連載小説
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第四章 隠れ里

目を開く、少し頭がぼんやりとしているか、思考がまとまらない。
しかし脳裏に闇蜘蛛殿の顔が浮かび、すぐに飛び起きた。
「闇蜘蛛・・・殿?」
闇蜘蛛殿はいた、私の目の前に。
とりあえず状況を整理しよう、私は闇蜘蛛殿と見張り台にて襲われ、その後。
どうしたんだ、その後、記憶が無い。
そしていま、私は布団に寝かされていて、体に包帯を巻かれているのと。
その上闇蜘蛛殿が、私に抱きついて寝ている。
「あら〜起きましたか〜?」
妙に間延びした声を聞いて、可能な範囲で少し辺りを見渡す。
部屋に水路が通っている、どうやらここは水棲の妖も出入りできる仕組みらしい。
その水路から女性が顔を出していた。
「少し待っていてくださ〜い、今先生を呼んできますので〜。」
「あぁ、少し聞いていいか?今何時だ。」
外は暗い、少なくとも最後の記憶には太陽は出ている時間のはずだった、かなり寝ていたらしい。
「え〜と、亥の刻過ぎだと思います〜では〜。」
女性は水に潜って行ってしまった、亥の刻か、闇蜘蛛殿の巣穴から出た時間を確認していないから何とも言えないが、やはり相当寝ていたのは確かだ。
「ぬ・・・。」
体を起こそうとするも、闇蜘蛛殿がかなりの力で私に抱きついている、簡単には離れそうにない。
その反動で体がズキズキと痛む、大人しく寝ているか。
少し待つと部屋に誰かが入って来た。
白衣を着ている男性だ。
「気分はどうだい?」
医者らしいその人物は、箱に様々な治療器具を詰めて持ってきていた。
「問題はない、迷惑をかけたらしい。」
医者殿は闇蜘蛛殿を見て苦笑する。
私も闇蜘蛛殿をはっきりと見るが、闇蜘蛛殿は髪も服も顔も、真っ赤に染まっていた。
「その子、君から意地でも離れなくてね、大分錯乱していて終いには泣き出したんだ。」
闇蜘蛛殿が か、見捨てろと言ったのに。
守るどころか、命を救われてしまった、情けない事ここに極まれり、だ。
「彼女に変わって謝らさせてもらう、申し訳なかった、そして助けてくれた事を感謝する。」
「いやいや、構わないよ、この子が離れなかったのはそれだけ君が愛されていると言う事だからね。」
その言葉、いまいち実感がない。
闇蜘蛛殿はあくまで私以外に頼れる人間がいないから、消去法的に私を助けた、そんな気がしてならない。
命の恩人に何を言っているんだ、とも思うがな。
「これでその子も落ち着いてくれるな、泣き疲れて寝てしまった様だが・・・彼女を離しても構わないか?この子が抱きついている部分の治療ができていないのだ。」
がっしりと力強く私にしがみついている闇蜘蛛殿を見る。
正直 悩んだ、助けてくれた闇蜘蛛殿をそんな扱いしていいものか、それとも現実的な考えで離した方がいいだろうか。
ふむ、考える必要はなかったな。
「このままにしてくれ、闇蜘蛛殿も不安だったのだ、それこそ私なんかに泣きつく程にな。」
「ウチも〜その方がいいと思いますよ〜?多分〜離そうとしたら〜また暴れちゃいます〜。」
先程の女性、鰻女郎だろうか、再び水面から顔を出して、水から上がって足を水に浸けたまま座り込んだ。
やはり、鰻女郎だったか、独特の足の模様をしている。
「理由を聞いても?」
「妖の〜勘を舐めちゃいけませんよ〜ウチだって〜例えばあなたと抱き合っている時〜離そうとされたら、絶対暴れますし。」
最後だけ強い口調で言う、確かに妖は男関連では信じられない力を出す事があるからな、こうなっては手を出さないのが一番だ。
