おい、俺の人脈ってどう広がるんだろうな?
曇り空の中、俺は家を空けて仕事に出ていた。
なんてことはない、ただの日雇いの力作業だ。
どうしてかどんな仕事をやってもいまいちピンと来るものがなく、結果としてこうした形での収入を望むようになっているのだが…………やはりというか、仕事が手に着かない。
「ラクシャ様…………」
今の俺の中のプライオリティはラクシャのことについてだ。国に帰さなければならないゴタゴタや、その他諸々の厄介事…………よくもまあ、これだけ面倒な奴と一緒に暮らしてるな俺も。
爺ちゃんの遺産がある分、もうしばらくの間は何もしなくても生活に困ることはないだろうと結論付けてしまえば、この仕事は早く片付けてしまうに限る。
「………………これで、最後っ…………と!!」
俺は雇い主から今日の分の報酬を貰い、そこそこに礼を言ってから俺はこの日の本当の目的を遂行することにする。
ラクシャの国の手がかりを知ることのできる、その可能性がある奴との接触だ。
俺は携帯電話を取りだし、ある番号をコールする。
「……この最終手段、せめてもう少し先延ばしでもよかったか…………? はぁ……」
コール中に後悔を済ませると、電話が繋がったようだ。
「もしもし!? も、もしかして紀行君かい!? 嬉しいなぁ君の方から僕に電話してくれるなんて! 用事はなんだい? 愛の告白かい!? 僕はいつでも君と共に世界を旅する準備は「――切りますよ?」すみませんでした!」
俺の『最終手段』……この人の名前は太刀川 巡(たちかわ じゅん)。大学時代にお世話になった若い教授ではあるが、俺の爺ちゃんを崇拝していて、やたらと俺に世界旅行を勧めてくるタチの悪い奴だ。
しかしこと考古学やらに関してはかなりの知識を持っているのも事実は事実、俺が渋ったのはこの人が余りにも馴れ馴れしすぎて身の(貞操の?)危険をたまに感じるからだ。
とはいえ、ここまで一人で調べてきて何の成果もなかった手前、背に腹はかえられない。
「頼みが、あるんです」
「…………珍しいね? いつになく真剣じゃないか。いつもだったらもっと覇気の無い声で話してるのに、君はさ」
この人が俺よりもずっと大人だってのは、言うまでもない。ふざけてる分、スイッチが切り替わったときの緊張感はなんとも言い難いものがある。
「……ちょっとした鑑定なんですが、今からその鑑定して欲しいものを渡しに行ってもいいですか?」
「それはいいが……君、まだフリーターもいいとこだろう? 家から出るなんてそうそう無いだろうし、家の地下に遺跡でも見つけたのかい?」
「いや、そういうわけじゃないですが……詳しいことは言い表しにくいんです、とりあえず行ってもいいんですね?」
「ああ、君のためならいくらでも時間を割いてあげるよ。…………さあおいで、僕の元へ!」
……あー。うざっ。
「それじゃそういうことでっ!」
俺は電話を切ると、鞄から腕輪を取り出した。ラクシャに頼んで、鑑定のために貸してもらったものだ。
「………………」
俺は腕輪を見つめて、ふと思う。
…………これでラクシャの国が突き止められるなら、ラクシャは国に帰る、のか? ……いや、命令された以上は俺が帰すのか。
だが…………それで、本当に俺は…………?
「………………っ、深く考えるのはまだ止そう……」
俺にどうしろってんだ、くそっ…………。
*******
ラクシャの腕輪を太刀川教授に渡し、俺は帰り道を歩いていた。
「はぁぁーー……」
何でいちいちあの人と会う度にこんなに疲れなければならないのかが全くもってわからない……。
「…………ん? 雨か?」
今、ちょっと雨が手のひらに落ちた気が……、
ポツ、ポツ……サァァァァァ……
「お……降ってきたな」
前もって予報は確認しておいたから俺は危なげなく折り畳み傘を取り出して開く。
雨は割と嫌いではないし、子供の頃は水溜まりを見るとその上で跳びはねたりとかを、よくやっていたことも覚えている。
「……ブラブラ歩くのも捨てがたいがまあ、飯の仕度もあるしさっさと帰るか……待たせたらラクシャ様に何言われるかわからないしな」
そうして俺は、少し濡れるのも構わずに足を早めたのだった。
*******
「ラクシャ様、今帰ったぞー。あの腕輪を知り合いに預けてきたから、鑑定次第では何かわかるかもしれない。っていう訳で腕輪の返却はもう少し待っていてくれるか?」
……………………。
…………? 反応無しか?
