よりもよって、夏目会の総裁自らが主宰していたとはのう……」
「そんなに、凄い……の?」
「凄い、と言うよりは、右に出る者無き性欲と異常性癖と暴力癖の持ち主じゃ。地下オークションはその一環らしい。警察とも相当に癒着しとるそうじゃ」
朱鷺子の問いに淡々と答えるエルノール。
凱は黙りこくったまま動かず、瑞姫と亜莉亜も内心、気が気でない。
ロロティアは努めて平静にしているが、やはり今後のことを思うともどかしく感じている。
マルガレーテは増援要請のために王魔界へ戻っているため、この場にはいない。
「しかし不味いのう。開催が今夜だとは……」
調べた内容によると、今回の地下オークションの開催は21時からなのだという。
殊更に厄介なのは、政府関係者だけでなく海外のセレブやスター級選手、閣僚級の大物や大国の将校までもが集うことだ。奴隷売買が国際規模になっていることであり、迂闊に踏み込めば、容易に国際問題へ発展してしまう。
しかも会場が笹川キングホテルであるのも、エルノールを悩ませた。日本でも大規模な総合商社である笹川商事が誇るこのホテルは、国内外の大物を顧客とした大規模なホテルだ。日本の政官財や法曹界の大物だけでなく、世界中に名を轟かせる大物の俳優や歌手、一流スター選手、閣僚級の大物や高級官僚・高級将校たちが顧客として名を連ねている関係で厳重な警備体制が敷かれており、超高性能の機材を惜しみなく用いた監視システムを用い、さらには格闘家並みの実力を持った精鋭の警備員を擁している。
このホテルの最大の特徴は、許可を得た者しか入れないVIP専用の特設フロアが地下駐車場の更に下に設けられていることであり、そこで国家間の密談や裏取引、そして地下オークションが行われていることにある。
総支配人を任されている石井は、七三分けの髪に四角い顔、適度に鍛えた体躯の男だが、実態は夏目会の性風俗店部署・リボードグループの上位構成員で、巧みな話術を見込んだ夏目会総裁が出向させたという経歴の持ち主だ。
ヤクザになる前はホテルマンをしていただけあって温厚な表情と振る舞いをするが、その裏に冷酷かつ残虐な本性を隠し持つ男との情報も得ている。
「レーテからの連絡も無い……。手こずっておるんじゃろうか……?」
「ボク……、ホテル……見てこよっか?」
「止めとけ。夏目会、特にそこの総裁はわしらのような日本で動く魔物娘では知らぬ者がおらぬほどの魔物嫌いじゃ。しかも全国の構成員から精鋭を集め、総力を挙げて警備に当たっておると聞く。警察も厳戒態勢で動いとるし、中に入れたとしても最高級の監視システムがあると聞く。今行っても捕まって殺されるのがオチじゃ」
押し黙る朱鷺子に、誰もが声をかけられない。
少なくとも今の状態では関係者を毒薬の実験台ついでに情報を吐かせるか、遠距離からの偵察で限界であり、クノイチ部隊も無闇に動かせない。
大組織を相手に、危険な役目を負わせるわけにいかないのもそうだが、すでに会場となるホテルには、およそ三百もの武闘派が黒服兼警備員として出入りし、警察も百人態勢で厳重警備に当たっているとの情報も来ていた。
謎のハッカーが送ってくれたホテルの見取り図があるとはいえ、攻め手であるエルノール・サバトの規模が少ない現状では物量に押されてしまうのが関の山なのだ。
マルガレーテもこの情報を携えて、王魔界に向かっている。
凱たちにとって、彼女の交渉の結果に全てがかかっていると言っても良かった――
*****
一方の王魔界では、マルガレーテが実母である魔王との交渉にあたっていた。
「――というわけなのです、魔王様。サバトの一支部だけ片付けるには規模が大きいのです。かといって周辺のサバトに頼れば、サバトとしての活動に悪影響が出るのは必定。何とか、何とか増援をお願い出来ませんでしょうか!」
土下座する勢いで懇願するマルガレーテは焦っていた。
地下オークション開催まで時間が無い状況であり、最悪の場合、死者が出るのを覚悟しなければならない。魔物娘の理念に反するのもそうだが、国内外の閣僚や高級官僚に高級将校、世界的に高名な歌手、ハリウッドスター、スター選手などといったセレブたちが人身売買の顧客としてすでに来日し、ホテルに宿泊している。
