連載小説
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第五章 真里

「妖を殺す為の魔術書を持っている 魔女だった、その流木には魔女が住んでいたんだ。」
私の言葉に二人は顔を引きつらせた。
「魔女?何よそれ。」
尤もな意見、しかしここからが説明しにくい所なのだ。
しかし恐らくあれが発端である以上、この二人にだけでも語らなくては。
「ねぇねぇ、もしかしてこれってさ、流木の町誕生秘話?」
「あーそうだな、誕生秘話になるな。」
流木の町はここ数十年で一気に成長した町なのだ、鷺町や麻町は相当驚いただろう。
中々こう言う話はしないのだがな、非常事態だ。
「とは言ったものの・・・。」
私は隠れ里にて貰ってきた、短剣を持つ。
前方には人影がある。
「お客だ、後でな。」
その人影は例の兵士だった、琴理も刀を取り出す。
この刀、抜かないでいてくれる事を、琴理に感謝した。
「リスの嬢ちゃん!下がってろ!」
「ガッテン承知!てたーい!てーたいー!」
二人で武器を構える、この手の武器は初めてだが、扱えるか。
敵は二人、数に不足はない、のだが。
「ことりん!できるだけ藤ちゃんを戦わせない様に!」
「誰がことりんよ!誰が藤ちゃんよ!いい加減にしなさい、この駄目愛玩動物!」
その言葉が啖呵の代わりの様に、琴理はまっすぐ敵に突っ込んだ。
後衛は苦手なのだが、この状況では仕方ない。
「えぇい!」
妖の力と鞘も含めた刀の重さを頼りに、琴理は刀を敵の一人に叩きつけた。
敵兵は盾を持っていたのにも関わらず、琴理は盾を弾き飛ばした。
「そーれ!」
琴理は更にもう一人の方の兵に突きを繰り出した、敵兵は盾で防ぐが思いっきり吹き飛んで木にぶつかった。
盾を持っていない方の兵士が琴理を攻撃しようとする、しかし私はその兵士を間合いに入れていた。
「はしゃぐな。」
その兵士の顔面を殴れつけた、不意を突いた為間抜けによろよろとふらつく。
「せい!」
振り返った琴理の一撃で、盾の持ってない方の兵士は吹っ飛び、川に飛び込んだ。
「待て、ちっ逃げられた。」
噂通りに突然敵兵は消えてしまった、川に突っ込んだ奴も木に叩きつけた奴もだ。
ある意味厄介な奴らだな、しかも。
「これで敵の斥候に見つかった事になるな。」
「別に構わないわよ、むしろやり足りない。」
琴理は一皮剥けたのか、かなり頼もしくなっていた。
刀の腕はてんで素人だが、妖の力と野生の勘でかなり戦えている。
危なっかしい所はあるがこちらが手を貸せば問題ないだろう。
「これで私の怒りが収まるとでも?」
「えっへへ、頼もしいでやんすな・・・旦那殿・・・。」
リスの嬢ちゃんが戻ってきた、そちらも大事ないらしい。
「もちろんよ、私を誰だと思ってるの?」
「嫉妬深い!やたら上から目線!お嬢様気質!」
ぶおんと音が鳴る、正直私には見えなかった。
琴理は刀を横に薙いだらしい、風がかなりの強さで私に襲ってきた。
「へへーん!同じ手は食わないもんねー!あ・・・ちょ、ちょっと?蜘蛛足で襟掴むのは無しだよ?」
琴理は器用にリスの嬢ちゃんの着物の襟に蜘蛛足を引っ掛ける、リスの嬢ちゃんはそのまま持ち上げられて宙に吊られた。
「ちょぉっと痛いだけだから、ね?」
随分と刀に殺意を込めるものだ、自分からそれが意識してできるのならかなり強い兵士になるな。
私はリスの嬢ちゃんを蜘蛛足から外してやった。
「嬢ちゃんよ、そう琴理を煽ってやるなこう見えて繊細なんだ。」
くすんくすんとリスの嬢ちゃんは泣き真似をしている、ちらちらとこちらを見ているからすぐに真似だと分かったが。
「どう見えて、よ?」
「殺意を抑えろ殺意を、まったく・・・仲良くしろよ。」
琴理はふんと鼻を鳴らしてずんずんと進んで行ってしまった。
リスの嬢ちゃんも私から顔を背ける。
「だって藤ちゃん、ことりんにだけ甘いんだもん。」
「甘くはないだろ、やれやれ・・・。」
さっさと行かないと敵が来るからな。
リスの嬢ちゃんを下ろして、私は再び歩を進めた。

