3.近くにいると案外気がつかない。
やっぱり、想像通り。
「あれ!?警部?いつの間に署へ?」
書類片手にマルコが部屋に入ってくる。
「珍しいですね、事件の後とはいえ、こんな時間から警部が起きて署にいるなんて。槍でも降るんじゃないですか?」
マルコはからからと笑う。
仕事全部押しつけたっつーのに、元気有り余ってんな。コイツ。
「速く来た、っつーより、居たんだ。あー、徹夜っつ−のは性に合わんな、やっぱり。」
「警部が徹夜で仕事!?いよいよ世界終末ですか!?」
マルコが大仰なリアクションを取る。
そこまで言うか。
「何かどいつもこいつも最近俺を軽侮してないか?警部だけに。」
「多分そういうことを言うからですね。」
真顔で言うマルコ。
畜生。わりと上手く決まったと思ったのに。
「で、何を調べて?」
「おう、そうだ、コイツを見てくれ。」
手元から紙を一枚取って、マルコに渡す。
「…。これって…。」
こちらを窺うように見つめるマルコに、俺は頷く。
「今すぐ、向かうぞ。」
「何だって!?」
驚いた声を上げる修道服姿の男とウィンプルを被った女性。
近所の教会で牧師を勤めるエドモンドと、その秘書役のクリスである。
「今の話は本当ですか!?」
「残念ながら。四人が四人とも、この教会がお得意様だったわけだ。」
「そんな、まさか…。」
ガンマルク市は元反魔領であり、町ごと譲られたという特殊な歴史から、親魔の国家内でありながら教会などの施設が未だにそのまま運営されている。そのため、この町では、主神像の前で魔物が愛を誓うという珍しい光景が見られるのだ。
「っくし!」
マルコが大きなくしゃみをする。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配なく。」
洟をすするマルコ。
「しかし、結婚式と殺人事件に、関係性などあるのですか…?」
クリスがエドモンドの影からおぞおずと尋ねる。
「まだ分からん。それをこれから調べたいんだ。記録だけでも見せてもらえないか?」
「あ、あの、外部の方に個人情報をお見せすることは…。」
「いいよ。クリス。式場利用者の名簿と、スタッフのリストを出してきて。」
クリスの言葉を遮るようにエドモンドが言う。
「しかし…!」
「妙な疑いを掛けられても困るし、関係があると思われてウチの評判が落ちる前にとっとと解決してもらったほうがいいでしょ?」
随分とまた現金な男だな。まあ、お布施の収入も無しに聖職者として食っていくには仕方のない事かもしれないが。
クリスは一瞬迷うように視線を泳がせた後、奥の部屋へと去っていった。
エドモンドはそのまま俺たちの向かいに座る。
「刑事さん。クリスも言っていましたが、本当にウチの教会と事件に関係が?」
「あー…。それは…。」
よくよく考えてみれば、結婚式とは単に被害者に共通した職場であったというだけだ。余りに共通項の無かったので、藁にもすがる思いで飛びついたものの、理論としては粗いことこの上ない。
しかし、今考えられるのはこれだけだ。
「まだ、分からない。ただ、どうも俺には、それがこの事件のキーのように思える。」
「刑事の勘というやつですか。」
じっと俺を見つめるエドモンド。
「刑事さん。お願いがあるんですが。」
ゆっくりとエドモンドが口を開く。
「なんだ?」
「…。我々がここで貴方がたに情報を提供したということを、公にしないで頂きたいのですが。」
ほう、殊勝な。
「報奨金とか、そういうものは要らんということか?」
「頂けるのですか!?それは頂きますよ!是非とも!」
おいおい、お前な。
「まあ、情報が役立てばだが…。じゃあ、何で名前を出すなと?」
「そりゃ、決まってるじゃないですか。」
牧師はぴんと指を立てる。
「報復が怖いんですよ!警察に喋ったせいで夜道で刺されたらどうするんですかっ!責任とってくれるんですか!?」
