新学期を迎えてから、はや三週間。
凱はその間、新たな力の制御とリハビリのため、瑞姫とともに訓練所で体を少しずつ動かしていた。

一方、エルノール・サバトでは加入者が続出。
勧誘に応じた者も確かにいるが、どこで知ったのか、自ら申し出る者もいるのだ。
数にしてみれば、およそ二倍近くになっていた。

かつての集会所にかけた封印を解除し、人が入れるようにした。
学園の地下にあるとバレてしまうと、今後の活動に支障が出る――とエルノールが判断したもので、予想よりも早く段階で解除する事になったのである。

しかし、急激な増加に引っかかるものを感じた凱は、エルノールに早速打診する。
だが、彼女から帰ってくるのは冷酷な返答だった。

「いい加減にせんか。折角、こうして集まってくれとるんじゃ。無下にするとは何事じゃ！　いくら兄上でも許さんぞ！」

サバトは公安から危険分子として日本各地でマークされている。
そんな中での加入は、嬉しい以外に無いだろう。
魔物娘の魅力と魔力に抗える者は、極めて少ないというのもあるにはあるが。

だが、凱は捉えてしまったのだ。
新たに加入してきた者が抱く、明確な悪意を。

そこで凱は夜、寝る前に瑞姫の部屋を訪ね、彼女に頼んだ。
彼女と仲の良い、中等部と高等部の魔女を一人ずつ選び、連れてきて欲しい――と。

「お兄さん。学園長には伝えてるの？」
「……いい加減にしろ、と怒られた」
「そりゃ、学園長の言うとおりじゃない。せっかく集まってくれてるのに、ひどいよ」
「やっぱり瑞姫もそう思うか。だがな……俺は見てしまったんだ」
「え……？」
「奴らからの悪意をな」

「悪意」の言葉に、瑞姫はただならぬ気配を凱が察知したのを悟った。

「勧誘で誘われるのはいいんだ。けど、自分から来た奴もいる。どうやってこのサバトを知ったのかも、はぐらかしてるみたいなんだ」
「言われてみれば、それ少しおかしいね」
「うん。だから、瑞姫と仲のいい魔女を二人、貸して欲しいんだ」
「今さらじゃない。わたしもお兄さんに協力する」
「瑞姫……」
「悪意を感じたってお兄さんがいうからには、絶対何かあるもの」

瑞姫が凱を見つめる眼差しは真剣そのもの。
こうして、凱と瑞姫は、翌日には独自の調査を始めた。
けれど、それはたったの一日で証拠を得てしまう。

それは翌夕刻の高等部職員室。
高等部にいる魔女の一人が、職員室内の机に置きっぱなしにしてあった書類を見つけた。
高等部の女教師・上芝佳蓮（うえしば・かれん）がその通知書類を、迂闊にも職員室の自分の机に置いたままだったからだ。
学級日誌を提出するため、会議で誰もいない職員室の担任の机に行ってみたら、副担任の上芝の机に……というものだった。

〈特別顧問の懸念通りだった！　ここままじゃ、大変な事が起きる！〉

魔女はそう直感し、書類をスマートフォンのカメラに収め、その上に日誌を置き、素知らぬ顔で職員室を出る。
逸る気持ちを押さえながら下校すると、近くのコンビニでデータを印刷して瑞姫に報告をしたのだった。

瑞姫からの連絡を受けた凱は、当直に頼んで特別クラスの食堂を開けてもらい、瑞姫と魔女を呼んだ。
魔女は強張った顔で、印刷してきた書類を鞄から出した。そこに書かれていた内容に、凱と瑞姫も目を見開いてしまう。

そこには、『学園としてのあるべき姿を取り戻す』をスローガンに静鼎学園、教育委員会、神奈川県警、財界有志、そして夏目会と警察庁、国家公安委員会の全面協力の元、クーデター計画を実行に移す――と、簡潔に言えば、そのような内容が書かれていたからだ。
その最大の主目的は特別クラスを始めとした不穏分子の抹殺に加え、エルノール・サバトの解体と資産搾取にあった。

しかも、決行日が明確に記載されていた。
前段階での作戦は個別に日取りが決められており、クーデター決行の日取りは一ヶ月後。
驚くべきことに、『学園長のサバトに対し、各組織からスパイを順次派遣している』との一文が書かれていたのだ。

「クーデターだと!?　しかも、スパイが入り込んでるだと!?」
「お兄さんの予感通りになっちゃった……。このままほっといたらまずいよ！」
「君はこの事に知らないふりをしていてくれ。辛いかもしれないが、俺たちがクーデター決行を把握してると知られるわけにいかない。……頼む」
「わかり……ました。全力を、尽くします」

