リリム、学園の生徒になる!?
凱がキマイラと化した亜莉亜と事に及んで数日。
それは突然の事だった。
瑞姫魔物化の一件以来、音沙汰の無かったマルガレーテが何の予告も無く風星学園にやって来たのである。
特別クラスの制服を着用している上、朝早くに、だ。
エルノールが早速応対にかかる。
「お主は以前、瑞姫の件で出会うた……マルガレーテ? 何故に我が校の、それも特別クラスの制服を着ておるんじゃ?」
疑問に思うのは当然の事だ。
リリムであるマルガレーテが、わざわざ学校で何かを学ぶ必要性など一つも無い。
人間界で例えるなら、王族もしくは皇族となるリリム達はドラゴン属とは違った意味で珍しがられる種族だ。
「気になる殿方がおります故、わたくし、この学園の生徒になるべく参りましたの」
この言葉に心当たりがあるのを察したエルノールだが、今すぐ口に出す事を敢えて避けた。
「しかし、お主はリリムじゃ。わざわざ学校で学ぶ事も無かろう」
「母である魔王様は言われましたわ。『お前はオスを知らなさ過ぎる』と」
マルガレーテの言葉にエルノールは答える。
「…そのオスを見つけて、お主はどうするつもりじゃ?」
「わたくしの婿に、いいえ、その方の妻となりますわ」
マルガレーテがすかさず答える。
対するエルノールは意志の固さを感じ取っていた。
「そこまでの決意とはな…、よかろう」
じゃが、とエルノールは続ける。
「お主の意中の殿方がおるのは特別クラス、それも職員じゃ。しかも特別クラスには事情があってな、教師以外の魔物娘を受け入れる事は出来ん」
「な……っ! 何をおっしゃって…」
「申し訳無いが、わしには心当たりがあるでのう」
見透かしたのか、鎌を掛けたのか。
マルガレーテは迂闊に答えを出せない状態となる。
「では…、お主を個別クラスに迎え入れる、というのはどうじゃ?」
「個別?! それでは、わたくしがこの服を揃えた意味がありませんわ!」
確かにマルガレーテは制服姿である。
個別クラスと聞かされてはどんな制服なのかはさっぱり分からないし、第一、彼女も初耳であった。
「そうかのう? 意味なら後にでも十分見つけられる、そうは思わんか?」
「わ、分かりませんわ!」
「少し気が早いじゃろうが、その服を伽(とぎ)の道具にして見るのも良いじゃろうて」
「と…伽?! まさか、コ、コ、コ、コスプレ…っていうものですの?!」
「お主も初心(うぶ)じゃのう、ククク。コスプレも伽での重要な要素の一つとなる。頭の片隅にでも留めておくが良い」
「からかわないで下さいませ! 迷惑ですわ!」
顔を真っ赤にして憤慨するマルガレーテを余所に、エルノールは遮るように話を切り出す。
「お主らリリムの力は、あっという間に周囲を魔物に変えてしまうほどじゃろう? それにリリムが一般の生徒となれば、また厄介事が増えるでのう……」
「わたくしを厄介とは無礼な!」
厄介呼ばわりされたマルガレーテは更に憤慨する。
「そう噛みつくでないわ。うちにはドラゴンとなった生徒がおるでな。色々な所から引き抜き工作をかけられとるんじゃ。しかもその生徒はお主が直接関わったんじゃぞ?」
エルノールの言葉に心当たりを察し、マルガレーテは無言でうなだれてしまう。
「落ち込んでも仕方あるまい。瑞姫の素質、それもドラゴンという現実がもたらした結果じゃからな」
「そうは言われましても……!」
マルガレーテの反論にエルノールは「まあ待て」と言いながら続ける。
「お主の気持ちは分からんでも無い。じゃが、命を救う措置がこんな結果になるなど、誰も予想出来まい。そこでお主を個別クラスに編入しようと思い付いた。あのクラスは瑞姫を生徒とし、人虎となった元生徒を臨時の教師に据えておる。まずは、その魔物化した二人に触れてみる事から始めてみてはどうじゃ? そうして第三者の目で特別クラスを見ていけば、魔物娘となる素質を見極めるのは容易ではないか……と、わしは思うんじゃがな」
彼女は、黙って聞くマルガレーテに対して更に言葉を続ける。
「大事なのはこれからじゃ。この学園に今後もどんな災禍が降りかかるか分かったものでは無い。生徒を将来の魔物娘として育てる事も大事じゃが、その生徒を守る事はもっと大事じゃ。特別クラスの生徒となった娘達は皆、同じ人間に酷い仕打ちを受けた者ばかり。望まれず、祝福されずに生を受けた者。理不尽に操を捨てさせられた者。生きる為に罪を犯した者。容姿や病気で酷いいじめを受けて精神的な傷を負った者等、様々じゃ」
「…………」
「人間に絶望している者達の心を開かせる事は容易では無い。今は龍堂君がおるからまだ何とかなっておるが、あ奴は『職員』であっても『教員』では無い。関わる生徒も極一部に過ぎん」