真っ青な顔で叫ぶエドモンド。
知るかよ。
ん?あれ?なんだろうこの既視感。
「というか、なんなんすか殺人事件とか!?なんでウチなんですか!?他にも式場はあるでしょう!?もー嫌だ!助けて!」
嫌なのはこっちだよ。何コイツ。何でウチでも外でもこんな奴とからまなきゃならんのだ。
と、
「入ってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ。」
クリスの声を聞いたとたん、跳ね上がるように元のクールな牧師に戻る。
「なあ、マルコ、俺、コイツ嫌いだわ。」
「奇遇ですね、俺もです。」
ひそひそ声で言葉を交し合う俺とマルコ。
記録だけ受け取ってとっとと帰るか。
多少手間だが、一人一人当たっていけば…。
クリスがファイルをテーブルにどさりと置く。
地響きのような音が、教会の屋根に響く。
「どうぞ。お持ちになってください。」
にこりと笑う牧師。
声にならない俺たち二人の叫びが、心の中で、こだました。
作業は、夕方まで続いた。
結婚式場の使用者名簿の名前と、過去の事件履歴から重複した名前や事件をピックアップしていく。
結婚式において、スタッフに対して恨みを抱くような人間を探すため。
しかし、その量はあまりにも膨大だった。
「あー、多いですねー。」
「多いな。」
「こんなに皆結婚してるんですね。」
「ったく、どいつもこいつも結婚しやがって。そんなに結婚したきゃ…。」
「「俺と結婚しろ!」」
ハモる。そしてけだるい静寂。
「…。やるか。」
「はい。」
作業に戻る。
と、マルコが。
「そういえば、警部って、なんで結婚しないんですか?」
「ちょっと…、事情があってな、聞きたいか?」
遠い目をする俺。
「…!失礼しました。」
また手元の書類に目を戻すマルコ。
事情というのはな、
モテないんだよ。
そんなことを考えながら、ファイルをさらい続ける俺たち。
あの、膨大だったページの山も、いつの間にかゴールが見えてきた。
何の手がかりも無いまま。
「警部、まさか見当違いって事は無いですよね…。」
「…。謝ったら許してくれるか?」
二人の頬を、競うように冷や汗が伝う。
ちょっと待て、結婚式で、新郎新婦関係なく、出入りのスタッフだけに殺意を抱く奴。
そんな奴、いるか!?
ついに、最後のページがやってきた。
「警部…?ここまでやっといてまさかそんなことはないっすよねぇ?」
ぱらぱらと事件記録をめくりながらマルコが言う。
やばい、俺、調子に乗ってたかもしれない。
「あ、あのな、マルコ…。」
バン!
マルコが突如机を叩く。
思わず椅子から飛び上がる俺。
「わ、悪かった!謝るから!は、早まるな…。」
「違いますよ!これを!」
マルコは刑事記録の中、小さな文字で記された一枚を、半ば突きつけるように渡してきた。
「…。失踪!?」
「そうです。結婚式当日、花婿が失踪しています。」
マルコは一枚の書類を俺に手渡した。
クララ・ブレーン 人間。24歳。生真面目で、実直な女性だったようだ。
「それで?」
「失踪の原因は、恐らく式場に出入りしていた魔物による誘拐。」
そんなことがあんのかよ。
「失踪当時は大変嘆き悲しんでいたようですが、その数日後から独り言が目立ち、頻繁に部屋に引きこもるようになった。調査のため訪れた警官に襲い掛かるような行動も見せた。と報告されていますね。」
「…、かなりやばいな。」
「そして、奇妙なことに、」
マルコが書類の一点を指差す。
「先月、捜索願を取り消して、本人も失踪しています。」
一瞬の静寂。
「決まり、ですかね。」
顔を上げたマルコと、目が合う。
「そう決め付けんのはまだ早い。ただ、」
俺はにやりと笑う。
この錆付いた勘も、案外捨てたもんじゃないな。
「尻尾は掴んだ。」
俺は羽織を軽く整え、ドアを勢いよく開く。
「行くぞ、マルコ。」
「はい!」
マルコの応じる声が、ほの暗い廊下に、こだました。
