連載小説
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虎への覚醒/女心の開放
朱鷺子は卒業後、嘱託の用務員兼、瑞姫の専属教師として風星学園に留まる事となった。
旧・宿直室を改装した専用の居室を宛がわれ、あっという間に春休みが終わり、新年度が始まる。

新入生は僅か五人だったが、特別クラスは中途編入も十分にあり得る学部だったので不安も何も無かった。
サバトの魔女達も一部は通常の学部に編入となり、授業を受ける。
人間を装う者も中にはいるが。

「……さて、と、今日から……瑞姫ちゃんとのマンツーマン、かぁ……」

だるそうな、かつ眠そうな口調は教える者としては全く向かないだろう。
とはいえ、個別授業という例外中の例外を行うのだから、そう咎められる事も無い。

しかも朱鷺子が着ているのは学園の制服。
ブレザーを着ず、パーカーの下はかなり着崩したスクールブラウスにネクタイ、スカート。
おまけに紺のハイソックスにローファーである。
最近まで着用していた制服を普段着として使い回すつもりらしい。

手に持つ物は出席簿と複数の教科書や武術・法術教範。
エルノール自らが、降って湧いてきた激務の合間を縫って見繕った物だ。
龍堂家に対し、有力者達の追求・攻撃が激しくなり、弁護士を名乗る三百代言が多数押し寄せている。
加えて千奈の失踪に親族が弁護士を雇って連日抗議にやって来る有様。

エルノールは主にそれらの対応に追われていた。

瑞姫の父・信隆が出向している魔物娘が経営する企業でも彼に対するパワーハラスメントとモラルハラスメントが知れ渡っており、エルノールから事情と窮状を聞かされた魔物娘の幹部達は、この対抗策として信隆を正式に社員とし、それと共に取引や立場を盾に脅しをかけた者達を逆に取引停止にしたり、懲戒解雇とした。
無論それで済む筈も無く、解雇された者達は不当解雇を名目に訴訟を起こしている。

来る者皆、瑞姫が目当てであり、あわよくば凱を殺そうという計画も既にサバトの調査で明らかだ。
この件を聞いた初代も流石に黙っている訳にはいかず、全サバトに風星支部の救援と支援を通達。
魔界本部も一部の人員を風星支部に派遣し、事態の収拾に当たらせている。

朱鷺子は友人の受難に溜息が出るばかり。
せめて自分だけでも味方であり続けよう、と思いながら、瑞姫しかいない教室の前に辿りつく。

ガラガラと引き戸を開けると、そこには物憂げな表情を浮かべる瑞姫の姿があった。

「あ……、朱鷺子、さん」

遅れて対応する姿には、件の事態が尾を引いている証拠。
生活の方にも支障が出ている事は朱鷺子の目からでも明らかだった。

「……今日は、自習にしよっか」

突然の提案に驚く瑞姫に、朱鷺子は言う。

「そんな気持ちで勉強しても……、頭に入ってくれないよ? だからさ……、今日は何もしないで気持ち落ち着けようよ。……実はボクも、千奈ちゃんが失踪したって聞いて……、あまり落ち着けないんだ」
「そう……ですか」

瑞姫も千奈失踪の件は聞いている。
卒業式を終えて、校舎を出るまで見送ったというのに、その彼女が姿を消していたのだから。
鬱陶しくても、友人としては悪い人じゃ無かった――そんな感情が朱鷺子の心に覆いかぶさる。

「……ちょっと、校庭に出てみよっか」
「そうですね」

だが、これが凶事と自身の分岐点になるなど夢にも思わないだろう。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「あ〜あ、桃華ヒマ〜。何かスカッとした〜い」

登校時間なのか、制服姿をした金髪でツインテールの少女がぼやきながら歩く。
彼女が纏うのはシンプルな黒のブレザーにグレーのスカート、赤の紐ネクタイ。
だが、派手に着崩しており、これ見よがしに胸を強調させる姿は痴女か一昔前のギャルであろう。

