連載小説
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ルミネが語る 始まりの時(ややシリアス)
あら、随分と遅かったのね、気分としては半年くらい待たされた感じよ?
うふふ、冗談よ、冗談。
それに私にとってはいまさら半年も半日も大して変わらないわ、そんなことを気にするのは寿命が短い子たちぐらいのもの。私より長生きしてる子はクルツにはいないけどね。
何の話をしたらいいのかしら? なんて言っても、私は一つしかするつもりがある話なんてないんだけどね。他のお話は秘密よ、ご想像にお任せするわ。
これは……そうね、たぶん八十年くらいくらい前かしら。


クルツ自治領の創立から、ローディアナ王国教会との戦い。
それまで過ごしてきた時間をはるかに超えるほど濃密な時間ばかりの今の生活に至るまでの、本当に色々な出会いと別れの時間。
「何かしら、これ?」
私の家に届いた手紙こそが、そのすべての引き金だったと記憶しているわ。
私の家は旧ナイム共和国領の南西方面、魔界の入り口からさほど遠くないところだったわ。
差し出し主の名前を見ると、当時の私の住所からほど近い国の割と偉い人だったわ。
「手紙だね、イグノー王国外交官長ルヘイム氏から。」
若草色の特急郵便用封筒に書かれた文字を見ながら、リカルドが答えた、この私たちの愛の巣は、もともと彼の持家だったの。
「それは分かるのよ、どうしてルヘイム氏から手紙が来るのかってこと。」
そこそこ親しくさせてもらってたとは思うけど、彼本人から手紙が届くことはそれまでなかったわ、いつも秘書が代筆で書いた手紙が送られてきていたから。
「それほどに重要な用事ってことだよ。」
そのリカルドの言葉に納得して封筒を開いて手紙の内容を見る。
『半島南端の小国ローディアナ王国に送った密偵より、当国内において魔物に対する非道な差別、悪辣な暴行が恒常化し多数の魔物が被害を受けているとの報告がありました。貴殿とその件に相談がある故、至急王宮まで来て頂きたく存じ上げます。』
そんな内容のことが書いてあったわ、詳しくは覚えてないけどまぁ大体の要旨が合ってればそんなに気になることでもないでしょう。
「これはまた穏やかじゃないね……どうしようか。」
「すぐ王宮に向かうわ、メリオ、いる?」
私の家に使用人として仕えていた、元勇者のサキュバスメリオを呼びつけると、「そんなわけで留守を任せるわ。」と言い残して私は空間移動魔法の準備を始めたわ。
「いってらっしゃいませ、お姉様〜」
転移には結構な魔力を消費するから、あんまり好き勝手移動できるわけじゃないけれど事態が事態だったから大急ぎで発動したわ。
薄緑色の光が私たちの体を覆って、そして次の瞬間には私たちはイグノー王国王都イグナレスに到着、すぐに門番にルヘイムからの手紙と招待状を見せつけて、門を開かせたわ。
門から中に入ると手近な兵士一人をすぐに引き留めて
「ルヘイムはどこかしら、火急の用があるの。」
と質問したわ、顔寄せられただけで初心な兵士は赤くなっちゃって、すぐに逃げるように距離を取って「外交官長殿なら恐らくお部屋にいると思います!」って上ずった声で答えたわ。
とりあえず「ありがとう」って言ってからすぐに階段を上り始めるわ。
城の兵士の中にたまに出入りしてる程度の私を知ってる人は少なくて、私の姿を認めると足を止めて見とれたり唖然として口を開いたり、反応は様々ね。