凱は魔女を帰し、瑞姫とともに学園長室に向かう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

少しして、凱と瑞姫が学園長室に到着。
ノックをしたところ残務処理中だったようで、明らかに苛立った声とともに入室を許可された。
瑞姫は魔女から渡された紙をエルノールに渡す。

「これ、魔女の子から預かったんですが……」
「……？」

書類に目を通すエルノールだったが、その内容に目を見開いてしまう。

「何じゃと!?　こ、これはどういう事じゃ!?」

驚きのあまり、二人に問うエルノールだったが、凱の返答は冷酷だった。

「どういう事も何も、こういう事だ。俺たちのサバトにスパイが入り込んでたんだ」
「おのれ浜本め！　近頃の偉ぶった態度の原因はこれじゃったのか!!」

反撃の準備を着々と進めていたのと時を同じくして、浜本の態度がますます反抗的になっていたことに疑問を持っていたところに、この書類だ。
エルノールは怒りを隠せなかったが、感情に任せて処分をしたりすれば、却って向こうに反撃の機会を与えるだけとなる。それが分かっていたからこそ、歯痒い思いだった。
そこに凱は提案した。

「だったら、こっちが高等部に潜り込んで、会議なり、証拠を押さえに行くよ」
「「――っ!?」」

驚く瑞姫とエルノールだったが、少ししてエルノールが声を上げる。

「ならば、兄上にはまず、幼化の魔法で姿を変えてもらう。そのままではかえって目立つからな。安心せい、わしがアレンジした特別版じゃが、多分、兄上にしか効かんじゃろうて」

幼化の魔法とは、人間の女性か魔物娘を対象にしたものだ。
エルノールは、それを凱限定でアレンジを施したというのだが……？

「済まんが、聞いた以上はすぐにやってもらわねばならん。悪く思うでないぞ！」

言うが早いか、エルノールは魔法を凱に撃ち込む。
すると凱の身体が少し縮み、体格も細くなる。
17歳の平均身長である170cm程度の、細めの身体になったのだ。
割と筋肉質な凱とは思えない姿に、隣にいた瑞姫も驚きを隠せない。

「こ、これのどこが、幼化の魔法??」
「う、うるさい！　アレンジしたんじゃ、文句言うでないわ」
「……それで、これから何をするっていうの？」

無理矢理心を落ち着かせる凱だが、着ている服がぶかぶかの状態である。
彼に代わって、瑞姫がエルノールに問うと、エルノールもこれに答えた。

「今から、兄上に服を用意する。それでじゃ、兄上には、明日から高等部の三年生として潜り込んでもらう。構成員の数人にだけ、サバトに好意的な学生に扮して潜入すると伝える。上手く接触を図ってくれ」
「潜り込むのはいいけど、何をさせるつもりだ？」
「……兄上も考えていたじゃろうが、教頭の浜本と学年主任どもの動向を探ってもらいたいんじゃ。それに、他の教師どもも動きが最近妙に怪しい……。大変じゃが、頼む」

突然の任務であるが、それに凱は無言でうなずく。

「済まぬ。では、接触を図ってもらう構成員たちを選ぶとしよう。すでに接触を図った魔女がいると言ったな。その者も入れよう。それと……要注意人物はこいつらじゃ」
「っっっ!!」

その要注意人物は一部を除いて、凱との何らかの因縁を持つ者たちだった――

怒りを胸に秘め、凱はその日の内に偽の転入手続きを済ませ、翌日、高等部に潜入した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

エルノールの魔法によって容姿を変えた凱は、人間に対して認識を阻害させる魔法をエルノールにかけてもらい、その日の昼休みには中央塔前で、指定された六人の構成員と合流した。
中等部・高等部の各クラスに数人いるが、今回はその中から選抜した魔女とサキュバスの混成だ。
彼女たちとは以前からの知り合い、と示し合わせ、それぞれボイスレコーダーを忍ばせる。
しかし、そこは昼休み。凱の特製弁当に、構成員たちは目を輝かせ、美味しそうに頬張る。

そうして、エルノールから毎朝、魔法をかけてもらい、構成員たちに弁当を持っていくのが日課となって一週間経った日の午後四時過ぎのこと。
一部の教師と生徒たちが視聴覚室に入っていくのを見た凱は、同じクラスにいた構成員を伴って、高等部一年の教室に急行。構成員の一人と合流すると、続けて高等部三年の教室にも行き、合流する。
階段の死角に陣取りながら透明化の魔法をかけてもらうと、一気に視聴覚室に忍び込み、ボイスレコーダーを起動させた。

「ったく、あいつまた欠席か。しょうがないやつだな」
「なんでも、観たいアニメがあるんだってさ」
「一度、学年主任にがっつり怒られるべきだぜ」

凱は思わず、漫画に出るような敵組織や最強ライバル校の会議のシーンを思い浮かべた。
それと同じくらい、インパクトのある絵面だった。
そこに、七三分けのような髪型をした、冷酷な顔立ちの男が教壇に立つ。