事が起これば日本だけでなく、諸外国との国際問題になるのが避けられない事態となるのだ。そうなれば凱もただで済まされないのは明白。だが、夫である凱にとってみれば権力のみならず、人間社会に対する「叛逆」であり「戦争」であることを、この時のマルガレーテは知らない。
ただ、全軍投入の短期決戦で臨まなければならない状況だけは確かであった。
魔王とて、悪しき欲を追及する人間たちの横暴を知らないわけではない。
無辜(むこ)の少年少女たちが金と色に踊り狂う野獣たちに穢されるのは、魔王自身にとっても不愉快極まる。
そこで魔王は、マルガレーテに質問をぶつけてみた。
「マルガレーテよ。仮にそのサバトが出向くとして兵力は如何程(いかほど)なのだ?」
「はっ。およそ五百。これにクノイチ部隊と第零特殊部隊の者達を合わせれば、六百弱となります。そして我等七名の指揮の下、全軍投入の短期決戦を挑みます」
少々の沈黙の後、魔王がマルガレーテに向けて口を開く。
「分かった。魔王軍サバトの魔女を百名、直ちにお前の下に預けるよう話を通す。拠点防衛の任であれば、彼女達で事足りるだろう。先に支援に出した者共とも連携し、事にあたるが良い」
「魔王様……感謝いたします!」
「礼はよい。命と操を弄ぶ、不埒な愚か者共に裁きの鉄鎚を下せ! これは勅命である。しかと伝えよ」
「ははっ! 必ずや!」
魔王はその後すぐ、魔王軍サバトの長であるバフォさまに話し、百名の魔女をマルガレーテに貸し与えた。
手配を終えたマルガレーテは、魔女部隊を引き連れて風星学園に帰ってきた。
彼女は出陣までの間、魔王軍サバトの魔女たちに風星学園の中を見て回らせた。防衛をしやすくさせるためだ。
マルガレーテ自身は準備を終えた事を報告するため、学園の地下作戦室に戻っていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一時間後、マルガレーテが作戦室に入ってきた。
「只今帰りましたわ」
「おお、待っておったぞ。して……どうだったのじゃ?」
重い雰囲気に包まれる中、マルガレーテは呼吸を整え直して結果を告げる。
「魔王様が魔王軍サバトの魔女を、百名貸して下さいましたわ」
ひとまず幸先の良い出だしに一同はホッとするが、マルガレーテは緊張を緩めない。
「魔王様よりの言伝(ことづて)がございますわ。命と操を弄ぶ不埒な愚か者共に裁きの鉄鎚を下せ。これは勅命である、と」
「なればこの戦、尚更負けられんのう」
「攻め込むのはいいとしても、監視システムを根こそぎダウンさせないと、後で確実に不利になる。数名にこの特務を与えなきゃな」
「そうじゃな。クノイチ二名は確実として……グレムリン達を総出で向かわせるしかないじゃろうなぁ」
「あのハッカーがシステムを壊してくれればいいけどな」
「ダメ元で頼んでみるかのう」
ため息をつくエルノールに、凱は付け加える。
「笹川キングホテルの見取り図だけじゃなく、人身売買オークション関係の名簿をあのハッカーがくれれば戦況は有利になると思うけどな」
「――っ!! それじゃ! すぐにグレムリン共に頼んでみよう。この際、金を惜しんでられん! 兄上と瑞姫はゼロの者と構成員達を頼む」
言うが早いか、エルノールは作戦室を出ていった。
「じゃあ、俺たちは人を乗せる手段を……と言ってもコンテナじゃ重過ぎるし目立つよな。ゼロのみんなに頼んで、乗せてってもらうしかないか」
「それじゃー、あたしは黄泉ちゃんたちに、受け入れ態勢を整えてもらうですよー」
「あ、それが終わったら、亜莉亜は朱鷺子と一緒に監視システムを潰す任務に就いて。エルにも伝えるから」
「はいですよー」
「わたくしは何をすればよろしいですかしら?」
亜莉亜が出ていったと同時にマルガレーテが問い質す。
「レーテは、そうだな……狙撃任務に就いてもらうかな。サツどもが中に入らないように引っ掻き回してほしい」
「……分かりましたわ。では、後でエルノール・サバトの者から十人程お借りしますわ」
「ロロには……エルの護衛と後方の抑えに回ってほしい」
