まもむす結婚相談所-あなたの理想はn人目の私-
私がワタシを自覚したのはいつからか。
『だから言ったであろう、最初から飛ばしすぎるなと。今回の敗因はお前のせいだぞ』
『あら、わたしくのせいにするおつもりですか。あなただって押し倒してからは乗り気だったくせに』
頭の中で、私の葛藤がうずまく。
今回も相手の男の人に逃げられてしまった。
『それは……まぁ仕方ないだろう。一度そうなってしまえば魔物娘たるもの、そうなってしまうものだ。我は悪くない。スポーツだって、先に手を出した方が悪いと言うだろう。よってやはり今回は貴様が悪いと言える』
『まぁ……ポンコツドラゴンの癖に理屈っぽいだなんて、明日は雪かしら。いやだわ、わたくし変温動物だから動けなくなってしまいます』
『そうなったらわたしに交代してねー。二人共全然わたしに出番を譲ってくれないんだもん。最近の男の子は癒やしを求めてるのに』
ドラゴン、蛇、羊、それぞれの私が口論するのを、遠くから眺めるような気持ちでワタシは観察していた。
それぞれの会話は口に出ていない。
だから傍から見た私は公園のベンチで項垂れている、婚活に失敗した哀れなキマイラとして映っているに違いない。
私は「控えめで自信がない魔物娘でも絶対に結婚できる」とネットでも評判の結婚相談所に登録している。どうして登録しているのかその時ワタシはまだいなかったからわからないけれど、なかなかうまくいっていない。
「あの、大丈夫ですか」
いつの間にか小雨が降っていたようで、気づけば私の目の前には傘をさした男の人が立っていた。
うつむいて雨に濡れている私を心配するように、彼は私の表情を伺っている。
3人は目の前にいる彼に気付いていないようで、まだ脳内口論を続けている。
ここは数少ないワタシの出番だ。
「あ……大丈夫……です」
ゆっくり顔を上げて、私は遠慮がちに首を振った。
確か鞄の中に折りたたみ傘があったはずだと思いだして、ゆっくりとした動作で傘を取り出す。
『お、おいお前たち、いつの間にか目の前に男がいるぞ』
『本当だー。結構良い顔じゃない?』
『これは……逃がすわけにはいきませんわ』
3人が彼に気付いてしまった。
こうなるとワタシにできることはもうない。体の主導権は彼女たちのものだから。
「いつの間にか雨が降っていたのか、気付かなかった。わざわざ傘を差し出してくれるとは優しい人だねー、ありがとー。あら、どうしてわたくし傘を持っているのでしょう」
いきなりハキハキと話しだしたことに面食らったのか、男の人は目を丸くしていた。
『ちょっと、いきなりそんな態度でどうするんですの。最初は物腰柔らかくしないといけないでしょう』
『そうだよー、まだこの人がどんなタイプの子が好みなのかわからないんだから、慎重にいかないとー』
『む……そうだったな。つい目の前に男が現れたことに興奮してしまった』
ガクンと電池が切れたように、また私はうつむく。
3人がそれぞれ話し合ってしまったら、体の主導権が誰にもないからこうなってしまう。
「えっ、あの……本当に大丈夫ですか?」
ほらね、男の人かなり困惑してるよ。
「ん……ごめんなさい。もう大丈夫ですから。あの……わざわざありがとうございます」
「いや、別にそんなたいしたことはしてないですけど。それでは僕はこれで失礼しますので」
「はい……」
ワタシが体を使う時は、彼女たちのように自由に動かせるわけじゃない。言葉だって少ししか話せないし、表情もコロコロ変えられず伏し目がちなままだ。
男の人は危ない女から逃げられてよかったと内心胸を撫で下ろしているんだろうか。
安堵したような表情で私の元を去っていった。
『あっ、しまった。お前たちと話している間にいつの間にかいなくなってる』
『あちゃー、またわたしたちの悪い癖が出ちゃったねー』
パッとドラゴンちゃんになった私は、言葉にならないうめき声を漏らしながら
1日に2度も結婚のチャンスを逃したことに激しく後悔した。
あれから数日後、マッチングがうまくいかなかった私は今日も相談所に来ていた。
受付ではいつも通りハーピーのお姉さんがニコやかに出迎えてくれる。
「あの、次のマッチングをしたいのですが」
『くそ、あれが既婚者の余裕か。いつまでも結婚できない我を嘲笑っているのか』
『ドラゴンちゃんはおもしろいこと言ってないで、ここは蛇ちゃんに任せようねー』
「ドロレスさん、またうまくいかなかったんですか」
