幕間 とある司祭の憂鬱
「……伝令からの報告では王女軍はここより南西、フィロスの街を占拠しました。加えて王国各地から集ったレジ……いえ、反乱分子、それにリオント伯の赤騎士団やプリオン・ドラウ領男爵の兵団が加わり、二千近い戦力となっています。」
伝令の報告を簡潔にまとめあげたものを、出来るだけ客観的に新王に伝える。
「それで?」
「反抗分子の討伐に送ったフォーディ将軍率いる王国騎士団及び兵団千二百、壊滅したとの報告が届いています。残る兵力二千七百は」
「あんな烏合の衆も蹴散らせんのか! 役立たずどもめ!!」
ワインのグラスが投げつけられる、避けられない速度ではなかったが、避けると後でさらに怒りが激しくなりそうなので大人しく頭を少しだけ傾けて顔だけは庇う。
いつものことだが、とりわけて妹君のご活躍のほどを聞かされると猛烈に機嫌が最悪になる、いつ玉座を奪い返されるのか不安で仕方ないのだろう。
飾り物の玉座に座り込んで、只管にそれを自分のものと主張する虚飾の王。利用されていることにもしかしたら深層では気づいているのかもしれない。
大した意義を持たないくせに今の私のようにワインを頭から浴びせられることが目に見えているからできれば触れたくないが、飾り物でも王である以上話は通しておく必要がある。不要でありながら必要とされる、誰もやりたがらないこの任を私が預かった。
気乗りは、しない。するはずもない。
「烏合の衆と仰いますが、敵の士気は極めて高く数もかなり増加しています、現に王女の率いるクルツとの連合軍は連戦連勝、かなり手ごわい相手かと」
「そんなことはどうでもいいから奴らを始末しろと言っている!!」
客観的な事実を端的に述べるだけでこの癇癪。
夢でギロチンに首を刈られる光景でも見たのだろう。
「わかりました、ではそのように王が仰っていたとランバルド卿にお伝えします。」
そう言って王室を出る、幾らかの距離を取り、そして誰もいないことを確認してから、
「ふぅ………」
深いため息をつく、マウソルの機嫌は日増しに悪くなっている、気味が悪いほど順調にリィレたちが快進撃を続けているからだろう、数日中に王都までたどり着く。
そうすればこの仕事も大詰め、私はようやく一息つける。
「…………次は、ランバルドのところか。」
報告は一応ながら七貴族家のすべての部屋に行う必要がある。
気は進まないがこれも仕事のうち、私がここに潜み機を窺うためにも、一片たりとも連中に怪しまれるような行動は避けなくてはいけない、だからこそこんな割に合わない仕事を細々と続けているのだ。
コツコツと靴の音を響かせながら、ランバルドの私室に向かう。
「狂戦士の操法」や勇者ライドンに与えた力を背景に多くの政治権力を一手に握っている、現在の王国の支配者と言っていい男。
猜疑心と独占欲だけは誰にも負けず、自分が無理矢理に地方貴族から奪い去った妻も飽きればすぐに家臣に引き渡した正真正銘の下種。
正直なところ見るだけでも嫌悪感が湧いてくるが、仕事なのだから仕方がない。
「ランバルド卿、いらっしゃいますか? アッシュです」
「居る、入ってきて良いぞ。」
ドアを開き、部屋の中に入る。
「何用だ?」
豪奢な椅子にふんぞり返る、初老と言っていいかもしれない太った中年。
髪と同じ紺色の髭を蓄え、手の指には宝石の付いた三つの指輪。
背はあまり高いと言えず、突き出た腹はふんぞり返った姿勢の所為でさらに出て見える。
それがドスカナ公ランバルド、貴族議会の議長であり、現在ではローディアナ王国の政務のほとんどはこの男が取り仕切っている。
「伝令から報告がありました、反乱分子の討伐に当たったフォーディ将軍率いる部隊が敵の反攻を受け壊滅、反乱分子に王女率いる軍団も加わり数も指揮もかなりのものになっています。」
「ふむ、意外に役に立たんかったな。じゃが、まぁ王都に攻めて来よっても奴らではこの王都を守る軍勢を蹴散らすことなどできぬであろう。なぁライドンよ。」
「無論です、私が連中を一人残らず討ち取りアリアンを助け出して見せます。」
自信満々にライドンは胸を張る、一か月前リィレに見事なまでに無様に切り倒されたのに大した自信だ。
(まぁ、現状のこいつは確かに強い。)
