その歩みは前進か、その想いは強固か
翌朝。
覚醒したのは僅かにシーフォンが先だった。
彼はいつもと違う、『もさっ』という感触に違和感を感じ、目を覚ます。
その正体を確かめるべく、無意識のうちに手を伸ばしたそれは、タマノの尻尾だった。
だが、昨日の感触では、それはあくまで『ふさっ』という感じだとシーフォンは記憶していただけに、目視による確認をすることにした。
するとそこには、やはりタマノの尻尾。
……しかし、数が違う。
三本だった彼女の尻尾は、一本増えて四本になっていた。
「おい……、タマノ。タマノ、起きてくれ」
「ぅん…………? なんじゃ?」
「お前の尻尾……」
尻尾と言われて、タマノは自分の背後のそれに手をやった。
「ん……? ……、おおっ! 増えていんす!」
「どうなっているんだ?」
「言ったじゃろう? 尻尾は妖力のパラメーターじゃと。つまりわっちはちょっと大人になったということじゃな!」
「やっぱり……昨日のアレなのか?」
「そうじゃろうな。……わっちらの一族は、だいたい子の多い奴ほど尻尾の数も多いからの」
「よかったじゃないか」
「と、言うことは、じゃ。ぬし様とわっちがたくさんすれば、その分わっちも力が付く、……ということになりんす。じゃからぬし様や、これからも折々、わっちとしてくりゃれ?」
「ああ、わかった……って、う……っ!?」
シーフォンが頷いた瞬間、タマノはシーフォンの動きを縛る術を放った。
「ぐ……っ、くそ、昨日のよりずっと強い……!?」
「くふふ、妖力が上がっておるからの、当然じゃ。……さて、まずは早々に二回目、頂きんす♪」
……朝からこってりと搾られたシーフォンであった。
******
――結局その日、小屋を出たのは太陽が頭上を通り過ぎようかという時間になってからだった。
季節が季節なのでそれほど寒くはないが燦々と照りつける太陽。
その下で歩く影が二つ。
一つはタマノ、もう一つはシーフォンのものだ。
シーフォンと並んで歩くタマノの足取りは底抜けに軽く、それこそ空でも飛び出しそうなほどだった。ローブに隠れて見えないが、ご機嫌のあまり四本に増えた尻尾も、それぞれがワサワサと、尻尾どうしを擦り合わせて衣擦れのような音を出している。
それに対するシーフォンも、それほど重い足取りではなかった。
朝方から密度の濃い睦事を行ったにもかかわらずだ。
それどころか身体の奥から、少しだが力が湧いてくるような感覚さえ彼は感じていた。
「ずいぶんご機嫌だな、タマノ?」
「それはもちろんじゃっ。ああしてぬし様と繋がることで、ぬし様から妖力の源と……幸せを沢山貰ったからの……!」
「その事なんだが……、俺もちょっと不思議な感覚がするんだよな。こう、タマノが俺の中にいるっていうか……、何て言えばいいんだろうか……?」
「……? そんなことがあるのかや? ちょっと、確かめてみんす」
そう言ってタマノは、シーフォンの腰に両の腕をまわし、胸に頭をくっつけた。
いかんせん色々なことをして慣れてきたとはいえ、タマノの美しさは比類するものなど無いほどなので、当然、シーフォンの鼓動は早まる。
「くふ……ぬし様、ドキドキしておるの?」
タマノが上目遣いで、ニヤニヤとシーフォンを見やった。
「全く……、からかわないでくれよ……。で、実際どうだったんだ?」
「うむ……どうやら、わっちの力が、少しぬし様と混ざっていんす」
「理由はわかるか?」
シーフォンが訊くと、タマノはばつが悪そうに顔を背け、
「それは……、おそらく、じゃが……えと、その……な?」
珍しくタマノが口ごもっていた。
余程のことなのだろうか? と、少しシーフォンは不安を抱く。
しかし、その後に続いた言葉は、彼が思っていたようなものではなく、
「わっちが、気持ち良くなって……、頭が真っ白になって何も考えられん程になったときに、力が抑えきれずに流れ出てしまいんす……。それが繋がりを介してぬし様に混ざったんじゃろう……//」
