「呪われてるんですかねぇ〜……」

新年度早々の騒ぎから一週間が経ったものの、亜莉亜は溜息しか出なかった。
ただでさえ周辺校や有力者達が瑞姫を手中にせんと、様々な手を使って暗躍している時である。
堂々と実力行使に訴える者が出てくるとなると、一教師である彼女に出来る事は少ない。

凱が来てから、まるで呪われたかのように大きな不運に見舞われてしまっている。
同僚が魔物娘ばかりで自分だけが人間という環境もまた、無意識下で不安定になりかねない状況と言える。

しかも亜莉亜は二重人格者だ。
二重人格を知るのは、現状ではエルノールと凱の二人だけ。
特にエルノールにとって、この亜莉亜の現状が懸案事項の一つとなっている。
このまま無自覚のストレスがたまり続ければ、精神崩壊もしくは多重人格へと発展しかねない。

とは言え、それが起こらないのは凱の手料理に救われている部分が大きかった。
食事をインスタントやコンビニ飯で済ます上、干物とビールを好物とする亜莉亜の私生活はズボラそのもの。
たかが食事、と思う者もいるだろう。
食事でやる気を出したり、健康を取り戻すやり方もある。
亜莉亜もそのお陰で教師の仕事に専念しているのだから、食事一つで色々と変わるのだ。

一方、エルノールは初代が極秘裏に進めていた計画を実行に移す事を決めた。
それは二重人格である点を考え、敢えて多重人格の魔物であるキマイラに改造してしまおうと言う、極めて無謀極まりなく、荒唐無稽も甚だしいものだった。
かといって、一度現れた別人格を元の人格と一緒にしてしまえば、却って精神に及ぼす負担は計り知れない。

ましてや亜莉亜には飛行機事故での悲惨な体験がある以上、例え荒唐無稽であろうがやるしかないのだ。
だが、大きな問題があった。
キマイラに改造する為の触媒が足りないのだ。
山羊と蛇はいいとしても、問題は残る二つ。

まず一つはドラゴンの触媒の選定。
以前ならば【竜皇国ドラゴニア】にある「竜の墓場」から骨を見繕い、魔力を込めると言うやり方が出来た。
が、ドラゴンゾンビの存在と彼女達の活動が活発化した現在では、おいそれと持ち出せる代物では無くなってしまった。
エルノールは悩んだ末、瑞姫から古くなって抜け落ちた爪や鱗を貰い受ける事を決めた。
古くなったとはいえ、ドラゴン属の魔力がこもった素材は触媒としてもうって付けなのだから。

最後の一つはエルノールを最も悩ませた。
通常ならライオンを素体とするのがキマイラだ。
だが、それが亜莉亜に取って良いのかと言えば微妙だった。
何しろ目に見えて小柄であると同時に、ライオンの素体に適合するかどうかが怪しかったのだ。

魔界本部から派遣された魔女によると、「犬、猫、兎辺りが最後の素材として適合出来るのではないか」との事だった。

いくらキマイラとは言え、犬はまだ良いとしても、猫、まして兎を素体の一つにするのは前代未聞。
キマイラとしては非常に珍妙な組み合わせでしか無い。
これにはエルノールも流石に諦めるしか無く、派遣されてきた魔女に「時間がかかっても構わないから、最も適合出来る素材を特定して欲しい」と要請するに至る。

そんな動きを知る由も無い亜莉亜は何度目になるか分からなくなった溜息をつくと、授業の為、職員室を後にするのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

瑞姫と朱鷺子も先日の一件を経てようやく落ち着きを取り戻し、授業を行う事となった。
こちらについては亜莉亜も管轄外同然の状態となってしまう為、特にこれと言ったアクションを起こしていない。

朱鷺子が教師、瑞姫が生徒となって行われる個別コース。
その雰囲気は和気藹々であり、朱鷺子も実質的には家庭教師の立場であった。
型に嵌った事を苦手とする朱鷺子の教え方が独特だったせいもあるのだが。

受け持つ時間を終え、散歩がてらにその様子を目にした亜莉亜は憂鬱な思いにさせられそうにもなる。
けど、彼女は正式な教師。
嫉妬してそれを咎める訳にはいかない、というのが彼女の心境の一つでもあった。
羨ましいと思うのもまた偽らざる気持ちだ。

