封印解かれし時
フロゥが凱達の一行に加わってからも、凱と瑞姫は第零特殊部隊の苛烈な指導の下で少しずつ力を付けていった。
予てから集めていた爪や鱗で竜魔笛の作成を依頼したり、結婚首輪ならぬ婚約首輪の準備までしたり、と二人の身辺は俄かに忙しくなり出し、休暇組の五人もそれをそっと支えるスタンスで見守る。
そうして一週間は瞬く間に過ぎ、エルノール、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアの四人は、朱鷺子をドラゴニアに残留させて風星学園へ戻った。
凱と瑞姫は「筋がとても良くなってきたが、あと二ヶ月くらいは必要だ」とアルトイーリスに言い渡され、今暫くドラゴニアに残留する事になる。
実はアルトイーリスは裏でデオノーラと繋ぎを取っており、凱と瑞姫の訓練についての進捗状況を報告していたのである。そうして、竜騎士叙任には最低でもあと二ヶ月はかかるだろうと判断したのだ。
朱鷺子は「教える相手がいないと暇を持て余すから」とエルノール達四人に押し切られてドラゴニアに残り、邸宅で厄介になっている。
凱は訓練疲れをおくびにも出さず、瑞姫や朱鷺子、フロゥに料理をふるまう。もっとも、フロゥは器用に少量だけ取り分けて食べた後は避けてしまい、朱鷺子を介して少なくしてくれと頼んできたので、フロゥにだけは少量にするようにしていた。
三人と一頭の生活が始まってから二日後、朱鷺子はふとした好奇心から単身で竜の墓場へ赴いた。
何故と言われても明確な理由は無い。好奇心の赴くままなのだから、冒険と言っても良いかもしれない。
確かに彼女にしてみれば、どうして古代の竜達が眠る場所に狼が封じられていたのかという奇怪な謎があるし、朱鷺子自身にしても興味の赴くままにドラゴニアを散策したかっただけなのだから。
その竜の墓場ではドラゴンゾンビ達がまばらではあるが、人虎が何をしに来たのか、と不思議そうに見ている。肝心の朱鷺子はそのような視線は意にも介さず、どんよりとした空気が漂う竜の墓場をのんびりと眺めるだけ。
フロゥと名乗った不可思議な獣が狼の姿であるにもかかわらず、何故このような場所に封印されていたかに対しても興味がない訳ではない。けれどそれを語るのか疑わしい、という疑念も一方ではある。
その時、背後から近付いてきた気配に朱鷺子は一気に警戒度を引き上げ、構えを取る。
だが、その正体はフロゥだった。フロゥはスタスタ歩いて朱鷺子の前に来ると唸りながら呼び掛ける。
『オマエニ渡ス物ガアル。両の掌ヲ上ニ向ケ、我ノ方ニ出セ』
言われるがままに朱鷺子が何かを受け取る態勢で手を出した瞬間、フロゥの背中にワームホールが口を開け、球状の何かが勢い良く飛び出すと、示し合わせたかのように朱鷺子の両の掌に収まる。
白色と琥珀色のマーブル状の色彩を持った球はほのかに脈打つかのようであった。
『――コハクロウ』
「……え?」
突如言われた不可解な名前に朱鷺子が困惑するのに対し、フロゥはお構いなしに続ける。
『琅(ろう:真珠に似た美しい石)タル琥珀、ト書イテ「【琥珀琅(こはくろう)】」。遥カ古ニ作ラレタ物ノヒトツダ。ソレニ精神力ヲ込メテミロ』
朱鷺子はまたも言われるがままに、己の精神で両手にある球に念じるように込めた。
するとヴォウン!と音を発して彼女を驚かせた刹那、球がまるで意思を持ったかのように蠢く。
間髪を入れず球の形が一瞬にして崩れ、琥珀石が胸元にあしらわれた白い旗袍(チイパオ:俗に言うチャイナドレス)が目の前に現れ、再び朱鷺子の手の中に抱かれる。
『ソレハ、オマエヲ主ト認メタ。オマエノ衣トスルノダ』
衣からは虎の力が脈打っているかのようだった。
それは主を待っていたかのような、歓喜であったのかもしれない。
けれど――
「え……っと……、ここで……、着る、の?」
少なくとも、朱鷺子はここで着替えろと解釈していた。それにフロゥが返す。
『……我ノ背ニ乗レ。館ニ送ルカラ、ソコデ着替エロ』
フイッと尻尾を向けながら翼を展開し、乗るように促す。
朱鷺子もそれに従ってフロゥの背に乗ると風を切るように邸宅に辿り着き、宛がわれた部屋で琥珀琅を再び手に取ると、琥珀琅は光で作られた帯のような形に分解してしまう。
驚くのも束の間、帯は朱鷺子の胴体を包み込み、彼女の体に琥珀琅が纏われた。
更には今まで無地だった衣の上に虎の絵が浮かび上がり、胸元の琥珀石が嬉しさを表現するかのように輝き出す。
「……凄い。これが、琥珀琅の……力……」
