最終訓練3:二人の怒り
凱と瑞姫の野外訓練も早いもので折り返しの四日目に入り、朱鷺子の不安は的中する。
ドラゴニア竜騎士団本部に竜騎士団員と騎士団学校の訓練生から選抜された四組が集められたのは前日の夜。彼らは人相書きを渡された上で二手に分けられていた。
第一陣の二組は早朝に出発して威力偵察と奇襲を仕掛け、続く第二陣の二組で休息の暇を与えずに自分達の有利な戦場へ追い込み、共に空陸両面で徹底的に潰すという算段だ。
嘆きの渓谷で潰せればそれで良し、万が一出来なくても帰路につく二人を妨害して期限までに帰らせず、試練を不合格にさせる計画だった。
反対勢力は何が何でも凱と瑞姫を竜騎士にさせまいと躍起になっており、皮肉にもそれが団をまとめる最大の要素だったからだ。
「第一陣、出撃! 第二陣、第一種戦闘態勢のまま待機!」
威力偵察及び奇襲を行う第一陣の二組が夜も明け切らぬ早朝から出撃した。
第一空挺部隊と第五陸上部隊から選抜されたワイバーンとワームによる空陸同時展開である。
仮に片方が攻撃を受けても後続の竜騎士達に報せる事が出来るし、天地に挟まれては如何に地上の王者と呼ばれるドラゴンと言えども対応は出来ないと踏んでいたのである。
第二陣に選ばれたのは、いずれも訓練生の中から選ばれた最も優秀なドラゴンとワイバーンにそれぞれのパートナーであった。凱に勝利する事が条件で今後の取得科目を免除される、との言葉に彼ら彼女らは俄然やる気を漲らせている。
今回の選抜隊の指揮を執っているのはバイゼア・ザルミュロイ。
第13特務工作隊を率いるワイバーンで、愚連隊上がりの叩き上げである。
一気呵成の猛攻と標的をじわじわ甚振る陰湿さを使い分ける、愚連隊ならではの戦法で凱と瑞姫をドラゴニアから叩き出そうと目論んでいた。
本来なら竜騎士団長であるアルトイーリスが指揮を執るべきところなのだが、そのアルトイーリスが凱擁護派に回っている為、その考えが間違いである事を証明すべく志願し、指揮権を委ねられたのだ。
余談ではあるがバイゼアには元々姓が無く、ザルミュロイは伴侶の姓である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と瑞姫の方も四日目の朝を迎え、手探りながらも迎撃態勢を思案していた。
二人も第零特殊部隊でドラゴンに関する知識を多少なりとも肌で感じ取っているものの、それはあくまでも騎士団内での訓練の話であり、一対多の戦いになる事は容易に想像出来た。
「一人ずつ送る程、奴らは馬鹿じゃない」と凱が疑わなかったのだ。
彼のこの異常な猜疑心は時間の経過と共に現実になるのだが……。
いつ何処から来るか分からない以上、出来る限り動かずに相手の出方を見るしかない。
無闇に魔力を使って気取られる訳にもいかず、地下神殿と洞窟を介して敵の動きを探り、迎撃する事で二人は同意した。
その時、地面が微かに揺れるのを感じた二人は地面に手を付けて心を無にする。
揺れは次第に大きくなり、止まったり、また揺れたりを繰り返す。
「この揺れ……、ワーム?」
「間違いないな。そうなるとドラゴンかワイバーンが組んでる可能性もある。偵察に出るべきだな」
「後手に回ったらまずいよ……」
「瑞姫の言いたい事は分かる。だが、敵の動きも編成も分からん今は、迎撃をし易くしておくのも大事だ。奴らは俺達を狩りに来た。だったら、奴らが狩られる側だと思い知らせなきゃならん」
瑞姫は凱の言葉に頷いた瞬間、何かを思い出したのか、はっとした表情で切り返す。
「だったら、学園長からもらったアレを使う時じゃ……!」
瑞姫の提案は遠声晶の片方を何処かに仕掛けて、声を拾って動向を探るというもの。
当然ながら「言うは易し、行うに難し」な手段である。
相手が何処を通るかも分からないし、下手な所に置けば自分達が近くにいると勘繰られる。