「そんな、私も旦那さまと一緒にまいります!」
「出入口に逃げてくる連中を始末してほしいんだ、その居合術でね。ロロだからこそ頼みたい」
「――わかりました。旦那さまのお心のままに」
ロロティアは深々とお辞儀をし、エルノールが戻るまで待機となる。
◇◇◇◇◇◇
その頃、エルノールは五人のグレムリンに頼んで、件のハッカーにコンタクトを取っていた。
数分もしない内に来た返事は――
『金を惜しまない覚悟があるなら、笹川キングホテルでの人身売買オークションの参加者と『商品』の名簿を取ってこよう。システム破壊はサービスしてやるが、総支配人の石井を潰さなければ意味が無い。支配人室の場所は見取り図にある通りだ。だが気を付けろ。他のハッカー仲間からの情報によれば、この件にFBIやCIA、他にもMI6(イギリスの情報機関の一つである「秘密情報部」。本来はSIS)やSVR(ロシア対外情報庁)などの世界各国の情報機関、更にはICPO(国際刑事警察機構)まで動き出しているそうだ。潰すなら急げ』
――であった。
エルノールはグレムリンの一人に『作戦決行は今夜21時。名簿についてはそちらの安全とペースに任せる』との返事をメールに打たせると、『健闘を祈る』との返信が来た。
◇◇◇◇◇◇
作戦開始40分前――
「これでどうにかなってくれるといいんだが……」
「何を弱気になる。お前は今、無辜の者達を助ける使命を果たさねばならん。あの時の、怒りと憎しみのままに暴れ狂うお前であってはならんのだぞ」
「そうだよ、お兄さん。わたしたちは悪い奴らをやっつけに行くんだから!」
「ミズキよ、それは当たらずとも遠からずだな……。だが、ミズキくらいの子供を何人も乗せるくらい我らも出来る」
瑞姫の言にルキナは少し呆れながら返すと、エルノールがやってくる。
「兄上。例のハッカーが名簿を抜き取ると約束してくれた。後はわし等次第ということじゃが、総支配人の石井を何とかせんと意味が無いそうじゃぞ」
「そうか。亜莉亜と朱鷺子には監視システムを潰すように頼んだけど、石井も潰してもらうとしよう」
エルノールの言葉に、凱は自分の判断で配置に就かせた事を伝え、同時に決断しなければならなかった。
「全員に伝えて。笹川キングホテルへ進軍する、って。全体の指揮はエルに任せるから」
「なかなか言うのう。あい分かった、通達しよう」
そう言うと、エルノールは踵を返して走っていく。
「さて、こっから忙しくなるな」
「そうだね」
「ドラゴニアに来たら、この倍は忙しくなるぞ。隊長に任せた分のツケは大きいぞ?」
三人がそう言って笑い合う中、凱の遠声晶が唸った。
「はい」
『兄上、準備が出来た。地下基地の大講堂にそちらのメンバーも集めるんじゃ。転移魔法で一気に移動するぞ!』
「了解、すぐに!」
「今の、学園長?」
瑞姫の問いに凱は即答する。
「うん、ゼロのみんなも地下の大講堂に。これから転移魔法で目的地に行くぞ!」
「おし! みんな行くぜ!」
「「「「「おおぉーーー!」」」」」
◇◇◇◇◇◇
作戦開始30分前――
「皆よく聞けい! 我等エルノール・サバト混成部隊はこれより、銀座にある笹川キングホテル周辺へ転移する! 転移が完了次第、それぞれ与えられた役目に従い、所定の場所に移動せよ。作戦開始は21時! マルガレーテの隊が攻撃を始めたら、隊ごとに行動せよ! また、連絡を密に。以上!! 透明化の魔法をかけよ!」
実働部隊の全員に透明化の魔法をかけられたのを確認したエルノールは、再度号令を下す。
「転移魔法陣、起動っ!!」
東京は銀座の一等地に建つ笹川キングホテル近くに転移した実働部隊は、各々の所定の位置に移動を開始。配置を完了したのは、作戦が始まる五分前であった。
浜本美耶は、朝早くから東京の夏目会総本部を訪れていた。
現れた人物を目にした彼女は、慌てて礼をする。
「そう堅苦しくすんな。こんな朝早くから来たのは、オレに用があるからだろ?」
「はい。我が静鼎学園の手の者が、風星のゴミクズにしてやられました。プレゼントや地下オークションに送る奴隷を調達できず、誠に申し訳ございません」