「…、はあ、そうですか。ご迷惑おかけしました。」
ハーピーの少女に軽く頭を下げるマルコ。
夕日もほとんど地平線に頭を埋め、藍色の空が頭上を覆う。
「意気込んで出てきたものの、見つからないですねえ。」
「そりゃあ、そんなにちょろっと見つかったら失踪じゃねえしな。それにもし犯人様だったら、目撃されずに四人殺してんだぞ。長期戦は覚悟の上だ。」
マルコは、はあ、と疲れた顔で答えた。
「つーか、資料まで一日使って手伝ってもらったんだから、別にもうこれ以上無理に付き合うこと無いぞ?働き通しだったんだから、帰って休んだらどうだ。」
「いえ、乗りかかった船ですから。最後までお付き合いしますよ…。っくし!」
マルコがまた盛大にくしゃみを轟かす。
怪人マルコといえども、流石にここまで働きづめでは体に響くのだろう。
「大丈夫か?」
「ちょっと冷えてきましたね。上着を置いてくるべきでは無かったかな。」
「ん。」
俺は羽織を脱いでマルコに手渡す。
「え!?いや、あの、これは…。」
「遠慮すんな。お前に風邪でもひかれたら後々困るのは俺だ。」
「いや、遠慮じゃないというか…、っくし!」
結局しぶしぶと袖を通すマルコ。
いかり肩のアイツにはどうも似合わない。
「…。すいません。」
「いんだよ。俺なんぞにここまでついてきてくれたことを感謝してるんだ。」
「警部…。」
じんとした眼でマルコがこっちを見る。
ああ、畜生。こういうのは柄じゃねえな。
「写真何枚か持ってたろ。一枚寄越せ。二手に分かれた方が良い。」
「あ、はい。」
俺はマルコから写真を受け取ると、一本向こうの通りで聞き込みを始めた。
「あー…。本当に何の手がかりも無いな。」
小一時間聞き込みをするも、情報は0。
気がつけば、もうウチの近所まで歩いてきていた。
ん?何か忘れてるような…。
ウチ?
あ。
大急ぎで自宅へと走る。
ドアの前に立ち、耳を当てて中の様子を窺う。
「…さ。」
え?歌ってる?
「お化けなんて無―いさ!お化けなんてうっそさ!♪」
いや、お化けはお前だろ。
「ぼーくだって怖いな♪…。しょ、小生は怖くないでありますよ!」
誰に言ってんだ。
「そ、そうでありますよ。さ、さ、殺人鬼がへ、部屋に入ってくるなんて、あ、あり、ありえないでありますよ。そうでありま…。」
がちゃ。
「いやああああああああああああああああ!!!」
耳をつんざく絶叫。
「しょ、小生食べても美味しくないでありますよー!も、もうちょっと待ってれば主殿が帰ってくるであります。そしたらパンでも焼いてもらって…。」
「俺は殺人鬼にまでチーズトーストを作ってやらにゃならんのか?」
「いやーーーっ!いや…、へ?主殿?」
目を丸くする少女。
「主殿…。あるじどのーっ!」
「うお!?」
突然飛びつかれ、体勢を崩す。
「寂しかったでありますよ!怖かったでありますよ!なんでこんなに帰ってこないのでありますか主殿のバカバカバカバカ!」
返す言葉も無い。
「…。でも、帰ってきてくれて、よかったであります。」
ぎゅ、と少女が強く俺のワイシャツを握り締める。
「捨てられてなくて、よかったであります。」
「っ…。」
俺は少女の頭に手を置いた。
「心配しすぎだっつの。そんなわけねえだろ。」
「ねえ、主殿?」
少女がこちらを見上げる。
「何だ?」
「しょ・う・こ。」
少女が目をつむり、唇をつきだす。
「あー、はいはい。そういうのいいから。」
俺は適当に少女をうっちゃる。
コイツと喋ったら、徹夜の疲れがどっと湧き起こってきた。
「わりい、ちょっとだけ、ねる…。」
俺は気を失うように寝床へ倒れこんだ。
んん…?
妙な圧迫感に目を開ける。
見ると、少女が俺を転がそうとしていた。
何してんだ。
「ズボンの、チャックさえ出れば、こっちのものでありますのに…。」
不埒な作戦の計画主に、起き上がりざまにチョップ。
というか、俺なんでここに…?