身体の奥底から力が湧き上がるのを朱鷺子は感じていた。
それは彼女が温めていた技の開放を意味していたが、その力を振るうのはもう少し先の事となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と瑞姫が訓練から戻ったその日の夜、朱鷺子はフロゥに促されて二人と対面していた。
彼女の話によるとフロゥが凱に渡したい物があるのだと言う。
今一つ得心が行かない凱の様子を尻目にフロゥは唸り、朱鷺子の時と同様に背中にワームホール開け、二つの物体を勢い良く放り出す。
飛び出してきた二つの物体は大きな球体と黒い棒状の何か。それが浮遊しながら凱の目の前で止まる。各物体からは脈打つような波動をたたえ、これに追従するかのような不気味さを放つ。
唸るフロゥが朱鷺子を介して伝える。
「今出したのは【魔竜王の鎧衣】……、棒は【リンドヴルム】って槍……なんだって」
「魔竜王? リンドヴルム?」
何の変哲も無い物体が大仰な名前をしてる、と凱は率直に思った。
どれだけものなのかも分からないのに、何かしら力を持つとは普通思えない。
朱鷺子を介したフロゥの説明によると、この二つは竜のブレスでしか加工出来ない超希少鉱石、竜鋼「ドラゴダイト」を芯に用い、古の魔竜の牙、骨、鱗、被膜を用いて作られており、魔力や気を流し込む事で起動出来るというのだ。
試しに凱は己の気を目の前の物体全てに注ぎ込む。
するとその二つから漆黒の触手らしき何かが飛び出て凱の手足と胴体を捕らえ、突き刺す。
その刹那、彼に襲い来るのは吸い込まれる感覚だった。
体力や精神力、そして気や生命力――彼の中にある全てのエネルギーを貪り、喰らうかのように吸い上げる感覚だ。分かりやすい表現で言えば、威力の強い掃除機に吸われている、と言ったところだろうか。
けれど、それはすぐに治まった。
棒状の物体は唸りを上げ、その本当の姿を顕現したのだ。
その間、一秒前後。
「これは一体……!」
体中の力を奪われかけながらも立ち上がり、手にある物体を見つめる。
現れたそれは刃の大きい槍、すなわちパルチザンと言うべき代物だった。
だが従来のそれよりも刃は大きく、柄も気持ち太めである。
棒状の時よりも際立つ禍々しさは、凱の手にもずっしりと圧し掛かる重さと比例している。
先端に向かって緩やかに狭まる身幅の太い形状の刃が武器としての凶悪さを一層引き立てている。
鎧衣はまさに鎧、ローブ、冠が一体になったような外見である。
だが、それは暗い色合いによって禍々しさが助長されていた。
そこに朱鷺子の声がかなり明瞭な調子で響く。
「我はフロゥ。この娘の身を借り、汝に伝えよう。その手に抱くリンドヴルムの謂れを」
朱鷺子にしては饒舌なのは、フロゥが朱鷺子の意識を支配したという何よりの証拠だった。
「魔物達が魔物娘と呼ばれる存在となる遥かな前の事。汝等が神代(かみよ)の時代と呼ぶであろう、遠い遠い昔の話だ…」
フロゥが朱鷺子の口を借りて語りかける。
「遥かな昔、人間から魔竜や邪竜と呼ばれた一頭の巨大なドラゴンがいた。名を『リンドヴルム』。彼は財宝をそれほど持とうとはせず、ドラゴンとしては余りにも穏健であった。最も強欲で、プライドも極めて強いのが竜種であるのに、だ。だが、悲劇は起きた」
リンドヴルムと魔竜王の装備がフロゥの言葉に呼応して唸りを強める。
「人間共は外堀を埋める為、手始めに彼の子供を殺して行った。それに飽き足らず十重二十重と罠を仕掛け、番いの命まで奪ったのだ。ドラゴンは邪悪な生き物であるのが愚昧なる人間共の認識。奴等の驕り、功名、欲望の果てに竜は勇者によって斃され、人間への怨みを遺し、息絶えたのだ」
凱の手で更なる唸りを上げるリンドヴルム。
彼はそれを無意識に両手で抑え込み、自分の身体に密着させる。
「魔族達は驕り高ぶる人間達に対抗する為、《彼(リンドヴルム)》の怨みの力を利用した、強力な武具を作ろうと思い付いた。その為の基礎として使われたのが、ドラゴンの火の吐息でのみ加工出来る鉱石、竜鋼「ドラゴダイト」。これに彼の遺骸を使い、作り上げられたのが目の前の武具なのだ。リンドヴルムは確かに強力な武器となり、魔竜王の鎧衣は堅固な装備となった。人間の矮小な身を貫き、切り裂いたのは勿論、生命力や精神力を奪い、持ち主の力と成し、人間が繰り出す攻撃をものともしなかった」
武具達の唸りは音波の如く響き渡り、瑞姫の脳髄に直接的な打撃を与え始める。
