軽く朝食の準備をしたあとで湯を沸かし、茶葉をブレンドし、保温容器に出来立て熱々のお茶を容れる。
　いつも通りの朝、と言うにはあまりにも抵抗があるが、さすがに慣習と化してしまっていた。

「下僕ーーー」

「まったく、何で爺ちゃんはあんな奴の入った棺桶を家に持って帰ってやがったんだ……あの世で待ってろよ、色々と言いたいことがあるんだからな……！」

「おい、下僕ーーーーーーーー」

　……なんて、もう居ない人のことを考えても埒があかないか……。

　早起きのついでに三文の得とやらを体験してみるのも悪くないと思い、俺は居間のカーテンを勢いよく左右にスライドさせた。
　シャッ、という小気味のいい音と同時、陽の光が俺に活力を満たしていくような感覚を与え………………


「『一度呼んだらさっさと来んか、この阿呆下僕がっっ!!!!』」


　………………一瞬で吹き飛んだ。



　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊＊＊



「…………で、用事はなんなんだ、ラクシャ様」

　あれだけの音量で放たれた『命令』に抗う術など無く、俺は全力でラクシャの元へと向かってしまっていた。　

「うむ…………とりあえず、『茶を寄越せ』。アレがないと一日が始まらぬからな」

　……ああそうか、俺はこの無駄に広い家でまた居間まで保温容器を取りに往復ダッシュか。

　…………やってられるか!?

「はぁっ、はぁ……っ、ラクシャ様、ホラ、茶だ…………」

　即拒否→即実行。
　そのまま俺は湯呑みに容器内の茶をゆっくりと注いでやる。

　ホント、やってられるか…………。

「うむ…………ずずっ」

　悪びれずにラクシャは茶を啜る。立ち上る香りに、『今日は割と上手く淹れられたな……』なんて諦めすら浮かんでくるくらい清々しくすらあった。
　しばらくするとラクシャの持っていた湯呑みが空になる。

「で…………改めて訊くが、用事はなんなんだ？　いつもならまだお前様は幸せそうに眠りこけてる時間だろ？」

「それがの……どうにも頭が痒くて目が覚めた。貴様を呼んだのはそのことについてじゃ」

　ラクシャは言いながら首を鳴らし、そのあともどかしそうに頭に手をやる。

「…………頭が痒い？　それはまたどうして、というかラクシャ様はどうしてこう……やること成すこと年寄…………いや、何でもない」

　ラクシャがジロリとこちらを見ると、蛇に睨まれた蛙のごとく俺は小さくならざるを得ない。
　とそんな俺をもう一瞥したものの、余程ラクシャは頭が痒いことを問題に思っているのか、憂いを含んだ息を吐いた。

「…………まあ、とりあえず貴様の物言いについては置いておくとしよう。……そういえば、妾が永い眠りから目覚めてから一度も水浴びをしておらぬし、それが原因やも知れぬな……」

「………………は？」

「そこの庭でカコカコと音を立てる奇妙な物体の水を使おうかとも考えたが、何かが違うような気がしたものじゃからな。久しく清まっておらぬ」

　ああ、その判断は正しい。たしかに鹿威しで水浴びなんてどうにかしてる。が、問題はそこじゃない。もっと根本的なことだ。

「えっと…………ラクシャ様…………風呂は？　俺、一応入ったあと湯はそのままにしてた筈なんだが……」

「たしかに『風呂が空いたぞ、風呂に入れ』と何度となく貴様から言われておった気がするが、命令されておるようで気に食わんかったから無視しておいた。それで…………一体風呂とはなんなんじゃ？」

「…………………………」

　俺、絶句。
　ジェネレーションギャップとか、そんな話じゃないぞこれ。
世代の差を遥かに越える、言わば世紀の差が、俺とラクシャの間にあった。それもミレニアムな単位で。

「…………風呂ってのは、温かい湯に浸かることのできる場所のことだ……とりあえず沸かしてやるから、入ってこい……いや、頼むから入ってくださいラクシャ様……」

「なにやら知らぬが、湯とな。なんとも魅力的な場所じゃの。ならばそこで、『しっかりと妾の頭を洗うんじゃぞ』」

「ああ、わかった――――って、はあぁっ!?　ちょっと待て待て待て待て!?　なんで俺まで入ることになってるんだ!?　くそっ、ちょ………………!!」

　命令が発されたのに気がつくも後の祭り、俺は操り人形よろしく座敷を出て風呂を沸かし始めてしまう。……まあここまでは言われずともやっていたことだが、大変なのはここからだ。　
　遅れてやってきたラクシャが風呂に張られた、沸かす前の水を見て息を漏らしながら、言う。