王国の守護をしていた主神の天使から力を受け、それだけではなく王国の各地に隠れるように潜んでいた数人の異教の天使を連れ去り、強引に祝福を与えさせおよそ人間の限界を超えかけた力を付与されている。
どこの誰が開発して、それを誰が発掘したのかも不明な「狂戦士の操法」と合わせて、ドスカナ公爵家が強い力を得るのに一役買っている。
「とらえた天使はどうなっています?」
「あれは堕天使だ、神の教えに逆らい魔物を許す腐り果てた天使など魔物と同じだ。」
(一番腐っているのは貴様の腹の中だ。)
そう言ってやりたい気持ちを必死に抑えながら、無理に笑顔を作り、謝る。
「すみません。」
「わかればいい、それはそうと、あれはもう死ぬ。随分と役に立ったがもう限界のようでな。あれで最後だが十分な戦力は手に入った。堕天使なりに役に立ってくれたよ。」
当たり前のように神族である天使をモノ扱い、傲慢もここまでくればむしろ清々しい。
「……そうですか、では私はこれで失礼します。」
私は早々に部屋を出て、廊下を歩きだす。
他の貴族に報告をする前にやっておきたいことは特にないが、あれだけ不快な思いをしてからすぐにまた仕事に移る気に慣れない私は、一度部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、当たり前のように私の椅子に男が座っていた。
「………どこから入ったカーター。」
伝令であり密使であり、私たち王女軍にとっては情報伝達の要である近衛騎士。
「ここに侵入してくるたびの毎度のやり取りだが、企業秘密だ。俺の仕事に深く関わる質問に対して俺は答える口を持っていない。」
どうやって当たり前のように侵入したのかは非常に気になる、ランバルドの命で現在貴族たちが支配している王宮はかなり厳重に警戒されており、外から侵入することは難しい。
だが、物々しい気配を嫌う貴族たちの性質からか、あくまで警備は外が中心、王宮の内部にはあまり兵士はおらず、召使いなどの非戦闘要員が大半、あとは高階級の軍人と私のような上級司祭・宮廷魔術師が少数と貴族どもだ。
侵入を許せば、これほど脆い環境はないだろう。
「……そうか、残念だ。」
大して残念には思っていないがこう言ってやらないと臍を曲げることがあるから言っておく。
「外の様子はどうだ?」
「さすがに、メルフィダ・パージュ元帥は馬鹿ではない、貴族階層はともかく兵舎階層と市民階層は大幅に防備を強化され、通用門に至ってはバリケードでほぼ封鎖されている。」
「そうか、やはり王国軍は防衛に動いたか。」
「ああ、だが千人規模の兵力をレジスタンスとの戦いで失ったのは大きいようだ。」
そう、王都近郊フィロス市で再集結し反攻に出たレジスタンスはフォーディ将軍率いる部隊に善戦し、王女軍本隊と合流を果たしたことで王国軍の大軍を打ち破った。
戦力には当初四倍近い差があったはずだが、現在ではその差もかなり縮まっているはずだ。
「……ようやく、リィレや姫様にまた会えるのか。」
「計画に滞りはないか?」
「ああ、いつでも実行に移せる。」
ルミネをロゼ様から紹介された時は心臓が止まるかと思ったし、この計画を聞かされた時には初期段階でかなり反対を続けた、しかし結局今となってはこの道で間違いはなかったのだと妙な確信を得るに至っている。
確かにロゼ様は亡くなられたしグラハム殿も喪ってしまったが、その甲斐あってか人々は悪逆を尽くす貴族議会や新王マウソルを排除するため、そして魔物と共に生きる王国にするために団結し、今こうやってこの国を変えつつある。
「王都を攻めるうえで大きな障害となる砲台の無力化はもう済んだ。後の仕事も滞りない、その目で確認してきたのだろう?」
「ああ、多少の懸念材料はあったがあれは不可避だろう、状況は良、さすがの手際だ。」
「そうか。では私は報告に戻る、お前も早くここを出ろ。」
そう言ってやると、頷いてすぐカーターは当たり前のように部屋をドアから出て行った。
なぜ見つからないのか不思議で仕方がないが、あの男なら見つけた輩を口封じしている可能性もあるからあまり気にするべきではないだろう。
「さて……最後の仕事と行こうじゃないか。」
そうして私は部屋を出た。
再生の日は近い。