やべえ!寝ちまった。
時計を見るともう夜になっている。
おいおいおい、マジかよ。
「あ、主殿?」
慌てて部屋を飛び出す。
「っと、悪い!」
途中で部屋に帰る男とぶつかりそうになった。
畜生。人に俺に任せて休んどけとか言っておきながら、このざまかよ。
とにかく、今すぐ町に戻って、すこしでも情報を…。
「クララ、帰ったよ。」
背後から、さっきの男の声。
急げ急げ…。クララ?
「ちょっと待てアンタ!警察だ!」
男の胸倉を掴んで詰め寄る。
「え!?ちょっ!?警察!?」
うろたえる青年に、写真を突きつける。
「この女知らないか!?」
「…!何でクララの写真を!?」
マジかよ。まさかご近所さんだったとは。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。
「はいはい、今開ける。」
扉の中から、女性の声がする。
ビンゴ。
さて、じかに顔を拝ませてもらうか。
ゆっくりとドアが開いた。そしてその中から、
写真とは180度印象の違う、ピンクの髪の女性が現れた。
「ん?なに?お客さん?」
「あ、えと、その。」
青年が女性のほうを差す。
「妻の、クララです。」
その後、二人の部屋、いや、この表現は適切でない。で聞いた話をまとめると、こう。
トイレに行った後、式場の中で迷子になってしまったこの青年は、何者かに襲われる。
この何者かというのは、披露宴にまぎれて男漁りをしようと目論んでいたサキュバスで、新郎君はゲストと間違われ、有無を言わさず美味しく頂かれてしまう。
その後しばらくは呆然と絞られていたものの、インキュバス化が始まって意識がどうにか保てるようになった際に身の上を説明。サキュバスはクララさんの家を訪れ、事情を説明して謝罪した。
彼女は悩んだ末、彼と一緒に暮らせるなら別に少々特殊な事情も受け入れると決めた。
サキュバスも彼女を受け入れたものの、インキュバスと人間じゃ彼女の体に差し障るだろうという建前で、彼女も美味しく頂かれてしまい…。
「というわけで、レッサーサキュバスのクララでーす。」
という訳だ。
「独り言や、引きこもりが目立ったって聞いてるんだけど。」
「あー、それね。今はもう慣れたけど、魔力注がれたての頃はもともと溜まってたもんでもう頭ん中エッチな妄想でいっぱいんなっちゃってさ。もー、淫語だだ漏れるわ、一人エッチに夢中で部屋から出れなくなっちゃうわ大変だったんだから!」
警官に襲い掛かったってのも、それか。
「しばらく、ほとぼりが冷めるまでは皆に秘密にしとこーって皆で決めたんだもんねー。」
「ねー。」
青年と肩をつつきあうクララ。
「今は三人で一日中ラブラブしてんだもんねー。」
「ねー。」
「ねー。」
奥から別の女性の声がする。
「ふっざけんなー!」
テーブルをひっくり返そうとしたが、意外と重かったので、断念。
冗談じゃない。頼みの綱がこんな茶番だったとは。いや、殺人犯でないのだから、むしろ良かったのかもしれないが。
目を丸くしてこっちを見つめる二人。
「…。ああ、悪い、蜜月を邪魔して悪かった。これで失礼する。」
俺は肩を落とし、とぼとぼと部屋を後にした。
少女が部屋から顔を覗かせる
「主殿?どこへ行ってたのでありますか?」
「ご近所付き合いだ。」
「は?」
怪訝そうな顔をする少女。
さて、捜査は見事に振り出しに戻ってしまった。
こんな絶望はない。
と、
思っていた。まさにこの時まで。
「ここにいらっしゃいましたか!」
大声に驚いて振り向くと、俺を不審呼ばわりしたあの警官が通りからこっちを見ている。
「探したんですよ!」
「あー、悪い悪い。ちょっと事情があってな。マルコにこの件も含めて謝るから…。」
「それどころじゃないんです!」
俺は一瞬、耳を疑った。
「マルコ部長が、刺されました!」
絶望的な知らせが、漆黒の空に、こだました。