私は闇蜘蛛殿の頭を軽く撫でる。
髪に染み込んだ血が固まって妙な肌触りがする、変に刺激をして闇蜘蛛殿の睡眠を邪魔しない様に気をつけなくては。
「それで、ここはどこなんだ?」
「ふむ、まぁ君達もほとんど『同士』か。」
妙に意味深な発言をしつつ、鰻の嬢ちゃんに耳打ちする、鰻の嬢ちゃんは潜って行った。
「くれぐれも口外して欲しくはないのだが、ここは『鷺の隠れ里』賽目川上流にある妖の隠れ場だ。」
「賽目川の上流に隠れ里があったのか・・・。」
隠れ里は聞いた事がある、くノ一やカラステング等の修行場兼移住地の事だ。
普通は隠されていて厳しい管理の下にあり、森に入り近づいた者は感覚を乱され、森の入り口に戻されると言う。
「ここは比較的大らかな所でね、身寄りの無い妖はもちろん身寄りの無い人間や、あまり人里に行きたくはないが買い物が必要な妖を受け入れているのだよ。」
「それで・・・闇蜘蛛殿が私をここに連れて来たのか。」
すると医者殿は違うと呟いた。
「その子が必死な形相でこの森に迷い込んだんだ、この状況の君達を見捨てろ、なんて誰が言える?」
そうか、闇蜘蛛殿は相当必死に私を助けようとしてくれたらしい。
「申し遅れた、私は流木の町で傭兵をしている、藤太郎と言う、こちらは・・・連れの妖でな、何かあったらしく名前を失っている。」
嘘は吐いていない、説明が少し面倒であるし闇蜘蛛殿も詮索しては欲しくないだろう。
「名前を・・・失礼をしてしまったのかもしれない。」
何かあった、暴れまわる、名前を失う、その三つの事柄を結びつけてくれる。
近からず遠からず、問題はないだろう。
「僕はカヌラ、諸事情で今はここ、隠れ里に住まわせてもらっている、医学の心得があるのでな妻のゆらと医者をしている。」
「ゆらです〜。」
ちゃぽ、と鰻の嬢ちゃんは帰って来た。
私はこれからどうするか考える、夜も更けてきているから起きる訳にもいかん、かと言って何もしないのも暇だ。
「ではゆっくりしていてくれ、と言いたい所だが・・・。」
「ハイハイハイハイ!シツレーしま!」
騒がしい、小さい妖がいきなり部屋の中に潜り込んできた。
夜らしい静寂を全て吹き飛ばしたその活力溢れる妖は、リスの様な尻尾を持つ少女だった。
「はぅ!どぅ!ゆぅ!どぅ!?初めまして!頼れる皆の情報係!ラタトスクのぉ・・・ラタトスクと言う者!サワギはサワギだよ!」
どうやらかなり愉快な娘っ子らしい。
だが らたとすく と言うの妖は聞いた事がなかった。
「らたと・・・何だそれは。」
「ラタトスク、サワギの祖先は色々あって大陸から渡ってきたいわゆる外来種何でやんすよ、旦那ぁ・・・げっへへ。」
ちょろちょろと落ち着きなく走り回る、いつの間にか私の横に移動していた。
「サワギ、寝ている人がいるんだ、静かになさい。」
「あ、ホントだ、小さ過ぎて気付かなかったよ。」
唇と尖らせながらにリスの嬢ちゃんは声の大きさを下げた。
リスの嬢ちゃんも相当小さいがな、闇蜘蛛殿よりは大きいが。
「それじゃあちょっとお話聞かせて?ズバリ!キミ達がそんなボロボロなのは南の森の火事と関わりある?」
南の森、火事、まさか。
「その森!流木の町の東か!?」
「うん、流木の町から東の森だね、あそこは警備のアカオニいるのにさ、なんか急に火事起きたらしいんだよ、何か知らない?」
嘘だろ、あそこには、闇蜘蛛殿の巣穴があるのに。
火事と言うのなら焦げた木やら灰やら焼け焦げた獣の死体で巣穴が埋まってしまったのでは。
埋まっていなくても、灰でもはや住めたものではなくなるし、何より食料の獣がいない。