そんな彼女は気まぐれで風星学園特別クラスの校門まで来ていた。

「ん〜? 何あれ〜?」

その目には入るのは兎耳のパーカーを纏った少女と、白金の髪を持った魔物娘。

「あ、あれまさか、風星で生まれたドラゴン!?」

近隣にも既に瑞姫の事は伝わっている。
周辺校でも瑞姫を付け狙う者は男女問わず多かった。

「よぉ〜っし! あの子をガッコに連れてって、転入させちゃおっと!」

軽い足取りで風星の門をくぐる女子高生。
無論、その姿は朱鷺子と瑞姫の目に入る。

「ねぇ〜、あんた、龍堂瑞姫でしょ?」
「…はい? そうです……けど?」

悠々と入ってくる他校の女子生徒から声を掛けられ困惑する瑞姫。
だが、瑞姫の反応などお構いなしだ。

「さ、細かい事はいいから、黙って蓮石(れんごく)に来なよ。こんなとこよりず〜っと楽しいんだから♪」

瑞姫の手を取り、あまつさえ引っ張って行こうとするが瑞姫は即座に抵抗する。

「やめて下さい!」

いきなり自分を連れて行こうとする女に嫌悪の目を向ける瑞姫。
そこに凱がやってくる。
侵入者の気配を察知したサバトの連絡を受けたのだ。

「その制服……。テメェ、蓮石とかいうチンピラ学校の奴か」
「はあぁ!? あたしの学校をチンピラだとぉ?!」
「事実を言っただけだ」
「へっ! あたしの邪魔すんじゃねーよ」
「うちの生徒を堂々と連れ去ろうとはいい度胸だな、テメェも」
「おめーに話してねーんだよ! さ、こんな奴らほっといて早くおいでよ♪」
「嫌っ!」
「いい加減にしやがれ、チンピラが!」

嫌がる瑞姫を平然と引っ張って行こうとする蓮石の女に、凱の怒りが爆発した。
女も怒鳴られた事に不服を唱える。

「おめーに話してねーっつってんだろがよぉ! この子は! たった今から! うちの学校のもんなんだよ! 邪魔すんじゃねーっつの!」

言い終えた途端、女の頬に凱の強烈なビンタが炸裂する。
彼の目には明確な憤怒が現われていた。

「な、何しやがんだぁ!」
「保育園からやり直せ! ドカスが!」
「ちくしょおおおおお! お姉ちゃんに言いつけてやるー! 絶対潰してやるー!」

泣きべそかきながら走り去って行く女を忌々しげに見つめる凱。
朱鷺子はそれとなく尋ねる。

「……用務員さん、あの女を知ってるの?」

その問いに凱が答える。

「女自体は知らん。けど、あの制服は《風星学園(うち)》から少し離れた場所にある、蓮石高のものだ。あそこはスポーツ関連の強豪だが、チンピラがやたら多くてな。この辺じゃ出禁にしてる店もあるくらいだ」
「……ヤな学校だね」
「それはともかく、瑞姫と三日月君がどうしてこんなとこにいるんだ?」
「……瑞姫ちゃんを、責めないで」
「お兄さん……、わたしのせいなの。わたしがお父さんやお母さん、学園長に負担を掛けてると思うと……。それを朱鷺子さんが察してくれて、気分転換をしようって、外に出たの」

瑞姫の説明に致し方なしと溜息をつく凱。
彼はその後の事を憂慮していた。

「『蓮石の双華』って知ってるか?」
「……何、それ?」
「蓮石には八城(やしろ)って言う凶悪な姉妹がいてな。チンピラ共の頭張って、近辺で好き放題暴れ回ってるって話だ。姉は三年連続で空手の全国大会に出る腕前と聞くし、妹は新体操のレギュラー筆頭って話だ。そのせいであそこのバカ先公共は結果出してるから問題無い、と野放しにしてるそうだ」
「酷い……」
「おまけに姉の方は大変な姉バカだそうだ。妹が泣きつけばたちまち報復に来るってな。……あいつ、もしかして八城の妹か……?」
「……こうなった責任はボクにあるよ。ボクが……何とかする……!」

朱鷺子はケジメをつけるべく、心を切り替えて行く。
報復に来るなら、この身をもって返すのみ、と――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

一方、凱にビンタをされた女が、泣きながら登校してきた。

「うえーん! おねえぢゃーん!」
「どうした桃華。何泣いてんだよ」
「風星にいるドラゴンを連れてくだけだったのに、ビンタされたんだよー! うわーん!」
「…っ! そのクソッタレはどこのどいつだ!」
「風星のクソ用務員だよ…、ひっく、保育園からやり直せ、って…」
「んだとぉ! 可愛い妹にビンタしたクソ野郎、あたいが地獄に送ってやる。安心しな」
「うん! お姉ちゃん大好きー!」