「あれ!?警部?いつの間に署へ?」
書類片手にマルコが部屋に入ってくる。
「珍しいですね、事件の後とはいえ、こんな時間から警部が起きて署にいるなんて。槍でも降るんじゃないですか?」
マルコはからからと笑う。
仕事全部押しつけたっつーのに、元気有り余ってんな。コイツ。
「速く来た、っつーより、居たんだ。あー、徹夜っつ−のは性に合わんな、やっぱり。」
「警部が徹夜で仕事!?いよいよ世界終末ですか!?」
マルコが大仰なリアクションを取る。
そこまで言うか。
「何かどいつもこいつも最近俺を軽侮してないか?警部だけに。」
「多分そういうことを言うからですね。」
真顔で言うマルコ。
畜生。わりと上手く決まったと思ったのに。
「で、何を調べて?」
「おう、そうだ、コイツを見てくれ。」
手元から紙を一枚取って、マルコに渡す。
「…。これって…。」
こちらを窺うように見つめるマルコに、俺は頷く。
「今すぐ、向かうぞ。」
「何だって!?」
驚いた声を上げる修道服姿の男とウィンプルを被った女性。
近所の教会で牧師を勤めるエドモンドと、その秘書役のクリスである。
「今の話は本当ですか!?」
「残念ながら。四人が四人とも、この教会がお得意様だったわけだ。」
「そんな、まさか…。」
ガンマルク市は元反魔領であり、町ごと譲られたという特殊な歴史から、親魔の国家内でありながら教会などの施設が未だにそのまま運営されている。そのため、この町では、主神像の前で魔物が愛を誓うという珍しい光景が見られるのだ。
「っくし!」
マルコが大きなくしゃみをする。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配なく。」
洟をすするマルコ。
「しかし、結婚式と殺人事件に、関係性などあるのですか…?」
クリスがエドモンドの影からおぞおずと尋ねる。
「まだ分からん。それをこれから調べたいんだ。記録だけでも見せてもらえないか?」
「あ、あの、外部の方に個人情報をお見せすることは…。」
「いいよ。クリス。式場利用者の名簿と、スタッフのリストを出してきて。」
クリスの言葉を遮るようにエドモンドが言う。
「しかし…!」
「妙な疑いを掛けられても困るし、関係があると思われてウチの評判が落ちる前にとっとと解決してもらったほうがいいでしょ?」
随分とまた現金な男だな。まあ、お布施の収入も無しに聖職者として食っていくには仕方のない事かもしれないが。
クリスは一瞬迷うように視線を泳がせた後、奥の部屋へと去っていった。
エドモンドはそのまま俺たちの向かいに座る。
「刑事さん。クリスも言っていましたが、本当にウチの教会と事件に関係が?」
「あー…。それは…。」
よくよく考えてみれば、結婚式とは単に被害者に共通した職場であったというだけだ。余りに共通項の無かったので、藁にもすがる思いで飛びついたものの、理論としては粗いことこの上ない。
しかし、今考えられるのはこれだけだ。
「まだ、分からない。ただ、どうも俺には、それがこの事件のキーのように思える。」
「刑事の勘というやつですか。」
じっと俺を見つめるエドモンド。
「刑事さん。お願いがあるんですが。」
ゆっくりとエドモンドが口を開く。
「なんだ?」
「…。我々がここで貴方がたに情報を提供したということを、公にしないで頂きたいのですが。」
ほう、殊勝な。
「報奨金とか、そういうものは要らんということか?」
「頂けるのですか!?それは頂きますよ!是非とも!」
おいおい、お前な。
「まあ、情報が役立てばだが…。じゃあ、何で名前を出すなと?」
「そりゃ、決まってるじゃないですか。」
牧師はぴんと指を立てる。
「報復が怖いんですよ!警察に喋ったせいで夜道で刺されたらどうするんですかっ!責任とってくれるんですか!?」
真っ青な顔で叫ぶエドモンド。