とても、戻れる状態じゃない確率がほとんどだ。
「私達は、おそらくその火事が起きた森にいたんだ。」
「本当!?ドンピシャ!特ダネキタ!」
間違いない、あの爆弾、あれが原因で火事が起きたのだ。
あいつら、あの妙な兵、あいつらが原因だ。
「そうだ!流木の町が、危な、ぐぅ!?」
「無理に動くな!君はここでなくては死んでいてもおかしくなかったのだぞ!」
駄目だ、体が碌に動かない。
そこまで酷いとは思わなかった、これでは流木の町に行ったとしても戦力にならない、むしろ足を引っ張りそうだ。
「落ち着いて、藤ちゃん。」
「藤ちゃん?」
「あ、気に障ったならごめんね、流木の町は少なくともサワギが行った時は大事なかったよ?ちょっと変な奴に襲われたくらいって。」
「本当か?」
こくりとリスの嬢ちゃんは頷いた。
少し思案する、その言い方だと本当に大した数と戦った訳ではない様に聞こえる。
流木の町を襲ったのは先発隊で、私達が運悪く本隊の中に紛れ込んだのだろうか。
ありえる、流木の町を襲う上であそこは絶好の隠れ場所だ。
しかし、まるで国を襲う様な配置だ、流木の町を滅ぼそうとしている様な。
「どうやらその変な奴ら、急にいなくなったらしいんだよね、なんか煙みたいにボフッ!って消えたって言ってた。」
「消えた?」
また妙な話だ、兵が消えるなんて。
消えるくだりの記憶はなかった、重要な所で記憶が途切れている。
もしかすると兵士に襲われた後は闇蜘蛛殿が必死に庇って逃げてくれたのか。
「この子に聞いてみるしかなさそうだ・・・。」
闇蜘蛛殿なら分かるかもしれない、私はその可能性を指摘した。
「えー・・・じゃあその変な兵について、サワギなりに調べてみる!おやすみ!」
騒ぐだけ騒いでリスの嬢ちゃんは走り去ってしまった。
台風か何か、風の様な娘だったな。
「改めて、大人しくしていてくれ食事を運んでくる、妻はその水路をしばらくは巡回しているから、もし娘さんが起きたら教えてくれ、では。」
医者殿が出て行った、確かに闇蜘蛛殿が起きなくてはどうしようもないからな。
さてと、しょうがない寝直すか。

〜〜〜〜〜

次の朝、昨日無理やり眠った私を起こしたのは、悲痛な叫びと顔に落ちてくる液体だった。
目を開けると酷い形相の闇蜘蛛殿が私の顔を覗き込んでいた。
その涙が私の顔に降りかかっていた。
「うぇぇぇ!に゛んげんんんん!」
「分かった!分かったから!落ち着け!」
私の顔を見るなり目を見開いた闇蜘蛛殿は、再び私に抱きついた。
ギリギリと傷が痛み、メシメシと骨が悲鳴を上げ、喉の底から何かが湧き上がりそうになった。
「き、君!頼む!頼むから離れてくれ!また寝込みかねん!」
その後しばらくの説得の末、ようやく闇蜘蛛殿は離れてくれた、しかしまだ闇蜘蛛殿はぐずっている。
私は闇蜘蛛殿に向き直り、再び土下座をした。
「この度、私が君に迷惑をかけた事、非常に申し訳なく思っている、すまん!」
床に頭をめり込ませんばかりに力を込めて謝罪する。
紛れもなく私の判断が招いた事だ、私達だけでなく森まで失い、ましてや闇蜘蛛殿は住処を失った。
「君を守るなど大口を叩いておきながら瀕死の重傷を負い!君に命を救ってもらう始末!この恩は必ず返す!」
私は私が情けない、一切頼る者の無い闇蜘蛛殿を一人放っておいてしまった。
あの時意地でも起きているべきだったのだ、それならば闇蜘蛛殿にこんな辛い思いをさせずに済んだ。
「許してくれとは言わん!私の罪は私が清算する!どれだけ時間が経とうとも、ぶっ!?」
急に頭を踏みつけられた、闇蜘蛛殿だ。
お陰で顔面を床に叩きつけられた。
