連載小説
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2.苛立ちに任せて事を行うと、かえって面倒くさい事になる。
現場は、騒然としていた。
まずいな、私服で来てしまった。
マルコを見つけられればいいが、なんせ暗い。おまけにこの人だかりだ。
どうする…。
がし。
「あ?」
「マルコ部長―?どちらにー?」
辺りを見張っていた警官の一人が俺の腕をつかみ、誘導する。
なるほど、なかなか気のつく人物だ。将来有望だな。
「なんだ?どうした。」
「あ、部長。」
若い警官が、ぴっと敬礼する。
「不審人物を発見したので、補導いたしました!」
前言撤回。
「誰が不審人物だ!」
「あの、警部?」
「何だ?」
マルコが怪訝な目でこっちを見ている。
「そのジャケットは何ですか?」
「あ?こいつは羽織といってな、着物の一つだ。」
「その靴は?」
「これは下駄。」
「その背中のものは?」
「これは竹刀といって、まあ模刀の一種だな。」
「その頭のそれは?」
「知らんのか?これは天狗という魔物を模した仮面で…。」
「どっからどう見ても、不審人物でしょうが!!」
突然大声を出され、おもわず仰け反る。
「何ゆえそんな格好で!?」
「通り魔がうろついているなら、目立つ格好がいいかと思って。」
「取り押さえるべき犯人から目立ってどうするんですか!?」
マルコが深くため息をつく。
「この様式美が分からんとは、まだ青いな。」
「多分一生分からないと思います。」
まあ、実のところ、慌てて手当たりしだい着てきた結果なんだけどな。
「そんなことよりも、速く現場を…。」
俺はマルコに案内されるまま、事件現場へ向かった。
「…。うわ、酷いな。」
不本意ながら顔をしかめる。
長年この仕事をやっていても、こればっかりは慣れない。
あるいは慣れたら人として終わりかもしれないが。
両足を伸ばし、ぺたんと座り込む女性。
一見すると、酔って路地裏で寝てしまった女の子とも見えなくも無い。
腹部に、生々しい傷口が開いていなかったなら。
肉がえぐれ、その凹凸を黒ずんだ血が染めている。
足元に広がった血の海が、ランプの微かな光を映して輝く。
「今回のガイシャは?」
「マルタ・ヴィクティム。26歳。種族はワーラビット。イベント運営会社の社員だったそうです。」
ごく普通の会社員、か。脈絡の無さにまた希望をそがれた気分だ。
今までの被害者は以下の通り。
一人目は、フレドリカ・トート。24歳。アルラウネ。近所の花屋の店長。人当たりよく、怨恨の線なし。
二人目、フィオーレ・モルフィン。32歳。人間。女性。衣装デザイナーだったようだ。怨恨の線極めて薄い。
三人目、エドウィ・ポーシュカ。19歳。ピクシー。洋菓子店の店員。恨みを買っているような事実は無し。
そして、今。四人目が目の前で、死んでいる。
おそらくは今回も、優しく、誰からも愛される女性だったはず。
何ともやりきれないことに。
俺は、目をつぶり、ゆっくりと手を合わせた。
マルコが軽く息をつく。
「警部は、優しい人ですね。」
優しい?違うね。
俺は逃げるんだ。
彼女について考えることを、お前に丸投げして。
命というものと、乖離していたいから。
光を背にして見つめた闇が、体を締め付ける。
涙も出てこない。
自分が、とてつもなく矮小なものに思えた。
死なんて、案外簡単なことなのかもしれない。
そんな、子供じみた、幻想は、
突如として、打ち砕かれた。
「…の〜。」
ん?
なんだか聞いたような声がする。
「あーるじーどの〜!どこで、ひっく、どこにいるのでありますかぁ〜!」
つい最近聞いた阿呆な泣き声に、俺の意識は完全に現実へと引き戻される。
おいおい、マジか。
「このまま会えなかったら、ぐす、小生どうしたらいいのでありますかぁ〜!」
知るかよ。
俺の感傷を打ち砕くように、
少女の半泣きの叫びが、闇にこだました。


「やっと会えたでありますよ!」
不覚。まさか捕まってしまうとは。
夜陰に紛れてやり過ごそうかと思ったが、こいつの体が薄ぼんやりと発光しているので、これは見つかると思い作戦変更。塀を乗り越えて逃げることにしたのだが。
「ふっふーん。何を隠そう、小生、浮遊が出来るのでありますよ。」
ふよふよ滞空しながら胸を張る少女。
知るかよ!
だったら最初から歩くんじゃねえ!