「…………」
「魔物娘となる意思を持たせ、その素養を高める。それが特別クラスの真の存在理由じゃ。クラスの生徒に直に触れ、どうして行くべきかは急進派で無くとも考えねばならん。風星学園はサバトの支部も兼ねておるが、魔物の素養と本人の意思を尊重しておる。構成員になるならないは生徒達の意志次第じゃ」
「…………」
「それに、わしはこの世界の流れに興味は無い。じゃが、わしは人間共の薄汚い本性を嫌という程に見た…。この人間界はまさしく伏魔殿じゃ。この世界を魔界として作り上げるには力、人員、武装、兵站…全てが足りんし、サバトだけでは限界がある」
エルノールは思い切り溜息をつくと、話を再開する。
「そもそも、己の欲を満たす為だけに好き勝手に争って周りを滅ぼし、あまつさえ子供や弱者をダシに使うのは勘弁ならん。《学園(ここ)》は人の世から捨てられた子供達を匿い、育てる場としておる。それを実践に移したのが特別クラスじゃが、今は女子しか対象に出来ておらん。今年からは男子も対象にし、中等部や高等部に寮生として入れておるが極僅かじゃ…」
エルノールの長い話を無言で聞いていたマルガレーテがようやく口を開く。
「……そこまでの思いがあったのですね」
「これまでの特別クラス卒業生の内、10人程の娘達が我が支部の構成員になっておる。他は思い思いの場所で、適性のある魔物娘となって魔界で過ごしておるじゃろうな。便りはほぼ来ないが、『便りのないのは良い便り』とも言うでな。元気でやっておると信じとるよ」
この言葉の後、マルガレーテはエルノールの提案に従い、個別クラスの生徒として風星学園の一員となった。
彼女自身が選んだ道が、今まさに花開こうとしている――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マルガレーテはエルノールに連れられ、個別クラスにやってきた。
先に教室に入ったエルノールは、朱鷺子と瑞姫を確認して告げる。
「二人共、突然で済まぬが、このクラスに新しい生徒を迎える事になった。入るがよい」
エルノールの言葉と共に入って来たのは、特別クラスの制服を纏ったマルガレーテ。
その姿に一番驚いたのは瑞姫である。
一方の朱鷺子は初対面故に首を傾げつつ注目している。
「瑞姫にとっては懐かしい顔じゃろうな。では、自己紹介じゃ」
エルノールに促され、マルガレーテは挨拶を始める。
「わたくしはリリムのマルガレーテと申します。この度、学園長の格別の計らいにより、生徒として、このクラスでお世話になります。どうぞ良しなにお願い致します」
深々と頭を下げる彼女の姿に呆気に取られる二人。
二人共、リリムについては伝聞や過去の資料で知った程度だ。
魔物娘にとって、リリムは魔王に次ぐ地位を持つ雲の上の存在。
そんな彼女が一緒に学ぶ事になるのだから、戸惑いの方が大きいだろう。
「では、二人も自己紹介して貰おうかのう。まずは瑞姫からじゃ」
エルノールにいきなり振られた瑞姫は一瞬戸惑いつつも、しっかりとマルガレーテの目を見つめ、挨拶を始める。
「龍堂瑞姫です。個別クラスの生徒として、今月から在籍しています。よろしくお願いします」
「……えっと〜……、ボクは三日月朱鷺子。一応、このクラスの臨時教員で……人虎だよ。よろしく」
二人の自己紹介が終わったのを確認したエルノールは、軽く咳払いをしながら話し出す。
「では、わしから一つ提案じゃ。マルガレーテ、お主が今日の講師となれ」
「な……っ! それはどう言う事ですの!?」
「二人はこの世界の人間から変じた魔物娘じゃ。この二人には我々の存在意義、魔王軍という軍隊の存在、そして我等の理念を教えなければならん。それを直接教えられるのは『《魔王の娘(リリム)》』であるお主を置いて他におらん」
しっかりと目を見据えて語るエルノールの迫力に、マルガレーテは思わず気圧されそうになる。
エルノールの話は続く。
「先程、お主に話したように、この世界は伏魔殿。魔界化しなければどうにもならん。その為には魔王軍の存在は不可欠。サバトも然りじゃが、サバトに関しては瑞姫と鬼灯教諭の二人にわしから教えるだけで良いと考えておる」
「……分かりました。やってみますわ」
「頼む。では、わしは学園長としての仕事に戻るでな。頑張るが良い」
エルノールはそう言い終えると踵を返して教室を後にする。
学園長とリリムのやり取りを、瑞姫と朱鷺子はただ黙って見ているしかなかった。