〜〜〜〜〜

それからは不気味な事に襲われずに流木の町が見えてきた。
「へぇ・・・あれが?」
「あぁ、やっと帰って来たな流木の町だ。」
懐かしき我が家、いやたった1日足らず帰って来なかっただけだが、数週間帰らなかったような感覚だ。
「まー私は走ればそんなにかからないで来れるんだけどね〜んで?藤ちゃんこれからどうするの?」
そうだな、選択肢は二つ。
私の家に帰るか、巫女の嬢ちゃんの所へ行くか。
「あ!?誕生秘話忘れてた!」
「あーじゃあ巫女の嬢ちゃんの所先に行くか。」
とか話していたら、視線を感じる。
川をみると、じとっとした瞳がこちらを迎えた。
「魚の嬢ちゃん、よかった無事そうだな。」
魚の嬢ちゃんはこちらをじっと見つめて、町めがけて泳いで行った。
「何よ、あいつ。」
「いい奴だぞ、嬢ちゃんは。」
さてと、魚の嬢ちゃんがいたという事はつまりだ。
あいつもいるだろうな。
「藤太郎さん!どりゃあ!」
青助が走って来る、そして気合いでこの結構な幅のある川を飛んで渡って来た、若いな。
「いやー生きてたんですね、てっきりいい加減もう、いたた!」
「縁起でもねぇ事言うな。」
私は青助の耳をぐいっと引っ張る、その手を水かきの付いた手が触れた。
魚の嬢ちゃんだ、水から上がったらしい。
「許して・・・あげて。」
「怒っちゃいねぇよ、それでだが・・・。」
青助知らないんだったよな、アオオニの嬢ちゃんにも言うべきか。
だったら、青助使って集めさせるか。
「青助、アオオニの嬢ちゃんを探して巫女の嬢ちゃんにの所に連れて来てくれ、あの変な兵士について話がある。」
青助には私の真剣さが伝わったらしい、こくりと頷いてすぐに行動にでた。
青助の行動力の高さは私も一目置いている。
「すぐに連れて来ます!真里さんの所行っててください!」
青助は魚の嬢ちゃんを連れて走って行ってしまった。
と言うかなんかリスの嬢ちゃん大人しくないか。
「ちっ、ツバ付きか・・・。」
「そうだ、お前の目的婚活だったな・・・。」
構わんが、いくら急成長したとは言え鷺町程は賑わってはいないと思うのだがな。