「そうなんです。やはり男の人も1人の女性を愛するようにできているんでしょう。わたくしのような者は、いわば3人一度に相手するようなもの。普通の人では負担が大きいのだと思います」
ためいきをつきながら私は次のマッチングに向けて気持ちを切り替えようとする。とはいえ私の中で一番執着の強い蛇ちゃんは、まだ諦めきれない様子だった。
「今回は何が原因だったんですか」
「うむ、今回は我がグイグイ行き過ぎたというか……お淑やかで癒やされる女だと思っていたら気が強くてついていけなかったというべきか」
「あーなるほど、お二人には合ったけど、ドラゴンさんがダメだったと」
「だっ、ダメというわけではないっ! ただその……相性が合わなかっただけだ」
ハーピーのお姉さんは、そんな話をしながら私を相談室に案内してくれた。
相談室の中では、私を担当してくれているダークプリーストのお姉さんが待っていた。
その指にはハーピーのお姉さんと同じく、指輪が輝いている。
この相談所のスタッフは皆既婚者ばかりだった。といのも未婚の魔物娘が結婚相談所で働くと、紹介する前に男の人が皆スタッフの物になってしまうからだ。
「申し訳ありませんドロレスさん。こちらとしても、そういったことに耐性のある方を選んではいるのですが」
「やっぱりー、実際に接してみると違うってことですよねー」
「ですが安心してください、実はちょうどキマイラ希望の方が現れたんです。この人なんですが……」
そう言ってお姉さんはファイルに閉じられた相手の情報を見せてくれた。
『む……この男は見覚えがあるような』
『本当だー。うーん、どこだったかなー』
『ちょっと思い出せませんわ。何しろここ数日は失敗の悲しみにくれていましたから』
『そうだねー。蛇ちゃんが大丈夫になったら行こうって決めてたもんねー』
無言でじっと中身を見る3人。
ファイルの相手を、ワタシははっきりと覚えていた。
それはあの雨の日、相談所の近くにある公園で声をかけてくれた彼だった。
「名前は……エイジと言うのか。まぁ平凡な名前だな」
「あ、備考欄のところにここのキマイラさんを探していますってあるねー」
「ここ所属のキマイラというと、我しかおるまい。たぶんな」
「そうなんですよ。実際ドロレスさんを指名しているようなものですね。これは今度こそ期待できるのではないでしょうか」
やや興奮した口調でお姉さんは話していた。
「せっかくだし、この話受けようと思います。彼とはいつ頃会うことができるでしょうか」
「そうですね。相手の都合によると4日後くらいが良いと思います」
「じゃあそれでー。わたしの仕事もちょうど休みだしー」
トントン拍子で話が進んでいく。ドラゴンちゃんは新たな出会いに胸踊らせ、蛇ちゃんは今度こそ逃がすまいと意気込んでいるのが伝わってくる。羊ちゃんもポカポカとした暖かな気持ちになっていた。
ワタシは……正直よくわからない。
エイジさんと会う当日、私は凝り性なドラゴンちゃんが集めた化粧品を使って蛇ちゃんのコーディネートの元、ばっちりとキメた。
今回はまず羊ちゃんが彼と初めに会って、少しづつ3人を知ってもらう作戦だ。
「それでは連れてきますので、少々お待ちくださいね」
「はーい」
『いいですか、今回こそちゃんと結婚ですよ。頑張りますわよわたくしたち』
『おう、直に指名してきてるんだから、今回こそモノにしないとな』
『だねぇー』
相談室で待機する私がそれぞれが意気込むと、ガチャリと扉が開いてエイジさんが入ってきた。
「あ……やっぱり。どうも、久し振りです」
「あー、どうもー」
『我は彼に会ったことが……あったようだな』
『そのようですわね』
「改めまして、エイジと言います」
「わたしはドロレスっていうのー。よろしくねー」
なるべくニコニコして愛想が良いように。これは羊ちゃんが一番得意だ。
「あのー、いきなりなんだけどー、わたしを指名してくれたってことでいいんだよねー。どうしてわたしがここに登録してるってわかったのー」
「実は僕、ちょうど結婚相談所に登録しようとしてまして。そこで数日前あなたを見かけたんです。だからここに登録してるんだろうなと思って。もしかしたらもう誰かとうまくマッチングしてしまったんじゃないかと思ってたんですけど、まだいてくれて良かった」
「おいそれは我がうれのこ……そうだったんだー、何か運命的だねー」
『ポンコツドラゴンはちょっと黙っててくださいまし』
『ぐぬぬ』
ちょっとボロが出かかったけど、どうやら大丈夫だったみたい。