異常事態を察していると言わんばかりの威厳のある声に、浜本は淡々と釈明する。
これに対し、夏目会総裁・夏目剛史は落ち着き払っている。
「で? オレ達に刃向かう生意気なカスどもの素性、分かってんのか?」
「……こちらに」
「っ! コイツらは!?」
浜本がそう言いながら差し出した封筒にあったのは、凱とエルノールに関する調査書である。夏目は忌々しげに眼を通すと、調査書を縦に思い切り引き裂き、叩きつけるように投げ捨てた。
「こんなゴミのクソにもなんねぇガキに負けたってぇのか、てめーらぁ!! エビにすっぞゴルァ!!」
「お恥ずかしい限りです……」
「まぁいい、ウチのもんとサツに話は通す。自由に使って構わん、必ず消せ! 野本のデブにも伝えろ、これで失敗したらタダじゃ置かねぇってな」
「ありがとうございます。では、私はこれで失礼いたします」
浜本が一礼して退出した後、入れ替わりで黒いスーツの男が入って来た。
「総裁、失礼します」
「何だ」
「はっ、笹川キングホテルの地下特設会場にて今夜開催する、地下オークションの参加者と商品のリストに御座います」
「ああ、できたのか。どれ……」
二つのリストに目を通したのを確認し、黒スーツの男は告げる。
「当夜は我が国の警察や各界の大物だけでなく、海外からもFIFA(国際サッカー連盟)やIBAF(国際野球連盟)を始めとした国際スポーツ連盟機構の役員やスター選手、ハリウッドスター、閣僚級の大物、各国の富豪や高級将校たちが参加を表明し、既に来日しております」
「いいぞいいぞぉ。人身売買こそ社会に潤いを与え、この夏目会に莫大な富をもたらす素晴らしいシステムだ。俺や組員どもの性欲を満足させるにもうってつけってもんよ。ふはははは」
「予定していた商品の数も質も、明誠(めいせい)学園大学の売春サークルが手頃な娘どもを寝取って誑(たら)し込んでくれただけでなく、静鼎の長沼らが経営する風俗店『リセクラブ』、リボードグループのお陰で揃えることが出来まして、商品もこれまで以上の粒揃いで御座います」
夏目は少年少女を性奴隷として売買する、地下オークションの日本での主宰でもあった。
暴力団としての顔を持つだけでなく、「人身売買は社会に潤いを与える」と言い切り、暴力のみならず地上げや脱法ドラッグ、性奴隷売買で財を成した、まさに海千山千の外道であった。
しかも、若く美しい女性が男の欲望に穢されていく様を見るのが最大の楽しみと公言するのだから恐れ入る。
夏目は、ふと思い出したかのように口を開く。
「が、愚かにもこれを否定する愚かな馬鹿野郎がいる。そいつらの始末はできてんだろうな?」
「はい。三門佑一朗とその妻を、心中を装って横浜港に沈めときました」
「三門? ああ、笹川んとこの生意気でウザいクソ野郎か、鬱陶しい正義ヅラぶら下げてやがったな。確か奴には高校生の可愛い姉妹がいたな」
「はい。今回の目玉商品として、最後に控えさせました。三門の遺産ですが、奴の親族が思いのほか欲深(よくぶか)で助かりました。連中は姉妹が邪魔だったらしく、遺産を根こそぎ奪い取った挙句、あっさりこちらに引き渡しました」
顛末を聞いた夏目は邪淫に満ちた、邪な笑みを浮かべる。
「ほう……これはこれは美しい。大儲けできるぞ。ふははははは!」
「どうやらサツや笹川のほうも三門を目の上の瘤と見ていたそうで、利害が一致したといったところでしょうか」
「そうか、それは結構なことだ。じゃぁ送迎の時間になったら呼べ」
「はっ、かしこまりました」
夏目は言うだけ言うと部下を下がらせ、悠々と椅子に座り直した。
「フン……平家ならぬ、夏目会にあらずんば人にあらず――だ」
しかし、その余裕が崩される事になろうとは、この時の彼が知る由も無かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
所変わって風星学園中央塔・地下作戦室――
浜本の動きと地下オークションの存在は、エルノール・サバトと魔王軍クノイチ部隊らの手によって把握出来ていた。
だが、それを行えたのは匿名で送られてくる謎のメールである。