そこで凱は自ら偵察を買って出て、改造マントに葉や小枝、苔を貼り付けてギリースーツにし、草の多い所を選んで少しずつ移動していた。
その間に瑞姫は下の洞窟から川への出入り口付近に出て、双眼鏡を使いつつ、こっそりと敵の動きを探っていた。
双眼鏡に写り込んだのはぐるぐると鳶のように旋回して飛び回るワイバーン。
標的の出方を伺っているようだが、どうやら下を見ないでいる姿勢で飛んでいる事から、地上をワームに任せているか、完全に凱達を舐めているか、あるいはその両方だろう。
「せめて乗り手だけでも見えれば……」
瑞姫が忌々しく呟くと地鳴りが大きくなったのを足で感じ、素早く洞窟の中に逃げ込む。
吹き付ける強風と高低差のせいでこれ以上外の様子を窺い知る事は出来ないが、何かをしようとしていると考えた瑞姫は、慎重になりながらも様子を窺う事にし、遠声晶を取り出して起動させた。
―――――
時を同じくして、第一陣で先行していたワームとその騎士は嘆きの渓谷にある木々を巧みにすり抜けながら標的を探し、ワイバーンの方も悠々と跳び回りながら標的の出方を伺っている。
ぐるぐると旋回している様はまるで鳶のようであり、間抜けにもそれは凱と瑞姫の双方に見られてしまっていた。
ワームが崖の上で止まると上空のワイバーンに合図を送ると同時に、遠声晶を通じて瑞姫の声が微かに響く。
『洞窟近くにワームがいるわ。気を付けて』
「了解」
凱も遠声晶を切らず、慎重にワームの近くへと近づく。そこにワイバーンが偶然にも凱のすぐ傍に着陸してきた。位置がずれていたら踏まれて存在を知られ、あっという間に叩きのめされて一巻の終わりだっただろう。
凱は移動を止めて、息も気配も殺した。武術で培った力がここでも活きたのだ。
周囲に溶け込んだ凱の傍で、二組の竜騎士が会話を始める。
「なあ、本当にこのあたりで合ってるか?」
「相棒がこの辺りだと言って聞かないんだ」
「女の勘、って奴か?」
「ぜったいこのあたり! まちがいないってば!」
「今は勘を信じましょ。手分けしないと」
二人の竜騎士が話すと今度はワームが魔物娘の姿に戻って反論し、ワイバーンも空陸両面で探そうと促す。
「どこの馬の骨ともわからんくせに女王陛下の信頼を得てるなんて生意気な奴だ」
「ああ、身の程ってもんを思い知らせてやろうぜ」
「「さーんせぇーーい!」」
二組の竜騎士は完全に遊び感覚で凱と瑞姫を潰す腹積もりであった。
この会話は少し不明瞭ではあったが、瑞姫の耳にも捉えられている。
凱以上に憤懣やるかたない瑞姫は、燃え盛る怒りを必死に抑えながら、地下神殿に引き返していくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グダグダ駄弁りながら、ゆっくりと凱から離れていく竜騎士達。
二人の事を完全に舐め切ったその姿は油断しまくりで緊張感の欠片も無いが、それでも彼らは曲がりなりにもドラゴニア竜騎士団の正規団員。
安易に突出しては痛い目に遭うのは必至。
凱は二組が完全に離れたのを見て、地下神殿に戻ると瑞姫に合流し、いよいよ戦闘訓練――いや、実戦を経験する準備を進める。
何時か経験しなければならない事とはいえ、初めてな上に一対二のハンデを付けられている。
自分達が如何に立ち回るかで勝負が決まると言って良い。
凱はワイバーンから仕留める事を選択した。が、ワームの剛力を侮っている訳ではない。
俊敏に飛行出来るワイバーンに制空権を取られた状態では満足に戦えないのだ。
それ故、まずは制空権を奪いつつ、ワイバーンを叩き潰す事にしたのである。
瑞姫は一瞬だけ逡巡の表情を見せるが、攻め時を誤ればこちらが負けてしまう事は彼女も知っている。自分のみならず「自分の宝」である凱を見下し、侮辱した事を瑞姫は何よりも許せなかった。