〈あんな風にのんびり、自由に過ごせたらいいのに……〉

教え子だった二人の笑顔は、溜息をつく余裕を与えないかのようでもあった。
頭を軽く振りかぶった亜莉亜はそっと、遠目から去って行く。

一方、エルノールも行動に多少の余裕が出来ていた。
件の襲撃騒動による嫌がらせに対し、攻略の糸口を掴んだ為である。
魔界本部を始めとした全支部からの応援もあって、弁護士や有力者達が瑞姫を巡って足の引っ張り合いをしている事が分かったのだ。
そこから彼らの弱みをじわじわと握り、動きを封じて行く作戦にシフトしていった事で、敵対側は沈黙せざるを得なくなってきているのだ。

エルノールは早速、亜莉亜に対する魔物化を実行に移すのだが、ふとした事に行きつく。
それは亜莉亜の体内に魔物の魔力をなじませる、と言うものだ。
まずは魔界産の食物を使い、魔物の魔力を亜莉亜の体内に充満させるべきである、と――

「ふーむ……、まずは虜の果実を使って、慣れさせるしかあるまいな」

彼女は少し考えた後、凱に白羽の矢を立て、彼を呼び出す。
暫くして、凱はやってくる。

「呼び出しとは、何かあったので？」

即座に訊く彼にエルノールは応じる。

「うむ。実は鬼灯教諭について、大至急取りかかって欲しい事があってのう」
「??」

首を傾げる凱を無視して言葉は続く。

「実は初代様から提案されていたんじゃが、鬼灯教諭を魔物化させるべきだと思うのじゃ。そこで、まずは彼女の体内に我ら魔物の魔力を充満させておかねばならんのじゃ」
「体内に？　一体どう言う……」
「つまり、鬼灯教諭に魔界産の作物を食べさせるのじゃ。まずは虜の果実と睦びの野菜……、すなわち「魔界いも」、あとは「魔界豚の肉」が適当じゃろうな」
「え？　あれらを使う……と？」

魔界産の作物を使え、と言われ困惑する凱。
いきなり呼び出されて、こう言われては当然の反応かもしれない。

「魔物化させる方法は様々じゃ。じゃが全てに言える事は、対象となる女子（おなご）の体内を魔物の魔力でいっぱいにする事、ただ一つなんじゃ」
「その一つが魔界産の作物、と？」
「そうじゃ。人間の体内に摂取していくのが魔物化の際に一番安全な方法だと、わしは思っておる。が、問題はその後じゃ。鬼灯教諭にはキマイラに変じて貰う事になるでのう……」

最後の言葉に凱は唖然とする。
キマイラにさせる計画だと言うのだから、これもまた当然の反応だろう。

「多重人格を発症してしまった者に人格の統合は却って悪影響。故にキマイラにさせ、逆に人格を増やし、共存させる……と言うのが初代様が出された案じゃ。とは言ってものう……、キマイラにさせる為のあと一つの素材が未だに分からん」
「あと一つ？」
「『犬、猫、兎辺りが最後の素材として適合出来るだろう』というんじゃ。わしもこればかりはのう……」

凱は項垂れるエルノールの傍に寄り、こう言った。

「がくえ……、いや、エル。結果が何であれ、受け入れていこう、よ……」
「兄上……」
「とは言っても、鬼灯教諭にどう言うべきか……」
「下手に遠回しで言うより、正直に言った方が良いじゃろうな」
「……いつ、やるつもりで？」
「一度で蓄積させるのは無理じゃ。今日からやるべきじゃろう。彼女専用のメニューとして出そうぞ」
「それじゃあ……、あれを作ってみる時かも」
「何かあるのか？」
「偶然で教えて貰った取って置きのカレーがあります。ただ、50ものスパイスを使い、三日がかりで作るものですから……、そのカレーだけは瑞姫も知りません」
「よし、それで行こう。出来上がったら、こちらに持ってきてくれ。三人で食べる事にする。頼むぞ」

無言で頷きながら早足で退室する凱を見送ると、エルノールは深く息をつきながら椅子にもたれる。

「鬼灯教諭には気の毒じゃが……、あ奴自身が壊れる前に何とかせねばならん。……許せよ……」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