「あんた、私の下僕になりなさい。」
今までの闇蜘蛛殿の付き合いで、いや今までの人との付き合いで一番冷たく感じる一言だった。
怒っている、間違いなく。
「私に絶対服従!私がカラスを白と言ったら白と言え!死ぬまで私に奉仕し続けろ!」
がんがんがん、大声を上げる度、闇蜘蛛殿は私の頭を何度も踏みつけた、頭の傷が痛む。
「か、覚悟の上だ!」
「最初から!あんたに!拒否権なんて・・・ないのよ。」
闇蜘蛛殿はすごい力で私の体を起こし、抱きついた。
「だから、私を独りにしないで、二度と。」
「あ、あぁ・・・ぐぇ。」
闇蜘蛛殿は急に力を込める、情けない嗚咽が口から漏れた。
全身から悲鳴が上がる、その時の私はよっぽど必死な顔をしていたのだろう。
「こわ・・・かった。」
「感謝する、君。」
精一杯の力で感謝の言葉を告げる、もう一度顔を合わせると、闇蜘蛛殿はふくれっ面を晒していた。
「あんたさぁ!この場面で普通 君 とか言う!?」
「君が闇蜘蛛と言うのを嫌がったのだろう?」
闇蜘蛛殿はやれやれと言った風に首を振る、気難しい事で。
そしていい事を思いついた、と言う風にいたずらな笑いを浮かべた。
「記念すべき最初の命令、私の名前付けてよ。」
「何?」
名前付けてよ、つまり闇蜘蛛殿の間違いなく名前を私が付けろと言っているのだろうか。
「あ、その前に・・・あんた名前なんだっけ?」
「藤太郎だ、ふ じ た ろ う。」
ふんふん、頷いて闇蜘蛛殿は満足した様にこちらを向く。
「いいわ『藤』特別に私の命名権をあなたにあげる、でも私が気に入らない名前は切り捨てるからそのつもりで。」
「それはほぼ君が自分で決めるのと変わらないではないか・・・そうだな・・・。」
少し呆れつつも命令
一応、青助等仕事仲間で話していた時、娘になんて名前を付けるかの話をした事がある。
その時の名前、存外いい名前を作れたと、酔っていた私は紙に書いて残した。
その名前、確か。
「ことり、『琴理』・・・。」
つい、言葉に出してしまった、ハッとして闇蜘蛛殿を見たのだが。
私のつぶやきを聞いていた闇蜘蛛殿は目を丸くして、そして。
「ことり!?あっはは!私蜘蛛よ!なのに!ことり!?」
笑いだしてしまった、何かおかしい事を言ったのか。
笑い転げながらも闇蜘蛛殿は笑顔とは別にすごく嬉しそうな顔をしていた。
「ひっー!はは・・・いいわ!私はたった今、この瞬間から!琴理よ!」
闇蜘蛛殿は、いや琴理殿は鼻高々に語った、私は気恥ずかしいやら素直に感心するやらでなんとも言えない気持ちになっていた。
娘には違う名前を付けなくてはな。
「分かった、琴理殿。」
「その、殿とか付けんな、命令。」
付けるなと言うのなら付けないが、反動か何かは分からないが大分わがままになっている。
もはや琴理と離れられなくなってしまったな、きっとこれからも散々命令を下すのだろう。。
「うふふ〜いいですね〜琴理ちゃ〜ん?」
びくっと琴理は固まり、ギギギとぎこちない動きで声の方向を向く。
鰻の嬢ちゃんから水路から顔を出していたのだ。
「あ、あんた、いつの間に・・・?」
「いえいえ〜?この瞬間から〜のあたりですよ〜?」
琴理はまた固まってしまった、やるべきかやらないべきか、判断が難しい時から見られていたからだ。
「ごめんなさい〜なんだか〜楽しそうな声聞こえたから〜でも〜琴理ちゃんが落ち着いてくれて〜良かった〜。」
「彼女は、琴理はしっかり話を聞いてくれる子だ、余程その時が混乱していたのだろう。」
我に帰った琴理はむうっと頬を膨らました。
「馴れ馴れしくしてんじゃないわよ!それに!いきなりあんな変な連中に囲まれたら暴れて当然でしょ!」