「ほう…………ここが風呂か。下僕、『早う入らせよ』」

　子供のように……とまではいかないが目を輝かせながらラクシャは俺をせっつかした。

「冷水のままでもお前様はいいのか？　なら止めないが……」

「む…………そう言われると妾は別に冷水でも構わぬのじゃが……やはりこの際湯の方がよいな……」

「なら、すまないがもう少しだけ待ってくれ」

　……なるほど、こんな命令の回避法もあるのか。たしかに今俺はラクシャから命令されたが、ラクシャ本人を心変わりさせることで結果として俺は命令を実行していない。　

「…………ところで、いい加減その『下僕』ってのをやめて欲しいんだが……俺には『流川紀行』って名前があるし、そもそも下僕になった覚えもない」

「ふむ…………それはつまり『私は下僕ではありません、そのようなやつらより有能な人材です。いっそう貴女様にこの身を捧げ、命果てるまで尽くしますのでどうか名前を呼んでください』ということじゃな？」

「派手に違う！」

「なら、貴様は下僕のままじゃな」

　くそ……足元見やがって。こうなりゃ俺にだって考えってものがあるぞ。
　喰らえ、俺の渾身の――、

「……お願いします」

　――土下座を。
　
　……この無駄のない姿勢、最大限に相手への誠意を伝える低頭さを見ろ！

「う…………す、済まぬ、もうよい、面をあげよ!?　凄まじく申し訳ないような気分になるであろう!?　とっ、紀行！　貴様のことは紀行と呼ぶ！　これでよいか!?」

　どうやらラクシャにも人の情はあるらしい。よかったぜ。

「……有り難う御座います」

　厳粛な態度で、俺はゆっくりと顔を上げた。さすが土下座、ラクシャですら圧倒するとは。伊達にジパングの礼式の代表をつとめてる訳じゃないな。




　　　　　　　　　　＊＊＊＊＊＊＊



「…………そろそろ沸いたか？」

　俺は湯加減を確かめるために手を入れてみる。人肌プラス5,6℃が俺のお気に入り、まさに適温といった具合か。

「よし、こんなものだな。ラクシャ様、準備できたぞ」

「よかろう。では、『さっさと妾の服を脱がせよ』」　

「……もう嫌だ…………」

　げんなりしつつも俺はフラフラと脱衣所へと向かってしまう。
　ラクシャ……命令が心の底から嫌なら断ればいい、だって？　まったく、言ってくれる。
　
　心の底から嫌がれるわけなんてないだろうが!?　俺だって男なんだよ!?
　
　ましてやこれから俺が服を脱がせるのは絶世の美女、これで心が少しでも揺らがない男がいたら見てみたい。

「じゃ、じゃあ……脱がすぞ？　いいのか？」

　……ってこれじゃ童貞感丸出しじゃないか、俺。
　こういうのは一気にやってしまった方がいいのか……？

「んっ……！　ど、どこを触っておる紀行……！」

「す、すまない!?」

　少し恨みがましそうな目で、胸に手を当てながら俺を睨むラクシャ。
　ってことは今、俺が考え事をしながら服を脱がそうとして触ってしまったのは……そこに実る大きな果実？

「もう少し気を付けよ、紀行……まったく」

　あ、ああ……と、たどたどしく返事を俺はしてから、今度こそ慎重にラクシャの服を脱がしていく。
　いかにもエジプト情緒を漂わす豪奢なチュニックを取り去ると、一気に褐色の占める割合が増えた。
　当然ラクシャが下着なんてものを着けているわけがなく、膨らんだ双丘の頂から黒に覆われた大事な部分までが丸見えで、俺は思わず生唾を飲み込んでしまいそうになる。それを辛くも理性で押さえ込み、細かな装飾品……ラクシャの名前が書かれた腕輪などを外していった。

　ようやくラクシャの脱衣が完了し、俺もなるべく見られないようにしながら服を脱ぎ、手早くタオルを巻きつける。そしてラクシャにも、

「タオルは着用してくれ。そういう決まりなんだ」

　と少々苦しい理由をつけて同じようにタオルで身体を巻いてもらった。そうしないと俺がのぼせそうだから、というのは裏話だ。
　というか、触られるのは嫌でも見られるのはなんともないとは……ラクシャの恥じらいのポイントがいまいちわからない。

「危ないし礼儀もなってないから飛び込んだりはするなよ、ラクシャ様」

「ふん、貴様からいちいち言われずともそんな真似はせぬ」

「それならいいんだ。よっ、と、お先に失礼するぞ……」

　うちの風呂は割と大きく、大人三人が余裕をもって入れるほどだ。この際なので俺も朝風呂を楽しもう、ということで俺はゆっくりと湯に身体を浸けた。じんわりと染み渡る温かい感触が心地よい。

　……ふう、それにしてもタオルのお陰で、こうして話している分には俺の下半身の血流も割と安定……

「ふぉ、ふぁぁぁぁあ♪　なんじゃこれは、き……気持ちよいぃっ…………♪」
　
　……するわけがねぇ!?