「あ、ああ……、そうなのか」
何となく二人とも決まりが悪くなり、身体を離した。
行為にまで及んだ仲とはいえ、あのときの光景が思い起こされたのだった。
「(……日を重ねれば、自然と慣れてくるんだろうか……?)」
シーフォンはそんなことを考えながら、ひとまずはこの場の空気をどうにかしようと、大袈裟な身振りと声で話題を変えた。
「そういえば、タマノ! 首飾りみたいなの着けていたよな!? あれ、どうしたんだ?」
「ょぃ、しょ……っ、これのことかや?」
タマノが首のところから手を入れ、紅い首飾りを取り出す。
その時、手と服の隙間から少し胸が見えそうになって、慌ててシーフォンは目を逸らした。
その様子を見たタマノはシーフォンに近付き、耳元で、
「ぬし様になら見られても……わっちは、別に構いんせんがの……?」
と、囁く。
……質(たち)が悪い。
シーフォンは心の底からそう思った。
タマノのこういったこちらを惑わせる言葉や仕草もそうだが、何よりも。
「(……そんなタマノに俺は惚れているってことが、一番質が悪いな)」
そう考えたあと、シーフォンはタマノの額を軽く指で弾いた。
「ぁうっ」
「いつもからかってくる分の仕返しだ。……で、結局それは、なんなんだ? 俺の目には、かなり上等な宝石……もしくは希少な鉱石の類のようにも見えるが……、見たことが無いぞ、そんな上物」
改めて問うが、タマノは頬を膨らませていた。
……かと思うと、シーフォンに前から抱きつき潤んだような上目遣いで言う。
「ぬし様が今叩いたところを、やさーしく撫でてくれてからなら話しんす」
「……敵わないな、タマノには」
そうシーフォンは言い、その額に優しく手を置くのだった。
足取り軽くここまでやって来たこともあり、時間にも、立てていた予定よりだいぶ余裕があったので適当な場所に二人して腰掛ける。
しばらくして、充分にシーフォンの手の感触と、自分への想いを受け取ったタマノがその口を開いた。
「それじゃあ話そうかや。……これは、わっちの一族に受け継がれてきた宝珠でありんす。……と言っても、それほど大した力など実感できはせんの。妖力が気持ち程度強くなるだけじゃから、ほとんど御守り……、こっちじゃとタリスマンと言った方がいいかの? そういったような物じゃと思いんす」
「へえ、そうなのか……。そういえば、タマノはいつもどうやって妖術を使ってるんだ?」
「どうしたのかやぬし様? 急にそんなこと……」
「いや、タマノの力が混ざったっていうなら、俺も妖術が使えるようになるかもしれないだろ?」
「ふむ……、人間のぬし様に妖術が使えるやも、というのはわっちゃあ解りんせんが……強いて言うなら、『気持ち』かの」
「気持ち……?」
「わっちも実のところ感覚だけで使っておるからの……具体的なことは言えんのじゃ。……ただ、『そうあって欲しい』と強く想うときに力が上がりんす」
「そうなのか……なんだか、難しいな」
「じゃがぬし様や……、わっちの力が混ざっておると言っても僅かなもんじゃぞ? 使えたとしても、そう大きなことは出来んと思いんす」
「じゃあ、あまり期待はするなということか……」
ここ最近、というかタマノとの旅路で、彼女を護ると決めた割には大したことが出来ず、逆に護られたりしていて少し無力感に打ちのめされていたシーフォンはやはり残念がった。
「まあ、それでもわっちとの繋がりのひとつには代わりありんせん。……わっちは、それが嬉しいんじゃ」
「不思議だな……。どこからこんな力が湧いてくるんだろうな……?」
シーフォンが言うのを聞いたタマノは、彼との距離を少し縮め、その肩に頭を載せた。
「タマノ?」
「……何を言っておるんじゃ、ぬし様や」
そして続く言葉は笑顔の中で発される。
「……それこそ、『気持ち』の力、じゃろう……?」