希望に満ちた足取りは、打って変って軽かった。
伝令の報告を簡潔にまとめあげたものを、出来るだけ客観的に新王に伝える。
「それで?」
「反抗分子の討伐に送ったフォーディ将軍率いる王国騎士団及び兵団千二百、壊滅したとの報告が届いています。残る兵力二千七百は」
「あんな烏合の衆も蹴散らせんのか! 役立たずどもめ!!」
ワインのグラスが投げつけられる、避けられない速度ではなかったが、避けると後でさらに怒りが激しくなりそうなので大人しく頭を少しだけ傾けて顔だけは庇う。
いつものことだが、とりわけて妹君のご活躍のほどを聞かされると猛烈に機嫌が最悪になる、いつ玉座を奪い返されるのか不安で仕方ないのだろう。
飾り物の玉座に座り込んで、只管にそれを自分のものと主張する虚飾の王。利用されていることにもしかしたら深層では気づいているのかもしれない。
大した意義を持たないくせに今の私のようにワインを頭から浴びせられることが目に見えているからできれば触れたくないが、飾り物でも王である以上話は通しておく必要がある。不要でありながら必要とされる、誰もやりたがらないこの任を私が預かった。
気乗りは、しない。するはずもない。
「烏合の衆と仰いますが、敵の士気は極めて高く数もかなり増加しています、現に王女の率いるクルツとの連合軍は連戦連勝、かなり手ごわい相手かと」
「そんなことはどうでもいいから奴らを始末しろと言っている!!」
客観的な事実を端的に述べるだけでこの癇癪。
夢でギロチンに首を刈られる光景でも見たのだろう。
「わかりました、ではそのように王が仰っていたとランバルド卿にお伝えします。」
そう言って王室を出る、幾らかの距離を取り、そして誰もいないことを確認してから、
「ふぅ………」
深いため息をつく、マウソルの機嫌は日増しに悪くなっている、気味が悪いほど順調にリィレたちが快進撃を続けているからだろう、数日中に王都までたどり着く。
そうすればこの仕事も大詰め、私はようやく一息つける。
「…………次は、ランバルドのところか。」
報告は一応ながら七貴族家のすべての部屋に行う必要がある。
気は進まないがこれも仕事のうち、私がここに潜み機を窺うためにも、一片たりとも連中に怪しまれるような行動は避けなくてはいけない、だからこそこんな割に合わない仕事を細々と続けているのだ。
コツコツと靴の音を響かせながら、ランバルドの私室に向かう。
「狂戦士の操法」や勇者ライドンに与えた力を背景に多くの政治権力を一手に握っている、現在の王国の支配者と言っていい男。
猜疑心と独占欲だけは誰にも負けず、自分が無理矢理に地方貴族から奪い去った妻も飽きればすぐに家臣に引き渡した正真正銘の下種。
正直なところ見るだけでも嫌悪感が湧いてくるが、仕事なのだから仕方がない。
「ランバルド卿、いらっしゃいますか? アッシュです」
「居る、入ってきて良いぞ。」
ドアを開き、部屋の中に入る。
「何用だ?」
豪奢な椅子にふんぞり返る、初老と言っていいかもしれない太った中年。
髪と同じ紺色の髭を蓄え、手の指には宝石の付いた三つの指輪。
背はあまり高いと言えず、突き出た腹はふんぞり返った姿勢の所為でさらに出て見える。
それがドスカナ公ランバルド、貴族議会の議長であり、現在ではローディアナ王国の政務のほとんどはこの男が取り仕切っている。
「伝令から報告がありました、反乱分子の討伐に当たったフォーディ将軍率いる部隊が敵の反攻を受け壊滅、反乱分子に王女率いる軍団も加わり数も指揮もかなりのものになっています。」
「ふむ、意外に役に立たんかったな。じゃが、まぁ王都に攻めて来よっても奴らではこの王都を守る軍勢を蹴散らすことなどできぬであろう。なぁライドンよ。」
「無論です、私が連中を一人残らず討ち取りアリアンを助け出して見せます。」
自信満々にライドンは胸を張る、一か月前リィレに見事なまでに無様に切り倒されたのに大した自信だ。
(まぁ、現状のこいつは確かに強い。)
王国の守護をしていた主神の天使から力を受け、それだけではなく王国の各地に隠れるように潜んでいた数人の異教の天使を連れ去り、強引に祝福を与えさせおよそ人間の限界を超えかけた力を付与されている。