食堂に戻った凱は早速、スパイスを調達。
亜莉亜用の特別レシピの考案に入った。
余り豪勢にするのは贔屓目が甚だしいし、逆に質素にし過ぎてもいけない。
だからと言って一度で終わる訳でも無い。

まずやる事と言えば、スパイスを挽いたり混ぜたりしながらのカレー作りだ。
ゴーグルを掛け、玉ねぎを大量にみじん切りにし、今度はそれを飴色に炒めて行く。
これにスパイスを炒め合わせてベースが出来上がるのだが、これだけでも一日目の過程だ。

二日目は魔界豚の肉を一口大に切って味付け。
まかいも以外の野菜を下茹でし、炒めた肉を玉ねぎと炒め合わせる。
その後は下茹でした野菜とまかいも、カレーベースを合わせ、煮込んで馴染ませて、火を止めて寝かせる。
これで二日目の過程が終わる。

そうして三日目となり、寝かせたカレーをゆっくりと煮込んで、ようやく出来上がる

デザートは三日目に取りかかった。
虜の果実のジュース、とろけの野菜の汁を虜の果実にかけてヨーグルトに乗せたデザートのセットに決めた。
魔界産作物の使用方法を図書室で予め調べておいた事もあり、まかいも、虜の果実、とろけの野菜を即座に仕入れ、仕込みに取り掛かったのだ。
ジュースは虜の果実の果汁にオレンジやリンゴを加えたミックスジュースに仕上げた。

そして、これらを学園長室に運び込む。
魔界産の作物である以上、生徒達の目に触れさせる訳に行かないのもあるが、先のエルノールの要請もある以上はこれに逆らう理由も無い。
バタバタと準備を進めながら米も炊き上がると、時間は正午を回ろうとしていた。

「ふぅ……、何とか出来た……」
「済まんのう。三日もかけさせて」

一息つく凱にエルノールは労いの言葉を掛けると、扉をノックする音が響く。

『学園長ぉー、お呼びとの事で来ましたですよー』
「おお、来たか。入るが良い」

声の主は亜莉亜だった。
実は凱が食堂で準備している頃、エルノールは職員室に赴き、「昼食の時間になったら学園長室に来るように」と伝言していたのだ。
エルノールが入室を促すと、亜莉亜が入ってくる。

「えっと……、どのような御用でしょうかー？」
「うむ、実はお主に言わねばならん事がある」

首を傾げる亜莉亜にエルノールは本題を切りだす。

「お主には魔物になってもらおうと思うてな。その前に意思を訊いておきたかったんじゃ」

ほんの少しの沈黙の後、言葉を出したのは亜莉亜だった。

「はいー、学園長がそう仰るならー」

余りにもあっさりと肯定の返事が来た事に、凱とエルノールは派手に肩透かしを食らってしまう。
とは言え、下手な言い回しで疑念を持たれてしまうよりは百倍マシと言うもの。
そこに凱が加わる。

「今日は三人でこれを、と思いまして」

彼が指し示す先には温めているカレーの鍋と炊飯器が置かれている。
既に漂っているカレーと炊き立てのご飯の匂いが亜莉亜とエルノールの鼻孔をくすぐっているのは確かだ。

「早うせい！　わしも早う食べたくて仕方ないんじゃ！」
「美味しそうですねー」

腹の虫が鳴るのを誤魔化すかのように、エルノールは食事を催促する。

「トッピングも作って来ました。これが無かったらもう少し早かったんですが」

そこに並べられたのはカニクリームコロッケ、揚げ茄子、ハンバーグ、溶き卵だった。

「この卵は何じゃ？」
「スクランブルエッグを作る為ですよ。ご希望があれば、ですが」
「作るんじゃ！　すぐに作れ！」
「（ｶﾞｸｯ）……食べたい。作って……」

アリスの人格が突然表に出てきて、スクランブルエッグを要求し出す。
その要求に応え、凱はカセットコンロに火を点け、フライパンが温まった頃合いを図ってスクランブルエッグを作り上げた。
ご飯の上にはカレールーがかけられ、スクランブルエッグが乗せられる。
女性陣二人がトッピングを勢い良く盛り付けて行くのを、凱は苦笑しながら見るだけ。