この女達の名は八城桜華(やしろ・おうか)と八城桃華(やしろ・ももか)――
「蓮石の双華」と言わしめる姉妹で、桜華が姉、桃華が妹だ。

桜華は女子空手部の部長にしてエースの三年生。
極めて凶暴な性格の典型的な不良で、そのカリスマも高い。
妹を溺愛する一方で自分が気に食わない者、妹に僅かでも刃向かった者を持ち前の空手で半殺しにしている。
あまつさえ試合に際して脅威となる者を闇討ちする等、本性はとてつもなく卑劣。

桃華は新体操部所属の二年生で、レギュラーの筆頭。
ヒョウ柄と派手な下着、日焼けサロンが好きな典型的ギャル。
人懐っこい性格だが、自分より格下と分かればとにかく見下す性悪女だ。
姉に甘えており、自分が不利となれば即座に姉と組んで報復するので卑劣さは姉と同レベル。

報復はその日の内に開始された。
桜華が「妹の仇討ち」として手下全員を招集し、夕方頃に風星学園へ乗り込んで来たのだ。
バイクが大挙して校庭に押し寄せ、その先頭のバイクの後ろに乗っていた桜華が颯爽と降りて来た。

「コラァ! あたいの妹にビンタくれたクソ野郎! ぶっ殺してやっから、さっさと出て来い!」

桜華はボブカットの赤い髪に凶悪な目つきで仁王立ちしながら怒鳴り散らす。
そこにふらりと出て来たのは朱鷺子だった。

「あん? 何だ、このガキィ。てめーか、あたいの可愛い妹にビンタしたのは」
「……違うよ。でも……、友達を拉致ろうとしたのって、あのバカでしょ? でも……キミって妹より、チビだね」

この一言に桜華の怒りが炸裂する。
実は桜華は背の低さをコンプレックスにしており、故に彼女の中では「チビ」と呼んだ者は半殺し確定となる。

「死ねやああああ!」

朱鷺子の頭めがけて、桜華の鉄槌打ちが迫る。
だが、これを朱鷺子は軽々とかわしてしまう。
驚く桜華だったが、怯む事無く関節蹴りを繰り出す。
彼女の力で繰り出せば、膝の関節を砕かれる事は必至。

だが、朱鷺子はそれを軽々と、低く足を畳むように飛び上がってかわす。
更に相手の脚に乗るように体重をかけると見事にヒットし、桜華は骨折を免れはしたが、バランスを大きく崩され、片足立ちとなる。
しかも朱鷺子は桜華の太腿を足場とし、左足での膝蹴りを顔面へ放つ。
武藤敬司が開発したシャイニング・ウィザードそのものだ。

そこで驚くべき事態が起こる。
膝蹴りが顔面に当たった瞬間、ローファーとソックスを引き裂きながら、左脚が獣のものに変化したのだ。
だが、朱鷺子にそれを気付く暇は無く、膝蹴りと同時に鳩尾を右脚で蹴り上げ、桜華を蹴り飛ばすと、その右脚も同じ変化を起こす。

足裏が直接地面に触れる感触に違和感を覚えた朱鷺子が見たものは、引き裂かれたローファーとソックスの破片と形容するなら薄桃色の毛を持った虎の縞模様をした獣の脚。
その変化に彼女が驚くのも当然だと言えよう。

「え……!? ボクの……脚が!?」

朱鷺子が動きを止めた隙を狙い、素早く起き上がって距離を詰めて来た桜華が腕刀打ちを仕掛ける。
けれど、朱鷺子はそれを両手で受け止めてしまう。
この両手も服を破きながら、脚と同じような獣のものに変化した。

この瞬間、彼女の中で何かが弾け飛んだのを感じる。
朱鷺子はかつて受けた診断で「人虎の素質がある」と言われていた。
今までに蓄積された魔物の魔力と、理不尽な暴力から友達を守ろうとする気持ちが重なり、遂に魔物化を開始したのだ。