エイジさんは笑顔を浮かべていた。
「あの、僕からもいいでしょうか」
「何かなー」
「ドロレスさんはキマイラとのことですが、いったい何人いるんですか」
「あー、そうだねー。結婚するならわたしを皆知って欲しいもんねー。いいよー見せてあげるー」
羊ちゃんがそう言うと、私の顔つきがそれまでのホワホワしたものからキリリとしたものへと変わった。
「お、もう我が出ても良いんだな。我こそはドラゴンの人格を持つ者。誇り高き者だ。これからよろしく頼むぞエイジ」
次は凛とした芯の強い顔つきへ。
「わたくしは蛇の人格を持つドロレスです。一途に尽くしますので、末永くよろしくお願いいたしますね」
そしてさっきまでのホワホワした癒し系の顔つきへ。
「それでー、わたしは羊の人格だよー。私はこれで全員。3人いるんだよー」
私はニコやかに彼に向かって手を振る。
「3人……なんですか」
「んー」
「あっ、いえ。何でもないんです」
どこか腑に落ちないような表情を一瞬見せたエイジさんは、けれどすぐに元の表情に戻った。
私は3人なのに、どうして腑に落ちない顔をしたんだろうか。3人に認識されてないワタシが含まれるわけないのに。
「ではではさっそく、次のステップに参りませんか。その中でお互いをもっと知っていきたいです」
「そうですね」
そして初日のマッチングはつつがなく終了した。
家に帰ってから皆で話し合った結論としては、私を指名してくれただけでも好印象だったのに、優しく紳士的だったのでこれはもう結婚するしか無いってことで落ち着いた。
いや、結婚するしかないってのは毎回思ってたけども。
『控えめに言って、彼凄いですわ』
『だな。我々が入れ替わってもすぐに見抜いてくれるし、うろたえることもない』
『まさに運命の人って感じだよねー』
夕方のカフェテラスで、私はコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
数回のデートを重ね、今は彼の仕事終わりを待っている状況だ。
なんでも今日は大切な話があるんだとか。
魔物娘相手に大切な話なんて、期待せずにはいられない。
私のルールとして、デートの時には1人がメインの人格になって1日過ごすことにしている。だから3回それぞれ違う人格とデートすることになるわけだけど、その時不意に人格を入れ替えても大丈夫かどうか試すこともしていた。
結果として彼は私のどの人格とも仲良く過ごすことができたし、人格の入れ替えをしても平気だった。
彼は大抵のことでは驚かない広い心の持ち主だというこが、ここ数回のデートから導き出された結論だった。
ただ女の観察力とでもいうのか、私は最近彼に思うところがある。
『確かに理想の彼だけど、時折不意に見せるあの表情は何なのでしょうか』
『表情かー、そうだねー、あの顔だよね−』
『我を見ているんだけど見ていない、あの表情だな』
ワタシは3人の話を聞きながら、コーヒーをスプーンでかき回す。
今は彼もいないし話に夢中だから、ワタシの自由にできる時間だ。
ワタシが私になれるのは、彼と会う時間が増える度増えていた。
けれどそれは彼がいなくて一人きりの時限定で、主にこうやって3人で会議をしている時だ。だから彼にワタシを見られることはない。
家の中ではもっぱら彼について3人で話しているから、最近家にいる時はワタシであることが多い。
3人のことは羨ましいと思うけど、ワタシは自分の立場をよくわかっているから別に不満はない。
『我にいろいろ連れ出されても嫌な顔一つしないしのは非常に好感が持てる。自分のペースを乱されると男は嫌がると聞いていたが、嘘だなあれは』
あ、彼が近づいてきた。
『わたしは素直に甘えてくれることも嬉しいと思うなー。プライドが高くて素直になれない男の人って多いらしいからー』
「お待たせしました」
「あ……いえ」
ぼーっとしてる姿を見せないようにしなくちゃいけない。ワタシは顔を伏せる。
『って、もう彼が来てますわ』
『いつの間にいたんだ。おい、今日は誰が行く』
『そうですわね。ここはわたくしが行きましょう。ちょうど聞きたいことがありますし』
『だねー』
あ……もう終わり。
「ごめんなさい、気付くのが遅れてしまって」
「あ……」
「どうかしまして」
「いえ、何でもないです」
「……」
「……」
「「あの」」
『かぶった』
『息ぴったりー』
「わたくしから良いでしょうか」
「はい」
『聞くのか』