言われたシーフォンは一瞬目を見開いたが、次の瞬間立ち上がると、次にタマノを手を取って立たせ、その勢いのまま引き寄せてキスをした。
「さて……、力が湧いてきたから、休憩終了だ。……一緒に行くぞ、タマノ」
「もちろんじゃ。ぬし様はわっちがおらんとダメじゃからの」
「……それはお前もだろう?」
「そんなの、当然じゃ」
歩き出した二人を押すように、風が大地を駆けた。
******
数日後。
「うわ……、これは激しいな」
シーフォンが呆然とつぶやく。
彼の視線の先には、滝のように喧々囂々と音をたてながら雨が降っていた。
「結構濡れてしまったな……。そっちは大丈夫か、タマノ?」
「わっちもちと濡れてしまいんす……じゃがまあ、大丈夫じゃろう」
そう言ってタマノは豪快に頭を振り、飛沫を飛ばした。
「こら、こっちに飛んでくるって……それにせっかくの髪が乱れてしまっているじゃないか」
シーフォンは少し湿ったタマノの身体を抱き寄せ、その髪を手で梳いた。
「ん……。気持ち良いの……♪」
「そりゃどうも。……続けるか?」
「お願いしんす」
道中で急な雨に見舞われ、現在彼らは運良く見つけた洞窟に転がり込んだのだった。
二人の間を柔らかい空気がしばらく包む。
「雨宿りになんとか避難できたのはいいが……、少し肌寒くて、暗いな……」
「そうじゃの……寒さの方はぬし様と一緒におればどうとでもなりんすが……、灯火の妖術でも使うかや?」
「そうだな……」
首肯したシーフォンは、しかし、その後少し考えるようなそぶりを見せ、術発動の準備をしようとしているタマノに言った。
「……いや、やっぱり少し待ってくれ」
「……? どうしたのかや?」
「いい機会だから、俺にやらせてくれないか?」
タマノは少し驚きに目を開いたあと、ゆっくりと首を縦に動かす。
「よし……」
シーフォンは目を閉じ、精神を集中して自分に流れる力を確認する。
「はぁっ……!」
そして手を前に。光のイメージを想像する。
……しかし、その手に光が灯ることはなかった。
「……残念だが、駄目みたいだな……」
悔しさ混じりの苦笑を浮かべてシーフォンはタマノを見る。
そのタマノはというと、なぜかシーフォンを――、詳しく言うならばシーフォンの、主に下半身の方を凝視していた。
「タマノ……?」
訝しみの声を思わずあげるシーフォン。
「……なあぬし様や、これはなんじゃ……? ぬし様の腰の辺りが、うっすらと光っておるのじゃが……?」
「…………は?」
腰の辺りが……!? とシーフォンは嫌な予感を抑えながら、確かにそこにある光源の出どころを探る。
「って、これは……俺の短剣?」
光っていたのは、決していかがわしい意味ではなく、いつもシーフォンが武器としてだけでなく、サバイバルのための用途としても使っている短剣だった。
「これは……成功、なのか……?」
半ば呆然と疑問を発するシーフォンに、タマノがやはり不思議な顔をしながら答えた。
「いや……、ハッキリと言うがの、妖力の流れは確認できたんじゃが、発動まではしておらんかった……筈じゃ」
それきり二人とも押し黙り、淡く白い光を発する……というよりは、纏っていると形容する方がふさわしいその短剣を見た。
「……なんなんだ、コレ?」
「……なんなんじゃろうな、コレ?」
「「………………」」
再び訪れた沈黙。
それを破ったのは、シーフォンだった。
「なあ、ひとついいか?」
「なんじゃ?」
「……。自分でやっといて言うのもなんなんだが……」
一息。
「……微妙だな」
「奇遇じゃの……? わっちもそう思っておったところじゃ」
「……ふ、ははっ、ははは」
「……く、くふっ、くふふ」
どこか無機質さを漂わせる白光が、笑う二人を微かに照らしていた。
……ちなみにこの日の夜、暗い洞窟にタマノと二人きりで過ごしたシーフォンが、彼女に襲われないわけがなかった。
覚醒したのは僅かにシーフォンが先だった。