「では、学園長から直々の御指名を受けましたので……、僭越ながらわたくし達の世界とその情勢について、お二人にお教え致しますわ」
マルガレーテは二人に告げ、近くにあった机と椅子を持ち出し、座る。
個別クラスに教卓は無い。
教壇はあるものの、家庭教師のようなやり取りではあまり使われない。
図を書き記す程度が精々と言った所か。
朱鷺子も椅子に座り、マルガレーテの方に向き直る。
そうして彼女が話したのは――
現魔王の誕生の経緯。
魔王軍の存在。
魔物娘が本来住む世界とその情勢。
自分達の領域、すなわち魔界の存在とそこで作られる独特な作物。
主神教団を始めとする、数多の敵対勢力。
そして……自分達、魔物娘の存在意義と夫を得る事の意味だった。
その都度、朱鷺子も瑞姫もマルガレーテに質問をしていく。
彼女ら二人にとって、魔物娘達が本来住んでいる世界(つまり図鑑世界と異界)は未知の領域。
驚きと新鮮に満ちていたのは言うまでも無い。
そんな二人の質問にマルガレーテは臆する事無く、的確に答える。
三人のやり取りは休憩を挟みつつ、あっという間に昼食の時間を迎えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食は特別寮で食べる事になっていた。
特別クラスは魔物娘は教師以外の利用が実質的に出来ない方針となっている。
そこでエルノールが自らの権限を行使し、食堂の勤務員が特別寮のリビングに食事を運び入れるよう命じているのだ。
瑞姫と朱鷺子に案内され、マルガレーテも特別寮に足を踏み入れた。
華美な装飾を敢えて排した、質素で小奇麗な造りをした室内には既に料理が運び込まれている。
運び込まれていたのはサラダやキャベツを多めにした、とんかつ定食だ。
その皿の下に添えられていた手紙を見つけた瑞姫は、すかさず手紙を取って読む。
――学園長から転入生が来たのを聞いたよ。だから今回はそのお祝いも兼ねて、日替わり定食を少し豪華にしといた。しっかり食べて、午後も頑張れ!――
「お兄さん……」
そっと呟くと、瑞姫は手紙を制服の内ポケットにしまい込む。
だが、これを見逃すマルガレーテではない。
「ミズキさん」
「はい。何か?」
「お手紙、読んでおりましたわね? どのような事が書かれてましたの?」
興味津々に尋ねる様に、瑞姫はたじろぎそうになる。
そこに朱鷺子が会話に入りこんで来た。
「瑞姫ちゃん。折角なんだし、話しちゃっても……問題無いと思うよ?」
「え?! ですが……」
それでも逡巡する瑞姫に、朱鷺子は続ける。
「だって、夫になる人だよ? それもボクたちの……ね」
「それは……、そうですが……」
この二人のやり取りに只ならぬ気配を察したマルガレーテの雰囲気は、好奇心と威圧の混ざりあった奇怪な物となっていた。
「それはますます興味深いですわね。是非ともお聞かせ下さいませんこと?」
マルガレーテは笑顔でそう語りかけるが、彼女から発せられる威圧感は勢いを増していた。
興味と嫉妬が入り混じったかのようなオーラは瑞姫と朱鷺子に有無を言わせないものを持っている。
「話すとしても、学園長や亜莉亜先生も呼ばないと……」
「……あ〜……、そりゃそうだね。……二人を呼ぶね」
朱鷺子は近くの電話機で二言三言の会話をすると、受話器を置いて瑞姫の傍に戻る。
「学園長、亜莉亜先生を呼んで……一緒にここに来る……ってさ」
その言葉に、瑞姫は少し安堵するものの、依然として強まるマルガレーテの威圧感は避けられなかった。
*****
一方、朱鷺子からの連絡を受けたエルノールはすぐさま亜莉亜を呼び出し、事の次第を説明した。
「――という訳じゃ。初顔合わせじゃったな、お主は」
「はいー。凱くんにはあたし達四人もフィアンセがいるんですよねー。しかも今度はリリムですかー?」
「わしらはなるべくして婚約者となったんじゃ。あのリリムがそうなるは分からぬが、場合によっては結婚式はまた延期じゃのう……」
すんなりと疑問を口にする亜莉亜に対し、エルノールは半ばぼやきで心情を吐露する。
「丁度昼飯時じゃ。お主も何か買うか、食堂に頼んで持って来て貰うのが良いじゃろうな」
「折角なので、日替わり定食を運んでもらうです」
「それは良いのう。わしも日替わり定食は大好きじゃ!」
日替わり定食と聞いて、はしゃぐエルノール。
彼女は食堂の日替わり定食にハマっているのだ。
元々日替わり定食が好きなエルノールは、凱が作る事を決めてからというもの、出かけてまで食べに行く事はしなくなっていた。
「えっと、今日は確か、とんかつ定食だったはずですよー」
「おお、そう言えばそうじゃったな。兄上の作ったとんかつ定食か。楽しみじゃのう」