「会議を始める」

冷徹な声を響かせるこの男、名を川澄純一（かわすみ・じゅんいち）。
風星学園高等部の三学年主任を務める物理教師だ。
若干26歳で学年主任とは随分な大抜擢であるが、いじめ推進派であり、弱い者をいじめて追い落とす事を必要悪と言い切り、いじめを受験生の鬱憤解消として推奨する男であった。

「起立！　礼！　着席！」

川澄はどっしりと座り、酷薄な笑みを浮かべている。
凱はせっかくの機会とばかりに耳を傾け始めた。

「まずは来月のクーデター決行について確認する。ホームルームが終わったら、すぐ体育館に集合だ。体育館で、明石たちが裏ルートで密輸した拳銃やライフルを渡す。立ち回りだが――」

川澄は当日の立ち回り方を一人一人に指示していく。
全体を言えば、非常口や校門、さらには中央塔を速やかに取り囲んで封鎖。選抜した数人で突入して学園長室を占拠し、武力で学園を制圧する――という段取りだ。
ただの教師とは思えない作戦の立て方だった。
だが、凱とその仲間に筒抜けになっていることにクーデター実行部隊は気付いていない。そんな状態では作戦など、もう意味を為さない。
いや、クーデターが無事に行われるかも怪しいだろう。

「魔物娘ってのは人間に甘い連中だ。いくら向こうが力をつけようと、商品候補の生徒どもを盾に取ればいい。それにこっちにはうちだけじゃなく静鼎学園や夏目会、それに警察からの工作員が続々と潜っている。クーデターの時、しっかり邪魔をするよう動いてくれる。お前らも存分に腕を振るえ」

そう言って大きくうなずくのは、凱の高校時代の音楽教師・二ツ森正士（ふたつもり・まさし）。
偏屈で生徒に対する好悪が激しい性格で、嫌いと判断した者には一切の指導も教育もしない男だ。彼には凱の元クラスメイトでもある浩士（ひろし）という一人息子がおり、一緒になって見下しまくった過去がある。
二ツ森は浜本や静鼎学園が人事操作をして風星学園に転任し、現在は高等部一年の学年主任を務めている。

二ツ森が言うには、この作戦の切り札はエルノール・サバトに潜り込んでいる工作員らしい。そこに、生徒の一人から質問が飛ぶ。

「川澄先生、質問いいスか？」
「ん、何だ」
「その工作員、つーか、スパイの名前教えてもらってもいいスか？　誰が敵で、誰が味方か、俺たちも知っといた方が動けると思うんです。ほら、本物の銃を使うんでしょう？　間違って撃ち殺しちゃったら、元も子も、ないじゃ、ない、スか……ね」

質問した男子生徒の口調が尻すぼみになっていく。本物の銃を使うことを思い知り、恐怖し始めたのだろう。
これに川澄が答える。

「ん、確かにそうだな。使わせる銃は全て本物だ。重さは半端じゃないし、味方を撃っちゃ意味が無い。これから名前を言ってくから、各自メモ取って厳重に隠しておくように。――じゃ、読むぞ。今川孝行、今川和行、池田千加子、歌住克也、赤松健太郎、河原薫……」

川澄はエルノール・サバトに紛れ込んでいる工作員の名前を次々と暴露していく。中には聞き覚えの無い者の名も挙がるが、いずれにしても工作員には何らかの報酬を払わなければいけないのだろうし、だからこそ工作員の名前を全て覚える必要があるだろう。
かなりの人数が潜り込んでいた事実に、四人は無言で驚愕する。

工作員の名前を読み上げた後、二ツ森の口からもう一つの重大な話題が出てきた。
これには眠気に襲われつつあった凱たちも、否応なく目覚めてしまう。

「では次にコンパニオンのことなんだが……、あ、来たか」

ガチャリと視聴覚室のドアが開くと、そこに見覚えのある二人が顔を出す。

「これは上条先輩、お久しぶりです」

川澄が挨拶したその人物こそ、凱の高校時代の怨敵の一人にして静鼎学園の教師・上条和馬（かみじょう・かずま）だった。そのもう一人が、同じく怨敵の一人で今は風星学園の教師となっている上芝佳蓮である。
柔和（にゅうわ）な笑顔を浮かべる上条は、勤務している静鼎学園での話を軽くすると、こう話してきた。

「選別した生徒の状態はどうかな？　最近は取引先の目が肥えてるみたいでね。うちの学校の生徒すら見合わなくなってきているんだよ……」
「大丈夫です。静鼎に迷惑なんてかけません。利益も十分に賄えます」