彼女の心が解放感で満たされていく。
そうなったら最早止める事は叶わない。
桜華の腕刀打ちの勢いを利用しながら腕を巻き上げて放り投げると、今度は尾てい骨の付近から尻尾が飛び出る。
頭を下にして落ちてくる所を狙いすまし、両の手による掌底を桜華の顔面に打ち付けた。

この瞬間、ネコ科特有の耳が朱鷺子の頭から飛び出て来た。
同時に彼女の黒髪が鮮やかな桃色に、瞳が爽やかな水色にそれぞれ変色する。
こうして朱鷺子は完全に魔物娘と化した。

魔物娘としての力が解放された朱鷺子の一撃を、「人間である」桜華に耐えられる筈が無い。
叩き飛ばされた桜華はこの衝撃で下顎の骨が割れ、背中から地面に叩きつけられ二転三転、遂にはズザーッ!と一筋の線を地面に残して止まった。
土まみれになった制服は一部が擦り切れ、更には脳震盪を起こし、白目を剥いてしまっている。

蓮石の徒党達には、にわかに信じられない光景だった。
空手で右に出るもの無しと謳われた八城桜華が、成す術も無く地に倒されたのだから。
朱鷺子はつまらない物のように桜華を見ると、すぐに徒党の方に向き直る。

チンピラ達は魔物娘の力を侮り過ぎていた。

「どうすんの……? まだやるつもり……?」

解放感でいっぱいなのか、口調が自分の知らない内に変わっている。

「クソがあぁー! ナメんじゃねえぞコラァー!」

仇討ちとばかりにバイクで校庭を駆け回り、破壊行為に入ろうとしたその時――

「撃ちまくれぇー! 我が学園を荒らす不埒者に容赦するなぁー!!」

――堪忍袋の緒が切れたエルノールが支部の者達を総動員し、徹底的に迎撃したのだ。

そこから先は完全に一方的だった。
朱鷺子の方も迎撃だけを行うのみだが、それでも反撃に容赦は無く、向かって来た者全てを返り討ちにしていた。

蓮石のチンピラ達は廃車同然のバイクや昏倒した桜華を引き摺って、ほうほうの体で逃げ帰って行く。
この後すぐに朱鷺子は学園長室へ出頭させられていた。
彼女は今回の経緯をエルノールに打ち明け、エルノールも朱鷺子を認めつつ、「以後注意するように」と口頭注意に止めた。

*****

数日後、騒ぎを知って怒り心頭となった蓮石高校の教師陣とPTAが抗議に押し掛けてきた。
曰く「我が校の生徒に非は一切無く、非は全てお前達にある。直ちに謝罪し、こちらの要求を全て受け入れろ」という。

その要求とは――
風星学園は今回の騒動に対する賠償金二億円を支払い、全ての施設を蓮石高校に譲渡する事。
蓮石高校の教育方針に一切口出ししない事。
龍堂瑞姫を今すぐ引き渡し、蓮石高校の生徒にさせる事。
――これを一つでも拒否するなら直ちに法的措置にかかる、と言う。

スポーツでのし上がった学校の驕りと言うべきか。
突き付けられた要求は完全に一方的かつ理不尽極まりなかった。
怒り心頭のエルノールは「生徒を拉致しようとし、あまつさえ破壊行為を認める者共の要求など一切受け入れん!」と一喝し、この理不尽な抗議と要求を即座に一蹴した。
その返答を聞き、同席していた蓮石側の弁護士は悪びれもせず言い放つ。

「フン、いいでしょう。折角、我々がこ・こ・ま・で、寛大な譲歩を提案したと言うのに……。それを一時の感情で蹴るなんて、愚かにもほどがありますね。泣いて謝ろうが決して許しません、一切容赦しません。それでは……法廷でお会い出来る事を楽しみにしてますよ。……お会い出来るなら、ね」
「精々後悔するんだな。ハハハハ!」

慇懃無礼な弁護士と上から目線のPTA会長が共に去って行くと、それに続く蓮石側の人間達は侮蔑と嘲笑の視線を浴びせてきた。

その直後から、嫌がらせや抗議の電話攻勢が始まった。
だが、エルノールはこれらの事態を織り込み済みであった事から、サバトで事前に掴んでいた情報を元に、迷惑を掛けられている近隣の店や施設に働きかけ、蓮石側に対する包囲網を固めるという徹底抗戦に打って出た。