「おーい、ラクシャ様ー? どこだ、返事しろー? ……じゃない、返事してくれー?」
命令はとことん無視しやがるラクシャのことだから言い直した。
が、しかしその後も相変わらずの無反応。
やむなく俺はラクシャの捜索を開始した。
座敷は…………いない。
そこから続く庭は…………雨が降ってるし、それもないか。
となると、風呂とか…………慎重にドアを開けたが、ここもハズレ。
「もしかして家に……居ない?」
もう一度座敷へ、俺は足を向ける。今までのことが全部無かったことのように静かなその場所は、部屋の主の帰りを待ち望んでいる風にも思えた。
そのときだ、急に座敷と庭を繋ぐ戸が開いたのは。
「なっ…………!?」
そこにいたのは勿論、全身がずぶ濡れのラクシャだった。
その目はどこか焦点が定まってないように思えるほど力無さげ、そしてなぜかラクシャはこちらもやはりずぶ濡れの猫を腕に抱いていた。
「そんなになって……一体どうし――」
「紀行…………すまぬが、あとを、頼む……」
俺の心配も聞こえていないのか、ラクシャはそれだけ言うと全身の力が抜けたように、フラりと意識を失って倒れ込んでしまった。
「……おいっ!? ラクシャ!?」
…………『ラクシャ』?
どうして『様』を付けてないんだ俺は?
「…………ラクシャ、一体お前どうしたんだよ……!?」
俺は倒れて動かなくなったラクシャに声をかけるが、ここで悩んでいても仕方がないと思い直して、とりあえずラクシャの体をタオルで拭いてから布団に寝せてやった。
驚くほどにラクシャの体は冷えきっていて、呼吸を感じたから生きているのになんとか根拠を持てたくらいだ。
次にラクシャが抱いていた猫に向かう。
こちらは目立った外傷もないようだし、ずぶ濡れであることを除けば問題は無さそうに見えた。
ドライヤーは嫌がるかとも思ったのだが存外大人しく温風に当たってくれて、乾くのにそう時間はかからなかった。
「……ありがとう」
「ああ、どういたしまし…………、て……?」
…………今の声、誰だ?
「…………猫? いや、そんな馬鹿な……」
「……正解」
「うおぉうっ!? な、なんだ!?」
声が響いた瞬間……俺は驚くものを目の当たりにした。
猫が煙に包まれたかと思えば、次に煙の晴れたそこには胸部と陰部に申し訳程度の動物らしい毛が生えた女性が立っていたのだ。
「……驚かせてしまって、ごめんなさい」
「い、一体何がどうなって……?」
「……わたしは、野良のネコマタ……」
「野良のネコ……マタ?」
唐突すぎて思考がうまく追い付かない。
そんな中で思ったのは、どことなくラクシャと同じ雰囲気をこの女性から感じる、ということだった。
人間ではない、どこか魔性のものだ。
「……あなたは、この家の主?」
「あ、ああ……今はそうなる、んだろうな……」
しどろもどろになりつつも、なんとか俺は返事をする。
「……お願いがあるの。……わたしを、この家で飼って。……恩返しが、したいから」
静かな言葉の調子と裏腹に、俺を押し倒さんばかりに女性はずい、と身を乗り出してくる。
「わ…………わかった……」
必死な様子に、俺はつい頷いてしまった。
……居候がどんどん増えていくんだが、どうしたらいい? 教えてくれよ、なあ爺ちゃん。
なんてことはない、ただの日雇いの力作業だ。
どうしてかどんな仕事をやってもいまいちピンと来るものがなく、結果としてこうした形での収入を望むようになっているのだが…………やはりというか、仕事が手に着かない。
「ラクシャ様…………」
今の俺の中のプライオリティはラクシャのことについてだ。国に帰さなければならないゴタゴタや、その他諸々の厄介事…………よくもまあ、これだけ面倒な奴と一緒に暮らしてるな俺も。