凱は再度、上の洞穴から敵の様子を伺う。
だが気配すらも無く、時間としてもまだ日が昇って間もない。
日が昇るにはまだまだ時間がかかる事を利用し、影で悟られないよう、日が昇り切る前にワイバーンを高高度から奇襲する策に出る計画に変更した。
瑞姫もこれに同意すると下の洞窟から出て竜化し、凱が崖から飛んだのを見計らうように吹き付ける風に乗って飛び上がり、凱を乗せて雲の上へと羽ばたいていく。
だが、雲を抜けた先にワイバーンの姿が見えず、二人は近くの山頂に身を潜めて機会を伺う事にした。
太陽が雲の頂点まで半分の所まで登る頃、ようやくワイバーンとその竜騎士が付近に姿を現したが、その飛び方は思ったより覚束ない。
不審を抱いた凱が双眼鏡を使ってワイバーン達を見るが、その姿に怒りを抑えずにはいられなかった。
何と、ワイバーン達は完全に蕩け切った目をしており、竜騎士の方も服をまともに着こなしていない。
そこから想像出来る事は一つ。セックスで暇を潰していた、と言う事だ。
心配した瑞姫に双眼鏡を黙って渡すと、瑞姫も何かを悟ったのかワイバーンを観察する。
すると、竜騎士の方は何を思ったのか、肉棒をベロリと晒し、ワイバーンの方も媚びるかのようなくねくねとした飛び方をしていた。任務に来ている筈の竜騎士にはあるまじき姿に、瑞姫は心の中で何かが崩れ去っていくのを感じずには居られなかった。
「……お兄さん……。わたし達って……どれだけ舐められてるの……!」
瑞姫の怒りと悔しさが言葉と声で伝わる。
ここまで舐められていたのが分かった以上、情けも遠慮も、ましてや策すら必要無い。
「行くぞ、瑞姫。徹底的に叩き潰す!」
「うん!」
凱は装備を整え、竜化した瑞姫の背に乗って、最初の獲物に向かって猛然と飛び立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【side:第一空挺部隊員】
ワイバーンと彼女の伴侶である竜騎士は、セックスの余韻に浸りながら悠々と飛び回っていた。
命令にもかかわらずそのような事をしているのは、彼女らが凱・瑞姫との戦闘を遊びの延長線上と捉えていたからに他ならない。
実力があるから選ばれたという自覚がこの時に欠落していたのは、まさしく自業自得と言っても良かった。
そうして彼女らは一瞬にして地獄に落ちる。
右側面から突然の衝撃が襲ったかと思えば、そのまま掴まれ、地面に叩き付けられたのだ。
ようやく目視出来たのが白虹の鱗であった為、標的である事は理解出来たが、彼女らに反撃の機会は無かった。
異形の鎧を纏った竜騎士が騎竜を伝いながら、ワイバーンの竜騎士を飛び蹴りで地に落とし、異形の槍による突きや打撃の連続攻撃で乗り手をあっという間に沈めてしまう。
白虹の異形のドラゴンはワイバーンを翼腕に掴んで飛翔を阻止し、殴り、踏み、地面に何度も叩き付ける。
ワイバーンはどうにか相手を見るも、その白きドラゴンの赤い目は憤怒に染まっていると言わんばかりに爛々と輝いていた。
最後の止めを刺そうとしたのか異形の白き竜の四肢の力が一瞬緩んだのをワイバーンは逃さなかった。
すかさず振り解き、伴侶を救い出して逃げようとしたが、背中を襲った衝撃がそれを許さない。
異形の竜騎士が自分の背に乗り、手にしていた異形の槍を背中に突き立てていたのだ。
ワイバーンは伴侶以外の背に乗られた事への屈辱に怒り狂い、異形の竜騎士を振り落とそうと暴れに暴れた。
だが、それもすぐに終わってしまう。
体中の魔力を吸われていく感覚と共に力が抜け、魔物娘の姿に戻りながら倒れ伏して意識を失ったのだ。
「あれ? この槍、こんなんだっけ?」
「わたしも……、なんか、違う気がする」