彼はいつもと違う、『もさっ』という感触に違和感を感じ、目を覚ます。
その正体を確かめるべく、無意識のうちに手を伸ばしたそれは、タマノの尻尾だった。
だが、昨日の感触では、それはあくまで『ふさっ』という感じだとシーフォンは記憶していただけに、目視による確認をすることにした。
するとそこには、やはりタマノの尻尾。
……しかし、数が違う。
三本だった彼女の尻尾は、一本増えて四本になっていた。
「おい……、タマノ。タマノ、起きてくれ」
「ぅん…………? なんじゃ?」
「お前の尻尾……」
尻尾と言われて、タマノは自分の背後のそれに手をやった。
「ん……? ……、おおっ! 増えていんす!」
「どうなっているんだ?」
「言ったじゃろう? 尻尾は妖力のパラメーターじゃと。つまりわっちはちょっと大人になったということじゃな!」
「やっぱり……昨日のアレなのか?」
「そうじゃろうな。……わっちらの一族は、だいたい子の多い奴ほど尻尾の数も多いからの」
「よかったじゃないか」
「と、言うことは、じゃ。ぬし様とわっちがたくさんすれば、その分わっちも力が付く、……ということになりんす。じゃからぬし様や、これからも折々、わっちとしてくりゃれ?」
「ああ、わかった……って、う……っ!?」
シーフォンが頷いた瞬間、タマノはシーフォンの動きを縛る術を放った。
「ぐ……っ、くそ、昨日のよりずっと強い……!?」
「くふふ、妖力が上がっておるからの、当然じゃ。……さて、まずは早々に二回目、頂きんす♪」
……朝からこってりと搾られたシーフォンであった。
******
――結局その日、小屋を出たのは太陽が頭上を通り過ぎようかという時間になってからだった。
季節が季節なのでそれほど寒くはないが燦々と照りつける太陽。
その下で歩く影が二つ。
一つはタマノ、もう一つはシーフォンのものだ。
シーフォンと並んで歩くタマノの足取りは底抜けに軽く、それこそ空でも飛び出しそうなほどだった。ローブに隠れて見えないが、ご機嫌のあまり四本に増えた尻尾も、それぞれがワサワサと、尻尾どうしを擦り合わせて衣擦れのような音を出している。
それに対するシーフォンも、それほど重い足取りではなかった。
朝方から密度の濃い睦事を行ったにもかかわらずだ。
それどころか身体の奥から、少しだが力が湧いてくるような感覚さえ彼は感じていた。
「ずいぶんご機嫌だな、タマノ?」
「それはもちろんじゃっ。ああしてぬし様と繋がることで、ぬし様から妖力の源と……幸せを沢山貰ったからの……!」
「その事なんだが……、俺もちょっと不思議な感覚がするんだよな。こう、タマノが俺の中にいるっていうか……、何て言えばいいんだろうか……?」
「……? そんなことがあるのかや? ちょっと、確かめてみんす」
そう言ってタマノは、シーフォンの腰に両の腕をまわし、胸に頭をくっつけた。
いかんせん色々なことをして慣れてきたとはいえ、タマノの美しさは比類するものなど無いほどなので、当然、シーフォンの鼓動は早まる。
「くふ……ぬし様、ドキドキしておるの?」
タマノが上目遣いで、ニヤニヤとシーフォンを見やった。
「全く……、からかわないでくれよ……。で、実際どうだったんだ?」
「うむ……どうやら、わっちの力が、少しぬし様と混ざっていんす」
「理由はわかるか?」
シーフォンが訊くと、タマノはばつが悪そうに顔を背け、
「それは……、おそらく、じゃが……えと、その……な?」
珍しくタマノが口ごもっていた。
余程のことなのだろうか? と、少しシーフォンは不安を抱く。
しかし、その後に続いた言葉は、彼が思っていたようなものではなく、
「わっちが、気持ち良くなって……、頭が真っ白になって何も考えられん程になったときに、力が抑えきれずに流れ出てしまいんす……。それが繋がりを介してぬし様に混ざったんじゃろう……//」
「あ、ああ……、そうなのか」