この動きを懸念した教育委員会が早速介入し、和解に持ち込もうと横槍を入れてきた。
あまつさえ「謝罪して、蓮石のやり方に従え」という、事無かれ主義も甚だしい和解案はエルノールの怒りの火に油を注ぐだけだった。

結局、風星の苛烈な抵抗と周囲からの抗議や苦情の数々に押し負けた蓮石側は白旗を上げる羽目になり、ようやく重い腰を上げた全空連(全日本空手道連盟)と日本体操協会は、蓮石高校の空手部と新体操部に対し、無期限の活動停止処分をそれぞれ言い渡した。

大会出場や練習試合も含めた対外活動を無期限に禁止される――
スポーツで名を馳せる学校にとって、一切の活動を禁止にされるのは致命的な打撃であり、事実上の廃部宣告だ。

各方面からバッシングを受ける事となった蓮石は、制服を見かけただけで白い目を向けられた。
生徒達も肩身の狭い生活を強いられ、この一連の騒動に対する怨みから風星学園を目の敵にしていく。
その後、多くの転校・退学者を出し、スポーツの名門から教育困難校へ凋落していく事となるが、それは後の歴史。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

話は戻って、襲撃騒動の翌日。
朱鷺子は就寝から目覚めた途端、熱に浮かされたような感覚に襲われていた。
魔物化した事も原因ではあるが、それと共に彼女の心には引っ掛かるものがあった。

更に今までの事が、突然フラッシュバックしてくる――

――母にコンロを背に押し当てられ大火傷した事
――叔父に虐待された事
――自分が犯罪者の子供だった事
――特別クラスに入った事
――凱と瑞姫に出会い、理想を重ねた事

「っ!!」

彼女はそこで気付いた。
龍堂兄妹の存在、更には凱の事を心の奥底で、異性として意識していた事を…!

その途端、朱鷺子の体がどうにもならない程、狂おしく疼き、火照り始めてしまう。
豊かな双丘を揉みしだくと乳首が固く勃って来る。
固くなった乳首を弄り回せば、切ない快感が朱鷺子の体を駆け巡り、抑えが利かなくなっていく。

たまらず最も熱い下半身に手を伸ばし、秘部を陰核ごと捏ね回すと、腰を跳ね上げる程の刺激が襲いかかる。
声を押し殺し、ただひたすらに自分で快楽を得ようとする事だけが彼女の思考を支配して行く。

秘部からは愛液がグジュグジュと滴り、淫音を響かせながら、朱鷺子の聴覚と脳髄を刺激していくばかり。

襲いたい――!
気持ち良くなりたい――!
オチ○ポ欲しい――!
「ガイ」が欲しい――!

心が親友の婚約者で満ちたと同時に、彼女の体は絶頂で跳ね上がった。
まるで高波にさらわれるように体が浮き上がり、氷漬けになった薔薇のように儚く壊れて覚める…。

朱鷺子は体のみならず、心も解放され、想い人と添い遂げるべく動き出した。

その目は眠気を帯びた人間の時とは打って変わって、獲物を定めた獣の目となっている。
それは狂気にも似た慕情と言っていいだろう。
まして魔物娘と化した彼女に、倫理など通じないのだから。

一方、凱はシフトの関係で休みだった。
但し、住む場所は瑞姫と同じ特別寮である。
尤も新学期が始まる二日前、エルノールから言い渡されていた事だったが…。

「さて、と……。今日は何処で暇潰すかな……」

未だ眠りの底にある瑞姫を残し、彼は朝食も兼ねて学食へと足を運ぶ。
その匂いを辿ってくる者の気配に気付かずに――

*****

朱鷺子の目が凱を的確に捉えている。
一挙手一投足も見逃さんとばかりに。

彼女は己の発情状態を極力隠しつつ、朝食をせっせと摂っていく。

やがて学食の時間も終わり、凱は自分が見つけていた、「裏道」と名付けていた人の来ない場所にふらりと足を運び出す。
無論、これを朱鷺子が見逃す筈も無く…。

その裏道に差し掛かった瞬間、発情した獣となった朱鷺子が恐るべき速度で凱に迫り、彼が気付いた時には既に彼女の主導権を握られる直前だった。
不意を突かれ一気に押し倒された凱の目の前にいるのは、自分を獲物と定め、これから狩ろうとする魔物の目をした朱鷺子だった。