〜〜〜〜〜

さて、全員揃った。
「藤坊、生きてたのかい、よかった。」
「ピンピンしてる、全員揃ったな。」
私達は今、神社の目の前にたむろしていた。
とりあえず積りる話はあるがまず。
私は神社の扉を蹴破った。
「うわぁ!?」
「おいこら!上杉山田門左衛門!」
「上杉なんだって!?なんなんだい、急に!?」
私はまっすぐ真里に近づいて真里の胸ぐらを掴んだ。
なんと言うか、若い頃を思い出すな。
「ちょっと待て!藤坊!何をしている!」
正義感溢れるアオオニの嬢ちゃんが私の事を制止してきたが、不可抗力だ。
「すまん、今回は見逃してくれ、おい 調べたか?あの後何回本は起動してた?」
真里は混乱しつつも答える。
すごい後ろから白い目で見られている気もするが、こちらも色々とあるのだ。
「に、二回・・・言語アシスト付きで・・・。」
「てめぇ、本が発動したら俺なり松なりに言えっつったよな?」
ここまで凄んだのは久々だが、正直今回は許してほしい。
町全体の存続に関わることなんだよ。
「いや、そのだな、僕も魔道書に付きっきりと言う訳にもいかないんだよ、だからちょこっといじってもしもの時に自動で処理してくれる様にいじって、いったぁ!?」
「おい、魚の嬢ちゃん、本名言ってもいいぞ。」
急に話を振られた事と、本名の事を知られている事、その二つの意味で魚の嬢ちゃんは驚いていた。
一応、分かってはいたんだよ、私は。
「どう言う事っすか?からんはからんですよ。」
「・・・あなた、ごめん。」
魚の嬢ちゃんは数歩歩き、皆の前に出た。
数回深呼吸する。
「私・・・ハル=カラン、異国の地・・・の民なの。」
つまり別大陸の妖なんだ。
魚の嬢ちゃんはそう言いたいのだ、半魚人はジパングにもいるにはいるが本来もっと山奥に住んでいる。
だからこんな人里には滅多に来ないんだよ。
「琴理、お前もなんだろ、異国の地から来たって言うのは。」
琴理は少し俯いて、頷いた。
「私は元々別の所にいたのよ、あの変な奴らにここに飛ばされた。」
やはりな、そうだと思っていた。
でなくてはおかしいのだ、そもそも判別できない妖なんて。
というか、さっきからなんだ。
「どうした?」
何故か琴理とリスの嬢ちゃん以外は唖然とした顔をしている、なんなんだ。
「ちょっと、藤太郎さんが名前間違えないで言ったみたいですよ?どう思います。」
「偽物じゃないかね、でなければ・・・雨戸を閉めなくちゃだね。」
「・・・ふしぜん。」
少し三人で相談して、青助が手を上げた。
「はい!藤太郎さん!俺の名前は?」
「突然なんだよ、青助。」
がくっと青助はうなだれた。
「僕の名前は?」
「雷雲京橋大橋。」
「何それ!?橋が重なってるよぉ!?」
再び三人で集まって話し出した。
そんなに違和感あるか、自分が付けた名前くらいは覚えるわ。
「偽物では・・・なさそうですよ。」
「なら一体全体なんなんだい、あの藤坊が名前すらっと言えるなんて。」
「・・・と言うか赤尾・・・さん、私の名前は・・・流すの・・・?」
「何々ー?なんか面白い話ー?」
話が進まないんだが、どうしたものかね。
リスの嬢ちゃんも混ざろうとしているし。
三人はもう一度私に向き直った。
「はい、からんがその、異国の民と言うのは分かりました、けど・・・そもそもその小さい二人はどちら様ですか?」
「赤尾・・・さん、私の告白・・・そんな簡単に・・・。」
「え?だってからんはからんだろ?別に出身地がどこだからってからんへの気持ちは変わんないだろ。」
今の言葉の何が響いたのかは分からんが、魚の嬢ちゃんは顔を真っ赤して黙り込んでしまった。
乙女だねぇ、こっちの姫もそれくらい素直ならいいのだが。
「えーとだな、こちらの黒髪の娘は、私の恩人である琴理と言う者だ、琴理も恐らくからんが前にいた大陸から飛ばされたんだ。」
「その、飛ばされたってどう言う事ですか?」
だからその事を話そうと思ってたんだが、かなり脱線してしまったな。
「ヨロシクオネガイシマス。」
なんか琴理はすごく不機嫌だった、話さないと思ってたら。
後はリスの嬢ちゃんだな。
「こっちは・・・。」
「密偵、斥候、経理!任せて安心皆の頼れる情報係!鷺町より来ました!サワギです!どうぞよろしくお願いいたします!」
一を振ると百で返してきた、らしいっちゃらしいからいいけどな。
「と言う事でこっちで仕事したいって言うから連れて来たんだ、なんだかんだ頼りになるからな。」
さてと、私は巫女の嬢ちゃんの胸ぐらを掴んだまま揺すった。
話が全然進まん。