てなわけであえなく捕獲。
「もー、小生がどれだけ不安だったと思ってるでありますか?」
知るかよ。
お前が勝手に出張ってきたんだろうが。
「何とか言ったらどうなのでありますか?そんなにほったらかしていると、」
少女がしなを作る。
「小生、他の男に取られてしまうでありますよ?」
「願ったり叶ったりだ。」
ショックを受けている。
「要するにお前は、夜中に一人ぼっちで留守番が怖くて、出てきたはいいものの外は真っ暗で、泣きべそ掻きながら俺を探してさまよい歩いてたんだろ!?」
「な、泣きべそなんか掻いてないでありますよ!」
いまさらつく意味の分からん嘘だな。
「だ、大体小生は魔物でありますよ。暗いところが怖いわけ…。」
「ヴぁっ!」
渋い重低音で。
「いやあああああああぁああああぁああぁぁ!!!」
ひっくり返った虫のようにじたばたする少女。
「あわ、あわ、あわ?」
辺りを見回す。
制止。
何事もなかったように立ち上がる。手で股間を隠しながら。
「ビビッてないでありますよ?」
どの口が言うんだ。
「その手は何だ。」
「なっ、何でもいいではないですか!」
…。
「はっ。」
「な、なんでありますかその顔は!?そんな目で見ないでほしいでありますっ!」
ちょうどいい、軽く仕返ししとくか。
「なんでもないんなら、手どけてみろ。」
「や、であります。」
「なんでだ?怪我したのか?見せてみろ。ほら。」
「あの、違っ、その、これは。」
「ほら?どうした?」
「い、いやっ!」
少女に手を伸ばした、その時。
「警部!?大丈夫ですか!?」
「うおおおおぉ!?」
マルコ現る。
心臓が、一瞬休憩タイムを取った。
「女性の叫び声が聞こえました。何かあったのかと。」
ごめんなさい。犯人俺です。
というか、この状況はまずい。どう見ても犯罪者だ。
マルコと差し向かって取り調べなんて真っ平ごめんだ。
「あ、あのな、これはそういうことじゃなくて。」
「へ?何がです?」
見ると、少女の姿はなく、足元には提灯が一つ転がるだけであった。
「ランプまで東洋式ですか。好きですねえ。」
「これが分からないとは、まだまだ。」
はいはいと適当に流すマルコ。
提灯娘、GJ!
「あー、叫び声は、聞こえなかったぞ。なんかの聞き間違いじゃないか?」
「そうですか?あれ、おかしいな。」
首を傾げつつ、帰っていくマルコ。
「あ、そうそう。」
振り向きざまにマルコは言う。
「傷口を調べました。今回も、同一犯です。」
気の重い知らせを残し、闇に消えるマルコ。
「どういつはん…。かっちょいいでありますな。」
「うお!」
いつの間にか元に戻っている。
「今の人が主殿の部下でありますか?」
「ああ、まあな。」
直属の部下ってわけではないが、なぜかこんな俺を慕ってくれている。
「はあ、あんな強そうな人をあごで使って。すごいでありますな!」
顎で使った覚えなどない。仕事を丸投げたことならしょっちゅうあるが。
「それより、さっきは助かった。」
「へ?」
「とっさに戻ったろ。提灯に。」
一瞬考える少女。
「そ、そうでありますよ。小生のとっさの機転がなければ今頃主殿はどうなっていたか…。」
分かってないな。絶対。
「お礼したいというなら、どうであります?そこの陰でしっぽりと…。」
「いいぞ。ただ、ひょっとするとうっかり腰巻の染みの匂いを嗅いでしまうかもなぁ…。」
びくりと少女の肩が跳ねる。
おー。悩んでる悩んでる。
「今は…、やっぱりいいであります…。」
女のプライドを取ったか。
「じゃあ、せめて…。」
おいおい、まだあんのかよ。勘弁してくれ。
「事件の内容を教えて欲しいであります。」
「は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「あの部下の人から報告を受けたときの主殿、なんかすっごく暗い顔をしてたであります。
小生、主殿にあんな顔されるの嫌であります。」
うつむく少女。
「だから、せめて少しでも力になりたいのであります!主殿には、笑っててほしいのでありますよ!」
「本心は?」
「探偵とか、憧れてるのであります!」
げし。
脳天にチョップをかます。
「う〜。役に立ちたいのも本心でありますよぉ!」
ったく。付き合ってられるか。
刑事事件の資料を一般人においそれと渡せるか阿呆。
というより、なんか舐められてないか?俺。
ちょっとここらで灸を据えといたほうがいいかもな。
「まあ、新しい視点から見ると、また違うかもしれんな。分かったよ。協力頼む。」
俺は懐から紙束を取り出し、少女に渡した。
「心得たであります!ふむ、どれどれ…。」
束に目を落とした少女の顔が、みるみる青くなっていく。
「あ、主殿…。ひょっとしてこれは…。」
俺は静かにうなずく。
「過去の被害者三人の情報。ガイシャの現場写真つき。本物。」
「あ、あ、あ、」
少女が小刻みに震えだす。
「ほら、分かったらとっとと返せ。お前には刺激が強…。おい?」
「い、いいいいい、い、いやあああああああああああああああああああ!」
音を立てて卒倒するまでの間。
少女の悲痛な叫びが、闇にこだました。


「落ち着いたか?」
頭から毛布をすっぽりかぶって震える少女に言う。