確かに突然囲まれたら抵抗するわな、保護してくれた時に暴れた、と言うのはそう言うことか。
こちらとしては助けてくれたのだが、琴理にとっては攫われたと感じたのか、しょうがないかもな。
「おはよう、君たちようやく二人とも起きたのだな。」
医者殿が部屋に入ってきた、また荷物を持ってだ。
あれは、風呂具か、なんでだ。
「さて治療再開、と言いたいが特別に龍泉の使用許可が出た。」
「龍泉?」
私が聞き返すと、待っていましたとばかりにリスの嬢ちゃんが顔を出した。
そして相変わらずちょろちょろと動き回りながら騒ぎ回る。
「龍泉はねぇ!この地に湧いてる龍の力が宿ると呼ばれる温泉なんだよ!その湯に浸かればぁ・・・あら不思議!たちまち元気になっちゃうのだ!」
そしてまたリスの嬢ちゃんはいつの間にか私の隣に寄り添う、そしてこっそりと雰囲気を出しつつ耳打ちする。
「例の謎兵士について調べておきやしたでぇ旦那ぁ、げへへ・・・。」
「馴れ馴れしく。」
琴理は器用にも背中の蜘蛛足で刀を取り出した。
そして私諸共リスの嬢ちゃん目掛けて一閃した。
「近づくな!」
「琴理!?」
どうにか避ける、これ本気の一撃だぞ。
琴理は力任せに刀を振るから、避けやすいが危ないな。
「うわ!あ!サワギの!自慢の!ふわふわ尻尾がぁ!?」
リスの嬢ちゃんもどうにか避けたらしい、のだが。
なんか捕まえやすそうだな、とか思っていたリスの嬢ちゃんの大きい尻尾は、刀の先が掠ってボサボサに切れていた。
「あー・・・なんか萎えたわ、先お風呂入っててサワギこれ直してくる・・・。」
リスの嬢ちゃんは急に大人しくなってトボトボと部屋から出て行ってしまった。
相当尻尾に自信を持っていたらしい。
琴理はふん、と鼻を鳴らした。
「後で謝れよ、琴理。」
「誰が、全くうっとおしいのよ。」
やれやれ、なんだか心なしが沸点低くないか、今日の琴理は。
「琴理さんも、その格好では嫌でしょう、琴理にも龍泉の入浴許可が出ています。」
琴理の格好は全身血だらけだ、あれ全て私の血なのか、だとしたら本当に九死に一生だったのだな。
ふむ、二人同時に入る訳にはいかんな。
ならば琴理を先に入らせよう、私は後からでいい。
「め い れ い、一緒に入りなさい、藤。」
取り付く島もなければ、身も蓋もなく、そしてぐうの音も出ない。
完全に先手を取られてしまった。

〜〜〜〜〜

わしゃわしゃと頭を洗う。
それだけだ、無心になれ、私はいまただ頭を洗うだけの存在だ、無心、無心。
「ちょっと!もっと優しく洗いなさいよ!」
「はいはい、だが結構こびりついていてな。」
「そこをなんとかするのがあんたの仕事よ。」
私達は今医者殿の案内にて龍泉とやらに入っていた。
いや、厳密にはまだ入っていない、その前に琴理の頭を洗っていた。
琴理からついでの様に頭を洗えとの命令がくだり、頭を洗うのはいいがせめて体を隠してくれと交渉が十数分続き、どうにか琴理は体に布を巻いてくれた。
しばらく洗っているがまだ満足いく仕上がりにはならない、。
おそらくただ毛先を整えるだけの生活をしばらく続けたのだろう、思いの外長く洗うのが大変だ。
にも関わらず美しさを感じる色艶をしているのは妖のなせる技だ。
「流すぞ。」
「ええ。」
お湯で泡を流す、この石鹸かなりの上級品だな、泡立ちやら手触りやら、それどころかこの湯の全てが流木の町の銭湯とは違う。
何か神々しさまで感じる佇まいだ。
「もう一度洗うぞ。」
「何回目よ?まぁいいけど。」
かなり汚れがしつこく根気を入れていかなくてはならない。