「ほら、お前が説明しろ、山田太郎義信。」
「もう指摘するのも面倒だ山田はさっきも言ったろうに・・・えーと、恐らく僕が一番初めにこの地に来た、本名はマリアレイ=ジルド、私も魔物娘 妖でね、ワイトと言う魔物だ。」
三人は顔を合わせる、仕方ないか、私も結局リッチと言う妖を知らないしな。
「えーと、じゃあ真里さんでなく じるさんって呼んだ方がいいですか?」
「違う違う、僕の国だとジルドが苗字でマリアレイが名前なんだよ。」
青助は少し考える、そして魚の嬢ちゃんを見る。
「それじゃあ・・・はる、って呼んだ方がいいか?」
魚の嬢ちゃんは再三度顔を赤くして、後ろに倒れ込んだ。
ほんの少しだけだが笑っているみたいだ。
「話を戻すけど、僕は全盛期は騎士として生きて、引退後魔術を嗜んでいたんだ。」
「なんつーか、自由な生き方だねぇ。」
アオオニの嬢ちゃんも相当だけどな。
しょっちゅう仕事を止めて茶屋にいるしな。
「それで・・・魔術師時代に書いたのが・・・魔物殺しの書、とんでもない禁書ができたんだ・・・。」
なんと言うか、こいつは凄いのか凄くないのか分からん。
「その・・・魔術書を作ったのいいんだが、流石にこれは危ないと感じてな、魔術書の項の一つ一つに安全装置、例えば魔物を消しとばす魔法は魔術書の付近に瞬間移動するとかな。」
アオオニの嬢ちゃんが手を上げた。
「その本燃やせば全部解決するだろ、なんで燃やさないんだい。」
うん、正しい疑問だ。
「えーと・・・。」
巫女の嬢ちゃんが顔を逸らしそうになった為、無理やり皆の方向に顔を向けた。
しかし視線は皆から外している。
「君たちも陶芸や何気ない創作で見事な物ができたら保存するだろう?・・・そう言う事だ。」
全員顔を歪めた。
だよな、私の対応は正しかったよな。
「ついでに言うけど、魔術書の付近に瞬間移動させたら、また瞬間移動させられるんじゃ・・・。」
「私もそう言ったんだが、なんだかんだその安全装置正しかったんだよ・・・。」
私は更に話を進める様に巫女の嬢ちゃんに促した。
「その安全装置を付け終わった後、僕は暗殺・・・されたらしい。」
「らしいって何よ、はっきり言いなさい。」
「死んだ時は本人は何が起きたか分からないさ、突然誰かに刺された、君たちは経験すれば分かるよ。」
そんな機会いらないがな、巫女の嬢ちゃんは話を続ける。
「それでその後色々とあって、魔物として生き返った僕は、その魔物殺しの書を回収してから、でたらめにどこかへ飛んだんだ。」
これが最初の原因、色々な事の始まりなんだ。
「それがここか。」
「そうそ・・・う?」
何か、妙な気がした。
今の声、誰だ。
「君には魔物になってほしくなかったぞ、マリアレイ。」
「・・・私を殺しといてそんな事言うのかい?サナリエル。」
知らない奴が私達の中に入っていた。
言い換えるなら天使、その表現が一番しっくりくる奴が、さりげなく私達に混じっていた。
「お前が、首謀者か。」
巫女の嬢ちゃんを適当に放り投げる、天使野郎の視線は巫女の嬢ちゃんに向けられていた。
「魔物殺しの書を出せ、猶予は夜まで。」
「話を聞く気はないか、いいだろう全面戦争だ。」
天使野郎は消えた、私は巫女の嬢ちゃんを睨む。
「何を勝手に宣戦布告してんだよお前は・・・。」
多分だがこの巫女の嬢ちゃん、完全に戦力は私達任せだ。
にも関わらず宣戦布告した。
「ふー・・・さて作戦を考えよう!」
やっぱりか。
それで、具体的にどうするんだ。
「な、なんなんだいあれは・・・。」
「僕の育て親であり師匠であり・・・僕を殺した殺人鬼だよ。」
初めてその話は聞いた、とある奴がこの本を狙っていると言うのは聞いたが。
「私を殺して、書の一部を引き裂いて持って行った。」
「あいつ・・・!?私を殺そうとした奴じゃない!」
殺そうって例の兵士のか。
「そうだね、琴理君とからん君は奴に殺されそうになったんだろ?」
二人ともこくこくと頷いた。
それが飛ばされたって話に繋がる。
「奴は君たち二人を殺す為に僕の書の一部を使ったんだ・・・《魔物を消滅させる魔法》僕の付けた安全装置で君たちは死ななかったけど・・・。」
「なんだいそれ・・・。」
無意味に見えるけど、とても役に立っている、大分皮肉だよな。
この嬢ちゃんは想像の斜め上を行ってくる。
「ちなみに書が発動したら私に報告しろって言ったのに、安全装置後の処理を自動化したんだな。」
「ひ、暇だったから・・・てへ!ぐべぁ!?」
盛大に腹が立った為巫女の嬢ちゃんをぶん殴った。