「だが、強過ぎたが故に弱点はあった。扱い難さは勿論だが、持ち主と認めない者の命も容赦なく奪う事だった。拒絶された者は魔物であろうが人間であろうが、容赦無くその命を奪い尽くした。だが、作成の過程は我にも分からぬ。記録に残っていたのは使われた素材のみだ。それ以外は分からぬ」
慟哭の様な唸りを上げるリンドヴルムを何時の間にか手にしていた凱の目からは血が流れ出ていた。血涙と言うレベルでは無い。リンドヴルムを己の身体に密着させた事で繋がりが出来始め、魔竜王の鎧衣も共鳴反応を起こした刹那、溶け込むように凱の身を覆ったのだ。
魔竜の激しい怒りと怨みが凱とシンクロし、死に至らしめるような激痛となって彼の身を苛んでいたのだ。唸りもそれに合わせるかのように、やがて治まっていった。
「龍堂凱よ、汝は選ばれた。魔竜に認められ、彼(か)の力を持った武具をその身に抱いた以上、人間としての生を望もうなどとは思わぬ事だ。これより様々な災厄が汝に降りかかるであろう。己が武の研鑽、決して怠るでないぞ」
そう言い終えると、朱鷺子の身体が倒れ込む。
フロゥの支配から解放されたのだ。
瑞姫が介抱の為に駆け出す一方、凱は武具が放つ怨念と同調してしまっていた。
――心滾らすは怒りと憎しみ。人に向けるは怨みと絶望――
それは自分が受けた虐待と差別の日々をフラッシュバックさせてしまった。
怒りが、怨みが、憎しみが、絶望が、渾然一体となって凱の心に再び渦を巻いている。
――少年だったかつての彼はただ無力で、何かを変える事など出来なかった――
凱の心の奥底に、熱くどす黒いものを感じた。
身の内に燻っていた復讐の炎が再び激しく、それも己の身を焼き尽くすかのように燃え滾る。
――無力な少年だった者は今、黒き力をその手に取るのだ――
これまで封じ込めて来た筈の、人間とその世界に対する怒り、憎しみ、怨みの感情が、武器を手にした事で解き放たれていく。
「待ってやがれ、クソババアにゴミ女、上条にブタ本、ゴリ三、ゴリ輔の《教師(ゲス)》共、そしてその他大勢の屑共! 俺は絶対にテメェらを叩き潰し、永遠の地獄に叩き落としてやる!」
凱はこれまでに無い程の清々しさと狂気が混在した笑顔を浮かべた後、憤怒に彩られた表情に変える。
彼のその表情は朱鷺子だけでなく、周囲の者達を震え上がらせた。
フロゥも牙を剥き出しにし、今にも飛びかからんとする。
――悪意と言う名の黒い澱に塗り潰された、かつての少年だった者は今、破壊の力に身を委ねる――
凄絶な怒りと狂おしい破壊衝動は、性衝動とは全く逆の解放感を凱にもたらす。
リミッターを解放され、負の感情に身を任せる凱を止めんと動いた瑞姫は、後ろから力の限り抱きついた。
「っ!!! 何をする瑞姫ぃ!」
「ダメ…、ダメェッ! お兄さん……、いいえ、あなた! わたしはあなたに……人殺しになって欲しくない!」
「瑞姫になら分かる筈だろ! 消したくても消せない、あの忌まわしい仕打ちの数々を!」
「でも……それでも! あなたはわたしの、大事な人なんだもん! わたしはあなたの妻になる女! 許嫁だもん!」
瑞姫はドラゴンの力を全開にしながら、翼腕も使って凱を更に抑え込む。
「俺には! 奴らに…《人間(クソ虫)共》にやられた事をやり返す、復讐と言う大義名分がある!」
「わたしはずっと…、ずっとあなただけを支えに生きてきたんだもん! そう思うのはいけない事なの!?」
――怒りと憎しみ、それは全てを切り裂く諸刃の刃――
「俺はそれでも……、力が欲しい! クソ虫共を八つ裂きにする力が! この世に神も仏もねえ! 《人間(サル)》も主神も教皇もキリストもその他諸々の宗教も神もテメェの都合で全てを悪にする理不尽の権化だ! まとめて挽き肉にしてやるあぁぁぁ!」
そこから先の記憶は凱に無かった。
何故なら負の力がもたらした負荷に心身が耐えきれず、意識を失って昏倒したからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱はドラゴニアの奥地にある洞窟式の独居房に入れられていた。
リンドヴルムは彼の目の前で無造作に放置されている。
事の経緯はこうだ――
凱が昏倒した後、瑞姫は第零特殊部隊の隊舎に駆け込み、救援を要請したのである。
救援要請と凱の身に起きた事を聞かされ、事態を重く見た隊員達は凱を直ちに捕縛。
独居房へそのまま放り込んだのだ。
ドラゴニア首脳部達はリンドヴルムの扱いにも苦慮していた。