知るかよ。
ん?あれ?なんだろうこの既視感。
「というか、なんなんすか殺人事件とか!?なんでウチなんですか!?他にも式場はあるでしょう!?もー嫌だ!助けて!」
嫌なのはこっちだよ。何コイツ。何でウチでも外でもこんな奴とからまなきゃならんのだ。
と、
「入ってもよろしいですか?」
「ああ、いいよ。」
クリスの声を聞いたとたん、跳ね上がるように元のクールな牧師に戻る。
「なあ、マルコ、俺、コイツ嫌いだわ。」
「奇遇ですね、俺もです。」
ひそひそ声で言葉を交し合う俺とマルコ。
記録だけ受け取ってとっとと帰るか。
多少手間だが、一人一人当たっていけば…。
クリスがファイルをテーブルにどさりと置く。
地響きのような音が、教会の屋根に響く。
「どうぞ。お持ちになってください。」
にこりと笑う牧師。
声にならない俺たち二人の叫びが、心の中で、こだました。
作業は、夕方まで続いた。
結婚式場の使用者名簿の名前と、過去の事件履歴から重複した名前や事件をピックアップしていく。
結婚式において、スタッフに対して恨みを抱くような人間を探すため。
しかし、その量はあまりにも膨大だった。
「あー、多いですねー。」
「多いな。」
「こんなに皆結婚してるんですね。」
「ったく、どいつもこいつも結婚しやがって。そんなに結婚したきゃ…。」
「「俺と結婚しろ!」」
ハモる。そしてけだるい静寂。
「…。やるか。」
「はい。」
作業に戻る。
と、マルコが。
「そういえば、警部って、なんで結婚しないんですか?」
「ちょっと…、事情があってな、聞きたいか?」
遠い目をする俺。
「…!失礼しました。」
また手元の書類に目を戻すマルコ。
事情というのはな、
モテないんだよ。
そんなことを考えながら、ファイルをさらい続ける俺たち。
あの、膨大だったページの山も、いつの間にかゴールが見えてきた。
何の手がかりも無いまま。
「警部、まさか見当違いって事は無いですよね…。」
「…。謝ったら許してくれるか?」
二人の頬を、競うように冷や汗が伝う。
ちょっと待て、結婚式で、新郎新婦関係なく、出入りのスタッフだけに殺意を抱く奴。
そんな奴、いるか!?
ついに、最後のページがやってきた。
「警部…?ここまでやっといてまさかそんなことはないっすよねぇ?」
ぱらぱらと事件記録をめくりながらマルコが言う。
やばい、俺、調子に乗ってたかもしれない。
「あ、あのな、マルコ…。」
バン!
マルコが突如机を叩く。
思わず椅子から飛び上がる俺。
「わ、悪かった!謝るから!は、早まるな…。」
「違いますよ!これを!」
マルコは刑事記録の中、小さな文字で記された一枚を、半ば突きつけるように渡してきた。
「…。失踪!?」
「そうです。結婚式当日、花婿が失踪しています。」
マルコは一枚の書類を俺に手渡した。
クララ・ブレーン 人間。24歳。生真面目で、実直な女性だったようだ。
「それで?」
「失踪の原因は、恐らく式場に出入りしていた魔物による誘拐。」
そんなことがあんのかよ。
「失踪当時は大変嘆き悲しんでいたようですが、その数日後から独り言が目立ち、頻繁に部屋に引きこもるようになった。調査のため訪れた警官に襲い掛かるような行動も見せた。と報告されていますね。」
「…、かなりやばいな。」
「そして、奇妙なことに、」
マルコが書類の一点を指差す。
「先月、捜索願を取り消して、本人も失踪しています。」
一瞬の静寂。
「決まり、ですかね。」
顔を上げたマルコと、目が合う。
「そう決め付けんのはまだ早い。ただ、」
俺はにやりと笑う。
この錆付いた勘も、案外捨てたもんじゃないな。
「尻尾は掴んだ。」
俺は羽織を軽く整え、ドアを勢いよく開く。
「行くぞ、マルコ。」
「はい!」
マルコの応じる声が、ほの暗い廊下に、こだました。
「…、はあ、そうですか。ご迷惑おかけしました。」