彼はその分ご飯を多めにし、辛味の強いソースをかけて己の分を確保した。

「「「いただきます」」」

用意を終えた三人が手を合わせ、唱和し終えた途端、女性陣がカレーライスをガブガブと口に放り込んでいく。
エルノールは言葉を出さず、ひたすらカレーを味わっている。

亜莉亜はアリスと人格を交互に入れ替えながら、これまた無言で頬張る。

お代わりを繰り返した為にカレーとご飯はあっという間に空になり、デザートも別腹のようにペロリと平らげる。

「う〜〜ん！　美味しかったですよー！」
「流石じゃな。これはわし専属のシェフをして欲しいもんじゃな」

魔力を充填させる目的を完全に忘れさせる程、凱の料理は二人のお気に入りと化し、カレーも追加で作り上げて行く事になる。
しかもこの学園長室での食事は二週間にも及ぶ期間で催され、聞きつけた瑞姫と朱鷺子も参加した事で食事会の様相を呈し、場所も特別寮のリビングとなった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

学園長室での食事を始めてから二週間が経ち、亜莉亜の体内には魔物の魔力が充填されていた。
頃合い良しと見たエルノールは、キマイラ化に向けての最終段階に入った。

ようやく、本部の魔女から報せが届き、彼女を学園長室に招いた。
触媒となるであろう物体も持参して……。
その物体とは「兎の足」、それも近年では滅多に使われない、本物の兎を使った物だった。

「これは……兎の足？」
「支部長殿。調査の最終報告となります。かの者は兎が高い適合性を持っているようです。流石に本物の兎という訳に行かず……、こちらを使う事にはなってしまうのですが……」

言葉が僅かに弱々しくなった魔女の心情を汲んだのか、エルノールは告げた。

「知らん土地での長い極秘調査、苦労を掛けて本当に相済まぬ。初代様にお伝えしてくれぬか。初代様と尽力して下さった者達に必ず応えてみせる、と」
「承知致しました。ですがすぐに連絡できる事では？」
「分かった以上、直ちに準備をせねばならん。キマイラとなれば失敗は許されん。ちと大掛かりな儀式となるじゃろうから、初代様との連絡は暫く出来そうにないんじゃ……」

計画の実行を聞かされた魔女はそれ以上問い詰める事はせず、すぐに引き下がる。

「分かりました、成功を祈ります。……では」

魔女は深々とお辞儀をすると学園長室を出て行く。
そうして外に出ると、透明化の魔法をかけ、近隣の支部へと飛び去って行った。
風星支部が人間界でも弱小支部の一つなせいもあるが、亜莉亜の魔物化への儀式の準備に入る為、ポータルを使う事が厳しかったせいだ。

その風星支部ではエルノールの号令を受け、構成員総出による儀式の準備に入っていた。
エルノール自ら陣頭指揮に立ち、既に揃っていた山羊、蛇、ドラゴンの素材を大広間の隅に運び、魔法陣の作成に取りかかかる。
サバトを示す五芒星の魔法陣をベースとして、これを四角形で囲み、その４つの角に円形の陣を構成していく。
交代で休息しながらの作業は二日を要し、次の丸一日を休養に使い、必要な魔力を込めるのに更に丸一日。
魔法陣の完成に計四日を要す大作業となったが、この間、エルノールは合計して８時間程度しか睡眠を取っていなかった。
休養に使った日も学園を留守にしていた間に溜まっていた書類を処理していたのだ。

「やっと……出来上がったか。よし、鬼灯教諭を呼ぼう。儀式にかかるぞ！」

こうは言うものの、流石にエルノールの疲労の色が濃かった。
睡眠時間を削って魔法陣作成の指揮に当たっていたのだから、無理もない事だろう。

「エルノール様。今日はお休み下さい。今の状態では儀式に失敗する危険があります」
「何じゃとう！　このわしが失敗すると言うか！」

魔女の一人が儀式の失敗を危惧して諫言するが、エルノールは疲労から逆にテンションが上がってしまったのか、思わず怒鳴り声を上げてしまう。
そこに更なる怒鳴り声が響く。