何となく二人とも決まりが悪くなり、身体を離した。
行為にまで及んだ仲とはいえ、あのときの光景が思い起こされたのだった。
「(……日を重ねれば、自然と慣れてくるんだろうか……?)」
シーフォンはそんなことを考えながら、ひとまずはこの場の空気をどうにかしようと、大袈裟な身振りと声で話題を変えた。
「そういえば、タマノ! 首飾りみたいなの着けていたよな!? あれ、どうしたんだ?」
「ょぃ、しょ……っ、これのことかや?」
タマノが首のところから手を入れ、紅い首飾りを取り出す。
その時、手と服の隙間から少し胸が見えそうになって、慌ててシーフォンは目を逸らした。
その様子を見たタマノはシーフォンに近付き、耳元で、
「ぬし様になら見られても……わっちは、別に構いんせんがの……?」
と、囁く。
……質(たち)が悪い。
シーフォンは心の底からそう思った。
タマノのこういったこちらを惑わせる言葉や仕草もそうだが、何よりも。
「(……そんなタマノに俺は惚れているってことが、一番質が悪いな)」
そう考えたあと、シーフォンはタマノの額を軽く指で弾いた。
「ぁうっ」
「いつもからかってくる分の仕返しだ。……で、結局それは、なんなんだ? 俺の目には、かなり上等な宝石……もしくは希少な鉱石の類のようにも見えるが……、見たことが無いぞ、そんな上物」
改めて問うが、タマノは頬を膨らませていた。
……かと思うと、シーフォンに前から抱きつき潤んだような上目遣いで言う。
「ぬし様が今叩いたところを、やさーしく撫でてくれてからなら話しんす」
「……敵わないな、タマノには」
そうシーフォンは言い、その額に優しく手を置くのだった。
足取り軽くここまでやって来たこともあり、時間にも、立てていた予定よりだいぶ余裕があったので適当な場所に二人して腰掛ける。
しばらくして、充分にシーフォンの手の感触と、自分への想いを受け取ったタマノがその口を開いた。
「それじゃあ話そうかや。……これは、わっちの一族に受け継がれてきた宝珠でありんす。……と言っても、それほど大した力など実感できはせんの。妖力が気持ち程度強くなるだけじゃから、ほとんど御守り……、こっちじゃとタリスマンと言った方がいいかの? そういったような物じゃと思いんす」
「へえ、そうなのか……。そういえば、タマノはいつもどうやって妖術を使ってるんだ?」
「どうしたのかやぬし様? 急にそんなこと……」
「いや、タマノの力が混ざったっていうなら、俺も妖術が使えるようになるかもしれないだろ?」
「ふむ……、人間のぬし様に妖術が使えるやも、というのはわっちゃあ解りんせんが……強いて言うなら、『気持ち』かの」
「気持ち……?」
「わっちも実のところ感覚だけで使っておるからの……具体的なことは言えんのじゃ。……ただ、『そうあって欲しい』と強く想うときに力が上がりんす」
「そうなのか……なんだか、難しいな」
「じゃがぬし様や……、わっちの力が混ざっておると言っても僅かなもんじゃぞ? 使えたとしても、そう大きなことは出来んと思いんす」
「じゃあ、あまり期待はするなということか……」
ここ最近、というかタマノとの旅路で、彼女を護ると決めた割には大したことが出来ず、逆に護られたりしていて少し無力感に打ちのめされていたシーフォンはやはり残念がった。
「まあ、それでもわっちとの繋がりのひとつには代わりありんせん。……わっちは、それが嬉しいんじゃ」
「不思議だな……。どこからこんな力が湧いてくるんだろうな……?」
シーフォンが言うのを聞いたタマノは、彼との距離を少し縮め、その肩に頭を載せた。
「タマノ?」
「……何を言っておるんじゃ、ぬし様や」
そして続く言葉は笑顔の中で発される。
「……それこそ、『気持ち』の力、じゃろう……?」
言われたシーフォンは一瞬目を見開いたが、次の瞬間立ち上がると、次にタマノを手を取って立たせ、その勢いのまま引き寄せてキスをした。