『聞いちゃうんだねー』
『い、いきますわよ』
「あの、今日は一度聞いておこうと思ったことがありまして」
「なんでしょう」
よく考えたら、これまでうまくいっていた関係がこわれてしまうかもしれない。そんな不安が私を襲う。
「さっきです。さっき一瞬見せた顔。どうしてわたくしたちと過ごしていると、時折そんな表情を見せるんですか」
「え……どういうことですか」
「ごまかしは効きませんわ。他の子も気付いていますが、わたくしが一番良く気付いております。もしかして他の女のことを考えているのですか」
少し悲しみを含めた口調で私は尋ねる。
確かに他の子のことを考えていたら嫌だ。
「何言ってるんですか。僕はドロレスさんを選んで応募したんですよ。他の人だなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」
「ではどうしてそんな顔をなさるのです」
「それは……」
エイジさんは困った顔をして言い淀んでしまった。
他の女じゃなければ、何なのだろう。皆目検討がつかない。
「はっきり言って欲しいものだな。返答次第では……悲しい」
『ドラゴンさん』
『任せろ。誇り高き竜は打たれ強い。この中の誰より平気だ……うん』
『ドラゴンちゃん……』
向かい合ったまま沈黙がしばらく続く。
今はドラゴンちゃんがしっかり彼を見つめているのでワタシが出る幕はない。
「……わかりました。お話しましょう」
やがて堪忍したのか、エイジさんはふぅと一息つくと、深呼吸した。
「この数日、ドロレスさんと過ごした日々は本当に楽しかったんです。だけどどうしても疑問がはれなくて」
「疑問だと」
「はい。これは改めての確認なんですけど、ドロレスさんには3人しか人格がないんですよね。本当に」
「無論だとも。仮にもう1つ人格があったとして、将来の伴侶となる者に見せないわけがあるまい」
「ですよね……」
エイジさんは少し思案するような素振りを見せる。
私はワタシの存在が暴かれてしまうようで怖い。
今のままで十分だから、お願いだから私をそのまま受け入れて。幸せになって。
「ドロレスさん、僕と初めて会った日のことを覚えていますか」
「初めて会った日か。勿論だとも、忘れるわけがない。相談所で会ったじゃないか」
胸を張ってドラゴンちゃんが自信たっぷりに言う。
「違います。初めて会ったのは、そこじゃないんです」
「なんだと」
ついてきてください。そう言うとエイジさんは私を連れてカフェテラスを後にした。
向かった先はもちろんあの公園。ワタシは嫌な予感がする。
今日は1日晴れだと天気予報で言っていたのに、どんどん曇っていく。
このままいけば、すれ違いから関係がこわれてしまう……やめて。
「覚えていますか。ここが僕と初めて会った場所です」
私を公園のベンチに座らせると、エイジさんは目の前に立って言った。
『どうだ、わかるか』
『うーん、もしかしてあの時少し目に入っただけですぐいなくなっちゃったのって、エイジちゃんだったのかなー』
『ありえますわね』
「もしかしてあの時の」
「そうです。思い出してもらえましたか。実は僕は、あの時儚げなあなたを見たときから一目惚れだったんです」
「……儚げ……ですか」
「え……そう……ですけど……」
2人の会話が噛み合っていないのを感じる。
雨がポツリと地面に波紋を投げかける。
「あの……確かにわたくしは自分でも慎ましいしとやかな女だと思ってはいますが、それはあくまで意中の殿方に対してのこと。当時はまだ少し目に入れただけのエイジ様にそのような表情を見せた覚えはないと思います」
「でも」
「もしかしてー、実は人違いだったとかー……ない……よね……」
「それはあり得ません。確かにドロレスさんでした」
「……少し待て」
理解不能な自体に私は脳内会議に入る。
今回ばかりはワタシの出番とはいえ喜べそうにない。
久し振りに彼の前で表に出られるのに、ちっとも嬉しくないなんて悲しい。
『おい、どういうことだ』
『わたくしにもさっぱりわかりませんわ』
『同じくー』
『わたくし達、元々3つの人格ですよね』
『だよね。他の人格なんてないし』
『ならどうしてエイジと我々で食い違わないところがある』
私が困惑している中、ワタシはある恐ろしい結論がわかってしまっていた。
エイジさんが好きになったのは……ワタシなんだ。
1つの人格として確率されていない、皆が自分のことで手一杯で何もできない時に出てくる、何も考えていない時に出る無意識の動作みたいな……ワタシ。