「この大戯けが！　己の今の状態も分からんばかりか、逆に部下を怒鳴るとは何事じゃあぁっ！」

その怒鳴り声は威圧と畏怖が同時に込められ、聞いた者全てを平伏させるかのようだった。
声の主は堂々と風星支部の大広間に、見事なまでの茶色い毛並みをした姿を現す。　

「しょ、しょ、初代様ぁっ！」

エルノールは狼狽しながら平伏し、構成員達もこれに続く。

「……エルノール……。そちの事じゃから、まさかとは思うておったがのう……。休みも殆ど取らず、あまつさえそのまま儀式を執り行えば、いくら《魔物娘（我々）》でも失敗の危険はあるわ！　そんな事も分からんのか大馬鹿者め！」

無言で平伏したままのエルノールに弁解の余地は無い。
実際、エルノールの疲労度は限界に達しようとしている。

「真面目もそこまで行けばワンマンも同じじゃ。部下の言葉も必要とあれば受け入れろ。失敗が許されと言ったのは、他ならぬそちじゃぞ」
「も……申し訳……ありま、せぬ……」
「ほれ見ろ。そんな疲れまくりの体では儀式などあったものでないわ。エルノール、そちが体調と魔力を十分に回復させてから行え。これは厳命じゃ！」
「ははぁーっ！」

初代は優雅に背を向けると、そのまま転移魔法を使って姿を消した。
一方のエルノールはと言うと緊張の糸が切れたのか、平伏の体勢から崩れ落ち、そのまま眠りこけてしまう。
構成員達は数人で彼女の自室に運び込むと、魔法陣に抜かりが無いかの最終チェックを行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

二日後――

深い眠りからようやく目覚めたエルノールは身体をゆっくりと起こし、ベッドから降りた。
日付と時計を暫くぼんやり眺め、深呼吸した後、衣装をまとい、学園に歩を進める。
食事もあるが、亜莉亜を支部に招く為だった。

エルノールの呼び出しを受けた亜莉亜は、すぐさま学園長室へ出頭してきた。

「学園長ー、お話とはどんな事ですかー？」
「うむ。先日の魔物化の件じゃが、都合は何時頃が良いかのう？」

その問いに亜莉亜はうーん、となりがならも答える。

「特に都合の悪い日は無いと思いますのでー、学園長のご都合に合わせるですよー」
「そ、そうか……。ならば今日の夜から執り行いたいが、どうじゃ？」
「分かりましたー。アルマ教諭に伝えるですよー」
「いや、それには及ばん。アルマ教諭にはわしから言おう。鬼灯教諭は放課後に再度ここに来てもらいたい」
「はいー、分かりましたー」
「うむ。では、アルマ教諭を此処に来るよう伝えたら、仕事に戻って良いぞ」
「では、失礼しますー」

亜莉亜は一礼して退室していく。
おおよそ５分後、ノックの後に凛とした声が響く。

『学園長。アルマです』
「ん、入れ」
『失礼します』

アルマは入ってくるなり、エルノールに質問する。

「学園長。鬼灯教諭から来るように言われましたが……？」
「うむ。彼女の事で伝えておかねばならん事があってな。……鬼灯教諭を数日休ませる」
「どう言う事でしょうか？」
「あ奴を魔物娘とする為の儀式を、今夜から執り行う」
「それはまことですか？」
「まことじゃ。今回の儀式はちと大掛かりになる。キマイラとする為のな……」
「キマイラ……ですか……」
「お主は鬼灯教諭が二重人格である事を知っておったか？」
「……薄々は……」

苦々しい顔をして答えるアルマ。
エルノールは構わず続ける。

「キマイラにする事を決めたのはサバト魔界本部の長じゃ。無理に人格を統合するのではなく、逆に増やし、共存させると言う考えでな」
「それは……危険な賭けではありませんか！」
「まさしく賭けじゃ。じゃが、下手な魔物娘にするよりはマシと言うものよ……」
「……分かりました。その間は副担任としての業務をより一層頑張らねばなりませんね」
「済まんが頼むぞ。わしも儀式に行くから数日は留守にする。今日の夕方以降は此処の鍵を掛けるでな」
「はい。では失礼します」

アルマは一礼しつつ、退室していく。

エルノールも大きく溜息をつきながら気持ちを切り替える。
すかさず凱に電話して食事の運搬を頼み、食事も兼ねて亜莉亜の魔物化儀式について話し合う内に、放課後を迎えるのだった――

■作者メッセージ
儀式直前までの流れを描きました。

あまりに長くなってしまうので、今回は前後編に分けています。
後編は魔物化＋エロパートとなります。