自分達を急襲した二人は意外な結果に驚きながら呟くが、ダウンさせたのだからと強引に納得したらしい。パートナーはロープでがっちりと捕縛され、片方のペアと落ち合う地点と今後派遣される者について尋ねられる。当然ながら彼は頑として口を割らなかった。
その度に槍の石突で殴られ、痛みに耐えかねて観念した竜騎士が合流地点と派遣する者を白状してしまう。
それを聞き、もう用は無いと言わんばかりに異形の竜騎士は槍を竜騎士に突き立てると、卑猥な嬌声と精臭を伴いながら倒れ伏す。
異形の竜騎士と白きドラゴンは槍に対する釈然としないものを抱えつつ、ワイバーン達の拘束を解いて飛び去っていく。
*****
【side:第五陸上部隊員】
ワームとその伴侶は多少なりとも警戒をしつつ、木々を抜けていた。
第一空挺部隊組との待ち合わせをする為、所定の地点に引き返しているからだ。
そうして着いたのはいいが、日が真上に来る頃になっても音沙汰が無い。
彼女らは何かあったのだと考える。
第五陸上部隊は天候が崩れればたちまち修羅の地と化すドラゴニアにおける野外活動のプロ集団。
事が起きれば最悪の事態を想定し、これを防ぐ為に動くのだ。
だが、動こうとしたその瞬間、白虹のドラゴンが上空から飛来し、ワームを竜騎士ごと上から抑え込む。
当然ながらワームも竜騎士も猛然と抵抗するが、白虹の竜の竜騎士によってワームの竜騎士は呆気なく倒されて昏倒。
ワームも二体一の不利な状況をものともせずに猛攻撃を仕掛けるが、動きが単純過ぎたのが災いして攻撃の全てを読まれ、二人の繰り出す技の前に呆気なく沈んだ。
「もう一回やってみるか」
異形の竜騎士がそう言いながらワームとそのパートナーに槍を突き立てる。
するとワーム達はみるみる魔力を吸い取られ、昏倒してしまった。
「やっぱり何か違うよ」
白虹のドラゴンがパートナーに向かって感想を述べる。
突き立てた箇所も装具に穴を開けはしているが、肉体自体に傷が無く、魔界銀製の武器に似ていた。
もっとも、魔界銀製の武器で装具を傷付けられるかは疑問であるが。
「そうだ。何か証拠になる物を頂いていくか」
「そうだね。じゃないと、わたし達が勝ったって信じてくれないもんね」
ワーム達を倒した二人はそれぞれの身体や所持品を物色し、目ぼしい物を見つける。
「これがいいんじゃない?」
「これは……部隊章か。だったら、あのワイバーン達のも分捕っておくか」
「うん!」
二人はワーム達を縛り上げて教団との国境近くの森に捨て置くと、第一空挺部隊の部隊章を奪うべくワイバーン達の所へ戻り、まんまと部隊章を奪っていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二組の部隊章を奪い取った凱と瑞姫は、地下神殿へ戻る途中で雨に打たれながら何とか戻って来た。
濡れた身体を焚き火で温めつつ、残る三日間をどのように過ごそうかと考えを巡らせる。
「……帰り以外で来ることがないといいけど」
瑞姫が呟いた一言を凱は黙って聞いていた。
ワイバーンのパートナーの竜騎士に派遣される規模を吐かせたところ、最終日となる七日目に訓練生から特に優秀なワイバーンとドラゴンの二組を派遣させ、帰還の邪魔をして不合格にさせる計画だという。
今回は団員らがだらけていたお陰で奇襲を使えたが、次はどうなるかわからない。
だからその前に打って出る必要もある。
「どっちみち、雨が止むまでは動けん。それに……」
「それに?」
「互いにあっためなきゃいけないだろ」
そう言いながら立ち上がった凱は、荷物から毛布を取り出す。
一枚を瑞姫に渡し、もう一枚を自分で羽織る。
「うん……。あったまって、雨が止んだら考えよ?」
外はやがて嵐となり、べったりとしつつ甘く濃厚なキスをしながら、二人はポリネシアンセックスによる一日を過ごしていくのであった――
ドラゴニア竜騎士団本部に竜騎士団員と騎士団学校の訓練生から選抜された四組が集められたのは前日の夜。彼らは人相書きを渡された上で二手に分けられていた。