川澄の自信たっぷりな返答に、二ツ森が補足する。

「それについては心配ない。ここの生徒はなかなかの美形が揃っている。明石君が大学の後輩で、サークルメンバーの一人である吉沢君を貸してくれてる。成果は上々だよ」
「ああ、明誠（めいせい）学園大学の吉沢君ですか。あいつは羽生（はにゅう）が手塩をかけて育て上げたプロの色事師。寝取りにかけては天才ですからね、ははは」
「それは心配なさそうですね。安心しました」

川澄と上条がそう言って安堵し、上条の側にいた上芝もほっと胸を撫で下ろす。
だが、その瞬間、人を殺しそうな冷たい表情となった上条は萩原と二ッ森、上芝に問う。

「忘れるところだった。ところで……竜宮のガキは、まだこの世にのさばってるんですか？」
「ええ……明石のヤツ、仕損じたみたいで。あのガキ、まだ特別クラスとともに生きてやがりますよ。スパイからの報告では、サバトの特別顧問に就いたとか」
「まったく、あいつをどうにかせんとならん。だが、生意気にも奴は《学園長（チビ助）》に気に入られておる。迂闊に手を出せば、こちらの計画が漏れるだろう」

川澄と二ッ森が不満たっぷりに答えた直後、今度は上芝が声を発する。
すぐ近くに凱がいると気づかぬままに。

「特別クラスなんて、この世に要らないんです！　それも、教頭が近いうちにつぶしてくれますし。それにスパイの皆さんがぁ、特別クラスの厨房に毒とばい菌を仕込んでくれましたからぁ。明日には食中毒で騒ぎますし、動きを止められますよぉ♪」

少しぶりっ子めいた上芝の口調に辟易しつつも、凱たちは犯行の一部始終を録音していく。

「よし、これで連中の動きを封じれるし、竜宮のガキと学園長気取りのチビは豚箱直行だな」

川澄はそう言って冷たく嗤う。
その後は、会議で話した内容の再確認とちょっとした注意事項のみで、大した内容ではなかった。
そんな事情などお構いなしとばかりに、凱たちはＩＣレコーダーの作動と記録を確認しながら、会議が終わるまで息を潜める。

「――では、会議はこれで終わりだ。解散」
「起立！　礼！」
「「「「「ありがとうございました！」」」」」

会議はおよそ二時間で終わった。
学生としては下校時間をとうに過ぎているので、遅い時間ということもあってか、無駄なお喋りをするために残る者などおらず、視聴覚室からぞろぞろと退室していく。

実行部隊のメンバーたちが全員出払うと、室内の電気が消されて施錠音が響く。
その間、息を潜めていた凱たちは放送用機材の入ったスタジオにそっと入った。

「まさか、こんなに早く情報が手に入るとはな……」
「そうですね。それだけ自信があるってことなんでしょうか？」
「なんにしても、連中が思った以上のバカで助かりました」
「俺は厨房に行く。毒を入れられたと分かった以上、急がねば」
「でしたら自分たちも行きます。あなたは学園長室に行って、事の次第を伝えてください！」

この会議だけで、かなり有益な情報を手に入れる事が出来た、と凱は思えた。
一番恐れていた工作員の名前を全て知る事が出来たのだから。
エルノール・サバトに対する脅威がこれで無くなったに等しい。
むしろ追い風が吹いてきたと感じられるほどだが、厨房に魔手が回ったとなれば悠長にしていられない。

四人は誰かに見られることのないよう、ゆっくり鍵を開け、誰もいないことを確認して慎重に視聴覚室から出て、施錠の魔法をかけて鍵をかける。

三人の言を受け、凱は三人を特別クラスの厨房に向かわせると、自身はその足で学園長室に急行する。幸い、夜であり周囲も暗いため、誰にも見られることなく学園長室に入れた。

「兄上？　そんなに息を切らせてどうしたんじゃ？」
「やられた。特別クラスの厨房に、毒とばい菌を仕込まれた！」
「何じゃと!?」
「説明してる暇はねえ。今、メンバーが向かってくれてる。急がねえと翌朝には食中毒起こされて、サツの手が入る！」
「分かった！　わしも行く！」

先に向かった三人と合流した凱とエルノールは、エルノール・サバトのメンバーに緊急招集をかけ、有害物の探査を行った。すると、意外にも早く見つける事ができた。
食堂のテーブルと調味料の棚には劇薬入りの瓶、食材倉庫には腐敗した肉やネズミの死骸が乱雑かつ大量に入れられていたのだ。
エルノールたちはこれらを慎重に除去した後、浄化の魔法を幾度も行使し、毒物やばい菌を完全に除去する事に成功した。

■作者メッセージ
学園内クーデター阻止の話となりますが、かなり長くなったので複数に分けて投稿します。