二人は早速、食堂に赴き、運良く現場にいた凱に声をかけた。
特別寮に呼ばれた旨を話し、日替わり定食を持って行く事を伝えると、凱は直ちに取りかかる。
出来上がったとんかつ定食は手の空いていた勤務員に運搬を手伝ってもらいながら、特別寮に辿りつくと、瑞姫が玄関先で出迎えていた。
「おお、瑞姫。わざわざ出迎えんでも良いだろうに」
「学園長、先生、お待ちしてました。中で朱鷺子さんとマルガレーテさんも待ってます」
「早く入るですよー。お腹空いたですよー……」
腹の虫が鳴り止まない亜莉亜が食事を急かす。
瑞姫とエルノールは苦笑しつつ、揃って中に入って行く。
「学園長ぉー……、遅いよー」
「朱鷺子、左様にぼやくでないわ。魔法とて日常的に使う訳に行かんのじゃからな」
マルガレーテがその会話に割り込む。
「更に二人もお越しになるなんて……。貴女方は一体どういう関係ですの?」
「ほう、薄々は察したように見えるのう。この際だから言っても問題無かろう。わしら四人は兄上の婚約者じゃ」
「な……!? 四人も……!」
予想を大きく上回る答えに、マルガレーテは思わず席から立ち上がってしまう。
「そんな事より……、早く食べようよ。ガイ特製のとんかつ定食をさ」
「そうじゃな。ほれ、マルガレーテよ。早う食べないと冷めるぞ? 兄上の手料理なんじゃからな」
エルノールの言葉に、マルガレーテは声を出す事を諦め、椅子に座り直す。
「さあ、それじゃあ、食べましょう。せーの――」
「「「「「いただきまぁーす!」」」」」
マルガレーテも不承不承従いつつ、箸を手に取って見慣れない料理を口に運ぶ。
意外にも彼女の箸の使い方は上手だった。
「っっ!?」
驚くマルガレーテを余所に、瑞姫達は凱が時間を割いて手作りしてくれた、とんかつ定食に舌鼓を打っていた。
マルガレーテは瑞姫達の食べ方を真似るようにして、無言で料理を口に運んで行く。
未知でありながら、温かみを感じる味に魅了されていたのだ。
「無心で食べとるのう」
「お兄さんの料理、気に入ってくれたのかな?」
「凱くん、厨房職員としての役目も重くなってるですよー。そろそろ潮時じゃないですー?」
「ボクも……そう思うな。……引き継ぎした方が……良いと思う」
思い思いの言葉を口にする四人。
エルノールも凱を厨房職員から外す頃合いが来ているのを感じてはいた。
問題はタイミングだったが、マルガレーテの編入と彼女の様子から、今が丁度良いタイミングと判断した。
そうして食事の後、エルノールは凱に厨房職員の任を解く旨を通達した。
引き継ぎは思いの外、あっさりと済んでいた。
凱はこれまでに書き記したノートを他の勤務員にも見せていたのだ。
勤務員達も自分達の生活の助けにもなる、とノートを書き写し、厨房でも実践していた。
これにより勤務員達はこれまでの味を落とす事無く、食堂の料理を作り続けて行くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日後の夜、凱は特別寮の寮長兼料理人に就任した。
新たに入寮する事になる魔物娘との顔合わせも兼ね、瑞姫、朱鷺子、エルノール、亜莉亜の四人も同席している。
なお、凱は誰が新たに特別寮に入るのかを一切聞かされていない。
「お兄さん。寮長就任、おめでとう」
「これで……ボク達と近くなれるね」
「ここに住んじゃうかもですよー」
「幸い、この特別寮は十人までなら余裕じゃから、広く使えるじゃろうて。では、顔合わせて行こうかのう。……出て来て良いぞ!」
やがて姿を見せた魔物娘の姿に凱も魔物娘も驚きを隠す事は出来なかった。
「あ……、あの時のリリム……! マルガ、レーテ……?!」
「お……、お久しぶりですわね……」
瑞姫をドラゴンに変えた出来事以来の再会である。
これを知ってるのは瑞姫とエルノールだけだ。
「おお、そう言えば二人は以前会っておったのう。瑞姫をドラゴンにした時に……」
マルガレーテは凱の目をしっかりと見つめる。
意識的に魅了の魔力を向けているのだが、やはり凱からはそれらしい反応は見られない。
一方の凱もマルガレーテに応えるかのように、彼女の肢体には全く目もくれず、その目をまっすぐ見つめている。
「……やっぱり……、この方しかいませんわ……」
そう言いながら、マルガレーテは頬をほんのり朱に染めつつ目を逸らした。
彼女の言葉に「?」を頭の上に浮かべる、エルノール以外の三人。
「わたくし……、この方の妻になります!」
やはりそう来たか――
エルノールは心の中で、そうぼやくのだった。
それは突然の事だった。