第一陣の二組は早朝に出発して威力偵察と奇襲を仕掛け、続く第二陣の二組で休息の暇を与えずに自分達の有利な戦場へ追い込み、共に空陸両面で徹底的に潰すという算段だ。
嘆きの渓谷で潰せればそれで良し、万が一出来なくても帰路につく二人を妨害して期限までに帰らせず、試練を不合格にさせる計画だった。
反対勢力は何が何でも凱と瑞姫を竜騎士にさせまいと躍起になっており、皮肉にもそれが団をまとめる最大の要素だったからだ。
「第一陣、出撃! 第二陣、第一種戦闘態勢のまま待機!」
威力偵察及び奇襲を行う第一陣の二組が夜も明け切らぬ早朝から出撃した。
第一空挺部隊と第五陸上部隊から選抜されたワイバーンとワームによる空陸同時展開である。
仮に片方が攻撃を受けても後続の竜騎士達に報せる事が出来るし、天地に挟まれては如何に地上の王者と呼ばれるドラゴンと言えども対応は出来ないと踏んでいたのである。
第二陣に選ばれたのは、いずれも訓練生の中から選ばれた最も優秀なドラゴンとワイバーンにそれぞれのパートナーであった。凱に勝利する事が条件で今後の取得科目を免除される、との言葉に彼ら彼女らは俄然やる気を漲らせている。
今回の選抜隊の指揮を執っているのはバイゼア・ザルミュロイ。
第13特務工作隊を率いるワイバーンで、愚連隊上がりの叩き上げである。
一気呵成の猛攻と標的をじわじわ甚振る陰湿さを使い分ける、愚連隊ならではの戦法で凱と瑞姫をドラゴニアから叩き出そうと目論んでいた。
本来なら竜騎士団長であるアルトイーリスが指揮を執るべきところなのだが、そのアルトイーリスが凱擁護派に回っている為、その考えが間違いである事を証明すべく志願し、指揮権を委ねられたのだ。
余談ではあるがバイゼアには元々姓が無く、ザルミュロイは伴侶の姓である。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と瑞姫の方も四日目の朝を迎え、手探りながらも迎撃態勢を思案していた。
二人も第零特殊部隊でドラゴンに関する知識を多少なりとも肌で感じ取っているものの、それはあくまでも騎士団内での訓練の話であり、一対多の戦いになる事は容易に想像出来た。
「一人ずつ送る程、奴らは馬鹿じゃない」と凱が疑わなかったのだ。
彼のこの異常な猜疑心は時間の経過と共に現実になるのだが……。
いつ何処から来るか分からない以上、出来る限り動かずに相手の出方を見るしかない。
無闇に魔力を使って気取られる訳にもいかず、地下神殿と洞窟を介して敵の動きを探り、迎撃する事で二人は同意した。
その時、地面が微かに揺れるのを感じた二人は地面に手を付けて心を無にする。
揺れは次第に大きくなり、止まったり、また揺れたりを繰り返す。
「この揺れ……、ワーム?」
「間違いないな。そうなるとドラゴンかワイバーンが組んでる可能性もある。偵察に出るべきだな」
「後手に回ったらまずいよ……」
「瑞姫の言いたい事は分かる。だが、敵の動きも編成も分からん今は、迎撃をし易くしておくのも大事だ。奴らは俺達を狩りに来た。だったら、奴らが狩られる側だと思い知らせなきゃならん」
瑞姫は凱の言葉に頷いた瞬間、何かを思い出したのか、はっとした表情で切り返す。
「だったら、学園長からもらったアレを使う時じゃ……!」
瑞姫の提案は遠声晶の片方を何処かに仕掛けて、声を拾って動向を探るというもの。
当然ながら「言うは易し、行うに難し」な手段である。
相手が何処を通るかも分からないし、下手な所に置けば自分達が近くにいると勘繰られる。
そこで凱は自ら偵察を買って出て、改造マントに葉や小枝、苔を貼り付けてギリースーツにし、草の多い所を選んで少しずつ移動していた。