ふと、とある事考えた。
「そうか、流石に穴の中では湯浴みはできないか。」
「何を言ってるの?幾ら何でも雨の日とかには少し体を洗ったわよ、口より手を動かしなさい。」
「了解。」
なんだか妙に上機嫌だな、穴暮らしでは見られない目新しい物ばかりだろう。
私が起きた以上琴理は冷静を取り戻してくれたしな。
私にとっても中々クノイチやカラステングに会う機会はない、ついつい色々と見て回ってみたくなってしまった。
「と言うか今更戻れない穴の話なんかしないでよ、ほんっとデリカシー無いわね。」
「だからなんだ、そのデリカシーと言うのは。」
「ぷぷ・・・何でしょうね?」
にやにやと琴理はわざわざこちらを向いて私を嘲笑った。
大分調子が戻ってきたな。
最後にまた泡を洗い流す。
「綺麗になったな。」
「えっ?」
ようやく満足のいく仕上がりになった。
琴理は頬を赤くする、こうして見ると邪魔そうに前髪が伸びている。
ハサミを持って来ればよかったなついでに散髪くらいはしてやれたのだが。
琴理はしばらく頬を染めていたのだが、何かを思い出したかの様に私を見ない様前を向く。
「丁度いいから、その、話すけどさ・・・私さ、あんたを・・・控えめにいって・・・襲おうとした。」
つい、固まってしまった。
あ、危ない、いや、妖とは言えこの小さな娘と繋がりを持ってしまうのは、少し世間体と言うものが。
「あんたに噛みつこうと・・・したんだ。」
あ、そっちの事か、妖が襲おうと言うと、その、性的な意味だと思っていた。
「そうか、噛みつくか。」
「つまりさ、私、あんた、食おうとしたって事でしょ?あんたの言う通り、私は闇蜘蛛だよ、バケモノだよ・・・追い出されて当然の。」
「言うな。」
私は琴理の体をこちらに無理やり向けさせた。
琴理はびくっと驚いた。
「君は私を助けてくれた、それで証拠は十分だ。」
琴理がその通りバケモノだと仮定すれば、私を助ける理由は無い、むしろその場で食うはずだ。
でも琴理はそうしなかった、私を全力で助けたのだ。
「そ、そう・・・痛いわよ。」
言われて、肩から手を離す。
「そうね、私は・・・妖だものね。」
琴理はそう呟いた、頬を少し赤らめて。
私は少し安心する、答え自体は出てはいないが、折り合いは付けられたみたいだ。
「藤、阿呆面晒してないで・・・。」
琴理は立ち上がる、そして。
巻いていた布を外した。
「体、洗いなさい。」
私は、琴理の裸体を直視してしまった。
の、だが。
「はぁ・・・。」
ついため息を吐いてしまった、非常にやる気のない気分を含んでだ。
「な、何よ!?その反応!?」
「そんな顔を赤くするな、無理をしなくてもいい。」
正直に申し上げると琴理は顔を真っ赤にしている、人間相当焦っている人間を目の前にすると逆に冷静になるのものだ。
「べ、べつに!?無理なんてしてないし!?」
布を外してから数秒後、体を洗えと言った後に一気に赤くなった、頑張ったがもう少しだったな。
「それに君に手を出すのはかなり良心の呵責がだな・・・。」
「はぁ!?何よ!あんたまで私を子供扱いすんの!?」
と言うか子供扱いされたのか、それ含めて半狂乱したんじゃないだろうな。
「まぁいい、ほら座れ、洗ってやろう。」
「最初からそう言いなさいよ!この駄犬!」
そう言って琴理は再び私に背中を向けて座る。
やれやれだ、危なかったぞ。
不意打ちは卑怯だ。

〜〜〜〜〜

反応してる。
魔物の勘がそう言った。
彼の事だ、平静を装っているだけだろう。
もうひと押し、ひと押しでどうにか、彼を。

〜〜〜〜〜

いたって冷静に、平坦に、平生に、琴理の体を洗い終わった。