朱鷺子の行為を止めようとした凱の行動を、彼女は事もなげに封じつつ、凱の上半身の着衣を剥いていく。
薙刀道で鍛え上げられ、しかもここ数年で更に鍛えられた肉体が露わとなる。
朱鷺子の目がギラリと、獲物を前にした肉食獣のように煌めく。

「ずっと……、ずっと気持ちの底で疼いてたのは、これ……。本当は……ボクも、ガイが欲しかったんだよ?」

ズボンのベルトを解き、下に穿いていたズボンを下着ごと素早く引き抜いてしまう。
抵抗する心とは正反対に、男の象徴は見事なくらい反応している。

「へぇ〜、ガイもその気じゃん……♪」

淫靡な笑みを浮かべながら、朱鷺子は自分が纏ってる服を躊躇無く脱ぎ捨てる。
ショーツを見せつけるように脱ぎ終えると、また凱の上にのしかかった。
彼女の小柄な肢体は一見すると何の変哲も無い。けれど、腕や脚は引き締まっている。
しかも乳房がふるふると揺れる。
小さな身体が胸を余計に大きく見せているのだ。

「ボクの身体……、どう?」

淫靡な笑みはそのままに、朱鷺子は尋ねる。
彼女は瑞姫とエルノールが凱と婚姻前提で性的関係になった事を既に知っている。
けれど、それは彼女自身にとってはどうでもよかった。

今はボクを見て欲しい――
今はボクだけのもの――

憧れた家族像を夢見るのではなく、自分でそれを掴むべきだと…。

「……」

朱鷺子の問いに凱は答えない。
だが彼の視線と勢いを増した勃起が全てだ。
しかし朱鷺子は満足しない。

「ボクが訊いてるんだよ? 答えてよ……。正直に答えなきゃ、このままだよ?」
「小さくて大きい。そして……綺麗」
「……よく分かんないよ、その答え。ま、いっか。ボクだって、瑞姫ちゃんに負けないんだから」

朱鷺子は凱の下腹部へ、何の躊躇も無く手を伸ばした。
そして彼の肉体にある、種付けの為の牡器を握る。

「うっ……、み……三日月、く、んっ!」

握られた途端、凱は声をあげてしまう。
拳を武器とする人虎の手は、そうとは思えないほど柔らかい。
ましてその手は人の物ではない。
ぷにぷにとした肉球は人の手では味わえない感触をもたらす。
虎の手が、上下に動き出す。
まるで前足で押さえつけた獲物を甚振るように、それでいて妖艶な動きであった。

「気持ちいいの? あ……、それと、ボクの事は……と・き・こ、って呼んでよ。……ね?」
「や……、やめ……」

彼女の手の中で、凱の肉棒はぴくぴくと震えている。
鈴口からは透明な先走り汁が零れ、毛皮をべとりと濡らしていく。
その先走り汁の匂いは朱鷺子の股間を更に濡らす。

「あれぇ〜? もう濡らしてる? へぇ〜、そんなに気持ちいいんだ? って事は……、ボクのこと、満更じゃないんだね♪」

嬉しそうな口調でありながら、朱鷺子は意地悪な笑みを浮かべる。
その手で男をよがらせている事が、彼女を女にし始めていた。

「ふっふ〜ん♪ じゃあねぇ、もうちょっとだけ……サービスしちゃう♪」

そう言って朱鷺子は肉棒を握ったまま、身体を下の方へとずらし、顔を下腹部へと近づける。
そのまま彼女は軽く、亀頭に口づけをして見せた。
魔物娘に触れられるのはこれで三度目。
けれど、凱には甘美な刺激となり、一瞬硬直して身を振るわせる。

「あぁっ、イキそうだったの? そうはいかないよ。じゃあ……、サービスはここまで。ここからは……ボクも楽しませてもらわないとねぇ♪」

朱鷺子は不意に肉棒から手を離すとこれを握り直し、男の種付けを待ち侘びる牝器に導いていく。
彼女の牝器は朝に自慰をしていた時以上に濡れていた。
朱鷺子は淫らな笑みを浮かべながら、ゆっくりと凱に跨がる。
その腰は想い人の肉棒をじっくり味わうかのように、ゆったりと落とされていく。