凱以外の者を受け入れず、逆にエネルギーを吸われてしまうのだ。
魔竜王の鎧衣も引き剥がそうとすれば黒い電撃が外敵を阻み、凱の身に纏われたままだ。
結局、瑞姫だけがこの被害を受けなかったのが分かり、彼女の手を借りてこのような状態となっている。
周囲から響き渡る男女の淫らな喘ぎ声も、凱自身には耳に入ってこなかった。
彼は意識の闇の底にいたのだ。
暗闇の中で独り立つ彼の後ろで、蠢き、嗤う四つの影。
それは怒り、怨み、憎しみ、絶望が自分と同じ姿を取った者達であった。
彼らは囁く。
俺達に全てを委ねろ――と。
力は他者を破壊する為にあるものだ――と。
そう――、彼らに身を委ねればどれだけ楽な事だろう。
優しさや愛など彼らに比べれば後付けに過ぎないのだ、と過去の自分が教えてくれる。
けれど、動物達の優しい目が記憶に鮮烈に蘇る。
人間の本質を見抜ける動物達は自分を見てくれていた。懐いてくれていた。
自分を愛してくれる瑞姫、朱鷺子、エルノール、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティア。
彼女達の声が今も響いているような感覚が伝わる。
だがそれは――感覚などでは無かった。
――お兄さん…、…あなた!
――ガイ…!
――兄上!
――凱くん! …がい…! ガイ兄様! 凱さん!
――凱さん!
――旦那さま!
意識の奥底にさえ響く声は間違いなく、彼を愛し、待ち続ける事を選んだ魔物娘達の確かな声だっだ。
「(そうだ。あの時誓った筈だ! 俺は魔の者! そして俺に心をくれた彼女達の為に、今こそ俺は――!)」
怒りも、怨みも、憎しみも、絶望も、向き合う事で成せる事が一つだけあった。
凱は振り返り、四つの化身たる己の影に向けて、両腕を広げ、口を大きく開ける。
その瞬間、四つの化身が凱の口目掛けて、エネルギー体となって突入した。
全てを己の中に取り込み、食らい尽くし、受け入れ、逆に力とする。
力は彼の身体を駆け巡り、まるで悪魔の力を得たかのようであった。
どれくらいの時が経ったのか。
凱が目覚める頃には、サバト魔界本部の計らいで独房から出されていた。
巡回の魔物娘によると「驚くほど静かで、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかった」という。
彼は使者に促されるがまま、ドラゴニア王城の謁見の間に通されるのである――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デオノーラと初代に直接対面する凱。
初代とは一度対話したとはいえ、直接受ける威圧感は半端な物では無い。
それがデオノーラと共にいれば、普通の人間など気圧されて卒倒するか、蛇に睨まれた蛙の如く身体を動かせなくなるのは明らか。
「こうして直接話すのは初めてじゃったな。どうじゃ? 《我が弟子(エルノール)》や瑞姫達の事が恋しかろう?」
くつくつと意地悪な笑みを浮かべる初代に、凱は冷徹なまでに動じない。
それどころか初代に向けて口角を吊り上げながら、こう言い放ったのだ。
「美味だったぜ、俺の負の全て……! そして俺は、俺を愛してくれる者の為に戦う! 人間を掃討し、テメェらに残らずくれてやるさ!」
リンドヴルムと魔竜王の鎧衣もまた唸りを上げる。
それはまるで歓喜するかのようであり、凱の為に喜んで力を貸そうという意志を示すかのようでもあった。
「クハハハ! このわしに向かってそのような大層な口を利くとは、全く良い度胸じゃな! どうやら貴様にはまだまだサバトの、いいや、魔物娘の何たるかを教え込まねばならんようじゃ!」
傍で黙っていたデオノーラも見た者を恐怖で震え上がらせるような笑顔を突如浮かべ、声を上げる。
「あの者達を此処に来させよ! 今すぐだ!」
バタバタと騒がしい複数の物音が大きくなり、扉の前で止まると扉が開かれる。
そこには凱の婚約者である六人の魔物娘達の姿があった。
目に涙を浮かべながら凱に抱きつく六人。その様子を見たデオノーラはこう言い放つ。
「この男の負の感情は最早消去不能。貴様等が性愛と快楽を持って抑え込め」
――それでも……、それほど遠く無い日、彼は世界に対して、破壊の牙を剥く――
その夜、六人は凱を抑え込み、それぞれの欲情の赴くまま、述べ二日に渡って凱を犯し抜いた。
けれど、濃密な魔物娘の魔力によって、リンドヴルムと魔竜王の鎧衣に著しい変質が起こっていた事を、この時誰一人知る由も無かった――