そのメールによって夏目会、笹川商事、警察、そして静鼎学園の四つの組織が手を組んでいる事、開催の場所と日時が明らかとなり、メールを元に集めた情報を精査し、地下オークションの主宰者が夏目会総裁であることも突き止めている。
「よりもよって、夏目会の総裁自らが主宰していたとはのう……」
「そんなに、凄い……の?」
「凄い、と言うよりは、右に出る者無き性欲と異常性癖と暴力癖の持ち主じゃ。地下オークションはその一環らしい。警察とも相当に癒着しとるそうじゃ」
朱鷺子の問いに淡々と答えるエルノール。
凱は黙りこくったまま動かず、瑞姫と亜莉亜も内心、気が気でない。
ロロティアは努めて平静にしているが、やはり今後のことを思うともどかしく感じている。
マルガレーテは増援要請のために王魔界へ戻っているため、この場にはいない。
「しかし不味いのう。開催が今夜だとは……」
調べた内容によると、今回の地下オークションの開催は21時からなのだという。
殊更に厄介なのは、政府関係者だけでなく海外のセレブやスター級選手、閣僚級の大物や大国の将校までもが集うことだ。奴隷売買が国際規模になっていることであり、迂闊に踏み込めば、容易に国際問題へ発展してしまう。
しかも会場が笹川キングホテルであるのも、エルノールを悩ませた。日本でも大規模な総合商社である笹川商事が誇るこのホテルは、国内外の大物を顧客とした大規模なホテルだ。日本の政官財や法曹界の大物だけでなく、世界中に名を轟かせる大物の俳優や歌手、一流スター選手、閣僚級の大物や高級官僚・高級将校たちが顧客として名を連ねている関係で厳重な警備体制が敷かれており、超高性能の機材を惜しみなく用いた監視システムを用い、さらには格闘家並みの実力を持った精鋭の警備員を擁している。
このホテルの最大の特徴は、許可を得た者しか入れないVIP専用の特設フロアが地下駐車場の更に下に設けられていることであり、そこで国家間の密談や裏取引、そして地下オークションが行われていることにある。
総支配人を任されている石井は、七三分けの髪に四角い顔、適度に鍛えた体躯の男だが、実態は夏目会の性風俗店部署・リボードグループの上位構成員で、巧みな話術を見込んだ夏目会総裁が出向させたという経歴の持ち主だ。
ヤクザになる前はホテルマンをしていただけあって温厚な表情と振る舞いをするが、その裏に冷酷かつ残虐な本性を隠し持つ男との情報も得ている。
「レーテからの連絡も無い……。手こずっておるんじゃろうか……?」
「ボク……、ホテル……見てこよっか?」
「止めとけ。夏目会、特にそこの総裁はわしらのような日本で動く魔物娘では知らぬ者がおらぬほどの魔物嫌いじゃ。しかも全国の構成員から精鋭を集め、総力を挙げて警備に当たっておると聞く。警察も厳戒態勢で動いとるし、中に入れたとしても最高級の監視システムがあると聞く。今行っても捕まって殺されるのがオチじゃ」
押し黙る朱鷺子に、誰もが声をかけられない。
少なくとも今の状態では関係者を毒薬の実験台ついでに情報を吐かせるか、遠距離からの偵察で限界であり、クノイチ部隊も無闇に動かせない。
大組織を相手に、危険な役目を負わせるわけにいかないのもそうだが、すでに会場となるホテルには、およそ三百もの武闘派が黒服兼警備員として出入りし、警察も百人態勢で厳重警備に当たっているとの情報も来ていた。
謎のハッカーが送ってくれたホテルの見取り図があるとはいえ、攻め手であるエルノール・サバトの規模が少ない現状では物量に押されてしまうのが関の山なのだ。
マルガレーテもこの情報を携えて、王魔界に向かっている。
凱たちにとって、彼女の交渉の結果に全てがかかっていると言っても良かった――
*****
一方の王魔界では、マルガレーテが実母である魔王との交渉にあたっていた。
「――というわけなのです、魔王様。サバトの一支部だけ片付けるには規模が大きいのです。かといって周辺のサバトに頼れば、サバトとしての活動に悪影響が出るのは必定。何とか、何とか増援をお願い出来ませんでしょうか!」
土下座する勢いで懇願するマルガレーテは焦っていた。