その間に瑞姫は下の洞窟から川への出入り口付近に出て、双眼鏡を使いつつ、こっそりと敵の動きを探っていた。
双眼鏡に写り込んだのはぐるぐると鳶のように旋回して飛び回るワイバーン。
標的の出方を伺っているようだが、どうやら下を見ないでいる姿勢で飛んでいる事から、地上をワームに任せているか、完全に凱達を舐めているか、あるいはその両方だろう。
「せめて乗り手だけでも見えれば……」
瑞姫が忌々しく呟くと地鳴りが大きくなったのを足で感じ、素早く洞窟の中に逃げ込む。
吹き付ける強風と高低差のせいでこれ以上外の様子を窺い知る事は出来ないが、何かをしようとしていると考えた瑞姫は、慎重になりながらも様子を窺う事にし、遠声晶を取り出して起動させた。
―――――
時を同じくして、第一陣で先行していたワームとその騎士は嘆きの渓谷にある木々を巧みにすり抜けながら標的を探し、ワイバーンの方も悠々と跳び回りながら標的の出方を伺っている。
ぐるぐると旋回している様はまるで鳶のようであり、間抜けにもそれは凱と瑞姫の双方に見られてしまっていた。
ワームが崖の上で止まると上空のワイバーンに合図を送ると同時に、遠声晶を通じて瑞姫の声が微かに響く。
『洞窟近くにワームがいるわ。気を付けて』
「了解」
凱も遠声晶を切らず、慎重にワームの近くへと近づく。そこにワイバーンが偶然にも凱のすぐ傍に着陸してきた。位置がずれていたら踏まれて存在を知られ、あっという間に叩きのめされて一巻の終わりだっただろう。
凱は移動を止めて、息も気配も殺した。武術で培った力がここでも活きたのだ。
周囲に溶け込んだ凱の傍で、二組の竜騎士が会話を始める。
「なあ、本当にこのあたりで合ってるか?」
「相棒がこの辺りだと言って聞かないんだ」
「女の勘、って奴か?」
「ぜったいこのあたり! まちがいないってば!」
「今は勘を信じましょ。手分けしないと」
二人の竜騎士が話すと今度はワームが魔物娘の姿に戻って反論し、ワイバーンも空陸両面で探そうと促す。
「どこの馬の骨ともわからんくせに女王陛下の信頼を得てるなんて生意気な奴だ」
「ああ、身の程ってもんを思い知らせてやろうぜ」
「「さーんせぇーーい!」」
二組の竜騎士は完全に遊び感覚で凱と瑞姫を潰す腹積もりであった。
この会話は少し不明瞭ではあったが、瑞姫の耳にも捉えられている。
凱以上に憤懣やるかたない瑞姫は、燃え盛る怒りを必死に抑えながら、地下神殿に引き返していくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
グダグダ駄弁りながら、ゆっくりと凱から離れていく竜騎士達。
二人の事を完全に舐め切ったその姿は油断しまくりで緊張感の欠片も無いが、それでも彼らは曲がりなりにもドラゴニア竜騎士団の正規団員。
安易に突出しては痛い目に遭うのは必至。
凱は二組が完全に離れたのを見て、地下神殿に戻ると瑞姫に合流し、いよいよ戦闘訓練――いや、実戦を経験する準備を進める。
何時か経験しなければならない事とはいえ、初めてな上に一対二のハンデを付けられている。
自分達が如何に立ち回るかで勝負が決まると言って良い。
凱はワイバーンから仕留める事を選択した。が、ワームの剛力を侮っている訳ではない。
俊敏に飛行出来るワイバーンに制空権を取られた状態では満足に戦えないのだ。
それ故、まずは制空権を奪いつつ、ワイバーンを叩き潰す事にしたのである。
瑞姫は一瞬だけ逡巡の表情を見せるが、攻め時を誤ればこちらが負けてしまう事は彼女も知っている。自分のみならず「自分の宝」である凱を見下し、侮辱した事を瑞姫は何よりも許せなかった。
凱は再度、上の洞穴から敵の様子を伺う。
だが気配すらも無く、時間としてもまだ日が昇って間もない。
日が昇るにはまだまだ時間がかかる事を利用し、影で悟られないよう、日が昇り切る前にワイバーンを高高度から奇襲する策に出る計画に変更した。