予てから集めていた爪や鱗で竜魔笛の作成を依頼したり、結婚首輪ならぬ婚約首輪の準備までしたり、と二人の身辺は俄かに忙しくなり出し、休暇組の五人もそれをそっと支えるスタンスで見守る。
そうして一週間は瞬く間に過ぎ、エルノール、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティアの四人は、朱鷺子をドラゴニアに残留させて風星学園へ戻った。
凱と瑞姫は「筋がとても良くなってきたが、あと二ヶ月くらいは必要だ」とアルトイーリスに言い渡され、今暫くドラゴニアに残留する事になる。
実はアルトイーリスは裏でデオノーラと繋ぎを取っており、凱と瑞姫の訓練についての進捗状況を報告していたのである。そうして、竜騎士叙任には最低でもあと二ヶ月はかかるだろうと判断したのだ。
朱鷺子は「教える相手がいないと暇を持て余すから」とエルノール達四人に押し切られてドラゴニアに残り、邸宅で厄介になっている。
凱は訓練疲れをおくびにも出さず、瑞姫や朱鷺子、フロゥに料理をふるまう。もっとも、フロゥは器用に少量だけ取り分けて食べた後は避けてしまい、朱鷺子を介して少なくしてくれと頼んできたので、フロゥにだけは少量にするようにしていた。
三人と一頭の生活が始まってから二日後、朱鷺子はふとした好奇心から単身で竜の墓場へ赴いた。
何故と言われても明確な理由は無い。好奇心の赴くままなのだから、冒険と言っても良いかもしれない。
確かに彼女にしてみれば、どうして古代の竜達が眠る場所に狼が封じられていたのかという奇怪な謎があるし、朱鷺子自身にしても興味の赴くままにドラゴニアを散策したかっただけなのだから。
その竜の墓場ではドラゴンゾンビ達がまばらではあるが、人虎が何をしに来たのか、と不思議そうに見ている。肝心の朱鷺子はそのような視線は意にも介さず、どんよりとした空気が漂う竜の墓場をのんびりと眺めるだけ。
フロゥと名乗った不可思議な獣が狼の姿であるにもかかわらず、何故このような場所に封印されていたかに対しても興味がない訳ではない。けれどそれを語るのか疑わしい、という疑念も一方ではある。
その時、背後から近付いてきた気配に朱鷺子は一気に警戒度を引き上げ、構えを取る。
だが、その正体はフロゥだった。フロゥはスタスタ歩いて朱鷺子の前に来ると唸りながら呼び掛ける。
『オマエニ渡ス物ガアル。両の掌ヲ上ニ向ケ、我ノ方ニ出セ』
言われるがままに朱鷺子が何かを受け取る態勢で手を出した瞬間、フロゥの背中にワームホールが口を開け、球状の何かが勢い良く飛び出すと、示し合わせたかのように朱鷺子の両の掌に収まる。
白色と琥珀色のマーブル状の色彩を持った球はほのかに脈打つかのようであった。
『――コハクロウ』
「……え?」
突如言われた不可解な名前に朱鷺子が困惑するのに対し、フロゥはお構いなしに続ける。
『琅(ろう:真珠に似た美しい石)タル琥珀、ト書イテ「【琥珀琅(こはくろう)】」。遥カ古ニ作ラレタ物ノヒトツダ。ソレニ精神力ヲ込メテミロ』
朱鷺子はまたも言われるがままに、己の精神で両手にある球に念じるように込めた。
するとヴォウン!と音を発して彼女を驚かせた刹那、球がまるで意思を持ったかのように蠢く。
間髪を入れず球の形が一瞬にして崩れ、琥珀石が胸元にあしらわれた白い旗袍(チイパオ:俗に言うチャイナドレス)が目の前に現れ、再び朱鷺子の手の中に抱かれる。
『ソレハ、オマエヲ主ト認メタ。オマエノ衣トスルノダ』
衣からは虎の力が脈打っているかのようだった。
それは主を待っていたかのような、歓喜であったのかもしれない。
けれど――
「え……っと……、ここで……、着る、の?」
少なくとも、朱鷺子はここで着替えろと解釈していた。それにフロゥが返す。
『……我ノ背ニ乗レ。館ニ送ルカラ、ソコデ着替エロ』
フイッと尻尾を向けながら翼を展開し、乗るように促す。
朱鷺子もそれに従ってフロゥの背に乗ると風を切るように邸宅に辿り着き、宛がわれた部屋で琥珀琅を再び手に取ると、琥珀琅は光で作られた帯のような形に分解してしまう。
驚くのも束の間、帯は朱鷺子の胴体を包み込み、彼女の体に琥珀琅が纏われた。
更には今まで無地だった衣の上に虎の絵が浮かび上がり、胸元の琥珀石が嬉しさを表現するかのように輝き出す。
「……凄い。これが、琥珀琅の……力……」
身体の奥底から力が湧き上がるのを朱鷺子は感じていた。