にゅぶ……
何とも言えぬ淫靡な音を立てて、人虎の陰部が男の陽物を包み込む。

「んくっ……、あぁっ……! 入って……! んうぅ……!」
「や、やめ……うううっ!」

一つになった二人の嬌声が絡まり合う。
二人は男と女、いや、一対のオスとメスとなったのだ。

「な……、何これえぇ!? 気持ち……いいよぉ!」

凱の身体の上で朱鷺子は身体を震わせる。
初めての挿入は彼女にとって苦痛ではなく、むしろ快感が脳髄にまで駆け巡っていた。

「ふあ、あ……ダメえぇ……、これ、クセになるよぉ♪」
「だ…、ダメだ……! ダメ……だ、み、か、づき……くん!」

凱はどうにかして抵抗しようとする。
反対に朱鷺子の膣内は熱く滑っている。
更にはキツい締め付けが、凱の肉棒に襲いかかっている。
しかも、凱があくまでも自分との快楽に抵抗している事を感じ取った朱鷺子は更なる反撃に出る。

「ボクのこと……、いいかげん、朱鷺子……って、呼んでよぉ……、んんぅ!」
「やめて、くれ、そんなこ――んあああ!」
「ひどい……、そっちが、その気なら……ボクだって!」

懇願をあくまでも拒絶する姿勢の凱に、朱鷺子の腰は本能に従い、緩やかに動き始めた。

「うっ、ぐ……!」

思わず凱は呻き声を漏らす。
肉棒をキツく握り込んだ膣肉が、肉棒を徹底的にこね回していた。
その刺激に思わず暴発してしまいそうになるが、凱は身体に力を入れてそれを防ごうと足掻く。
だがそんな彼の努力に不快を覚えた朱鷺子は、自分の欲望のままに腰の速度を早める。
彼女は腰を前後に、尻尾をうねらすかのようにぐねぐねと動かしていく。

「ん! ふ、ふあああっ! ダメ、気持よすぎて……あ! あ! んおおおっ!」

余りの快楽に、朱鷺子は上体を倒しそうになり、慌てて凱の胸の上に手を突いた。
支えを得た彼女の動きは更に大胆になる。
身体が少し倒れたため、彼女の腰の前後の動きは凱にとっては上下に近い動きとなる。
キツい締め付けが敏感な亀頭にもたらされ、しかもそれが動くのだ。
暴力的にも思えるその快楽に、凱は必死に耐える。

「ああんっ! いいっ! コレ、イイよぉ♪」

朱鷺子は完全にメスと化していた。
自分への気持ちよさと、自分の下で悶えて苦しむ男の表情が彼女の腰使いをより激しく、艶かしいものにする。
上下左右、リズミカルに腰を動かしながら自分と凱を攻め立てる。

「や、やめ……ろ、三日月、くん! このままだと出る……!」
「出るの……? じゃあ出してよ。早く出してよ、せーえきを♪」

目を爛々と輝かせ、口がまるで三日月を作るかのように笑いの形を作る朱鷺子。
口の間からは肉食獣の象徴である鋭い犬歯が覗く。

「いいよぉ……ほらぁ、たっぷり出してぇ……、んはぁうぅ♪ 孕ませてぇ♪」
「なっ! 孕ませるって……あがああああっ!」

瑞姫だけでなく、エルノールとも婚姻前提で性的関係に及んだ凱。
その上、朱鷺子までもそのような関係に巻き込む訳に行かないと、最後の抵抗を試みる。

だが、目の前の少女の「孕ませて」という言葉に、牡の本能の引き金を引かされてしまう。

「ほ、本当に……出るっ! うぐうぅああああ!」

ドクン! ビュルン! と子種が吐き出され、人虎の子宮に種付けがされていく。

「あはぁあぁん♪ 出てるぅ♪ ガイの熱いのが、腹いっぱいに……出てりゅうぅ〜♪」

朱鷺子はメスとしての喜びに打ち震えた。
初めての交わりで興奮していた上に、手や口での愛撫は寸止めであったため、かなり溜められていたようだ。
ごぽぉと音を立て、精液が二人の結合部から漏れ出す。