瑞姫魔物化の一件以来、音沙汰の無かったマルガレーテが何の予告も無く風星学園にやって来たのである。
特別クラスの制服を着用している上、朝早くに、だ。
エルノールが早速応対にかかる。
「お主は以前、瑞姫の件で出会うた……マルガレーテ? 何故に我が校の、それも特別クラスの制服を着ておるんじゃ?」
疑問に思うのは当然の事だ。
リリムであるマルガレーテが、わざわざ学校で何かを学ぶ必要性など一つも無い。
人間界で例えるなら、王族もしくは皇族となるリリム達はドラゴン属とは違った意味で珍しがられる種族だ。
「気になる殿方がおります故、わたくし、この学園の生徒になるべく参りましたの」
この言葉に心当たりがあるのを察したエルノールだが、今すぐ口に出す事を敢えて避けた。
「しかし、お主はリリムじゃ。わざわざ学校で学ぶ事も無かろう」
「母である魔王様は言われましたわ。『お前はオスを知らなさ過ぎる』と」
マルガレーテの言葉にエルノールは答える。
「…そのオスを見つけて、お主はどうするつもりじゃ?」
「わたくしの婿に、いいえ、その方の妻となりますわ」
マルガレーテがすかさず答える。
対するエルノールは意志の固さを感じ取っていた。
「そこまでの決意とはな…、よかろう」
じゃが、とエルノールは続ける。
「お主の意中の殿方がおるのは特別クラス、それも職員じゃ。しかも特別クラスには事情があってな、教師以外の魔物娘を受け入れる事は出来ん」
「な……っ! 何をおっしゃって…」
「申し訳無いが、わしには心当たりがあるでのう」
見透かしたのか、鎌を掛けたのか。
マルガレーテは迂闊に答えを出せない状態となる。
「では…、お主を個別クラスに迎え入れる、というのはどうじゃ?」
「個別?! それでは、わたくしがこの服を揃えた意味がありませんわ!」
確かにマルガレーテは制服姿である。
個別クラスと聞かされてはどんな制服なのかはさっぱり分からないし、第一、彼女も初耳であった。
「そうかのう? 意味なら後にでも十分見つけられる、そうは思わんか?」
「わ、分かりませんわ!」
「少し気が早いじゃろうが、その服を伽(とぎ)の道具にして見るのも良いじゃろうて」
「と…伽?! まさか、コ、コ、コ、コスプレ…っていうものですの?!」
「お主も初心(うぶ)じゃのう、ククク。コスプレも伽での重要な要素の一つとなる。頭の片隅にでも留めておくが良い」
「からかわないで下さいませ! 迷惑ですわ!」
顔を真っ赤にして憤慨するマルガレーテを余所に、エルノールは遮るように話を切り出す。
「お主らリリムの力は、あっという間に周囲を魔物に変えてしまうほどじゃろう? それにリリムが一般の生徒となれば、また厄介事が増えるでのう……」
「わたくしを厄介とは無礼な!」
厄介呼ばわりされたマルガレーテは更に憤慨する。
「そう噛みつくでないわ。うちにはドラゴンとなった生徒がおるでな。色々な所から引き抜き工作をかけられとるんじゃ。しかもその生徒はお主が直接関わったんじゃぞ?」
エルノールの言葉に心当たりを察し、マルガレーテは無言でうなだれてしまう。
「落ち込んでも仕方あるまい。瑞姫の素質、それもドラゴンという現実がもたらした結果じゃからな」
「そうは言われましても……!」
マルガレーテの反論にエルノールは「まあ待て」と言いながら続ける。
「お主の気持ちは分からんでも無い。じゃが、命を救う措置がこんな結果になるなど、誰も予想出来まい。そこでお主を個別クラスに編入しようと思い付いた。あのクラスは瑞姫を生徒とし、人虎となった元生徒を臨時の教師に据えておる。まずは、その魔物化した二人に触れてみる事から始めてみてはどうじゃ? そうして第三者の目で特別クラスを見ていけば、魔物娘となる素質を見極めるのは容易ではないか……と、わしは思うんじゃがな」
彼女は、黙って聞くマルガレーテに対して更に言葉を続ける。
「大事なのはこれからじゃ。この学園に今後もどんな災禍が降りかかるか分かったものでは無い。生徒を将来の魔物娘として育てる事も大事じゃが、その生徒を守る事はもっと大事じゃ。特別クラスの生徒となった娘達は皆、同じ人間に酷い仕打ちを受けた者ばかり。望まれず、祝福されずに生を受けた者。理不尽に操を捨てさせられた者。生きる為に罪を犯した者。容姿や病気で酷いいじめを受けて精神的な傷を負った者等、様々じゃ」
「…………」
「人間に絶望している者達の心を開かせる事は容易では無い。今は龍堂君がおるからまだ何とかなっておるが、あ奴は『職員』であっても『教員』では無い。関わる生徒も極一部に過ぎん」
「…………」