流石にあれはちょっとキツかったか。
「な、なんとか、だいじょぶであります。」
淹れてやってからずいぶん経って、さめた頃合のココアをぐっと飲み干す少女。
「主殿は平気なのでありますか…。流石はお巡りさんでありますね…。」
平気なもんか。
あんなもの好き好んでみる奴は居るまい。
いや、いるかも知れんが、少なくとも俺はその中に入らない。
ただ、データの形でまとめられていれば、余計な感情移入をせずに見られるというだけだ。
「悪いな、何か。むきになってた。」
「そんな、協力を申し出たのは小生のほうでありますよ。主殿は悪くないであります。」
毛布からちょこんと顔をのぞかせる少女。
「それに、もう怖くないでありま…、怖くな…、怖く…。ちょっと近くによってもいいでありますか…?」
すすす、と擦り寄ってくる少女。
怖いんじゃねーか。
「無理すんな。あんなもんいきなり見せた俺がとち狂ってたんだよ。」
隣に座って縮こまる少女の肩を、ぽんぽんと軽く叩く。
「うう…。面目ないであります。」
しょぼんとうつむいている少女。
このままただしょげさせておくのも元凶として罪悪感があるな。
この際しゃあないか。まあ、コイツが人にべらべら話すとも思えんし。
俺は懐から資料を取り出し、少女に渡す。
「どうだ、なんか分かるかね、探偵さんよ。」
「え、いや、でも、これは…。」
開くのをためらう少女。
「安心しろ。写真は抜いといた。」
その言葉を聞くと、少女は恐る恐る一枚目を覗くようにめくり、何もないことを確認した上でぱらぱらとページを繰り始めた。
「むー。年齢も、風貌も、種族も、ほんとにバラバラでありますな。」
住所、経歴、果ては名前の頭文字まで、考え付きそうなことは大概洗ったが、共通項は全く無し、下手すりゃ若い女性ってだけで殺しにかかる変態通り魔の犯行かもしれない。
「花屋さん、デザイナーさん、ケーキ屋さん、それと、司会進行のお姉さん。ずいぶんと華やかでありますな。憧れるであります。」
憧れ、ね。
どんなに素敵な職についていても、死んでしまったらどうすることも出来ない。
「この人は、どんな風にお仕事していたでありますかなぁ?」
「…。知るかよ。」
目を合わせることなく、俺は答える。
「…、死ぬとき、どんな気持ちだったでありましょうか…。」
「知るかよ。別になんだっていいだろ。」
「良くないでありますよ!」
突然立ち上がって叫ぶ少女。
「毎日がすっごい楽しかったかもしれないのでありますよ!?好きな人がいたのかもしれないのでありますよ!?それが…、終わりになっちゃったのでありますよ!?いきなり!それで、いいのでありますか!?小生は嫌であります!」
半泣きになる少女。
俺は、少女に背を向けた。
「知るかよ…。そんなこと考えてどうなる。」
「なんで逃げるのでありますか。」
時間が止まった。
おもわず息を呑む。
「いつも自分の知りたいことだけ訊いて、知りたくないことは、知るかよ、って言って。知ることを、放棄するのであります。主殿は、いつも。」
少女は震えた声で搾り出すように言う。
「こういう人を、助けるのが、お巡りさんではないのでありますか!?主殿は、なんで…!」
「お前に何が分かる!」
びくりと体を震わせる少女。
この声は、自分が出したのだと気づくまで、数秒かかった。
「…。いや、悪い、違うな。お前の言うとおりだ。」
そうだ。その通り。
俺は、現に、逃げている。
今までだってそうだ。
被害者と現場のデータから、プロファイリングで事件を解決する。被害者の事情には極力触れない。実際に犯人をしょっ引くのは部下の役目だ。
犯人には、会わない。
やむにやまれぬ事情があったりしたら、その身の上を考えてしまうし、下種野郎だったらだったで、死んだ人間の無念が俺の頭にこびりつく。
悲劇は、いらない。謎が解ければ、俺の仕事はない。
それでいい。
もう、沢山だ。守れなかったものに、涙を流すのなんか。
「…の?」
死んだ人間は、生き返らない。犯した罪は、拭えない。
人は元には戻れない。それだけの事実が、何故。
「主殿!?」
はっと我に帰る。
少女の丸い二つの目が、俺を覗き込んでいた。
「…、本当に悪かった。」
少女の目に、ぶわっと涙が溜まる。
「主殿、勝手なこと言って、申し訳なかったであります。」
「いや、悪かったのは俺だ。すまん。」
少女は気をつけの姿勢のまま言う。
「主殿にも色々あったのに、辛いことがあったのに、ちっとも分かってなかったのであります。小生、馬鹿であったであります。」
ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちていく。
「だから、謝るであります。謝るでありますから、どうかっ、嫌いにならないでほしいでありますっ!」
そのままわあわあと泣き出してしまった。
ったく。本当に。
こんなに取り乱されては、こっちが冷静にならざるを得ない。
「ほれ、泣くな。俺は、大丈夫だ。」
少女をそっと抱きしめる。
「元はといったら、俺がお前に一目惚れして買ったんだ。嫌いには、ならねえよ。」
「主殿…。そんなこといわれたら…。小生…。」
頬を染め、赤い目で俺を見つめる少女。
「ムラムラしてきちゃったであります!」
はい?