瑞姫もこれに同意すると下の洞窟から出て竜化し、凱が崖から飛んだのを見計らうように吹き付ける風に乗って飛び上がり、凱を乗せて雲の上へと羽ばたいていく。
だが、雲を抜けた先にワイバーンの姿が見えず、二人は近くの山頂に身を潜めて機会を伺う事にした。
太陽が雲の頂点まで半分の所まで登る頃、ようやくワイバーンとその竜騎士が付近に姿を現したが、その飛び方は思ったより覚束ない。
不審を抱いた凱が双眼鏡を使ってワイバーン達を見るが、その姿に怒りを抑えずにはいられなかった。
何と、ワイバーン達は完全に蕩け切った目をしており、竜騎士の方も服をまともに着こなしていない。
そこから想像出来る事は一つ。セックスで暇を潰していた、と言う事だ。
心配した瑞姫に双眼鏡を黙って渡すと、瑞姫も何かを悟ったのかワイバーンを観察する。
すると、竜騎士の方は何を思ったのか、肉棒をベロリと晒し、ワイバーンの方も媚びるかのようなくねくねとした飛び方をしていた。任務に来ている筈の竜騎士にはあるまじき姿に、瑞姫は心の中で何かが崩れ去っていくのを感じずには居られなかった。
「……お兄さん……。わたし達って……どれだけ舐められてるの……!」
瑞姫の怒りと悔しさが言葉と声で伝わる。
ここまで舐められていたのが分かった以上、情けも遠慮も、ましてや策すら必要無い。
「行くぞ、瑞姫。徹底的に叩き潰す!」
「うん!」
凱は装備を整え、竜化した瑞姫の背に乗って、最初の獲物に向かって猛然と飛び立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【side:第一空挺部隊員】
ワイバーンと彼女の伴侶である竜騎士は、セックスの余韻に浸りながら悠々と飛び回っていた。
命令にもかかわらずそのような事をしているのは、彼女らが凱・瑞姫との戦闘を遊びの延長線上と捉えていたからに他ならない。
実力があるから選ばれたという自覚がこの時に欠落していたのは、まさしく自業自得と言っても良かった。
そうして彼女らは一瞬にして地獄に落ちる。
右側面から突然の衝撃が襲ったかと思えば、そのまま掴まれ、地面に叩き付けられたのだ。
ようやく目視出来たのが白虹の鱗であった為、標的である事は理解出来たが、彼女らに反撃の機会は無かった。
異形の鎧を纏った竜騎士が騎竜を伝いながら、ワイバーンの竜騎士を飛び蹴りで地に落とし、異形の槍による突きや打撃の連続攻撃で乗り手をあっという間に沈めてしまう。
白虹の異形のドラゴンはワイバーンを翼腕に掴んで飛翔を阻止し、殴り、踏み、地面に何度も叩き付ける。
ワイバーンはどうにか相手を見るも、その白きドラゴンの赤い目は憤怒に染まっていると言わんばかりに爛々と輝いていた。
最後の止めを刺そうとしたのか異形の白き竜の四肢の力が一瞬緩んだのをワイバーンは逃さなかった。
すかさず振り解き、伴侶を救い出して逃げようとしたが、背中を襲った衝撃がそれを許さない。
異形の竜騎士が自分の背に乗り、手にしていた異形の槍を背中に突き立てていたのだ。
ワイバーンは伴侶以外の背に乗られた事への屈辱に怒り狂い、異形の竜騎士を振り落とそうと暴れに暴れた。
だが、それもすぐに終わってしまう。
体中の魔力を吸われていく感覚と共に力が抜け、魔物娘の姿に戻りながら倒れ伏して意識を失ったのだ。
「あれ? この槍、こんなんだっけ?」
「わたしも……、なんか、違う気がする」
自分達を急襲した二人は意外な結果に驚きながら呟くが、ダウンさせたのだからと強引に納得したらしい。パートナーはロープでがっちりと捕縛され、片方のペアと落ち合う地点と今後派遣される者について尋ねられる。当然ながら彼は頑として口を割らなかった。