「魔物娘となる意思を持たせ、その素養を高める。それが特別クラスの真の存在理由じゃ。クラスの生徒に直に触れ、どうして行くべきかは急進派で無くとも考えねばならん。風星学園はサバトの支部も兼ねておるが、魔物の素養と本人の意思を尊重しておる。構成員になるならないは生徒達の意志次第じゃ」
「…………」
「それに、わしはこの世界の流れに興味は無い。じゃが、わしは人間共の薄汚い本性を嫌という程に見た…。この人間界はまさしく伏魔殿じゃ。この世界を魔界として作り上げるには力、人員、武装、兵站…全てが足りんし、サバトだけでは限界がある」
エルノールは思い切り溜息をつくと、話を再開する。
「そもそも、己の欲を満たす為だけに好き勝手に争って周りを滅ぼし、あまつさえ子供や弱者をダシに使うのは勘弁ならん。《学園(ここ)》は人の世から捨てられた子供達を匿い、育てる場としておる。それを実践に移したのが特別クラスじゃが、今は女子しか対象に出来ておらん。今年からは男子も対象にし、中等部や高等部に寮生として入れておるが極僅かじゃ…」
エルノールの長い話を無言で聞いていたマルガレーテがようやく口を開く。
「……そこまでの思いがあったのですね」
「これまでの特別クラス卒業生の内、10人程の娘達が我が支部の構成員になっておる。他は思い思いの場所で、適性のある魔物娘となって魔界で過ごしておるじゃろうな。便りはほぼ来ないが、『便りのないのは良い便り』とも言うでな。元気でやっておると信じとるよ」
この言葉の後、マルガレーテはエルノールの提案に従い、個別クラスの生徒として風星学園の一員となった。
彼女自身が選んだ道が、今まさに花開こうとしている――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マルガレーテはエルノールに連れられ、個別クラスにやってきた。
先に教室に入ったエルノールは、朱鷺子と瑞姫を確認して告げる。
「二人共、突然で済まぬが、このクラスに新しい生徒を迎える事になった。入るがよい」
エルノールの言葉と共に入って来たのは、特別クラスの制服を纏ったマルガレーテ。
その姿に一番驚いたのは瑞姫である。
一方の朱鷺子は初対面故に首を傾げつつ注目している。
「瑞姫にとっては懐かしい顔じゃろうな。では、自己紹介じゃ」
エルノールに促され、マルガレーテは挨拶を始める。
「わたくしはリリムのマルガレーテと申します。この度、学園長の格別の計らいにより、生徒として、このクラスでお世話になります。どうぞ良しなにお願い致します」
深々と頭を下げる彼女の姿に呆気に取られる二人。
二人共、リリムについては伝聞や過去の資料で知った程度だ。
魔物娘にとって、リリムは魔王に次ぐ地位を持つ雲の上の存在。
そんな彼女が一緒に学ぶ事になるのだから、戸惑いの方が大きいだろう。
「では、二人も自己紹介して貰おうかのう。まずは瑞姫からじゃ」
エルノールにいきなり振られた瑞姫は一瞬戸惑いつつも、しっかりとマルガレーテの目を見つめ、挨拶を始める。
「龍堂瑞姫です。個別クラスの生徒として、今月から在籍しています。よろしくお願いします」
「……えっと〜……、ボクは三日月朱鷺子。一応、このクラスの臨時教員で……人虎だよ。よろしく」
二人の自己紹介が終わったのを確認したエルノールは、軽く咳払いをしながら話し出す。
「では、わしから一つ提案じゃ。マルガレーテ、お主が今日の講師となれ」
「な……っ! それはどう言う事ですの!?」
「二人はこの世界の人間から変じた魔物娘じゃ。この二人には我々の存在意義、魔王軍という軍隊の存在、そして我等の理念を教えなければならん。それを直接教えられるのは『《魔王の娘(リリム)》』であるお主を置いて他におらん」
しっかりと目を見据えて語るエルノールの迫力に、マルガレーテは思わず気圧されそうになる。
エルノールの話は続く。
「先程、お主に話したように、この世界は伏魔殿。魔界化しなければどうにもならん。その為には魔王軍の存在は不可欠。サバトも然りじゃが、サバトに関しては瑞姫と鬼灯教諭の二人にわしから教えるだけで良いと考えておる」
「……分かりました。やってみますわ」
「頼む。では、わしは学園長としての仕事に戻るでな。頑張るが良い」
エルノールはそう言い終えると踵を返して教室を後にする。
学園長とリリムのやり取りを、瑞姫と朱鷺子はただ黙って見ているしかなかった。
「では、学園長から直々の御指名を受けましたので……、僭越ながらわたくし達の世界とその情勢について、お二人にお教え致しますわ」
マルガレーテは二人に告げ、近くにあった机と椅子を持ち出し、座る。