ハーピーの少女に軽く頭を下げるマルコ。
夕日もほとんど地平線に頭を埋め、藍色の空が頭上を覆う。
「意気込んで出てきたものの、見つからないですねえ。」
「そりゃあ、そんなにちょろっと見つかったら失踪じゃねえしな。それにもし犯人様だったら、目撃されずに四人殺してんだぞ。長期戦は覚悟の上だ。」
マルコは、はあ、と疲れた顔で答えた。
「つーか、資料まで一日使って手伝ってもらったんだから、別にもうこれ以上無理に付き合うこと無いぞ?働き通しだったんだから、帰って休んだらどうだ。」
「いえ、乗りかかった船ですから。最後までお付き合いしますよ…。っくし!」
マルコがまた盛大にくしゃみを轟かす。
怪人マルコといえども、流石にここまで働きづめでは体に響くのだろう。
「大丈夫か?」
「ちょっと冷えてきましたね。上着を置いてくるべきでは無かったかな。」
「ん。」
俺は羽織を脱いでマルコに手渡す。
「え!?いや、あの、これは…。」
「遠慮すんな。お前に風邪でもひかれたら後々困るのは俺だ。」
「いや、遠慮じゃないというか…、っくし!」
結局しぶしぶと袖を通すマルコ。
いかり肩のアイツにはどうも似合わない。
「…。すいません。」
「いんだよ。俺なんぞにここまでついてきてくれたことを感謝してるんだ。」
「警部…。」
じんとした眼でマルコがこっちを見る。
ああ、畜生。こういうのは柄じゃねえな。
「写真何枚か持ってたろ。一枚寄越せ。二手に分かれた方が良い。」
「あ、はい。」
俺はマルコから写真を受け取ると、一本向こうの通りで聞き込みを始めた。
「あー…。本当に何の手がかりも無いな。」
小一時間聞き込みをするも、情報は0。
気がつけば、もうウチの近所まで歩いてきていた。
ん?何か忘れてるような…。
ウチ?
あ。
大急ぎで自宅へと走る。
ドアの前に立ち、耳を当てて中の様子を窺う。
「…さ。」
え?歌ってる?
「お化けなんて無―いさ!お化けなんてうっそさ!♪」
いや、お化けはお前だろ。
「ぼーくだって怖いな♪…。しょ、小生は怖くないでありますよ!」
誰に言ってんだ。
「そ、そうでありますよ。さ、さ、殺人鬼がへ、部屋に入ってくるなんて、あ、あり、ありえないでありますよ。そうでありま…。」
がちゃ。
「いやああああああああああああああああ!!!」
耳をつんざく絶叫。
「しょ、小生食べても美味しくないでありますよー!も、もうちょっと待ってれば主殿が帰ってくるであります。そしたらパンでも焼いてもらって…。」
「俺は殺人鬼にまでチーズトーストを作ってやらにゃならんのか?」
「いやーーーっ!いや…、へ?主殿?」
目を丸くする少女。
「主殿…。あるじどのーっ!」
「うお!?」
突然飛びつかれ、体勢を崩す。
「寂しかったでありますよ!怖かったでありますよ!なんでこんなに帰ってこないのでありますか主殿のバカバカバカバカ!」
返す言葉も無い。
「…。でも、帰ってきてくれて、よかったであります。」
ぎゅ、と少女が強く俺のワイシャツを握り締める。
「捨てられてなくて、よかったであります。」
「っ…。」
俺は少女の頭に手を置いた。
「心配しすぎだっつの。そんなわけねえだろ。」
「ねえ、主殿?」
少女がこちらを見上げる。
「何だ?」
「しょ・う・こ。」
少女が目をつむり、唇をつきだす。
「あー、はいはい。そういうのいいから。」
俺は適当に少女をうっちゃる。
コイツと喋ったら、徹夜の疲れがどっと湧き起こってきた。
「わりい、ちょっとだけ、ねる…。」
俺は気を失うように寝床へ倒れこんだ。
んん…?
妙な圧迫感に目を開ける。
見ると、少女が俺を転がそうとしていた。
何してんだ。
「ズボンの、チャックさえ出れば、こっちのものでありますのに…。」
不埒な作戦の計画主に、起き上がりざまにチョップ。
というか、俺なんでここに…?