それは彼女が温めていた技の開放を意味していたが、その力を振るうのはもう少し先の事となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱と瑞姫が訓練から戻ったその日の夜、朱鷺子はフロゥに促されて二人と対面していた。
彼女の話によるとフロゥが凱に渡したい物があるのだと言う。
今一つ得心が行かない凱の様子を尻目にフロゥは唸り、朱鷺子の時と同様に背中にワームホール開け、二つの物体を勢い良く放り出す。
飛び出してきた二つの物体は大きな球体と黒い棒状の何か。それが浮遊しながら凱の目の前で止まる。各物体からは脈打つような波動をたたえ、これに追従するかのような不気味さを放つ。
唸るフロゥが朱鷺子を介して伝える。
「今出したのは【魔竜王の鎧衣】……、棒は【リンドヴルム】って槍……なんだって」
「魔竜王? リンドヴルム?」
何の変哲も無い物体が大仰な名前をしてる、と凱は率直に思った。
どれだけものなのかも分からないのに、何かしら力を持つとは普通思えない。
朱鷺子を介したフロゥの説明によると、この二つは竜のブレスでしか加工出来ない超希少鉱石、竜鋼「ドラゴダイト」を芯に用い、古の魔竜の牙、骨、鱗、被膜を用いて作られており、魔力や気を流し込む事で起動出来るというのだ。
試しに凱は己の気を目の前の物体全てに注ぎ込む。
するとその二つから漆黒の触手らしき何かが飛び出て凱の手足と胴体を捕らえ、突き刺す。
その刹那、彼に襲い来るのは吸い込まれる感覚だった。
体力や精神力、そして気や生命力――彼の中にある全てのエネルギーを貪り、喰らうかのように吸い上げる感覚だ。分かりやすい表現で言えば、威力の強い掃除機に吸われている、と言ったところだろうか。
けれど、それはすぐに治まった。
棒状の物体は唸りを上げ、その本当の姿を顕現したのだ。
その間、一秒前後。
「これは一体……!」
体中の力を奪われかけながらも立ち上がり、手にある物体を見つめる。
現れたそれは刃の大きい槍、すなわちパルチザンと言うべき代物だった。
だが従来のそれよりも刃は大きく、柄も気持ち太めである。
棒状の時よりも際立つ禍々しさは、凱の手にもずっしりと圧し掛かる重さと比例している。
先端に向かって緩やかに狭まる身幅の太い形状の刃が武器としての凶悪さを一層引き立てている。
鎧衣はまさに鎧、ローブ、冠が一体になったような外見である。
だが、それは暗い色合いによって禍々しさが助長されていた。
そこに朱鷺子の声がかなり明瞭な調子で響く。
「我はフロゥ。この娘の身を借り、汝に伝えよう。その手に抱くリンドヴルムの謂れを」
朱鷺子にしては饒舌なのは、フロゥが朱鷺子の意識を支配したという何よりの証拠だった。
「魔物達が魔物娘と呼ばれる存在となる遥かな前の事。汝等が神代(かみよ)の時代と呼ぶであろう、遠い遠い昔の話だ…」
フロゥが朱鷺子の口を借りて語りかける。
「遥かな昔、人間から魔竜や邪竜と呼ばれた一頭の巨大なドラゴンがいた。名を『リンドヴルム』。彼は財宝をそれほど持とうとはせず、ドラゴンとしては余りにも穏健であった。最も強欲で、プライドも極めて強いのが竜種であるのに、だ。だが、悲劇は起きた」
リンドヴルムと魔竜王の装備がフロゥの言葉に呼応して唸りを強める。
「人間共は外堀を埋める為、手始めに彼の子供を殺して行った。それに飽き足らず十重二十重と罠を仕掛け、番いの命まで奪ったのだ。ドラゴンは邪悪な生き物であるのが愚昧なる人間共の認識。奴等の驕り、功名、欲望の果てに竜は勇者によって斃され、人間への怨みを遺し、息絶えたのだ」
凱の手で更なる唸りを上げるリンドヴルム。
彼はそれを無意識に両手で抑え込み、自分の身体に密着させる。
「魔族達は驕り高ぶる人間達に対抗する為、《彼(リンドヴルム)》の怨みの力を利用した、強力な武具を作ろうと思い付いた。その為の基礎として使われたのが、ドラゴンの火の吐息でのみ加工出来る鉱石、竜鋼「ドラゴダイト」。これに彼の遺骸を使い、作り上げられたのが目の前の武具なのだ。リンドヴルムは確かに強力な武器となり、魔竜王の鎧衣は堅固な装備となった。人間の矮小な身を貫き、切り裂いたのは勿論、生命力や精神力を奪い、持ち主の力と成し、人間が繰り出す攻撃をものともしなかった」
武具達の唸りは音波の如く響き渡り、瑞姫の脳髄に直接的な打撃を与え始める。