そんなの……ムリだよ。嬉しいけど、叶いっこない。
エイジさんの恋も、ワタシの想いも、私の気持ちも。
ワタシはあくまで私の無意識みたいなものだから、まともに会話もできないし動きだって大きなことはできない。それがたまたまエイジさんにとって儚げに見えてしまっただけ。
『そっかー。ずっといたんだねー。気付かなかったよー』
気付かなくて当たり前だよ。
生まれてから無意識にしてしまう動作に、意思があるなんて誰も思わない。
『そういう訳だったか。これで腑に落ちたな』
『そうですわね。わたくしが執着蛇、そして気高きドラゴン、のんびり羊とくれば、さしずめ形は控えめ蝙蝠でしょうか』
『飛行系がかぶっておるではないか』
『まぁ、そういう時もあるよねー』
『萌え属性はかぶっていないので良いのではなくて』
どうしたんだろう。3人とも落ち着きを取り戻している。
『まぁ、多少は混乱しておる。まさか新たな人格があったとはな。我も知らなかった』
どうしてドラゴンちゃんが私に反応してるの。
『これだけはっきりしてるのに、人格の一つじゃないなんてもう無理だよねー』
『ですわ』
……どういうこと。
『イメージしてごらんなさい。そうすればわたくしたちの中に入ってこられますわ』
『こっちおいでー』
ワタシは私。言われるままにあの子達の輪の中に入りたいと思えば、すぐに入ることができた。それと同時に、自分の形がはっきりと認識できる。もちろん今までは声だけだった私の姿も。
『いらっしゃいー。これからよろしくね、わたしー』
『皆……ワタシ、ワタシ……』
『良い、皆まで言うな。それより今はお前の番だ。行ってくると良い』
ドラゴンちゃんに促されて、ワタシは私になる。今は心配そうな表情をするエイジさんがはっきりと見えるし、自由に体を動かすことができるのをはっきりと感じた。
「あの……」
声も……ちゃんと出せる。ずっと話していられる。
「あの時は、気遣ってくれてありがとうございました」
ワタシの声を聞いた時のエイジさんの表情を、私は忘れることができない。
やっと会えた。言葉を発するよりも雄弁に語っていたから。
雨が本降りになる前に、私とエイジさんは室内に入ることにした。
魔物娘とその相手が入る場所といえばもちろんホテルだけど、ワタシは恥ずかしかった。それは私も同じだったけど、エイジさんの真剣な眼差しにすっかりやられてしまい気付けばシャワーを浴び終えてタオル1枚になっていた。
立派に人格の1つになったワタシは、さっそく皆と体の共有について話し合いをすることにした。といっても3人で話し合いをしている間は相変わらずワタシが体を担当するので、実はワタシだけ体を使える機会が多かったりする。
だからなるべく抱え込んで脳内会議にこもらないようにしようという感じですぐに落ち着いた。
ワタシの形は蛇ちゃんが言った通り蝙蝠になった。一度意識すると特性がはっきりと出てくるようで、暗い場所だと少し強気に出れるのがわかってきた。
「それで、蝙蝠については良いとして、我々のことはどう思っているのだ」
「もちろん好きですよ。確かに最初に好きになったのは蝙蝠のドロレスさんですけど、一緒に過ごすうちに皆さんのことも好きになってました」
タオル1枚同士で向き合って、私とエイジさんは気持ちの確認をする。
「実は今日はその確認と、その……プロポーズを……しようと思いまして」
「まぁ。そうだったんですか」
「おぉ〜……プロポーズ……えへー」
『おいプロポーズだと。どうするいやもちろん受けるが』
『誰が返事するー』
『そんなの決まっていますわ』
「ドロレスさん。こんな僕ですが、結婚してください」
「……はい、ワタシでよければ喜んで」
ワタシは目に涙を浮かべて、ゆっくりと頷いた。
『よし、指輪とかは後で良い。我の番だな』
『わたしがやるー』
『いいえ、ここはわたくしがいきますわ』
『『『初めては私だ』』』
あぁ魔物娘だなって、こういう時わかる。
「ドロレスさん」
カクンと座り込んだままうつむいて、ワタシが皆を宥めようか迷っているとエイジさんが私の顎を持ってクイと顔を持ち上げた。
……皆が出られない時はワタシの出番だ。仕方ないよね。
「や、優しくお願いします」
「うん」
ついばむような優しいキスが2度落とされる。
それを味わうように、ワタシは目を閉じてエイジさんに身を委ねた。
18/12/21 00:49更新 / NEEDLE