髪ほどは苦戦しなかったな、元々綺麗な肌であったし。
さて次の問題。
「あ゛あぁ・・・いいわねぇ・・・ほら藤、あんたも入りなさいよ。」
この傷だらけの肌で風呂に入れとか、改めておかしいよな。
そっと、できるだけそっと足先を入れる。
そしていっそ思いっきり全身入った。
「いたたたた!?あいた!?」
「ぶばっ!?ちょっと!ゆっくり入りなさいよ!かかったじゃない!」
しかし痛みはすぐに退いた、なんと言うかみるみる内に全身の緊張が解れる。
「おお、痛くなくなったぞ。」
「よかったじゃない・・・あれ、あんた治ってない?」
確かに、赤く血の色の傷口がゆっくりと健康な色を取り戻していた。
「これが龍泉か・・・これは、いた!?あいたた!?」
「え?どうしたのよ。」
「急に全身が痛く・・・。」
まさか治るのは早くなるがその分痛みを感じるのか、結構な痛みだ。
琴理は全身を弛緩させて、緩んだ笑みを浮かべていた。
「ぐぐ・・・収まった。」
痛みが収まるとすでに傷は無くなっていた、都合が良すぎる、凄まじい温泉だな。
「それあくまで表面上だけだから、失った血は戻らないし傷口は普通に治すより皮が薄いから気を付けてね。」
「そうか・・・ってうお!?」
驚いて振り返ると、リスの嬢ちゃんがいた。
まさか無理やり入ってきたのか。
「あんたまた!?」
「待って待って!どうどう!一時休戦!ここの管理の白蛇さんが男の裸見たくないって言うから変わったの!」
ならしょうがないか、白蛇はみんな純情だからな。
純情過ぎて、ちょっと抑え効かないだけだからな。
「・・・変な事したら叩き出すからね。」
「もー!嫉妬しちゃってー!ちょっとダメダメ!お湯かけちゃダメ!?尻尾が!尻尾が湿気る!」
やれやれ、この二人は反りが合わないらしい。
琴理が突っかかっている気がしなくもないがな。
ともかく傷口を見る、傷口は見た目は色が違うだけでほぼ完治しているようにみえるのだが。
「そうか、完全に治る訳ではないのか・・・。」
「うん、戦うのは勿論走るのもおすすめしないかな、唯流木の町に戻れる程度には回復できるよ。」
風呂の中で軽く腕を回す。
確かに皮膚が突っ張る感覚があり、あまり無理できそうにない。
「それで、変な兵士についての情報、聞く?聞いちゃう?」
「もったいぶらないで言いなさいよ、このバケリス。」
「バケ!?もー君は・・・。」
その後のリスの嬢ちゃんの話をまとめるとこうだ。
変な兵士の小隊が流木の町を襲った。
しかし変な兵士は大した力もなく、あっさり迎撃できあっさり撤退した。
その兵士を追撃したが森に入った瞬間兵士は消え去る。
どころか森で火事が起きた、罠だったのだ。
しかし流木の町の警備隊、アカオニの軍団の前に流木の町の者達は次々助けられ、火事も流木の町には大事には至らなかった。
のだが私達のいた森は半壊、そして変な兵士の行動に流木の町は少し混乱している。
こんな所か。
「なら流木の町は無事か・・・そして小手調べ程度にこちらの兵を焼き殺しにきたか、間違いない流木の町を滅ぼすつもりで攻撃している。」
「あんだけ人間いればそうでしょうね、差し詰め私達は口封じされたんでしょ。」
「でもさでもさ、なんで流木の町なの?大きな町なら他にあるでしょ?」
私は真っ先に思い立ったのは、巫女の嬢ちゃんが祀っている御神体。
あれはかなり重要な物、らしい。
「心当たりはある、詳しく言えないが、あれだと思う。」
「何よはっきり言いなさいよ。」
私は立ち上がる、そして風呂から上がった。
今すぐ出発しなければ、あれを知っている人間はかなり少ないはず。