「だが、強過ぎたが故に弱点はあった。扱い難さは勿論だが、持ち主と認めない者の命も容赦なく奪う事だった。拒絶された者は魔物であろうが人間であろうが、容赦無くその命を奪い尽くした。だが、作成の過程は我にも分からぬ。記録に残っていたのは使われた素材のみだ。それ以外は分からぬ」
慟哭の様な唸りを上げるリンドヴルムを何時の間にか手にしていた凱の目からは血が流れ出ていた。血涙と言うレベルでは無い。リンドヴルムを己の身体に密着させた事で繋がりが出来始め、魔竜王の鎧衣も共鳴反応を起こした刹那、溶け込むように凱の身を覆ったのだ。
魔竜の激しい怒りと怨みが凱とシンクロし、死に至らしめるような激痛となって彼の身を苛んでいたのだ。唸りもそれに合わせるかのように、やがて治まっていった。
「龍堂凱よ、汝は選ばれた。魔竜に認められ、彼(か)の力を持った武具をその身に抱いた以上、人間としての生を望もうなどとは思わぬ事だ。これより様々な災厄が汝に降りかかるであろう。己が武の研鑽、決して怠るでないぞ」
そう言い終えると、朱鷺子の身体が倒れ込む。
フロゥの支配から解放されたのだ。
瑞姫が介抱の為に駆け出す一方、凱は武具が放つ怨念と同調してしまっていた。
――心滾らすは怒りと憎しみ。人に向けるは怨みと絶望――
それは自分が受けた虐待と差別の日々をフラッシュバックさせてしまった。
怒りが、怨みが、憎しみが、絶望が、渾然一体となって凱の心に再び渦を巻いている。
――少年だったかつての彼はただ無力で、何かを変える事など出来なかった――
凱の心の奥底に、熱くどす黒いものを感じた。
身の内に燻っていた復讐の炎が再び激しく、それも己の身を焼き尽くすかのように燃え滾る。
――無力な少年だった者は今、黒き力をその手に取るのだ――
これまで封じ込めて来た筈の、人間とその世界に対する怒り、憎しみ、怨みの感情が、武器を手にした事で解き放たれていく。
「待ってやがれ、クソババアにゴミ女、上条にブタ本、ゴリ三、ゴリ輔の《教師(ゲス)》共、そしてその他大勢の屑共! 俺は絶対にテメェらを叩き潰し、永遠の地獄に叩き落としてやる!」
凱はこれまでに無い程の清々しさと狂気が混在した笑顔を浮かべた後、憤怒に彩られた表情に変える。
彼のその表情は朱鷺子だけでなく、周囲の者達を震え上がらせた。
フロゥも牙を剥き出しにし、今にも飛びかからんとする。
――悪意と言う名の黒い澱に塗り潰された、かつての少年だった者は今、破壊の力に身を委ねる――
凄絶な怒りと狂おしい破壊衝動は、性衝動とは全く逆の解放感を凱にもたらす。
リミッターを解放され、負の感情に身を任せる凱を止めんと動いた瑞姫は、後ろから力の限り抱きついた。
「っ!!! 何をする瑞姫ぃ!」
「ダメ…、ダメェッ! お兄さん……、いいえ、あなた! わたしはあなたに……人殺しになって欲しくない!」
「瑞姫になら分かる筈だろ! 消したくても消せない、あの忌まわしい仕打ちの数々を!」
「でも……それでも! あなたはわたしの、大事な人なんだもん! わたしはあなたの妻になる女! 許嫁だもん!」
瑞姫はドラゴンの力を全開にしながら、翼腕も使って凱を更に抑え込む。
「俺には! 奴らに…《人間(クソ虫)共》にやられた事をやり返す、復讐と言う大義名分がある!」
「わたしはずっと…、ずっとあなただけを支えに生きてきたんだもん! そう思うのはいけない事なの!?」
――怒りと憎しみ、それは全てを切り裂く諸刃の刃――
「俺はそれでも……、力が欲しい! クソ虫共を八つ裂きにする力が! この世に神も仏もねえ! 《人間(サル)》も主神も教皇もキリストもその他諸々の宗教も神もテメェの都合で全てを悪にする理不尽の権化だ! まとめて挽き肉にしてやるあぁぁぁ!」
そこから先の記憶は凱に無かった。
何故なら負の力がもたらした負荷に心身が耐えきれず、意識を失って昏倒したからだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
凱はドラゴニアの奥地にある洞窟式の独居房に入れられていた。
リンドヴルムは彼の目の前で無造作に放置されている。
事の経緯はこうだ――
凱が昏倒した後、瑞姫は第零特殊部隊の隊舎に駆け込み、救援を要請したのである。
救援要請と凱の身に起きた事を聞かされ、事態を重く見た隊員達は凱を直ちに捕縛。
独居房へそのまま放り込んだのだ。
ドラゴニア首脳部達はリンドヴルムの扱いにも苦慮していた。
凱以外の者を受け入れず、逆にエネルギーを吸われてしまうのだ。
魔竜王の鎧衣も引き剥がそうとすれば黒い電撃が外敵を阻み、凱の身に纏われたままだ。