〜〜〜〜〜

計画の会議が終わり、全員用意する為にそれぞれ分かれた。
町には伝えない、私達だけでどうにかしてみせる。
私は家に帰っていた、家に帰って色々と集めていた。
やらなくてはな、私はこの町を守らなくてはならない。
「ここがあんたの家?」
琴理を家に招いた、リスの嬢ちゃんはともかく琴理は行く場所がないから。
だったらここしかないだろう。
「何も無いわね、あんたらしい。」
「そこに座れ。」
椅子を置いて座る様促した。
琴理は前髪を触っていた。
「ハサミある?」
「ハサミ?ハサミはないが・・・小刀ならあるぞ。」
琴理は一度立ち上がって、椅子を引きずって私に近づいて来た。
そして。
「髪、切って。」
そう言い放った。
私は少し驚いた。
「何故だ、聞いてもいいか?」
「気合い、入れないと。」
そうか。
そう言うまでもなく私は琴理の髪を切り始めた。
小刀で髪を少しずつ切る、間違いない様に少しずつ。
「お前と会ってから、そんなに経ってないはずだよな。」
「三日目ね、今日で。」
たった三日、されど三日。
私達の思いは三日では語れないモノがある。
「流れ者の私は、あんたに会えて良かったと思ってるよ。」
「そうか、良かったか。」
あれ、聞き間違いか。
琴理が私に優しい言葉をかけるなんて。
「きっとあんたが来なかったら私はまだあそこにいた、あそこで・・・。」
つい、髪を切る手が止まるが、しかし琴理の言っている事は紛れもない真実である。
琴理は耳まで真っ赤にして、続けた。
「たった三日で色々あったけど、藤がいたから頑張れたんだ、私は・・・弱いからさ。」
「琴理は弱くなんかない、君は私より余程強いよ。」
琴理は背後からでも分かる、少し微笑んでいた。
らしくもなく慈悲深い笑顔をしていた。
「弱いよ・・・私は・・・。」
何かを言おうとして、野暮だと思い直し口を閉じた。
琴理は、まだ言葉を繋いでいた。
「私は、藤みたいにこの町を守りたいとは思わないよ、だけど。」
琴理は私の手を退けて、こちらを向いた。
その顔をようやく私ははっきりと見えた、邪魔だった前髪が無くなったからだ。
「好きになれそうな町を・・・守りたいの。」
そうか、そうか。
好きになってくれそうか、流木の町を。
なら私も、もう一度戦う理由を見出せる。
全て守ってみせる。

〜〜〜〜〜

琴理の前髪を邪魔にならない程度に切って、適当な紐を髪紐に琴理の髪を結ってやった。
当初よりかなり印象が変わる、まるで小さい落武者の様だ。
「行くか、町を案内してやる。」
それから私達は再び町に繰り出した、二人とも黙りながらも町を歩く、すると青助と魚の嬢ちゃんを見つけた。
何か話し合ってるみたいだ。
「どうした?お前ら。」
「あ、藤太郎さん、あのですね・・・知らぬ間に俺がはると結婚するって噂が立っていまして、はるも知らないって言うんですよ。」
魚の嬢ちゃんを見つめると、目を逸らした。
完全に知らない体を突き通すつもりらしい。
「口止めされたしな・・・。」
「え?何です?」
「何でもねぇ、そうだな結婚しちまえば?」
魚の嬢ちゃんは声にならない声を上げて絶句した。
珍しく、いや魚の嬢ちゃんとも大した付き合いではないのだが、初めて表情が崩れたのを見た。
「そうだな、結婚するか、この騒動終わったら。」
青助は唐突に男気溢れる発言をした。
魚の嬢ちゃんは妙な表情のまま固まっている。
理解できる限界を超えたらしい。
なんで自分で流した噂に自分が追い詰められてんだよ。
「そうだな・・・じゃあ約束代わりに。」
青助は魚の嬢ちゃんの事を抱きしめた。
ぐっと力強く、しかし優しく、大事そうに魚の嬢ちゃんを抱きしめた。
「絶対、生きて帰るから、約束。」
「あ、あぁ、赤尾さ・・・ん・・・・・・はい、待ってます・・・から。」
一人の男が覚悟を決めた瞬間、人生における大きな基点。
手を取り合って、お互いを見つめあった、その中では壮絶な思いが巡っているのだろう。
それは分かる、分かるんだがな、そのな。
「公衆の面前だし、そこまで言って死ぬんじゃないぞ、青助。」
「つーか、あんたも行くのよ、青魚。」
こいつらはなんなんだ、腹が立つな。