地下オークション開催まで時間が無い状況であり、最悪の場合、死者が出るのを覚悟しなければならない。魔物娘の理念に反するのもそうだが、国内外の閣僚や高級官僚に高級将校、世界的に高名な歌手、ハリウッドスター、スター選手などといったセレブたちが人身売買の顧客としてすでに来日し、ホテルに宿泊している。
事が起これば日本だけでなく、諸外国との国際問題になるのが避けられない事態となるのだ。そうなれば凱もただで済まされないのは明白。だが、夫である凱にとってみれば権力のみならず、人間社会に対する「叛逆」であり「戦争」であることを、この時のマルガレーテは知らない。
ただ、全軍投入の短期決戦で臨まなければならない状況だけは確かであった。
魔王とて、悪しき欲を追及する人間たちの横暴を知らないわけではない。
無辜(むこ)の少年少女たちが金と色に踊り狂う野獣たちに穢されるのは、魔王自身にとっても不愉快極まる。
そこで魔王は、マルガレーテに質問をぶつけてみた。
「マルガレーテよ。仮にそのサバトが出向くとして兵力は如何程(いかほど)なのだ?」
「はっ。およそ五百。これにクノイチ部隊と第零特殊部隊の者達を合わせれば、六百弱となります。そして我等七名の指揮の下、全軍投入の短期決戦を挑みます」
少々の沈黙の後、魔王がマルガレーテに向けて口を開く。
「分かった。魔王軍サバトの魔女を百名、直ちにお前の下に預けるよう話を通す。拠点防衛の任であれば、彼女達で事足りるだろう。先に支援に出した者共とも連携し、事にあたるが良い」
「魔王様……感謝いたします!」
「礼はよい。命と操を弄ぶ、不埒な愚か者共に裁きの鉄鎚を下せ! これは勅命である。しかと伝えよ」
「ははっ! 必ずや!」
魔王はその後すぐ、魔王軍サバトの長であるバフォさまに話し、百名の魔女をマルガレーテに貸し与えた。
手配を終えたマルガレーテは、魔女部隊を引き連れて風星学園に帰ってきた。
彼女は出陣までの間、魔王軍サバトの魔女たちに風星学園の中を見て回らせた。防衛をしやすくさせるためだ。
マルガレーテ自身は準備を終えた事を報告するため、学園の地下作戦室に戻っていく。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一時間後、マルガレーテが作戦室に入ってきた。
「只今帰りましたわ」
「おお、待っておったぞ。して……どうだったのじゃ?」
重い雰囲気に包まれる中、マルガレーテは呼吸を整え直して結果を告げる。
「魔王様が魔王軍サバトの魔女を、百名貸して下さいましたわ」
ひとまず幸先の良い出だしに一同はホッとするが、マルガレーテは緊張を緩めない。
「魔王様よりの言伝(ことづて)がございますわ。命と操を弄ぶ不埒な愚か者共に裁きの鉄鎚を下せ。これは勅命である、と」
「なればこの戦、尚更負けられんのう」
「攻め込むのはいいとしても、監視システムを根こそぎダウンさせないと、後で確実に不利になる。数名にこの特務を与えなきゃな」
「そうじゃな。クノイチ二名は確実として……グレムリン達を総出で向かわせるしかないじゃろうなぁ」
「あのハッカーがシステムを壊してくれればいいけどな」
「ダメ元で頼んでみるかのう」
ため息をつくエルノールに、凱は付け加える。
「笹川キングホテルの見取り図だけじゃなく、人身売買オークション関係の名簿をあのハッカーがくれれば戦況は有利になると思うけどな」
「――っ!! それじゃ! すぐにグレムリン共に頼んでみよう。この際、金を惜しんでられん! 兄上と瑞姫はゼロの者と構成員達を頼む」
言うが早いか、エルノールは作戦室を出ていった。
「じゃあ、俺たちは人を乗せる手段を……と言ってもコンテナじゃ重過ぎるし目立つよな。ゼロのみんなに頼んで、乗せてってもらうしかないか」
「それじゃー、あたしは黄泉ちゃんたちに、受け入れ態勢を整えてもらうですよー」
「あ、それが終わったら、亜莉亜は朱鷺子と一緒に監視システムを潰す任務に就いて。エルにも伝えるから」
「はいですよー」
「わたくしは何をすればよろしいですかしら?」
亜莉亜が出ていったと同時にマルガレーテが問い質す。
「レーテは、そうだな……狙撃任務に就いてもらうかな。サツどもが中に入らないように引っ掻き回してほしい」