爺ちゃんの遺産がある分、もうしばらくの間は何もしなくても生活に困ることはないだろうと結論付けてしまえば、この仕事は早く片付けてしまうに限る。
「………………これで、最後っ…………と!!」
俺は雇い主から今日の分の報酬を貰い、そこそこに礼を言ってから俺はこの日の本当の目的を遂行することにする。
ラクシャの国の手がかりを知ることのできる、その可能性がある奴との接触だ。
俺は携帯電話を取りだし、ある番号をコールする。
「……この最終手段、せめてもう少し先延ばしでもよかったか…………? はぁ……」
コール中に後悔を済ませると、電話が繋がったようだ。
「もしもし!? も、もしかして紀行君かい!? 嬉しいなぁ君の方から僕に電話してくれるなんて! 用事はなんだい? 愛の告白かい!? 僕はいつでも君と共に世界を旅する準備は「――切りますよ?」すみませんでした!」
俺の『最終手段』……この人の名前は太刀川 巡(たちかわ じゅん)。大学時代にお世話になった若い教授ではあるが、俺の爺ちゃんを崇拝していて、やたらと俺に世界旅行を勧めてくるタチの悪い奴だ。
しかしこと考古学やらに関してはかなりの知識を持っているのも事実は事実、俺が渋ったのはこの人が余りにも馴れ馴れしすぎて身の(貞操の?)危険をたまに感じるからだ。
とはいえ、ここまで一人で調べてきて何の成果もなかった手前、背に腹はかえられない。
「頼みが、あるんです」
「…………珍しいね? いつになく真剣じゃないか。いつもだったらもっと覇気の無い声で話してるのに、君はさ」
この人が俺よりもずっと大人だってのは、言うまでもない。ふざけてる分、スイッチが切り替わったときの緊張感はなんとも言い難いものがある。
「……ちょっとした鑑定なんですが、今からその鑑定して欲しいものを渡しに行ってもいいですか?」
「それはいいが……君、まだフリーターもいいとこだろう? 家から出るなんてそうそう無いだろうし、家の地下に遺跡でも見つけたのかい?」
「いや、そういうわけじゃないですが……詳しいことは言い表しにくいんです、とりあえず行ってもいいんですね?」
「ああ、君のためならいくらでも時間を割いてあげるよ。…………さあおいで、僕の元へ!」
……あー。うざっ。
「それじゃそういうことでっ!」
俺は電話を切ると、鞄から腕輪を取り出した。ラクシャに頼んで、鑑定のために貸してもらったものだ。
「………………」
俺は腕輪を見つめて、ふと思う。
…………これでラクシャの国が突き止められるなら、ラクシャは国に帰る、のか? ……いや、命令された以上は俺が帰すのか。
だが…………それで、本当に俺は…………?
「………………っ、深く考えるのはまだ止そう……」
俺にどうしろってんだ、くそっ…………。
*******
ラクシャの腕輪を太刀川教授に渡し、俺は帰り道を歩いていた。
「はぁぁーー……」
何でいちいちあの人と会う度にこんなに疲れなければならないのかが全くもってわからない……。
「…………ん? 雨か?」
今、ちょっと雨が手のひらに落ちた気が……、
ポツ、ポツ……サァァァァァ……
「お……降ってきたな」
前もって予報は確認しておいたから俺は危なげなく折り畳み傘を取り出して開く。
雨は割と嫌いではないし、子供の頃は水溜まりを見るとその上で跳びはねたりとかを、よくやっていたことも覚えている。
「……ブラブラ歩くのも捨てがたいがまあ、飯の仕度もあるしさっさと帰るか……待たせたらラクシャ様に何言われるかわからないしな」
そうして俺は、少し濡れるのも構わずに足を早めたのだった。
*******
「ラクシャ様、今帰ったぞー。あの腕輪を知り合いに預けてきたから、鑑定次第では何かわかるかもしれない。っていう訳で腕輪の返却はもう少し待っていてくれるか?」
……………………。
…………? 反応無しか?