個別クラスに教卓は無い。
教壇はあるものの、家庭教師のようなやり取りではあまり使われない。
図を書き記す程度が精々と言った所か。
朱鷺子も椅子に座り、マルガレーテの方に向き直る。
そうして彼女が話したのは――
現魔王の誕生の経緯。
魔王軍の存在。
魔物娘が本来住む世界とその情勢。
自分達の領域、すなわち魔界の存在とそこで作られる独特な作物。
主神教団を始めとする、数多の敵対勢力。
そして……自分達、魔物娘の存在意義と夫を得る事の意味だった。
その都度、朱鷺子も瑞姫もマルガレーテに質問をしていく。
彼女ら二人にとって、魔物娘達が本来住んでいる世界(つまり図鑑世界と異界)は未知の領域。
驚きと新鮮に満ちていたのは言うまでも無い。
そんな二人の質問にマルガレーテは臆する事無く、的確に答える。
三人のやり取りは休憩を挟みつつ、あっという間に昼食の時間を迎えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
昼食は特別寮で食べる事になっていた。
特別クラスは魔物娘は教師以外の利用が実質的に出来ない方針となっている。
そこでエルノールが自らの権限を行使し、食堂の勤務員が特別寮のリビングに食事を運び入れるよう命じているのだ。
瑞姫と朱鷺子に案内され、マルガレーテも特別寮に足を踏み入れた。
華美な装飾を敢えて排した、質素で小奇麗な造りをした室内には既に料理が運び込まれている。
運び込まれていたのはサラダやキャベツを多めにした、とんかつ定食だ。
その皿の下に添えられていた手紙を見つけた瑞姫は、すかさず手紙を取って読む。
――学園長から転入生が来たのを聞いたよ。だから今回はそのお祝いも兼ねて、日替わり定食を少し豪華にしといた。しっかり食べて、午後も頑張れ!――
「お兄さん……」
そっと呟くと、瑞姫は手紙を制服の内ポケットにしまい込む。
だが、これを見逃すマルガレーテではない。
「ミズキさん」
「はい。何か?」
「お手紙、読んでおりましたわね? どのような事が書かれてましたの?」
興味津々に尋ねる様に、瑞姫はたじろぎそうになる。
そこに朱鷺子が会話に入りこんで来た。
「瑞姫ちゃん。折角なんだし、話しちゃっても……問題無いと思うよ?」
「え?! ですが……」
それでも逡巡する瑞姫に、朱鷺子は続ける。
「だって、夫になる人だよ? それもボクたちの……ね」
「それは……、そうですが……」
この二人のやり取りに只ならぬ気配を察したマルガレーテの雰囲気は、好奇心と威圧の混ざりあった奇怪な物となっていた。
「それはますます興味深いですわね。是非ともお聞かせ下さいませんこと?」
マルガレーテは笑顔でそう語りかけるが、彼女から発せられる威圧感は勢いを増していた。
興味と嫉妬が入り混じったかのようなオーラは瑞姫と朱鷺子に有無を言わせないものを持っている。
「話すとしても、学園長や亜莉亜先生も呼ばないと……」
「……あ〜……、そりゃそうだね。……二人を呼ぶね」
朱鷺子は近くの電話機で二言三言の会話をすると、受話器を置いて瑞姫の傍に戻る。
「学園長、亜莉亜先生を呼んで……一緒にここに来る……ってさ」
その言葉に、瑞姫は少し安堵するものの、依然として強まるマルガレーテの威圧感は避けられなかった。
*****
一方、朱鷺子からの連絡を受けたエルノールはすぐさま亜莉亜を呼び出し、事の次第を説明した。
「――という訳じゃ。初顔合わせじゃったな、お主は」
「はいー。凱くんにはあたし達四人もフィアンセがいるんですよねー。しかも今度はリリムですかー?」
「わしらはなるべくして婚約者となったんじゃ。あのリリムがそうなるは分からぬが、場合によっては結婚式はまた延期じゃのう……」
すんなりと疑問を口にする亜莉亜に対し、エルノールは半ばぼやきで心情を吐露する。
「丁度昼飯時じゃ。お主も何か買うか、食堂に頼んで持って来て貰うのが良いじゃろうな」
「折角なので、日替わり定食を運んでもらうです」
「それは良いのう。わしも日替わり定食は大好きじゃ!」
日替わり定食と聞いて、はしゃぐエルノール。
彼女は食堂の日替わり定食にハマっているのだ。
元々日替わり定食が好きなエルノールは、凱が作る事を決めてからというもの、出かけてまで食べに行く事はしなくなっていた。
「えっと、今日は確か、とんかつ定食だったはずですよー」
「おお、そう言えばそうじゃったな。兄上の作ったとんかつ定食か。楽しみじゃのう」
二人は早速、食堂に赴き、運良く現場にいた凱に声をかけた。
特別寮に呼ばれた旨を話し、日替わり定食を持って行く事を伝えると、凱は直ちに取りかかる。