凱が、教え子も同然である朱鷺子に白濁の汚液をその大事なところにぶちまけた証拠である。

「んんん……、こんなにたくさん♪ はぁうぅん♪」

朱鷺子は落ちついたのかへたり込むように座る。
その途端、彼女の様子が一変する。

「はれぇ? ……ボク、何……してた……?」

彼女の鼻を突いたのは独特の白濁の臭い。
そこで自分が何をしていたのか、おおよその察しが付いた。
けれど――

「ああ……そうか……。でも、後悔なんて……しないもん。ボクだって、ガイの事……好きだもん!」

朱鷺子は再び凱に圧し掛かり、貪るように唇を重ねる。
舌を強引に絡ませ、懸命に想い人を求めた。

凱も彼女を咎めるつもりは無かったが、その間も無かった。
自分を「好き」と言った少女を拒絶する事も出来ず、ただ、彼女の成すがままにされるだけ。

朱鷺子の為になるのなら受け止め、望むなら――

おもむろに唇を離した朱鷺子は宣言した。

「ボクも……ガイのお嫁さんに、なる!」

彼女の中にあるのは、家族が睦まじく過ごす、という理想。
それを叶えてくれるのが、目の前の男性であるという直感。

朱鷺子に迷いは無かった。
瑞姫やエルノールと同格の立場として、夫となる人と共に歩めるのだから――

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

情事を終えた二人は、仔細を話すべく学園長室に赴き、その扉を叩く。

『入れ』

何ともバツの悪そうな表情を浮かべながら入室する凱と朱鷺子の前にいたのはエルノールだけでは無かった。

「……お・に・い・さ・ん」

それは怒りとも淫らともつかない表情を浮かべる瑞姫の姿だった。
やれやれと言わんばかりにエルノールが説明を始める。

「よもやこうなるとは思いもせなんだわ。何で知っておるか、と思うじゃろう? それは瑞姫の様子がおかしかったからじゃ」

曰く、瑞姫が目を覚ました時には凱がおらず、焦って探しまわろうとしていたら、不意に下腹部が熱くなり、異常な程の性欲に襲われたのだと言う。
エルノールが駆けつけた時には既に遅く、瑞姫は乳首と女陰をこね回しまくり、吐息も荒く淫らに自慰に耽っていたの事だった。
何かある、と感じたエルノールは瑞姫が落ちついたのを見計らって問い質した結果、凱の感覚が自分の身体にダイレクトに伝わって来たという。
つまり、魔物娘の誰かが凱と交わっている事を意味していたのだ。

これにはエルノールも驚愕するしか無かった。
瑞姫は凱と精神的な繋がりが出来かけている、と――

「朱鷺子よ。これで本当の意味で『共犯者』となったのう」
「そう……ですね」
「良いわ、良いわ。兄上よ、これで三人目じゃぞ。お主はあと何人、《魔物娘(われら)》を妻にすれば気が済むんじゃろうなあ」

カラカラと笑うエルノールとは逆に、凱は今後の己の未来に不安が圧し掛かるのを感じずにいられなかった。
もっとも、これは朱鷺子や瑞姫も同じであったのだが――
19/01/01 19:32更新 / rakshasa
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■作者メッセージ
今回は約一万二千字になってしまいました。
敵役を出せばその分、字数も多くなってしまうと改めて感じました。

因みに三百代言(さんびゃくだいげん)とは二つの意味があり、
一つは代言人(今で言う弁護士)の資格無しに他人の訴訟や談判などを扱った者。もぐりの代言人。転じて弁護士を罵る言葉。
もう一つは相手を巧みに言いくるめる弁舌や詭弁 (きべん) 。また、それを用いる者を言うそうです。

<敵対勢力>

【蓮石(れんごく)高校】

今回の敵役として出てくる学校。
風星学園から少し離れた地域にある高校で、女子空手と女子新体操の強豪。

ただ、モラルの非常に低い生徒(要するにチンピラ)が多く、恐喝や暴行・傷害、器物損壊は日常茶飯事であり、近隣の商店や飲食店が最も被害を受けている。

特に『蓮石の双華』と呼ばれる八城姉妹はチンピラをまとめる凶悪な姉妹として、悪名も高い。
その妹が瑞姫を強引に連れて行こうとした事が原因で抗争に発展するが退けられ、報復として横暴な要求を突き付け、法的に追い詰めようとするも惨敗。

その後は凋落の一途を辿る事になる。

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