その度に槍の石突で殴られ、痛みに耐えかねて観念した竜騎士が合流地点と派遣する者を白状してしまう。
それを聞き、もう用は無いと言わんばかりに異形の竜騎士は槍を竜騎士に突き立てると、卑猥な嬌声と精臭を伴いながら倒れ伏す。
異形の竜騎士と白きドラゴンは槍に対する釈然としないものを抱えつつ、ワイバーン達の拘束を解いて飛び去っていく。
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【side:第五陸上部隊員】
ワームとその伴侶は多少なりとも警戒をしつつ、木々を抜けていた。
第一空挺部隊組との待ち合わせをする為、所定の地点に引き返しているからだ。
そうして着いたのはいいが、日が真上に来る頃になっても音沙汰が無い。
彼女らは何かあったのだと考える。
第五陸上部隊は天候が崩れればたちまち修羅の地と化すドラゴニアにおける野外活動のプロ集団。
事が起きれば最悪の事態を想定し、これを防ぐ為に動くのだ。
だが、動こうとしたその瞬間、白虹のドラゴンが上空から飛来し、ワームを竜騎士ごと上から抑え込む。
当然ながらワームも竜騎士も猛然と抵抗するが、白虹の竜の竜騎士によってワームの竜騎士は呆気なく倒されて昏倒。
ワームも二体一の不利な状況をものともせずに猛攻撃を仕掛けるが、動きが単純過ぎたのが災いして攻撃の全てを読まれ、二人の繰り出す技の前に呆気なく沈んだ。
「もう一回やってみるか」
異形の竜騎士がそう言いながらワームとそのパートナーに槍を突き立てる。
するとワーム達はみるみる魔力を吸い取られ、昏倒してしまった。
「やっぱり何か違うよ」
白虹のドラゴンがパートナーに向かって感想を述べる。
突き立てた箇所も装具に穴を開けはしているが、肉体自体に傷が無く、魔界銀製の武器に似ていた。
もっとも、魔界銀製の武器で装具を傷付けられるかは疑問であるが。
「そうだ。何か証拠になる物を頂いていくか」
「そうだね。じゃないと、わたし達が勝ったって信じてくれないもんね」
ワーム達を倒した二人はそれぞれの身体や所持品を物色し、目ぼしい物を見つける。
「これがいいんじゃない?」
「これは……部隊章か。だったら、あのワイバーン達のも分捕っておくか」
「うん!」
二人はワーム達を縛り上げて教団との国境近くの森に捨て置くと、第一空挺部隊の部隊章を奪うべくワイバーン達の所へ戻り、まんまと部隊章を奪っていくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二組の部隊章を奪い取った凱と瑞姫は、地下神殿へ戻る途中で雨に打たれながら何とか戻って来た。
濡れた身体を焚き火で温めつつ、残る三日間をどのように過ごそうかと考えを巡らせる。
「……帰り以外で来ることがないといいけど」
瑞姫が呟いた一言を凱は黙って聞いていた。
ワイバーンのパートナーの竜騎士に派遣される規模を吐かせたところ、最終日となる七日目に訓練生から特に優秀なワイバーンとドラゴンの二組を派遣させ、帰還の邪魔をして不合格にさせる計画だという。
今回は団員らがだらけていたお陰で奇襲を使えたが、次はどうなるかわからない。
だからその前に打って出る必要もある。
「どっちみち、雨が止むまでは動けん。それに……」
「それに?」
「互いにあっためなきゃいけないだろ」
そう言いながら立ち上がった凱は、荷物から毛布を取り出す。
一枚を瑞姫に渡し、もう一枚を自分で羽織る。
「うん……。あったまって、雨が止んだら考えよ?」
外はやがて嵐となり、べったりとしつつ甘く濃厚なキスをしながら、二人はポリネシアンセックスによる一日を過ごしていくのであった――
19/08/08 23:55更新 / rakshasa
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