どこの誰が開発して、それを誰が発掘したのかも不明な「狂戦士の操法」と合わせて、ドスカナ公爵家が強い力を得るのに一役買っている。
「とらえた天使はどうなっています?」
「あれは堕天使だ、神の教えに逆らい魔物を許す腐り果てた天使など魔物と同じだ。」
(一番腐っているのは貴様の腹の中だ。)
そう言ってやりたい気持ちを必死に抑えながら、無理に笑顔を作り、謝る。
「すみません。」
「わかればいい、それはそうと、あれはもう死ぬ。随分と役に立ったがもう限界のようでな。あれで最後だが十分な戦力は手に入った。堕天使なりに役に立ってくれたよ。」
当たり前のように神族である天使をモノ扱い、傲慢もここまでくればむしろ清々しい。
「……そうですか、では私はこれで失礼します。」
私は早々に部屋を出て、廊下を歩きだす。
他の貴族に報告をする前にやっておきたいことは特にないが、あれだけ不快な思いをしてからすぐにまた仕事に移る気に慣れない私は、一度部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、当たり前のように私の椅子に男が座っていた。
「………どこから入ったカーター。」
伝令であり密使であり、私たち王女軍にとっては情報伝達の要である近衛騎士。
「ここに侵入してくるたびの毎度のやり取りだが、企業秘密だ。俺の仕事に深く関わる質問に対して俺は答える口を持っていない。」
どうやって当たり前のように侵入したのかは非常に気になる、ランバルドの命で現在貴族たちが支配している王宮はかなり厳重に警戒されており、外から侵入することは難しい。
だが、物々しい気配を嫌う貴族たちの性質からか、あくまで警備は外が中心、王宮の内部にはあまり兵士はおらず、召使いなどの非戦闘要員が大半、あとは高階級の軍人と私のような上級司祭・宮廷魔術師が少数と貴族どもだ。
侵入を許せば、これほど脆い環境はないだろう。
「……そうか、残念だ。」
大して残念には思っていないがこう言ってやらないと臍を曲げることがあるから言っておく。
「外の様子はどうだ?」
「さすがに、メルフィダ・パージュ元帥は馬鹿ではない、貴族階層はともかく兵舎階層と市民階層は大幅に防備を強化され、通用門に至ってはバリケードでほぼ封鎖されている。」
「そうか、やはり王国軍は防衛に動いたか。」
「ああ、だが千人規模の兵力をレジスタンスとの戦いで失ったのは大きいようだ。」
そう、王都近郊フィロス市で再集結し反攻に出たレジスタンスはフォーディ将軍率いる部隊に善戦し、王女軍本隊と合流を果たしたことで王国軍の大軍を打ち破った。
戦力には当初四倍近い差があったはずだが、現在ではその差もかなり縮まっているはずだ。
「……ようやく、リィレや姫様にまた会えるのか。」
「計画に滞りはないか?」
「ああ、いつでも実行に移せる。」
ルミネをロゼ様から紹介された時は心臓が止まるかと思ったし、この計画を聞かされた時には初期段階でかなり反対を続けた、しかし結局今となってはこの道で間違いはなかったのだと妙な確信を得るに至っている。
確かにロゼ様は亡くなられたしグラハム殿も喪ってしまったが、その甲斐あってか人々は悪逆を尽くす貴族議会や新王マウソルを排除するため、そして魔物と共に生きる王国にするために団結し、今こうやってこの国を変えつつある。
「王都を攻めるうえで大きな障害となる砲台の無力化はもう済んだ。後の仕事も滞りない、その目で確認してきたのだろう?」
「ああ、多少の懸念材料はあったがあれは不可避だろう、状況は良、さすがの手際だ。」
「そうか。では私は報告に戻る、お前も早くここを出ろ。」
そう言ってやると、頷いてすぐカーターは当たり前のように部屋をドアから出て行った。
なぜ見つからないのか不思議で仕方がないが、あの男なら見つけた輩を口封じしている可能性もあるからあまり気にするべきではないだろう。
「さて……最後の仕事と行こうじゃないか。」
そうして私は部屋を出た。
再生の日は近い。
希望に満ちた足取りは、打って変って軽かった。
12/03/06 00:56更新 / なるつき
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