「ご、極楽とはこのことを言うのか……？　紀行、妾はどうにかなってしまいそうじゃ……♪」

　初めて味わった風呂の心地に顔を蕩けさせ、緩みきった声を上げるのは他でもないラクシャ。

　これはちょっと……というかかなり『くる』ものが…………!!
　
　条件反射で俺の心拍は急上昇、もちろん生理現象もセットだ。ラクシャに悟られれば大変気まずいことになる……！

「よ、よっし！　それじゃあ早いとこ頭を洗ってしまうとするか！　痒いんだろ!?」

「うむー……そうじゃなー……ふへぇー……♪」

　こっ、コイツ……完全にトリップ状態じゃねぇか……!!

　俺はユサユサとラクシャの身体を揺すってやる。初めてまともに触れた女性の肌は驚くほどに柔らかく……そして気持ちよかった。

「…………って、俺までトリップしてどうする!?　おい、ラクシャ様！　いい加減戻ってこいって！」

「…………はっ!?　わ、妾は一体…………!?」

　忘我から立ち直ったラクシャは目を白黒させていた。

「と、とりあえず一旦湯船から出るぞ。この調子だと両方ともすぐにのぼせそうだ……」

「う、うむ、そうじゃな……」

　逃げるようにして俺とラクシャは湯船の外へ退散。そしてそのままの流れでラクシャを椅子に座らせ、頭を洗う体勢に移行。

「それじゃあ、いよいよ本命だな。シャンプーが目に染みると痛いから、瞑っててくれ」

「しゃんぷー？」

「身体を洗う道具だよ。それじゃあもういいな？　痒いところがあったら俺がかいてやるから、言ってくれ」

　シャンプーで泡立てた両手でラクシャの長い髪の毛をガシガシと洗っていく。

「ん、んぅ…………これはこれで、中々…………♪」

　こうしてみるとつくづく猫みたいな奴だな、ラクシャは。勝手気ままで、人に付くよりも家に居付くという方がしっくりくる態度とかまさにそれだ。

「ふぁ、あっ♪　そこっ、痒くて……ふんぅぅ……♪」

　……やばい、すごくなんだかイケナイことをしている気分になってきた…………

「って、うおぉうっ！？」

　ここで起きた、最悪の事態。
　……なんと俺の下半身の激しい自己主張により、巻いていたタオルの結び目がほどけてしまったのだ。

「どうした紀行？　手が止まっておるぞ？　何か問題でも――」

「ま、待て！　お前様は絶対こっち見るな！」

　振り向こうとしたラクシャの肩を掴み、俺は全力で阻止しにかかる。

「くっ……なんじゃ貴様、そこまでして……！」

　ラクシャもムキになったのか、ぐっ、と足に力を込めてくる。
　するとどうなるか、ラクシャの足は滴り落ちたシャンプーで滑り、そのバランスを失ってしまった。

「！　ラクシャ様っ！」

　手を伸ばし必死でラクシャを支えようとするも俺の両手は同様にシャンプーまみれ、俺の体勢もそれで変に崩れてしまい、結果――、



「痛って……っ……!!」

　なんとか俺はラクシャの下敷きになることでラクシャへの衝撃を軽減……代わりに頭をしたたか打ち付ける羽目になるのだが。

「紀行っ!?」

「っ……ああ、いや大丈夫だ、別になんともな…………い……」

　ああ、確かに少し痛かったがそっちは本当に大丈夫だ。
　……問題なのはむしろ、ラクシャのタオルも衝撃ではだけてしまっていること、そしてラクシャの頭が股間のすぐそばにあるということ。
　愚息の成長ぶりはラクシャの裸体により、先にもましてそこにあったのだった。