「そういえばこの間中途半端で終わってたでありますね!試合続行でありますよー!」
少女が俺にル○ンダイブ。
そのまま俺は少女を巴投げ。
「じ、柔術なんて、どこで?」
「通信講座。」
ちなみに一ヵ年コース。
「遠慮することないでありますよ!ほら、存分にハメていいでありますよ?」
ダメだ。コイツ全然変わらん。
シリアスパートに期待したのだが、無理だったか。
「で、被害者について気づいたこととかあるか?」
「そうでありますな…というか何で縛るのでありますか!?」
「危険だからだ。それで?」
「うーん、こういうのはどうでありますか?」
少女がゆっくりと語りだす。
「こう、なんか、ピンクなのが嫌いな犯人なのでありますよ。だから、花とか、ケーキとか…。」
「ピアノは?」
「う…。じゃあ、こう、人の集まる場所が嫌いなので、ファッションショーとか、イベントとかをする人達を…。」
「今度は花屋の説明がつかん。第一嫌いならそいつが行かなきゃいい話だろ。」
「むう…。」
頭を捻る少女。
そう簡単に思い浮かぶものなら、俺たちだって苦労しない。
「あ!」
え!?思いついちゃった!?
「なんか力が出ないと思ったら、ご飯食べてなかったであります!」
飯かよ!というか飯食うのお前!?
「食べるでありますよ!この姿で動くとエネルギー使うのであります。ただ、主殿が直接エネルギーを注いでくださるのなら、別でありますけど…。」
「なんか探してくる。」
目を合わせないように台所へ向かう。
チーズがあったので、トーストを焼いて、上に乗っける。
「参ったなあ、手が使えないであります。主殿、あーんして欲しいでありますぅー。」
「縄解くぞ。」
ちっ、とか言いつつトーストをもしゃつく少女。
嫌なら食うなよ。
「ぷはぁ、ご馳走さまであります!おいしかったでありますよ!欲を言えば今度はご飯が食べたいであります!」
異様に図々しいな。
「ご飯おいしいでありますよ?」
「お前な、炊くのだって相当な骨折りだし、だいたいこの辺で米なんて手に入らないだろ。食う奴もいないし、ほとんど用途としては…。」
米?
何だ?頭の奥で何かがちらつくような。
花、デザイン、ケーキ、そして司会。
バラバラだったキーワードが、頭の中で、今、一つにつながった。
「結婚式だ!」
「ええ!?き、気が早いでありますよ!小生、もうちょっとこの近くて遠い関係を楽しんでいたいというか…。」
少女の頭を思い切りひっぱたく。
「まさか?いや、でも可能性はある。よし!」
俺は資料をひったくると、取るものもとりあえず外の闇に躍り出た。
「署で詳しいことを調べてくる!留守番してろ!外出んなよ!」
少女の顔が不安に染まる。
「え、あの、一人でありますか?」
「ああ!」
「あんなの見ちゃったのに、一人で留守番でありますかぁ!?」
「頼む!」
それだけ言うと、俺は転がるように署へと走る。
「後生であります!あるじどっ…!」
少女の希望を断ち切るように、ドアが音を立てて閉まった。
「主殿――――っ!!」
またしても、少女の叫びは、闇にこだました。
11/12/22 14:25更新 / 好事家
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■作者メッセージ
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回の作品は、前回までと違い、夜中にチョビチョビ書き足していったのですが、
今読み返してみると…、粗いっすね…。
ごめんなさい。
それでも厚顔無恥に投稿させていただきます。
どうかひらに末席を汚すことを許していただければと。
ではでは。

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