「さて……、力が湧いてきたから、休憩終了だ。……一緒に行くぞ、タマノ」
「もちろんじゃ。ぬし様はわっちがおらんとダメじゃからの」
「……それはお前もだろう?」
「そんなの、当然じゃ」
歩き出した二人を押すように、風が大地を駆けた。
******
数日後。
「うわ……、これは激しいな」
シーフォンが呆然とつぶやく。
彼の視線の先には、滝のように喧々囂々と音をたてながら雨が降っていた。
「結構濡れてしまったな……。そっちは大丈夫か、タマノ?」
「わっちもちと濡れてしまいんす……じゃがまあ、大丈夫じゃろう」
そう言ってタマノは豪快に頭を振り、飛沫を飛ばした。
「こら、こっちに飛んでくるって……それにせっかくの髪が乱れてしまっているじゃないか」
シーフォンは少し湿ったタマノの身体を抱き寄せ、その髪を手で梳いた。
「ん……。気持ち良いの……♪」
「そりゃどうも。……続けるか?」
「お願いしんす」
道中で急な雨に見舞われ、現在彼らは運良く見つけた洞窟に転がり込んだのだった。
二人の間を柔らかい空気がしばらく包む。
「雨宿りになんとか避難できたのはいいが……、少し肌寒くて、暗いな……」
「そうじゃの……寒さの方はぬし様と一緒におればどうとでもなりんすが……、灯火の妖術でも使うかや?」
「そうだな……」
首肯したシーフォンは、しかし、その後少し考えるようなそぶりを見せ、術発動の準備をしようとしているタマノに言った。
「……いや、やっぱり少し待ってくれ」
「……? どうしたのかや?」
「いい機会だから、俺にやらせてくれないか?」
タマノは少し驚きに目を開いたあと、ゆっくりと首を縦に動かす。
「よし……」
シーフォンは目を閉じ、精神を集中して自分に流れる力を確認する。
「はぁっ……!」
そして手を前に。光のイメージを想像する。
……しかし、その手に光が灯ることはなかった。
「……残念だが、駄目みたいだな……」
悔しさ混じりの苦笑を浮かべてシーフォンはタマノを見る。
そのタマノはというと、なぜかシーフォンを――、詳しく言うならばシーフォンの、主に下半身の方を凝視していた。
「タマノ……?」
訝しみの声を思わずあげるシーフォン。
「……なあぬし様や、これはなんじゃ……? ぬし様の腰の辺りが、うっすらと光っておるのじゃが……?」
「…………は?」
腰の辺りが……!? とシーフォンは嫌な予感を抑えながら、確かにそこにある光源の出どころを探る。
「って、これは……俺の短剣?」
光っていたのは、決していかがわしい意味ではなく、いつもシーフォンが武器としてだけでなく、サバイバルのための用途としても使っている短剣だった。
「これは……成功、なのか……?」
半ば呆然と疑問を発するシーフォンに、タマノがやはり不思議な顔をしながら答えた。
「いや……、ハッキリと言うがの、妖力の流れは確認できたんじゃが、発動まではしておらんかった……筈じゃ」
それきり二人とも押し黙り、淡く白い光を発する……というよりは、纏っていると形容する方がふさわしいその短剣を見た。
「……なんなんだ、コレ?」
「……なんなんじゃろうな、コレ?」
「「………………」」
再び訪れた沈黙。
それを破ったのは、シーフォンだった。
「なあ、ひとついいか?」
「なんじゃ?」
「……。自分でやっといて言うのもなんなんだが……」
一息。
「……微妙だな」
「奇遇じゃの……? わっちもそう思っておったところじゃ」
「……ふ、ははっ、ははは」
「……く、くふっ、くふふ」
どこか無機質さを漂わせる白光が、笑う二人を微かに照らしていた。
……ちなみにこの日の夜、暗い洞窟にタマノと二人きりで過ごしたシーフォンが、彼女に襲われないわけがなかった。
13/03/24 11:00更新 / ノータ
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