「おーい、ラクシャ様ー? どこだ、返事しろー? ……じゃない、返事してくれー?」
命令はとことん無視しやがるラクシャのことだから言い直した。
が、しかしその後も相変わらずの無反応。
やむなく俺はラクシャの捜索を開始した。
座敷は…………いない。
そこから続く庭は…………雨が降ってるし、それもないか。
となると、風呂とか…………慎重にドアを開けたが、ここもハズレ。
「もしかして家に……居ない?」
もう一度座敷へ、俺は足を向ける。今までのことが全部無かったことのように静かなその場所は、部屋の主の帰りを待ち望んでいる風にも思えた。
そのときだ、急に座敷と庭を繋ぐ戸が開いたのは。
「なっ…………!?」
そこにいたのは勿論、全身がずぶ濡れのラクシャだった。
その目はどこか焦点が定まってないように思えるほど力無さげ、そしてなぜかラクシャはこちらもやはりずぶ濡れの猫を腕に抱いていた。
「そんなになって……一体どうし――」
「紀行…………すまぬが、あとを、頼む……」
俺の心配も聞こえていないのか、ラクシャはそれだけ言うと全身の力が抜けたように、フラりと意識を失って倒れ込んでしまった。
「……おいっ!? ラクシャ!?」
…………『ラクシャ』?
どうして『様』を付けてないんだ俺は?
「…………ラクシャ、一体お前どうしたんだよ……!?」
俺は倒れて動かなくなったラクシャに声をかけるが、ここで悩んでいても仕方がないと思い直して、とりあえずラクシャの体をタオルで拭いてから布団に寝せてやった。
驚くほどにラクシャの体は冷えきっていて、呼吸を感じたから生きているのになんとか根拠を持てたくらいだ。
次にラクシャが抱いていた猫に向かう。
こちらは目立った外傷もないようだし、ずぶ濡れであることを除けば問題は無さそうに見えた。
ドライヤーは嫌がるかとも思ったのだが存外大人しく温風に当たってくれて、乾くのにそう時間はかからなかった。
「……ありがとう」
「ああ、どういたしまし…………、て……?」
…………今の声、誰だ?
「…………猫? いや、そんな馬鹿な……」
「……正解」
「うおぉうっ!? な、なんだ!?」
声が響いた瞬間……俺は驚くものを目の当たりにした。
猫が煙に包まれたかと思えば、次に煙の晴れたそこには胸部と陰部に申し訳程度の動物らしい毛が生えた女性が立っていたのだ。
「……驚かせてしまって、ごめんなさい」
「い、一体何がどうなって……?」
「……わたしは、野良のネコマタ……」
「野良のネコ……マタ?」
唐突すぎて思考がうまく追い付かない。
そんな中で思ったのは、どことなくラクシャと同じ雰囲気をこの女性から感じる、ということだった。
人間ではない、どこか魔性のものだ。
「……あなたは、この家の主?」
「あ、ああ……今はそうなる、んだろうな……」
しどろもどろになりつつも、なんとか俺は返事をする。
「……お願いがあるの。……わたしを、この家で飼って。……恩返しが、したいから」
静かな言葉の調子と裏腹に、俺を押し倒さんばかりに女性はずい、と身を乗り出してくる。
「わ…………わかった……」
必死な様子に、俺はつい頷いてしまった。
……居候がどんどん増えていくんだが、どうしたらいい? 教えてくれよ、なあ爺ちゃん。
13/07/28 16:15更新 / ノータ
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