出来上がったとんかつ定食は手の空いていた勤務員に運搬を手伝ってもらいながら、特別寮に辿りつくと、瑞姫が玄関先で出迎えていた。
「おお、瑞姫。わざわざ出迎えんでも良いだろうに」
「学園長、先生、お待ちしてました。中で朱鷺子さんとマルガレーテさんも待ってます」
「早く入るですよー。お腹空いたですよー……」
腹の虫が鳴り止まない亜莉亜が食事を急かす。
瑞姫とエルノールは苦笑しつつ、揃って中に入って行く。
「学園長ぉー……、遅いよー」
「朱鷺子、左様にぼやくでないわ。魔法とて日常的に使う訳に行かんのじゃからな」
マルガレーテがその会話に割り込む。
「更に二人もお越しになるなんて……。貴女方は一体どういう関係ですの?」
「ほう、薄々は察したように見えるのう。この際だから言っても問題無かろう。わしら四人は兄上の婚約者じゃ」
「な……!? 四人も……!」
予想を大きく上回る答えに、マルガレーテは思わず席から立ち上がってしまう。
「そんな事より……、早く食べようよ。ガイ特製のとんかつ定食をさ」
「そうじゃな。ほれ、マルガレーテよ。早う食べないと冷めるぞ? 兄上の手料理なんじゃからな」
エルノールの言葉に、マルガレーテは声を出す事を諦め、椅子に座り直す。
「さあ、それじゃあ、食べましょう。せーの――」
「「「「「いただきまぁーす!」」」」」
マルガレーテも不承不承従いつつ、箸を手に取って見慣れない料理を口に運ぶ。
意外にも彼女の箸の使い方は上手だった。
「っっ!?」
驚くマルガレーテを余所に、瑞姫達は凱が時間を割いて手作りしてくれた、とんかつ定食に舌鼓を打っていた。
マルガレーテは瑞姫達の食べ方を真似るようにして、無言で料理を口に運んで行く。
未知でありながら、温かみを感じる味に魅了されていたのだ。
「無心で食べとるのう」
「お兄さんの料理、気に入ってくれたのかな?」
「凱くん、厨房職員としての役目も重くなってるですよー。そろそろ潮時じゃないですー?」
「ボクも……そう思うな。……引き継ぎした方が……良いと思う」
思い思いの言葉を口にする四人。
エルノールも凱を厨房職員から外す頃合いが来ているのを感じてはいた。
問題はタイミングだったが、マルガレーテの編入と彼女の様子から、今が丁度良いタイミングと判断した。
そうして食事の後、エルノールは凱に厨房職員の任を解く旨を通達した。
引き継ぎは思いの外、あっさりと済んでいた。
凱はこれまでに書き記したノートを他の勤務員にも見せていたのだ。
勤務員達も自分達の生活の助けにもなる、とノートを書き写し、厨房でも実践していた。
これにより勤務員達はこれまでの味を落とす事無く、食堂の料理を作り続けて行くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二日後の夜、凱は特別寮の寮長兼料理人に就任した。
新たに入寮する事になる魔物娘との顔合わせも兼ね、瑞姫、朱鷺子、エルノール、亜莉亜の四人も同席している。
なお、凱は誰が新たに特別寮に入るのかを一切聞かされていない。
「お兄さん。寮長就任、おめでとう」
「これで……ボク達と近くなれるね」
「ここに住んじゃうかもですよー」
「幸い、この特別寮は十人までなら余裕じゃから、広く使えるじゃろうて。では、顔合わせて行こうかのう。……出て来て良いぞ!」
やがて姿を見せた魔物娘の姿に凱も魔物娘も驚きを隠す事は出来なかった。
「あ……、あの時のリリム……! マルガ、レーテ……?!」
「お……、お久しぶりですわね……」
瑞姫をドラゴンに変えた出来事以来の再会である。
これを知ってるのは瑞姫とエルノールだけだ。
「おお、そう言えば二人は以前会っておったのう。瑞姫をドラゴンにした時に……」
マルガレーテは凱の目をしっかりと見つめる。
意識的に魅了の魔力を向けているのだが、やはり凱からはそれらしい反応は見られない。
一方の凱もマルガレーテに応えるかのように、彼女の肢体には全く目もくれず、その目をまっすぐ見つめている。
「……やっぱり……、この方しかいませんわ……」
そう言いながら、マルガレーテは頬をほんのり朱に染めつつ目を逸らした。
彼女の言葉に「?」を頭の上に浮かべる、エルノール以外の三人。
「わたくし……、この方の妻になります!」
やはりそう来たか――
エルノールは心の中で、そうぼやくのだった。
19/01/01 19:34更新 / rakshasa
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