結局、瑞姫だけがこの被害を受けなかったのが分かり、彼女の手を借りてこのような状態となっている。
周囲から響き渡る男女の淫らな喘ぎ声も、凱自身には耳に入ってこなかった。
彼は意識の闇の底にいたのだ。
暗闇の中で独り立つ彼の後ろで、蠢き、嗤う四つの影。
それは怒り、怨み、憎しみ、絶望が自分と同じ姿を取った者達であった。
彼らは囁く。
俺達に全てを委ねろ――と。
力は他者を破壊する為にあるものだ――と。
そう――、彼らに身を委ねればどれだけ楽な事だろう。
優しさや愛など彼らに比べれば後付けに過ぎないのだ、と過去の自分が教えてくれる。
けれど、動物達の優しい目が記憶に鮮烈に蘇る。
人間の本質を見抜ける動物達は自分を見てくれていた。懐いてくれていた。
自分を愛してくれる瑞姫、朱鷺子、エルノール、亜莉亜、マルガレーテ、ロロティア。
彼女達の声が今も響いているような感覚が伝わる。
だがそれは――感覚などでは無かった。
――お兄さん…、…あなた!
――ガイ…!
――兄上!
――凱くん! …がい…! ガイ兄様! 凱さん!
――凱さん!
――旦那さま!
意識の奥底にさえ響く声は間違いなく、彼を愛し、待ち続ける事を選んだ魔物娘達の確かな声だっだ。
「(そうだ。あの時誓った筈だ! 俺は魔の者! そして俺に心をくれた彼女達の為に、今こそ俺は――!)」
怒りも、怨みも、憎しみも、絶望も、向き合う事で成せる事が一つだけあった。
凱は振り返り、四つの化身たる己の影に向けて、両腕を広げ、口を大きく開ける。
その瞬間、四つの化身が凱の口目掛けて、エネルギー体となって突入した。
全てを己の中に取り込み、食らい尽くし、受け入れ、逆に力とする。
力は彼の身体を駆け巡り、まるで悪魔の力を得たかのようであった。
どれくらいの時が経ったのか。
凱が目覚める頃には、サバト魔界本部の計らいで独房から出されていた。
巡回の魔物娘によると「驚くほど静かで、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかった」という。
彼は使者に促されるがまま、ドラゴニア王城の謁見の間に通されるのである――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デオノーラと初代に直接対面する凱。
初代とは一度対話したとはいえ、直接受ける威圧感は半端な物では無い。
それがデオノーラと共にいれば、普通の人間など気圧されて卒倒するか、蛇に睨まれた蛙の如く身体を動かせなくなるのは明らか。
「こうして直接話すのは初めてじゃったな。どうじゃ? 《我が弟子(エルノール)》や瑞姫達の事が恋しかろう?」
くつくつと意地悪な笑みを浮かべる初代に、凱は冷徹なまでに動じない。
それどころか初代に向けて口角を吊り上げながら、こう言い放ったのだ。
「美味だったぜ、俺の負の全て……! そして俺は、俺を愛してくれる者の為に戦う! 人間を掃討し、テメェらに残らずくれてやるさ!」
リンドヴルムと魔竜王の鎧衣もまた唸りを上げる。
それはまるで歓喜するかのようであり、凱の為に喜んで力を貸そうという意志を示すかのようでもあった。
「クハハハ! このわしに向かってそのような大層な口を利くとは、全く良い度胸じゃな! どうやら貴様にはまだまだサバトの、いいや、魔物娘の何たるかを教え込まねばならんようじゃ!」
傍で黙っていたデオノーラも見た者を恐怖で震え上がらせるような笑顔を突如浮かべ、声を上げる。
「あの者達を此処に来させよ! 今すぐだ!」
バタバタと騒がしい複数の物音が大きくなり、扉の前で止まると扉が開かれる。
そこには凱の婚約者である六人の魔物娘達の姿があった。
目に涙を浮かべながら凱に抱きつく六人。その様子を見たデオノーラはこう言い放つ。
「この男の負の感情は最早消去不能。貴様等が性愛と快楽を持って抑え込め」
――それでも……、それほど遠く無い日、彼は世界に対して、破壊の牙を剥く――
その夜、六人は凱を抑え込み、それぞれの欲情の赴くまま、述べ二日に渡って凱を犯し抜いた。
けれど、濃密な魔物娘の魔力によって、リンドヴルムと魔竜王の鎧衣に著しい変質が起こっていた事を、この時誰一人知る由も無かった――
19/01/02 03:44更新 / rakshasa
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