「…………紀行」

　まじまじと俺の愚息をラクシャは見つめている。

「……………………はい」

　俺がラクシャに敬語を使うなんて滅多にないだろう。

　ああ、これは俺終わったな……男として一番恥ずかしい状況だ、きっとラクシャも呆れているだろう。

　…………と、思ったのだがしかし、

「なんじゃ貴様…………妾に、欲情しておるのか？」

　そう言って俺の性器に手を添え始めたラクシャは、むしろその顔に気色すら浮かべていた。

「ラ、ラクシャ様……っ!?　な、何を……！」

「……丁度良い、これは妾からの礼じゃ。今こうして妾を庇ったこと、そして風呂の快楽を妾に教えてくれたことへのな…………快楽には、快楽で返すのが礼儀であろ？」

「っ、……だからってこんな、あ、くぅっ……！」

　『黙れ』の命令を発されるまでもなく、その指使いに俺は言葉を失ってしまう。

「んっ、んっ、はぁ……。ふふ……なんじゃ紀行、こんなに硬くしておいて今更妾を拒むなどとでも言えるのか？」

　そう言われると何も言い返すことが出来ないほど、俺は確かに興奮していた。

「妾に身を任せておけばよい……光栄に思うんじゃぞ、妾の手で果てることが出来ることを……♪」

　シュッ、シュッ……とリズムよくラクシャは竿を上下にしごいたかと思えば、人差し指と親指で亀頭をグニグニと押し潰すようにしてくる。

「うぁ、ラクシャ様、上手すぎ……っ!!」

　この調子では、一回目までそう長くは持ちそうもない。

「うむ…………良いぞ……♪　先端が膨らんできておるな、そろそろ限界が近いのであろう？」

　シャンプーでぬめる髪を絡めながら、ラクシャは蕩けそうなほどの快楽刺激を俺に与え続けた。

「ならばこちらからも命ずるぞ、紀行……『妾の手により射精し、妾を精で汚すのじゃ』……！」

「っ、そんな、そんなのアリかよ!?　うっ、くぁぁぁあ…………っ!?」

　もともと昂っていたところにラクシャの魔力が乗った命令が加わり、俺の身体の芯からドクドクと熱い奔流が迸る。それはラクシャの手、顔、背中までもを汚し、髪へと飛んだ白濁は泡と混ざり頬へ、首へと垂れた。

「んふぅぅぅぅっ、この匂い……♪　紀行っ、思ったよりもずっと良いものではないか貴様……♪」

「はぁっ、あぁぁ…………！」

　脱力するも、依然として俺の性器は硬いまま。ラクシャの魅力に中てられているのだからそれも当然だろう。
　
「まだまだ、イケるようじゃの？」

　白濁まみれの顔でラクシャが言うのに俺の劣情はいっそう沸き上がる。

「はぁ、むっ……じゅっ、じゅるる……っ！　ん、悪くない味じゃ……♪」

　精管に残った精子を吸い上げられるのがたまらない。
　ラクシャはそのまま、もっと寄越せと言わんばかりに激しい口内ピストンを行ってきた。

「はぁっ、じゅぷ、ずっ、じゅるっ、じゅずるるぅぅ……！　貴様の、美味いぞ…………♪」

　やばい、これは気持ちよすぎる……！　このままじゃまたすぐに射精するようなみっともないことに……それだけは、避けたい！

「んっ!?　はぶっ、ふぅぅぅん……♪　こら貴様、何をする……んっ♪」

　せっかくなので俺は手を伸ばし、洗いかけだったラクシャの頭を掴んで固定、そして長い髪を梳いてやる。
　これで過度の快感を防ぐのと同時、本来の目的も達成できる。

「んっ……ならば、れるっ、ちゅく……れろれろ…………♪」

　……と思っていた俺の見立ての甘さを、舌技にシフトチェンジしたラクシャに思い知らされる。

「無駄じゃ、妾の快楽から逃れられる男などおる筈がなかろう……♪」

「う、くぁあぁあぁぁ……!!」

　あえなく俺は絶頂を迎えてしまい、欲望をラクシャの口内にぶちまける。

「んぶっ、んうぅぅぅぅ!?　んっ、ずずぞっ……んく、んく……っ♪」

　音を立てて喉を上下させるラクシャ。

「ああ、美味い…………♪　ん……紀行、風呂というのは本来夜に入るものということじゃな……？」

「はあぁぁぁっ……あ、ああ、そうだが……？」

「ならば、今夜から風呂に入ったときはよろしく頼むとするぞ。拒否などさせぬ、これは『命令』じゃ……♪」

　俺の安らぎの時間は、どうやら着々と減っているようだった。

■作者メッセージ
お久しぶりです；　別口での執筆が忙しくてなかなか書く暇が見つからず……とまあそれは置いておいて。

如何でしょうか、ムラッときたのでやりました。後悔はしていません。
ラクシャ様もようやく可愛くなってきた気がします。
妾属性萌え。