けれどどの男も私に見とれてたのは間違いないわ、リリムの相手なんかしたこともない子がほとんどだったでしょうし。
さっさと早歩きで階段を上って四階までたどり着いて、ルヘイムの私室につくとノックもせずに乱暴に扉を開いたわ。
「ル、ルミネどの……さすがに早過ぎませんか? てっきり手紙は今日届いたものとばかり。」
いきなり私が来たことに、ルヘイムは驚いてる。
「手紙を読んで急いで来たのよ、お茶は出さなくていいから、話す時間はあるかしら?」
「無論ありますとも、……嫌味を言うなら連絡の一つもほしかったものですが。」
そう言いながらルヘイムは私に椅子を用意して、私が用意された椅子に掛けると彼も自分で用意した椅子に座って背筋を伸ばしたわ。
「相談したいことっていうのは、ローディアナのことよね?」
「はい、我々イグノー軍も……秘密裏に魔物を国境を越えて亡命させてはいますが如何せん手が足りません。ルミネ様にも何らかの形でご協力をお願いしたく……」
「奴隷として利用されているのは魔物だけなのかしら? 違うわよね?」
自然状態で魔界でもない環境下では、人間の数が魔物を下回ることは珍しい、なら奴隷業者が魔物を専門にするよりほかの仕事も手掛けていると考えるのは妥当。
「ええ、人間の奴隷も売り捌かれているようです。見目麗しいものは特に。」
私が思ってた通りの答えが返ってきたわ、本当にどんなところにもしょうもない人間っているモノなのね。
「それで、私に何を頼みたいのかしら?」
言ってくることは大まかに予想できたけれど、どうせなら自分から言ってきてくれた方がいいと思って聞いてみたわ。そしたらルヘイムは言いにくそうな顔で
「ローディアナの魔物、出来れば人間もですが……救っていただきたいのです。」
やっぱり。
「あなたたちがローディアナを征服してしまえばいいじゃない。それともよくわからないけど武勲の国イグノーの軍が勝てないほどに強力な国家なのかしら?」
「いえそんなことは。しかし征服戦争となると国家の重役に反対者が出るでしょうしほかの国との対立も怖い、何より多くの犠牲が出ます。なので……」
「あくまで個人で、自由に動ける私に頼み込んでいるのかしら?」
「はい、ルミネ殿にも生活がある中で、しかも魔王陛下の娘たる貴女に誠に勝手とは思いますが、こんなことを頼める方がいるとしたらルミネ殿くらいですので………もし断ら」
「いいわ」
大した躊躇もなく、私はその頼みを引き受けることにしたの。
「いい………とは?」
私の言った意味がよくわからなかったのか聞き間違えたと思ったのかどっちなのかはわからないけど、ルヘイムは私に再確認したわ。言いなおすのもなんだかバカらしかったけれど言い直してあげないと話が進まなさそうだったから。
「ローディアナに行くのは構わないと言ったのよ。いろいろ準備があるから数日猶予を貰うけれど、ところで国王に話を通しておく必要はあるのかしら?」
「いえ、陛下には私の方から伝えます。すぐ用意に取りかかっていただいて構いません」
そう言ってから、私が立ち上がった瞬間
「密偵たちの誰かに連絡がある際のために、彼らが秘密裏に利用している拠点の地図をお渡しします。決して紛失しないように扱ってくださいね。」
「ありがと。これで用事は終わり? なら、私はこれで失礼するわ。」