「……分かりましたわ。では、後でエルノール・サバトの者から十人程お借りしますわ」
「ロロには……エルの護衛と後方の抑えに回ってほしい」
「そんな、私も旦那さまと一緒にまいります!」
「出入口に逃げてくる連中を始末してほしいんだ、その居合術でね。ロロだからこそ頼みたい」
「――わかりました。旦那さまのお心のままに」
ロロティアは深々とお辞儀をし、エルノールが戻るまで待機となる。
◇◇◇◇◇◇
その頃、エルノールは五人のグレムリンに頼んで、件のハッカーにコンタクトを取っていた。
数分もしない内に来た返事は――
『金を惜しまない覚悟があるなら、笹川キングホテルでの人身売買オークションの参加者と『商品』の名簿を取ってこよう。システム破壊はサービスしてやるが、総支配人の石井を潰さなければ意味が無い。支配人室の場所は見取り図にある通りだ。だが気を付けろ。他のハッカー仲間からの情報によれば、この件にFBIやCIA、他にもMI6(イギリスの情報機関の一つである「秘密情報部」。本来はSIS)やSVR(ロシア対外情報庁)などの世界各国の情報機関、更にはICPO(国際刑事警察機構)まで動き出しているそうだ。潰すなら急げ』
――であった。
エルノールはグレムリンの一人に『作戦決行は今夜21時。名簿についてはそちらの安全とペースに任せる』との返事をメールに打たせると、『健闘を祈る』との返信が来た。
◇◇◇◇◇◇
作戦開始40分前――
「これでどうにかなってくれるといいんだが……」
「何を弱気になる。お前は今、無辜の者達を助ける使命を果たさねばならん。あの時の、怒りと憎しみのままに暴れ狂うお前であってはならんのだぞ」
「そうだよ、お兄さん。わたしたちは悪い奴らをやっつけに行くんだから!」
「ミズキよ、それは当たらずとも遠からずだな……。だが、ミズキくらいの子供を何人も乗せるくらい我らも出来る」
瑞姫の言にルキナは少し呆れながら返すと、エルノールがやってくる。
「兄上。例のハッカーが名簿を抜き取ると約束してくれた。後はわし等次第ということじゃが、総支配人の石井を何とかせんと意味が無いそうじゃぞ」
「そうか。亜莉亜と朱鷺子には監視システムを潰すように頼んだけど、石井も潰してもらうとしよう」
エルノールの言葉に、凱は自分の判断で配置に就かせた事を伝え、同時に決断しなければならなかった。
「全員に伝えて。笹川キングホテルへ進軍する、って。全体の指揮はエルに任せるから」
「なかなか言うのう。あい分かった、通達しよう」
そう言うと、エルノールは踵を返して走っていく。
「さて、こっから忙しくなるな」
「そうだね」
「ドラゴニアに来たら、この倍は忙しくなるぞ。隊長に任せた分のツケは大きいぞ?」
三人がそう言って笑い合う中、凱の遠声晶が唸った。
「はい」
『兄上、準備が出来た。地下基地の大講堂にそちらのメンバーも集めるんじゃ。転移魔法で一気に移動するぞ!』
「了解、すぐに!」
「今の、学園長?」
瑞姫の問いに凱は即答する。
「うん、ゼロのみんなも地下の大講堂に。これから転移魔法で目的地に行くぞ!」
「おし! みんな行くぜ!」
「「「「「おおぉーーー!」」」」」
◇◇◇◇◇◇
作戦開始30分前――
「皆よく聞けい! 我等エルノール・サバト混成部隊はこれより、銀座にある笹川キングホテル周辺へ転移する! 転移が完了次第、それぞれ与えられた役目に従い、所定の場所に移動せよ。作戦開始は21時! マルガレーテの隊が攻撃を始めたら、隊ごとに行動せよ! また、連絡を密に。以上!! 透明化の魔法をかけよ!」
実働部隊の全員に透明化の魔法をかけられたのを確認したエルノールは、再度号令を下す。
「転移魔法陣、起動っ!!」
東京は銀座の一等地に建つ笹川キングホテル近くに転移した実働部隊は、各々の所定の位置に移動を開始。配置を完了したのは、作戦が始まる五分前であった。
20/08/15 15:52更新 / rakshasa
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