巫女の嬢ちゃんの所は警備が手薄になるはず。
「行くぞ、急いで帰らなくては。」
とりあえず流木の町には戻れる程度には治癒した、ならすべき事は一つ。
ここにはまたゆっくりと来たいものだ。
「サワギも!サワギも連れてって!」
「何?」
「ここ、結婚済みの男性しかいないんだ・・・外来種だからここに住むしかなかったんだけど、流木の町なら受け入れてくれそうだったし、行きたいの!」
ちらっと琴理を見る、琴理はため息を吐く。
これは駄目か、琴理とリスの嬢ちゃんは仲悪そうだもんな。
「いいわよ、来なさい。」
予想外だった、琴理も風呂から上がる。
そして少し唖然としていた私にぴっとりとくっついた。
「ただし、藤は私の下僕だから。」
「ありがとー!ことりん!ぐぇ!?」
琴理に抱きつこうとしたリスの嬢ちゃんを琴理は蜘蛛足でさり気なく拒否した。
蜘蛛足って先尖ってるよな、大丈夫だろうか。
「精々この私に感謝なさい愛玩動物さん?」
「ぎぎぎ・・・何この子!?酷いよ!?」
帰り道は暇しなさそうだな、琴理ももう一人じゃない。
私が、そしてリスの嬢ちゃんがいる。

〜〜〜〜〜

医者殿夫婦に事が済んだら必ず礼の為に戻ると伝え、まだ乾いていないがと着ていた着物を返してもらった。
洗ってくれていたらしい、なにやらなにまで助けられてしまった。
リスの嬢ちゃんを連れて行くと言うと少し寂しげな顔を浮かべたが、どうせ流木の町ならこちらにすぐ来ると納得してくれた。
そして私達は村を出る、川から外れて東に少しの鷺町に寄って行こうかとも考えたが時間が惜しい、まっすぐに川を下る事にした。
「はぁ下流が正解だったのね・・・。」
琴理は川辺をさまよっていたからな、流木の町を目指していたのか。
「はは、だが流木の町ではもっと治るのが遅かった、あの龍泉のおかげでここまで動けている。」
「そうそう!結果良ければ全て良し!生きてりゃ安い安むぎゅ、だから蜘蛛足は痛いよ!やめもぎゅ!」
「下手に騒ぐんじゃないわよ、どこに変な兵士いるか分からないんだから。」
琴理はリスの嬢ちゃんを蜘蛛足で突いている、なんと言うか同年代の友達ができたみたいだな。
同じ背丈の二人が並んで話している所は非常に微笑ましいものだ。
「で?あんたの言う心当たりって何よ?」
聞かれてしまったか、その事は微妙に説明しにくくて嫌なのだが。
「まず数十年前の話になる。」
「おや?もしかして流木の町がただの流木だった頃?」
リスの嬢ちゃんが書くものを取り出して聞いてきた。
私はその質問に頷く、その頃、若かった私と松が毛娼妓殿の傭兵として雇われて旅をしていた時、道すがらに訪れたのが今の流木の町。
しかしながら。
「その流木には先住民がいたのだ。」
その人こそ今回の事件の発端、ある所の意味では流木の町を作るきっかけとなった人物。
「その先住民は妖を殺す為の魔術書を持っている、魔女だった。」
17/04/12 13:05更新 / ノエル=ローヒツ
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■作者メッセージ
ノエラ=ローヒツです、嘘ですノエルです。
真剣にノエラと名乗るか検討しました、重ねて言いますがノエルです。
盛大な誤字を晒しましたが私は元気です。
話は変わって、今いる所はネット環境がほぼ無く、もはや小説を書くしかないのですが、私は元気です。
私は元気です、私はげんきです、わたしはげんきです。

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