〜〜〜〜〜

アオオニの嬢ちゃんはもう行動に出ている、だが俺は何となく何時もの茶屋に来ていた。
アオオニの嬢ちゃんがいるかもしれない、その少しの下心と、今回の決戦は頭を使う為糖分を補給しに来た、のだが。
「あら藤さん、奇遇ですね。」
「なんだ藤か。」
毛娼妓殿が茶屋の外の椅子に座っていた、松も一緒にだ。
本来なら夫婦の少しの談話、何だろうがおそらく違う。
この仕事人間の二人は余程の事がないと揃わない。
「どうしたんだ、二人揃って。」
私は平常心を保って、二人に話しかけた。
多分だが。
「いや、報告に聞いた謎の兵について話し合っていた、何か知らないか?」
口を開こうとした琴理を止めて、私ははっきりと。
「その件は私達でなんとかする、手を出さないでくれ。」
と告げた。
もちろん琴理が私の言葉に噛み付いてくる。
「はぁ!?何言ってんのあんた!」
「ふむ、君は?」
突然話を振られた琴理は少し驚く。
私に噛み付くか、自己紹介をするか悩んで、自己紹介をする方が勝ったらしい。
「私は琴理よ、こいつの主人。」
松はそれを聞くとふっと少し笑った。
この野郎。
「やれやれこんな女の子に雇われるなんて、随分落ちぶれたものだな。」
「言ってろ。」
私はその場を離れようとした。
「ちょっと!待ってよ!この・・・。」
琴理は私の尻を蹴り上げた。
力加減の一切ない蹴りだった。
「いっ!?おま・・・えな!」
「あんたが待たないのが悪いんでしょうが!次はぶん殴るわよ!」
琴理は刀を取り出してこっちに向けてきた。
ここで刀なんか出すなよ、町だぞ町。
「その刀は・・・。」
毛娼妓殿が刀を見て、目を見開いた。
なんだよ、覚えてたのかよ。
私はもう一度茶屋に背中を向けた。

〜〜〜〜〜

藤が急に人に失礼な態度をした。
知り合いらしいが、一体全体なんであの変な奴らの事でを話さないのだろうか。
あまつさえ私が止めても帰ろうとする。
「この!?」
私は刀を持ち直して、藤の頭を殴ろうとして。
「琴理さん?」
止まった、心臓を直接握られたみたいに体が固まった。
「やめて・・・くださいな。」
私は納得のいかない気持ち悪さを感じつつも刀を下げた。
何よ、これだったら私が悪者みたいじゃない。
「その刀・・・藤さんが?」
「くれたのよ、何か文句でも?」
何か私の方が下、みたいな雰囲気に苛つくような感情を抱く。
私の反応は正しいわよ。
「松、私は少し歩いてきます、先に帰っていてくださいな。」
「そうか、では。」
男の方は歩いて行ってしまった。
何かやたら髪の長い女性と二人きり。
特に理由はないはずなのに嫌にこの女性が気に入らない、私自身よく分からない。
「あんた何者よ、藤と知り合いなの?」
「私は椿花、この町の町長です、藤さんとはこの町が生まれてからの付き合いでございます。」
私の悪態をさらりと流して続ける、私は相変わらず訳の分からない苛立ちを感じていた。
「その刀は藤さんの愛刀、常々藤さんは申しておりました、『この刀が俺とある限り俺はお前らと肩を並べていたい』と。」
その刀がこれ。
藤が言いたい事大体分かった。
「その刀が藤さんが渡したと言う事は・・・もう私達は対等ではないのでしょうか。」
椿花は俯いて言う、余計苛つくからやめてほしいわ。
「あんた結婚してんでしょ?」
私の言葉に椿花は顔を上げた。
この顔は分かってない。
「ええ、あの松次郎と・・・。」
「藤は約束は守る、そう言う男よ。」
ぐいっと椿花に顔を近づけた。
私のたどり着いた答えをはっきりと言うために。
「藤は、あんたが好きだったの。」
認めたくないけどさ、多分だけど。
「あんたは藤なりの告白を断ったんだ、そしてその松と結婚したんだ、だったら・・・。」
そんなの、もちろん。
「対等なんかじゃない、あの藤は随分悩んだみたいだけど。」
正直そこまで藤が意図してたかは分からないけど。
でも、私はそう思う。
藤は、私を一人にしない為に。
「そう・・・ですか、そうですよね、私は・・・。」
あんたが選んだのは藤じゃない、それだけで私は満足していた。
だけど、次の言葉で私はかなり驚いた。
「何度も、もし、もしですけど松じゃくて、藤を選んでいたら、私はどんな人生を歩んでいたのでしょうね。」
私が驚いている時、椿花は立ち上がった。
そして、建物の影を見る。
「ねぇ藤さん。」
建物の影から、そっと藤が出てきた。
聞いてたのか、無神経な。
「はぁ・・・その未来はもう無い、考えるだけ無駄だ。」
藤は私に近づいてきた。
「行くぞ、まだやる事あんだよ。」
やっぱり、やっぱり藤は、私を私の事を。
「誰に命令してるのよ?私が主人なのよ?」
「お前なぁ・・・まぁいい。」
一人に、しなかった。
「羨ましいですね。」
「でしょう?あんたが選んでくれなかったお陰よ。」
にんまり、優越感に浸りながら私は言ってやった。
私には私の居場所があるから。