やべえ!寝ちまった。
時計を見るともう夜になっている。
おいおいおい、マジかよ。
「あ、主殿?」
慌てて部屋を飛び出す。
「っと、悪い!」
途中で部屋に帰る男とぶつかりそうになった。
畜生。人に俺に任せて休んどけとか言っておきながら、このざまかよ。
とにかく、今すぐ町に戻って、すこしでも情報を…。
「クララ、帰ったよ。」
背後から、さっきの男の声。
急げ急げ…。クララ?
「ちょっと待てアンタ!警察だ!」
男の胸倉を掴んで詰め寄る。
「え!?ちょっ!?警察!?」
うろたえる青年に、写真を突きつける。
「この女知らないか!?」
「…!何でクララの写真を!?」
マジかよ。まさかご近所さんだったとは。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。
「はいはい、今開ける。」
扉の中から、女性の声がする。
ビンゴ。
さて、じかに顔を拝ませてもらうか。
ゆっくりとドアが開いた。そしてその中から、
写真とは180度印象の違う、ピンクの髪の女性が現れた。
「ん?なに?お客さん?」
「あ、えと、その。」
青年が女性のほうを差す。
「妻の、クララです。」
その後、二人の部屋、いや、この表現は適切でない。で聞いた話をまとめると、こう。
トイレに行った後、式場の中で迷子になってしまったこの青年は、何者かに襲われる。
この何者かというのは、披露宴にまぎれて男漁りをしようと目論んでいたサキュバスで、新郎君はゲストと間違われ、有無を言わさず美味しく頂かれてしまう。
その後しばらくは呆然と絞られていたものの、インキュバス化が始まって意識がどうにか保てるようになった際に身の上を説明。サキュバスはクララさんの家を訪れ、事情を説明して謝罪した。
彼女は悩んだ末、彼と一緒に暮らせるなら別に少々特殊な事情も受け入れると決めた。
サキュバスも彼女を受け入れたものの、インキュバスと人間じゃ彼女の体に差し障るだろうという建前で、彼女も美味しく頂かれてしまい…。
「というわけで、レッサーサキュバスのクララでーす。」
という訳だ。
「独り言や、引きこもりが目立ったって聞いてるんだけど。」
「あー、それね。今はもう慣れたけど、魔力注がれたての頃はもともと溜まってたもんでもう頭ん中エッチな妄想でいっぱいんなっちゃってさ。もー、淫語だだ漏れるわ、一人エッチに夢中で部屋から出れなくなっちゃうわ大変だったんだから!」
警官に襲い掛かったってのも、それか。
「しばらく、ほとぼりが冷めるまでは皆に秘密にしとこーって皆で決めたんだもんねー。」
「ねー。」
青年と肩をつつきあうクララ。
「今は三人で一日中ラブラブしてんだもんねー。」
「ねー。」
「ねー。」
奥から別の女性の声がする。
「ふっざけんなー!」
テーブルをひっくり返そうとしたが、意外と重かったので、断念。
冗談じゃない。頼みの綱がこんな茶番だったとは。いや、殺人犯でないのだから、むしろ良かったのかもしれないが。
目を丸くしてこっちを見つめる二人。
「…。ああ、悪い、蜜月を邪魔して悪かった。これで失礼する。」
俺は肩を落とし、とぼとぼと部屋を後にした。
少女が部屋から顔を覗かせる
「主殿?どこへ行ってたのでありますか?」
「ご近所付き合いだ。」
「は?」
怪訝そうな顔をする少女。
さて、捜査は見事に振り出しに戻ってしまった。
こんな絶望はない。
と、
思っていた。まさにこの時まで。
「ここにいらっしゃいましたか!」
大声に驚いて振り向くと、俺を不審呼ばわりしたあの警官が通りからこっちを見ている。
「探したんですよ!」
「あー、悪い悪い。ちょっと事情があってな。マルコにこの件も含めて謝るから…。」
「それどころじゃないんです!」
俺は一瞬、耳を疑った。
「マルコ部長が、刺されました!」
絶望的な知らせが、漆黒の空に、こだました。
11/12/29 07:31更新 / 好事家
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