部屋を出て、部屋の前で待ってたリカルドに
「話は聞いてたかしら?」
「うん。で、本当に請けるつもり? ルヘイム氏だって腹の中で何を考えてるのか分かったものじゃないよ、君に伝えたこともどれだけ真実か分からない。」
リカルドの言ってることは私も考えたわ、ローディアナ側の注意を私に惹きつけさせたうえでイグノーが動くかもしれない。少なくとも、親切心だけでルヘイムが私に頼んできたとは思えない、そんな人物じゃないから。
「それは承知の上よ、けれど、愛し合うために生まれた魔物がひどい目にあってるなら放置しておくわけにもいかないでしょ。メリオに伝えて用意して、早いうちに向かいましょ。」
そう言って、私はもう一度空間移動魔法の用意を始めたわ。
もう一度、私たちの体が光に包まれて、私たちは家に帰ってきたの。
「お帰りなさいませ、お姉様。」
庭の掃除をしていたメリオが出迎えてくれたのを笑顔で受け止め、
「これから、私たちは長いことここから出ることになりそうなの。だから貴女には、この家をあげる。たまには帰ってくるから、貴女は貴女で………泣きそうな顔しないの。」
メリオは私が魔物にして以来ずっと面倒を見てきた子だから、置いてきぼりにされたらこんな顔をすることくらい簡単にわかったのに、私も馬鹿よね。
「だって……行くならボクも……」
「それは駄目よ……貴女はここにいて、私たちだって、貴女のことを忘れたりしないから、いつでも帰って来れるように、ここで待っててほしいの。」
頭を撫でながら、私はそうやってメリオを慰めたわ。
ついていきたいこの子の気持ちはすごく良くわかるわ、けれどローディアナでは何が起きるか分かったものじゃない、そう考えるといくら身体的に強くても心の弱いこの子には耐えられないことがあるかもしれない。
だから置いていこうと思ったんだけれど、ここまで悲しそうな顔されると困るわ。
「大丈夫、年に二・三回は会いに来るから。ここで待ってて。」
「………はい。」
しゅんとしたメリオの頭をしっかり撫でてあげてから、
「じゃあ、用意をするから手伝って。」
そうして、私たちは旅の用意を始めたわ。
と言っても私とリカルドが夜を明かすテントと、それなりの食糧があればそれで満足に行動できるから、あんまり大がかりな準備になることはないわ。
「メリオに頼みたいことがあるの、ここでイグノーの動向を見張って、もし何か特殊な動きがあったらすぐに私に知らせて頂戴。それとこの家をちゃんと守るのよ。」
「はい! お任せください!」
私に頼りにされてるとわかったメリオはそんな風にうれしそうに答えて、背筋を伸ばして私に向かって敬礼したわ。軍属経験もないのに。
「いい子ね、じゃあ、行ってくるわ。」
そうして、私の旅が始まったの。
しばらく歩いて、メリオの影が見えなくなったくらいでリカルドが私に
「途中の道程はどうするんだい?」
って聞いてきたわ。
「確か、昔ここの近くまで婿探しに来てたオーガのベルナは半島の最奥に盆地があって住んでるって言ってたわよね、まず彼女に会いに行こうと思うの。」
「…………ああ、彼女か。」
少し考えてから、リカルドもあの子のことを思い出したみたい。
お酒が好きで悪く言えば粗暴、よく言えば豪快で奔放な子だったけれど、面倒見はよかったみたいだし悪い子ではなかったのよ、絶対に。
「そのあとは?」
「ローディアナ各地を視察して回ろうと思うわ、もしひどい目にあってる魔物に出くわしたら、場合によっては救助してイグノーに送ることも考える。」
「うんうん、それで視察が終わったら?」
「町を作るわ、最初は隠れた町になると思うけど人と魔物が共存する町。イグノーでは当たり前になってる光景を、そこからローディアナにも広めていきたいの。」
そう言うと、リカルドはちょっと嬉しそうな顔になる。
「うん、いつものルミネだね。」
そんな風に微笑んで、リカルドはまた前を見るわ。
「当然よ、魔物が増えすぎて人間が減ったら、それだけお婿さんに困る魔物が増えるってことだもの。そんなに切なくてもったいないことしたくないわよ。」
「そうだね。じゃ、行こうか。」


これが、クルツが創立するきっかけになった一番古い出来事よ。
それからあちこちを見て回って、その途中でツィリアを捕まえて、そして四十年前にクロードに出会ってようやくクルツが出来上がる基礎ができてきたの。
忙しかったけれど、すごく充実した生活だったわ、勿論メリオが寂しくないように適度に里帰りもしながら。
あら、この自治領の創立に他国が関わってたなんてって顔ね。
安心しなさい、イグノーの連中がこっちに手を出せないように途中から情報もほとんど遮断させたうえでメリオにも一生懸命見張ってもらってたから。
さて、これでこの企画も終わりなのよね、ちょっと寂しい気がしないでもないけど。
クルツのいろんなことを知ってもらえたと思うし、きっと価値のあった企画だったと思うわ。
じゃあ、また会いましょう。

12/05/13 23:19更新 / なるつき
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■作者メッセージ
というわけで、「クルツ自治領昔話」はこれで完結です
この次、簡単な人物設定集が用意されているのでよろしければご覧ください

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