〜〜〜〜〜

帰り道、琴理が話しかけてきた。
「好きだったの?あいつ。」
とても嫌な質問だ、是非とも答えたくない。
しかし質問者が琴理である以上、無理やりにでも答えさせられるだろうな。
「昔は、な。」
今は、もう終わった話だ。
あいつらは旧友、それだけで十分。
腐れ縁もそう永くは続かなかったんだよ。
「なんであいつに今回の事を話さなかったのよ町長なら心強いじゃない。」
溜息を吐く、そうできれば楽なのだが。
「あいつが今回の事を知ったら、まずこの町の住民を避難させてあいつらも戦いに参加する。」
「それが何か悪いの?」
一から十まで悪いだろうが。
「まずあの天使野郎が言う猶予ってのはこっちを逃がす為のじゃない、数刻では避難なんて間に合わない、私達は混乱している町を背後に戦わなくてはならない、どうだ?背後で悲鳴やらなにやら聞こえている状態で戦いたいか?」
「嫌に決まってるじゃない。」
だろうな、私だって嫌だ。
「そして毛娼妓殿か松が負傷すればこの町の経済が混乱する。」
混乱だけならいいんだがな。
「最悪、再建不可能になる。」
そうなれば全員難民だ、それだけは避けなくては。
「う・・・じゃあ・・・。」
「あの二人私の言いたい事を理解してくれたはずだ、屋敷で堂々としているさ。」
琴理はこちらをまた気に食わなそうな顔で見ていた。
「随分と信頼なさってるみたいで。」
「まーな、付き合い長いもんで。」
全く面倒な縁だっての。

帰ってから、そろそろ夕焼けが薄くなってきた。
琴理は私の渡した上着を羽織った。
色が落ちなくて赤くなってしまっている、上着を。
そして刀を背中にしまう。
「行くわよ、藤。」
私の横を通り抜け、先に出て行ってしまった。
「気合いはいってるねぇ。」

〜〜〜〜〜

陽が沈みかけている、日没だ。
やれる事はやった、すべき事も済ませた、打てる手は打った。
これで、最後だ。
町はいつも通りに回っている。
人も誰一人避難させていない。
「来たな、サナリエル。」
千数百の兵士を引き連れて、天使野郎は来た。
「最後の忠告だ、魔物殺しの書を出せ。」
陽が苦手と言う事で傘を被っている巫女の嬢ちゃんに告げた。
何故か堂々と隊長の様に立つ巫女の嬢ちゃんは傘をくいと上げた、そして息吸って。
「嫌に決まってるだろう!考え方が古臭いんだよ!僕は最初から魔物なんか殺したくないって言ってただろう!」
少し、ほんの少しだ、本当に少し、思った。
ならなんで魔物殺しの書なんか書いたんだよ。
17/04/15 08:13更新 / ノエル=ローヒツ
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■作者メッセージ
どうも、ナエルです。
次回魔法少女ナガレグモ。
『赤尾死す!』
殺伐とした中赤尾は生き残れるのか、はる は未亡人になってしまうのか。
そそり立った死亡フラグはどうなるのか、乞うご期待。
あ、このメッセージ全て嘘です。

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